第三章 ヒヨコ
「武器か……そういえば悠は武器を使わんのか? お前には爪も牙もなかろう?」
ワーウルフを倒すと、レアアイテムに当たる武器を落とした。片手で扱えるタイプの剣だ。
それを見たアングラウスが俺にそう尋ねてくる。
「武器は使わない」
「なぜだ?」
武器を使わない理由は二つある。
「使う意味がないってのと……」
一つ目は、武器に俺の命のエネルギーを乗せられない点だ。
アングラウスと戦った際、俺は自傷ダメージを無視したパワー収束タイプの攻撃を行っている。
あれは自分の体のみにできる行為で、武器を持つよりずっと破壊力が高かった。
つまり、武器を持つと火力が落ちてしまうのだ。
で、もう一つが──
「そもそも俺だと、武器の力を引き出せないからだ」
使用制限である。
理由としてはこっちの方が大きいだろう。
「そうなのか?」
ダンジョンで手に入る装備類は、制限のようなものがついている。
まあ装備自体できないってわけではないが、求められる魔力を満たしていないと、本来の力を発揮できないのだ。
「ああ、俺は魔力がほとんどないからな」
俺はレベル一の、超低魔力。
しかも命を燃やしても魔力は一切変化しないため、強力な武器を装備してもただの宝の持ち腐れなのだ。
せめて命の力を乗せられれば話は変わってくるのだが、そうでない以上、武器を装備する意味はまるでない。
「そういえば、悠の魔力はかなり……というか、確かにビックリするほど低いな。本当に不思議な奴だ」
「ま、俺は特殊だからな」
剣を拾ってベルトに挟む。
当然これは回収する。俺は装備しないが、そこそこの値段では売れるからな。
エリクサーのことがあるので、ガンガン稼がないと。
◇◇◇
「さて、ボスだ」
Eランクダンジョンは攻略され尽くされており、その内部の地図は、普通にスマホの専用アプリで購入できた。
俺はそれを使って、最短でダンジョンボスの待ち受ける場所へと到着する。
「少し大きいだけで、大して差はなさそうだな」
ボス部屋である広い空間には、巨大なワーウルフが鎮座していた。
こいつがこのダンジョンのボス、エリートワーウルフだ。
そしてその周囲には五匹、通常のワーウルフたちが取り巻きとして
通常のワーウルフとエリートでは、相当な力の差があるのだが……まあ、アングラウスレベルの魔物からすれば、大差ないと感じるのも無理はないか。
「お前にとっては雑魚でも、今の俺にとっては結構面倒くさい敵なんだよ」
命一つでも、時間さえかければ倒せなくないレベルではある。所詮、Eランクのボスだ。
しかも今の俺には命が二つあるので、激闘になる相手と言うほどではない。
とはいえ、だ。
楽勝かと言われればそんなことはない。そこそこてこずりはするだろう。
「やれやれ……我がライバルながら情けない。しょうがない、我が始末してやろう。お前の母親にも頼まれているからな」
アングラウスが大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
すさまじい勢いで猛火を。
それはボス部屋全体を地獄へと変える。
さらに言うなら、俺もおもっくそ燃やされた。
「ほれ、終わったぞ」
「……」
俺は死んでも問題ない。
どういうわけだか、衣服類も俺の不死身に含まれるため、燃えても再生される。
だが……
「ドロップの魔石と剣が駄目になったんだが?」
後スマホも。
「些細なことだ。気にするな」
「いや気にするわ」
エリクサーを買うためにお金が必要だっていうのに……
まあ、今回の稼ぎが飛んだぐらいならそう問題ないが、これから先も同じことをやられたのではたまったものではない。
「手を出すなとは言わないけど、せめて俺に被害がないように頼む」
「わかった。善処する」
善処とか、不安が残りまくるタイプの返事だ。
本当に大丈夫だろうな?
「それより悠。何かドロップしたようだぞ」
アングラウスに言われて気づく。
ボスのいた辺りに、金属製の盾が落ちていることに。
「おお、レアドロップか!」
ここのボスのレアドロップは、属性耐性付きの盾だ。
さっきアングラウスに燃やされたせいで数百万がパァになってしまったが、この盾を売ればお釣りが来る。ラッキーだ。
「じゃ、出るか」
ボス部屋の奥には小部屋があり、そこには脱出用のゲートがある。
盾を拾った俺はそれを使って外へ出た。
◇◇◇
ダンジョンの外に出た俺は、少し離れた場所にある攻略者協会支部へと向かう。
道中、気づいたらアングラウスがどこかに行ってしまっていたが、気にしないことにしておく。
気にしても、どうせ俺じゃどうにもできないから。
「ドロップ品の買取と、ランクアップの手続きをお願いします」
受付のショートヘアの女性にそう言って、ボスドロップの盾と攻略者証、それに自身の手の甲に浮かぶ紋章を、俺は提示する。
「その紋章……Eランクダンジョン『獣の巣』をクリアされたんですね。おめでとうございます。ひょっとしてこの盾は、ボスからのレアドロップということでしょうか?」
「ええ、そうなります」
「おお、ついてますねぇ。おめでとうございます」
受付の女性が八重歯を覗かせ笑う。
面と向かって祝福されるのは、なかなかに気恥ずかしいものだ。
「ありがとうございます」
「では、鑑定と登録をいたしますので。少々お待ちください」
「はい」
ボスドロップのエンチャントシールドは、基本的に属性耐性を備えている。のだが、どの属性に対する耐性かは、鑑定するまではわからない。
まあどの属性でも値段的にはそんなに変わらないので、俺としては別にどれでもいいわけだが……自分で使うわけじゃないからな。
不死身だから基本防具とかいらないし。
「ボスのレアドロップとは、景気がいいじゃねぇか」
大柄な、人相の悪い男がカウンターに肘をかけ、横から俺を覗き込むような形で急に話しかけてきた。
誰だこいつ?
「毒島のパーティーも、ついにEランクダンジョン踏破か。しかし……なんで囮役のてめぇが鑑定に持ってきてるんだ?」
相手はこちらのことを知っているようだった。
が、俺の方はさっぱりである。
何せ、一万年前の記憶だからな。出てこなくても仕方ない。
「おいおい、無視かよ。一応、元パーティーメンバーだろうが」
元パーティーメンバー?
「それともまさか、この俺様のことを忘れたなんて言わねえだろうな? この【
「ああ……」
スキル【剛腕】持ち……か。
そういやいたな、毒島のパーティーに。
「あん? 本当に忘れてたのか? さてはお前、毒島の野郎に殴られすぎて頭がおかしくなってるな」
なるわけがない。
俺は不死身のレジェンドスキルを持っているのだ。脳へのダメージだって一瞬で回復する。
「ただの度忘れだ」
「ふーん、まあいい。実はよう……」
滝口が両肘をカウンターにかける形で、背中を預けるようにもたれかかった。
その行動に、受付の女性が迷惑そうな視線を向けるが、奴はお構いなしだ。
「俺はもうじきレベル百だ」
滝口がドヤ顔をする。
レベル百が相当
ちなみに、レベルが百を超えると、攻略者としてはCランクとして登録されることになる。
「半年前までは四十だった俺が、今じゃCランクにリーチだぜ。万年レベル一の雑魚のてめぇにゃ、想像もできないだろうな。正にユニークスキル様様だぜ」
滝口は以前、毒島のパーティーに所属しており、パッとしない感じの底辺攻略者だった。
そんな彼の環境が一変したのは、ユニークスキル【剛腕】を獲得したからだ。
通常、ユニークスキルは覚醒時に習得するものである。
だが
ちなみに、ユニークスキル【剛腕】は腕の力を強化するスキルだ。
通常の筋力アップなんかと比べて腕力しか上がらないが、筋力アップ系が十%や二十%と控えめなのに対して、剛腕の倍率は三倍と、他のスキルとは一線を画していた。
なのでまあ結構強力なスキルと言っていいだろう。
強いスキルを手に入れた滝口は、中堅ギルドから引き抜きを受けて、毒島のパーティーを抜けている。
レベルの急上昇も、そこでいろいろと便宜を図ってもらった結果だろう。
「あ、そ」
果てしなくどうでもいいので、適当に返すと──
「おおっと……そういやお前は、レジェンドスキル持ちだったなぁ」
カウンターにもたれるのを止めた滝口が姿勢を起こし、馬鹿にしたような視線をこちらへと向ける。
不愛想な対応に腹でも立てたのだろう。
面倒くさい奴だ。
「で、そのレジェンドスキル持ちの顔悠様のレベルは、今いくつなんだ?」
「レベル一だ。用件はそれだけか?」
「はっはっは、レベル一だってよ! 聞いたかねーちゃん?」
滝口が受付の女性に話しかける。
「こいつ、レベル一でEランク申請してるんだぜ。毒島に寄生させてもらってランクアップなんかして、恥ずかしくねぇのか?」
「何を勘違いしてるんだ? 俺はもう毒島に雇われてないぞ。この証もドロップも、自分で取ってきたもんだ」
「はぁ? 自分で取ってきただと? レベル一のお前がか? 笑わせんなよ」
「まあ信じようと信じまいと、構わないさ。で、用件はレベル自慢だけか? お前と俺は、そんなに親しかった覚えはないんだが……こんなに絡んできて、真っ昼間から酒でも飲んで酔っ払ってるのか?」
「てめぇ……雑魚のくせに調子に乗んな!」
俺の言葉に表情を変えた滝口が、怒りに任せて俺の首を掴んでくる。
その瞬間、鈍い痛みと共に『ぼきり』と大きな音が響いた。
どうやら首を折られてしまったようだ。さすが剛腕である。
というか、こいつ正気か?
人目のある、しかも攻略者協会内部で人の首を折るとか。
俺じゃなかったら確実に死んでたし、俺は死ななかっただけで、こいつがこちらの首の骨を折ったという事実は消えない。
つまり、殺人未遂か、傷害罪の確定だ。
「ひぃぃ……人殺し」
目の前で人の首が折れるショッキングな様子を目の当たりにして、受付の女性が悲鳴を上げる。
「安心しな、姉ちゃん。こいつは不死身のレジェンドスキル持ちだ。この程度じゃ死にはしねぇよ」
「はな……せ……たきぐち……」
剛腕で首を掴まれたままなので、回復しても気道が
なんとか振りほどこうとライフストリームを発動させ、両腕で掴んでみるがビクともしない。
この感じだと、エクストリームバーストを発動させても純粋な腕力勝負では勝てそうにないな。
「大体、てめぇごときが俺にため口をきいてるんじゃねーよ!」
滝口が興奮して力を込めたせいか、俺の首がまたへし折れた。
このまま掴まれたままなのも不快なので、取りあえず腕力勝負以外で脱出するとする。
強いのは腕力だけだからな。
取りあえず、エクストリームバーストを使って命を爆発させ、俺はパワーを上げる。
股間でも蹴り飛ばして……いや、止めとこう。
そんな所を攻撃して、最悪死んだら過剰防衛、もしくは傷害致死で捕まる可能性がある。
普通なら正当防衛が成立しそうなものだが、俺の場合は不死身だからな。
どうなるかわからない。
なので、無駄なリスクを避けるためにも、攻撃は太ももにしておく。
「があぁぁ……いでぇぇ……」
太ももを膝で全力で蹴ると、骨の折れる感触が伝わってくる。
思ったより
やっぱ股間にしなかったのは正解だった。
首を掴んでいた滝口の手が緩む。
首は二回折られているので、反対側の太もももへし折ってやろうとしたが……
「悪いが、そのあたりで勘弁してもらえるかな?」
身長二メートル近くはあるであろう、白のスーツを身に着けた、巨体の見知らぬ男に肩を掴まれ止められてしまう。
「あんた誰だ?」
俺の質問に、男が少し驚いたような顔をする。
「私のことを知らないのか? 結構有名になったつもりだったんだが……まあいい。私は
「……」
カイザーギルド……
日本には三大ギルドと呼ばれる、影響力の大きなギルドがあった。
その一つがカイザーギルドである。
そういや、鳳って名前の副マスターがいたっけか?
こいつがそうだとして、なんでそんな大物がこんな場所にいるんだ?
「彼は先日、うちのギルドでスカウトした新人でね。つまり、うちのメンバーということだ」
「なるほど。だからこいつの暴行を見逃せと?」
滝口が突発的にあんな凶行に出れたのも、でかいバックがあったためのようだ。
三大ギルドともなればその影響力も大きいので、ちょっとした傷害程度ならもみ消すことも可能なのだろう。
しかし解せない。
滝口は確かに、【剛腕】という優秀なユニークスキルを持っている。
だがその程度で、カイザーギルドが奴をスカウトするだろうか?
ひょっとしたら、何かまた追加で優秀なユニークスキルを覚醒したのかもしれないな。
「気を利かせてくれるなら、君にできる限りの誠意を用意させてもらうよ」
誠意、イコール金だろうな。
滝口の太ももをもう一本折って、大手に睨まれるのと、金をもらって引くのなら、どっちが得か考えるまでもないだろう。
なのでここは素直に引いておく。
「わかりました」
「話が早くて助かるよ。さあ、いつまでも座ってないで……立て、滝口」
カイザーギルドはスパルタのようだ。
太ももの骨が一本折れた滝口に、鳳は自分の足で立ち上がれと命令する。
「くそったれがぁ……かんばせ、てめぇ覚えてやがれ……」
片足でなんとか立ち上がった滝口が、俺を恨めし気に睨みつけてくる。
自業自得だろうに、逆恨みも
「見苦しいぞ。お前は負けたんだ」
「うっく……すいません……」
鳳に注意され、滝口が
その姿を見て思い出す。そういやこんな奴だったな、と。
滝口はユニークスキル獲得前は、とにかく毒島にぺこぺこしていた。
だが剛腕を得た瞬間、その態度は急変する。
つまり、奴は自分より強い奴には
そういう奴ってことだ。
「君はうちに……いや、止めておこう。では、これで我々は失礼させてもらうよ」
金は?
と言いたいところだが、なんらかの手段で送ってくるだろう。
まあ仮に送られてこなかったとしても、大手と揉めるつもりはないから、
滝口は片足を引きずりつつ、そのくせ、何度も振り返って俺を睨みつけながら出ていく。
執念深い奴だ。
さっきの一件で、俺の方が強いとわかったはずなのに……いや、不意打ちでやられたとか考えてそうだな、あの様子だと。
つまり奴の中では、まだ俺は下と分類されているわけだ。
「まあいいか」
絡んできたら、また制圧するだけだ。
俺はEランク認定と、盾の売却益を受け取って支部を後にした。
ちなみに受付嬢は揉め事について、一言も言及してこなかった。
カイザーギルドが絡んでいるので、関わらない方がいいと判断したのだろう。
それを責めるつもりはない。
俺でもそうするだろうし。
無暗に大手を敵に回すのは、賢い選択とは言えないからな。
◇◇◇
協会を出た俺は、妹の入院している病院へとやってきていた。
「憂、聞いてくれよ。兄ちゃん、二日で五百万も稼いだんだぜ。すごいだろ。ランクもFからEに上がったんだぞ」
状態は安定しているが、相変わらず妹の意識は戻らないままだ。
回帰前は意識を取り戻すことなく、崩壊型ダンジョン発生に巻き込まれて命を落としてしまったが、今回はそうはさせない。
今度は必ず守ってみせる。
「もうちょっと辛抱しててくれよ。兄ちゃんが、すぐにエリクサーを用意してやるからな」
俺は寝ている妹に、保険用の命を分け与えた。これで、一回だけなら死んでも大丈夫だ。
「じゃ、行くよ」
◇◇◇
とある山の山頂付近。
一匹の黒猫──魔竜アングラウスがそこにある亀裂に身を潜らせる。
「魔力の波動はこの辺りからだが……む、発生源はこれか」
亀裂の中を
そしてそれを地面に置き、クンクンと臭いを嗅ぎだす。
「ふむ……間違いない。この卵は異世界の物だな」
アングラウスは、それを異世界の物だと断定する。
「周囲には卵以外の魔力は感じない。ふむ、卵だけが異世界に来た理由……か。恐らく、奴らから子供だけでも守ろうとしたのだろう。そうでもなければ、卵が自力で世界の壁を越えてこれるわけもないからな。我のように神の眼に留まらなかったのは、生まれる前の虚弱な状態だったからだろうな」
アングラウスはその場で座り込み、考え込む。
だがそれはほんの数瞬の時だ。
すぐに考えがまとまったのか、彼女は立ち上がり──
「これの親は、世界の壁を
──その卵を口に咥える。
そしてそのまま亀裂からするりと抜け出すと、空高く跳躍する。
その向かう先はもちろん、顔悠の元である。
◇◇◇
病院を出て家に帰る途中、人通りの少ない場所で、どこかに行っていたアングラウスが戻ってきた。
その口元には、謎の黒い卵が咥えられている。
なんだ? 鳥の巣でも襲ってきたのか?
いや、黒いし違うか。
まさかアングラウスの卵とか?
「どこ行ってたんだ?」
アングラウスが卵を上に向かって放り投げると、奴は頭の上でそれを
「この卵を拾ってきたのだ。恐らくだが、これは役に立つぞ」
「拾ってきた?」
卵が役に立つ?
言っている意味がわからない。
取りあえず、拾ってきたと言っているので、こいつの生んだ卵の線は消える。
「
孵ればわかる……か。いったい何が生まれてくるのやら。
「ただこの卵は死にかけているから、このままだと
アングラウスが口の端を歪めて笑う。
どうやら母さんの命が二つある理由が、俺が何かしたためだということに気づいているようだ。
「まあ確かに、命を分けてやることはできるけど……」
隠すほどでもないので、ここは素直に認めておく。
変な嘘をついて、こいつの機嫌を損ねるのも馬鹿らしいからな。
「その卵、危ない奴が生まれてきたりしないだろうな?」
「それは生まれてきてからのお楽しみだ。まあ手に負えないようなら、最悪我が始末するから安心しろ」
命を分け与えさせておきながら、手に負えなければ始末するとか、勝手な話もあったものである。ま、強大な力を持つ竜だからな、こいつは。自分勝手なのは当たり前か。
「わかったよ。けど、少し時間がかかるぞ」
予備の命は、すでに母さんと妹に渡してしまっている。
なので、追加を新しく用意する必要があった。
「ふむ、この卵はいつ生命力が枯渇してもおかしくない状態だ。できるだけ早めに頼むぞ」
「わかった。できるだけ急ぐよ。取りあえず家に戻ろう」
家に帰り、俺は裂命を使って命を増やす。
一個増やすだけなら、それほど時間はかからない。
命を増やした俺は──
「ちゃんと責任は取ってくれよ」
「もちろんだ。安心しろ」
アングラウスにもう一度確認してから、卵に命を注入した。
さて、何が生まれてくるのやら。
◇◇◇
「母さん、今日は帰りが遅いみたいだな」
夕刻。用意されていた食事を取り、俺はシャワーを浴びる。
俺の稼ぎはこれから右肩上がりに爆増していくので、もう母さんが無理して働く必要はなかった。
とはいえ、じゃあ明日から仕事を辞めますというわけにもいかない。
いくらなんでもそれは無責任すぎるし、母さんはそんな真似をするような人間じゃないからな。
着替えて自分の部屋へと戻ると、ベッドの上にはアングラウスが寝そべっており、その脇には例の卵が置かれていた。
「お前タブレットなんか扱え……って、あれ? そういやうちにタブレットなんかないぞ?」
ベッドに寝転んでいたアングラウスは、その前足で器用にタブレットを
だが、我が家にそんな物はない。
こいつはいったいどこからそんな物を持ってきたんだろうか?
「これは我のマジックアイテムだ」
「マジックアイテムってことは、ダンジョンでも回線が繋がるタイプのアレか」
ダンジョン内では、ネット回線は繋がらない。
だが、タブレット型のマジックアイテムだけは別だ。
どういう原理かは知らないが、本来回線の繋がらないダンジョン内でもネットに繋ぐことができ、普通のタブレットとして扱うことができた。
「あそこは退屈な場所だったからな。これを使って人間たちの世界の様子を見ていたのだ」
「ダンジョン最下層でも回線が繋がってたのか?」
俺もエターナルダンジョン内でタブレットを手に入れていたが、ある程度進んだ所で効果の範囲外になってしまい、繋がらなくなってしまっていた。
最下層でも繋がっていたということは、どうやらアングラウスの使っている物は、俺が持っていた奴より高性能なようだ。
……でもこいつって、水晶の中にいたよな?
どうやってタブレットを……って、まあいいか。そういう細かいことは。
「ああ、でなければ退屈しのぎにはならんだろ? とはいえ、外の様子を知れたのは……まあそれはいいだろう」
アングラウスがなんだか歯切れの悪い物言いをする。
こいつは謎が多いので少し気になったが、聞いても答えてはくれないだろう。
素直に教えてくれるのなら、そもそも濁したりしないはず。
「で? 何を見てるんだ?」
「攻略者ランキングというものだ」
攻略者ランキング。
攻略者協会が公表している、世界中の攻略者の強さを総合的に判断したランキングだ。
中には、国の方針なんかで能力が
今日会ったカイザーギルドの鳳なんかも、確かランキング百位以内に入っているSランクの攻略者だったはず。
「そんなものを見てどうするんだ?」
「なに、面白い奴がいないかと思ってな」
「面白い奴ねぇ……まさか目星をつけた奴の所に、喧嘩を売りに行くつもりじゃないだろうな?」
「くくく……ここに載っているような者たちでは、我の相手にはならんよ。少なくとも、我と同レベルか、お前のような理不尽な能力を持つ者でなければ話にならん」
「まあそうだろうな」
Extraランクであるエターナルダンジョンのボス、アングラウスのレベルは一万だ。
それに対して、現在の攻略者の最高レベルは四千台と言われている。
なので、アングラウスに勝てるどころか、まともに戦える奴すらまずいないだろう。
「我は弱者をいたぶる趣味はないのでな」
どうやら、戦う相手を見繕うために見ていたわけではないようだ。
「そうか。それで、卵は生まれそうか?」
「我が魔力を注いでいるからな。じきに生まれてくるだろう」
アングラウスが片手で卵をペシぺシと叩く。扱いが雑だ。
わざわざ人に命まで入れさせておいて、誤って割るのは勘弁してくれよ。
「なあ悠よ。一つ聞きたいのだが……」
「ん? なんだ?」
「このランキング二位の女。
「ランキング二位? ああ、売店か……」
売店というのは、十文字の二つ名……というか愛称である。
世界ランク二位の人物につけるにしてはふざけた呼称ではあるが、これは彼女の配信チャンネルからくるものだった。
さらに言うなら、このチャンネル名は十文字の持つスキルに由来している。
十文字昴の持つ代表的なスキル。
それはレジェンドスキル【
◇◇◇
──レジェンドスキル【十倍】。
その効果は文字通り、所持者の能力を十倍にするというものである。
しかもそれはステータスだけではなく、レベルアップ速度、訓練などの成長速度及び学習能力も含まれていた。
全てが十倍になるその効果は圧倒的であり、ネットなどでよくある最強スキル議論では、反論の余地が出ないほどだ。
現段階でレベル的にランクSの十文字が、SSランク以上の攻略者を押しのけ世界ランク二位にいるのも、このスキルのおかげと言っていい。
だがレジェンドスキルである以上、このスキルにも当然デメリットが存在していた。
──それは、寿命が十分の一になるというものである。
そのため、十六歳で覚醒してこのスキルを手に入れた十文字は、二十代半ばまでしか生きられないと言われていた。
実際、回帰前は、俺がエターナルダンジョン内でタブレットを手に入れた時点で、彼女は亡くなっていたしな。
爆速で強くなれる代わりに、極端に寿命が短い十文字。
そして永遠に生きられるが、レベルアップが一切できない俺。
こうやって比較してみると、ある意味俺と彼女は対極的な存在と言えるな。
「それは無理だな」
アングラウスの、十文字を救えるんじゃないかという問いに俺はノーと答える。
「寿命で死ぬ人間に命のストックを渡しても、入れ替わった瞬間また寿命で死ぬだけだ」
病気や怪我なんかによる肉体のダメージは、命が切り替わった際に回復される。
けど、寿命による肉体の劣化からくる機能停止は、さすがに回復できない。
もしそれができたなら、俺は他人の寿命をいくらでも延ばせることになってしまう。
残念ながら、命の補充はそこまで万能ではないのだ。
「なるほど。だが試してみる価値はあるんじゃないか?」
「いやないだろ。寿命は延ばせないんだよ」
「まあ普通ならそうだろうな。だが、この娘の寿命は肉体の老化ではなくスキルによるものだ。なら命を交換できれば、寿命を延長することは可能なんじゃないか?」
「……まあ確かに。スキルによる寿命の減少が肉体じゃなく、生命力を削るようなものなら可能か」
「では、決まりだな」
「いや、決まりって言われてもなぁ……」
若くして死が確定するのは
なので、助けられるなら助けてやりたい。
とはいえ、俺は十文字のことをネットで見た内容くらいしか知らないのだ。
「知り合いでもなんでもないんだぜ? いきなり接触して、貴方の寿命をなんとかしますって言っても、宗教の勧誘よろしく追い払われるのが関の山だ」
命が懸かってるんなら、話ぐらい聞いてくれるんじゃ?
その手の弱みに付け込むインチキってのは、世に溢れてるものだ。
特に十文字は有名人なので、すでに腐るほどその類は持ち込まれているはず。
そんな状況で、協会のデータベースから確認できない特殊な技術を信じろと言ったところで、門前払いされるのは目に見えている。
「力ずくで行けば良かろう」
「無茶言うな」
回帰前ならともかく、滝口の三倍腕力ごとき振り払えなかった今の俺に、十文字の相手など務まるわけがない。
戦ったら手も足も出ずに蹂躙されるだけだ。
まあ仮に制圧できるだけの力があったとしても、無理やりってのは論外だがな。
犯罪だという点を除いても、それとは別に駄目な理由がある。
「まあなんにせよ、無理やりってのは不可能だ。体内の魔力が邪魔するからな。だから攻略者相手に命を入れようと思ったら、相手の同意がないとできない」
俺がこれまで命を移したのは三回。
最初の母さんはそもそも覚醒していないし、妹は覚醒不全状態で弱っていた。
謎の卵も魔力を持ってはいたが、生まれる前の無防備な状態だ。
そういう相手だったから、なんの問題もなく命を付与することができたのである。
これがもし普通の攻略者なら、体内の魔力が異物として侵入を
「ほう、そんな制限があるのか」
「ああ。まあ低レベルな攻略者なら、無理やり押し込むこともできるかもしれないけど……さすがに高レベルの十文字相手に、無理やり命を入れるってのはできない」
「案外面倒くさいな」
「万能ってわけにはいかないさ」
まあそれでも、魔力を持たない相手や、合意を得た人に命を付加できるのは大きい。
一度なら死んでも生き返れるってのは、大きな保険になるからな。
「ふむ……では、力ずく以外で相手に信用させる必要があるわけか」
アングラウスは十文字を救うことを諦めていないようだ。
「なあ……なんで魔竜のお前が、そこまでして十文字を救おうとするんだ?」
奴からすれば、人間の生き死になんてどうでもいいことのはず。
なのになぜそこまでこだわるのか、それが理解できない。
「なに、この娘は将来性がありそうだからな。いずれ我を楽しませるほどの攻略者に育つかもしれんだろ?」
『へへ、我ワクワクすっぞ』とか言い出しそうな、某戦闘種族的な答えだ。
まあ俺が強くなるのをいちいち待ってるくらいだし、実際それに近い思考なのだろう。
「物好きなこった。まあ名案を思いついたら教えてくれ。ああ、ただ……時間がかかるようなものなら、暫くは後回しにするぞ。俺には優先することがあるからな」
俺の最優先目標は、妹のためのエリクサーを手に入れることだ。
それに支障が出ては話にならない。
「いいだろう。む……生まれそうだな」
黒い卵へと視線をやると、小刻みに震えていた。
どうやら中から殻を割ろうとしているようだ。
いったい何が生まれてくるのだろうか?
見ていると、卵の殻に罅が入った。
それは揺れに合わせて少しずつ広がっていき、やがて『ベキリ』という音と共に、大きく一部が欠け落ちる。
そしてその中から──
「ぷはー! シャバの空気はうまかぁ!!」
甲高い声で、おっさんくさい言葉を話す小さな黄色のヒヨコが出てきた。
喋るヒヨコ?
どう考えても普通のヒヨコじゃないよな?
まあアングラウスが持ってきたぐらいだし、当たり前ではあるか。
「ぬ……」
卵から飛び出した後、小さな羽をゆっくり前後させ深呼吸していたヒヨコが、俺に気づいて口を開く。
「問おう! ヌシがワシのマスターか!」
「……」
急にマスターかと問われても困るんだが?
そもそも、拾ってきたのは俺じゃないし。
そう思ってアングラウスの方に視線をやると……
「うむ。その男の名は顔悠。お前のマスターだ」
飼育を押し付けられた。
犬猫を拾うだけ拾って、親に全てを押し付ける子供みたいな真似しやがる。
「やはりそうか! ヌシからは並々ならぬ覇気を感じたのでな。絶対そうだと思ったぞ。これからよろしく頼む」
俺から覇気、ねぇ。
そういうのが感じられる能力があるなら、まず真っ先にアングラウスに感じるはず。
桁違いの化け物だし。
取りあえず、このヒヨコが適当なことをほざくタイプだということはわかった。
「えーっと……一つ聞いていいか?」
「なんぞな」
「お前はいったい、なんなんだ?」
一番気になる部分をダイレクトに聞いてみる。
見た目は、左目部分に傷跡のある
「ふふふ……マスターは、どうやらワシのことが気になってしょうがないらしいな!」
ヒヨコが誇らしげに胸を張る。
なんだか鼻につく言い方だが、まあ気になるのは事実だ。
「では語ろうではないか! ワシは……」
ヒヨコが小さな翼を勢いよく広げた……のだが、その状態で固まってしまう。
そして少ししてから、可愛らしく小首を
「マスター、ワシってなんじゃろ?」
「いや、俺に聞かれても困るんだが」