第3章 大切な親友のための怒り


「それではやはりライリーはシンシア様を?」

 現在に戻ってきた私は、妖精さん達と一緒に行った過去のダンスパーティーで見たライリー様とシンシアの様子をルイスに報告していた。


「私が見る限りでは多分……。だけど、シンシアの行動のどこがライリー様の琴きん線せんに触ふれたのかが分からないの。ライリー様は、シンシアに見つめられるたびに固まっていたから、きっと純じゆん粋すいに顔が好みということもありそうだけど……。それでもあの会話だけでどうしてライリー様が恋こいに落ちたのかが、私にはよく分からなくて……」


「……僕は恋愛に疎いのでまったくの見けん当とう違ちがいかもしれませんが……」

 少し考え込んだ後で、そんな前置きをしながらルイスは言葉を続けた。


「学園に入学した当初、ライリーは婚こん約やく者のいない女性達によく話しかけられていました。ですがライリーは女性に対して必ず厳しいことを言うのです」


「……厳しいこと?」

「たとえば爵しやく位いが自分と同格か自分より下の女性相手であれば、『爵位目当てか?』や『そんなに騎き士し団長の妻になりたいのか』など……」

 あまりの言いように私は絶句した。

 いくら相手の爵位が自分より下だからって初対面の相手に対して失礼過ぎるわ。それに父親が騎士団長だからと言ってライリー様も騎士団長になれるかなんて分からないのに。そういえば、あの時はまだキース殿下の将来の側近候補だったはずなのにダンスパーティーの時に堂々と自分のことを『キース殿下の側近』と発言していたわ。……なんて傲ごう慢まんな方なのかしら……。

「たとえば自分より爵位が上の女性相手であれば、『キース殿下にはすでに婚約者がいるからと格下の自分にまで手を出そうとするなんて必死ですね』など……」

「……」


「ライリーに話しかけた女性達は厳しいことを言われるとすぐに去っていき、入学して半年も経つ頃ころにはライリーに話しかける女性はいなくなっていました」


「……でしょうね」

 私はあの短いやり取りでライリー様がシンシアを気に入った理由がやっと分かった。初対面の男性から酷ひどいことを言われてそれでも離はなれないでいてくれる女性なんてきっといない。だから、ライリー様の厳しい言葉に反論してそれでも縋すがってきたのは、『ライリー様のことをもっと知りたい』と言ってくれたのは、シンシアだけだったのだろう。きっとシンシアは何も考えていなかっただろうけど、ライリー様にとっては、シンシアだけが本当の自分を受け止めてくれた初めての人間だったのね。


「あのダンスパーティーでソフィア様がライリー様に見み初そめられるどころか、ソフィア様とライリー様が顔を合わせることすらなかったわ」


 悲しい事実に私はため息を吐ついた。

「……今回のスミス伯はく爵しやく家とホワイト男だん爵しやく家の強ごう引いんな婚約のお話には、ライリー様の何らかの意図があることは間ま違ちがいがなさそうね……。だけど、もしライリー様が学生時代にシンシアのことを気に入っていたとしても、どうして私達が学園を卒業して一年経った今になって行動を起こそうとしたのかしら?」

 シンシアにはキース元殿でん下かと婚約をするまで婚約者はいなかったし、今はすでにキース元殿下と結けつ婚こんをして男爵夫人になってしまっているのに……。ライリー様はどうして今さら……。


「いえ。もしもライリーが、シンシア様と出会った当初からシンシア様に対して好意を寄せていたとしても、ライリーが行動を起こせるチャンスは今しかないのです」


 ルイスはきっぱりと言った。そんなルイスの言葉に私は首を傾かしげた。

「どうして?」


「シンシア様が生まれた時にはシルバー公こう爵しやくと現在の夫人は結婚されていませんでしたが、シンシア様はシルバー公爵が実子として届出をしているシルバー公爵家の令れい嬢じようです。当時マーガレットはキース殿下に嫁とつぐことが決まっていたので、シンシア様と結婚する者をシルバー公爵家の後こう継けい者しやにするとシルバー公爵は公言されていました。スミス伯爵家を継つぐことが決まっていたライリーには、そんなシンシア様に婚約を申し込むことなどできなかったのです」


「確かにその通りだわ。今回はソフィア様のご実家の爵位がライリー様のご実家の爵位よりも低いのをいいことに無む理り矢や理り婚約を結ぼうとしているけれど、いくらライリー様でもさすがに当時公爵令嬢だったシンシアとは無理矢理婚約をすることはできなかったのね」

「はい。そしてその後、シンシア様は当時のキース殿下と婚約なさいました」

「ライリー様には第一王子の婚約者に手を出すことなんてできないわね。だけど、キース殿下の廃はい嫡ちやくが決まった後は……」

「いえ。キース殿下の廃嫡と、シルバー公爵家が爵位を返上することが決まった時もライリーには、シンシア様に手を出すことはできなかったのです」

 ルイスは、淡たん々たんと言葉を重ねた。


「なぜならキース殿下とシンシア様の婚約は決して解消できないことを誰だれもが知っていたからです。その理由をキース殿下は勘かん違ちがいしておられたようですが……。キース殿下は、長年の婚約者であり何の過誤もないマーガレットに対して『聖女の儀ぎ式しき』で聖女ではないと判明した途と端たんに婚約を破は棄きすると宣言しました。しかもその後、婚約を解消したその場で、マーガレットの異母妹いもうとであるシンシア様と再婚約までしました。貴族だけでなく国民の皆みな様さまの中でもそのやり方に不快感を示す方が大半でした。そのようななかで今度はシンシア様が『聖女の儀式』で聖女ではないと判明したからとまた婚約を解消して王太子になるなど、到底許されるはずはなかったのです」


「キース殿下とシンシアとの婚約は解消することが出来ないものだった。だから、ライリー様はシンシアとキース殿下が婚約している時には、何も行動を起こすことができなかった……?」

「はい。いくら廃嫡されてシンシア様のお母様のご実家の男爵家を後こう継けいすることが決まったとはいえ、当時の第一王子と公爵令嬢の婚約を伯爵子息であるライリーにどうにかすることなどできません。ライリーが動くことができたのは、シンシア様が学園を卒業して結婚をしたことで正式にキース元殿下が男爵となったこのタイミングしかなかったのではないでしょうか?」


「……やっと行動を起こすことができるようにはなったけれど、今度は肝かん心じんのシンシアがすでに結婚をしてしまっていた、ということね……。だけどキース男爵とシンシアが結婚をしている事実は私にだって変えられるはずないわ。……それなのにライリー様は私に会ってどうするつもりなのかしら……」


「マーガレットは本当にライリーと会うのですか?」

 思わず考え込んでしまった私に対して、ルイスが心配そうに顔を覗のぞき込んだ。

「ええ。ライリー様がソフィア様に私と会わせることを命令しているし、それに私もライリー様に直接会って真意を確かめたいの」

「ライリーが女性に暴力を振ふるうところはさすがに見たことはありませんが……。それでも心配です。僕も一いつ緒しよに行きます」

「大だい丈じよう夫ぶよ。ルイスはその日仕事でしょう? ライリー様は多分私が一人で来るように、ルイスが仕事で自分がお休みの日を指定したのだと思うわ」

「余計に心配です」


「本当に大丈夫よ。だって私には、世界で一番頼たのもしい護衛達がついてくれているもの」


(そうだよーマーガレットには私たちがついてるのー)

(レオの護衛よりつよいよーえっへん)

(悪い奴やつは片っ端ぱしから成敗してやろうか)


 妖よう精せいさん達はルイスの眼鏡をさくっとずらしながら胸を張った。ルイスは眼鏡をくいっと戻もどしながら安心したように笑った。

「そうですね。マーガレットには妖精様達がついていてくれるので安心です。……しかし何かあったら必ず僕に言ってくださいね」

 真しん剣けんな目で見つめられて、私はそっと頷うなずいた。


「ルイスありがとう。そうやっていつも私を心配してくれていたのね」


「……何のことでしょうか?」

「あの当時の私は気付いていなかったけれど、きっと学園でのダンスパーティーの時からずっと私を心配して見守ってくれていたのね」

 私の言葉にルイスは恥はずかしそうに顔を伏ふせた。


「……七歳のガーデンパーティーの時からです……」


「……えっ?」

「僕は、ガーデンパーティーで初めてマーガレットを見かけたあの時から本当は、マーガレットのことを可愛かわいいと、そう思っていました」

 顔を赤くして私を見つめるルイスがたまらなく愛いとしかった。それに七歳のガーデンパーティーの時から、そんなに昔からルイスが私のことを気にかけてくれていたという事実が私の胸を甘く高鳴らせた。

「マーガレット様。今日は本当にありがとうございます。そしてご迷めい惑わくをおかけして申し訳ございません」


 ソフィア様はとても申し訳なさそうな顔をして、ホワイト男だん爵しやく家に到とう着ちやくした私を迎むかえてくれた。ソフィア様の隣となりでは、執しつ事じとシャーロットもとても心配そうに私を見つめてくれていた。

「ただライリー様とお話をするだけよ。何も心配することはないわ」

 私はそんな皆みんなを安心させるように明るく声をかけた。


 ソフィア様は私をお庭に案内してくれた。今日はとてもよく晴れていたので、雲一つない真っ青な空が眩まぶしかった。緑色のミントの葉が爽さわやかに伸のびた気持ちの良いい庭にお茶会の準備がされていた。

「とても素す敵てきね」

 私の言葉にソフィア様は嬉うれしそうに笑った。

「昨日から使用人の皆が、頑がん張ばって準備をしてくれたのです」

 だけど、ふいにその顔を曇くもらせた。

「ライリー様がまた気分を損そこねないと良いのですが……」

 その言葉の意味を測りかねて、私は何も答えられなかった。


 約束の時間から三十分以上遅おくれてやって来たライリー様は、不ふ機き嫌げんそうに庭を一いち瞥べつした後でソフィア様に声をかけた。


「あの応接室は貧びん乏ぼう臭くさいから二度と通すなと言ったが、庭も貧相だな。花ではなくミントなんか植えているのか」


 挨あい拶さつや遅ち刻こくへの謝罪もせずに、いきなり投げつけられた酷ひどい言葉に私は思わず眉まゆを顰ひそめた。だけどきっとライリー様のそんな態度には慣れているのだろうソフィア様は、ただ諦あきらめたように頭を下げていた。

「申し訳ございません」

 そんなソフィア様の姿を見て私は胸が痛んだ。


(何こいつ? クソ王子超ごえの最低ー)

(意地悪野や郎ろうはやっつけるのー)

(ミントを貧相だと罵ののしった恨うらみ忘れまじと思い知らせてやろう)


 くっきー、しょこら、みんと。気持ちはよくわかるわ。だけど、私がお話しするから少し待っていてね。……ソフィア様への態度によっては、どうやっちゃうか一緒に考えましょう。


(やったぁ。マーガレットが乗り気なのー)

(やっちゃおー。やっちゃおー)

(筋肉を風船みたいに膨ふくらませて、もう勘かん弁べんしてーと言わせてやろうか)


 私のことは誰だれにどんな風に言われたって構わないけれど、大切なお友達であるソフィア様を傷つけることは許さないわ。

 そんな決意も新たに、視線をライリー様に向けた。


「マーガレット様。お久しぶりです。お話をするのは、キース元殿でん下かが『聖女の儀ぎ式しき』の後で貴女あなたに婚こん約やく破は棄きを宣言した時以来ですね」


 あえて私が傷つくと思う場面を選んだのだろうライリー様は意地悪く笑った。

「ライリー様お久しぶりです。しかし、ライリー様とは顔を合わせたことくらいはあるかもしれませんが、直接お話をするのは初めてですわよね?」

 私もライリー様に負けないくらい意地悪く見えるように笑った。

「俺は学生時代にはキース元殿下の側近だったので、キース元殿下の婚約者であった貴女とも言葉を交かわしたことくらいありますよ!」

 ムッとしたように言い返すライリー様に、私は意地悪な笑え顔がおを崩くずさず言い返した。


「あらっ? ライリー様はあくまでキース元殿下の『側近候補』に過ぎなかったと記き憶おくしていたのですが、いつの間にか候補ではなく側近になられていたのですね? でもキース元殿下にはそんなに重ちよう宝ほうされていたはずなのに、今はなぜかレオナルド殿下の側近候補にすら選ばれていらっしゃらないのですね?」


 普ふ段だんとあまりに違ちがう私の厳しい口調や態度に、ソフィア様や紅茶の準備をしていたシャーロット達は目を丸くして驚おどろいていた。

 ライリー様は、大人しいだけだと侮あなどっている私にまさかこんな反はん撃げきをされるとは思っていなかったのか悔くやしそうに顔を歪ゆがめた後で、鼻を鳴らして宣言した。


「マーガレット様は確かに元公こう爵しやく令れい嬢じようだったかもしれませんが、キース元殿下に婚約を破棄されて今は伯はく爵しやく令息夫人に過ぎませんよ。伯爵令息である俺にそんな態度をとってもいいんですか?」


 やはり爵位を持ち出してきたわね。きっとそのために自分と同格であるルイスが同席できない日を指定したのだわ。なんて分かりやすいのかしら。


「ライリー様は、当時公爵令嬢だったシンシアに対して敬語も使わずお話しされたことがあると聞いていたので、爵位などはあまり気にされない方かと思っていましたが、違うのですね?」


「……なっ!?」

「それに当時は公爵令嬢でキース殿下の婚約者であった私のことを、『大人しいだけの人間』とおっしゃっていたとか?」

 そんな嫌いやみを言いつつも笑顔を崩さない私にライリー様は、

「まさかシンシア様がそんなことまで貴女に……」

 などと呟つぶやきながら顔を引きつらせていた。

「マーガレット様のことをそんな風におっしゃるだなんて信じられません」

 私とライリー様との会話を聞いていたソフィア様が怒いかりに満ちた顔でライリー様に告げた。そんなソフィア様を見て、顔を引きつらせていたライリー様が先ほどまでの傲ごう慢まんな態度にすぐに戻もどった。

「ソフィアにそんなことを言われる筋合いはない! たかが男爵令嬢のお前が伯爵令息である俺に口答えをするなんて許されないぞ」

 私だって今まで義ぎ母ぼやシンシアやお父様に、オルタナ帝てい国こくのエラ様等様々な方々の悪意を目の前で見てきたけれど……。自分よりも下の爵位の人間に対してだけどこまでも尊大な態度をとるこんなに傲慢な男性には初めて出会ったかもしれないわ。


「ソフィア。俺はマーガレット様と話があるから席を外せ。気の利きかない使用人達も全員下がらせろ」


 まるでこのお屋や敷しきの当主であるかのように偉えらそうにライリー様は命じた。

「いくらなんでもライリー様とマーガレット様を二人きりにすることなんてできません」

 身分的にライリー様に逆らえない立場のソフィア様は、それでも私を心配して必死にライリー様に抗こう議ぎをしてくれた。ライリー様はそんなソフィア様を見て不快そうに顔をしかめた。


(マーガレットまだやっちゃだめー?)

(髪かみの毛をちりちりに燃やしちゃっていいー?)

(体中をうるしで塗ぬりたくってひーひー言わせてやろうか)

(クッキーの生き地じで包くるんでいいー?)

(ショコラの海でおぼれさせていいー?)

(大量のミントでお口をすっきりさせて二度とミントを罵ることのできない身体からだにしてやろうか)


 ……貴方あなた達、今までにないくらいやっちゃう方法をたくさん考えているわね……。だけど、まだだめよ。ライリー様がどうしてソフィア様と婚約をしたがっているのか聞き出すまで待っててね?


(じゃあもうちょっと我が慢まんするー)

(はやくやっちゃいたいー)

(ミントを馬ば鹿かにしたことを謝罪する夢をこれから毎晩見せてやろう)


「ソフィア様。ありがとう。だけど私なら大だい丈じよう夫ぶよ。ライリー様と二人でお話をするわ」

「マーガレット様。しかし……」

「ライリー様。お話しするのは二人で構いません。その代わり声の聞こえない位置で良いので、使用人達に待機してもらってこちらの様子を見ていてもらうことは問題ないですわよね?」

「使用人に見張らせるだなんて、まさか騎き士し団に所属しているこの俺が女性相手に暴力を振ふるうとでもお思いですか? マーガレット様は、随ずい分ぶんと自意識過か剰じようなうえに心配性しようなんですね」

 ライリー様は、またこちらを馬鹿にしたような嫌いやな笑いをした。


「いいえ。まさか暴力を振るわれるとまでは思っておりませんが、二人きりでお話をしたことでライリー様と私に何かあったと妙みような噂うわさでもたてられたら大変迷めい惑わくですので」


 わざと『大変迷惑』を強調して言った私に、ライリー様はまた顔を引きつらせた。

 ……次期伯爵家の当主なのに随分顔に出やすいのね。この態度では敵も多そうだし、ライリー様が後こう継けいされた後のスミス伯爵家は大丈夫なのかしら。思わず心配になってしまうくらいだわ。

 レオナルド殿下は、キース元殿下の時代に側近候補だった皆みな様さまを変わらずにご自分の側そばに置いているけれど、唯ゆい一いつライリー様だけは距きよ離りを置いている理由がわかった気がした。オルタナ帝国でも思ったけれど、レオナルド殿下の人を見る目はさすがね。



 ソフィア様は、ライリー様と私が二人で話をすることを最後まで心配してくれたけれど、声が聞こえないぎりぎりの位置で、何かあった時にはすぐに駆かけつけられる位置で、執しつ事じ達を待機させることでなんとか納なつ得とくしてくれた。執事はその緑色の瞳ひとみを曇くもらせてとても心配そうにこちらを見守ってくれていた。

 ……私は、こんな時にもかかわらず、お父さまに心配していただけることをなんだか嬉うれしいと思ってしまった。


「マーガレット様。どうかシンシア様とキース男だん爵しやくを離り婚こんさせてあげてください」


 二人きりになった瞬しゆん間かん、ライリー様は先ほどまでの態度が嘘うそのように私に懇こん願がんした。そのあまりの変わりようと、話の内容に私は今日一番戸と惑まどってしまった。

「シンシアとキース男爵を離婚……ですか?」

「本当ならキース殿下が廃はい嫡ちやくされた時に、シンシア様は自由になって俺と婚約をすべきだったんです」


「……キース元殿でん下かが廃嫡されたのは、シンシアが『聖なる水すい晶しよう』を割ったからですよね?」


「それはっ!!」

「それに私にはシンシアとキース男爵を離婚させるような権限などございません」

「貴女あなたがキース男爵に『二度目の婚約破は棄きはしない』と約束させたから、シンシアはキース男爵と結けつ婚こんをせざるを得なかったんだ!」

 顔を真っ赤にして激高するライリー様からは先ほどの懇願するような様子はすっかり消えていた。下手に出れば私が話を聞くと思ったのかしら? だけどうまくいかなかったからすぐに素すに戻ったのね。

「キース男爵とシンシアが離婚をしていないのは、二人の意思ですよね?」

「そんなはずはない! シンシア様は俺の前でだけは素顔を見せることができるんだ!」

 素顔ってまさかライリー様に失礼なことを言われて、思わず『はぁっ!?』と答えていたあの時のことを言っているのかしら?

「おっしゃっている意味が分かりません」

 私は冷たくライリー様に言い放った。……そもそもシンシアのことを好きなら私なんかに言わずに、直接本人に伝えれば良いのに。


「……いいんですか? もしマーガレット様が俺の言うことを聞いてくれないのであれば、ソフィアがどうなっても知りませんよ?」


 そう言ったライリー様の顔は、ゾッとするほど醜みにくかった。

 それは、物差しを持って憎にく々にくしげに私を見つめる義母の醜い顔と同じだった。

「……どういう意味ですか?」


「もし俺が、公衆の面前でソフィアに婚約破棄でもしようものなら、傷物になったソフィアはもう一生まともな結婚などできないでしょうね」


「ライリー様は、まさかそうやって私を脅おどすためにソフィア様に婚約の申し込みを……?」

 もしそうだとしたら、ライリー様はなんて卑ひ怯きようで、最低な方なのかしら。

「ははっ。まさか。ソフィアから聞いているでしょう? 俺は二年前のダンスパーティーでソフィアを見み初そめたんですよ」

「二年前のダンスパーティーでライリー様はずっとシンシアと一いつ緒しよにいて、ソフィア様とは顔を合わせる機会すらなかったですよね」

 私の言葉にライリー様はとても驚おどろいた顔をした。

「……まるで見ていたように言うのですね」

 私はそんなライリー様の疑問には答えなかった。


「それにホワイト男爵家はまだ婚約の申し込みに対するお返事をしていないと伺うかがっています。正式な契けい約やくもしていないのにあたかもソフィア様の婚約者であるかのように振る舞まうのはやめてください」


 たとえ婚こん約やく者だったとしても、相手のお屋や敷しきでこのように傲ごう慢まんに振る舞うだなんて決して許されるものではないけれど。

「確かに婚約の申し出に対する返事自体はまだもらっていませんが、伯はく爵しやく家からの申し出を男爵家なんかが断れるはずがないでしょう?」

 相変わらず人を馬鹿にしたようにライリー様はせせら笑った。


「ライリー様、矛む盾じゆんしていませんか? 先ほどのお話ですと貴方はシンシアとキース男爵を離婚させてシンシアと再さい婚こんしたいように聞こえました。それなのにソフィア様と婚約をしようとする意味がわかりません」


 動じない私を見てライリー様は悔くやしそうに顔を歪ゆがめた後で、そっと息を吐はいて改めて私に視線を向けた。

「大人しいだけの女だと思っていたのに手ごわいな」

「……それが貴方あなたの本音ですか」

「俺はずっとマーガレット様に会うチャンスを狙ねらっていたんですよ。貴女さえ味方につければシンシア様とキース男爵を離婚させることができるから」

「先ほども言いましたが、私にはそんな権限はございません」


「オルタナ帝てい国こくのオリバー殿下がいらした歓かん迎げいパーティーでマーガレット様と二人で話をして貴女を説得する予定でしたが、貴女はよりにもよってキース男爵と親しそうに話していましたね」


「……そんなところまで見ていたのですか?」

「キース男爵と親しいあんな様子では普ふ通つうに頼たのんでもきっと協力してもらえないと思ったから、貴女の唯一の友人であるソフィアに目をつけたんですよ」


「まさかソフィア様に酷ひどいことをすると脅せば私が言うことを聞くと思ってソフィア様に求きゆう婚こんを? ライリー様は、そんなことのためだけにソフィア様を傷つけようとしているのですか?」


 今までの人生で一番の怒いかりが体の中から沸わき上がってくるのを感じた。私の大切な親友をそんなくだらない理由で貶おとしめようとしているだなんて許せないわ。

「もし私が貴方あなたの言うことを聞いてキース男爵とシンシアを離婚させたとして、ソフィア様との婚約はどうするおつもりなのですか?」

「その時は円満に婚約を白紙に戻もどしますよ。白紙であればソフィアにだって新たな婚約者が見つかるかもしれないでしょう」


「……公こう爵しやく令れい嬢じようであるカナン様にはそんな無礼はできないからソフィア様を選んだんですか?」


 怒りに震ふるえながら私はライリー様に畳たたみかけた。カナン様のお名前を出した時、ライリー様の顔が一いつ瞬しゆん引きつったように見えた。

「カナン様? カナン様は、いつもただマーガレット様に苦言を呈ていしているだけで、貴女の友人なんかではないでしょう?」

 だけど私の言葉に対しては、心底不思議だというような顔をしていた。


「シンシアのことと言い、ライリー様は物事の表面しか見ていらっしゃらないのですね」


「なんだと!? シンシア様のことを理解できるのは俺だけだ!」

 ライリー様は激高して椅い子すから立ち上がった。その様子に、執しつ事じが慌あわててこちらに駆かけ寄ってくるのが目の端はしに映った。


(もう我が慢まんできなーい)

(こいつ最悪ー)

(我々がマーガレットに指一本触ふれさせるはずないと思い知らせてやろうか)


 妖よう精せいさん達の言葉と同時に、ライリー様の頭の上から水が降ってきた。

「なんだ!? これは一体……」

 水みず浸びたしになったライリー様は、あまりに突とつ然ぜん起こったそのありえない出来事に呆ぼう然ぜんとしていた。


「マーガレット様。ご無事ですか?」

 同じタイミングで、執事が心配そうに私の許もとまで駆けつけてきた。

「ありがとう。私は大だい丈じよう夫ぶよ」

「良かったです」

 平然としている私を見て、執事は安心したように微笑ほほえんだ。

「おいっ! 俺の心配をするのが先だろう? これだから男だん爵しやく家の使用人は!」

 私と執事とのやり取りを見ていたライリー様は正気を取り戻してまた悪態をついた。


(お水だけじゃ足りなかったねー)

(やっぱり髪かみの毛ちりちりー?)

(いっそ殺してーというようなお仕置きを急いで考えなければ)


 くっきー、しょこら、みんと。助けてくれてありがとう。皆みんなのおかげで無事だったわ。でももう大丈夫よ。


(えーつまんなーい)

(もっとやっちゃいたいー)

(グリーンソースでドロドロの刑けいを執しつ行こうしてやろうか)


「マーガレット様。ライリー様に襲おそわれそうになったと聞きましたが大丈夫ですか?」

 その時、顔を真っ青にしたソフィア様が、使用人達と一緒に駆けつけてきた。


「ふざけるな! 俺がルイスの嫁よめを襲うわけがないだろう! それよりもタオルか何か拭ふくものをもってこい! まったく気が利きかない奴やつらばっかりだな」


 ソフィア様に向かって怒ど鳴なりつけるライリー様を見て、私はまた沸き上がってくる怒りを抑おさえられなかった。そんな私の怒りに気付いた妖精さん達は嬉き々きとしてまたライリー様に水を降らせた。その水はライリー様だけに見事にかかるので、周りの皆みな様さまは一いつ切さい濡ぬれたりはしていなくて私はほっとした。

「おいっ! どうなっているんだ!」

 ライリー様はまた怒鳴った。そしてそんなライリー様には、また勢いよく水が降りかかった。

「ソフィアッ!」

 訳が分からずイライラとしたライリー様がソフィア様に向かって怒鳴るそのたびに、ライリー様の頭上から水が降りかかった。さすがのライリー様もそのことに気付いたのか、顔を真っ青にした。そして『今日はもう帰る』と言い捨てて出口に向かって歩き出した。

「お見送りします」

 そんなライリー様を執事が追いかけた。


(大成功ー)

(まだ足りないけどねー)

(ミントを罵ののしった男の末路を教えてやろうか)


 くっきー、しょこら、みんと。ライリー様を追い返してくれてありがとう。……でもやっちゃうのは因果応報くらいまでにしておいてね。


 ライリー様のソフィア様に対するあまりの態度の酷さに怒りが収まらない私は、妖精さん達を止めることをしなかった。……自分にされたことは許せるけれど、大切なソフィア様を傷つけていることは決して許せないわ。


「マーガレット様。ありがとうございました」


 御お礼れいを言うソフィア様の目は、しっかりと私を見つめていた。

「えっと……空から水が降ってきたのは偶ぐう然ぜんで、決して私がやったわけでは……」

 かなり苦しいと思いながらも弁明する私に、ソフィア様は静かに首を横に振ふった。

「いえ。お水のことではなく、ライリー様にたくさん言い返してくださったことです」

「……いつもと違ちがう私の厳しい態度に引いていないかしら?」

 ライリー様に向かって、わざと意地悪く見えるように笑いながらキツイ言葉を放った自分を見てホワイト男爵家の皆様に嫌きらわれてしまったらどうしようかしらと不安になった。だけど、そんな私の目に飛び込んできたのは、ソフィア様のキラキラとした瞳ひとみだった。


「引くだなんてまさか! 私のために……ですよね? それにいつもと違う凜り々りしいマーガレット様もいつもと同じようにとっても素す敵てきでした! 学生時代に、ずっと憧あこがれていたマーガレット様と初めてお話をさせていただいた日のことが蘇よみがえってくるようです」


 ソフィア様の言葉に、私は初めてカナン様に言い返した日のことを思い出した。

 そうだわ。ルイスのおかげであの日初めて『自分に言えることは伝えてみよう』と踏ふみ出したから、私はソフィア様とお友達になることが出来たのだわ。


『いつも何を言われても全く動じず、クールなところもとても憧れていたのですが、今日の、たった一言で撃げき退たいされたところもとても素敵でした!』


 初めての人間のお友達が出来た時、ソフィア様からいただいたあの言葉。あの言葉は、時が経たっても色いろ褪あせない、私にとって大切な宝物の一つになったの。