「ゴミ箱に自力で動いてもらいたいんだよね」

 アルが新しい紙に魔法式を書き始める。

「ミスティの言うような『自走式ゴミ箱』にするなら、複数のものを組み合わせた魔法式にしないといけない」

 ペンが紙の上を滑っていく。

「最低でも四つの命令を組み込んだ魔法式が必要だと思う。一つ目は『人の手から離れた丸めた紙ゴミを認識する』こと。二つ目は『丸めた紙ゴミに向かって進む』こと。三つ目は『丸めた紙ゴミを受け止める』こと。四つ目は『丸めた紙ゴミを受け止める時は止まる』こと。そして、最後にこれらを実現するために風魔法で動き回れるようにする魔法式を付け加える」

 わたしには読み解けないけれど、アルが一つの複雑な魔法式を書いた。

 しばしそれを眺めたアルは困ったように少し眉を下げた。

「……これは不完全だ」

 小さく息を吐いたアルに驚いた。

「えっと、どこがダメなの?」

「これをゴミ箱に付与すれば、多分ゴミ箱は動くだろうけど……説明するより試して見せたほうが早い」

 アルが立ち上がると先ほどわたしが持ったゴミ箱を掴み、中の紙ゴミを取り出し、テーブルに出す。魔法式が描かれた紙をピンでゴミ箱に貼り付けた。

 ゴミ箱を床に下ろすと今度は本棚から本を三冊ほど取り出し、それを部屋の真ん中辺りに積み重ねる。

 アルは戻って来るとゴミ箱に触れる。

「今、魔法式に魔力を込めた」

 アルが丸めた紙ゴミを一つ手に取る。

 それを積み重ねた本の向こう側にヒョイと投げた。

 瞬間、ボッとすごい音がして、風が吹き、積んであった本にゴミ箱が底を引きずりながら突っ込んでいった。ゴミ箱は本を弾き飛ばし、丸めた紙ゴミの下でピタリと固まった。その中に静かにゴミが落ちる。

 積んであった本が床に散乱しているし、底をものすごい勢いで引きずるし、何より勢いが強すぎる。これが本だから良いものの、間に人間がいたらゴミ箱に轢かれて怪我をしていたかもしれない。

「と、とんでもないゴミ箱だね……」

 アルがゴミ箱に近づき、魔法式の描かれた紙を取り外した。

「魔法式に関しては士団長に相談したほうがいい。僕はこの手の繊細な魔法式は少し苦手で……」

「でも、掃除機の魔法式は描いてくれたよね?」

「あれは比較的単純な命令で済んだから。でも、自力で動いて物を避けたり、受け止めたりといった命令数が多い繊細な魔法式は士団長の得意分野なんだ」

「へぇー」

 魔法式が描かれた紙を折りたたんでポケットに仕舞い、アルが本を拾う。

 わたしもそれを手伝った。本はノート用なのか中身は真っ白で何も書かれていなかったものの、ゴミ箱がぶつかったところは少し傷んでしまっていた。

 本を棚に戻してから、アルと顔を見合わせる。

「メルディエル士団長とジョエル殿に相談しよう」

「……うん、そうだね……」

 わたし達だけでは知識も技術も足りないらしい。

 ……自走式ゴミ箱、すごいものだったんだなあ。

 前世では『面白いなあ』くらいにしか感じていなかったけれど、わたしの想像以上に高度な技術が組み込まれたすごいロボットゴミ箱だったのだろう。

 ゴミ箱に紙ゴミを戻し、二人で士団長室に向かった。

 ……それにしても凶暴なゴミ箱だった……。

 思い出すとなんだかおかしくて笑ってしまう。

 笑っていいことではないのかもしれないが、あんなゴミ箱を見る機会なんて一生ないだろう。

「あのゴミ箱、すごかったね」

「レッドボアの突進並みに勢いがありそうだった」

 アルの言葉に、レッドボアというイノシシの魔物とゴミ箱が突撃してくる場面を想像してしまい、笑いが止まらなくなってしまった。

 大声で笑うわけにもいかず声を抑えたものの、笑いすぎて苦しいし、脇腹が痛くなってくる。

「ア、アル……っ、それ反則……!!

 呼吸をしようとしても笑いが止まらなくて、ひーっとなるわたしに、アルも口元に手を当てて顔を背けた。自分で言っておいて想像したら笑いのツボに入ったらしい。

 二人して廊下で笑いを堪えることになった。

 しばらくして、笑いが落ち着いたところで改めて士団長室へ行き、扉を叩く。

 中から入室を許可する声がしてアルが扉を開けた。

「あれ? どうかしたの~?」

 書類から顔を上げたメルディエル様が首を傾げる。

 ウェルツ様も手を止めてこちらを見た。

「魔法式の構築で行き詰まってしまいました。……魔法式に組み込む命令数が多くて、私では望む結果を出せません」

 アルの言葉を聞いた二人が顔を見合わせ、持っていたペンを置く。

「そんなに難しい魔法式が必要なの~?」

「アルフリード殿でも組み立てられない魔法式の魔道具なんて、そうはないと思いますが……」

 それから、アルがポケットに仕舞っていた紙を取り出し、メルディエル様に渡すと『自走式ゴミ箱』の構想と失敗について二人に説明してくれた。

 話を聞いた二人が苦笑してわたしを見る。

「それはまた、随分変わった魔道具ですね……」

「自分で動くゴミ箱か~。掃除機を初めて見た時も不思議な魔道具だと思ったけど、ミスリルちゃんの着眼点って面白いよね~」

 そして、メルディエル様が手元の紙を見下ろした。

「そうなると、この魔法式じゃあ確かに難しいね~。ゴミ箱を床から少し浮き上がらせる必要もあるし、移動速度の制限や障害物の認識と反応、それから動く時に中身が飛び散らないようにしないといけないかな~?」

 思わず、わたしは手を上げて付け足した。

「あの、中のゴミを圧縮出来ませんかっ? 紙ゴミはあっという間にゴミ箱がいっぱいになってしまうので、圧縮すれば入る量を増やせないかな、と思いまして」

「出来るよ~。圧縮するなら中身も飛び散りにくいし、丁度いいね~。あとは……中身がいっぱいになったら止まるようにすれば、ゴミの回収をいつするか分かっていいよね~」

 メルディエル様は新しい紙を取り出すと、ペンを持ち、紙に書き込んでいく。こちらから手元は見えないけれど、その様子から、手が動き続けていることは分かった。

 ……もしかしなくても、もう魔法式を描いてくれてる?

 そっとアルの袖を引っ張り、耳打ちで訊いてみる。

「今更だけど、メルディエル様の得意分野ってどういうもの?」

「岩石や金属で出来たゴーレムと呼ばれるひとがたの使役が主だけど、魔道具の研究も趣味らしい。複雑な魔法式で作られた魔道具の動きは、ゴーレムを使役する魔法式と通じるところがあるから」

「全く違うものから発見があるって面白いね」

 わたしがここで働き始めてから、メルディエル様の魔法を見たのは芋虫の入った箱に障壁魔法を張った時くらいだろうか。

 わたし達がヒソヒソと話していると、メルディエル様が手を止め、顔を上げた。

「こういう感じでどうかな~?」

 ピラッとメルディエル様がアルに紙を渡した。

 アルはその紙をしばし眺めた後、感嘆の息を吐いた。

「さすがですね……」

 アルが手元の紙を見せてくれたが、先ほどアルが描いた魔法式も複雑そうに感じたが、メルディエル様の魔法式は更に複雑で緻密だった。

 ……うわあ、すごい!!

 まじまじと紙を眺めてしまう。

 魔法式を綺麗だと思ったのは初めてだった。

「魔法式って、こんなに複雑に出来るなんて知らなかったです!」

 アルがウェルツ様にも渡し、受け取ったウェルツ様が紙を見て、わたしと同じように目を丸くした。

「これは……確かにさすがという言葉しか出てきませんね」

「一応、修正が必要になるかもしれない場所は分かりやすくしてあるよ~」

「そのようです。……相変わらず、メルディエル士団長の作る魔法式は無駄がなくて美しいですね」

 微笑んだウェルツ様がアルに紙を返す。

「ところでミスリルちゃん、魔道具はこれだけ~? まだ他にも複雑な命令が必要なものを作るなら、僕が魔法式を描くよ~」

 とメルディエル様に言ってもらえたので、二つ目に考えていた魔道具について説明することにした。

「ありがとうございます! 実はもう一つ、これがあったらいいなあと思うものがあるので、是非お願いします!」

 それから、前世であった自動掃除機について話す。

「形は平たくて、丸くて、大きさはこれくらいです。下に吸い込み口と埃をかき寄せるブラシ、車輪がついていて、床の上をあちこち動き回って落ちている埃を吸って綺麗にしてくれます。掃除機と同じく、どこかを開けて中のゴミを捨てられるように出来たらと考えています」

 手で形を表現しながら伝える。

 それにアルが言った。

「車輪ではなく、魔法で床から僅かに浮かせるほうが絨毯に引っ掛からなくて良さそうだ」

「その案いいかも!」

 浮いているなら、絨毯などに乗り上げて動けなくなることも少ないだろう。

「先ほどの自走式ゴミ箱も、この自動掃除機も、魔力で動く魔道具なので、お部屋の魔法士様に定期的に魔力の補充をお願いすることになってしまいますが……」

 そこだけはどうしても手間をかけてしまう。

「それに関しては問題ないよ~。みんな魔力量はそこそこあるし、声をかけられたら補充するよう通達しておくよ~」

「自室で使う魔道具ですから、魔力の補充くらいなら特に不満も出ないと思います」

 メルディエル様とウェルツ様の言葉に胸を撫で下ろす。

 それなら、他に問題はなさそうだ。

 自動掃除機についてあれこれと訊かれ、答えると、メルディエル様がまた紙に魔法式を描き始める。

 ……考えてみたら、宮廷魔法士の士団長様が作った魔法式ってすごく貴重だよね!?

 魔道具の研究はしているというものの、開発はあまりしていないだろうし、そもそも魔法式の制作依頼を普通にしたら報酬額は一体いくらになることやら。

 それをサラッとやってくれるのだから、メルディエル様には感謝しかない。

 ……これからもしっかりお掃除をして、快適にお仕事が出来るよう頑張らなくちゃ!

 わたしに出来る恩返しはそれくらいしかない。

「はい、出来たよ~」

 そうして、紙を手にメルディエル様が立ち上がった。

「せっかくだから実験してみようか~」

 ウェルツ様とアルも頷く。

 わたし達はゴミ箱を持ち、中庭に向かった。


 中庭に着き、まずは自走式ゴミ箱から試してみる。

 アルが持ってきたゴミ箱に、先ほどメルディエル様が描いてくれた自走式ゴミ箱用の魔法式の紙を貼り付けた。

「魔力を込めます」

 アルがしばらくゴミ箱に触れる。

 地面に置かれたそれは、見た目はただのゴミ箱だ。

 アルが手を離すと、メルディエル様がポケットからクシャクシャに丸めた紙ゴミを取り出した。

「いくよ~」

 それっ、と投げられた紙ゴミが放物線を描く。

 同時にゴミ箱が僅かに地面から浮き上がると、ゴミを追いかけるようにスーッとスライド移動する。ゴミが落ちる地点で止まり、ゴミが中に入った。

「おお~!」

 わたし達が生み出してしまった爆走ゴミ箱と違うのは明らかだった。

 地面に底を引きずることもなく、突然爆速で走り出すこともなく、滑らかに適切な速度で動いていた。

 拍手をしていると士団長様がゴミ箱まで歩いて行き、ゴミ箱を回収して戻って来る。

「アルフリード君、もう一度投げてくれる~? 今度は障害物に対してどう反応するか確認したいから~」

「分かりました」

 アルがゴミを受け取ると、その足元にゴミ箱を置き、メルディエル様が少し離れた位置で立ち止まる。

 そうして、その頭上を通るようにアルがゴミを投げた。

 ゴミ箱はメルディエル様に向かって行ったものの、スッとメルディエル様を迂回してゴミを追いかけ、止まり、ゴミをキャッチした。

「わ、ちゃんと避けた!」

「……すごいな……」

 わたしとアルの声が重なる。

 あの本を轢き飛ばしながら爆走した自走式ゴミ箱が、こんなに滑らかに動いて、きちんと障害物を避けるなんて。メルディエル様の技術は本当に素晴らしいものである。

 メルディエル様も嬉しそうに笑っている。

「うんうん、良い動きだね~。地面のがたつきの影響もなさそうだし、魔力の消費も極力少なくしたら、効率も悪くなさそう~」

 ゴミ箱に近づき、それを抱えてメルディエル様が戻って来た。

 ウェルツ様がゴミ箱を受け取り、貼り付けてあった紙を丁寧に剥がす。

「ゴミ箱はそのままに、魔石ごと魔法式を貼り付けられるものを作れば、今あるゴミ箱をそのまま使えそうですね」

「それいいね~。ゴミ箱を買い替えなくて済むから経費削減になるし、貼り付ける形なら魔道具の製作費用も抑えられるかもね~」

 自走式ゴミ箱の実現が一気に近づく。

 それから、もう一つの自動掃除機の魔法式も試す。

 ウェルツ様がゴミ箱を抱えたまま、メルディエル様がそれにもう一枚の紙を貼り付けた。

「じゃあ魔力を注ぐよ~」

 メルディエル様が言って、ゴミ箱を地面に下ろす。

 ゴミ箱は人が歩くより更にゆっくりとした動きで地面の上を滑っていく。地面の砂を回収しながらスススー……と進むのだが、立ったまま前方の地面の砂を噴水の逆再生のように一旦吸い上げ、そして後方に空気のみを吐き出しながら離れていった。

 ………………。

「あ、ここだと壁がないから戻ってこないんだっけ?」

 あはは~とメルディエル様が笑う。

 ウェルツ様が慌てて回収に向かい、ゴミ箱は無事、捕獲されて戻ってくる。

「きちんと通過した場所のゴミは吸い上げているようです」

 とウェルツ様がゴミ箱をひっくり返せば、吸った砂がバササッと地面に落ちる。砂が吸えるのだから、埃も吸えるだろう。

「うんうん。自走式ゴミ箱は貼り付ける形の魔道具でいいけど、これは掃除機みたいに本体が必要そうだね~」

 アルがそれに頷き、少し考えるような仕草をした。

「しかし、こちらの自動掃除機の動きを見て思ったのですが、足元で平たいものが動き回っていたら気付かずに踏んでしまって危険かもしれません」

 わたしもメルディエル様、ウェルツ様も想像して「あー……」と納得の声が漏れる。

 確かにそういう事故が起こる可能性は高い。

「大きくする?」

「それだと今度は邪魔になる。そもそも、自走式ゴミ箱と自動掃除機を同時に使うと互いの動きに干渉するということもありえる」

「そっか……」

 わたしの言葉にアルが首を横に振る。

 四人揃って頭を悩ませてしまった。

 室内に二つあるとぶつかったり、邪魔したりして上手く機能しないかもしれない。

「じゃあ自走式ゴミ箱だけにする?」

 全員の視線がウェルツ様の手元にあるゴミ箱に向けられた。

 これを不採用にするのはなんだか勿体ない、と全員が感じているようだ。

「あ」

 ポンとメルディエル様が手を叩く。

「この二つをくっつけちゃうのはどう~?」

「自走式ゴミ箱と自動掃除機の機能を一つにする、ということですか?」

 ウェルツ様の問いにメルディエル様が頷く。

「そうそう。普段は掃除機として稼働して、紙ゴミを捨てたのを感知すると動きが早くなって受け止めるって感じ~。一つだし、ゴミ箱分の大きさがあるから気付かないってことはないと思うな~」

 想像してみる。

 前世の平たいお掃除ロボットの上にゴミ箱が乗っている感じだろうか。それなら、踏んで転ぶような危険は少ないし、魔道具同士の干渉もなさそうだ。

 通常は自動掃除機として床の埃を吸って回っていて、紙ゴミといった大きなゴミを手から離すと受け止めてくれる。

 ……これはイケるのでは!?

 アルを見れば、頷き返される。

「それなら問題は解消されますが、魔法式が難しくなりませんか?」

「まあ、魔法式の組み立ては格段に難しくなるね~。でも、少し時間がかかるけど出来ないことはないよ~」

 そう言ったメルディエル様の表情は楽しげだった。

「僕がそっちはやるから、アルフリード君とミスリルちゃんは魔道具製作に必要な技術者や職人のほうを捕まえておいてくれる~? 本体に必要な条件は書き出して後で渡すよ~」

「分かりました。それについては、掃除機の件で何名か知り合いがおりますので、声をかけてみようと考えています」

「なるほど~。掃除機の製作に携わった経験があるなら、自動掃除機に関しても理解してもらえそうだね~」

 メルディエル様がアルに頷き返す。

 そんなことをしているうちに、終業の鐘の音が聞こえてきた。

「じゃあ、魔法式が出来たら声をかけるね~」

 アルとわたしはメルディエル様に浅く頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 それに士団長様が小さく笑う。

「こちらこそ、面白い仕事が出来そうで嬉しいよ~」

 魔法式の完成が楽しみである。


◇◇◇


 メルディエル様に魔法式をお願いしてから三日後。

 アルとわたしの休日が重なったタイミングで、リュディガー公爵家に行くことにした。

 掃除機の製作に携わってくれた人達は公爵家お抱えの職人達なので、新しい掃除用の魔道具開発のことや彼らに声をかけていいか、お義母かあさまに確認を取る必要があった。

 ……ダメとは言われないと思うけど。

 お義母様も新しいもの好きな方だし、掃除機の件は許してくれたから大丈夫なはずだ。

 わたし達は今、馬車に揺られて公爵邸に向かっていて、今日はラディ君も連れて来ている。

 お義母様からの手紙に『一緒に連れて来てほしい』と書かれていたそうだ。

 ラディ君は公爵家の遠縁の子という設定にしているので、それで問題がないことを確認したいのだろう。

 ラディ君は初めて王都に来た日に一度、お義父とうさまとお義母様と会ったことはあるものの、少し緊張しているらしい。

 座席に座ってピンと背筋を伸ばしている。

「ラディ君、心配しなくてもお義母様は優しい方だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 ラディ君の頭を撫でると少し緊張が解れたようで、ニコッと笑顔を返してくれた。

「でも、ボクが成長したところを見せるん……ですよね?」

「心配しなくても、僕達もラディを引き取ると決めたんだ。母上も家族を無理やり引き離すようなことはしない」

 アルもラディ君の頭を撫でる。

 それでようやくラディ君の表情から緊張が消えた。

 ラディ君の頭から手を離したアルが、ふと思い出した様子で言った。

「そういえば、以前話していた母上の馬車の件だけど……」

 と切り出されて、わたしは目を瞬かせた。

「お義母様の馬車の件……って、揺れの少ない馬車の話?」

「そう、その話。新しい馬車を購入するから、古いものは譲ってくれるって」

「すごく嬉しいけど、そんな高いものをもらっちゃっていいのかなあ……」

 馬車は普通のものだって結構な値段なのに、公爵家や王家が使うようなものともなれば、家を買うのと同じくらいの値段になりそうだ。

「どうせ捨てるだけだからもらえばいいと思う。長く使ってるから多少傷んでいるし、それでもいいならって話だったよ」

 それから、アルが顔を近づけてくる。

「むしろ、馬車について訊いた時に母上が『新品を買って贈る』なんて言い出したから止めたんだ」

「アル、グッジョブ……!」

 右手の親指を立て、感謝の気持ちを込めてアルの頬にキスをした。

 新品を贈られたら気後れしてしまって使えない。

 アルが微笑み、わたしの額にキスを返してくれる。

 そして公爵家に到着して、馬車から降りる。

 執事さんに出迎えられて応接室に通してもらう。

 室内に入ると、お義母様がソファーから立ち上がり、歩み寄って来てくれた。

「いらっしゃい、二人とも」

 金髪に青い目をしたやや年嵩の美人で、とても華やかな雰囲気のこの女性はアルのお母様で、ディアナ=リュディガー公爵夫人だ。

 アルは、実は国王陛下と王妃様の実子であり、第四王子なのだけれど、ドラゴンの呪いを持つ者が王家に生まれた際は公爵家が引き取る習わしだそうで、アルはリュディガー公爵家の次男として育ってきた。

 お義母様も、公爵であるお義父とうさまも、実の子と分け隔てなく接してくれたそうで、アルも二人を両親として尊敬し、愛している。

「母上、本日はお時間をいただきありがとうございます」

「お招きありがとうございます、お義母様。今日はラディ君も連れてまいりました」

 そっとラディ君の背中に触れると、ラディ君が礼を執る。最近覚えたばかりとは思えないほど綺麗な所作だ。

「本日はお声をかけていただき、ありがとうございます! 改めましてラディといいます! よろしくお願いいたします!」

 ラディ君の声はよく通り、ハキハキとした様子が可愛らしい。

 お義母様が目尻を下げて微笑んだ。

「まあ、ご丁寧にありがとう。リュディガー公爵家当主ウェインツ=リュディガーの妻、ディアナ=リュディガーよ。とても綺麗な礼が出来て素晴らしいわ。頑張って練習したのね」

 お義母様の言葉にラディ君がニコリと笑う。

「立ち話では疲れるでしょう? さあ、座って」

 と促されて、わたしとアルが並んでソファーに座り、その向かいのソファーにお義母様が腰掛けた。ラディ君はわたし達の後ろに控える。

「まずは魔道具の件を話しましょう。手紙では、掃除機のような、清掃に役立つものを作りたいということだったけれど」

「はい。当初は二つ製作しようと考えていたのですが、その二つを組み合わせられるかもしれないとのことで、新しい魔道具の製作は一つになる予定です」

 アルが自走式ゴミ箱と自動掃除機について説明し、それから、二つの機能を一つにしたもの――……自動清掃機について話した。

 お義母様が真剣な表情で聞いてくれて、話が終わると小さく頷いた。

「確かに売れそうだわ。けれど、そこまで高度な魔道具だと魔法式の組み立てに時間がかかるでしょう? まだ職人達に声をかけるのは早くないかしら?」

「魔法式に関しては紫水のメルディエル士団長が引き受けてくれました」

「まあ、それはちようじようね。あの方が組み立てる魔法式は芸術のように美しくて、実用的だと有名ですもの。その魔法式を使用した魔道具というだけでも相当な付加価値がつくわ」

 ……そうなんだ。

 でも、思い返してみれば、メルディエル様の描いた魔法式はとても綺麗だった。魔法を使う、使わないにかかわらず、あの魔法式を刺繍などにしてタペストリーのように飾ったら素敵だろう。

 貴族は美術品や芸術品を好むので、魔道具の魔法式も美しいほうがいいということなのかもしれない。

「魔法式については問題ないので、私達は職人を集めて話を通しておくようにとのことです」

 アルが言えば、お義母様が頷いた。

「それなら急いだほうが良さそうね。きっと、そう時間をかけずに魔法式は出来上がるわ」

「はい、私もそう思います」

「そういうことなら、すぐに皆と話すべきね」

 お義母様が手を叩くと、控えていた使用人が隣室に行き、人を数名連れて戻って来た。

 その人達は見覚えがある。

 掃除機の製作に携わってくれた人達だった。

「一応、呼んでおいたのよ。ここである程度、話を固めておきなさい。……それから、話をしている間にラディをしばらく借りてもいいかしら?」

 お義母様に視線を向けられ、ラディ君が目を瞬かせた。

「ラディが良ければ、問題ないかと」

 ラディ君の視線がわたしに向く。

「わたし達は魔道具の話をするから、ラディ君はお義母様とお話ししていてもらえるかな?」

「はい、分かりました!」

 少し緊張しているようだったけれど、ラディ君が頷き、お義母様と使用人と共に部屋を出て行った。

 それから、わたし達も立ち上がり、立ったままの職人達に近づいた。

「呼び立ててしまってすまない」

 アルが言うと職人達はニッと笑った。

「いえ、お気になさらず。掃除機の時も面白い魔道具を作らせていただきましたが、また新しいものを作るって聞いたもんですから、みんなして来てしまいました」

 どうやら、新しい魔道具が気になるらしい。

 全員でソファーに座り、アルが自走式ゴミ箱と自動掃除機の話をした上で、両方の機能を合わせた自動清掃機を作りたいと説明をする。

 全員静かに話を聞いていたが、目は輝いていた。

「今回の発案も奥様ですか?」

 と、職人の一人に訊かれてアルが頷く。

「ああ、そうだ。ただ、今回の魔道具製作は掃除機と違い、連名で出すことになる。宮廷魔法士団・紫水のメルディエル士団長に魔法式を組んでいただくことになった」

 おおっ、と職人達が騒めいた。

「あのメルディエル伯爵家のっ?」

「どれほど金を積んでも、気に入った仕事以外は引き受けないと噂のあの!?

 と随分驚いた様子だった。

 アルを見ればいつも通りだったので、恐らく、この場でそれを知らないのはわたしだけなのだろう。

 職人達は顔を見合わせると頷き合う。

「是非、今回の仕事もやらせてください!」

 ……きっと魔法式が見たいんだなあ。

「やる気になってもらえて何よりだ」

「さっそく、その『自動清掃機』の本体について決めましょう!」

「ゴミを吸い込み、受け入れるとなると上下にそれぞれの口が必要になるな」

「あと排気口は別にあったほうが良さそうですね」

 職人達がわいわいと話し始め、そのまま話し合った。

 今日は軽く説明して、仕事をうけてもらえるかの確認をする予定だったのだが、思いの外、みんなやる気になってくれたらしい。

 結局、三時間ほど話し込むこととなった。


 職人達との話を終える頃、ラディ君も戻って来た。

 何故か大きな包みを持っていて、そのそばにいたお義母様が、ほほほ、と笑う。

「とても楽しい時間を過ごせたわ。ねえ、ラディ?」

「はい、楽しかった! です!」

 お義母様もラディ君もニコニコしている。

「何かいただいたの?」

 ラディ君が大事そうに抱えている包みを見ながら訊けば、嬉しそうな笑顔で頷かれる。

「旦那様の子供の頃の服をもらいました!」

「ずっと残しておいたけれど、このまま寝かせておいてもどうしようもないから、ラディにどうかと思ったの。とても似合っていて、小さな頃のアルフリードを思い出せて楽しかったわ」

 二人の話によると、アルの子供の頃の服でファッションショー的なことをして楽しんでいたようだ。

 最初は少し緊張していたラディ君も、今はお義母様に懐いているみたいで、楽しそうに「また一緒に服選びをしましょうね」「はい!」と話している様子が微笑ましい。

 ラディ君を可愛がるお義母様の姿を見ていると、いつか、わたしとアルの間に子供が生まれた時も、きっとこんなふうに可愛がってくれるだろう。

 そう思えるくらい、お義母様とラディ君が話す姿は穏やかなものだった。

「まだ残していたんですね」

 と少し驚いたふうに言うアルに、お義母様が微笑む。

「当然よ。服はあなたの成長の大事な記録でもあるのよ? ラディには普段着で使えそうなものをいくつか渡したけれど、構わないでしょう?」

「はい、それは問題ありません」

 近づいて来たラディ君の頭をアルが撫でる。

 嬉しそうなラディ君に、アルの口元も少しだけ微笑んでいた。

 お義母様に挨拶を済ませ、馬車に乗って屋敷へ帰る。

「自動清掃機、早く作れそうだね!」

 隣に座るアルに寄りかかれば、抱き寄せられる。

「ああ、僕達のやることは少なそうだ」

「職人さん達『帰ったらすぐに試作品を作るぞ!』って意気込んでたね」

 もしかしたら数日後くらいには、試作品第一号が出来上がっているかもしれない。

「メルディエル士団長の組んだ魔法式は滅多に見られるものではないから、この機会を逃したくないんだろう」

「やっぱり? わたしもそうかもって思ってた」

 アルと二人でくすくすと笑い合う。

 掃除機の時よりもやる気に満ちていた気がする。

「思ったより早く完成しそうだね!」

「そうだね。……だけど僕は、あまり自動清掃機は好きになれないかもしれない」

 ギュッとアルの腕がわたしを抱き締める。

「どうして?」

 ……常に部屋が綺麗な状態で保たれるのに。

「……仕事中にミスティと会える回数が減る」

 思わず、可愛い、と思ってしまった。

 それから、アルの心配は杞憂だと伝える。

「大丈夫だよ。定期的に魔道具からゴミを回収しないといけないし、多分、部屋を回る期間は今と同じだろうし、本の整理とか他にもやることはあるから!」

 そう言ってから、アルの部屋を思い出す。

 アルは最初の頃に整理整頓や簡単な掃除を覚え、それ以降、自分の部屋は出来る範囲で綺麗にしている。

 本もきちんと片付けてあるし、ゴミを投げ散らかすこともない。

 そうなると必然的にアルの部屋にかける時間が減り、顔を合わせる機会も減る。

 清掃中にずっと雑談をしているわけではないし、わたしも掃除に集中しているので、一緒にいてもアルにとってそれほど楽しいとは思えないが……。

「……部屋を荒らしたままにしておくべきか悩むところだけど、ミスティの仕事は増やしたくない……」

 アルの言葉に苦笑してしまう。

 まさか、真面目なアルがこういうことを言うとは思わなかったので少し意外だったけれど、嬉しくもあった。

「仕事中に会う回数は減るかもしれないけど、早く終われば、終業時間で終わって早く帰れるよ?」

 時々、間に合わなくて終業時間をすぎて清掃を行うこともあったけれど、それがなくなれば、結果的には一緒にいる時間が増えるようなものだ。

「……それもそうか」

 アルもそれで納得が出来たようだ。

 そっとアルの腕に手を添える。

「自動清掃機、楽しみだね」


◇◇◇


 それから三週間後、紫水の建物の訓練場にわたし達は集まっていた。

 その間に何度か職人達と自動清掃機の本体について話をしたり、大まかに出来た型を見て修正をしたりして、なかなかに忙しかった。

 メルディエル様も早くに魔法式を組み上げてくれたが、更に機能を足したり引いたりしたため、こちらも少し時間がかかった。

 でも、今日はついにその二つを合わせるのだ。

 職人達を紫水に招き、試すこととなった。

「初めまして~。それじゃあ今日はよろしくね~」

 メルディエル様がひらひらと手を振って挨拶をすると、職人達が背筋を伸ばす。

「よろしくお願いいたします!」

 と全員が声を揃えて返事をした。

 ちなみにウェルツ様は仕事があるので、今回は来ていないが、少し残念そうだった。

「さて、それじゃあ最初は僕が作った魔法式を先にお披露目するね~」

 メルディエル様が丸めて持っていた紙を開き、広げる。

 掲げられたそれを職人達はジッと食い入るように見つめた。

 ……あれ? 意外と反応が薄いような――……?

 と首を傾げた時、職人の一人が呟いた。

「……すげぇ、なんて緻密なんだ……」

 全員が感嘆の溜め息を漏らす。

 感動しすぎて言葉を失っていたらしい。

 掲げられた紙には、まるでレースのように繊細な魔法式が描かれており、それは芸術品のような美しさを感じさせる。魔法式を知らない人が見たら、刺繍かレースの図案かと思うだろう。

 魔法に詳しくないわたしでも、その魔法式が特別なものだというのが分かる。

「あ、あの、近くで拝見しても……?」

「もちろんいいよ~」

 メルディエル様が快く頷けば、職人達が近寄り、そばで魔法式を見つめる。その目はやはり輝いていた。

 しばらくの間、職人達はああでもないこうでもないと小声で話し合っていたものの、納得した様子で頷くと離れた。

「ありがとうございます。とても勉強になりました!」

「共に魔道具の開発に携わることが出来て、光栄です!」

「これほど素晴らしい魔法式は初めて拝見しました!」

 みんな嬉しそうで、メルディエル様も微笑んだ。

「僕こそ、新しい魔道具開発に関わることが出来て嬉しいよ~。今回の自動清掃機も完成が楽しみだね~」

 そうして、今度は職人達が試作品を箱から出す。

 いくつか型が用意されており、それらを試して、一番良いものを採用する。まだ試作品なので壊れてもいいよう、どれも木製だ。

 横にいたアルが、ずっと持っていた封筒から薄い紙を取り出した。

 途端に職人達がバッと勢いよく振り返ったので、わたしは思わずアルの後ろに隠れてしまった。

「そ、それは『てんしや』ですかい!?

「ああ、公爵家の倉庫で埃を被っていたものだ。古いそうだが、まだ使えそうだったから許可を得てもらってきた」

「さすが準備が良いですな!」

「すぐに実験出来るぞ!」

「『転写紙』なんて初めて見ました……!」

 職人達が随分と喜んでいる。

 なんなら、メルディエル様の魔法式より騒いでいる気がする。

「ねえ、アル、転写紙って何?」

 こそりと訊けば、アルもこそりと返してくる。

「魔法式や文章といった『何かに書かれたものを、別のものにそのまま書き写す魔法』が織り込まれた紙だよ。王家お抱えの職人が作るもので、手に入れる手段は王族から譲り受けるしかないから、ほぼ流通しないものなんだ」

「え……それってすごい価値があるんじゃ……?」

「『転写紙一枚、人一生』という言葉はあるよ。平民なら転写紙を一枚売れば、一生遊んで暮らせるくらいの額だ」

「……アル、絶対、その紙をわたしに触らせないで……!」

 ……そんな高そうなもの、怖くて触れない……!

 うっかり身体強化をかけたまま破いてしまったら、一生後悔する。別の意味で『転写紙一枚、人一生』である。わたしは人生で一番後悔するだろう。

 震えるわたしにアルが小さく笑う。

「もし破いてしまったとしても、それなりの枚数は持って来ているし、母上に頼めば少しは融通が利くと思う」

 なんて話をしているうちに職人達からの視線を感じ、顔を上げるとジッと見つめられる。

「早く実験を始めようよ~。僕も転写紙は子供の頃に一度だけ見たことはあるけど、触ったことはなかったな~」

 メルディエル様がワクワクした様子でアルの手元を見る。

 職人達も同意するように頷き、試作品が箱から取り出される。

 一つは筒状のもの、一つは掃除機の本体部分だけのような楕円形のもの、そして最後は円盤と円錐形のゴミ箱がくっついたようなもの。

 それら三つを一人ずつが抱える。

 アルが封筒から転写紙を三枚取り出した。

 封筒を渡されたのでしっかり抱えておく。

「転写を行うのは魔法式を作った方がいいでしょう」

 アルが差し出すとメルディエル様が大事そうに受け取り、その表情がパッと輝いた。

「へえ、意外と表面はザラザラしてる~。普通の紙より薄いけど、結構頑丈そうな手触りで面白いね~」

 職人達が羨ましそうに見ているのに気付いたアルが、小さく息を吐いた。

「配ることは出来ないが、触るくらいなら構わないから、後で時間を取ろう」

 職人達が「うぉおおっ!!」と喜びの声を上げる。

 メルディエル様も試作品に近づいた。

「アルフリード君、使い方を教えてくれる~?」

「はい」

 アルがメルディエル様の横に立ち、説明する。

 転写紙の使い方は簡単そうだった。

 まず、写し取りたいものの上に転写紙を重ねて魔力を注ぐ。

 すると転写紙に写るので、それを、今度は転写させたいものの上に重ねる。

 そしてもう一度魔力を注ぐと、転写紙に写っているものがそのまま下のものに転写される。

 ちなみに転写紙は一度しか使えないので、三つの試作品に魔法式を転写するには転写紙が三枚必要となる。使い終わった転写紙はちりになって砕けてしまうのだとか。

 メルディエル様が魔法式の描かれた紙の上に転写紙を重ねる。

 魔力を注いだのか、転写紙が淡く光ると魔法式が綺麗に写った。

 それを繰り返し、三枚の転写紙に魔法式を写し、丸めた元の紙はわたしが受け取った。

 メルディエル様はご機嫌で、一つ目の試作品に転写紙を重ね、魔力を注いだ。転写紙が数秒ほど淡く光った。光が収まってから転写紙を外すと試作品に魔法式が転写されていた。

 外した転写紙が士団長様の手の中で灰色に染まり、端からボロボロと崩れ、あっという間に塵となって消えてしまった。

「うわ~、やっぱりすごいね! 面白い!」

 メルディエル様が興奮した様子で試作品に転写された魔法式を眺める。

 ……紙一枚でコピー出来るのは便利そう!

 元の世界のコピー機を思い出したが、紙一枚で済むのだから、こちらのほうがすごい。

 そのまま、メルディエル様は残り二つの試作品にも魔法式を転写させた。

 職人達も転写された魔法式を食い入るように見つめている。

「試作品を試すためにスペースを作りました」

 こちらです、とアルが声をかけると全員が我に返った様子で動き出した。

 訓練場の広いスペースの一角に、四角く区切られた場所が用意されていた。

「これは紫水の各魔法士達に与えられた部屋を模したものだ。家具は最低限の机と椅子、簡易ベッド、そして荷物もいくらか置いてある」

 そこには最低限の机と椅子、ベッドの枠、それから積み重ねられた本や落ちたペン、紙などが床にあった。

 床代わりの板の上がうっすらと赤い。

 ……これ何だろう?

 手を伸ばして床板に触り、指についたものを見てみる。

「……赤い砂?」

「ああ、埃の代用として色をつけた砂を薄く広げた。これなら自動清掃機が本当に埃などの床の小さな汚れを吸引出来ているか、確認出来るから」

「なるほど」

 試作品を試すための準備はアルのほうで行ってくれていたけれど、ここまで本格的にやってくれるとは。

 ……でも、実際に紫水の中に入れるわけにはいかないもんね。

 仕事上、外部の者に見られては困る書類もそうだが、研究内容自体も機密に含まれている。

 だからこそ、こうして外に模型のようなものを設置したのだろう。

「それでは、まずは一つ目で実験を」

 職人の一人が頷き、差し出したアルの手に試作品の一つを渡す。

 それは普段使っているゴミ箱よりもやや大きく、丸い筒にしか見えないが、筒の丁度真ん中辺りの横にバーコードのような隙間が開けられている。

 アルが魔力を注ぎ、部屋の模型の中に置く。

 すると、筒がスーッと動き始める。

 それに合わせて、下にあった赤い砂が綺麗に吸い込まれていく。

「うんうん、掃除機の『中』の強さくらいにしたんだけど、吸引力はこれでいいみたいだね~。ミスリルちゃんから見て、どうかな~?」

 メルディエル様に訊かれて、わたしも頷いた。

「吸引力はこれでいいと思います! あまり弱いとゴミを吸いにくいですし、強いと絨毯なども巻き込んでしまいますし、何より掃除機と同じで静かなのがいいですね!」

「音がすると気が散って嫌がる者もいるだろう」

 アルも自動清掃機の様子を見つつ、ポケットから取り出した丸めた紙ゴミをヒョイと投げた。机の向こうに飛んでいったそれを自動清掃機が追いかけて、机を迂回して、キャッチした。

 筒の中央にあるバーコードのような穴は排気口らしく、動く時は必ずそれが後ろにある。

 しばらく様子を見ていると魔力が切れたのか、試作品第一号は止まった。

 アルが囲いの板を跨ぎ、模型の中に入ると自動清掃機を持って戻って来ようとした――……が、床から試作品を持ち上げた瞬間、筒から集めたゴミがゴロゴロゴロッと出てしまう。

 圧縮してあるから良いものの、もし圧縮してなかったら床に砂が広がっていただろう。

 試作品一号を手渡した職人が、あちゃー、という顔をした。

「ああ、しまった! 魔力切れになったら、中のゴミも落ちちまうのか! 網でも入れれば良かった!」

 アルが床に転がったゴミを掴むと、塊はボロリと砕けて砂に戻った。

「いや、圧縮もそれほど強くないから、網をつけたとしても自重でそのうち崩れて床に落ちる」

「そうですか……。出来るだけ軽量化して、邪魔にならないような形にしてみたのですが……これでは掃除の二度手間になってしまいますね」

 職人が苦笑した。

 アルは丸めた紙ゴミを拾い、固まっている砂を軽く踏み潰してから試作品一号を抱えて戻って来た。

 模型から出ると試作品一号を職人に返し、魔法でまた赤い砂を模型全体に広げる。

「次を」

「はい、こちらをお願いします」

 アルの言葉に試作品二号が差し出される。

 掃除機のホースがない、本体のみのような楕円形の形状だ。上部に丸く線が入っているので、そこを開けてゴミを取り出せるようになっているのかもしれない。

 一号と同じように魔力を込めて模型に放たれる。

 二号は一号と同じ動きを見せ、こちらも吸引力に問題はなく、砂を吸い上げていく。

 アルがゴミを投げようとすると士団長様が声をかけた。

「僕にやらせてくれる~?」

「どうぞ」

「ありがとう~」

 アルから紙ゴミを受け取ったメルディエル様が、それをポイと投げ入れる。

 紙ゴミを追って二号も動き出し、机の角に当たって跳ねたゴミの下にギリギリで辿り着く。

 しかし、上部が開くタイミングが遅くて、パカリと開いたふたにゴミが当たって地面に落ちてしまった。

「あ」

 思わず漏れたわたしの声と職人の声が重なる。

「あー……、蓋は余計だったみたいですね」

 少し残念そうな顔で職人が肩を落とす。

 こちらは掃除機と同じように、中に袋があって、ゴミを袋ごと捨てることが出来る。

「形としては掃除機の本体を流用することになりますので、現在の掃除機製作の、本体だけを量産すれば対応は可能です」

「その点はいいけど、これ、蓋を外したらダメなのかな~? やっぱりゴミが出てきちゃう?」

「はい、蓋がないと中に入ったゴミが飛び出す可能性があります」

「そうだよね~」

 職人とメルディエル様が話し、互いに頷き合っている。

 しかし、蓋は確かに邪魔そうだ。だが掃除機と構造が同じなら、蓋を外すと中のゴミが飛び出してくる可能性が高く、余計に周囲を汚してしまうだろう。

 アルが二号を回収して戻り、中身の砂を取り出すと砕いて魔法で広げた。

「それでは、最後のものを」

 職人が差し出したのは、平たくてやや厚みのある円盤の上にゴミ箱が載っている形の、試作品三号だ。この形はわたしが提案したものである。

 ……どう見ても前世のあのお掃除ロボットに、ゴミ箱をくっつけただけだけどね!

 こちらもゴミ箱の横にバーコード型の排気口がある。

 これにアルが魔力を込めて模型に入れた。

 スーッと、やはり滑るように動き出す。

 どの試作品も、下のゴミを吸うところに関しては問題ないようだ。元が掃除機なので当然と言えばそうなのかもしれないが、前世の世界のあのお掃除ロボットが魔法でも再現出来ると分かると感動する。

 横から丸めた紙ゴミが差し出される。

 見上げれば、アルが一つ頷いたので受け取る。

「それ!」

 紙ゴミを軽く投げれば、床に積んである本の向こうへ行き、自動清掃機もそちらへ滑って行った。

 上のゴミ箱で綺麗に紙ゴミをキャッチする。

 その後も室内を動き回っていたが、家具や壁に触れそうになると動きを止め、向きを変えるとまた動き出すといった様子であった。

 アルが中に入って三号に近づくと、三号が止まる。

 それを抱えて戻って来たアルが、中が見えるように自動清掃機を斜めに倒した。圧縮されたゴミが入っている。

「下から吸い込んだゴミはどうやって出すんだ?」

 とアルが首を傾げたので、わたしが答えた。

「普段使っているゴミ箱と同じで、ゴミ袋に中身をひっくり返すだけだよ」

 材質にもよるだろうけれど、それほど重くはならないから、ゴミ袋にひっくり返すことくらいは出来る。

「これが一番、無難そうだね~」

 メルディエル様の言葉に全員が「そうですね」と言う。

 中にゴミを溜められて、下から吸引して、上からもゴミを入れられるとなるとこういう形になる。別に下は円盤でなくてもいいのかもしれないが、前世のお掃除ロボットをイメージしたのでこうなった。

「では三つ目を原案として、どのような材質が良いか話し合い、いくつか更に試作してまいります」

「陶器……はさすがに今回はやめたほうが良さそうだよな。家具にぶつかったり、うっかり蹴ったりしたら大惨事になる」

「だが、金属だと重すぎてしまうな。かと言って木製というのも、王城に相応しくないような気もするし――……」

 職人達が顔を突き合わせて話し始める。

 それをアルと二人で眺めていると、メルディエル様が模型を覗き込んだ。

「自動清掃機って言っても、やっぱり全部綺麗には出来ないんだね~」

 模型の家具や部屋の隅の砂は残っていた。

「あくまで『ある程度の清潔さを保つこと』が目的ですので。きちんとしたお掃除はわたし達、清掃員のお仕事です!」

 それでも自動清掃機が上手く使えれば今までよりも部屋が荒れなくなり、清掃員の負担も減って、掃除のサイクルが短くなればより清潔さを保てるようになる。

 胸を叩いてみせたわたしにメルディエル様が微笑む。

「うん、これからも清掃お願いね~」

「はい、お任せください!」

 便利な魔道具はあったほうがいいけれど、だからと言って、わたし達の仕事がなくなるわけではない。魔道具はあくまで『人を助けるもの』なのだ。

 ちなみに、部屋の模型の片付けは紫水の魔法士の皆さんがやってくれたのだが、ほとんど魔法で済ませていたのは少し羨ましかった。

「魔法ってすごいなあ……」

 呟いたら、アルに頭を撫でられた。

「その分、素晴らしい魔道具を生み出しているじゃないか。僕からすればミスティも十分すごいと思う」

 そう言ったアルの表情はとても優しかった。