第3章 大切な親友のための怒り


「それではやはりライリーはシンシア様を?」

 現在に戻ってきた私は、妖精さん達と一緒に行った過去のダンスパーティーで見たライリー様とシンシアの様子をルイスに報告していた。


「私が見る限りでは多分……。だけど、シンシアの行動のどこがライリー様のきんせんれたのかが分からないの。ライリー様は、シンシアに見つめられるたびに固まっていたから、きっとじゆんすいに顔が好みということもありそうだけど……。それでもあの会話だけでどうしてライリー様がこいに落ちたのかが、私にはよく分からなくて……」


「……僕は恋愛に疎いのでまったくのけんとうちがいかもしれませんが……」

 少し考え込んだ後で、そんな前置きをしながらルイスは言葉を続けた。


「学園に入学した当初、ライリーはこんやく者のいない女性達によく話しかけられていました。ですがライリーは女性に対して必ず厳しいことを言うのです」


「……厳しいこと?」

「たとえばしやくが自分と同格か自分より下の女性相手であれば、『爵位目当てか?』や『そんなに団長の妻になりたいのか』など……」

 あまりの言いように私は絶句した。

 いくら相手の爵位が自分より下だからって初対面の相手に対して失礼過ぎるわ。それに父親が騎士団長だからと言ってライリー様も騎士団長になれるかなんて分からないのに。そういえば、あの時はまだキース殿下の将来の側近候補だったはずなのにダンスパーティーの時に堂々と自分のことを『キース殿下の側近』と発言していたわ。……なんてごうまんな方なのかしら……。

「たとえば自分より爵位が上の女性相手であれば、『キース殿下にはすでに婚約者がいるからと格下の自分にまで手を出そうとするなんて必死ですね』など……」

「……」


「ライリーに話しかけた女性達は厳しいことを言われるとすぐに去っていき、入学して半年も経つころにはライリーに話しかける女性はいなくなっていました」


「……でしょうね」

 私はあの短いやり取りでライリー様がシンシアを気に入った理由がやっと分かった。初対面の男性からひどいことを言われてそれでもはなれないでいてくれる女性なんてきっといない。だから、ライリー様の厳しい言葉に反論してそれでもすがってきたのは、『ライリー様のことをもっと知りたい』と言ってくれたのは、シンシアだけだったのだろう。きっとシンシアは何も考えていなかっただろうけど、ライリー様にとっては、シンシアだけが本当の自分を受け止めてくれた初めての人間だったのね。


「あのダンスパーティーでソフィア様がライリー様にめられるどころか、ソフィア様とライリー様が顔を合わせることすらなかったわ」


 悲しい事実に私はため息をいた。

「……今回のスミスはくしやく家とホワイトだんしやく家のごういんな婚約のお話には、ライリー様の何らかの意図があることはちがいがなさそうね……。だけど、もしライリー様が学生時代にシンシアのことを気に入っていたとしても、どうして私達が学園を卒業して一年経った今になって行動を起こそうとしたのかしら?」

 シンシアにはキース元殿でんと婚約をするまで婚約者はいなかったし、今はすでにキース元殿下とけつこんをして男爵夫人になってしまっているのに……。ライリー様はどうして今さら……。


「いえ。もしもライリーが、シンシア様と出会った当初からシンシア様に対して好意を寄せていたとしても、ライリーが行動を起こせるチャンスは今しかないのです」


 ルイスはきっぱりと言った。そんなルイスの言葉に私は首をかしげた。

「どうして?」


「シンシア様が生まれた時にはシルバーこうしやくと現在の夫人は結婚されていませんでしたが、シンシア様はシルバー公爵が実子として届出をしているシルバー公爵家のれいじようです。当時マーガレットはキース殿下にとつぐことが決まっていたので、シンシア様と結婚する者をシルバー公爵家のこうけいしやにするとシルバー公爵は公言されていました。スミス伯爵家をぐことが決まっていたライリーには、そんなシンシア様に婚約を申し込むことなどできなかったのです」


「確かにその通りだわ。今回はソフィア様のご実家の爵位がライリー様のご実家の爵位よりも低いのをいいことに婚約を結ぼうとしているけれど、いくらライリー様でもさすがに当時公爵令嬢だったシンシアとは無理矢理婚約をすることはできなかったのね」

「はい。そしてその後、シンシア様は当時のキース殿下と婚約なさいました」

「ライリー様には第一王子の婚約者に手を出すことなんてできないわね。だけど、キース殿下のはいちやくが決まった後は……」

「いえ。キース殿下の廃嫡と、シルバー公爵家が爵位を返上することが決まった時もライリーには、シンシア様に手を出すことはできなかったのです」

 ルイスは、たんたんと言葉を重ねた。


「なぜならキース殿下とシンシア様の婚約は決して解消できないことをだれもが知っていたからです。その理由をキース殿下はかんちがいしておられたようですが……。キース殿下は、長年の婚約者であり何の過誤もないマーガレットに対して『聖女のしき』で聖女ではないと判明したたんに婚約をすると宣言しました。しかもその後、婚約を解消したその場で、マーガレットの異母妹いもうとであるシンシア様と再婚約までしました。貴族だけでなく国民のみなさまの中でもそのやり方に不快感を示す方が大半でした。そのようななかで今度はシンシア様が『聖女の儀式』で聖女ではないと判明したからとまた婚約を解消して王太子になるなど、到底許されるはずはなかったのです」


「キース殿下とシンシアとの婚約は解消することが出来ないものだった。だから、ライリー様はシンシアとキース殿下が婚約している時には、何も行動を起こすことができなかった……?」

「はい。いくら廃嫡されてシンシア様のお母様のご実家の男爵家をこうけいすることが決まったとはいえ、当時の第一王子と公爵令嬢の婚約を伯爵子息であるライリーにどうにかすることなどできません。ライリーが動くことができたのは、シンシア様が学園を卒業して結婚をしたことで正式にキース元殿下が男爵となったこのタイミングしかなかったのではないでしょうか?」


「……やっと行動を起こすことができるようにはなったけれど、今度はかんじんのシンシアがすでに結婚をしてしまっていた、ということね……。だけどキース男爵とシンシアが結婚をしている事実は私にだって変えられるはずないわ。……それなのにライリー様は私に会ってどうするつもりなのかしら……」


「マーガレットは本当にライリーと会うのですか?」

 思わず考え込んでしまった私に対して、ルイスが心配そうに顔をのぞき込んだ。

「ええ。ライリー様がソフィア様に私と会わせることを命令しているし、それに私もライリー様に直接会って真意を確かめたいの」

「ライリーが女性に暴力をるうところはさすがに見たことはありませんが……。それでも心配です。僕もいつしよに行きます」

だいじようよ。ルイスはその日仕事でしょう? ライリー様は多分私が一人で来るように、ルイスが仕事で自分がお休みの日を指定したのだと思うわ」

「余計に心配です」


「本当に大丈夫よ。だって私には、世界で一番たのもしい護衛達がついてくれているもの」


(そうだよーマーガレットには私たちがついてるのー)

(レオの護衛よりつよいよーえっへん)

(悪いやつは片っぱしから成敗してやろうか)


 ようせいさん達はルイスの眼鏡をさくっとずらしながら胸を張った。ルイスは眼鏡をくいっともどしながら安心したように笑った。

「そうですね。マーガレットには妖精様達がついていてくれるので安心です。……しかし何かあったら必ず僕に言ってくださいね」

 しんけんな目で見つめられて、私はそっとうなずいた。


「ルイスありがとう。そうやっていつも私を心配してくれていたのね」


「……何のことでしょうか?」

「あの当時の私は気付いていなかったけれど、きっと学園でのダンスパーティーの時からずっと私を心配して見守ってくれていたのね」

 私の言葉にルイスはずかしそうに顔をせた。


「……七歳のガーデンパーティーの時からです……」


「……えっ?」

「僕は、ガーデンパーティーで初めてマーガレットを見かけたあの時から本当は、マーガレットのことを可愛かわいいと、そう思っていました」

 顔を赤くして私を見つめるルイスがたまらなくいとしかった。それに七歳のガーデンパーティーの時から、そんなに昔からルイスが私のことを気にかけてくれていたという事実が私の胸を甘く高鳴らせた。

「マーガレット様。今日は本当にありがとうございます。そしてごめいわくをおかけして申し訳ございません」


 ソフィア様はとても申し訳なさそうな顔をして、ホワイトだんしやく家にとうちやくした私をむかえてくれた。ソフィア様のとなりでは、しつとシャーロットもとても心配そうに私を見つめてくれていた。

「ただライリー様とお話をするだけよ。何も心配することはないわ」

 私はそんなみんなを安心させるように明るく声をかけた。


 ソフィア様は私をお庭に案内してくれた。今日はとてもよく晴れていたので、雲一つない真っ青な空がまぶしかった。緑色のミントの葉がさわやかにびた気持ちのい庭にお茶会の準備がされていた。

「とてもてきね」

 私の言葉にソフィア様はうれしそうに笑った。

「昨日から使用人の皆が、がんって準備をしてくれたのです」

 だけど、ふいにその顔をくもらせた。

「ライリー様がまた気分をそこねないと良いのですが……」

 その言葉の意味を測りかねて、私は何も答えられなかった。


 約束の時間から三十分以上おくれてやって来たライリー様は、げんそうに庭をいちべつした後でソフィア様に声をかけた。


「あの応接室はびんぼうくさいから二度と通すなと言ったが、庭も貧相だな。花ではなくミントなんか植えているのか」


 あいさつこくへの謝罪もせずに、いきなり投げつけられたひどい言葉に私は思わずまゆひそめた。だけどきっとライリー様のそんな態度には慣れているのだろうソフィア様は、ただあきらめたように頭を下げていた。

「申し訳ございません」

 そんなソフィア様の姿を見て私は胸が痛んだ。


(何こいつ? クソ王子えの最低ー)

(意地悪ろうはやっつけるのー)

(ミントを貧相だとののしったうらみ忘れまじと思い知らせてやろう)


 くっきー、しょこら、みんと。気持ちはよくわかるわ。だけど、私がお話しするから少し待っていてね。……ソフィア様への態度によっては、どうやっちゃうか一緒に考えましょう。


(やったぁ。マーガレットが乗り気なのー)

(やっちゃおー。やっちゃおー)

(筋肉を風船みたいにふくらませて、もうかんべんしてーと言わせてやろうか)


 私のことはだれにどんな風に言われたって構わないけれど、大切なお友達であるソフィア様を傷つけることは許さないわ。

 そんな決意も新たに、視線をライリー様に向けた。


「マーガレット様。お久しぶりです。お話をするのは、キース元殿でんが『聖女のしき』の後で貴女あなたこんやくを宣言した時以来ですね」


 あえて私が傷つくと思う場面を選んだのだろうライリー様は意地悪く笑った。

「ライリー様お久しぶりです。しかし、ライリー様とは顔を合わせたことくらいはあるかもしれませんが、直接お話をするのは初めてですわよね?」

 私もライリー様に負けないくらい意地悪く見えるように笑った。

「俺は学生時代にはキース元殿下の側近だったので、キース元殿下の婚約者であった貴女とも言葉をわしたことくらいありますよ!」

 ムッとしたように言い返すライリー様に、私は意地悪ながおくずさず言い返した。


「あらっ? ライリー様はあくまでキース元殿下の『側近候補』に過ぎなかったとおくしていたのですが、いつの間にか候補ではなく側近になられていたのですね? でもキース元殿下にはそんなにちようほうされていたはずなのに、今はなぜかレオナルド殿下の側近候補にすら選ばれていらっしゃらないのですね?」


 だんとあまりにちがう私の厳しい口調や態度に、ソフィア様や紅茶の準備をしていたシャーロット達は目を丸くしておどろいていた。

 ライリー様は、大人しいだけだとあなどっている私にまさかこんなはんげきをされるとは思っていなかったのかくやしそうに顔をゆがめた後で、鼻を鳴らして宣言した。


「マーガレット様は確かに元こうしやくれいじようだったかもしれませんが、キース元殿下に婚約を破棄されて今ははくしやく令息夫人に過ぎませんよ。伯爵令息である俺にそんな態度をとってもいいんですか?」


 やはり爵位を持ち出してきたわね。きっとそのために自分と同格であるルイスが同席できない日を指定したのだわ。なんて分かりやすいのかしら。


「ライリー様は、当時公爵令嬢だったシンシアに対して敬語も使わずお話しされたことがあると聞いていたので、爵位などはあまり気にされない方かと思っていましたが、違うのですね?」


「……なっ!?

「それに当時は公爵令嬢でキース殿下の婚約者であった私のことを、『大人しいだけの人間』とおっしゃっていたとか?」

 そんないやみを言いつつも笑顔を崩さない私にライリー様は、

「まさかシンシア様がそんなことまで貴女に……」

 などとつぶやきながら顔を引きつらせていた。

「マーガレット様のことをそんな風におっしゃるだなんて信じられません」

 私とライリー様との会話を聞いていたソフィア様がいかりに満ちた顔でライリー様に告げた。そんなソフィア様を見て、顔を引きつらせていたライリー様が先ほどまでのごうまんな態度にすぐにもどった。

「ソフィアにそんなことを言われる筋合いはない! たかが男爵令嬢のお前が伯爵令息である俺に口答えをするなんて許されないぞ」

 私だって今までやシンシアやお父様に、オルタナていこくのエラ様等様々な方々の悪意を目の前で見てきたけれど……。自分よりも下の爵位の人間に対してだけどこまでも尊大な態度をとるこんなに傲慢な男性には初めて出会ったかもしれないわ。


「ソフィア。俺はマーガレット様と話があるから席を外せ。気のかない使用人達も全員下がらせろ」


 まるでこのおしきの当主であるかのようにえらそうにライリー様は命じた。

「いくらなんでもライリー様とマーガレット様を二人きりにすることなんてできません」

 身分的にライリー様に逆らえない立場のソフィア様は、それでも私を心配して必死にライリー様にこうをしてくれた。ライリー様はそんなソフィア様を見て不快そうに顔をしかめた。


(マーガレットまだやっちゃだめー?)

かみの毛をちりちりに燃やしちゃっていいー?)

(体中をうるしでりたくってひーひー言わせてやろうか)

(クッキーのくるんでいいー?)

(ショコラの海でおぼれさせていいー?)

(大量のミントでお口をすっきりさせて二度とミントを罵ることのできない身体からだにしてやろうか)


 ……貴方あなた達、今までにないくらいやっちゃう方法をたくさん考えているわね……。だけど、まだだめよ。ライリー様がどうしてソフィア様と婚約をしたがっているのか聞き出すまで待っててね?


(じゃあもうちょっとまんするー)

(はやくやっちゃいたいー)

(ミントを鹿にしたことを謝罪する夢をこれから毎晩見せてやろう)


「ソフィア様。ありがとう。だけど私ならだいじようよ。ライリー様と二人でお話をするわ」

「マーガレット様。しかし……」

「ライリー様。お話しするのは二人で構いません。その代わり声の聞こえない位置で良いので、使用人達に待機してもらってこちらの様子を見ていてもらうことは問題ないですわよね?」

「使用人に見張らせるだなんて、まさか団に所属しているこの俺が女性相手に暴力をるうとでもお思いですか? マーガレット様は、ずいぶんと自意識じようなうえに心配しようなんですね」

 ライリー様は、またこちらを馬鹿にしたようないやな笑いをした。


「いいえ。まさか暴力を振るわれるとまでは思っておりませんが、二人きりでお話をしたことでライリー様と私に何かあったとみよううわさでもたてられたら大変めいわくですので」


 わざと『大変迷惑』を強調して言った私に、ライリー様はまた顔を引きつらせた。

 ……次期伯爵家の当主なのに随分顔に出やすいのね。この態度では敵も多そうだし、ライリー様がこうけいされた後のスミス伯爵家は大丈夫なのかしら。思わず心配になってしまうくらいだわ。

 レオナルド殿下は、キース元殿下の時代に側近候補だったみなさまを変わらずにご自分のそばに置いているけれど、ゆいいつライリー様だけはきよを置いている理由がわかった気がした。オルタナ帝国でも思ったけれど、レオナルド殿下の人を見る目はさすがね。



 ソフィア様は、ライリー様と私が二人で話をすることを最後まで心配してくれたけれど、声が聞こえないぎりぎりの位置で、何かあった時にはすぐにけつけられる位置で、しつ達を待機させることでなんとかなつとくしてくれた。執事はその緑色のひとみくもらせてとても心配そうにこちらを見守ってくれていた。

 ……私は、こんな時にもかかわらず、お父さまに心配していただけることをなんだかうれしいと思ってしまった。


「マーガレット様。どうかシンシア様とキースだんしやくこんさせてあげてください」


 二人きりになったしゆんかん、ライリー様は先ほどまでの態度がうそのように私にこんがんした。そのあまりの変わりようと、話の内容に私は今日一番まどってしまった。

「シンシアとキース男爵を離婚……ですか?」

「本当ならキース殿下がはいちやくされた時に、シンシア様は自由になって俺と婚約をすべきだったんです」


「……キース元殿でんが廃嫡されたのは、シンシアが『聖なるすいしよう』を割ったからですよね?」


「それはっ!!

「それに私にはシンシアとキース男爵を離婚させるような権限などございません」

貴女あなたがキース男爵に『二度目の婚約はしない』と約束させたから、シンシアはキース男爵とけつこんをせざるを得なかったんだ!」

 顔を真っ赤にして激高するライリー様からは先ほどの懇願するような様子はすっかり消えていた。下手に出れば私が話を聞くと思ったのかしら? だけどうまくいかなかったからすぐにに戻ったのね。

「キース男爵とシンシアが離婚をしていないのは、二人の意思ですよね?」

「そんなはずはない! シンシア様は俺の前でだけは素顔を見せることができるんだ!」

 素顔ってまさかライリー様に失礼なことを言われて、思わず『はぁっ!?』と答えていたあの時のことを言っているのかしら?

「おっしゃっている意味が分かりません」

 私は冷たくライリー様に言い放った。……そもそもシンシアのことを好きなら私なんかに言わずに、直接本人に伝えれば良いのに。


「……いいんですか? もしマーガレット様が俺の言うことを聞いてくれないのであれば、ソフィアがどうなっても知りませんよ?」


 そう言ったライリー様の顔は、ゾッとするほどみにくかった。

 それは、物差しを持ってにくにくしげに私を見つめる義母の醜い顔と同じだった。

「……どういう意味ですか?」


「もし俺が、公衆の面前でソフィアに婚約破棄でもしようものなら、傷物になったソフィアはもう一生まともな結婚などできないでしょうね」


「ライリー様は、まさかそうやって私をおどすためにソフィア様に婚約の申し込みを……?」

 もしそうだとしたら、ライリー様はなんてきようで、最低な方なのかしら。

「ははっ。まさか。ソフィアから聞いているでしょう? 俺は二年前のダンスパーティーでソフィアをめたんですよ」

「二年前のダンスパーティーでライリー様はずっとシンシアといつしよにいて、ソフィア様とは顔を合わせる機会すらなかったですよね」

 私の言葉にライリー様はとてもおどろいた顔をした。

「……まるで見ていたように言うのですね」

 私はそんなライリー様の疑問には答えなかった。


「それにホワイト男爵家はまだ婚約の申し込みに対するお返事をしていないとうかがっています。正式なけいやくもしていないのにあたかもソフィア様の婚約者であるかのように振るうのはやめてください」


 たとえこんやく者だったとしても、相手のおしきでこのようにごうまんに振る舞うだなんて決して許されるものではないけれど。

「確かに婚約の申し出に対する返事自体はまだもらっていませんが、はくしやく家からの申し出を男爵家なんかが断れるはずがないでしょう?」

 相変わらず人を馬鹿にしたようにライリー様はせせら笑った。


「ライリー様、じゆんしていませんか? 先ほどのお話ですと貴方はシンシアとキース男爵を離婚させてシンシアとさいこんしたいように聞こえました。それなのにソフィア様と婚約をしようとする意味がわかりません」


 動じない私を見てライリー様はくやしそうに顔をゆがめた後で、そっと息をいて改めて私に視線を向けた。

「大人しいだけの女だと思っていたのに手ごわいな」

「……それが貴方あなたの本音ですか」

「俺はずっとマーガレット様に会うチャンスをねらっていたんですよ。貴女さえ味方につければシンシア様とキース男爵を離婚させることができるから」

「先ほども言いましたが、私にはそんな権限はございません」


「オルタナていこくのオリバー殿下がいらしたかんげいパーティーでマーガレット様と二人で話をして貴女を説得する予定でしたが、貴女はよりにもよってキース男爵と親しそうに話していましたね」


「……そんなところまで見ていたのですか?」

「キース男爵と親しいあんな様子ではつうたのんでもきっと協力してもらえないと思ったから、貴女の唯一の友人であるソフィアに目をつけたんですよ」


「まさかソフィア様にひどいことをすると脅せば私が言うことを聞くと思ってソフィア様にきゆうこんを? ライリー様は、そんなことのためだけにソフィア様を傷つけようとしているのですか?」


 今までの人生で一番のいかりが体の中からき上がってくるのを感じた。私の大切な親友をそんなくだらない理由でおとしめようとしているだなんて許せないわ。

「もし私が貴方あなたの言うことを聞いてキース男爵とシンシアを離婚させたとして、ソフィア様との婚約はどうするおつもりなのですか?」

「その時は円満に婚約を白紙にもどしますよ。白紙であればソフィアにだって新たな婚約者が見つかるかもしれないでしょう」


「……こうしやくれいじようであるカナン様にはそんな無礼はできないからソフィア様を選んだんですか?」


 怒りにふるえながら私はライリー様にたたみかけた。カナン様のお名前を出した時、ライリー様の顔がいつしゆん引きつったように見えた。

「カナン様? カナン様は、いつもただマーガレット様に苦言をていしているだけで、貴女の友人なんかではないでしょう?」

 だけど私の言葉に対しては、心底不思議だというような顔をしていた。


「シンシアのことと言い、ライリー様は物事の表面しか見ていらっしゃらないのですね」


「なんだと!? シンシア様のことを理解できるのは俺だけだ!」

 ライリー様は激高してから立ち上がった。その様子に、しつあわててこちらにけ寄ってくるのが目のはしに映った。


(もうまんできなーい)

(こいつ最悪ー)

(我々がマーガレットに指一本れさせるはずないと思い知らせてやろうか)


 ようせいさん達の言葉と同時に、ライリー様の頭の上から水が降ってきた。

「なんだ!? これは一体……」

 みずびたしになったライリー様は、あまりにとつぜん起こったそのありえない出来事にぼうぜんとしていた。


「マーガレット様。ご無事ですか?」

 同じタイミングで、執事が心配そうに私のもとまで駆けつけてきた。

「ありがとう。私はだいじようよ」

「良かったです」

 平然としている私を見て、執事は安心したように微笑ほほえんだ。

「おいっ! 俺の心配をするのが先だろう? これだからだんしやく家の使用人は!」

 私と執事とのやり取りを見ていたライリー様は正気を取り戻してまた悪態をついた。


(お水だけじゃ足りなかったねー)

(やっぱりかみの毛ちりちりー?)

(いっそ殺してーというようなお仕置きを急いで考えなければ)


 くっきー、しょこら、みんと。助けてくれてありがとう。みんなのおかげで無事だったわ。でももう大丈夫よ。


(えーつまんなーい)

(もっとやっちゃいたいー)

(グリーンソースでドロドロのけいしつこうしてやろうか)


「マーガレット様。ライリー様におそわれそうになったと聞きましたが大丈夫ですか?」

 その時、顔を真っ青にしたソフィア様が、使用人達と一緒に駆けつけてきた。


「ふざけるな! 俺がルイスのよめを襲うわけがないだろう! それよりもタオルか何かくものをもってこい! まったく気がかないやつらばっかりだな」


 ソフィア様に向かってりつけるライリー様を見て、私はまた沸き上がってくる怒りをおさえられなかった。そんな私の怒りに気付いた妖精さん達はとしてまたライリー様に水を降らせた。その水はライリー様だけに見事にかかるので、周りのみなさまいつさいれたりはしていなくて私はほっとした。

「おいっ! どうなっているんだ!」

 ライリー様はまた怒鳴った。そしてそんなライリー様には、また勢いよく水が降りかかった。

「ソフィアッ!」

 訳が分からずイライラとしたライリー様がソフィア様に向かって怒鳴るそのたびに、ライリー様の頭上から水が降りかかった。さすがのライリー様もそのことに気付いたのか、顔を真っ青にした。そして『今日はもう帰る』と言い捨てて出口に向かって歩き出した。

「お見送りします」

 そんなライリー様を執事が追いかけた。


(大成功ー)

(まだ足りないけどねー)

(ミントをののしった男の末路を教えてやろうか)


 くっきー、しょこら、みんと。ライリー様を追い返してくれてありがとう。……でもやっちゃうのは因果応報くらいまでにしておいてね。


 ライリー様のソフィア様に対するあまりの態度の酷さに怒りが収まらない私は、妖精さん達を止めることをしなかった。……自分にされたことは許せるけれど、大切なソフィア様を傷つけていることは決して許せないわ。


「マーガレット様。ありがとうございました」


 れいを言うソフィア様の目は、しっかりと私を見つめていた。

「えっと……空から水が降ってきたのはぐうぜんで、決して私がやったわけでは……」

 かなり苦しいと思いながらも弁明する私に、ソフィア様は静かに首を横にった。

「いえ。お水のことではなく、ライリー様にたくさん言い返してくださったことです」

「……いつもとちがう私の厳しい態度に引いていないかしら?」

 ライリー様に向かって、わざと意地悪く見えるように笑いながらキツイ言葉を放った自分を見てホワイト男爵家の皆様にきらわれてしまったらどうしようかしらと不安になった。だけど、そんな私の目に飛び込んできたのは、ソフィア様のキラキラとしたひとみだった。


「引くだなんてまさか! 私のために……ですよね? それにいつもと違うしいマーガレット様もいつもと同じようにとってもてきでした! 学生時代に、ずっとあこがれていたマーガレット様と初めてお話をさせていただいた日のことがよみがえってくるようです」


 ソフィア様の言葉に、私は初めてカナン様に言い返した日のことを思い出した。

 そうだわ。ルイスのおかげであの日初めて『自分に言えることは伝えてみよう』とみ出したから、私はソフィア様とお友達になることが出来たのだわ。


『いつも何を言われても全く動じず、クールなところもとても憧れていたのですが、今日の、たった一言でげき退たいされたところもとても素敵でした!』


 初めての人間のお友達が出来た時、ソフィア様からいただいたあの言葉。あの言葉は、時がってもいろせない、私にとって大切な宝物の一つになったの。