第四章 ちび姫


 水溜まりと呼ばれるDランクダンジョン。

 その特徴を一言で言うなら、敵と罠の数が少ないダンジョンだ。

 これだけ言うと楽そうに思えるかもしれないが、実際はその逆だったりする。

 なぜなら、罠も敵も少ない反面、出現する敵自体の強さがDランク最高峰となっているからだ。

 もうなんなら、ワンランク上のCランクの敵に匹敵するほどである。

 そのくせ、ドロップはDランク相当。

 そら人気ないわな。

「びゃびゃびゃ!」

 ダンジョンを進んでいくと、人型をした、全身を魚のうろこに覆われた魚人が水溜まりから飛び出してきた。

 サハギン。

 こいつがこのダンジョンの、メインモンスターだ。

「ぴよ丸。維持を頼んだぞ」

 もちろん、俺自身も訓練として維持することを心掛けるが、まあ暫くはぴよ丸頼りだ。

『アイラブマヨネーズ!』

 まともな返事しろよな……まあいいけど。

 先に動いたのはサハギンの方だった。

 奴は口先をとがらせ、そこに両手を添え──

「ぶぶーっ!」

 まるでレーザーのように、水を超高速で吐き出してくる。これはアクアバレットと呼ばれる攻撃だ。俺はそれを防ごうと右手を前に出す。が──

「ぐぅ……ぶち抜かれちまったな」

「全く、我がライバルながら情けない」

 防ごうとした右手が千切れて弾け飛び、胸元に大穴が開いてしまう。

 痛みはあっても、衝撃は大して感じなかった。

 それは俺の肉体が、障害物にすらならないほどの高威力でぶち抜かれた証だ。

 ダンジョン概要をネットで調べたから知ってはいたが、想像以上の威力である。

 これを完全に防ぐのは、エクストリームバーストを使っても無理だろう。

「なるほど、こりゃDランクじゃきついわな」

 装備がないとはいえ、命三つの今の俺を容易くぶち抜くほどの破壊力。

 そこに加えて、アクアバレットは速度もかなり速いので、一般的なDランクの能力や装備でこれに対応するのは相当難しいはず。

「維持が解けてるぞ?」

「まさか胸をぶち抜かれるとは思わなかったんだよ」

 痛みに慣れているとはいえ、それでも痛いものは痛いのだ。

 想定外に胸をぶち抜かれてなお、冷静に裂命を続けるのはさすがにハードルが高い。

「ぎゃ……ぎょぎょ!?

 即座に生えてくる右手。

 そして埋まる胸の大穴。

 そんな俺を見て、サハギンがギョッとした表情になる。

「悪いな、俺は不死身なんだよ。というわけで……今度はこっちの番だ」

 一気に間合いを詰め、驚いて無防備になっているサハギンの顔面をぶん殴る。

「ぎゅがぁ!」

 サハギンが俺の拳を受けて、大きく吹き飛んだ。

 手応え自体はあった。

 だが、致命的なダメージとまではいかなかったのか、受け身をとって奴は素早く起き上がってきてしまう。

 起き上がったサハギンは両手を口の前に添え、再びアクアバレットで攻撃してこようとする。

 間合い的に妨害するのは難しい。

 が、全く問題ないのでそのまま突っ込む。

 なぜなら俺は不死身だから。

「相打ちオッケーだぜ!」

「ぶふー!」

 発射されたアクアバレットの直撃を喰らい、再び胸に綺麗な大穴が開く。

 威力が低くて吹っ飛ばされるようなら面倒くさかったが、幸い高威力で貫通してくれるので、逆に動きの阻害にならずに済む。

「おら!」

 間合いに入った所で、全体重と勢いを乗せた拳をサハギンの顔面へと叩き込んだ。

 吹っ飛ぶサハギン。

 今度は受け身をとれず、奴はそのまま地面の上を転がっていく。

「ぎゅぐうぅ……」

 終わったかなと思ったが、奴は口や鼻から紫色の血を流し、ふらつきながらも再び起き上がってきた。

 攻撃力だけではなく、耐久力も結構高いようだ。

「まあけどこれで……」

 俺は弱っているサハギンに勢いよく飛び回し蹴りを叩き込み、ダメ押しする。

「ぎょげぇ……」

 サハギンはその一撃で息絶え、そしてドロップである魔石へと変わる。

「終了、と。やっぱ裂命維持は難しいな」

 俺の裂命は途切れていた。

 やはり、本気で動きながら維持するのは難しい。

 こりゃ、暫くはぴよ丸頼りになりそうである。

『ふおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 そんなことを考えていたら、唐突にぴよ丸が雄叫びを上げた。

 いったいなんだってんだ、こいつは。

『なんか知らんが……みなぎってきたぞおおぉぉぉぉ!!!』

「どうやらレベルが上がったようだな。ぴよ丸の」

 いつの間にか、俺の足元にアングラウスが移動してきていた。

「レベルが……上がった?」

 俺はアングラウスの言葉に眉根を顰める。

 ぴよ丸は通常の生物ではない。

 なのでレベルが上がること自体に驚きはなかった。

 俺が『ん?』となったのは、レジェンドスキル【不老不死】の恩恵を受けている状態でぴよ丸のレベルが上がったことである。

 【不老不死】は、その不死性と引き換えにレベルが一切上がらなくなるスキルだ。

 当然、ぴよ丸も融合中はその恩恵を受けて不死身になっているので、デメリットの影響も受けていなければおかしい。

 のだが──

「どうやら、ぴよ丸の融合は美味おいしいとこ取りのようだな」

「……」

 いいとこ取りとかずるくね?

 心の底からそう思う。

 いやまあ、ぴよ丸が強くなれば、その分融合している俺の強さも上がるわけだから、いいっちゃいいんだが……

 でも、やっぱずるくね?

『ふおおおぉぉぉぉぉ! 世界よワシに平伏せい!!

 そんな俺の胸中のもやもやなど他所に、ぴよ丸は雄叫びを上げるのだった。



◆◆◆



 Dランクダンジョン『水溜まり』。

 その最奥にいるボスは、ちょうちんりくアンコウと呼ばれる魔物だ。

 陸上でも活動できる象サイズのアンコウで、耐久力がかなり高く、長い舌を伸ばした攻撃や、提灯部分から放たれるアクアバレットが主な攻撃手段となっている。


「ガッツよ!!

「気合い入れろちび姫!」

 サハギンを始末しながら進むこと丸一日。

 やっとボス部屋に辿り着いた俺は、思わずがっくりとする。

 なぜなら、先客がいたからだ。

 現在ボス部屋内では、十代前半に見える小柄なピンク髪の少女がボスとタイマンを張っていた。

 周囲にはそれ以外にも二人の男女がいたが、彼らは声援を飛ばすだけで手出しをしていない。ギルドによる低ランク攻略者の育成。もしくは、単独撃破にでも挑戦しているってところなのだろう。

「はぁ、まさか先客がいるとは……」

 人気がない場所だってのに他人とかち合うとか、運がなさすぎる。

「混ざればいいんじゃないか?」

「馬鹿言うなよ」

 攻略者には、他の人間が戦ってる魔物への手出しは厳禁という、暗黙のルールがある。

 なので手出し厳禁だ。もちろん、自分へ攻撃が飛んできたり、相手から助けを求められれば話は変わってくるが。

「面倒くさい決まりだな」

 ダメな理由を説明すると、アングラウスがつまらなさそうに欠伸あくびする。

「まあしょうがない。混んでるダンジョンとかもあるからな。何にせよ、湧き待ち確定だ」

『マスター! マヨネーズ!!

「全部終わったらたらふくやるから、それまで我慢してくれ」

 別にマヨネーズをケチるつもりはないが、ダンジョンにそんな物は持ち込んでいないからな。

 だからクレクレ言われても、やりようがないのだ。

「ここに来たってことは、貴方もボス狙いかしら?」

 俺に気づいた黒髪ロングの女性がこちらにやってきて、声をかけてきた。

 声を聞いて気づいたが、こいつはオカマのようだ。

 よく見ると、口元にうっすらとあおひげが浮かんでいる。

「あたしは、姫ギルド所属のおかまちりょうよ。貴方のお名前を伺ってもいいかしら?」

 姫ギルドの名前は聞いたことがある。

 確か三大ギルドに次ぐ大手のギルドだったはず。

「俺は顔悠です」

 大手だからというわけではなく、相手が年上っぽいので一応敬語を使う。

 礼儀は大切だからな。

「悠君、いいお名前ねぇ。そっちの猫ちゃんは、貴方の使い魔かしら?」

 ダンジョンボス部屋に、普通の猫を連れてくる人間はいない。

 なので岡町は、アングラウスを俺の使い魔と判断したようだ。

「ええまあ」

「可愛いわねぇ。この子、どんな能力が使えるのかしら?」

「火を噴く程度だ。なんなら消し炭にしてやろうか?」

 岡町がしゃがんででようとしたが、アングラウスがそれを素早くかわし、物騒な言葉で威嚇する。

 これは別に差別的な行動ではなく、勝手に触ろうとしたことに怒っているだけだろう。

 今はおとなしくしているが、本来は凶悪なドラゴンだからな。

 人間に気安く体を触らせるわけもない。

「あら、怖い」

 冗談だとでも思っているのか、岡町は笑顔だ。

 だが、こいつが本当に火を噴いたら、この場にいる全員、灰すら残さずあの世行きである。

 まあ俺は別だが。

「こいつは俺以外の人間が嫌いなんです。ですんで、関わらないようお願いします」

 これ以上、アングラウスが機嫌を損ねるのはまずいので、くぎを刺しておく。

「あらそうなの。仲良くなりたかったのに、残念」

 偶然遭遇した攻略者の、それも使い魔と仲良くなってどうするんだ? 

 わけのわからん奴である。

「おう、岡町。用件は伝えたのか?」

 岡町に続いて、筋肉質の大柄なスキンヘッドの男がやってきた。

「ううん、まだよ」

 どうやら何か用件があって、岡町たちは俺に声をかけてきたようだ。

 いったいなんの用があるというのか?

「ちんたらすんなよ。兄ちゃん、ここにいるってことはボス狙いだよな?」

「ええまあ……」

「俺は姫ギルドのやまゆきやすってんだ。ものは相談だがよ。今戦ってるうちのちび姫と一緒に、ボス討伐してくれねぇか? 実はちょっとばかし、旗色が悪くってな」

 旗色が悪い?

 幸保という男の言葉に俺は眉を顰める。

 ボスと戦っている少女を見た感じ、苦戦しているようには見えないからだ。

「普通に戦えてるように思えますけど?」

「そう見えるだけさ。動きでは圧倒できてるが、非力すぎてダメージがほとんど通ってねぇ。このままいけば、そのうちスタミナ切れでアウトだ」

「なるほど」

 言われて改めて見てみると、確かに彼女のレイピアは、提灯陸アンコウの分厚い皮膚と脂肪に阻まれて大したダメージを与えていないようだった。

 敵をほんろうする華麗な動きに反して、彼女は相当非力なようだ。

「けど、それなら貴方方が手伝えばいいんでは?」

 旗色が悪いのなら、この場にいる他の面子が手伝えばいいだけのこと。

 なぜ俺に手伝いを求めるのか?

 意味がわからない。

「確かに、俺たちが手伝えば瞬殺なんだが……それをすると、ちび姫を怒らせちまうんだよ」

「そうそう。あの子、意地っ張りだから。私たちが手伝ったりしたら、へそ曲げちゃうのよねぇ。このダンジョンにだって、保護者として私たちが付いてくるのすごく嫌がったんだもの」

「はぁ……」

「で、悠君に手伝ってもらえないかなー、と」

「同ランク帯の人間なら、一応保護じゃなくて、共闘って名目で行けるからな。それならちび姫も、そう目くじら立てないだろうし。ドロップは兄ちゃんにやるから、一肌脱いでもらえないか?」

 保護と大して違わない気もするんだが……ホントにそれで、戦ってる少女は納得するのだろうか?

 まあだが、相手側の保護者の了承がもらえるなら、俺としては断る理由はない。

 少女がその後、二人と揉めても俺の知ったことじゃないしな。

「わかりました」

「おおそうか! 感謝する!」

「ありがとう。助かるわぁ。お礼にキスしてあげ……あだだ、ちょっと、痛いじゃない!」

「気持ち悪い真似すんな! 折角引き受けたのに、お前のせいで断られたらどうする!」

 岡町が俺に抱きつこうとしたが、幸保がその後頭部を掴んで止める。ナイスキャッチだ。