
そうして、わたし達は別の訓練場に着いた。
第二王子殿下が振り返る。
「改めて名乗らせてもらおう。私はジェラルド・ロイク=ユースタリア。このユースタリア王国の第二王子だ。そして、そこにいるのはドルクマ騎士爵家の次男でヴィオル=ドルクマといい、私の近衛騎士の一員だ」
第二王子殿下の言葉に、ヴィオレッタ様が騎士の礼を執った。
「あの、ヴィオレッタ様……ヴィオル様? ……は男性、なのですよね……?」
次男と紹介されたのだから男性のはずだろうけれど……。
「はい、俺は男です」
「それでは、どうして偽名まで使って女性のふりをしていたのでしょうか……?」
道理でアルがヴィオレッタ様を警戒していたわけだ。
わたしに近づかせたくないと言っていたのは、ヴィオレッタ様が男性だと本能的に理解していたからなのだろう。
結婚してからのアルはわたしが自分以外の男性と必要以上に触れ合うことを嫌がっているので、本能的に察して、だからこそヴィオレッタ様と喧嘩をすることが多かったのかもしれない。
「趣味です」
「趣味?」
「俺はこの通り見た目が可愛いので」
堂々と返されて、ぽかん、としてしまう。
わたしを騙すためとかではなく、趣味。
何だか少し気が抜けて、笑いが漏れる。
「確かに、ヴィオル様は可愛いと思います」
「そうでしょう? ……この姿の時は今まで通りヴィオレッタと呼んでくださぁい」
パチリとウインクをするヴィオレッタ様に、第二王子殿下が初めて苦笑した。
「ヴィオルは少々癖があり、若いけれど、私の近衛騎士の中でもかなりの実力者だ。こんなだが、これに勝てる者は少ない」
つまり、わたしも負けるかもしれないということか。
「そうなのですね」
アルが心配そうにこちらを見てくる。
それにわたしは笑ってアルの手を握る。
「大丈夫だよ。……全力でやるから」
ヴィオレッタ様に顔を向ける。
「手合わせ、よろしくお願いします」
今回ばかりは負ける気はない。
わたしとヴィオレッタ様は試合のための準備を整えた。
さすがに清掃員のお仕着せでは動きにくいし、汚してしまうので、時々使っている騎士服に着替えた。
ヴィオレッタ様も本来の近衛騎士の制服姿だ。
髪をポニーテールにして、化粧を落としても可愛らしい顔立ちである。
……今は女装じゃないから『ヴィオル様』でいいのかな?
わたしとしてもヴィオレッタ様の姿では少々やりづらいため、男性の装いに戻してくれて助かった。
互いに刃のついていない剣を構える。
審判はケーニッヒ様が引き受けてくれた。
「それでは、ヴィオル=ドルクマとミスタリア=リュディガーの模擬戦を開始する。両者共に正々堂々、戦うように」
ケーニッヒ様の言葉にわたし達は「はい」と返事をする。
体中に魔力を巡らせた。いつもはやりすぎてしまうから気を付けていたけれど、今日は久しぶりに全力を出す。体の内側に通した魔力を練って、練って、練って……とにかく厚く頑丈になるよう魔力の濃さを上げた。
魔力内向者は、実は魔力外向者に比べて魔力の持続時間が長い。外向者が自身の魔力を体外に出して使用するのに対し、内向者は身体強化か自己治癒にしか魔力を使用しないため、魔力消費が少ないのだ。
身体強化は体内で魔力を循環させるだけなので消費と言えるものはほぼなく、わたしは治癒魔法を覚えていないので、常に身体強化をかけていたとしても困ることはない。
……後はどっちの体力が保つか。
「どちらかが降参した時点で試合は終了。ただし、相手に致命傷を与えてはいけない。まあ、多少の怪我なら私もアルフリードも治せるから、その辺りは気にしなくていいよ」
ということなので、大丈夫だろう。
「二人とも、異論はないかな?」
わたしとヴィオル様が揃って「ありません」と答える。
そして、訓練場の中央でやや距離を空けて対峙する。
ヴィオル様は両手に剣を持っている。
……両手剣使いなんて初めて見た!
わたしは一本の剣を両手で構える。
正直、わたしは剣の扱いはそれほど上手くはなく、身体強化によって速度と腕力を出来うる限り底上げすることで基本的に相手との技術差を埋めている。
「それでは――……始め!」
やや離れた位置に下がったケーニッヒ様が、試合開始を告げる。
わたしは剣を構えたままヴィオル様を観察した。
片手剣はわたしが構えている剣と同じもので、それぞれ両手に一本ずつ持てているなら見た目に反して筋肉があるのだろう。
だが、一般的な騎士のようにがっしりとした筋肉をつけないのは、速度重視なのかもしれない。
……スピード特化型はわたしと一緒。
わたしが観察をするように、ヴィオル様もわたしを観察しているのが分かる。
「行くぞ!」
声をかけてくれるだけ優しいものだ。
「いつでもどうぞ!」
瞬間、ぶわりと風が吹いてヴィオル様が目の前に来る。
……速い!
振り下ろされた片手剣を剣で受け止めた。
わざと大きな動作で振り下ろされた剣は、思ったよりも力がかかっていなかった。まるで様子見のために打ち込んだような力加減である。
「わたしに手加減は不要です!」
剣を弾けば、ヴィオル様が後ろへ軽く飛んで下がる。
「そのようだ!」
もう一度ヴィオル様がこちらへ仕掛けてくる。
また振り下ろされた片手剣を受け止めると、先ほどの倍ほどの力がかけられていたが、それくらいでは身体強化をかけたわたしはビクともしない。
「これが本気ですかっ? まだまだイケますよ!」
「面白い!」
ヴィオル様が二本の剣で連撃を繰り出す。
それを剣で受け流し、初めてわたしは踏み込んだ。
「いきます」
剣を下から上へ
ヴィオル様が鼻先ギリギリでわたしの剣を避け、数歩後ろへ下がった。
「っ……!」
ヴィオル様の息を呑む音がする。
避けられたことに驚いた。
わたしは今、本気の速度で振った。
当たれば大怪我を負うだろう。
剣を構え直して微笑む。
「本気を出さなければ大怪我をしますよ!」
久しぶりに出した本気の振りを避けられたことが嬉しい。
……子爵領では、誰もこれを受けられないし、避けられなかった。
世界は広い。わたしが知らないだけで、きっとわたしよりも強い人は大勢いるのだろう。
それを実感することが出来て純粋に楽しい。
「ああ、望むところだ!!」
ヴィオル様の表情が真剣なものへと変わる。
……多分、ヴィオル様は外向者だ。
それなのに魔法を使わないのは、まだ、全力を出すほどではないと思っているから。
……全力を出させてみたい……!
わたしは全力で地面を蹴った。足元でボコォッと音がしたが、構わず、ヴィオル様の目の前まで跳躍して剣を横薙ぎに振る。
それをヴィオル様が二本の剣で受け止めかけ、しかし、すぐに受け流した。
「いい判断ですねっ!」
そのまま受けていたら腕が折れたかもしれない。
わたしは続けざまに剣を振り下ろす。
二度、三度、四度――……!!
ヴィオル様がその全てを受け流した。
やっぱり剣の技量ではヴィオル様のほうが上だ。
最後の一撃を受け流したヴィオル様が下がって、わたしから距離を置く。
「とんでもない怪力だな……!」
「
けれどもヴィオル様も分かっているはずだ。
剣の技量ではヴィオル様のほうが上だけれど、力と速度はわたしのほうが上である。
だから距離を取ったのだろう。
「魔法も使わせてもらう!」
ヴィオル様の言葉にわたしは地を蹴った。
「お好きにどうぞ!」
詠唱を完了するよりも先にわたしの剣がヴィオル様に当たりそうになるが、それを剣で払われる。
一瞬、わたしの体ががら空きになる。
ヴィオル様がわたしに手をかざした。
「吹き飛べ!」
ぶわっと強風によって後方へ吹き飛ばされる。
ひっくり返りながら空中で体勢を立て直し、足から地面に着地したものの、風圧に負けて剣を取り落としてしまった。わたしの剣はヴィオル様の足元に落ちている。
「さあ、どうする!?」
ここから駆け出してもわたしが剣を掴もうとしても、ヴィオル様の間合いに入ってしまう。
恐らく、剣を拾うより先にヴィオル様の剣がわたしを襲う。
……でも、ヴィオル様は勘違いしている!
両腕に流れる魔力をより集中させる。
「どうもこうも、こうします!!」
地面を蹴り、ヴィオル様に肉薄する。
ヴィオル様の剣がわたしへ振られた。
そして、わたしは正面から来たその剣を素手で受け止めた。