第六章 目覚め


 ──Cランクのダンジョン『草むら』。


 ゲートを抜けると、腰まである草が密集して視界一面に生えており、だだっ広い空間がただただひたすら広がっていた。

「なるほど……こりゃ人気がないのもうなずけるな」

 出てくるのは虫型で、その全てが草よりも体高が低い。

 そのため、近づくまで魔物の発見が困難で、ここは非常に奇襲されやすいダンジョンとなっていた。

 しかも三百六十度に広がるタイプの広域空間型ダンジョンで、周囲にめぼしい目印がないため迷いやすく、それに加えてボスがはいかい型で、どこにいるかわからないときている。

 正に悪条件の目白押しだ。

 希少な感知や探索系スキル前提のダンジョンじゃ、そりゃ人気が出るわけもない。

 ちなみに、俺がここを選んだのは水溜まりと同じ理由だ。

 人が寄り付かなきゃ、高確率でボスを狩れるからな。

 ここでボスを狩って、さっさとランクを上げさせてもらう。

 え? ボスが徘徊型なら、見つけるのは難しいんじゃないか? 

 それなら問題ない。

 なぜなら、アングラウスには強力な探索能力があるから。

 ダンジョンを出たアングラウスがピンポイントで俺を見つけられたのも、それがあったからこそである。

「ボス位置の探索頼む」

 草むらが鬱陶しいためか、アングラウスは背中から翼を生やし、猫の姿のまま飛んでいた。

「ふむ、自分で探す気はなしか」

「スキルがない俺が探すのは、完全に運任せだからな。そんなことしてたら、いつ見つかることやら」

 ここを選んだのは、完全にアングラウスの能力ありきだ。

 それがないなら、別の所に行っている。

「運も実力のうちなのだがな。まあいい」

 アングラウスの眼が赤く光る。

「このダンジョンで、最も大きな魔力の気配はあっちだ」

 アングラウスの指し示す方向に俺は走る。

 スタミナは【不老不死】のおかげで無限なので、疲れは気にする必要はないからな。

 さっさとボスまで直行だ。

 道中、草むらの中から虫型の背の低い魔物たちに何度も襲われてしまうが、命が四つ使える今の俺にとって、Cランクの魔物ごとき敵ではない。

 適当に蹴散らしながら進んでいくと──

『ふおぉぉぉぉぉ! 来た来た──!!

 ぴよ丸が唐突に奇声を上げる。

「何が来たんだ?」

 どうせしょうもないことだろうとは思いつつ、俺は足を止めて尋ねた。

『進化の時じゃ! ワシの時代が来た!』

 進化? こいつ、進化なんかするのか?

「マスター! 奇跡の瞬間をその目に焼きつけ、時代の生き証人になるがいい!!

 ぴよ丸が勝手に融合を解いて体から出てきたので、俺はそれを片手でキャッチする。

「さあ! 伝説の始まりじゃい!」

 ぴよ丸の体が輝いた。するとそのシルエットが丸々とした球体から、ヒヨコっぽいものへと変わっていく。

 その状態を一言で言うなら──

「単に痩せただけじゃねぇか?」

「ふっふっふ、わかっとらんのう。ならばかつもくして見よ! アルティメットブリンク!」

 叫ぶと同時に、ぴよ丸の姿が消えた。

「──っ!?

 そして右肩に何かが乗っかる感覚。

 慌てて視線を横に動かすと、俺の肩の上には、偉そうに胸を張るぴよ丸が乗っていた。

 どうやらぴよ丸は、転移能力を手に入れたようだ。

「これがワシの新たな力じゃ! 名付けてアルティメットブリンクじゃい! アルティメットブリンク!」

 再度姿が消え、今度は左肩に。

「おおおおおお! アルティメットブリーンク!!

 今度は頭の上に。

「もういち……ど。アルティメットブリ……ブリ……むり……」

 頭の上から転げ落ちてきたぴよ丸を、俺はキャッチしてやる。

 どうやら三回が限界のようだ。

 俺の手の中では、ぴよ丸が白目をむいてぴくぴくけいれんしていた。

 まさかこのまま死んだりしないだろうな?

「世話のかかる奴だな。回復してやろう」

 アングラウスがぴよ丸に魔法をかける。

 どうやらこいつは、回復の魔法も使えるようだ。

 まああまり得意ではないのだろうが。

 もし得意だったなら、回帰前の俺との戦いでも、バンバン使っていたはずである。

 だがアングラウスは使ってこなかった。

 魔法を使って回復する手間と、受けるダメージが釣り合っていなかったからだろう。

「ワシ! 大復活! アルティメ──ほげっ!?

 ぴよ丸が回復した途端転移しようとするが、それをアングラウスが前足で押さえつけて止める。

「転移したいなら、悠と融合してからにするがいい。それなら疲労で気絶する心配もないだろう」

「名案じゃ! マスター! さっさとミラクルドッキングじゃ!」

 自分から勝手に融合を解いておいて、〝さっさと〟ときたか。

 本当に無軌道な奴である。

『アルティメットブリンク!』

 融合したぴよ丸が転移を使う。

 すると俺の体が、元いた場所から十センチほど離れた場所へと瞬間移動した。

「これが転移か」

『転移ではない! アルティメットブリンクじゃい!』

 再び体が転移する。今度も十センチほど。

『そしてマスターとワシの力が合わさった今! これはアルティメットを超えたアルティメット! ダブルアルティメットブリンクへと至る! アルティメットブリンク!!

 ダブルアルティメットってなんだよ?

 あと、ダブル要素速攻で消えてるぞ?

 まあそれをいちいち指摘したりはしないが。

 こいつにはするだけ無駄だからな。

『アルティメットブリンク!!

 ぴよ丸が転移を連続で発動する。

 それが十回ほど続いたところで、俺は口を開いた。

「なあ……もうちょっと距離は出ないのか?」

 ぴよ丸の転移は、全て十センチほどだった。

 たぶん聞くまでもないとは思うんだが……

『ふふふ、いい質問じゃ! ハッキリ言おう! 無理!!

 やっぱりそうだった。

 どうやらこの転移は、十センチが限界のようである。

「じゃあ移動には使えないな」

 転移距離が長ければ、便利な移動手段になっただろう。

 だがこの転移距離じゃ、それは望めない。

 戦闘面に期待……も、あんまりできないか。

 そもそも俺、敵の攻撃を回避する必要がないからな。

 攻撃面で考えても、距離的に背後に回って攻撃とかできないだろうし。十センチじゃ。

 有効活用どころか、下手に使われると逆に邪魔になりそうだな、これ。

 生かすとするなら、まあ要練習か。

「取りあえず……ピョンピョン飛ばれると鬱陶しいから、無意味には使うなよ」

『マスター! この世に無意味なものなどない!!

 いや、ある。

 少なくとも、ぴよ丸の無駄転移は完全に無意味だ。

「悠よ。急いだ方がいいぞ」

「ん? なんでだ?」

「どうやらダンジョンボスが戦闘に入ったようだ」

「マジか……」

 ここのボスなら、確実に遭遇できると思ってこのダンジョンを選んだというのに、完全に無駄足になってしまった。

「そうがっかりするな。急げば、前みたいに混ぜてくれるだろう」

「また前みたいに? ひょっとして、戦ってるのは……」

 俺がボス戦に混ぜてもらったのは、過去に一度だけである。

 そして、前みたいにってことは……

「ああ。姫ギルドの奴らだ」

 またかよ。なんでかぶる?

 まあダメ元で行ってみるとしよう。

『マスター! アルティメットブリンクの出番じゃな!』

「うん、余計なことはすんな」

 走ってる最中に、ピョンピョン転移されては敵わない。下手したらすっころんでしまう。

「やったらマヨネーズ抜きな」

『ふぁっ!?

 俺はぴよ丸に釘を刺し、急いでボスへと向かうのだった。


◇◇◇


「こりゃまた奇遇ねぇ」

「どうも……」

 Cランクダンジョン『草むら』のボスは、でかいバッタである。

 その名もキリングバッタ。

 硬い外骨格を持ち、素早いジャンプと短時間の飛行で暴れ回る魔物だ。

 攻撃方法自体は飛び掛かりからのみつきに、キックや体当たりと、至ってシンプルでわかりやすく、対処しやすい。

 なら弱いのかというと、そんなことはなかった。

 一定時間ごとに周囲に召喚されるお供の子バッタが厄介で、一気に倒し切る火力か、取り巻きを始末できるだけの手数がないと、相当手間取ることになる相手だ。

 そのキリングバッタを相手取っているのは、ピンク髪の小柄な少女。

 ちび姫こと、姫路アリスである。

 そしてその保護者として、以前と同じく、岡町と幸保が離れた場所で彼女を見守っていた。

「この前見た時からそんなにたってないのに、随分動きが鋭くなってますね、彼女」

 姫路アリスの動きは、見違えるほど良くなっていた。

 それほど日数もたっていないので、そこまでレベルは上がっていないはずなのだが……

「ああ、それはちび姫のユニークスキルの効果よ」

「ユニークスキル【えるとう】。自分より強い相手と戦うと、その分ステータスに補正がかかるスキルだ」

「強ければ強いほど、効果が上がるのよ。それと、入手経験値も増えるわ」

「それはまた……優秀なスキルですね」

 ここに来るまでに、俺は考えていた。なぜ連続して、姫ギルドの育成とかち合ったのか、と。

 そして出した結論は、俺と同じ目的。つまり──

「ひょっとして、彼女も証狙いなんですか?」

 高速ランクアップだ。

 アリスの持つユニークスキルは、戦う相手が強ければ強いほど有効になる。

 ならさっさと高ランクに上がった方が、いろいろとはかどるというもの。

 だからさっさとランクを上げようとして、見事に俺と被ったというわけだ。

「まあな。そう言うお前さんも、ひょっとしてそうなのか?」

「ええ、そんなところです」

「にしても……その猫ちゃんって飛べるのねぇ」

「まあ使い魔ですから」

 使い魔だから変形するし飛べる。

 この一言で片付くのは楽でいい。

「ところで……」

 俺は戦うアリスの方に視線をやる。

 キリングバッタとの戦況は、ほぼ五分といった感じだ。

 素早い立ち回りは危なげないもので、お供の子バッタも上手く処理できている。

 だが、硬い外皮に阻まれてか、ボスにはあまりダメージが通っていないようだった。

 一言で言うなら、提灯陸アンコウの時と同じ感じである。

「できたら今回も、ボス戦に参加させてもらえたらありがたいんですけど。今回はドロップはいらないんで」

 この手の戦いでは、一進一退の長期戦になると、基本的に人間の方が不利になる傾向が強い。

 魔物の大半がスタミナ面で優れているからだ。

 なのでこのまま戦いが続けば、いずれ姫路アリスが押されだすことになるはず。

 そうなれば保護者である岡町たちの出番なわけだが、その役を代わりにやらせてくれと俺は二人に頼んでみた。

「うちのギルドに入ってくれるんならオッケーよ」

 岡町が勧誘を口にする。

 けどその口調と表情から、それが冗談だということがすぐにわかった。

 しつこく勧誘する気はないようだ。

「岡町、冗談でもそんなせこいことを言うな。振られた相手に迫るなんざ、恥だぜ」

「幸保はほんと、お堅いわねぇ。それじゃモテないわよ?」

「ふん、大きなお世話だ」

「で、ボス戦参加なんだけど……お願いを二つ聞いてくれたらオッケーよ」

「二つ? なんでしょう?」

「一つは、その使い魔ちゃんは戦いに参加させないこと。また一撃で魔物を倒されちゃうと、絶対ちび姫が嫌がるでしょうから」

「ああ、なるほど」

 姫路アリスは、ボス戦に岡町たちが加わるのを嫌っているようだった。

 それは強者に寄生することを良しとしない、プライドの表れだ。

 だから強いとわかっているアングラウスの参加を、彼女は歓迎しないはず。

「わかりました。それでもう一つは?」

「今回、貸しってことで。いつか強くなったら、その時は一度私たちに力を貸してほしいのよ。まあ具体的には……SSランクダンジョンの攻略とか、ね。今のうちの面子だけじゃ、ちょーっと攻略は難しいのよねぇ。無理すれば行けなくないのかもしれないけど、その場合、被害が酷いことになっちゃうだろうから」

 日本でSSランクダンジョンを攻略できているのは、三大ギルドだけである。

 姫ギルドも大手だが、その三つと比較すると、どうしても所属している攻略者のトップ層の厚みが違う。

「もちろんその際は正式な報酬も払うわ。貸しだからタダで手伝えなんて、無茶は言わないわよ。ああでも、これは悠君が他のギルドに所属しないことが前提の話になるんだけど……カイザーギルドに百億なんてたんを切ってるんだから、どこにも所属する気はないのよね?」

 どこかのギルドに所属する意思があるのかどうか、岡町が聞いてくる。

 単に助っ人を借りての攻略なら、三大ギルドに声をかければいいだけだ。

 だがそれをすると、他のギルドとの共同攻略という形になってしまう。

 だから岡町は、無所属の俺を助っ人として呼びたいのだ。

 それならば、姫ギルドによる攻略と大々的に銘打てるから。

「安心してください。俺はどこにも所属する気はありませんから」

 状況的に、どこかのギルドに所属するという選択肢は俺にはないからな。

「だから、その時は喜んでお手伝いします」

 岡町の出した条件を、俺は快く受け入れた。

 SSランクダンジョンに挑む攻略者の力量や、SSランクダンジョンがどういった場所かも少し気になるので、報酬をもらえるのならば断る理由はない。

 ……俺単独じゃ、Sランク以上は絶対入れないからな。

 Sランクダンジョン以降は、Sランクの攻略者や、そういった攻略者が所属するギルドでないと入れない決まりになっていた。

 だが、刻印で上げられるのはAまで。

 そのため、レベル一固定でソロの俺は、助っ人でダンジョン攻略に参加でもしない限り、高ランクダンジョンに入ることがないのだ。

「今回もよろしく頼む」

 幸保に話を通してもらい、俺はアリスのボス戦へと参加する。

「猫はなしだからね!」

「ああ、わかってる」

 アングラウス抜きだと、確定レアドロップが発生しないという問題があるが、そもそも今回は譲る予定なので気にする必要はない。

「ギチギチギチギチ!」

 俺の参戦に反応して、キリングバッタがお供を召喚する。その数五匹。

 さっきまでアリスが戦っていた時は三匹だったが、今回は二匹多い。

 こいつは戦っている相手の数によって、召喚するお供の数を変動させるのでそのためだ。

『ワシの出番じゃな! ファイヤーバード!』

 ぴよ丸がスキルを発動させ、俺の指先から炎がほとばしる。

 その火勢は明らかに以前より上がっていた。

 命が増えたことで俺の力が上がったのと、ぴよ丸が進化したことによる影響だろう。

「はっ!」

 炎を剣に変えて握り、俺は手近な取り巻きの一匹を切り裂いた。

 そこにキリングバッタが突進してくる。

「危ない!」

 俺がそれを全くかわそうとしないので、アリスが声を上げる。

 かわさないのは、別に不意をつかれて動けないからではない。

 突っ込んできてくれるのなら、大歓迎なだけだ。

 何せこちらは不死身なわけだからな。

 なので俺から見たら、これは美味しいカウンターチャンスでしかないのだ。

「はぁ!」

 俺は炎の剣を、突っ込んできたキリングバッタに正面から突き込む。

 だが、剣が奴の顔面に刺さってもその突進は止まらない。

 そのまま俺は奴の巨体によって吹き飛ばされてしまう。

「ぐっ……」

 さらに奴は、倒れた俺に飛び掛かってきた。

 胴体を前足で踏みつけられ、奴の鋭いあぎとが俺の顔面にかじりつく。

「つぅ……」

 『ミチミチ』という嫌な音と共に、顔の半分を食われてしまう。

 だが俺はそんなことではひるまない。

 受けたダメージなどお構いなしに、お返しとばかりに手にした炎の剣を奴の体へと突き刺す。

 痛くないのかだって? もちろんしこたま痛い。だがそれだけだ。

 俺がエターナルダンジョンで過ごした一万年間は、こんなことの連続だった。

 なんなら、三十秒に一回のペースで体を粉々にされ続けたなんてこともある。

 それに比べれば、顔面を食われるぐらいどうってことない。

「今助けに!」

「俺は不死身だから気にしなくていい! 取り巻きを頼む!」

 アリスが俺を助けるために駆けつけようとするが、それを制して、取り巻きの始末を頼む。

 彼女から見ればピンチに思えたのだろうが、俺にとってこの状況は絶好の攻撃チャンスだ。

 下手に手助けされると、折角の逆マウントが崩れてしまう。

「ぎぎぎぃぃぃぃ!!

 俺が不死身であることを知らないキリングバッタが、こちらを殺そうと狂ったように噛みついてくる。

 その度に俺の体が噛み千切られるが、同じ数だけこっちも炎の剣を突き刺してやった。

 ……タフな奴だ。

 かなり攻撃しているが、弱る様子はない。

 奴は俺の上で狂ったように攻撃を続けてくる。

 Cランクダンジョンのボスだけあって、耐久力はかなり高いようだ。

『マスター。ブリンク使って脱出する?』

 ぴよ丸が俺の惨状に、心配そうに聞いてくる。

「いや、大丈夫だ」

 ブリンクを使えば、この下敷き状態から脱出はできるかもしれない。

 だが、それをした方が面倒なことになるからな。

 なので気持ちだけもらっておく。

「あんたでラストよ!」

 アリスの声にチラリと視線を動かすと、彼女が取り巻きを始末し終えるのが見えた。

 アリスがキングバッタへの攻撃に取り掛かかれば、さすがにこいつもこの状態をキープしてはくれないだろう。

 ……そうなる前に、一気にダメージを与えて弱らせておくか。

 俺はエクストリームバーストを発動させる。

 実はこれまでの攻撃は手加減していた。

 単独の高火力で倒し切るのは避けたかったからだ。

 何せ、こいつはアリスの獲物なわけだからな。

『ふぉぉぉぉぉ! みなぎってきたぁぁぁぁ!!

 パワーを全て炎の剣に収束させ、俺は勢いよくキリングバッタの胴体に突き込んだ。

「ぎぎゅああぁぁ!!」

 さすがにこれは効いたのか、キリングバッタが慌てて飛び退く。

「はぁっ!」

 そこに丁度駆けつけたアリスが、跳躍でキリングバッタの上を取る。

「喰らいなさい!」

 突風が巻き起こり、彼女の全身が包まれた。

 その姿はまるで竜巻だ。

「【スピアトルネード】!」