第一章 回帰


 西暦千九百九十九年。

 世界に大きな変化が発生する。

 地球にダンジョンと呼ばれる、まるでゲームのような異空間が大量に出現したのだ。


 ダンジョンの内部には凶暴な魔物たちが跋ばっ扈こしており、しかも現代兵器の類たぐいが全く使用できない。そのため、そこは人類ではどうしようもない禁足地となるはずだった。

 だが、まるでダンジョンを攻略しろと言わんばかりに、同時期に、人類に新たな力が目覚めだす。レベルや魔法、スキルと呼ばれるものだ。


 魔物を倒すことで、自身の能力が強化されるレベルアップ。そして訓練やレベルアップ、スキルブックなどで習得できる、スキルや魔法類。これらの力は、人類を根底から変えるほど強力なものだった。


 新たな力を手に入れた人類は、ダンジョンによって齎もたらされる資源を手に入れるべく攻略を開始する。


 ──攻略者。


 ダンジョンを踏破する者たちの総称だ。

 そして俺、顔かんばせ悠ゆうもまた、攻略者である。


「ついに……」

 ここは攻略不能と言われていた、エターナルダンジョン。その最下層だ。

 そこは巨大な神殿のような場所になっており、その最さい奥おうには黒い水晶に封印された巨大な魔ま竜りゅうが眠っていた。


 ──魔竜アングラウス。


 エターナルダンジョンの主あるじであり、レベル一万を誇る最強のドラゴン。

 その強さは圧倒的であり、決して人類では到達し得ない力を有していた。


 ──だが、俺は今、その最強のドラゴンへと単身戦いを挑む。


 俺が近づくと、音もなく黒い水晶が砕けた。

 そして解き放たれた魔竜アングラウスが眠りから目覚め雄お叫たけびを上げる。


「ぐおおおおおぉぉぉぉ!!」


 全てを蹂じゅう躙りんする破壊の権ごん化げ。その死の象徴とも呼ぶべき存在を真っすぐに見据え、俺は臆することなく拳を握り構えた。

 そして自らの持つ、唯一にして最強の力を発動させる。


「ライフストリーム……発動!」


 ライフストリーム。

 それは自らの命を燃やすことで、嵐のようなエネルギーを生み出す身体強化の技術。

 これはスキルと呼ばれる類のものとは別の、俺と師匠だけが扱うことのできる秘術だ。

「魔竜アングラウス。お前を倒して……俺は家族を救う!!」


 ……長かった。


 エターナルダンジョンは、一万階層からなるダンジョンだ。

 しかも一つのエリア自体がでたらめに大きいため、とんでもない広さを誇っていた。

 さらにダンジョン内には、危険なトラップや、最高レベルの魔物たちが棲み着いている状態だ。

 そのあまりに絶望的な難易度から、いつしかこのダンジョンは踏破不能の終わりなきダンジョン──エターナルダンジョンと呼ばれるようになる。


 ……実際、俺以外の人間だったらここまで辿たどり着けなかっただろう。


 俺がこのダンジョンに挑み始めたのが、西暦二千三十一年のことだ。

 そして現在は西暦一万二千三十一年。

 つまり……俺がこの最下層に辿り着くまでにかかった期間は、ジャスト一万年ということになる。

 人間がそんなに長く生きられるのか?

 もちろん不可能だ。

 ではならばなぜ、俺は一万年も生きることができたのか?


 ──それは《俺が特別だったからだ》。



「よもやここまで辿り着く人間がいようとはな……称賛に値する。だが、貴様はここで終わる。我によってな」

 魔竜が日本語で死の宣告を告げる。

 こいつが普段から人間の言葉を使っているとは思えないので、恐らく魔法かスキルの類によるものだろう。

「終わらせる? 面白い冗談だ……」

 俺は魔竜の言葉に、口の端を歪ゆがめて不敵に笑う。

 これは別に強がりではない。冗談抜きで、俺を殺せる奴やつがいるなら見てみたいと思っている。

「ほう、我を恐れぬか。よかろう。ならばその身をもって、我が力を知るがいい……滅びよ!!」

 魔竜の口から、白と黒が混ざったような強烈な閃せん光こうが吐き出される。

 特殊な属性を帯びた破壊のブレスだ。

 直撃すれば、ライフストリームで身体強化している今の俺でもただでは済まないだろう。


 ──だが、気にする必要はまるでない。


「消えるのはお前だ!!」

 俺は地面を強く蹴って跳躍する。魔竜アングラウスの放ったブレスへと向かって真っすぐに。

「ぐっ……」

 ブレスとぶつかった瞬間、すさまじい痛みが全身に走った。

 全身が焼けただれ、崩れていくのがハッキリとわかる。

 だが、それがどうした?

 俺には関係のないことだ。


 ──なぜなら《俺は【不ふ老ろう不ふ死し】だからだ》。


 崩壊した細胞は、不老不死の特性によって一瞬で再生する。

 そのため、痛みさえ堪こらえれば、どれだけ破壊されようとさしたる問題とはならない。

「なんだと!?」

 自らの必殺のブレスを突き抜け、目の前に姿を現した俺に魔竜が驚きょう愕がくの声を上げる。

「俺はレジェンドスキル【不老不死】持ちなんだよ!」


 ──レジェンドスキル【不老不死】。


 決して死ぬことがない無敵のスキル。

 これこそ、俺が持つ唯一最強のスキルだった。


 スキルは大きく分けて、三つに分類されている。

 訓練やマジックアイテム、それにレベルアップなどで覚えることのできるコモンスキル。

 個人の資質でのみ取得できる、ユニークスキル。

 そしてユニークスキルの中でも、極一部の突き抜けて優れた効果を持つものを、レジェンドスキルと呼ぶ。


「喰くらえ! エクストリームバースト!!」


 俺は自らの内にある、十二個の命を同時に爆発させる。

 命を爆発させることで、瞬間的に自身の身にまとうエネルギーを増やすためだ。

 反動による、全身を焼き尽くすような燃える痛み。

 俺はそれを無視して、その全てを右拳へと集約する。

「ぐっ……」

 命の爆発によって発生した膨大なエネルギーの一点収束。

 当然そんな無茶な真ま似ねをすれば、激痛と共に拳、いや、腕ごと崩壊してしまう。

 だが俺は不老不死。

 負荷による腕の崩壊は瞬時に回復し続け、本来なら瞬く間に燃え尽きるはずだった命もまた瞬時に回復する。

「おおおおおっ!!」

 俺は苦痛を無視し、その拳を巨大な竜の顔面へと叩たたき込んだ。

「がああああっ」

 魔竜アングラウスの巨体が吹き飛ぶ。

 この一撃で終わってくれれば楽だが、当然そんなわけはない。

 ここまで倒してきたボスですら、この程度で終わる奴はいなかったのだから。

「おおおおおおおおお!!!」

 俺は命を燃やし、爆発させ、体にかかる負荷やダメージからくる苦痛など無視し魔竜と戦う。

「ぐおおおおおおおお!!!」

 アングラウスを吹き飛ばし。

 強烈な一撃に吹き飛ばされ。

 一進一退の戦い。

 その激しい戦いの衝撃によって、神殿を想起させる周囲の柱や壁などが崩壊していく。

「おおおおおおおお!!!」

 どれほどの時間がたっただろうか?

 数時間。いや、ひょっとしたら数日続いたのかもしれない。

 終わりの見えない戦いだった。

 だがどんなものにも終わりはやってくる。

 やがて戦いに、終わりの時が唐突に訪れる。

「おらぁっ!」

 俺の拳がアングラウスの頭部を直撃。

 奴の頭が跳ね、その巨体が大きく後ずさる。

「……見事だ」

 アングラウスが動きを止め、俺を見る。

 その眼めにはもはや殺気は籠こもっていない。


『ピシッ』と音が鳴り、奴の額ひたいに小さな罅ひびが入った。


「認めよう。貴様は今の我より強い」

 乾いた音と共に、魔竜の額の罅がさらに広がっていく。

 どうやら勝負がついたようだ。

「今回は貴様の勝ちだ。だが……」

 魔竜が口元を歪める。

「《この次》は、こうはいかんぞ」

「次?」

 なんの話だ?

 まさかまだ何かあるのか? 

 そう身構えたが……

「また会おう。さらばだ」

 言葉とは裏腹に、アングラウスの肉体はそのまま粉々に砕け、跡形もなく消え去ってしまう。

「……」

 奴の言葉が少し気になったが、まあそんなことはどうでもいい。

 今は……

「ついに……」

 奴が消えた場所から、虹色に輝く宝箱が姿を現す。