はたから見たら、まるで恋人同士の待ち合わせのように見えるかもしれないな、このシチュエーションは。

 まあ、全然そんなことはないわけだが。

「──っ!?

 が、近くまで駆け寄ってきた十文字が突如後ろに跳ぶ。

 その際の衝撃で地面がえぐれ、土煙が盛大に上がる。

 急なことなので全く反応できず、俺はもろにそれをひっかぶってしまった。

「ぶぇ、ぺっぺ。なんだってんだ?」

 これから命を救ってもらおうって相手に嫌がらせ、もしくは悪戯?

 行動としてはあり得ないんだが?

 自分に降りかかった土を払い、俺は公園の入り口までバックジャンプで下がった十文字の方を見た。

「……何かしたのか?」

 彼女の顔はさっきまでの笑顔が嘘のように、警戒丸出しの険しいものへと変わっていた。

 俺を警戒してってのは考えられない。

 だとしたら考えられるのは一つ。

 その警戒対象はアングラウスだ。

「我は何もしていないぞ」

「じゃあ、なんで彼女はあんなに警戒してんだよ」

「ふむ……どうやら、相当勘がいいようだな。恐らく【十倍】のスキルが影響しているんだろう」

 勘も十倍になってて、そのせいでアングラウスの力に気づいてしまったってことか。

 待ち合わせしている相手のそばにとんでもない化け物がいると気づいたんなら、今の十文字の極端な反応も納得できる。

「取りあえず……俺だけ近づいて、大丈夫だって話をした方がいいみたいだな」

 下手にアングラウスを近づけると、攻撃を仕掛けられかねない。

 もしくは逃げられるか。

 なので、まずは俺が話しかけて十文字の警戒を解こう。

『マスター! ワシに名案がある!!

「名案とかいらないから、昼寝でもしてろ」

 案がいるような状況じゃない上に、そもそもぴよ丸の名案など全く当てにならない。

『近づいた所で、ワシのアルティメットブリンクで虚をつくんじゃ!』

 もはや当てにならないどころか、害悪だった。

 そんな真似をしたら、冗談抜きで戦闘になっちまう。

「絶対やるなよ。やったらマヨネーズは今後永久に抜きだぞ」

『なんと!?

 俺はぴよ丸に釘を刺して、十文字のいる公園の入り口の方へとゆっくりと向かう。

 彼女の視線は動く俺を追うことなく、ベンチに座っているアングラウスに釘付けのままだ。

 よほどアングラウスが恐ろしいのだろう。

 それでも十文字がこの場から逃げ出さないのは、俺との交渉に自分の寿命が懸かっているからだろうと思われる。

「俺が電話した顔悠だ。君が十文字さんだね」

「はい……」

 俺が声をかけても、彼女の視線は固定されたままである。

「あの猫は俺の連れでね。害はないから安心してくれ」

「害がないって……冗談ですよね? あれ、化け物ですよ。それも規格外の……」

「ああ、そうだな。規格外の化け物だ。その気になれば、君を一瞬で殺せるほどの。つまり、警戒するだけ無駄だってことさ」

 一般人で例えるなら、目の前に虎やライオンなんかの危険な猛獣がいるような感じだ。

 その状態から警戒することに意味はない。

 もはや生きるも死ぬも、相手の気分と腹の具合次第だから。

 無力な一般人にできることなど、何もないのだ。

「それは……そうかもしれませんけど……」

 まあとはいえ、何もできないから恐れる必要がないっていうのは、さすがに言ってて無理があるとは思う。

 そんなに簡単に割り切れる問題じゃないからな。

 けど、怯えたままじゃ話にならない。

 緊張してたら、命を入れても弾かれそうだし。

「そもそも、本当に危険なら俺だって一緒に行動していないさ。この言葉が信じられないってんなら、悪いけど君と話すことはもうこれ以上何もない。俺は失礼させてもらう」

 本当に見捨てたりはしない。

 脅しを入れたのは、彼女が本番に強いタイプだと思っているからだ。

 何せ寿命が限られてる中、それでも走り続けられるような女性だからな。

 そういう人間は、追い込まれた方が肝が据わるものである。

「……」

 『ぱぁん』と乾いた音が響く。

 十文字が自分の頬を、両手で力強く張った音だ。

「失礼しました! 私、顔さんを信じます!」

 そう言うと、彼女は勢いよく頭を下げた。

「では改めまして、私は十文字昴と言います」

 まだ緊張が抜け切っていないのか、十文字の表情は若干硬い。

 だがまあ、がちがちじゃないなら大丈夫だろう。

「改めて、俺は顔悠。そしてこの足元の猫っぽいのが、アングラウスだ」

「そう緊張しなくていい。我は雑魚に興味はないからな。そちらから攻撃を仕掛けてこない限り、手出ししないから安心しろ」

 世界ランク二位を雑魚呼ばわり。

 普通なら、何言ってんだこいつはってなるところだが、レベル一万の魔竜だからこそ許される傲慢な発言と言えるだろう。

「わ、わかりました」

「気軽にアンちゃんと呼んでくれて構わないぞ」

「そ、それはちょっと……」

 存外フランクなアングラウスの対応に、十文字はたじたじである。

 自分をあっさり殺せるであろう化け物に、愛称で呼べと言われてもまあ困るわな。

『匂う! 匂うぞ!』

 その時、急にぴよ丸が俺の中で騒ぎだした。

『この魂のざわめきは間違いない!!

 何を言ってるんだ、こいつは?

「とう! ファイヤーバード!!

「えっ!? 何!? ヒヨコ!?

 とか思ってたら、ぴよ丸が俺の体から急に飛び出し──

「きゃっ、くすぐったい」

 そしてホバリングしながら、嘴で十文字をツツキだした。

「おい、何してんだ」

 俺は慌ててぴよ丸を掴んで止める。

「こ奴、マヨネーズを持っておる! ワシには匂いでわかる! マヨネーズを寄越せぇ!!

 あきれて開いた口が塞がらないとは、正にこのことである。

 マヨネーズの匂いで急に襲い掛かるとか、ムーブが完全に薬物中毒者だ。

「貴方、マヨネーズが欲しいの?」

「我が生涯はマヨネーズと共に! アイラブマヨネーズ!」

 嫌な生涯である。

 まあ本人が幸せなら、外野がとやかく言うことではないが。

「ふふ、じゃあ──」

 十文字が腰に着けているポーチを開けて、そこから小型のマヨネーズのチューブを取り出した。

 どうやら、ぴよ丸の禁断症状による勘違いではなかったようだ。

 てか、なんでそんな物を持ってるんだ?

「私、実はマヨラーなんで。だからいつも持ち歩いてるんです」

 俺の表情から考えていることを察したのか、十文字は自分がマヨネーズ愛好家であると説明してくれる。

 常時持ち歩くのは、愛好家を超えてもう依存症な気もするが……

「くれ! マヨくれ!!

 そしてこいつは末期。

 間違いない。

「この子にマヨネーズをあげちゃっても大丈夫ですか?」

「悪いけど頼むよ」

 こうギャーギャー騒がれたのでは、話を進められん。

 取りあえず食えばおとなしくなるだろうし、十文字の好意に甘えるとする。

「んまんまんまんま」

 十文字がマヨネーズを近づけると、ぴよ丸がその先端に勢いよく吸い付く。

「おお、いい食べっぷり。この子の名前はなんて言うんですか?」

「こいつはぴよ丸。ヒヨコっぽい謎の生物だと思ってくれ」

「ぴよ丸ちゃんかぁ。可愛いですね」

「ああ、うん、まあそうだな……」

 可愛いかと聞かれると……いやまあ、見た目だけは確かに可愛らしくはある。

 だが如何いかんせん、マヨネーズジャンキーが過ぎる上に、脳天パーだからな。

 ぴよ丸をそういう風に捉えることが、俺にはちょっとできない。

「ゲェップ。良いお点前じゃったわい」

「いえいえ、おそまつさまでした」

 なんのやり取りだよ、いったい。

 まあ取りあえず、ぴよ丸のアホのおかげで十文字の緊張は解けたようなので良しとしよう。

「ワシは寝る! ミラクルドッキング!!

 マヨネーズを食うだけ食ったら、ぴよ丸はさっさと融合で俺の体内に入ってきて──

『ぐぅー、すぴぃー』

 そして秒で眠りに落ちた。

 その恐ろしく自由で軽いフットワークには、ある意味尊敬の念を抱かなくもない。

 まあ、絶対こうはなりたくはないけど。

「ふふふ。面白い子ですね、ぴよ丸ちゃん」

 十文字が屈託なく笑う。

「性格面に難はあるけど、ああ見えて結構役に立つ奴なんだ」

「そうなんですね」

「ああ。まあそんなことより……」

 ぴよ丸のせいでわけのわからない空気になってしまったが、本題に戻るとしよう。

 彼女の寿命をなんとかするという、本題に。

「君のレジェンドスキルのことなんだけど──」

 俺が本題を切り出そうとすると──

「百億なら用意できます! ですからどうか! 突破方法の伝授をお願いします!!

 十文字はそう言って、大きく頭を下げた。

 百億用意してきたのかよ……

 さすが、Sランクダンジョンを単独攻略している世界二位の攻略者なだけはある。

「ああいや、悪いけどお金は受け取れない」

「え? 百億じゃ駄目ってことですか? ネットの記事で見たんですけど……あの、時間はかかりますけど、頑張ればもっと出せますんでどうか……」

「いや、金額の問題じゃないんだ」

 俺はレジェンドスキルのデメリットを突破する方法なんて知らない。

 なのでいくら金を積まれても、そのことを教えようがないのだ。

「え、じゃあ何が……」

「根本的に勘違いしているようだけど、俺は君の求める情報を持っていない」

「へ? え?」

「突破できる云々や、百億って金額は、カイザーギルドのばらいたデマだ」

「冗談抜きで……ですか?」

「ああ、本当の話だ。だから突破方法なんてのは、教えようがない」

「そんな……」

 俺の言葉に、十文字がその場に膝から崩れ落ちてしまう。

 人が膝から崩れ落ちるのなんか、初めて見たわ。

「ふむ、随分と意地悪な話し方をするな」

 俺の言動を、アングラウスに意地悪だと指摘されてしまう。

「いや、そんなつもりは……」

 俺としては、別に他意や悪意などは全くなく、単に根本的な勘違いを先に訂正しただけなんだが……どうやら失敗だったようだ。

「おい小娘。悠なら、お前の短い寿命を延ばすことができるから安心しろ」

「え……ほ、本当ですか?」

「ああ。でなければ、お前をわざわざここに呼び出したりはしないだろう?」

「た、確かに! 断るだけなら、電話だけでいいですもんね!」

 アングラウスの言葉に、十文字が生気を取り戻して勢いよく立ち上がる。

 まあ元気を取り戻してくれたのはいいことだが──

「おいおい。可能性があるってだけで、確定してるわけじゃないだろ? その言い方だと、絶対助かるみたいに聞こえるぞ」

 俺はしゃがんでアングラウスの耳元に口を寄せ、小声でそう言う。

 命を分ければ寿命が延びるかどうかは、まだ確定しているわけではない。

 なので、ぬか喜びに終わる可能性も十分考えられるのだ。

「安心しろ。小娘の状態を確認したが、肉体に老化現象は起こっていない。単に生命力が極端に減っているだけだ。つまり、命さえ分ければ寿命は延ばせる」

 こいつ、いつの間にそんなものを確認したんだ?

 だがまあ、肉体が老化して死ぬわけでないのなら、アングラウスの言う通り、俺の命を分ければ十文字の寿命を延ばすことはできるだろう。

「あのー」

「ああ、悪い。実は俺には、命をコントロールする技術があるんだ」

「そ、そうなんですか。すごいですね」

「その技術で命を爆発させると、身体能力を引き上げられるんだけど……カイザーギルドの奴らはそれを見て、俺がレジェンドスキルのデメリットを突破したと思い込んだみたいなんだ。まあそんなことはどうでもいいか。実はこの技術を使うと、命を増やすことができる」

「なるほど! その技術を習って命を増やせば、私の寿命も延ばせるってことですね!」

「いや、それを君がやるとたぶん死ぬから」

 命を裂くという行為は非常に危険だ。大抵の場合、その過程でショック死することになる。

 仮にもし二つに裂くことに成功したとしても、俺以外は総量が変わらないので寿命は延びない。

 なのでやるだけ無駄だ。

「え? じゃあどうやって……」

「まあそうだな。取りあえず……ここから話すことを、口外しないって約束してくれないか?」

 俺の命を分けるって行為は、言ってみれば死者の蘇生に当たる能力だ。

 なので、周囲に知られるのはあまりよろしくない。

 もし知られれば、欲深い奴らがわんさか寄ってくるのは目に見えていた。

 影響だけで言うなら、レジェンドスキルのデメリット突破以上だ。

 どう考えても、世界中の人間が欲しがるものだからな。命のストックなんて。

「それが約束できないなら──」

「誓います!! 私こと、十文字昴はこれから聞くことを誰にも話さないと身命に懸けて誓います!!

 十文字がピンと、片手を空に向かって真っすぐに上げ、食い気味に大声で宣誓する。

「わかった。じゃあ話を続けよう」

 宣言を真に受けるのか?

 十文字は真面目っぽいし、約束は守りそうだからな。

 何より、俺のそばにはアングラウスがいる。

 化け物呼ばわりする相手を敵に回してまで、情報を流布したりはしないだろう。

「俺の場合、裂いた命は、レジェンドスキルの効果で両方とも完全回復するんだけど……まあ要はその増やした命を、他人に分けることができるんだ。そしてそれは死んだ際の予備の命になる」

「それってつまり……私の寿命が尽きた時に、その命が私を蘇生させてくれるってことですか!? やばくないですかそれ!?

「だから、他言無用でお願いするよ」

「もちろんです!」

 十文字が、自分の胸元を掌でバンと叩く。

 その際、胸が結構大きく揺れた。

 どうやら厚手のシャツの下はノーブラ……いやまあ、そんなことはどうでもいいか。

「じゃあ早速やってみるけど……その際、抵抗は一切しないでくれ。あるがままに受け止める感じで頼む」

「は、はい!」

 彼女の肩に手をやり、俺が予備の命を移すと──

「感じます! 私の中に顔さんの命が入ってきたのが!」

 知らない人が聞いたら、誤解しそうなことを口走る。この子、天然か? 

 ていうか、十文字は命を感じ取れてるのか。

 俺の時はそれができるまで相当苦労したんだけど……

「小娘、本当に命を感じ取っているのか?」

「はい! 自由自在です! こんな風に」

「ほう……悠よ、この小娘、体に入った命を自在に動かしているぞ」

「マジか……」

 しかも動かせるとか……

 レジェンドスキル【十倍】の効果ってのもあるだろうけど、それでもすごいぞ。

「ところで……お前には命が見えてるんだな」

 十文字の中に入れた命が動いているのがわかるってことは、アングラウスは感じるだけではなく、その状態まで把握できているということだ。

 こいつはこいつで、本当に多才な奴である。

「まあな。だが把握できているだけで、我には悠のように増やしたり繋いだりはできんぞ」

「まあ、それをやると普通は死ぬからな」

 特に繋げるのは、俺以外だと確実に死ぬ。

 複数の命を繋げるってのは、命の在り方すら変える行為なわけだからな。

 不死身でもなけりゃ、まず耐えられないものだ。

「顔さん、貴方は私の命の恩人です! 本当にありがとうございました!」

「役に立てて良かったよ」

「どうお礼をしていいやら。本当に百億はいいんですか?」

「ああ、それより……」

 百億はもちろん魅力だ。

 だが、今俺が最も欲しいのは──

「できたら、エリクサーを持ってたら分けてもらいたいんだけど」

 そう、妹を救うためのエリクサーだ。

 いやまあ、百億あったら余裕で買うこともできるだろう。

 けど、余剰な金をもらうより、エリクサーの現物をもらって差額を十文字への貸しってことにした方が、絶対得なはず。

 何せ相手は世界二位だからな。

 何か困った時に力を借りられるのなら、それに越したことはない。

「あ、はい。エリクサーなら持ってます」

 十文字が掌を上に向けると、どこからともなく黄金色の瓶がその上に現れる。

 どうやら彼女はスキル【インベントリ】を習得しているようだ。

 【インベントリ】は重量やサイズを無視して、大量のアイテムを出し入れすることのできるスキルだ。

 ユニークでもレジェンドでもないスキルではあるが、取得者がかなり稀なレアスキルと言われている。

「ありがとう。助かるよ」

 俺は十文字からエリクサーを受け取り、彼女に礼を言う。

 ……これで憂を治してやれる。

「いえいえ、これぐらいどうってことありませんよ。顔さんは私の命の恩人なんですから。他にも何かあったら、遠慮せず言ってください」

「じゃあ、我からも一つ」

 なんでも言ってくださいと言う十文字の言葉に、アングラウスが乗っかる。まあ、何を言うのかはだいたい想像できるが。

「これからも精進して強くなり続けろ」

 やっぱり。

 アングラウスは、強くなった十文字と戦いたいって言ってたもんな。

「そうでなければ、お前は遅かれ早かれ命を落とすことになる。異世界からの侵略者によってな」

「は?」

 唐突なアングラウスの言葉に、俺は眉を顰める。

 何言ってんだこいつはと言いたいところだが、俺には心当たりがあった。


 ──異世界からの侵略者。


 俺がエターナルダンジョンにいた時、一時的に、特殊なタブレットで外の情報を得ていた時期があった。

 その時、崩壊型ダンジョンは、異世界からの侵略ではないかという考察が、頻繁に上がっていたのだ。

 ダンジョンを進むうちに回線が繋がらなくなり、俺が外の様子を見れたのは短期間だっため、その後のことを俺は知らない。

 だが、アングラウスは俺の物より強力なタブレットで、ずっと地上の回線や電波を拾い続けていた。

 つまり、俺の知らない情報をこいつは持っているというわけだ。

「えーっと……異世界からの侵略者ですか?」

「ああそうだ。強くならなければ、折角延ばした寿命が無駄になるぞ」

 十文字が、困ったような顔で俺の方を見てくる。

 まあ異世界からの侵略とかいきなり言われても、そりゃ彼女も困るだろう。

「それは間違いないのか? 単に十文字を強くするために、適当なことを言ってるんじゃないだろうな?」

 アングラウスは強くなった十文字との戦いを期待していたので、その可能性も十分あり得る。

「小娘の尻を叩くだけなら、強くならなければ殺すと脅せば十分だろう? わざわざ信じ難い嘘をついてどうする」

「まあ、確かに……」

 アングラウスにそのうち殺されるとなれば、十文字も必死で強くなろうとするはず。

 何せ、彼女はアングラウスの力を感じているわけだからな。

「納得したか? なのでこのままだと、百年と持たず人類は滅ぼされることになる。まあ、回帰前の話ではあるがな」

「つかぬことをお伺いしますが……アングラウスさんはなぜそんなことを知ってるんでしょうか? あと、回帰前ってのはいったい……」

「異世界からの侵略を知っているのは、我がこの世界の生物ではないからだ」

「あー、なるほど」

 アングラウスがこの世界の生物ではない。

 その言葉に、十文字があっさり納得を示した。

「えーっと、君は今のであっさり納得するんだな」

「いくらなんでも、でたらめに強すぎると思ってたんで。異世界から来たっていうんなら、むしろ納得です」

「なるほど」

 相手の力がわかるからこそ、その異常性から、この世界の生物でないと納得したわけか。

 けどこいつ、ダンジョンボスだったんだよなぁ……なんで異世界の生き物が、地球にあるエターナルダンジョンでボスなんかしてたんだ? 

 いやそもそも、ダンジョンってのはいったいなんなんだろうか?

 今までは当たり前のように利用してきたが、冷静に考えると、俺はダンジョンの成り立ちを全く知らない。

 それは俺だけにとどまらず、この世界に生きる人間全てがそうだ。

 ダンジョンボスであったアングラウスなら、その全てを知っているのだろうか?


 異世界からの侵略者。

 ダンジョン。

 そしてアングラウスのこと。


 一度、アングラウスとは真面目に話をした方がいいのかもしれないな。

「回帰に関しては……まあ、どうしても知りたければ悠から聞くがいい。人の秘密を勝手に暴く気はないからな」

「そこは流してくれ」

 回帰に関しては、絶対隠さなければならないってわけでもない。

 が、いちいち十文字に説明する必要があるのかと言われると、ってところだ。

 今日会ったばっかりで、別に親しいわけでもないからな。

 何より、今している話とは関係のないことだし。

「わかりました。取りあえず……アングラウスさんの言う侵略者が本当に来るかどうかの判断は、正直私にはつきません。けど、攻略者としてこれからも強くなるって部分は、お約束します。万一に備えるのは、悪いことじゃありませんしね。何より、私、今攻略者としてすっごく充実しているので」

「まあ簡単には信じられないだろうが、答えはじき出る。その時になったら、我に感謝することになるだろう。せいぜい精進しておけ」

「はい!」

 その後十文字と別れ、俺は母さんに連絡して家路についた。

 侵略者関連の話の続きをしたくはあったが、それよりも早く手に入れたエリクサーで、妹を治してやりたいという気持ちの方が強かったからだ。


 ──これでやっと、憂を目覚めさせてやることができる。



◆◆◆



 俺は母さんと合流し、妹のいる病院へと急いで向かう。

 別に急がないと手遅れになるとか、そんなことは全くないのだが、治してやれると思ったらはやる気持ちを抑えられなかったのだ。

「憂、今起こしてやるからな」

 病室に着いた俺は、十文字から受け取ったエリクサーを取り出し、蓋を外して憂の口の中へと流し込んだ。

「憂……」

 憂の体が黄金色に輝き、その姿に変化が起きる。

 二年間寝たきりでガリガリに細くなっていた腕や首が膨らんでいき、こけていた頬もふっくらとしていく。

 どうやら昏睡時の衰弱なんかも、エリクサーは治してくれるようだ。

 さすが奇跡の霊薬である。

「ん……」

 光が収まり、憂が小さくうめき声を上げる。

「憂!」

「憂!」

 俺と母さんの声に応えるかのように、憂の眼がゆっくりと開かれた。

「にい……お母さん……」

 そうだった。憂は俺のことを『にい』って呼ぶんだったな。

 一万と二年ぶりに聞く妹の声に、鼻の奥がツンとなって涙が溢れ出しそうになる。

「憂! 憂!」

 母さんが感極まって、寝ている憂に抱きつく。

 妹からしたら、目が覚めたらいきなり母親に抱きしめられてビックリだろう。

「お母さん、私……」

「あのな……実はな……憂はずっと……」

 俺は憂の髪を撫ぜる。

 そしてこぼれ落ちそうになる涙を堪え、どういう状況だったか説明してやろうとすると──

「知ってるよ、覚醒不全だったって。それで二年間、ずっと寝たきりだったって……」

「へ、え、あ……し、知ってたのか。けど、なんで……」

 妹の言葉に俺は驚く。

 憂は学校に通学する途中で覚醒不全が発生し、そのまま意識を失って昏睡状態に陥っている。

 なので、自分の状態は理解できていないはず。

 何より、なぜ意識を失っていた期間が二年だと憂は知っているんだろうか?

「スキルでずっと見てたの。だから私のためにお母さんが無理して、いくつも仕事を掛け持ちしてたのも。お兄ちゃんが、痛いのも苦しいのも我慢して、ずっと頑張ってくれてたのも……」

 スキル……でも憂は覚醒不全で……いや、覚醒が完了しきらなかったからといって、スキルが手に入らなかったとは限らない。

 そもそも、全く変化がなかったのなら、不全なんてものが起きるはずもないのだ。

 覚醒は完了しなかったが、スキルだけは習得できていたってことか……

「それに……それに……」

 憂の眼が揺れ、涙が浮かんだ。

「お父さんが私の……ために……お父さん……ぐぅ……ごめん……なざい……ごめんなざい……わたじのぜいで……わだ……じのせいで……おどうざん……おどうざん……」

 そして母さんにしがみつき、ボロボロと大泣きする。

 父のことは、母さんと相談して病気で亡くなったと憂に伝えるつもりだった。

 自分のために死んだと知るのは、あまりにも辛すぎるからだ。


 けど、憂は全部見ていた。

 見てしまっていた。


 何もできず。

 ただ、父親が自分のために命を絶つ様を見せつけられて、憂はどれほど辛かったことだろうか。

 そう思うと胸が張り裂けそうだ。

「憂のせいじゃないのよ! 貴方が悪いんじゃないの!」

「そうだ。憂のせいなんかじゃない。父さんはただ……ただ、お前を守ろうとしただけなんだ。だから自分を責めなくていい……」

「だって……だっでぇ……わあぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 憂が大声を上げて泣く。

 俺と母さんは、そんな妹を、ただただ強く抱きしめてやることしかできなかった。



◆◆◆



「憂は俺が見ておくよ」

 憂は暫く泣いた後、疲れたのだろう、そのまま意識を失うかのように眠ってしまった。

 取りあえず、今日は病院に泊まる。

 不安定な憂を一人にしておけないから。

 もちろん、病院にはちゃんと許可をもらっているぞ。

「ごめんだけど……憂のことお願いね、悠」

 母さんは夜の仕事があった。

 憂のそばにいたいだろうが、真面目な母さんは、他の人に迷惑をかけられないからと、仕事へと向かう。

「任せて」

「じゃあ、母さん行ってくるわね」

「うん」

 しかし、どうしたものか……

 父さんのことは、憂には伝えないつもりだった。

 強いショックを受けるのはわかり切っていたからだ。

 なのにまさか、それをスキルで見ていたとは……

 神がいるのなら、呪わずにはいられない。

「謎の視線の正体は、お前の妹だったわけか」

 ベッドの下から影が伸び、そこからアングラウスが飛び出してきた。

「なんでいるんだよ。ぴよ丸のこと、頼んだろうが」

 アングラウスとぴよ丸は家に置いてきた。

 ぴよ丸がウザいのが目に見えていたから。

 で、そのおもり役をアングラウスに頼んだのだが……

 なのになんでこいつがここに?

「いや、違うか。お前は分身か」

「そうだ」

 レジェンドスキル関係で、妹に何かしてくる奴がいても対処できるよう、アングラウスにはその分身を護衛に付けてもらっていた。

 それがこいつだったようだ。

「ところで、謎の視線の正体って……お前は気づいてたのか?」

「ああ。初めて会った時から、悠にまとわり付いていたからな」

「気づいてたんなら言えよ」

「敵意のようなものは全く感じられなかったからな。問題ないと判断したのさ」

 まあ確かに、憂のスキルなわけだからな。

 敵意なんてあるわけもない。

「そもそも……【不老不死】のデメリット効果を聞くまでは、悠のスキルだと思っていたからな」

「ん? お前って、相手のスキルが見抜けるんじゃなかったのか?」 

「相手と力の差が小さいと無理だ。あの時のお前は強かっただろう?」

 どうやらアングラウスの看破系の能力は、近い強さの相手には通用しないようだ。

「まあ、次からは気づいた時に言ってく……」

 気づいた時に言ってくれ。

 そう言おうとして、引っかかる。


 ──アングラウスは初めて会った時から、気づいていたと言った。


 俺とこいつが初めて会ったのはいつだ?

 ランニングの最中に、俺の目の前に現れたあの時か?

 アングラウスに回帰前の記憶がなかったのなら、そうだろう。

 だが奴には記憶があった。

 それに、あの時の俺は強かったと言っている。

 つまり、アングラウスが言う初めてとは──

「ちょっと待て!? まさかお前と戦った時にも、憂の視線があったってことか!?

 もしそうなら、憂はエターナルダンジョン攻略の一万年間、俺のことをずっと見てたということになる。

「最初からと言っただろう? 当然、あそこでお前と戦った時からあったぞ」

「じゃあ憂は、時間が巻き戻ったことも……」

「それは知らないだろう」

「へ?」

「覗きや盗み聞きは趣味ではないが……さっき悠の妹が取り乱した時の反応を見る限り、父親への自責の念がその大半だった。兄が一万年も頑張っていたことを知っているなら、それに対する反応をもっと強く見せていたはずだ」

「そうか……そうだな」

 良かった。

 それでなくとも、憂は父のことで傷ついてるのだ。

 そこに、俺が一万年も苦しみ抜いた姿が加わるなんて、考えたくもない。

「そもそも、悠の妹はずっと前に死んでいたのだろう? 死者に何かを見聞きすることなどできんよ」

「それもそうだな。けどじゃあ、お前と初めて会った時の視線ってのはなんなんだ? 別の何かなのか?」

「いいや、お前の妹のスキルで間違いない」

「いや、それだと話がおかしくないか?」

 憂は死んでいて、俺の姿は見れない。

 なのに、一万年後のアングラウスとの戦いを見ていた。

 これは完全に矛盾している。

「そんなことはない。お前の妹のスキルは、千里眼のような直接覗き込むタイプではなく、情報共有のできる特殊な使い魔を召喚するタイプだ。主人が死んでも、別に使い魔は死なんからな。お前にいていた奴は、主の死後も律義にその命を守り続けていたのさ」

「なるほど……」

 それなら憂が知らず、視線があったのも説明がつくな。

「恐らく……いや、間違いなく、そいつも時間の巻き戻しに巻き込まれている」

「どういうことだ?」

 俺の問いに、アングラウスが憂の方を見る。

「お前の妹は、ただ単に泣き疲れて寝ているわけじゃない」

「ど、どういうことだ?」

「結論だけ言えば……お前の妹は、今急激にレベルアップしている」

「は?」

「その急激なレベルアップによる強化の影響で、気絶している状態だってことさ」

 憂がレベルアップ?

 意味がわからない。

 妹は覚醒不全から回復したばかりで、魔物を倒すどころか、出会ったことすらないというのに。

「この憂という娘のスキルは、他人に監視を付けるだけではなく、その対象から経験値を得ることもできるものなのさ」

「他人から経験値を得る……そんなとんでもスキル、聞いたことないぞ」

「別に、悠は全てのスキルを知っているわけではあるまい」

「そりゃそうだけど……」

 確かにアングラウスの言う通りだ。

 俺は全てのスキルを知っているわけではない。

 けど、他人を見張りつつ経験値を奪うなんてとんでもスキル、本当にあるんだろうか?

 いやまあ、アングラウスが嘘をつく理由はないから本当なんだろうが。

「今までは覚醒不全でレベルが存在せず、経験値を一切受け取ることができなかった。が、覚醒したことで一気にそれを受け取ってレベルアップしている。というのが今のお前の妹の状態だ」

「その状態って、何か問題が起きたりはしないよな?」

 通常、レベルアップしたからといって弊害はない。

 だが、急激なレベルアップで気絶しているというので、少し不安になって俺は聞く。

「問題ない。安心しろ」

「そうか」

 問題ないようなので、ほっと胸を撫でおろす。

「ちなみに、今のお前の妹はレベル五百を超えているぞ」

「は!?

 五百? どういうことだ?

 俺はそんなレベルに上がるだけの魔物を倒してなどいない。

 いったいなぜそこまで一気にレベルが上がっているのか?

 意味不明だ。

「だから……悠に憑いてた奴も、時間が巻き戻っていると言ったのさ。何せお前は、あのダンジョンをクリアしたわけだからな。憑いてた奴は、さぞ大量の経験値を抱えて時間の巻き戻りにあったことだろう。それなら今も、馬鹿みたいに上がり続けるレベルにも納得がいくというものだ」

「いやけど……時間が巻き戻ったならなかったことになるんじゃ?」

 俺は増やした命を全て失っているし、アングラウスだって若返っている。

 なら、どれほど経験値を抱えていようとも、それだって失われてしまわなければおかしい。

「まあ、普通ならそうだろうが……憑いている奴の正体が不明だからな。それに、スキルによって蓄積された経験値というのも特殊だ。そのあたりが影響しているのだろう。もしそうでないなら、この上がり続けるレベルの説明がつかん」

 憂のスキルか……まあそれは考えても仕方ない。

 今考えるべきことは、憂の心のケアだ。

「憂……」

 どうやったら、辛い現実を乗り越えられるのか……

「俺と母さんが付いてるからな」

 俺はそう言って、寝ている憂の髪を優しく撫ぜた。

 とにかく今は、常に俺たちが妹のそばにいてやるしかない。



◆◆◆



「止まったようだな」

 ほぼ一晩かけて、憂のレベルアップが終了したようだった。

「最終的なレベルは……四千九百九十九だ」

「SSランクってことか……」

 レベルによるランク算出は──

 レベル十九以下がF。二十以上がE。五十以上がD。百以上がC。二百以上がB。五百以上がA。そして千以上がSで、二千五百以上がSSになり、五千以上がSSSランクとなっている。

 つまり憂は、限りなくSSSランクに近いSSランクというわけだ。

 ちなみに、ランキング世界一位のレベルは四千台前半と言われているので、俺の妹はそれ以上ということになる。

「五千手前で綺麗にレベルアップが止まったと言うよりは、三つ目の壁が越えられなかったということだろうな」

「てことは、やっぱレベル五千にも壁はあるのか」

 レベルアップの壁。

 それは攻略者がレベルを上げ続けると、いずれぶつかることになるものだ。

 最初の壁は千に上がる時である。

 ゲームなんかだと、必要経験値が跳ね上がった時なんかに壁と表されることがあるが、攻略者のそれは違う。

 生物としての成長限界に近く、単純に経験値を稼げば乗り越えることができるというものではなかった。

 じゃあ、どうやって越えればいいのか?

 残念ながら、その正確な方法はいまだ解明されていない。

 そのため、壁を越えられずレベル九百九十九で足踏みしている攻略者は多いと聞く。

 さらに壁は二千五百──つまり、SランクからSSランクに上がる際にもあり、それは二つ目の壁と呼ばれていた。

 そして人類未到達と言われるレベル五千にも、壁があるのではないかと推測されていたわけだが……妹のレベルアップで、それがほぼ確定したわけだ。

 まあ偶然、直前で止まっただけという可能性もなくはないが……

 ちなみに、レジェンドスキル持ちは、一つ目と二つ目の壁で引っかかることはないと言われている。

 姫ギルドが俺を勧誘したのも、確実にSランク以上に上がれるという確信があったからこそだ。

 ま、実際はSどころか、レベル一から抜け出せないわけだが……

「ちなみに……お前の妹は暫くは眠り続けることになるぞ」

「暫く眠り続ける!? それってどういうことだ!?

「そう声を荒らげるな。命に別状はないと言っただろう」

「じゃあいったい、なんで暫く眠り続けることになるんだよ」

「悠の妹は、急激にレベルアップしたからな。今は爆発的に上がった能力や、大量に取得したスキルをまともに扱えるように肉体を調整……と言うより、進化中と言った方が正しいか。ま、要は肉体を適正な状態にするため、暫く寝たままになるということだ」

「……本当に問題ないんだろうな?」

「ない。心配するにもほどがあるぞ、シスコン」

「誰がシスコンだ」

 家族のことを心配するのは、当たり前のことである。

 しかも憂はほんの少し前まで、覚醒不全で昏睡していたのだ。

 そんな妹を心配するなという方が無理というもの。

「まあ安心しろ。我の名に懸けて宣言してやる。お前の妹は、半年もすれば元気に眠りから覚めると」

「まあお前がそこまで言うのなら……って、半年!? 憂はそんなに眠りっぱなしになるのか!?

「爆発的に上がったレベルに適応するよう、ゆっくり進化しているのだ。それがたった数日で終わるとでも?」

「そうか……」

 五千近くレベルが上がったら、もうスペック的には完全に別の生き物に近い状態だからな。

 それにしっかり適応するためには、半年という時間も仕方がないことなのだろう。

「なあ、憂は今も見てるのか?」

「いいや、視線は感じない。どうやら意識が戻った際に、一度解除されたようだな」

「そうか。もし視線が戻ったら教えてくれ」

 もし憂が見てるのなら、話しかけ続けないと。

 父さんがどれだけ憂のことを大事に思い、その幸せを願っていたかを。

 そして、俺や母さんにとって、どれだけかけがえのない存在であるかを。


 そうでないと憂は……



◆◆◆



「そろそろちび姫のお守も卒業ねぇ」

 岡町が、アリスの戦いぶりを見てそう呟く。

 ここはBランクダンジョン。

 現在アリスは姫ギルドに最近入った新人二人を率いて、魔物の殲滅を行っていた。

 俺たちはその保護者兼教育係として、少し離れた場所からその様子を眺めている感じだ。

「ああ、あんまりやりすぎると役立たずになっちまうからな」

 ギルドによる育成は、やりすぎると、危機的状況で何もできなくなる残念な攻略者を作り出す要因となる。

 ネットなどで、養殖とされる所以ゆえんだ。

 姫ギルドはそのあたりに気を遣い、同行する保護者は、よほどのことがない限り手を出さない決まりになっていた。

 あくまでも自主的にダンジョン攻略させる基本方針。

 そしてその育成も、他と比べてかなり早い段階で打ち切られる。

 自主的とはいえ、保護者がいるリスクのない状況ばかりだと、結局実戦で背中を預けられるような攻略者には育たないからだ。

 なので、教育係がいけると判断した時点で育成は打ち切られ、そこからギルドにとって、戦力と呼べるAランクまでは自力で上がるというのが、うちの通例となっている。

 まあちび姫の場合は、少々レベル的には早いのだが……あいつには、それを補うだけの優秀なユニークスキルがあるからな。

「ちび姫には頑張ってもらわないと。私も幸保も、もう自力は絶望的だものねぇ」

「ああ。五年過ぎると、ほとんど不可能って言われてるからな。アリスだけが頼りだ」

 レベル千の壁。この壁は、才能が全てと言われている。

 そのため、五年真面目に努力しても突破できないようなら、もうそこから先に進むのは難しいというのがこの業界内の通説だった。

 そして俺と岡町がレベル九百九十九になったのは五年前。

 つまり通説通りなら、俺たちはもうSランクには上がれないってわけだ。

 しかしそれをなんとかする可能性を、姫路アリスは秘めていた。

「人頼みってのは、少し情けない話だけど……」

「まあな。けど……諦められないんだからちび姫に賭けるしかねぇだろ? ガキの頃からの夢だったんだからよ」

 俺たちの夢は、Sランクの攻略者になることだ。

「そうね」

 俺と岡町は腐れ縁である。

 お互い六歳の頃に親を亡くし、ほぼ同じタイミングで同じ施設に放り込まれた。

 そういう事情もあってか、妙に岡町とは馬が合って、今までずっと一緒にやってきていた。

 そんな俺とあいつがSランク攻略者に憧れたきっかけは、十四の時だ。

 ある時、施設が火事になって、俺と岡町は燃える施設内に取り残されてしまう。

 絶体絶命の状況。

 本当にあの時は死ぬかと思った。

 けど──


 そこに、さっそうとヒーローが現れた。


 当時、日本でただ一人と言われたSランク攻略者、 つるぎこう

 その彼がたまたま近場に居合わせ、俺たちを救い出してくれたのだ。

 その力強さに憧れ、俺たちも同じようになりたいと強く願うようになる。

 そしてほどなくして俺と岡町は覚醒し、夢を叶えるべくダンジョン攻略を始めることに。

 ま、単純明快な理由だ。

 で、十五年かけて最初の壁まで辿り着いてみたはいいものの、二人そろって壁に阻まれ……

 そこから五年。正直、もう半分諦めかけていたんだが、そこに姫路アリスが現れた。

 いやまあ、ギルドマスターの妹だから、以前からもちろん知ってはいたぞ。

 あくまでも、希望の象徴としての意味で現れたってことだ。

「コングラッチュレーション! 三人とも攻略おめでとう!」

「似合わねぇ横文字使うなよ」

「別にいいじゃないの」

 ダンジョン攻略は順調に進み、大して苦戦することなくダンジョンボスをちび姫たちは倒し終えた。

 三人のレベルは、ダンジョンに入った時点では、ちび姫が百二十。それ以外の二人も百ちょっとのレベルだった。

 つまり、全員レベル的にはCランクしかない。

 Bランクダンジョンの推奨レベルは、低いものでも二百五十という点を考えると、驚異の低レベルパーティーと言っていいだろう。

 普通の攻略者なら、ボスを倒すどころか、道中の雑魚にさえ苦戦しかねない。

 いや、それどころか、下手したら初戦で敗退も十分あり得るレベルだ。

 にもかかわらず、この三人が容易くダンジョンをクリアできたのは、ひとえに姫路アリスのおかげと言える。

 ちび姫の持つユニークスキル、【燃える闘士】は敵が自分より強ければ強いほどステータスが強化される強力なスキルだが、実は彼女にはもう一つ、強力なユニークスキルがあった。

 それは──


 【みちびもの】 


 このスキルこそ、俺と岡町にとっての希望となるものだ。

 その効果は自分よりレベルの低い仲間と組んだ際、自身とメンバーの能力を大幅に強化し、そのレベルアップを加速し促すというものである。


 ──そう、レベルアップを促してくれるのだ。


 この効果に俺たちは期待していた。

 壁によって上がらなくなった俺たちのレベルを、彼女のスキルなら、ひょっとしたら引き上げてくれるのではないかと。

 そのためには、ちび姫が俺たちよりもレベルが上、つまり、壁を越えてレベル千以上に上がる必要があるわけだが……まあその点は心配ない。

 ユニークスキルを複数持っている攻略者は、無条件で最初の壁を越えられる才能があると言われているからな。

「ふふふ、どう? これが私たちの力よ」

 ボス討伐を終えたちび姫が、意気揚々と俺たちの方へとやってくる。

「ああ……ちび姫。今日でお前は卒業だ」

「やっとね。ま、私には最初っから保護者なんていらなかったけど。天才だもの」

「ふふふ、そうね」

「いずれ姫ギルドのエース……ううん、日本の頂点に立ってみせるから。楽しみにしてて」

「あんまり調子に乗るなよ。世の中上には上がいる。なんなら同ランクでも、ちび姫より上はいるぞ。例えば……顔悠とかな」

 ちび姫のポテンシャルは確かに高い。

 だが、過剰な自信は成長の妨げになる。

 そうならないよう、俺はわかりやすいライバルとして顔悠の名を挙げた。

 ちび姫には、ギルドの次期エースとして期待してもいるからな……

 ライバルってのは、高く飛翔するためには必要不可欠なピースだ。

 顔悠には、その役割を担ってもらう。

「むっ! 私よりあいつの方が優秀だって言いたいの!?

「当然だろ。あの強力な使い魔に、不死身の肉体だぞ。レベルが上がれば間違いなくランキング上位に食い込んでくるはずだ」

 これは決して大げさな話ではない。

 不死身ってのは、冗談抜きで超優秀な能力だからな。

 しかもあんな狂った戦いができるのだ。

 奴が攻略者界隈を駆け上がっていくのは、目に見えている。

「ふ、面白いじゃない。だったら証明してあげるわ! どっちが本当に優れた攻略者なのかをね!」

 ちび姫が闘志を燃やす。どうやらいい刺激になったようだ。


 その調子で、ガンガンレベルを上げてくれよ。

 そしてアイギスと並ぶ姫ギルドの柱になって、ついでにでいいから俺と岡町を引き上げてくれ。

 期待してるぞ、ちび姫。


 ……ま、理想を言うなら、顔悠も加入してくれるとありがたいんだがな。


 Sランクに至った俺と岡町。

 そこに顔悠と姫路アイリスという、新たな二本の柱が加わった姫ギルドが、日本の頂点へと昇りつめる。 

 そんな妄想を俺は頭の隅で思い描くのだった。 



◆◆◆



「さて、ダンジョンに行くか……」

 妹が眠りについてから一週間ほどたつ。

 俺としては目覚めるまでずっとそばに付いていてやりたかったが、一つ大きな問題があった。


 それは──税金である。


 この国は働いたり、人から高額な物をもらうと税金を納めるという素敵なシステムがあった。

 今回、俺は十文字から十五億もする高額品を受け取っていて、そこにかかる税金は恐らく八億ちょっとだ。

 当然だが、俺は働いてそれを支払わなければならない。

 さらに言うなら、支払いのために稼いだお金にも税金がかかるので、合計して十三億ぐらい必要だったりする。

「頑張って十三億稼がないとな」

 どうせやらなければならないのなら、憂が目覚めるまでに終わらせておきたかった。

 目覚めた後、ずっとそばにいてやれるように。

「国に貢ぐための労働か。ご苦労なことだ」

「人間の暮らす社会を維持するためには、必要なことなんだよ」

 払わずに済むならその方がありがたいが、それがまかり通れば社会が成り立たなくなってしまう。

 まあアングラウスにはわからないだろうが。

「面倒極まりない! ワシを見習うがよか! マヨネーズさえあればそれだけでいい! アイラブマヨネーズ!」

 そのマヨネーズを買うのにもお金がいるわけだが?

「はいはいマヨネーズマヨネーズ」


 俺は金を稼ぐため、今日もダンジョンへと向かう。