第2章 切ない過去と揺るぎない未来


「マーガレット。僕とデートをしませんか?」


 ルイスのお父様とお母様もいるディナーの席で、何の前まえ触ぶれもなくルイスがほんの少し顔を赤くしながら言った。あまりに唐とう突とつすぎるデートのお誘さそいに驚いた私は、思わずオニオングラタンスープを掬すくっていたスプーンを落としてしまいそうになった。

「ルイス? 突然どうしたの?」

「次の僕の休きゆう暇かに、マーガレットと久しぶりに王立図書館に行きたいのです」

「……お馴な染じみの王立図書館ね。それはデート……なのかしら?」

「僕達は夫ふう婦ふとはいえ男女なので、一いつ緒しよに外出することをデートと言うのではないですか?」

「……言葉の定義はそうだったわよね」

「では僕とデートをしてくれますか?」

「ありがとう。私ももちろんルイスとデートが出来たら嬉うれしいわ」

 あまりにルイスが真面目まじめに誘ってくれるので、私も真面目に答えた。


「ルイスってばデートに誘うのが苦手なところも貴方あなたにそっくりね」


 ワインを飲みながら私達を見守っていたルイスのお母様がからかうようにルイス父子に笑いかけた。息子むすこが妻をデートに誘っている姿を見ないように気を遣つかってひたすらワインを飲んでいたルイスのお父様は、突とつ然ぜん矛ほこ先さきを向けられて硬こう直ちよくしていた。……ルイスがデートに誘うのが苦手なところはお父様似だったのね。



「王立図書館は久しぶりで、ついゆっくりしてしまったわね」

 ルイスとのデートの当日、ついつい王立図書館で思い思いの時間を過ごしすぎてしまった私達は、夕暮れの中でのんびり庭園を散歩していた。


 学生時代のルイスとの思い出はそのほとんどが図書館だった。出会った最初の頃ころは、とても失礼な物言いをする人だと思っていた。たくさん話をしていく中で、真面目で自分の考えをしっかりと持っていて、そしてそれをちゃんと私に話してくれる人だと思った。婚こん約やくをして長い時間を一緒に過ごす中で、その真面目さは変わらなかったけれど精一杯に私を愛してくれる人だと思った。結けつ婚こんをして一緒に生活をしていく中で、色々なことはあるけれどそれでも日々愛しいという気持ちが増していた。

 どんなに時が経たっても、出会ってからずっと本を読む時のルイスの真しん剣けんな顔はいつだって変わらなかった。だけど、私がそっと本から目を離はなしてルイスを見つめる時間は、ルイスと過ごす時間が増えるのに比例して長くなっていた。そして、ルイスがそっと本から視線をあげて私に微笑ほほえむ時間も長くなっていた。その些さ細さいな変化がずっと続いていくことこそが、その些細な変化さえも気付いて愛しいと思うことこそが、愛情なのだと思う。


 そろそろディナーの時間だからもう帰らなくちゃいけない時間だけど。……もう少し二人でこうしてゆっくりと時間を過ごしたいわ。妖精さん達は、今日は王宮でレオナルド殿でん下かと遊ぶのだと張り切って朝から出で掛かけて行った。正しよう真しん正しよう銘めいルイスと二人きりのデートだったから、とても新しん鮮せんな気持ちなの。


「帰るのは少し遅おそくなってしまうかもしれないけれど、久しぶりに、初デートの時にルイスが連れて行ってくれたお店でお茶でもしない?」


 思わず照れてしまいながら自分からルイスをお茶に誘ったけれど、ルイスは困ったような顔をした。

「すみません。お茶は今度にさせていただけないでしょうか?」

「あっ。そうよね。もう帰らないといけないものね。我わが儘ままを言ってしまってごめんなさい」

 ルイスからお茶を断られて、私は顔には出さなかったけれど、もうすぐルイスとのデートが終わってしまうのだと悲しい気持ちになった。


「いえ。帰る時間はまだ大だい丈じよう夫ぶなのですが、僕にはモンブランを食べた後でディナーを食べきれる自信がないのです」


 ルイスが申し訳なさそうに言った。

「ディナーなら、またシェフにお願いして量を調整してもらえばいいんじゃない?」

 今までにもルイスが仕事の関係で軽食をとってしまった時や、私の体調が優すぐれない時などはシェフにお願いして量を調整してもらったことがあった。それで余った分は使用人達の賄まかないに回してもらっているのよね。

「今日はレストランのコースなので量の調整は出来ないかもしれません」

「……レストラン……?」

「はい。今日はディナーの準備は不要ですとシェフには伝えてあります」

「そうなの?」

「マーガレットを驚おどろかせようと思って密ひそかにレストランの予約をしているのです」

「……今聞いてしまったけれど……」

 私の言葉にルイスは分かりやすく動どう揺ようしていた。……これは、ついうっかりレストランの予約のことを話してしまったことを後こう悔かいしている顔ね……。

「マーガレット。どうか聞かなかったことにしてもらえないでしょうか?」

 思いっきり聞いてしまったのにいくらなんでも聞かなかったことにするだなんてさすがに無理があるわ……と思いながらも、あまりに真剣なルイスの勢いに私は思わず頷うなずいてしまった。

「良かったです」

 心から安心したようにルイスが息を吐はいた。それから気を取り直してまっすぐに私を見た。

「ではこれから一緒に行きたい場所があるのですが、ついてきてくれますか?」

「えぇ。もちろん」


 ルイスが私を連れてきてくれたのは、王立図書館から馬車で二十分程ほどの場所にある隠かくれ家のようなひっそりとした外観のレストランだった。

「……ここにも下見にきたの?」

 初デートの前にはルイスが事前にすべての場所を下見してくれていたことを思い出して私は聞いた。


「いいえ。僕とマーガレットにとって初めての場所を、一緒に初めて楽しみたいと思ったので今回は下見はしていません」


 まっすぐに私を見て言うルイスの瞳ひとみに照れて、私は自分の頬ほおが熱くなるのを感じた。


「料理はコースで予約しています。……飲み物は、白ワインをボトルで頼たのんでも良いですか?」


 ルイスの提案に私は驚いた。確かに先日オルタナ帝てい国こくではシャンパンをボトルで飲んだけれど……。あの時はしょこらもいたし……私達二人で白ワインを飲み切れるかしら? と少し不安に思いながらも私は頷いた。

「ありがとう。ルイスに任せるわ。だけど、ルイスの酔よい覚ざまし用のミネラルウォーターも頼みましょう」

 私の言葉にルイスは、ほんの少しはにかんだ。

「飲みすぎには注意します」

 ルイスが『予約の通りでお願いします』とウエイターさんに声を掛かけたので、白ワインも予約をしていたのかしら? と疑問に思っている間にも、白ワインのボトルが運ばれてきた。

 二人で乾かん杯ぱいをして飲んだ白ワインはほどよく冷えていて、一口含ふくんだ瞬しゆん間かんに果実味が口の中に広がり、今まで飲んだ中で一番美味おいしかった。


「とっても美味しいわ!」


 ワインはもちろん、次々と運ばれてくるお料理も、前菜からデザートまでが不思議なことにすべてその白ワインととてもよく合った。すべてがとても美味しくて、私は一口飲んだり、食べたりするたびに感動した。

「マーガレットに喜んでいただけて嬉しいです」

「こんなに素す敵てきなお店、どうやって知ったの?」

「両親に聞きました」

「ルイスのお父様とお母様に?」

「はい。結婚記念日に毎年行くレストランはどこが良いかと」

「……結婚記念日?」


「僕達が結婚式を挙げてちょうど今日で丸一年なので、マーガレットと一いつ緒しよに記念日のお祝いをしたいと思っていたのです」


 ルイスの言葉に私は顔から血の気が引いていくのを感じた。

「……私……。こんなに大切な日だって気づいてなくて……。本当にごめんなさい」

 私は、オルタナ帝国のことやソフィア様のこと、それにスピーチのことがあってルイスとの大切な記念日を忘れてしまっていた。ルイスはしっかりと覚えていてくれて、素敵なレストランを調べて予約までしてくれていたのに……。


「いいんです。記念日はこれからも僕が覚えています。僕がしたことでマーガレットが喜んでくれることが嬉うれしいのです」


 ルイスはなんでもないことのように言った。

「ルイス。ありがとう。……それに、もしかして最近お休みのはずの日にも出勤していたのは……」

「どうしても今日という日にお休みをとりたくて」

 私との記念日をこんなに大切にしてくれていたなんて……。

「……ありがとう。これからは私も絶対に忘れたりなんかしないわ」

「僕は、マーガレットと一緒に過ごせるだけで幸せなんです」

 ルイスは白ワインで赤くなった顔を更さらに赤くして優やさしく微笑ほほえんだ。

「マーガレット。両親が僕達にこのレストランを薦すすめてくれたのは雰ふん囲い気きや味ももちろんなのですが、一番の決め手は、予約が一年先まで出来るところなんです」

「……一年先まで?」

「はい。両親は、毎年記念日にこのレストランでディナーをした後で、次の年の予約もして帰るのだと教えてくれました」

「次の年の予約をもうするの?」

「はい。絶対に来年も一緒に過ごせるという信しん頼らいがあるから出来るのだと思います」

「とても素敵ね。ルイスのお父様とお母様はとても仲良しだものね」


「マーガレット。僕達も今日、来年のディナーの予約をしていきませんか?」


 ルイスはそう言って、どこか緊きん張ちようしたような真しん剣けんな顔をした。

「ありがとう。とても素敵な結けつ婚こん記念日だわ。ぜひ来年もこうやってこの場所で、何よりもルイスと一緒に過ごしたいわ」

 私の返事にルイスはとても嬉しそうに微笑んだ。

「では、結婚した年のワインも予約しますね」

「……ワイン?」

「はい。このレストランでは事前に予約しておくと、そのワインに合わせたコース料理を提供してくれるのです」

「……だからどのお料理ともワインの相あい性しようが良かったのね」


「今年予約していたのは去年製造されたワインです。これから一年ごとに時を重ねたワインがどんな風に変わっていくのか楽しみですね」


 私との未来を想像して顔を綻ほころばせるルイスが愛いとしかった。

 来年も、その先もずっとルイスと大切な記念日をこうやって楽しく過ごせたら、それだけで私はとても幸せだと思う。ルイスは必ず約束を守ってくれる。

 その信頼で、これからの未来が揺ゆるぎなく幸せなものに思えて、これから続く未来を信じられる喜びを私はそっと噛かみしめた。

 くっきー、しょこら、みんとに過去に連れてきてもらった私は、二年前の新入生歓かん迎げいパーティーの会場にいた。


(マーガレットが私たちとお揃そろいなのー)

(一緒にパタパタダンスするー?)

(羽の生えたマーガレットも可愛かわいいのだと、こっ告白をしてやろうか)


 驚おどろいたことに過去に戻もどった私は、なんと妖よう精せいさん達と同じサイズになっていて、背中に羽まで生えて自由に飛び回れるようになっていた。


 すごいわ! 皆みんなと一緒に飛ぶことができる日がくるなんて……。


 妖精さん達と同じ大きさで、羽の生えた妖精さん達とお揃いの姿になって飛んでいる事実に思わず感激している私を見て、妖精さん達もとても楽しそうだった。


(過去の私たちがいるよー)

(この日もいっぱいいたずらして楽しかったねー)

(現在に戻ってから実行するいたずらを考えながら今日もたくさん冒ぼう険けんしてやろうか)


 妖精さん達の視線の先では、過去の妖精さん達がダンスホールをパタパタと楽しそうに飛んでいた。彼らが言っていた通り過去の妖精さん達にもここにいる私達の姿は見えていないのね。妖精さん達が二人ずつ存在して近くでパタパタ飛んでいるだなんてとても不思議な気分だわ。

 私は、妖精さん達と同じように羽をパタパタと動かして会場高くまで飛んでみた。なんて気持ちが良いいのかしら! 会場全体が見み渡わたせてとても楽しいわ。きっと妖精さん達はいつもこんな気持ちなのね。自由に飛び回る彼らの気持ちを想像して、ほっこりしながらも私は懐なつかしいパーティー会場を見渡した。

 騎き士し団長のご子息であるライリー様は、もともと背が高くて体格もとても良かったため、私はすぐに彼を見つけることが出来た。ライリー様は周りの和なごやかな雰囲気とは対照的に、一人で睨にらみつけるようにパーティー会場の入口を見つめていた。


 そういえば、宰さい相しよう子息で婚こん約やく者がいないルイスについては『婚約者に立候補したい』と女性達の話題によく上っていたことは、クラスの皆みな様さまとあまり交流のなかった私でさえも知っていたわ。だけど、同じように騎士団長のご子息で婚約者のいないライリー様の話題は聞いたことがなかった。……なぜかしら?


 私がそんなことを考えている間にもライリー様が見つめる先に、満面の笑えみでキース殿でん下かにエスコートされたシンシアが登場した。ライリー様は、シンシアを見てもその険しい表情を崩くずすことはなかった。私はその様子にほんの少し安あん堵どした。

 良かった。シンシアとライリー様はこれが初対面のはずだけれど、どうやらライリー様がシンシアに一目ぼれしたということはなさそうだわ。



「シンシア。ファーストダンスは婚約者の義務としてマーガレットと踊おどらなくてはいけないけれど……。待っていてくれるかい?」

 エスコートを終えた後で、キース殿下は申し訳なさそうにシンシアに告げた。

「キース様。もちろんです。私はキース様をいつまででも待っています」

 シンシアはその瞳ひとみをうるうると潤うるませてキース殿下を見上げた。キース殿下はそんなシンシアの答えに嬉しそうに微笑んで、名残なごり惜おしそうにシンシアの側そばから離はなれて行った。

 キース殿下が私とのダンスを義務のように思っていたことはさすがに気付いていたけれど、実際にシンシアにそんな風に断言されているところはいくらなんでも初めて見たわ。『キース殿下を支えてソルト王国を発展させていきたい』と努力していた当時の自分を思って、さすがに少し悲しくなった。

 シンシアを背にして、ほんの少し憂ゆう鬱うつそうにキース殿下が向かうその先には、とても不思議な気分だけど、キース殿下から贈おくられた青いドレスを着た過去の私がいた。

 そうだわ。確かこの時、シンシアから悔くやしそうに睨みつけられたのよね? そんな私の記き憶おく通り、シンシアはとても悔しそうに私を睨みつけていた。もしかしてライリー様からもシンシアの顔が見えているのでは? とライリー様の方を見たけれど、ライリー様の位置からはちょうど死角になっていてシンシアのそんな表情は見えていないようだった。

 ライリー様は、キース殿下がシンシアから離れたのをきっかけにゆっくりとシンシアに近づいた。


「えっと……?」

 突とつ然ぜん目の前に現れたライリー様に、さすがのシンシアも少し戸と惑まどっていた。

「初めまして。俺は、伯はく爵しやく家のライリー・スミスと申します」

「ライリー様? 私は、公こう爵しやく令れい嬢じようのシンシア・シルバーです」

「キース殿下からとても素す敵てきなご令嬢だとお伺うかがいしています」

「えっ!? キース様から!?」

 ライリー様の言葉にシンシアはとても嬉うれしそうに声をあげた。


「俺は、キース殿下の側近なので、キース殿下の周りにいる女性がちゃんとした女性であるか確かめる使命があるんですよ」


 ほんの少し意地悪く、試ためすように言いながらライリー様はシンシアの頭のてっぺんから足の爪つま先さきまで舐なめるように視線を這はわせた。そのなんともいえない視線に私はゾッとしたけれど、キース殿下が自分のことを素敵だと言っていたと聞いて喜んでいるシンシアは、ライリー様のそのゾッとする視線にはまったく気付いていないようだった。


「ライリー様はキース様の側近なんですね? すっごーい! 私もキース様とお友達なので、これからは私ともぜひ仲良くしてください!」


 シンシアはとても無む邪じや気きな笑顔をライリー様に向けて、なんとライリー様の手を握にぎった。その公爵令嬢どころか貴族らしからぬ口調や行動に私はため息を吐つきたくなったけれど、ライリー様は毒気を抜ぬかれたようだった。さっきまで厭いやらしく細めていた目を、驚きで丸くしていた。

「おっ、俺と仲良く?」

「はいっ! キース様のお友達なら私のお友達です! キース様は、お姉様から意地悪されている私を心配してくれるとっても優やさしい王子様なんです!」

 シンシアは先ほどキース殿下に向けていたのと同じ、うるうると潤んだ瞳でライリー様を上うわ目め遣づかいで見つめた。シンシアに見つめられたライリー様は、無言でこくこくと頷うなずいていた。

 ……シンシアの行動にこんなに振ふり回されて夢中になっているライリー様がソフィア様を見み初そめることなんてあるのかしら?

 恋れん愛あいに疎うといルイスの予想が当たっている気がして、その嫌いやな予感に私はそっとため息を吐いた。



(マーガレットがクソ王子と踊ってるよー)

(現在に戻ったらクソ王子やっちゃう?)

(二年越ごしで王宮爆ばく破はを実行してやろうか?)


 だめよ! 今の王宮を爆破したらレオナルド殿下が悲しむわ!


(みんとだめー! レオが困るなら爆破しちゃだめー!)

(レオが好きだから爆破はあきらめるー)

(我もレオは好きだが、念願叶かなわず無念なり)


 妖よう精せいさん達が王宮爆破を思い留とどまってくれたことに安堵した私の目には、キース殿下と踊る過去の自分が映った。

 ……私ってキース殿下と一いつ緒しよにいる時に、こんなにも無表情だったのね。

 だけど、どんなに私が無表情だとしてもキース殿下は私を見てすらいないからその表情になんて気付いていないわ。……この時の私はダンスを上手に踊ることに精せい一いつ杯ぱいで気付いていなかったけれど、キース殿下は私とダンスを踊っている時でさえもライリー様と楽しそうに話しているシンシアを目線で追っていた。


 公爵家では私だけ家族として認めてもらえなくて、婚約者には信じていただけなかった。苦しくて辛つらかった時期の自分自身を客観的に見て、なんだか切なくなってしまった私は、思わず過去の自分から目を逸そらした。

 その時、女性達に囲まれている過去のルイスと目が合った。いえ、ルイスから今の私は見えていないから正確には目は合っていないのだけれど、過去のルイスは女性達と会話をしながらも、キース殿下と踊る私を時々、心配そうに見ていた。


 こんなに前からルイスは私のことをずっと心配してくれていたのだわ。

 そのことに気付いて、冷えてしまっていた私の心がじんわりと温かくなるのを感じた。


(めがねはいつもマーガレットを見てたよー)

(だから僕たちはめがねと遊んだのー)

(ドヤ顔と眼鏡ふきふきが面おも白しろかっただけではないのだと教えてやろうか)


 えっ? そうなの?


(めがねのこと最初はマーガレットに意地悪言ったから嫌きらいだったのー)

(でもめがねはいつもマーガレットを見ていてマーガレットの幸せを願っていたのー)

(そんなめがねだからこそ我々も遊んでいて楽しかったのだと教えてやろうか)


 だけど、くっきーもしょこらもみんとも、当時はそんなこと一言も……。


(決めるのはマーガレットだからー)

(マーガレットが自分で選んだ人が一番なのー)

(自分を見つめてくれる人間が必ずしも自分が好きになる人間ではないのだと教えてやろうか)


 くっきー、しょこら、みんと。まさか貴方あなた達がそんな風に私の恋愛を見守ってくれていたなんて……。本当にありがとう。そうね。私は皆みんなに教えてもらったからでも、ルイスが私を見つめてくれていたからでもなく、ルイスと話をして、ルイスのことを知って、私自身が自分からルイスを好きになったんだわ。

 ……それにしても、さらっと恋愛の達人のような言葉が出てくるだなんて、貴方達ってもしかして恋愛に詳くわしいのかしら?


(私はレオが好きだもんー)

(えっへん。今までの愛いとし子の恋愛も見守ってきたのー)

(恋愛とは考えるものではなく感じるものだと気づかせてやろうか)


 恋愛について得意げに語って、ドヤ顔で飛び回る妖精さん達がとても可愛かわいかった。そして、彼らは私が思っているよりもずっと大人なのだと私はとても感心してしまった。

 それにしても過去の愛し子達の恋愛ってすごく気になるわ! いつかこっそり教えてくれないかしら。



「ソフィア様! この方が貴女あなたと踊おどりたいようですわ!」

 私の耳に過去のカナン様の大きい声が響ひびいた。

 そうだったわ。キース殿でん下かと踊り終わった後で私はソフィア様とジンジャーエールを飲んでいて、そこにカナン様が嵐あらしのように飛び込んでいらっしゃったんだわ。

「あっあの、お願いします」

 カナン様の後ろには、顔を真っ赤にしたまま手を差し出す男性がいた。当時はよく見ていなかったけれど、この方は一学年下のアルバート様よね? 確かロバーツ子し爵しやく家のご長男だったはずだわ。

 ソフィア様がほんのり赤い顔で差し出されたその手をとった時に、アルバート様は真っ赤な顔のままとても嬉しそうににっこりと笑った。


「……ソフィア様に一緒に踊っていただけるなんて、夢のようです」

 赤い顔をしたままソフィア様とダンスを踊りながらアルバート様は緊きん張ちようしたように言った。

「……」

 だけど、ソフィア様はなんだか上の空のように見えた。……ソフィア様一体どうしたのかしら?

「……ソフィア様?」

 心配したように問うアルバート様の声に、ソフィア様は我に返ったようだった。

「すみません! 私ったら……」

「何か心配事ですか?」


「いえ。……先ほどマーガレット様が着けていたブローチに見覚えがある気がするのですが、どこで見たのかどうしても思い出せなくて……」


 そう言った後で、ソフィア様はまっすぐにアルバート様を見た。

「アルバート様。ダンスをしている最中に考え事なんてしてしまって申し訳ありません。せっかくのダンスなので、もう考え事はしません」

 そう言ったソフィア様の笑え顔がおを見て、アルバート様の顔はまた真っ赤になった。

「あっありがとうございます。僕はこんな体形なのでダンスが得意ではなくて、ソフィア様にご不快な思いをさせていたらどうしようかと……」

「こんな体形? ですか?」

「ふっ、太っているので見苦しいのではないかと……」


「そうでしょうか? 確かに少しぽっちゃりされていますが、シルエットが愛らしいですし、手が温かくて心地ここち好いいですよ?」


 ソフィア様はごく自然に言った後で、慌あわてて言葉を重ねた。

「すっ、すみません。男性に愛らしいだなんて失礼でしたね。それにぽっちゃりしているだなんて……」

「いえ……。そんな風に言われたことなんてなかったので……とても……嬉うれしいです……」

 お互たがいに顔を赤くして一緒にダンスを踊るお二人はとても楽しそうだった。


「……僕は、ソフィア様の笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになります。……ソフィア様には、いつでも笑顔でいていただきたいと思っています」

 ダンスが終わった後で、アルバート様はソフィア様に微笑ほほえんだ。

「ありがとうございます。私も、アルバート様の笑顔を見ていてとても楽しかったです」

 ソフィア様も嬉しそうに答えた。笑顔で別れたソフィア様を見送りながら呟つぶやいたアルバート様の声は、ソフィア様の耳には届いていないようだった。

「……そのために僕にできることは……」


 ……ソフィア様からアルバート様のお話を聞いたことは一度もないけれど、もしかしてこのダンスパーティーでソフィア様を見み初そめていたのは、ライリー様ではなくてアルバート様だったのではないかしら……。

 だけど、私の着けていたお母さまの形見のブローチが執しつ事じのタイピンとお揃そろいだからソフィア様には見覚えがあって、そのことが気になってしまいソフィア様は最初ダンスに集中できていなかった? ……もしかしてそのせいでアルバート様はソフィア様に告白できなかったんじゃ……。意図せずソフィア様の恋こいの邪じや魔まをしてしまったかもしれない事実に戸と惑まどっている私の耳に、学園の皆みな様さまの騒さわがしい声が聞こえてきた。


(わ~いシンシアがジンジャーエールを噴ふき出したよー)

(過去の僕たちのいたずら成功ー)

(祝いのシャンパンタワーにはちみつをたらして一いつ緒しよに酔よっ払ぱらってやろうか)


 妖よう精せいさん達の言葉を聞いた私は、慌てて騒がしい方向へ飛んで行った。


「キース様ぁ。ごめんなさい」

 そこにはグラスを持ったまま震ふるえるシンシアと、タキシードを濡ぬらしたキース殿下、そしてそんな二人を遠巻きに見守る生徒の皆様がいた。

「シンシアは何も心配しなくて大だい丈じよう夫ぶだよ。少し休もうか?」

 キース殿下は優やさしくシンシアに声をかけた後で周囲を見回した。そしてギャラリーの中に側近候補であるライリー様を見つけて指示を出した。

「ライリー。タキシードの替かえを用意してくれないか?」



 ライリー様がキース殿下のタキシードの替えを用意している間、キース殿下とシンシアは学園が用意した控ひかえ室しつで休きゆう憩けいをしていた。

「シンシア。ライリーが戻もどってきたら僕は着替えで席を外すけれど、大丈夫かい?」

「私は大丈夫です。私なんかよりキース様こそ風邪かぜを引かないか心配です」

「こんな時まで僕の心配をしてくれるだなんて、本当に君は……」

 キース殿下は、眩まぶしそうにシンシアを見つめた。

「シンシア。もう二年以上も前になるけれど王宮でのお茶会で僕が倒たおれたことがあっただろう?」

「はい! あの時はキース様が本当に死んでしまったらどうしようと、とっても怖こわかったです」

「……あの時、僕のために涙なみだを流すシンシアを見て僕は……。あの時から僕にとって君は……」

 キース殿でん下かは、シンシアから視線を逸そらさなかった。ずっとまっすぐにシンシアを見つめていた。


「シンシア。君こそが聖女だ」


 キース殿下の突とつ然ぜんのその言葉に、シンシアは目を見開いた。

「……私が、聖女……?」

「ああ。すべてはシンシアの聖女の儀ぎ式しきの時に明らかになるよ」

 そう言ってキース殿下は、とても愛いとしそうにシンシアを見つめた。

「だけど今はまだ僕の願望に過ぎないから、このことは誰だれにも内ない緒しよだよ」

「はい。誰にも言いません」

 ……シンシアこそが聖女?

 このダンスパーティーの時点では、私かシンシアのどちらかが聖女である可能性が高いとしか王宮では思われていなかったはずだわ。だけど、キース殿下はこの時からすでにシンシアが聖女であると確信していたのね。しかもそれをご自分の心の中で留とどめておくだけでなく、本人であるシンシアに直接伝えるだなんて……。キース殿下は、第一王子であるご自身の言葉の重みを分かっていらっしゃったのかしら……。いいえ。私の『聖女の儀式』の後には、側近候補の皆様やカナン様がいらっしゃる前で『婚こん約やく破は棄き』を口にされるくらいだもの。きっと深くは考えていらっしゃらなかったのでしょうね……。


 私のそんな複雑な気持ちとは裏腹に、シンシアは、私が今まで一度も見たことがないようなうっとりとした眼まな差ざしでキース殿下を見つめていた。そしてそんなシンシアをキース殿下もキラキラとした眼差しで見つめ返していた。

 ……これは……なんだかこのままキスでもしちゃいそうな雰ふん囲い気きでは……。と私が危き惧ぐしている間にもスローモーションのようにゆっくりと二人の距きよ離りが近づいていった。待って! 待って! いくらなんでも元婚約者と義ぎ妹まいのキスシーンなんて見たくないわ! それにキース殿下はこの時はまだ私と婚約をしていたのだからこんなの完全に不ふ貞ていじゃない! 私が慌てている時に、ノックもせずにライリー様が扉とびらを開けて控室に飛び込んできた。


「キース殿下! お待たせして申し訳ありません! 新しいタキシードのご用意が出来ました!」


 勢いよく飛び込んできたものの控室の異様な雰囲気にライリー様は首を傾かしげていた。そんなライリー様と、慌ててシンシアから離はなれたキース殿下には見えていないようだったけれど、邪魔をされたことに対して苛いら立だったシンシアの歪ゆがんだ顔は先ほどまでキース殿下を見つめていた可愛かわいらしい顔とは全く違ちがっていて、私はなんだか背筋が寒くなった。


「ライリー。僕が着替えで不在にしている間、シンシアを頼たのんだよ」


 気を取り直してキース殿下は着替えのために控室を後にした。その際に当たり前のように扉を閉めたキース殿下の行動を見て、私は違い和わ感かんを覚えた。たとえ婚約者同士だとしても未み婚こんの男女が使用人も置かずに密室で二人きりになるだなんて普ふ通つうはありえない。いくら学園内とは言えせめて扉は開けておくべきなのに。だけど、キース殿下は先ほど自分自身も当たり前のようにシンシアと扉を閉めて二人きりになっていたわ……。

 学園の外では、キース殿下の側そばにはいつもハンクス様が控ひかえていた。私とキース殿下が密室で二人きりになることがないようにいつも配はい慮りよがされていた。学園でもハンクス様や側近候補の皆様がいつもキース殿下の側にいたから、きっとキース殿下は女性と密室で二人きりにならないということをご自分で意識しなくても守られていたのだわ。だけど学園の行事であるダンスパーティーではハンクス様はパーティー会場の外で警護をしているし、控室に移動してきたのはシンシアがジンジャーエールをキース殿下の衣装に吹ふきかけるというトラブルのせいだから、シンシアと密室で二人きりになるという状じよう況きようが出来上がってしまっていたのね。……いくら今まで当たり前のように配慮がされていたとはいえキース殿下も常識は知っているはずなのに……。知識はあっても、きっと忘れてしまっていたのだわ……。

 ライリー様は、キース殿下が退室して少しした後で、そっと扉を開けていた。……ライリー様のその常識的な行動に私はほっとした。

「ライリー様? どうしたんですか?」

 シンシアは、男性と密室で二人きりでいることが悪いことだとは思っていないようで、ライリー様が扉を開けた意味にもまったく気付いていなかった。


「シンシア様は、公こう爵しやく家でまともな淑しゆく女じよ教育を受けていないんですね?」


 馬ば鹿かにしたようにライリー様に言われて、シンシアは目に涙を浮うかべた。

「私、また何か失敗しましたか? お姉様にもいつも怒おこられるんです」

「……マーガレット様にですか?」

「シンシアは何にも出来ない屑くずだって。……淑女教育も私はちゃんと受けたいのに、いっつもお姉様に意地悪されて……」

 悲しそうに顔を伏ふせるシンシアを一いち瞥べつした後で、ライリー様は先ほどと同じように意地悪く笑った。


「そんな嘘うそを言ってまで俺の気を引きたいのか? さすが婚約者のいるキース殿下に近寄る男好きだな」


「はぁっ!?」

 ライリー様の意外な言葉と敬語も取り払はらったその態度に、シンシアは思わず普ふ段だん私に向けるような声を出していた。そしてライリー様のその豹ひよう変へんぶりには私もかなり驚おどろいた。ダンスパーティーでシンシアと話していたライリー様の様子を見ていたら、すっかりシンシアの演技に絆ほだされているように見えていたから。

 ……もしかしてライリー様がシンシアに恋こいをしているというのはやはりルイスと私の勘かん違ちがいで、この後にライリー様がソフィア様を見み初そめることもまだありうるのではないかしら?


「マーガレット様なんて、入学してしばらくの間、格下の令れい嬢じよう達に言い返すこともできなかったような大人しいだけの人間だろ」


 ライリー様は馬鹿にしたように言った。……その様子は、完全に私を見下しているようだった。

「ライリー様可哀かわい想そう! ライリー様もお姉様に騙だまされているんです! お姉様は外では猫ねこを被かぶっているんです! 学園では大人しいふりをしているかもしれないけど公爵家では全然違うんです!」

 くじけないシンシアは、先ほどよりもうるうる多めでライリー様を見つめた。

「ライリー様ぁ。信じてください」

「俺は、よく知りもしない女のことを簡単に信じるような甘い人間じゃない」

「そんな……。ひどいです」

「ひどい? シンシア様はもう少し他人を警けい戒かいした方がいいんじゃないか?」

「ライリー様は信しん頼らい出来る人です!」

「言葉でならなんとでも言える」

「……じゃあっ! これからライリー様のことをもっと教えてください! それに私のこともこれから知っていけばいいじゃないですか! そしたらライリー様も、私がお姉様に意地悪されているのが本当だって信じてくれるはずです!」

「……俺のことを知りたい?」

「はいっ! 私は、ライリー様のことをもっと知りたいです!」

「どうして?」

「どうしてって? だってライリー様と仲良くなりたいからですよ?」

 シンシアにじっと見つめられたライリー様は、しばらく観察するようにシンシアを見つめた。そして、肩かたの力を抜ぬくようにそっと息を吐はいた。


「ははっ。俺がこれだけきつく言ってもめげなかった女性は初めてです。シンシア様は面おも白しろい方ですね」


 楽しそうにそう言ったライリー様は、シンシアに向けて初めて笑え顔がおを見せた。

「失礼な発言をしてしまい申し訳ございませんでした。俺は、キース殿下の側近ですが、これからはシンシア様のことも全力で守ります」

 シンシアはそんなライリー様の笑顔を見て、とても嬉うれしそうだった。

「ありがとうございます! ライリー様に守っていただけるなんて怖こわいものなしです!」


 えっと……。急展開すぎて何が起きたのかよく分からなかったのだけど、いつの間にかライリー様はシンシアに恋をしたということ? えっ? なぜ? 今の会話のどこに恋に落ちる要素があったのか私にはまったく分からなかった。……もしかしてルイスのことを言えないくらい私も恋れん愛あいに疎うといのかしら……。


「シンシア。大だい丈じよう夫ぶかい?」

 ライリー様とシンシアが見つめ合っているところに着き替がえを終えたキース殿でん下かが戻もどってきた。

「キース様。さっきも素す敵てきでしたが、新しいタキシードもとっても素敵です!」

 嬉しそうにすぐにライリー様から離れてキース殿下に駆かけ寄っていくシンシアの様子に、シンシアに好意を持ったであろうライリー様の顔が悔くやしそうに曇くもった。

「ありがとう。シンシアにそう言ってもらえるととても嬉しいよ」

 キース殿下は愛いとしそうにシンシアを見つめた後で、ライリー様に視線を向けた。

「ライリーもせっかくのパーティーなのにすまなかったね。会場に戻って踊おどってきたらどうだい?」

「いえ。俺はキース殿下の側近ですから、キース殿下とシンシア様の近くにいます」

「ライリー様がいてくれるなら私も心強いです!」

 キース殿下とライリー様に囲まれてシンシアはとても嬉しそうに微笑ほほえんでいた。

 そんな三人の様子を見ていた私は、思わずため息を吐ついた。



(マーガレットとめがねが踊っているよー)

(僕たちも一いつ緒しよに踊るのー)

(過去の自分達と比べて、この二年でのパタパタダンスの上達度を確かく認にんしてやろう)


 妖よう精せいさん達が声を弾はずませてやってきた。


(マーガレット行こー)

(早く早くー)

(この二年で成長した我らのパタパタダンスを披ひ露ろうしてやろうか)


 はしゃぐ妖精さん達に連れられて、パーティー会場に戻った私の耳にカナン様の声が響ひびいた。


「聖女ですわ!」


 会場中の皆みな様さまの視線の先では、ルイスと私がダンスをしていて、その周りで妖精さん達が楽しそうに踊っていた。

 そして、楽しそうに踊る私達の周りはキラキラと輝かがやいていた。

 ……私達って客観的に見るとこんなに目立っていたのね……。ルイスとのダンスが終わった後に皆様から向けられた輝く視線の意味を、二年経たって私はやっと理解した。そして、先ほどキース殿下と踊っていた時には無表情だった過去の自分が、ルイスとはとても楽しそうに踊っていることにも気付いた。


 ……きっとまだ自分でも気付いていなかったけれど、本当はこの時から……。私にとってルイスは特別な存在だったのだわ……。


(マーガレットも私たちと踊ろー)


 でもこの体で踊るってどうやって?


(自由に羽をパタパタさせればいいんだよー)


 羽をパタパタさせて飛んでいれば良いいの?


(自分がダンスだと思えばそれこそがダンスなのだと教えてやろうか)


 妖精さん達に連れられて、私は過去の自分達の近くまで飛んで行って、夢中で羽をパタパタさせた。これで踊っているといえるのかしら? と疑問に思いつつも、妖精さん達がとても楽しそうに飛び回っていたので、私も自由に飛び回った。

 五人でダンスをしていた過去のルイスも妖精さん達ももちろん私だって気付いていなかったけれど、あの時は姿は見えなくてもきっと今と同じように未来の妖精さん達と私が、近くで踊っていたんだわ。過去の自分達の周りで現在の妖精さん達と一緒に笑いながら羽をパタパタさせて飛び回る。それはまるで九人でダンスをしているみたいで、私は初めてルイスとダンスをした二年前と同じように今回もとても楽しかった。