「失礼ね! そんなわけないでしょ! そうよね、悠君」

「いや、死ぬほど迷惑なんで」

 別にオカマだからと差別するつもりはないが、自分に嘘はつけない。

 死ぬほど迷惑だ。


◇◇◇


「ちび姫! ソロの攻略者が来たから一緒させてやれ!」

 幸保が大声で、提灯陸アンコウと戦ってるちび姫とやらに向かって叫ぶ。

「なんでよ! こいつはあたしの獲物よ!」

 少女は一瞬振り返ってこちらを確認し、怒鳴り返してきた。

 まあそらそうだよな。

 こういう場合、後から来た攻略者は諦めるか、ボスのリポップを待つのが常識である。

 途中参加など、普通ではあり得ない。

 もちろん、助けを求めるような状況なら話は変わってくるが。

「ここまで来て、ボスと戦えなかったら可哀想じゃないの! 共闘させてあげなさいな!」

 岡町の言葉に、敵の攻撃をかわすために忙しく動き回っていた少女の動きが一瞬止まる。

 どうやら、可哀想とかいう彼の冗談みたいな言葉に反応したようだ。

「あー、もう! しょうがないわね! でも邪魔だったら蹴っ飛ばすからね!」

 そしてまさかのオーケー。

 口調は荒いが、ちび姫って子は結構お人しのようだ。

 もし俺が彼女の立場だったなら、考慮にも値しないと完全にスルーしていたことだろう。

 どう考えても、その程度で可哀想とはならんからな。

「さ、よろしくお願いね」

「わかりました」

 岡町がウィンクを飛ばしてきた。

 俺はそれを本能的にかわし、提灯陸アンコウの元へと向かう。

「バンバン殺されるのもアレだし、一応エクストリームバースト使っとくか」

 命三つの状態じゃ、他の攻撃と組み合わされるアンコウのアクアバレットをかわし切るのは難しい。

 もちろん喰らっても死なないが、頭とかが吹き飛ぶショッキングなシーンを、こちらの不死を伝えていない女の子に見せるのはさすがに忍びないというもの。

 まあボスとタイマンしてるような子に、そんな気遣いはいらない気もするが、一応な。

『ふおおおおぉぉぉぉ!! みなぎってきたぁ!! ファイヤーバード!!

 エクストリームバーストを発動させると、興奮したぴよ丸が勝手にファイヤーバードを発動させてしまう。

 融合しているこの状態だと、俺の掌から炎が噴き出る感じだ。

「勝手に発動させるなよな。まあ使わせるつもりだったから別にいいけど」

 道中、俺はアングラウスに言われて炎のコントロール方法を練習している。

 そこでわかったことだが、驚くべきことに、この炎は性質を変化させ物質化することすら可能だった。

 なので──

「はぁっ!」

 俺は炎の出力を上げて操り、それを物質的な剣へと変えて握る。

 炎から生み出したこの剣は命を使った力が乗るため、破壊力が高く、武器として申し分ない。

『マスターよ! ワシの力を存分に振るうがよか!!

「そうさせてもらうよ」

「ぎゅおおお!」

 アンコウが俺の接近に気づき、雄叫びを上げた。

 奴は少女に体当たりを仕掛けながらも、額から生えている提灯部分から、こちらに向かってアクアバレットを飛ばしてくる。

「ふっ!」

 俺はそれを炎の剣で切り捨てる形で対処し、巨体のアンコウに向かって突っ込んだ。

「俺は顔悠だ。感謝する」

 二発目のアクアバレットをかわしつつちび姫に近づき、自己紹介と礼を言う。

 岡町たちに頼まれたことではあったが、待たずに証が手に入る上、ドロップまでもらえるわけだからな。

 礼ぐらいは言うさ。

「私はひめアリスよ! 私が気を引くから、アンタはその隙を狙いなさい!」

 姫路はそう言うと、アンコウの注意を引くため、わざと奴の鼻先を横切るように動いた。

 その際舌で狙われるが、彼女はそれを軽やかにかわしてみせる。いい動きだ。

 ぶっちゃけ、囮なら俺の方がド適性なんだが……不死身だし。

 まあだが本人が買って出るなら、断る理由はない。

 そもそも、火力不足で岡町たちに加勢を頼まれているわけだからな。

 彼女がアタッカー役をするより、その方が効率はいいだろう。

 アンコウが側面に回った姫路の動きを追って、体を大きく動かす。

 そのおかげで奴の隙だらけの腹が丸見えとなり、絶好の攻撃チャンスが生まれる。

 と、言いたいところだが。

「提灯には気を付けて!」

 奴の額から生えている提灯は、こちら側に向いていた。

 まあ仮にもボスだからな。相手を一人追って、もう一人をフリーにするほど間抜けではないってことだ。

 俺への牽制とばかりに、奴は散弾状の低威力なアクアバレットを飛ばしてくる。

「わかってる!」

 散弾状の水弾は小さく、弾速も通常のものより相当遅い。

 恐らく、威力は単発時の十分の一以下だろう。

 正直な話、俺としてはこっちの方が厄介だ。

 この威力じゃ、体を貫通してくれそうにないからな。

 そのため喰らうと足止めになってしまうので、かわすしかない。

 折角ちび姫から見えない位置だというのに、無視できないのが面倒くさいことこの上なしである。

「はぁっ!」

 水弾をかわしつつ、俺はアンコウの腹部に手にした炎の剣で切りつける。

 剣が奴の皮膚と分厚い脂肪を切り裂くが──

「想像以上に硬いな」

 致命傷にはほど遠いダメージだ。

 無防備な所を切りつけてこれか。

 この状態の攻撃なら一撃は無理でも、数発で決着がつくと思っていたんだけど……当てが外れてしまったな。

「こりゃ、結構かかりそうだ」

 事前に調べていたため、かなり耐久力があることはわかっていたが、思っていた以上である。

 どうやらちび姫が非力なのではなく、こいつが硬すぎるだけだったようだ。

 さすが、Dランク最強クラスのボスだけはある。

「ぎょぎょん!」

 腹を切られたアンコウが跳び上がり、俺の上に落ちてくる。

「危ない! かわして!」

 本来ならかわす必要はないんだが、潰されるシーンを見せつけるのもあれだからな。

 俺は大きく飛び退き、その攻撃をかわす。

「くくく。魚一匹軽くさばけんとは非力だな、悠」

 アングラウスが俺の足元で嫌味を言ってくる。

「ああ、悲しいほどにな」

 アングラウスと戦った回帰前なら、この程度の魔物などワンパンで倒せたことだろう。

 だが、命三つの今の状態じゃ、こんな雑魚相手にすら大立ち回りが必要だ。

 さっさと力を取り戻したいものである。

「しょうがない。まあまた我が手を貸してやろう」

「おいおいおい、火を噴くのは勘弁してくれよ」

 以前ボスに向かって吐いたブレスをまたやられたら、えらいことになってしまう。

 あの時は俺だけだから良かったが、今回は周りに他の人間がいるのだ。

 ブレスに巻き込まれれば、彼らは確実にあの世行きである。

「安心しろ、我とてそれぐらい理解している」

「いや、そもそも人目があるから手出しは……」

「今回は地味にやるから見ていろ」

 俺の言葉を無視し、攻撃をかわされ再びジャンプしたアンコウを追うようにアングラウスが跳躍する。

「ドラ……いや、違うな。今は──ニャンコパンチ!」

 アンコウに空中で接触したアングラウスが、その短い前足で猫パンチをぶちかます。

 その一撃が強力すぎたためか、バンっと鈍い破裂音と共に、アンコウの体が風船のように破裂してしまった。

「……」

 どう考えても、Dランクに来る攻略者の使い魔の強さではない。

 姫路の方を見ると、『え? マジで?』みたいな顔で着地したアングラウスを見ていた。

 岡町たちも目を見開いて驚いている。

「全然地味じゃねぇじゃねぇか」

「さすがに、あれ以上地味にするのは無理だ」

 だったら手を出すなよな。

 ちなみにドロップは鎧だった。レアドロップだ。

 ついてる、と言いたいところだが……ボスのレアドロップは、そうぽこぽこ落ちるような物ではない。

 連続で落ちるなんてよっぽどだ。

 考えられるとしたら──

「なあ、お前なんかスキル持ってるのか?」

「気づいたか」

 アングラウスが口の端を歪めてニヤリと笑う。

「我には初討伐時、レアドロップが確定するスキルがある」

 なんでEXダンジョンのボスが、そんなスキル持ってんだ?

 おかしくね?

「……その使い魔、すごいわね」

 暫くあっけにとられていたが、こっちにやってきた姫路アリスがアングラウスを凝視する。

「B。いえ、Aランクレベルはあるんじゃ?」

 ここ『水溜まり』はDランクに分類されているが、生息する魔物はその中で最上級、限りなくCランクに近い強さを誇っている。

 そこのボスをワンパンで、文字通り粉砕したことから、姫路はアングラウスの実力をAランクレベルと判断したようだ。

 実際はレベル一万超えなので、Aどころではないわけだが……

 アングラウスはゲームで言うなら、ラスボスどころか隠しボス扱いされてもおかしくない奴だからな。

「ああ、まあそんな感じだ」

 問いには適当に答えておく。

 下手に教えると大問題になるかもしれないってのもあるが、そもそも、言っても信じない可能性の方が高い。

「すごいわねぇ、その猫ちゃん」

 岡町たちも寄ってきて、アングラウスに注目する。

「単独で来てるから、そこそこやるだろうとは思ってたが……とんでもない隠し玉を持ってやがったもんだ。このレベルの使い魔を従えられるってことは、ユニークスキル……いや、ひょっとしてレジェンドスキルか?」

 スキル、もしくは魔法による召喚の使い魔は、主人となる攻略者の影響を大きく受けるものだ。

 そのため、Dランクダンジョンに通う程度の攻略者の使えきする使い魔の強さは、通常たかが知れていた。

 だが、そういった常識の枠にまらないスキルが存在する。

 それが強力な効果を持つユニークスキルや、レジェンドスキルだ。

「いえ、ユニークスキルです」

 Dどころか、Eランクの俺がAランクとおぼしき魔物を使役している。

 そう考えると、効果としては、より強力なレジェンドスキルの方が自然だろうとは思う。

 にもかかわらずユニークスキルと答えたのは、協会のデータベースで、初期スキルと現在のランクを簡単に調べることができるためだ。

 覚醒時以外にも取得する可能性があるユニークスキルと違って、レジェンドスキルは覚醒した時のみというのが通説となっている。

 そのため、データベースを調べられたら嘘が一発でバレてしまうのだ。

 何せ、俺のデータには【不老不死】以外のスキルはないわけだからな。

 さすがに【不老不死】を、使い魔を使役する系のスキルと勘違いする馬鹿はいないだろう。

「このレベルの使い魔を、ユニークスキルでか……」

「はい」

 ああでも……よくよく考えたら、【不老不死】はデメリットにスキル取得不可もあるから、ちゃんと調べられたら結局バレるのか。

 本名を名乗ったのは失敗だったかもしれん。

 まあもう、そこは考えないようにしておく。

 アングラウスの無双は今さら取り消せないし、相手が気づいて面倒くさいことにならないことを祈るばかりだ。

「相当強力なユニークスキルみたいだな。それで? どういう感じのスキルなんだ?」

 興味津々なんだろう。幸保がスキルの概要を詳しく聞いてくる。

 だがその行動はマナー違反だ。

 データベースにある程度載っているとはいえ、他人の能力の詮索は嫌われる。

 俺がそれを理由に、やんわりと回答の拒否をしようとしたら──

「他人の能力やスキルを詮索するのはマナー違反だと、ネットには載っていたぞ。姫ギルドには、そういった最低限のマナーも存在してないのか?」

 先にアングラウスが、そのことをド直球に放り込んでしまった。

「おっと、こいつは一本取られちまったな。変な詮索をして悪かった」

 アングラウスに指摘された幸保が、素直に頭を下げた。

 大手ギルドの人間を怒らせて揉めたら面倒くさいことになるところだったが、どうやらその心配はなさそうだ。

「ああいや、気にしないでください。俺は気にしてませんので」

「ほんっと、幸保はちゃんと反省しなさいよ。ごめんなさいねぇ、悠君。ところで……悠君はどこかに所属してるのかしら? もしまだギルドに入ってないなら、うちなんてどうかしら?」

 強力なユニークスキルを持つ人間を確保したいのか、岡町が勧誘してくる。

「姫ギルドはこの業界じゃ大手だし、美人も多いのよ。あたしみたいな、ね」

 岡町が体をくねらせウィンクしてくる。

 あたしみたいなと言われたら、そっち系の人間がワンサカいるようにしか感じないんだが?

 アピールどころか、人によってはマイナスに働きかねない内容である。

「いえ、ギルドに所属する予定はないんで。申し訳ないですけど」

 勧誘に対する答えは、当然ノーだ。

 アングラウスのことを含めて、俺はいろいろと特殊だからな。

「そう、残念ねぇ。じゃあ名刺を渡しておくから、気が変わったら連絡ちょうだいね」

「わかりました」

 しつこく勧誘されるかと思ったが、断ったら岡町はあっさりと引いた。

 まあ大手だし、優秀な攻略者は大量に抱えてるだろうから、俺にこだわる必要はないってことなんだろう。

「顔悠」

「ん?」

「あれの分配だけど……」

 姫路アリスが、レアドロップの青い鎧を指さす。

 確か水属性に高い耐性があり、さらに自然回復能力が上昇する効果だったかな。

 Dランクダンジョンのドロップではあるが、高ランク攻略者が水属性対策に身に着けたりするほどのレア装備で、ギルドでの買取価格は三千万ほどだったはず。

「私の獲物だったけど、まああんたの使い魔が活躍したから半々ってことにしてあげるわ」

 そう言われた俺は、岡町と幸保の方を見た。

「あー、いや、ちび姫。そいつは……まあなんだ……」

「悠君はここ初めてみたいだから、記念に彼に差し上げましょ」

「はぁ!? これがいくらするかわかってんの!? 通常ドロップの魔石じゃないのよ!」

 大手ギルド所属なんだから、ケチケチするなよと言いたいところだが……さすがに五桁万円をポンとプレゼントするのは、そう簡単な話ではないよな。

 裏取引を知らないのだから、当然の反応だ。

「ま、まあそうだな。は、半々でいいだろう?」

 幸保が困ったように聞いてくるが、俺は姫路に見えないよう、指先でペケマークを作って意思表示する。

 ドロップをもらう約束で助力しているので、当然あれは俺の物だ。半分譲るいわれはない。

 ましてや、アングラウスのスキル効果ならなおさらである。

 大手ギルドを敵に回す可能性もあるが、さすがに金額が金額なだけに、そんなカツアゲのような真似を受け入れるわけにはいかない。

 こっちがもらう側だったカイザーギルドの時とは、わけが違うのだ。

「わかりました」

 幸保が諦めたような顔で、姫路に見えないよう指でオッケーマークを作ったので、表面上は半々で済ませることに同意しておいた。

 三千万ゲット。

 アングラウスのスキルもあるので、この調子ならすぐにエリクサーが手に入りそうだ。



◆◆◆



 ──姫ギルドの所持するビルの一室。


 椅子ではなく、シックな執務机の方に腰かけた、スーツ姿の大柄な赤髪の女性が報告書に目を通し呟く。

「所有スキルは【不老不死】のみ……か」

 彼女の名は姫路アイギス。

 顔悠がDランクダンジョン、『水溜まり』で共闘した姫路アリスの姉であり、大手である姫ギルドのマスターを務めるSランクの攻略者だ。

「普通なら、覚醒時以外と考えるところだが……このレジェンドスキルは、確か不死身になる代わりに、レベルアップ不能と、スキル取得不能というデメリットがあったはず」

「ああ……俺たちもそれに気づいたから、こうやって姫に報告しに来たんだ」

「気になってチェックしたら、もうびっくりよぉ」

 山路幸保と岡町涼は、Dランクダンジョンで出会った顔悠のことを、あの後、協会のデータベースで調べていた。

 あっさりと引きはしたが、可能なら追い追いギルドに勧誘しようと考えていたからだ。

 まだEランク攻略者にもかかわらず、提灯陸アンコウを一撃で粉砕するほどの使い魔の破格な能力を見せつけられたのだから、それは当然の判断だろう。

 その場で引き下がったのは、引率すべき姫路アリスがいたことと、しつこくすると印象が悪くなると判断したからに他ならない。

「現実的に考えれば、なんらかのマジックアイテムなんだろうが……」

「それはないと思うわ。あの猫ちゃん、Aランク相当の力はあったもの。もしマジックアイテムだとしたら、とんでもないレアよ。それこそSランクダンジョンのボスドロップ並みの。彼が自力で手に入れたってのは考えづらいし、買ったとも思えないのよねぇ。調べた限り、悠君にそんな物を買う余裕はないみたいだし。そもそもそんなお金があるなら、先に覚醒不全の妹さんのためにエリクサーを手に入れてるはずよ」

 岡町は、昨日の今日で、顔悠に関する情報をかなり手に入れていた。

 少し前に帯同していた毒島のパーティーは元より、その家族構成や、家庭事情などまで。

 よくこの短期間でそれほどの情報を、と思うかもしれないが、悠はレジェンドスキル持ちだったため、攻略者登録初期に界隈の注目を集めた過去があった。

 まあそれも、成長不可が知れ渡る前という極短い期間ではあるが。

 姫ギルドはその当時、顔悠獲得のために動いていた背景があり、今回、極短期間で情報をある程度集められたのはそのためだ。

「そうなると……レジェンドスキルのデメリットを、なんらかの方法で突破してスキルを習得しているわけか」

「本人も、Cランク相当の実力があったからな。間違いなくレベルも上がってるはずだぜ」

「非常に興味深いな」

 レジェンドスキルは、どれも他の追随を許さないほどの効果を持っている。

 その分デメリットも強烈であり、ある意味そこでバランスが取れているといえるスキルだ。

 なので、そのデメリットを無効化できたなら、それがどれほど強力な武器となるかはいうまでもないだろう。

「おいおい、興味深いどころじゃねぇぜ」

「そうよぉ。こういう言い方するのはなんだけど、彼は化け物の卵よ」

 一般的な攻略者のレベル上げを阻害する最大の障害は、死という名の、生きとし生ける者全てが恐れるリスクだ。

 だが顔悠はそれを無視することができた。

 それが攻略者にとってどれほど大きなアドバンテージであることか。

「壁も絶対越えられるわけだし、間違いなく大成するわ。早いうちにツバつけとかないと」

 今まではデメリットのため、最弱の攻略者などと呼ばれていた彼だが、成長が可能となればその評価は百八十度反転する。

 順当に成長を続ければ、やがて世界トップクラスに食い込んでいく攻略者になることは疑いようがない。

「そうだな。できればうちに引き込みたいところではあるが……」

 ギルドは、どれだけ優秀な攻略者を抱えられるかでその格が決まる。

 大手と呼ばれる姫ギルドでさえ、Sランク攻略者は三名しかいないのだ。

 顔悠がほぼ確実にSランクに至ることを考えれば、姫ギルドが彼を加入させたいと思うのは当然のことだった。

「姫。私に任せてくれれば、この美貌でイチコロよ」

 岡町が体をしならせる。

 悠と遭遇した際は、ダンジョン内だったので青髭が僅かに出ていたが、普段はバッチリ処理しているので、見た目だけなら完全に女性だ。

 なので、しなを作った姿は色っぽく見えないこともない。

 まあ声が完全におねぇ系なので、騙される人間は少ないだろうが。

「寝言は寝てから言えよ。お前がぐいぐい行ったら、まとまるものもまとまらなくなっちまう」

「まあ、失礼ねぇ」

 幸保の言葉に、心外とばかりに岡町が頬を膨らませる。

 確かに昨今の流れで言うなら、失礼極まりない発言となる。

 だが相手が特殊な趣味を持っていない限り、それが正論であることは確かだ。

「誰が勧誘するかはともかく……この資料から見るに、エリクサーの提供を引き換えにするのが確実だろうな」

「エリクサーか。まあ確かにそうだろうが……」

「でも、今すっごく値上がってるのよねぇ……」

 エリクサーの入手は、絶望的というほど難しくはない。が、とにかく需要が多い。

 特に昨今は、世界的に、大手ギルドが本格的に超高難易度ダンジョンの踏破に乗り出す流れのため、その価格はこの半年で三倍以上にまで跳ね上がってしまっていた。

 超高難易度であるダンジョンの攻略には、エリクサーが必要不可欠だからだ。

「確か、現在の平均価格は十五億ほどだったか?」

「ああ、それくらいだ。契約金代わりとはいえ……その額の品を、新人にポンとプレゼントしたとなるとなぁ」

「山田あたりは、絶対うるさいわよねぇ」

 姫ギルドは大手なので、出そうと思えば普通に出せる額ではある。

 ただ、あまり高額でのスカウトをしてしまうと、他のギルド員たちから反発を受ける可能性が高かった。

 そうなれば最悪、ギルド運営に支障が発生する可能性も出てくる。

「だが……将来性を考えればそれだけの価値はある」

 能力にもよるが、高ランク攻略者の数は、挑戦できるダンジョンの難易度や安定度に直結する。

 なので多少の不和や離反があったとしても、将来有望な悠を引き込むことは大きなプラスになるとアイギスは判断し、そう断言する。

「じゃあその方向で、俺が交渉にあたってくる。全く知らない相手より、顔見知りの方がいいだろうからな」

「あ、じゃああたしも行くわ」

「ああ、頼む」

 自身の妹、姫路アリスもいずれSランクまで昇ってくる有望株だ。

 ほんの一週間ほど前に覚醒し、つい先日はDランクダンジョンのボスとも切り結んでいるその成長速度は、驚異的と言っていい。

 そこにもう一人、Sランクが期待できる攻略者が加われば、いずれ姫ギルドが三大ギルドに食い込むことも可能だろう。

 そんなことを、アイギスは頭の端で計算する。

「まあ捕らぬたぬきのなんとやらだな」

 姫路アイギスは自分の都合の良い想像に、苦笑いする。

「叶うかどうかもわからない妄想よりも、現実的な強化をすべきだな」

 岡町と幸保が執務室から出ていった後、アイギスは腰かけていた机から立ち上がり、トレーニングルームへと向かう。


 姫ギルドマスター、姫路アイギス。

 年齢三十二歳。身長百九十五センチ。体重百十一キロ。体脂肪率七%。

 元々大柄だった彼女ではあったが、その女性離れした筋肉質なたいは、強さを求める彼女のストイックな日々の努力の賜物であった。


 攻略者が体を鍛えてどうするのか?

 一般的に、攻略者の強さはレベルとスキルで決まると言われている。

 だが、下地となるフィジカルが全く影響を及ぼさないわけではない。

 スキルの大半が倍率系であるため、鍛えた筋肉や体力もまたそれによって強化されるので、決して馬鹿にできない差を生む。

 それがわかっている一流の攻略者たちは、皆こぞって鍛錬を行っていた。

 少しでも強くなるために。

 そしてそんな中の一人に、姫路アイギスがいるのだ。


 姫路アイギスの目指すもの。

 自らがどこまでも強くなり、そして姫ギルドを頂点まで押し上げる。

 それが彼女の願いだった。