第6章 この世界が溢れる笑顔で満たされますように


「マーガレット様。シンシア様のことは大変だったね」


『聖女の儀ぎ式しき』のフェスティバルでスピーチをする件の返事をするために王宮を訪おとずれた私に、レオナルド殿でん下かはいたわるように言ってくださった。

「ありがとうございます。……まさかライリー様がシンシアに危害を加えるとは、いくらなんでも思っていませんでしたので驚おどろきました……」

「兄上もシンシア様を守れなかったことでひどく落ち込んでいるようだよ」

「……キース男だん爵しやくが不在の間に男性と二人で会ったシンシアにも落ち度はあると思います。ただ、シンシアの怪け我がが今は完治していて、後こう遺い症しようもなかったことが本当に良かったと思っています」


「これからの人生をどう生きていくかは、あの二人次し第だいだね」


「はい。……私は、シンシアに初めて自分の気持ちを伝えることができました。シンシアがこれからどういう選せん択たくをして、どのように人生を歩んでいくかは、シンシアが自分自身と向き合って決めることなのだと思います」

 シンシアにとっての幸せは何なのか、それはシンシアにしか決めることのできないことだから。義ぎ母ぼに押し付けられた価値観を捨てて、シンシア自身に考えてほしい。

 シンシアがキース男爵を選んで二人で生きていくにしても、たとえ他の道を選んだとしても、シンシアの未来がどうか幸せであってほしいと、心からそう思ったの。そして、長いわだかまりを経て、今はそう思うことのできた自分に安あん堵どした。

 過去の事実は決して消えないけれど、それでも……それでも、きっと私はやっと自分の過去を受け入れられたのだとほんの少しだけそう思えるの。


「マーガレット様。兄上は以前『マーガレットが聖女だと気付いていたのならこんな過あやまちは犯おかさなかったのに』と言っていたことがあるんだ。だけど兄上の過ちは、マーガレット様に特別な力があると気付けなかったことではなくて、王命で結ばれたとはいえ目の前にいるたった一人の婚こん約やく者を大切にできなかったことだと、僕は思うんだ」


 レオナルド殿下は、その澄すんだ青い瞳ひとみで私を見つめた。


「たった一人の婚約者も大切に出来ない王子が、ソルト王国民全員の幸せを背負えるはずがないよね」


 出会った時にはまだあどけない九歳だったレオナルド殿下は、会うたびに成長していて、今では立派な十四歳の王太子殿下になっていた。それでも、そのまっすぐさは出会った時と少しも変わっていなかった。

 私はいつまでもレオナルド殿下のその眩まぶしさを、出来るなら近くで見ていたいと思っていた。

 いつかレオナルド殿下が『マーガレット様を「姉上」と呼べなくなったことがとても悲しいんだ』と言ってくださったように、私もレオナルド殿下のことを『弟』と呼べなくなったことをとても悲しいと思っているの。


(さっすがレオー)

(クソ元王子とは大おお違ちがいー)

(毎晩夢の中でいい子いい子と褒ほめてやろうか)


「みんと。レオナルド殿下が眠ねむれなくなってしまうから夢にお邪じや魔まするのはダメよ」


(私もレオと夢の中で遊びたーい)


「くっきーも。レオナルド殿下にはぐっすり眠っていつも元気でいてほしいでしょ?」


(レオにはいつでも元気でいてほしいから夢の中で遊ぶのは我が慢まんするのー)


 そんな妖よう精せいさん達と私のやり取りを、レオナルド殿下はとても楽しそうに、いつかと変わらない無む邪じや気きな少年の顔で見守っていた。



「今日は、スピーチの件の返事を聞かせてくれるんだよね?」

 ひとしきりレオナルド殿下と遊んで満足した妖精さん達が王宮の探検に出で掛かけた後で、王太子殿下の顔に戻もどったレオナルド殿下が私に問いかけた。


「はい。先日レオナルド殿下に言っていただいた言葉を私は一生の宝物にします。もしも私の言葉でたった一人でも誰だれかの心が救われるのなら、私は私に出来ることは何でもしたいと思います。……フェスティバルで私にスピーチをさせてください」


「マーガレット様。ありがとう。僕は、マーガレット様の存在が誰かの希望になると心から思っているよ」

 レオナルド殿下が私に向けるまなざしは、私が公こう爵しやく令れい嬢じようでキース殿下の婚約者だった時も、ルイスと結けつ婚こんして伯爵令息夫人になった後も、妖精の愛いとし子だと気付く前も、気付いた後も、私が妖精の愛し子であると認めた後も、いつだって変わらなかった。

 いつだって私のことをソルト王国の国民の一人として尊重してくださった。

 だから、たとえばこの国に妖精の愛し子がいなかったとしても、レオナルド殿下が国王になるこの国なら。国民一人一人の幸せを願って、その責任を背負えるレオナルド殿下が治めるソルト王国なら。きっと何の憂うれいもなく素す晴ばらしい国になるだろうと、そう確信できた。

「ルイス! あの屋台で売っているチキンステーキも美味おいしそう! えっ? 串くしに刺ささっているわ! そのまま食べるのかしら?」

「マーガレットのこんなにはしゃいでいる姿は初めて見たかもしれません」

「だってフェスティバルなんて初めてなんだもの。色んなお店が出ていて目移りしてしまうわ! 商品を見ているだけでとても楽しいわ!!」


(アップルキャンディーも美味しそうなのー)

(あっちのお店の刺し繍しゆうも可愛かわいいよー)

(バナナではなく全屋台にホットショコラをかけてベトベトにしてやろうか)


『聖女の儀式』当日のフェスティバルでは、教会近くの通りに数えきれないほどの屋台や出店が並んでいた。とても賑にぎやかで歩いているだけで楽しい雰ふん囲い気きだった。

 私は以前オルタナ帝てい国こくで初めて自分で選んで買った白いワンピースを着ていて、ルイスもいつもとは違う庶しよ民みん寄りのラフな恰かつ好こうをしていることも下町デートのようで楽しかった。そんな雰囲気の中で、妖精さん達も私達もいつもよりもついついはしゃいでしまっていた。


(あっちにも楽しそうな屋台があるよー)

(行こー行こー全部見て回るのー)

(次はどの屋台にいたずらをしてやろうか)


 くっきー、しょこら、みんと。屋台にいたずらしちゃダメよ? 私達も屋台を見て回るからソフィア様のお店でまた会いましょうね?


 私の言葉に妖精さん達は嬉うれしそうに頷うなずいてパタパタと飛んで行った。


「何か食べてみますか? どうやら食べながら歩けるように串に刺したり色々と工く夫ふうがされているようですよ」


 笑いながら妖精さん達を見送っていた私に、ルイスが楽しそうに声を掛かけた。

「ぜひ食べてみたいわ! どれがいいかしら? ソフィア様はお菓か子しを販はん売ばいすると言っていたから甘くないものの方がいいかしら? でもソフィア様のお菓子は持ち帰りにしてここで甘いものを食べるというのもありかしら? ねぇ、ルイスは何が食べたい?」

 真しん剣けんに話す私を見て、ルイスはなぜか笑っていた。

「そんなに笑って、どうしたの?」


「いえ。無邪気にはしゃぐマーガレットが可愛すぎてついつい笑ってしまいました」


 ルイスの率そつ直ちよくな言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。

「僕はマーガレットの食べたいものが食べたいです」

「それは答えになっていないわ」

 ゆっくりと屋台を巡めぐりながら、ホタテとシュリンプの串くし焼やきを買った私達は広場に辿たどり着いた。

 広場では、舞ぶ台たいで若い女性が歌を歌っていて、たくさんの人がそれを聞いて盛り上がっていた。

「すごい盛り上がりね!」

「ここで歌を聞きながら、串焼きを食べましょうか?」

「外で立ちながら食べるだなんて初めてだからドキドキするわ」

「僕もです」

 青空の下で、透すき通るような歌声と、盛り上がる周囲の様子を見ながら、タレがたっぷり染しみ込んでこんがりと焼けた串焼きを頬ほおばるのはとても楽しかった。

「私の知らない楽しいことは、きっとまだまだたくさんあるのね」

「これから一いつ緒しよに色んなことを経験していきましょう」

 ルイスは優やさしく微笑ほほえんだ。



「マーガレット様。いらしてくださったんですね」


 広場から戻ってきた私達に出店から明るく声を掛けてくださったのは、私と同じようにワンピース姿のソフィア様だった。

 ソフィア様がフェスティバルでホワイト男だん爵しやく領内にある養護院の皆みんなとショコラミントクッキーやマフィンなどのお菓子を出店で売ると聞いた時から、私はお店を訪おとずれるのを楽しみにしていたの。


(わ~い! ショコラミントクッキーがたくさんあるのー)

(僕たちのショコラミントクッキーもあるよー)

(むむ。この店だけはホットショコラまみれにするのは見み逃のがしてやろうか)


「この形は……」

 しょこらが言うように、売られているショコラミントクッキーの袋ふくろの中には、妖精さん達の形をしたものが交ざっていた。

「養護院の皆が色んな形があった方が楽しいと言うので私が作るクッキーは天使達の形にしたんです。……勝手なことをしてしまってご迷めい惑わくだったでしょうか?」


(とっても嬉しいのー)

(みんなに買ってほしいよー)

(購こう入にゆう者には、生クリームに見立てて熱々のクレープ生き地じと一緒に丸められる権利を与あたえてやろうか)


「まさか。とても嬉しいわ」

「良かったです」

 ソフィア様と笑い合う私の隣となりで、ルイスが真面目まじめな顔をして声を出した。

「ソフィア様。念のためですが……僕達の形のクッキーはないのでしょうか?」

「ルイス様とマーガレット様の形のクッキーですか? すみません。さすがにそれは販売していません」

 申し訳なさそうに言うソフィア様に、ルイスは慌あわてて言葉を重ねた。


「いえ。決して僕がマーガレットの形をしたクッキーをまた食べたかったという私し欲よくのために聞いたわけではないのです。ただ万が一売っていたら他ほかの方に購入される前に僕が全部買い占しめなければとそう思っただけなのです! それにマーガレットがいるのなら隣に僕もいたいので、別々に売っているのならぜひセット販売にしてほしいと交こう渉しようしたいと思っただけなのです!」


 顔を真っ赤にして訳の分からないことを必死に語るルイスがなんだか可愛くて、その必死な愛情がくすぐったいほど愛いとしくて、私は思わず笑ってしまった。

「マーガレット様ご本人の形のクッキーはありませんが、マーガレットの花の形のクッキーはありますよ。とても好評なのでぜひ召めし上がってください」

 ソフィア様はそう言って、マーガレットの花の形のショコラミントクッキー入りの袋を差し出した。


「すごい。私は円い形のクッキーを作るだけで精せい一いつ杯ぱいだったのに……。養護院の皆も一緒に作ったんでしょう?」


 お花の形のクッキーに感動した私は思わずお店にいた子ども達に声を掛けた。

「そうだよ! キレイに作るのは大変だったけど頑がん張ばったの!」

「ソフィア様とシャーロットお姉さんとマーカスが丁てい寧ねいに教えてくれたんだ!」

「色んな人が『美味おいしい』って食べてくれてとっても嬉しいよ!」

 口々に教えてくれる子ども達が皆とてもいい笑え顔がおをしていて、ホワイト男爵領の領民はとても幸せなのだなと改めて感じた。

 マーガレットの花の形入りの袋と、妖よう精せいさん達の形入りの袋と、マフィンの袋も買って満足した私の目に、出店の後ろのベンチでとっても美味しそうにクッキーを頬ほお張ばる男性が映った。

 ……あの方は……。


「彼は、ロバーツ子し爵しやく家のアルバート様ですね。学園で一学年下にいたとても真面目で優ゆう秀しゆうな優しい青年ですよ」


 思わず凝ぎよう視ししてしまった私の視線に気付いたルイスが答えてくれた。

「そうだわ! ソフィア様と新入生歓かん迎げい会かいでダンスを踊おどっていたアルバート様だわ!」

 私の言葉に、ソフィア様はその白い頬を赤くした。

「マーガレット様は、二年も前の私に起きたそんな些さ細さいな出来事まで覚えていてくださったんですね」

 嬉しそうに言うソフィア様に、まさか『全く覚えていなかったけれどつい最近妖精さん達の魔ま法ほうで過去に戻もどって見てきたの』だなんてとても言えなかった。

「でもなぜアルバート様がここに?」

 誤ご魔ま化かすように聞いた私に、ソフィア様はその頬をさっきまでより更さらに赤くした。


「実は……ロバーツ子爵家からアルバート様との婚こん約やくのお話をいただいているのです」


 嬉うれしそうに頬を染めて言うソフィア様がとても可愛かわいらしかった。

「……しかしアルバート様は長男でしたよね? もしかしてホワイト男爵家は他ほかの方が継つぐのですか?」

 嬉しくて思わず笑ってしまっていた私の隣からルイスの心配そうな声が届いた。

 そうだわ。アルバート様はライリー様と同じでご長男でありご実家の跡あと継つぎだからライリー様の時と同じように後こう継けい者しやの問題が……。ソフィア様とアルバート様はとてもお似合いのように思えるのに……。思わず曇くもった私の心を晴らすように、ソフィア様が遠えん慮りよがちに、だけどほんの少し弾はずんだ声でルイスの疑問に答えた。


「それがロバーツ子爵家は、アルバート様の弟様が継がれるとのことなんです。……私は気付いていなかったのですが……アルバート様は、新入生歓かん迎げいのダンスパーティーの日から二年かけてご両親と弟様を説得したようで……」


「もしかしてそれはソフィア様と結けつ婚こんをしてホワイト男爵家を継ぐため……?」

「あの……。はい……。アルバート様はそうおっしゃってくださっています」

 あのダンスパーティーの夜にソフィア様に恋こいをしたアルバート様は、それからずっとソフィア様と婚約をしたいと願って努力をされてきたのね。

「ソフィア様はアルバート様からの婚約の申し出を受ける予定なの?」

 初めてのフェスティバルという大切な日にアルバート様を養護院の皆との出店に招待していることで、その答えを予想しながらも私はソフィア様に問いかけた。


「最初にロバーツ子爵家からそのお話をいただいた時はとても驚おどろいたんです。その……ライリー様のこともありましたからまた私の意思なんて関係なくお断りなど出来ないのではないかと……。ですがアルバート様は『家のことなど気にしないでソフィア様の気持ちを教えてください』と言ってくださったんです……。それがとても嬉しくて……」


 照れくさそうに、だけど頬ほおを染めて嬉しそうに言うソフィア様は、恋をしているように見えた。ソフィア様とお友達になってからもう二年以上が経たつけれど、こんなソフィア様は初めてで、なんだか私まで胸がキュンと疼うずいてしまった。


「それにアルバート様は、私が作ったお菓か子しを『美味しい美味しい』って笑顔でたくさんパクパク食べてくださるんです。その姿がとっても可愛くて」


 ソフィア様はそう言って、今度は飛び切りの笑顔で笑った。

 ソフィア様の笑顔につられてアルバート様の方を見ると、今度はマフィンをそのふっくらとした頬一いつ杯ぱいに頬張ってとても美味しそうにモグモグと食べていた。その幸せそうに食べる顔を見ていたらなんだかこちらまでお腹なかが空いてくるようで、私も思わず笑ってしまった。


「マーガレット。僕だって……量はそれほど食べられませんが……美味しいものを食べる時は笑顔になります!」


 ルイスが突とつ然ぜん真顔で言った。

「ルイス? どうしたの?」

「だからアルバート様をそんな顔で見つめるのはやめてください」

「何を言っているの? 私はアルバート様を見つめてなんて……。それにそんな顔って一体……」

 あくまで真顔のルイスと、困こん惑わくする私を見て、ソフィア様は楽しそうに微笑ほほえんだ。

「ルイス様は嫉しつ妬と深ぶかいんですね」

「なっ!? 僕は嫉妬深くなどありません」

 ルイスは、ソフィア様の言葉に慌あわてながらも、お得意の眼鏡くいっをした。以前もルイスがレオナルド殿でん下かと同じようなやり取りをしていたことを思い出して、私は思わずまた笑ってしまった。



「ソフィア様! 私もお菓子を買いたいのですわ!」

 和なごやかな空気の中に、カナン様が嵐あらしのようにやっていらっしゃった。その光景があまりに懐なつかしくて、私はまた笑ってしまった。

「カナン様。ありがとうございます。皆みんなで色々と作りましたので、お好きなものを選んでくださいね」

 ソフィア様は学生時代と変わらない明るい笑顔でカナン様を迎むかえた。


「私は、ショコラミントクッキーとマフィンを三袋ふくろずついただくのですわ! 後でレオナルド殿下とアリスに会いますので、二人にも一袋ずつお渡わたしいたします!」


「ありがとうございます」

 ソフィア様が笑顔でカナン様が購こう入にゆうされた品物を大袋に入れる準備をしている時に、出店の後ろから大きな咳せきが聞こえた。

 驚いた私達が視線を向けると、ベンチにいるアルバート様が勢いよくむせていた。

「アルバート様! 大だい丈じよう夫ぶですか!? きっとお菓子を一度にたくさんお口に詰つめすぎてむせてしまったのですね。お水を飲んでください」

 そう言ってソフィア様は慌ててお水を用意してアルバート様に渡した。アルバート様はソフィア様からいただいたお水をごくごく飲んで、やっと落ち着いたようだった。


「ソフィア様。ありがとうございます。養護院の子ども達と作ったというマフィンがあまりに美味おいしくてついつい夢中で食べすぎてしまいました」


 そう言って照れくさそうに笑うアルバート様をソフィア様はとても温かい目で見つめていた。……そんな微笑ましい二人の様子を見ているだけで、私もとても温かい気持ちになった。

「お似合いなのですわ!」

 カナン様がそんなお二人の様子を見て叫さけんだ。

 それからお二人の前まで歩いて行って、アルバート様に向かって堂々と宣言をした。


「アルバート様! もしもソフィア様を傷つけるようなことなどあれば、私は貴方あなたを一生許さないのですわ!」


 アルバート様は突然のカナン様の登場に口をぽかんと開けて驚いていたけれど、すぐに真しん剣けんな顔になってカナン様と同じくらいの大声で叫んだ。


「僕はソフィア様と一いつ緒しよにいられるだけで幸せなので、ソフィア様にも幸せだと思っていただけるように全力で大切にします!」


 その公衆の面前でのアルバート様の告白のような宣言に、出店にいた養護院の子ども達と妖よう精せいさん達が大盛り上がりになった。

「皆の前で告白だなんて物語みたいー」

「くっそぉ。僕が大人になったら絶対ソフィア様を取り返すんだ」

「ソフィア様とアルバート様お似合いー」


(ぽっちゃりってばやるー)

(ソフィアと同じ温かい空気だから、僕ぽっちゃりも好きー)

(マフィンを胃の中で十倍に膨ふくらませて、ぽっちゃりからぷくぷくに進化させてやろうか)


 皆に囃はやし立てられてアルバート様は真っ赤になっていた。そしてその隣となりでソフィア様も白いはずの頬を真っ赤に染めていて、だけどとっても嬉うれしそうに微笑んでいた。


「マーガレット。ここは僕もマーガレットへの愛を叫ぶべき場面でしょうか?」


 そんなお二人の様子を見たルイスが、決意を固めたというような真顔で言い出すので私は慌てて止めた。

「ルイス。絶対にやめて。私達はすでに夫ふう婦ふなのだから公衆の面前で愛を叫ばなくても大丈夫よ!」

「夫婦だから愛を叫ばなくても良いいというのは論理的ではないと思いますが」

「えぇと……。私はすでにルイスの愛情を感じているから、私だけがそれを知っていたいから、皆みな様さまの前で叫んでいただきたくないの」

 私の必死の言葉にルイスは顔を赤くした。私も自分の言葉に顔を赤くして、気づけばアルバート様とソフィア様と同じくらいに真っ赤になっていた。


(めがねとマーガレットもやるー)

(ぽっちゃりとソフィアに負けないくらい真っ赤だよー)

(眼鏡を十倍に膨らませて、スーパーめがねに進化させてやろうか)


 ひとしきり養護院の皆の囃し立てが落ち着いた後で、顔色も元に戻もどったアルバート様に向かってカナン様はまた宣言した。


「もしこれからアルバート様がソフィア様の将来の伴はん侶りよとして相応ふさわしくない行動をとれば、私はどこにでも赴おもむいてどんどん指し摘てきしていくのですわ! 覚かく悟ごなさいませ!」


「アルバート様。カナン様はとても優やさしい方ですし、決して間ま違ちがったことは言いません。……少しだけ言葉はきついかもしれませんが、私の大切な方なんです」

 カナン様の言葉や態度にアルバート様が委縮してしまうのではないかと憂ゆう慮りよしたのか、ソフィア様は優しくアルバート様に説明した。

 アルバート様はそんなソフィア様に向かって優しく微笑んで、衝しよう撃げきの発言をした。


「ソフィア様。大丈夫ですよ。カナン様の勇ゆう敢かんなお姿は学生時代に何度も拝見していますし、実は僕の友人は『意地っ張りの天使に𠮟しかられたいの会』に所属しているんです。カナン様とお話ししたことを話したらきっと羨うらやましがられると思うなぁ」


「貴方は何の話をしているのですか? 意地っ張りの天使?」

 衝撃発言に驚おどろいたカナン様が、素すでアルバート様に問いかけてしまっているわ。

 だけど確かに『意地っ張りの天使に𠮟られたいの会』とは一体何かしら? ルイスから以前『「カナン様に𠮟られたい」という願望を持つ方が、男女問わず一定数いる』という噂うわさを聞いたことはあるけれど……。

 私が考えている間に、なぜかソフィア様がとても慌ててカナン様とアルバート様の間に割って入っていた。


「何でもないんです! あっ。カナン様! もし良ければマカロンもあるので試食されませんか? ほとんどシェフが作ったので売り物ではないのですが、養護院の皆と食べようと思って用意していたのです。カナン様もぜひぜひお召めし上がりください! すぐに私が毒見しますので、モグモグ、ほら安全ですよ!」


 そんなソフィア様の慌あわてた様子にカナン様は戸と惑まどいつつもマカロンを食べた。そして食べた瞬しゆん間かん、

「美味おいしいのですわ!」

 と叫んで『意地っ張りの天使』の件は一いつ旦たん忘れたようだった。

 困こん惑わくする私の隣ではルイスが楽しそうに声を殺して笑っていた。ルイスはきっと何か知っているわね。後でこっそり教えてもらわなくちゃ。

「マーガレット。とてもキレイです」


 フェスティバルの途と中ちゆうで一旦モーガン伯はく爵しやく家のお屋や敷しきに戻ってスピーチ用のドレスに着き替がえた私を見たルイスは、結けつ婚こんして時が経たっても変わらない純じゆん粋すいな瞳ひとみでまっすぐに私を見て、変わらない飾かざらない言葉をくれた。

「……スピーチのこと、緊きん張ちようしていますか?」

「……どうして?」

「顔がいつもよりほんの少し強こわ張ばっています」

「自分では分からないわ」

「きっと他ほかの方にも分からないと思います。……僕は、マーガレットのどんな些さ細さいな変化も分かりたいと、いつも必死で貴女あなたを見つめていますから」

「……結婚して一年以上経っても?」

「何年経っても、僕はきっと必死でマーガレットを見つめています」


「……これから何年経っても……。どれだけ時が経っても、ルイスは変わらずに、誕生日にはマーガレットの花束を贈おくってくれて、結婚記念日にはディナーに連れて行ってくれるの?」


「約束した通りです」

 ……そう。去年の誕生日に約束してくれた通りに今年も、誕生日当日にルイスは抱かかえきれないほどの大きなマーガレットの花束を贈ってくれた。

 そして、花束と一緒にフェスティバルでのスピーチのためだという緑色のドレスも贈ってくれた。


「ねぇ。ルイス。……どうしてこの色のドレスを選んでくれたの?」


 このドレスを受け取った時、目に飛び込んできたその美しい緑色に私の心は震ふるえた。その時にはどうしてもその色の理由を聞くことが出来なかった。だけどそのドレスに身を包んだ今、心と同じくらいに震える声でルイスに聞いた。


「……緑色に包まれていれば、マーガレットがスピーチの際に少しでも安心出来るかと思ったのです」


 緑色は私にとって特別な色。

 お母さまの形見のブローチの石の色。

 そして、お父さまの瞳の色。

 だけど、それは……。そのことは誰だれにも知られてはいけないこと。……ルイスはきっとそのことに気付いているに違ちがいない。だけどもしそれを私の口から事実だと伝えたらルイスは……。許されない秘密を事実だと私自身が認めたらルイスは……。それでも私は、ルイスに、これから一生を共に過ごしていく相手に、これから一生を共に歩んでいきたいと自分で選んだ相手であるルイスにその真実を伝えなくてはいけない。……ううん。義務なんかではなく、ルイスだから。ルイスにだからこそ私は、誰にも明かせなかったその秘密を話したい。


「ルイス。……私は先日レオナルド殿でん下かに、『妹が聖女だからと婚こん約やく破は棄きされましたが、私は妖よう精せいの愛いとし子です』と告白したわよね? だけど……ルイスにだけは、その言葉を言い直しさせてほしいの」


 声が震えてしまうことを止めることはできなかった。だけど必死でルイスの瞳を見つめて、私は今度こそ何の偽いつわりもない真実の言葉を紡つむいだ。

 ずっと誰にも言えなかった私の二つの秘密が詰つまったその真実の言葉を。


「義ぎ妹まいが聖女だからと婚約破棄されましたが、私は妖精の愛し子です」


 私の必死の言葉を聞いても、ルイスの表情は少しも変わらなかった。

 ただその言葉を聞く前と同じように私を見つめて、ルイス自身の言葉を返してくれた。


「マーガレットは、十六歳のお誕生日の時に『私が公こう爵しやく令れい嬢じようでなくてもお祝いの言葉をくれましたか?』と僕に聞きましたよね? そして先日も僕に同じ質問をしました」


 そうだわ。私はルイスに同じ質問を……。たとえ私が公爵令嬢でなかったとしても、ルイスが変わらず私を想おもってくれていたのか……。でもそれはルイスを信しん頼らいできなかったわけではなくて、きっと自分自身が公爵令嬢でないことに不安だったから……。公爵令嬢でない、本当の意味でソルト王国の人間ではない、そんな自分自身の存在が不安だったから。


「マーガレット。どうか僕を信じてください。僕のマーガレットに対する気持ちは、マーガレットが何者であっても何も変わりません。マーガレットはマーガレットです。妖精の愛し子でも、聖女でも、公爵令嬢でなかったとしても。僕の願いはいつだって一つだけです。僕は、マーガレットが幸せならそれでいいのです。叶かなうなら、僕の隣となりで」


 ルイスのその言葉は私の心に沁しみ込んで。

 たまらなくなって。どうすればいいかわからなくなって。この気持ちを言葉では表すことができなくて。どんなに素す晴ばらしい恋れん愛あい小説のどんなに素す敵てきな言葉を使っても、それでも私の今の気持ちには当てはまらなくて。どうしようもなくたまらなくなって。


 私は、ルイスを抱だきしめた。


「マ、マ、マ、マーガレット!? どっどうしたのですか!? マーガレットの方から抱きしめてくださったことなどないので……心臓が……止まりそうです……」


「嬉うれしくて……。ただただ嬉しくて……。この気持ちをルイスに伝えたくて。でも……この気持ちを表す言葉を私は持っていなくて……。だから……」

「……マーガレット。ありがとうございます。どんな言葉よりもずっと伝わりました」

「ルイスは私の特別だから。言葉では表現できないけど、でも、ルイスは私の唯ゆい一いつで、特別なの」

「僕もたくさんの言葉は持っていませんが、それでもこの気持ちをマーガレットに伝えたいのです」

 そう言ってルイスも私を力強く抱きしめた。


 ルイスの温かい胸に包まれていると、私の胸から十六歳の誕生日にお母さまのお手紙を読んで以来誰にも言えず痞つかえていた黒い何かが流れていくのを感じた。


「……本当はやっぱり不安なの。王族でもないのに国民の皆みな様さまに向けてスピーチをするだなんて……」

 痞つかえとともにスピーチに対する心の底にあった不安を私はルイスに吐はき出した。


「……大だい丈じよう夫ぶで……大丈夫だよ。マーガレットなら出来るから」


 ルイスはそう言いながら、私の頭を撫なでてくれた。

「マーガレットなら出来るよ。マーガレットの想おもいを素す直なおに話してきてくだ……話せばいいから」

「私なんかの言葉で本当に救われる誰かがいるのかしら?」

「……少なくとも僕はマーガレットの言葉が誰かに響ひびくと信じているよ」

「ドレスだって本当はさっきのワンピースのままがいいのかもしれないと不安なの」

「どうして?」

「スピーチを聞いてくださるのはきっと平民の皆さんが多いでしょう? 高価なドレスを着ていて不快に思われないかしら?」

「ありのままのマーガレットで大丈夫だよ。服装なんか関係ない。今のマーガレットがマーガレットとして舞ぶ台たいに立てばいいんで……いいんだよ」

「私の言葉を聞いて不快になる方がいたらどうしよう」


「すべての人間に届く言葉なんてきっと存在しないから、もしかしたらそういう方もいるかもしれま……しれないけれど……。それでもマーガレットの言葉を聞きたいと願っている人間もたくさんいるから、その方達に向けてどうかマーガレット自身の言葉を伝えてあげてほしい」


 誠実に紡がれるルイスの言葉は、私の不安を一つ一つはらってくれた。ルイスが言葉を発するたびに撫でられる頭から伝わる体温が温かくて、こんな時なのに心地ここちよいと思ったの。

「……ねぇ。どうしてさっきから無理して敬語を使わないようにしているの?」


「僕は恋愛小説は読んでいませんし、きっとマーガレットの胸をときめかせることが出来るような綺き麗れいな単語も知りません。それでもマーガレットだけが僕の特別だとどうにか伝えたくて……。マーガレットは初めて自分から僕を抱きしめてくれました。だから僕もこの気持ちを伝えるために、敬語ではなくマーガレットと話したいと思ったので……思ったんだ」


 まだまだぎこちないけれどルイスが敬語を使わない相手は世界でたった一人、私だけ。疑いもなく私はルイスにとって特別なんだと実感できた。

 私はもう何度も何度も心の中で思ってきたことを、改めて思った。


 あぁ。なんて愛いとしいのかしら。


 スピーチに対する不安はもうなかった。それよりもルイスに対する愛情の方がずっと私の胸を占しめていたから。

「私は、このような場所でスピーチをすべき人間ではきっとありません」


 ルイスの贈おくってくれた緑色のドレスに身を包んだ私は、フェスティバルの中心である広場にある舞台の上で、スピーチを始めた。

 舞台の前にはたくさんの国民の皆様がいらしてくださっていた。その最前列で、ルイスと、カナン様とソフィア様にアルバート様が、真しん剣けんな顔で私を見守ってくださっていた。舞台の後ろではレオナルド殿下と婚こん約やく者のアリス様が見守ってくださっている。きっとルイスのお父様やお母様に、シャーロットやシェフもどこかでこのスピーチを聞いてくれている。それに……お父さまも。


「それでも、私は今日この場所で自分の気持ちを皆様に伝えることを決心しました。もしもたった一人でも、この世界にたった一人だけでも、私の話を聞いて希望を持てる方がいるのなら、その方のために私はこの場所で話をしたいと、そう思ったのです」


 身体からだの震ふるえを抑おさえるように、私は深呼吸をして言葉を続けた。


「まだ幼い頃ころの私はいつも無む邪じや気きに笑っていました。温かいご飯や美味おいしいお菓か子しをお腹なかいっぱいになるまで食べて、お母さまに愛されて、そのことを幸せだと気付くこともなく毎日を過ごしていました。……そんな幸せな日々が終わりをつげて、成長していく中で心を殺して辛つらいことが終わる時間をただただ耐たえるようなこともありました。自分にとってたった一人の目の前にいる人と心を通わせられないこともありました。その時の私にとってはたった一つのブローチだけが宝物で、それすらも奪うばわれそうになったこともありました。……けれど、私はどんな時でも独りぼっちではありませんでした」


 私は、空を見上げた。そこには私が幼い頃からずっと寄り添そってくれた明るい笑え顔がおが三つ、何も変わらずに私を見つめてくれていた。


(私たちはいつもマーガレットと一いつ緒しよなのー)

(ずっとずっとマーガレットと一緒だよー)

(マーガレットを独りぼっちになんてさせるはずがないと何度でも言ってやろう)


「何を幸せだと感じるかは人によって違ちがいますし、同じ人間でも環かん境きようや経験によって幸せの基準が変わることもあります。私がお母さまと過ごした幼少期を振ふり返ってとても幸せだったと感じるように、その時には気付いていなかった当たり前の日常を後から幸せだったと感じることもきっとあります」


 命が尽つきるその最さい期ごの瞬しゆん間かんまで私の幸せを祈いのり続けてくださったお母さまに、今の私はとても幸せなのだと伝えたい。そして、お母さまと過ごした時間もかけがえのない、間違いなく幸せな時間だったと、もう決して叶かなうことはないけれど、私を愛してくださったお母さまに、私に幸せを与あたえてくださったお母さまに、感謝を伝えたいの。


「今の私が日常を幸せだと思えるのは、愛されない寂さびしさを知ったからです。今の私が温かいご飯をお腹いっぱい食べられるそのことを幸福だと思えるのは、私が空腹でもご飯を食べられない辛さを知ったからです。私が当たり前だと思っていた日常は、本当は当たり前なんかではなくとても幸せなものだったのだと、失って初めて、私は気付くことができたのです」


 もしかしたらどこかでこのスピーチを聞いているかもしれないシルバー公こう爵しやく家のお父様と義ぎ母ぼのことを久しぶりに思い出した。家族のはずなのに愛されない苦しさや、お父様が外がい泊はくをされた時には食事を与えられなかった悲しさを私はそっと吐はき出した。それでも私には妖よう精せいさん達がいてくれた。家族のはずのお父様と義母よりも彼らはずっと私を愛してくれた。私がお腹を空すかせているとそっとお菓子を持ってきてくれた。彼らがいたから生きてこられた。

 ……だけどもし彼らがいなかったら? 私と同じ思いをしていて、妖精さん達のいない生活に耐えている誰だれかがどこかにいたとしたら?


「現状がどんなに苦しくても、必ず未来は開けます。私に手を差し伸のべてくれた友人がいたように。私にも新しい家族ができたように。だからどうか皆みな様さまも、どうか希望を諦あきらめないでください。苦しい時は苦しいと、悲しい時は悲しいと、どうか声をあげてください。自分では気付いていなかった味方がきっといるはずです。自分には助けてくれる人なんて誰もいないだなんて諦めないでください。その声はきっと届きます。必ず誰かに届きます。世界中にたった一人だけでも貴方あなたの声が届く人が必ずどこかにいるはずです。だからどうか声をあげてください」


 震える手のひらをそっと押さえて、私はまた前を向いた。


「この世界のどこかで苦しんでいる誰かのために、本当の意味で私に出来ることはもしかしたら何もないのかもしれません。それでも私はいつだって祈っています。どうか生まれ育ったソルト王国の皆様が、お母さまの出身であるオルタナ帝てい国こくの皆様が、私の知らないこの世界のどこかで暮らす皆様が、どうかいつも笑顔でいられますように。どうかこの世界が、溢あふれる笑顔で満たされますように。私はいつまでも祈り続けます」


 つたない言葉で、気持ちの半分も上手うまく伝えられてはいないかもしれないけれど、それでも私は今の私に言葉に出来る精せい一いつ杯ぱいの気持ちをスピーチに込めた。体は未いまだに震えているし、すぐにでもルイスに頭を撫なでてほしいけれど、それでも私は嘘うそ偽いつわりのない自分自身の気持ちを言葉にして伝えたの。


 不安に思う私の耳に、溢れるほどの拍はく手しゆの音が聞こえてきた。目の前には、惜おしみない拍手を贈ってくださる国民の皆様がいた。


 全員を満足させられる言葉なんてない。誰かにとっては忘れられない大切な言葉でも、他ほかの誰かにとってはくだらないどうでもいい言葉にすぎないかもしれない。それでもたった一人だけにでもいいから私の言葉がもしも届いたのなら、私は勇気を出してこの場に立って本当に良かったと心からそう思えるの。


(私たちに魔ま法ほうが使えなくても側そばにいるだけで幸せってマーガレットは言ってくれるのー)

(だけど僕たちはマーガレットのためならどんな魔法だって使えるのー)

(我々の愛情を形にしてやろう)


 刹せつ那な、結けつ婚こん式の日と同じように青空からマーガレットの花びらが降り注いだ。



「マーガレット様。とても素す晴ばらしいスピーチだったよ」

「本当に。とても感動しました」

 舞ぶ台たい裏に戻もどった私を迎むかえてくれたのは、私のスピーチを見守ってくれていたレオナルド殿でん下かとアリス様だった。

「レオナルド殿下。アリス様。過分なお言葉をありがとうございます」


「こんな風に自分の目でソルト王国民の溢れる笑顔を見ることが出来て、とても嬉うれしいよ!」


 レオナルド殿下はいつものように輝かがやく瞳ひとみでキラキラと私を見つめてくださった。


(レオも舞台に行くのー)

(皆みんながレオを待ってるよー)

(クソ王子との格の違いを思い知らせてやればいい)


「えっ? 僕は舞台には立たないよ?」


 突とつ然ぜんの妖精さん達の言葉に、レオナルド殿下が珍めずらしく慌あわてて声をあげた。そんなレオナルド殿下を見て、隣となりにいたアリス様はとても驚おどろいた顔をしていた。……アリス様には妖精さん達が見えていないから、突然レオナルド殿下が独り言を言ったように見えてしまっているのだわ。


「レオナルド殿下。ぜひレオナルド殿下からも国民の皆様に言葉をかけてさしあげてください」


 私はレオナルド殿下をフォローするように自然に言葉を続けた。アリス様は首を傾かしげながらも私達の様子を見守っていた。


(しょこら、みんと。手伝ってー)

(いいよー)

(レオを舞台にひとっ飛びさせてやろう)

(((せーの!!)))


 妖精さん達の掛かけ声とともにレオナルド殿下が私達の目の前から消えた。

「レオナルド様っ!?」

 驚いて心配をするアリス様に私は出来るだけ落ち着いた声で話しかけた。

「アリス様。大だい丈じよう夫ぶです。舞台を見てください」

 私の言葉に恐おそる恐る舞台に視線を向けたアリス様は、先ほどまで目の前にいたはずのレオナルド殿下が舞台の上に立っている姿を見て目を見開いた。


 広場に集まっていた国民の皆様も、突然人間が舞台の上に現れたことにとても驚いて戸と惑まどっていた。だけど、誰かが『レオナルド殿下だ』と声をあげると、その戸惑いは歓かん声せいに変わった。

 舞台の上で、私の時よりもずっと大きい歓声と拍手に包まれたレオナルド殿下に向かって妖精さん達がまた言葉を掛けた。


(皆レオを待ってたのー)

(レオは皆のヒーローだからー)

(民衆の声を聞かせてやろうか)


 歓声と拍手が大きすぎて一人一人の声なんてまったく聞こえない状じよう況きようだったのに、妖精さん達の言葉の後で突然音がまったく聞こえなくなった。

 そして、一人一人の声が響ひびいてきた。


「ありがとうございます。ありがとうございます。フェスティバルに向けて仕事を得られたおかげで今日も食事ができます」

「養護院の皆で作ったバナナケーキがたくさん売れたから今度新しいノートを買ってくれるってシスターが言っていたの」

「自分には才能なんかないと歌手になる夢を諦めるために今日の舞台を最後にしようと思っていたけれど、才能を認めてくれる人がいた! すべては私にチャンスを与あたえてくれたこのフェスティバルのおかげだわ」


 国民の皆様が潤うるおうためにとレオナルド殿下が実行したフェスティバルは、確かに国民の皆様に大切なものを与えてくださった。そしてそんなレオナルド殿下に対する国民の皆様からの感謝の気持ちは、今しっかりとレオナルド殿下に届いたのだわ。


「ありがとう。僕にはまだまだ力が足りないところもあるけれど、僕が、僕の信しん頼らいできる頼たのもしい王宮のメンバーが、ソルト王国民全員の人生を背負うから。ソルト王国民全員が豊かに暮らせるようにもっとたくさんの施し策さくを考えていくから。どうかこれからも僕達を信じて協力をしてほしい。苦しんでいることがあれば声をあげてほしい。僕はソルト王国民の誰だれ一人見捨てたりしない」


 広場には、ソルト王国の王太子であるレオナルド殿下の力強い声が響き渡わたった。

 レオナルド殿下の言葉に、今日一番の大歓声と拍手が鳴り響いた。


「レオナルド様……」

 隣でアリス様が感動したように呟つぶやいた。

 私はそんなアリス様を笑え顔がおで見つめた。私の視線に気付いたアリス様は、はにかんで顔を伏ふせた。

「レオナルド殿下はとても素す敵てきな婚こん約やく者ですね」

 そんな私の言葉に、アリス様は私の顔を見て静かに語りだした。


「……最近たまにとても不思議なことが起こるのです。……信じられないかもしれないのですが、たとえば紅茶を飲んでいるのにコーヒーの味がしたり……。それはもしかしたら些さ細さいなことなのかもしれませんが、私はそんな事象が怖こわかったのです。けれどレオナルド様が『それは幸せな奇き跡せきだから怖くないよ』と笑ってくださったので、安心することが出来ました。レオナルド様は、常にソルト王国民の皆みな様さまのことを考えていらっしゃいます。それに王命で結ばれたに過ぎない私のこともとても大切にしてくださいます。……私はまだまだ未熟で、決して完かん璧ぺきとは言い難がたい婚約者ですが、それでもいつの日かレオナルド様の隣で胸を張って立てるように、これからも日々精しよう進じんをします」


 いつもは儚はかない印象のアリス様がとても頼もしく見えた。そんなアリス様の姿は、舞台の上で未いまだ歓声と拍はく手しゆに包まれるレオナルド殿下ととてもお似合いに思えた。

「くっきー、しょこら、みんと。フェスティバルでの私のスピーチがソルト王国の皆様全員の頭に響いていたというのは、もしかしなくても貴方あなた達の仕し業わざね?」


 スピーチから数日後の穏おだやかな昼下がりに、ルイスからとんでもない事実を教えてもらった私は妖よう精せいさん達に詰つめ寄った。


(私たち悪いことなんてしてないよー)

(マーガレットの言葉を皆に届けたかっただけだよー)

(後おくればせながらオルタナ帝てい国こくの筋肉王子にも届けてやろうか)


「広場にいらした皆様の前でお話をするだけであんなに緊きん張ちようしていたのに、まさか国民全員に声が届いていただなんて……」

「僕はマーガレットのスピーチが広場にいた方達にだけではなく、ソルト王国の皆様に届いて良かったと思いま……思うよ」

 ルイスはそう言って私の頭を撫なでた。


(最近めがねが積極的ー)

(えろめがねー)

(眼鏡をピンク色に染めてやろうか。ついでにオプションで髪かみもピンク色に染め上げてやろうか)


 妖精さん達の言葉に、私の頭を撫でていたルイスの手が止まった。

「くっきー様。確かに最近の僕は積極的に自分の気持ちをマーガレットに伝えていますが。しょこら様。決してえろめがねなどではありません。みんと様。僕の大切な眼鏡の色を変えようとするのはやめてください。そしてオプションも辞退させていただきます」


(めがねがまた難しいこと言ってるー)

(えろめがねはえろめがねだよー)

(ピンクが不満なら久しぶりに七色にしてやろうか)


「以前眼鏡が突とつ然ぜん七色になったのは、みんと様の仕業だったのですね。あの時は突然の出来事にとても驚おどろいたとともに、大切な眼鏡が七色になってしまい大変なショックを受けました」


(ご要望にお応こたえして懐なつかしの七色眼鏡を味わわせてやろう)


「決して要望していません」

 むきになるルイスを余所よそに、妖精さん達はいつもみたいに楽しそうにはしゃいで私達の周りを飛び回った。


「それからマーガレットのスピーチの後で降り注いだマーガレットの花びらは、また世界中に飛んで行ったよう……だよ」


 なんとかみんとに眼鏡の色と髪の毛を七色にされてしまうことを阻そ止ししたルイスが、いつも通りの冷静さに戻もどって言った。


「そしてソルト王国内では、手元に舞まい落ちた花びらが薬やパンや金貨ではなく一輪のマーガレットの花に変わった人間の数が、一年前に比べて増えていたようだよ」


「ソルト王国で、病やめる方や、飢うえる方や、窮きゆうする方、そんな風に苦しむ方の数が減ったことは、レオナルド殿でん下かの施策のおかげね」


「フェスティバルは年に一度しかないけれど、もっと恒こう常じよう的に国民の皆様を潤わせることができるような新しい施策を考えるんだとレオナルド殿下が張り切っていまし……いた……よ?」

「レオナルド殿下ならきっと素す晴ばらしい施策を実行してくださると信じているわ」

「僕も、レオナルド殿下と一いつ緒しよにソルト王国民の皆様の人生を背負っていきたいと思っていま……いるんだ」

「私も一緒に背負うわ。ルイスが背負っているものを一緒に背負わせてほしいの」

「ありがとう。マーガレットが側そばにいてくれるだけで心強いで……心強い……よ?」

「ふふっ」

「マーガレット。笑わないで……。たとえマーガレットの前だけだとしても、十七年間慣れ親しんだ敬語を使わないということは、想像以上に僕には難しいので……難しいんだ……」


「不器用でぎこちないその言こと葉ば遣づかいさえも、愛いとしいと思うわ」


 私はルイスに向かって微笑ほほえんだ。ルイスも私に向かって微笑んだ。

 それから私の頭を撫でながら何度も言ってくれた。

「スピーチよく頑がん張ばったね」

 ルイスのその言葉は、その手のぬくもりは、それは泣きたくなるほどの安心感だった。

 ソルト王国民の皆様の前でのスピーチだなんてとても緊張した。本当はとても不安だった。それでも、それを認めて、無条件で褒ほめてくれるこの世界でたった一人の人がいるから。だから、私は頑張ることができたの。頑張って良かったと、心から思ったの。



 ルイスとの結けつ婚こん式の思い出は私にとっていつまで経たっても色いろ褪あせることはなくて、結婚式の日は物語のハッピーエンドだと思えるほどに今でも変わらず幸せだった。

 だけど、ハッピーエンドのその後も私達の人生はずっと続いていく。


 たとえば年を重ねても毎年結婚記念日には、ルイスと一緒に結婚式の年のワインを飲んでいたけれど、ある年だけ私がワインを飲めない年があったように。

 たとえば誕生日に贈おくられる抱かかえきれないほどのマーガレットの花束に、子ども用の小さなブーケが添そえられる日がくるように。

 たとえばルイスのお誕生日に贈るショコラミントクッキーの中に一いつ所しよ懸けん命めい作った小さくていびつな形のものが交ざるようになる日がくるように。


 私達の人生はハッピーエンドで終わりなんかではなくて、これからもずっと続いていく。

 ソフィア様の物語も、カナン様の物語も、レオナルド殿下の物語も、私の知らないところでもたくさんの物語が続いていく。


 たとえば少し悲しいけれど私が死んだ後だって、新しい妖精の愛し子のもとで、くっきー、しょこら、みんとの新しい物語が続いていくかもしれない。

 その一つ一つを愛しいと、大切にしたいと思えるから。

 どうかこの世界が溢あふれる笑え顔がおで満たされますようにと、私はこれからもずっと祈いのり続ける。

 そして、祈りを続ける私の胸にはいつだって愛しい彼らの声が響ひびき続けるの。


(私たちはずっとマーガレットと一緒だよー)

(いつだって僕たちはマーガレットの味方なのー)

(寂さびしいなんて感じる暇ひまもないくらいずっと一緒にいると誓ちかってやろう)


~ happily ever after 続いていく人生がこれからもずっと幸せでありますように ~