どうやら、このヒヨコは自分のことがわかっていないようだ。

 というか、だったらさっきのマスターうんぬんの流れはなんだったんだ?

 自分のこともわかってないのに、主の確認するとか意味がわからん。

「生まれたばかりの子供なのだから、自分のことを知らないのも仕方がないんじゃないか?」

「まあ、そうだな……」

 言動がしっかりしていたので勘違いしてしまったが、冷静に考えればアングラウスの言う通りだ。

 生まれたての赤ん坊が、自分のことを正確に把握できているわけもない。

「ワシはどうやら、ミステリアスな星の下生まれてきたようじゃな!」

 方言っぽい喋り方のせいでミステリアス感ゼロではあるが、まあ確かに謎な存在ではある。

「取りあえず……日本語が話せる以上、ただのヒヨコではないんだよな?」

 俺はアングラウスに尋ねる。

「我が持ってきた物が、ただの鶏の卵のわけもなかろう? まあだが、言語に関しては特殊な通訳系の魔法をかけられているためだ。恐らく、子供が環境に順応しやすいよう親がかけておいたのだろう」

「なるほど……つまりこのヒヨコは魔法が使えるわけか」

 こいつの親が魔法を使えるってことは、その子供であるこいつも魔法を使える可能性は高い。

「ダディとマミィがワシのために……感動じゃ!」

 ヒヨコが右の羽を額の辺りに持ち上げ、敬礼のようなポーズをとる。

 その動きになんの意味があるのかは不明だが、まあこの際不明なままにしておこう。

 取りあえず、このヒヨコに対する俺の評価は……馬鹿っぽいが危険性は皆無、である。

 もちろん、大きくなるにつれて凶暴になっていかないという保証はないが、少なくとも、今すぐ危険を心配する必要はなさそうだ。

「あと、ちょっと気になったんだけど……左目のは傷だよな?」

 ヒヨコは左目の辺りに傷があり、目をつむっている状態だ。

 俺はそれがさっきから気になっていた。

 傷はそういうデザインで、元から単眼という可能性も考えたが、左右対称っぽい右目の位置とまぶたから、潰れていると考えた方が自然に思える。

「なんで生まれてすぐだってのに、そんなデカい傷があるんだ?」

 ちなみに血は出ていないので、卵を内側から破る際に負った傷とかではないはず。

「左目の傷じゃと!?

 ヒヨコが自分の顔の左側を、羽でなぞる。

 どうやら気づいていなかったようだ。

「何か見えにくいと思ったら! まさかの左目の傷!!

 ヒヨコが両羽を高々と掲げたかと思うと──

「傷は男の勲章じゃい!」

 そう声高々に宣言する。

「……」

 どこかで聞いたことのあるカッコイイ言葉だ。

 だがそれは、勇敢に負傷を恐れず戦った証だから勲章なのであって……生まれつきの傷は勲章でもなんでもないと思うんだが?

「それは傷ではないぞ。そう見えるだけで封印だ」

 どうやら傷ではなかったようだ。

 だが、アングラウスの否定の言葉を──

「傷は男の勲章じゃい!」

 ヒヨコは無視して謎の主張を続ける。

 何がいったい彼を駆り立てるのか?

 しかし封印か。

 片目が封印とか、完全にリアルちゅうだな。

 これでうずくとか言い出したら完璧である。

「傷は男の勲章じゃい!」

 三度ヒヨコがえる。が──


「ちなみに、こいつはめすだ」


 そもそもおすですらなかった。


「封印は女の勲章じゃい!」

 さすがに、自身が雌であるという衝撃の事実はスルーできなかったのか、傷の部分と合わせてヒヨコは言葉を修正する。

 ここまで執着するってことは、勲章のフレーズが相当気に入っているのだろう。

「封印は女の勲章じゃい!」

「で、ヒヨコの左目には何が封印されてるんだ?」

 俺は奇行に走るヒヨコは無視して、封印のことをアングラウスに尋ねた。

「それは我にもわからん。だが、相当な力がこもっているのは確かだ。恐らく、生まれたばかりの子供では持てあますと判断し、親が封印したのだろう」

「不明か……やばい能力じゃないだろうな?」

 アングラウスが相当と言うくらいだ。かなり強い力と考えて間違いないだろう。

 もし見たものを無差別に燃やすとかだったら、結構シャレにならないことになるんだが……

「解けて危険なものなら、我が再封印してやるから安心しろ」

「ああ、まあその方向で頼む」

 なんでアングラウスが持ってきた卵のことで、俺が頼む側になってるんだって気もしなくもないが、細かいことは気にしないことにする。

「それで? 封印はともかくとして、こいつにはどういう能力があるんだ?」

 封印を見抜いたアングラウスなら、どういった能力を持っているか見抜けるんじゃないかと思い尋ねてみる。

「ワシには無限の可能性がある!」

 勲章ごっこは飽きたのか、ヒヨコが会話に交ざってきた。

「その一端をその目に焼きつけるがよい! モードチェンジ! ファイヤーバード!!

 ヒヨコが叫んだ瞬間、その羽の先端ほんの数ミリが火に変わる。

 が、それ以外の変化は特に見られない。

 ファイヤーバードという名称にしては、かなりショボい変化だ。

「ふふふ、その期待のまなし。むろん! これで終わりではなか! ワシのファイヤーバードの力をさらに見せてやるバイ!」

 別に期待は一切していないが、どうやら手羽先にマッチ以下の火がともるだけではないようだ。

 にしても……かけられている翻訳魔法のせいだろうが、ちょいちょい変な方言がヒヨコの言葉に交ざっていて、微妙に不快に感じてしまう。

 まあそのうち慣れるだろうとは思うが。

「ファイヤーウィング!」

 ヒヨコがその短い羽を羽ばたかせる。するとその体がほんのわずかに浮かび上がった。

「ファイヤーウィング!」

 体はさらに上昇していく。

 少しずつ。本当に少しずつだが。

「ファイヤーウィング! ファイヤーウィング! ファイヤーウィングゥ! ……ファイヤー……ウィングゥ……ファイ……はぁはぁ……うぐぅ……ウイン……ぶげ」

 だが、ヒヨコの体は十センチほど浮いた所で毛先の火が消え、そのまま墜落してしまった。

 よほど体力を消耗したのだろう。ヒヨコは息も絶え絶えといった感じで、ベッドの上で荒く呼吸していた。

「想像以上にショボいな」

「まあ生まれたてだから、そんなものだろう。それに、このヒヨコの真価は別にある」

「真価が別にある?」

「能力を深く確認してみたが、どうもこいつは他者と融合する能力があるようだ」

 アングラウスには、他者の力を見抜く鑑定能力があるようだ。

「へぇ……」

 融合か。

 ゲーム的な感覚で考えるなら、融合するとパワーアップってイメージがある。

 当然、融合しても分離できるのが前提なわけだが……こいつの場合はどうなのだろうか?

 くっ付いたままとかだったら、絶対御免こうむるぞ。

「安心しろ。分離は可能だ」

 俺の表情から考えを察したのか、アングラウスが分離可能だと教えてくれる。

「なら、純粋にパワーアップだけができる、お得なブースターって感じで使えるわけか」

 パワーアップの仕方次第では、相当な活躍が期待できる能力だ。

 封印された力が気になりはするが、こいつはかなりの掘り出し物なのかもしれない。

「試しに融合してみてはどうだ? ちなみに融合方法は……ヒヨコのキスだ」

「きすぅ?」

 お馬鹿全開のヒヨコとキスする姿を想像して、俺は眉根をひそめる。

 なんかすごく嫌なのだが。

「くくく……その顔、勘違いしているようだな。別に口同士でする必要はない。キスは頬でも手足でも構わないぞ」

「ああ、要はくちばしでつっつくみたいな感じか」

 まあそれなら問題ないな。

「おい」

 ベッドで寝転ぶヒヨコの頭を人差し指で軽くつつくと、ゆっくりと起き上がってきた。

「マスター、今のはもしや……もしやワシへ求愛行動!? ワシはなんと罪作りな雌なんじゃあ!!

「うん、全然違う」

 お馬鹿な発言にイラっとして思わず握りつぶしたくなるが、ぐっと堪える。

 所詮は子供のたわごとだ。

「融合の能力があるんだろ? それを使ってみてくれないか」

「ふむ。確かにワシにはそういう類の能力があるみたいじゃが……ちとその呼び名はダサいのう。よし! 決めた!! ワシはこの能力をミラクルドッキングと名付ける!」

「そうか……」

 その名前は絶対アレだとは思ったが、ヒヨコ自身の能力なので、俺が口を出す問題ではないと発言を控えておく。

「ではマスター! ミラクルドッキングじゃい!」

 ヒヨコが俺の指先を、その嘴で勢いよくつついた。

 その瞬間、ヒヨコの体が光となり、俺の体に吸い込まれる形で消える。

『これぞ! ミラクルドッキングじゃい!』

 脳内でヒヨコの声が響いた。

 どうやら融合は完了したようだが……

「見た目に変化はないな」

 部屋にある姿見に視線を向けるが、俺の見た目に変化はなかった。

 軽く体を動かしてみるが、身体能力にも全く差異は感じられない。

「融合しても、何も変化が感じられないんだが?」

 強いて言うなら頭の中で『融合ではない! ミラクルドッキングじゃい!』というヒヨコの騒音が響くという、迷惑な変化だけだ。

「どうやら効果は、融合した相手にそのヒヨコの能力が加わる感じのようだな」

「ゴミじゃねぇか」

 そりゃまともに飛べもしないヒヨコ一匹分強くなっただけじゃ、その差異を感じられるわけもない。

 まあ成長して、さらに左目の封印が解ければ話は変わってくるのかもしれないが、少なくとも今のところはなんの価値もないゴミ……ん?

 その時気づく。自分の体の中の変化を。

 それは表層的なものではなく、根幹的なもの。

 命。そう、俺の命が一つ増えていたのだ。

「これは……」

 自分の中に感じる三つ目の命。

 どうやら、融合したヒヨコの命は俺の命と合算されるみたいだ。

 それもただあるだけではなく、完全に俺の命と連動しているようだった。

「命が増えているようだな」

 アングラウスも気づいたようである。

「ああ、それに」

 俺はライフストリームを発動させる。

「ライフストリームもきちんと発動する。それもヒヨコの命も含めて」

『ふおおお! 体に力がみなぎってくる! これがワシの真の力か!!

 お前のじゃなくて俺の力なんだが……いやまあ、ヒヨコの命も燃やしてるからこいつの力と言えなくもないか。

「それに寿命も減ってない」

 ライフストリームは、命を燃焼させて身体能力を上げる技だ。

 使えば、当然その分の寿命が縮む。

 だが、俺の中にあるヒヨコの命の輝きには全く変化がなかった。

 つまり融合しているヒヨコにも、俺のレジェンドスキル【不老不死】の効果が及んでいるということだ。

 俺は続いてエクストラバーストを発動させる。

『キタキタキタァ! 今のワシは神すら超える!!

 もちろん超えない。

 神どころか、目の前のアングラウスにもデコピン一発で吹き飛ばされかねないレベルだ。

「痛みは感じてなさそうだな」

 エクストラバーストは命を爆発させ、限界を超えた力を発揮する技だ。

 普通の人間が使えばあっという間に命が尽きるし、体に無茶な負担をかけるのでかなりの痛みも伴う。

 まあ今は三つなので、命が十二個あった頃に比べれば全然大したことはないのだが、それでも生まれたばかりのヒヨコが無視して元気いっぱい叫べるようなものではない。

 なので、痛みは感じてないと考えていいだろう。

「ま、一応念のため……」

 左手の人差し指を右手で掴み、俺は自分の指をへし折る。

 焼けるような鋭い痛みが走ったわけだが──

『なんぞ!? 自らの力に溺れてしまったんかいね!?

 ヒヨコの声に痛みを感じている様子はなかった。

 これで確定だ。

 わざわざ指を折って強い痛みを発生させなくても、聞けば良かっただけじゃないか? 

 このヒヨコはいまいち会話が成立しないからな。聞くよりこの方が早い。

 不老不死だから、折った指も一瞬で治るし。

 取りあえず、発動している技を止める。

『なんじゃい、もうボーナスタイムは終わりかいね。つまらん!』

「いい拾い物をしたようだな。上手く使うといい」

「ああ。けどいいのか? こいつがいたら、俺は以前より強くなってしまうぞ?」

 アングラウスの目的は、万全の状態である俺にリベンジすることである。

 だが、奴は命が十二個しかなかった回帰前ですら俺に負けているのだ。

 そこに十三個目の命が加われば、その差はさらに広がることになるだろう。

「前より強くなれば自分が勝つと? くくく……お前は二つほど大きな勘違いをしているぞ」

「勘違い?」

「一つ目は場所だ。あの狭い空間では、我は本来の力を発揮できなかった。折角翼が生えていても、あそこでは自由に飛び回ることができんかったからな」

 エターナルダンジョン最下層。そこは神殿のような形状をしていた。

 俺の目から見れば、馬鹿デカイ巨人のために用意されたかのような建物ではあったが、確かに、巨体のアングラウスが飛び回れるほどではなかった。

 もしあの時、奴が自由に空を飛び回れていたなら、相当厄介だったはず。

「それともう一つ。我の種は人間に比べて遥かに長寿ではあるが……不老というわけではない点だ。短い者なら、一万年と生きられない」

「それって……」

 俺がエターナルダンジョン攻略にかけた時間は一万年だ。

 そしてアングラウスはその間、ずっと最下層のボスとして存在していた。

「そうだ。お前は寿命で死にかけのばばを、ぶち殺しただけというわけだ」

 アングラウスが口の端を歪めて笑う。

「そして今は一万年たっていない。この意味、わかるな?」

「今なら、本来の力を発揮できるってわけか……」

「そういうことだ」

 俺が元の力を取り戻したら、リベンジマッチの結果は同じになる。

 にもかかわらず、わざわざ奴が自信満々に待つと言ったのは、以前戦った時よりも、今の方がずっと強いからだったわけか。

「……」

 けど……

 アングラウスは知らないだろうが、同時に扱える命の数は、増えれば増えるほど一つあたりの出力が増えていく。

 師匠いわく、『命の共鳴によって増幅される』からだそうだ。

 そのため、たった一つでも命が増えれば、俺のパワーは大幅に上がることになる。

 なのでアングラウスが以前の倍以上強いとかでもない限り、十三個目の命を得た俺の方が有利なはずだ。

 まあもちろん、それをわざわざ奴に教えてやるつもりはないが。

『ぐぅー、すぴぴぴぴー』

「ん? なんだ?」

 頭の中で間抜けな音が響く。

 一瞬なんの音かと思ったが──

『ぐぃー、ぷひゅぅぅぅぅ』

 俺は、それがすぐにヒヨコの寝息だということに気づいた。

 どうやらヒヨコは寝てしまったようだ。

「融合したまま寝るとか、どういう神経してるんだ? こいつ」

 普通あり得ないだろ。フリーダムにもほどがある。

『くぴぃー』

 寝息が断続的に続く。

 当然だが、俺は融合の解き方など知らないので、体から追い出す術を持たない。

 取りあえず起こそう。

 そう思って大声を出してみるが。

「おい寝るな! 起きろ! 寝たいなら分離してからにしろ!!

 反応は返ってこない。

 起きるまで続けたいところだが、あんまり大声を出し続けるとご近所迷惑になってしまう。

 しかも痛みを感じていないので、体を叩くなどして起こすこともできなかった。

 どうやら、自然に目を覚ますのを待つしかないようだ。

「はぁ……こいつが起きるまで、ずっとこの間抜けなBGMを聞き続けなけりゃならないのかよ」

 ものすごく扱いづらい生き物である。

 まあもちろん、その有用さを考えれば、誤差と言えるデメリットでしかないが。

『女の封印は勲章じゃい! スピィー……』


 俺の頭の中に、ヒヨコの寝言が響く。


◇◇◇


「ふおおおぉぉぉぉ!!」

 翌朝。母さんが用意してくれた朝食を取ろうとすると、雄叫びと共に目覚めたヒヨコが俺の体から飛び出し、テーブルの上に着地する。

 どれだけ声をかけても起きなかったくせに、飯の匂いで目を覚ますとか現金な奴だ。

「あら、その子が言ってたヒヨコちゃんね」

 当然、母さんには事前に話してある。

 急にこんなのと遭遇したら、面食らってしまうからな。

「初めまして、ぴよまるちゃん」

 ついでに言うなら、名前も考えておいた。

 ピータンにするか迷ったが、さすがに食べ物の名前はどうかということで、ぴよ丸に決定している。

「それ! それをくれ! ファイヤーバード!!

 ぴよ丸は母さんのあいさつなど無視して、毛先を炎に変え、飛び上がろうと必死に羽ばたく。

 その視線の先にあるのは、サラダ用にふたを開けた俺の手にあるマヨネーズだ。

「マヨネーズが欲しいのか?」

「ファイヤーバード! ファイヤーバード!」

 問いには答えず、目を血走らせたぴよ丸が狂ったように羽ばたき、俺の手の中にあるマヨネーズに向かって突き進む。超が付くほどスローモーションで。

 ……どんだけ必死なんだよ。

「ファイヤーバード! ファイヤーバードォ!!

「昨日より飛べるようになってるな」

 昨日は十センチ浮くのが限界だったが、今日はもうその倍近く飛んでいる。

 昨日の今日で大したもんだと思いつつ、俺はその首根っこを掴んでテーブルの上に置いた。

「ちゃんとやるから落ち着け」

 また飛び上がろうとするぴよ丸を手で押さえ、母さんが取ってくれた小皿にマヨネーズを入れ、目の前に置いてやる。

「ほぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

 手を離した瞬間、ぴよ丸が狂ったように頭を前後させて嘴でマヨネーズをついばみだす。

 だが嘴では上手く食べられないせいか、周囲に激しくまつが飛び散ってしまう。

 ……きったねぇなぁ、まったく。

「足りん! 足りんぞぉぉ! マスター! その白くてドロリとした物をワシに!!

 全部食い終わった(まあ半分ぐらいは周囲に飛ばしただけだが)ぴよ丸が、俺におかわりを求めてきた。

「いや……マヨネーズとか食べまくるのは絶対アレだから、それだけで我慢しろ。他にも食べ物はあるから」

 どういう食性かは知らないが、マヨネーズだけ食いまくるとか絶対健康に良くないはず。

 俺が育てる以上、不健康にするようないい加減な真似をするつもりはない。

「ワシはそれがいいんじゃあ! それじゃなきゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!!

 ぴよ丸がテーブルの上で横になって、羽や足をじたばたさせて暴れだす。

 小さな子供かよ、お前は。

 いやまあ、生まれたばかりだから、子供どころか赤ん坊なわけではあるが。

 お馬鹿な喋り方のせいで、どうもそう思えなくて困る。

「やればいい。仮に体調に問題が出ても、悠と融合すれば回復するだろう」

 焼き魚を食っているアングラウスが、煩わしそうにそう言ってくる。

 どうやら、食事中にギャーギャーわめかれるのが不快なようだ。

 まあ、その状態が楽しい奴なんていないだろうが。

「まあ、確かにそうだな……」

 融合できる以上、俺のスキルの影響でぴよ丸の体調が万全に保たれる可能性は高い。

 命がそうだったわけだし。

 なら、好きな物を食わせても問題ないか。

「ほれ、やるから喚くな」

「とぅっ!」

 再び小皿にマヨネーズを出そうとすると、ぴよ丸の奴が容器の先端に飛びつき、その嘴で噴出口を咥えてしまう。

 どうやらダイレクトで寄越せと言いたいようだ、この馬鹿鳥は。

「バッチいことすんなよ。俺や母さんも使うんだぞ」

「私たちは新しいのを使えばいいじゃない。普通に食べたら周りが汚れちゃうし、そのままぴよ丸ちゃんに飲ませてあげなさい」

「……まあそうだね」

 俺は空いてる手でぴよ丸を包むように持ち上げ、容器を握って中身を絞り出してやる。

 あんまり一気にやると気管に入ったりするかもしれないので、できるだけゆっくりと。

「んまんまんまんまんまんまんま」

「ふふふ、まるで赤ちゃんにミルクをあげてるみたいね」

 母さんが楽しそうに微笑ほほえむ。

 まあ確かに、絵面的にはそんな感じなんだろう。

 ただし、飲ませているのはミルクなんて優しい物とはほど遠い、マヨネーズなわけだが。


「んまんまんまんまんまんまんま」


◇◇◇


 朝食を終えた俺は、Dランクダンジョンへと向かう。

 ぴよ丸を連れて。

「ワシの名前はぴよ丸じゃーい!」

 用意を済ませて出かけようとしたら、ぴよ丸が玄関先で自分の名前を意味もなく吠えた。

 どうやら、お気に入りのようである。

 最初名前を告げた時、もっと格好のいい名前がいいとか喚いていたわけだが……アングラウスが、『それは古代竜語で覇王という意味だ』と言うと、その嘘を真に受けてぴよ丸はコロッとてのひらを返した。

 チョロい奴である。

「はいはい、わかったからさっさと融合してくれ」

 基本的に外では融合状態でいく。

 うるさく喋るこいつを連れて歩くのは、いろいろと問題があるからな。

「融合ではなく、ミラクルドッキングじゃい!」

「わかったわかった。じゃあそのミラクルドッキングを頼む」

「一回につきマヨネーズ一本じゃい!」

「お前、どんだけマヨネーズすするつもりだよ」

「アイラブマヨネーズ!」

「やれやれ。まあ帰ってきたらやるから」

「さすがはマスターじゃい! では! ミラクルドッキング!!」

「さて……」

 俺がやってきたのは、みずまりと呼ばれるDランクダンジョンだ。

 名前の由来は、ダンジョンのそこかしこに大きな水溜まりっぽい深い水源があるところからきている。

『なんぞこの場所は! マスターよ、陰気くさいぞ!』

「ダンジョンってのはそういうもんだ」

 草原だったり、山みたいなダンジョンもあるが、低ランク帯はこういう閉鎖的な洞窟系がメインになっている。

「まあここは狭くて人気もないから、サクッと終わらせよう」

 ぴよ丸のおかげで出力が増えているので、今の俺なら簡単にクリアできるはずである。

 なのでサクッとクリアして、より高収入なランクのダンジョンを目指す。

 ちなみに、人気がない場所をわざわざ選んだのは──ダンジョンのボスは最短で四時間、最長で二十四時間でリポップする仕組になっており、『クリア目指してボス部屋に行ったら、もう倒されてました。なので長時間待機しててください』というえる状況を避けるためだ。

 そういうことが、人気のある場所だと頻繁に起きるからな。

「悠よ。お前の命を増やすというのは、動きながらじゃできないのか?」

 探索を始めようとしたら、アングラウスにそう問われる。

「動きながら?」

 動きながらとか、考えたこともなかったな。

 エターナルダンジョン時代も、ボス討伐後にある次エリアへのゲート、要は安全地帯でやっていたし。

「いろいろなことに使えそうだからな。ストックは多ければ多いほどいいだろう? なら、ながらで作り出せる訓練をしても罰は当たらないと思うぞ?」

「ふむ……」

 命のストックは、他人に入れればヒール代わりにも使えなくもない。

 まあ、回復は死んだ瞬間って制限はあるが。

 なので、ストックは多ければ多いほどいいってのは確かにそうだ。

 ただ、俺はパーティーを組んだりするわけじゃないからな。

 ソロの俺が、そうそう誰かを回復するために命を分けることなどないので、ストックを大量に保持する必要性は基本的に感じない。

 けどまあ……

「そうだな、試しにやってみるか」

 増やして損をするわけでもなし。

 何かの役に立つ時が来るかもしれないので、動きながら裂命ができるか試してみるとしよう。

「それが良かろう」

 まずは歩きながらやってみる。

 感覚的には、集中してやるよりかは若干効率が落ちる感じだが、まあできなくはない。

 まあこれなら、ちょっとした運動をしながらぐらいは問題ないだろう。

 ただやはり、敵との戦闘となると……

 激しい運動、それも痛みを感じる状況でできるかは、現状、正直怪しいと言わざるを得なかった。

 戦闘中だけ中断すればいい?

 残念ながらそういうわけにはいかない。

 なぜなら、裂命は途中で途切れると、また一からやり直しになってしまうからだ。

 なので、今のままだと戦闘ごとに一からやり直す羽目になってしまう。

 まあ不可能って断言するほどではない気もするので、要練習ってところだな。

『なんじゃ? なんか胸の辺りがむずむずするぞい。マスターは何をしとるんじゃ?』

「命を増やしてるんだが……わかるのか?」

『むずむずじゃい!』

 返事がアレだが、感じることはできていると判断する。

「……なあぴよ丸、お前その感覚を維持できないか? ちょっとやってみてくれ」

 命が増える感覚を感じられるなら、ひょっとしたら維持ぐらいはできるのではないか?

 そう思い、ぴよ丸に頼んでみる。

 もしこいつが裂命状態を維持できるなら、戦闘中に途切れる心配はなくなるというもの。

『ワシに不可能はなか! 任せんしゃい!』

「──っ!? これは……」

 維持できればラッキー程度に思っていたのだが、ぴよ丸はなんと、裂命自体をやってのけてみせた。

 いきなり命を分ける工程まで進められるとか……こいつ天才か?

 維持程度ならともかく、命を分けるのは、かなり集中力と技術のいる行為だ。

 融合による感覚の共有があったとしても、そうそう簡単にできることではない。

『どうじゃい! ワシに不可能はないんじゃい!!

 これなら、裂命自体の加速もできるかも……

 そう思い試してみたら、共同作業も可能だった。

 まあ、ぴよ丸側はかなり拙い感じなので、倍速とまではいかないが。

「ほう、ぴよ丸に手伝わせたか。悪い手ではないな」

 アングラウスには、俺の細かい状態がわかるようだ。

「ああ。ぴよ丸、そのまま続けてくれ」

『え!? これちょっと面倒くさいんじゃけど……』

「マヨネーズを追加でやるから、頑張ってくれ」

『ふおおおおお! アイラブマヨネーズ!!

 マヨネーズ程度で頑張ってくれるのなら、安いものだ。チョロいチョロい。