幕間 ~ケルベロスの主張~
「くどいようですが、私はあくまでケルベロスというひとつの個体であるのです」
ケルベロスがそのように告げると、
ケルベロスが
「いちおう、それは理解したつもりだよぉ。ケイくんとルウくんとベエくんは性格も考え方も違うけど、根っこの気持ちはひとつってことだよねぇ?」
「気持ちはひとつと申しますか……あくまでケルベロスという個体が、三つの口でそれぞれ言葉を発しているにすぎないと表現したほうが正確であるかもしれません」
「んー。でも、みんなはそれぞれ性格も好みも違ってるよねぇ?」
「でしたらそれは、人間族における多重人格というものにあてはめると理解しやすいかもしれません。人間族も多重人格というものを
すると、咲弥にベエと名付けられた左側の首が「うむ……」と引き継いだ。
「それに……多重人格などというものを持ち出さずとも、人間族の内にも異なる
小さな器具でゴリゴリと豆を
「それじゃあ、三人の意見が
「無理に想像する必要はありません。ただ、理解を深めていただければ幸いに存じます」
「うーん。わかったようなわからないような……しかもケルベロスくんは、三人に
「もとよりこの身には三つの意識が宿されているのですから、造作もありません」
「それじゃあひとりに合体してるときは、あっちに行きたいこっちに行きたいって考えがぶつかったりしないの?」
「ええ。心根はひとつであるのですから、そこで意見が分かれることはありません」
「うーん。やっぱりあたしには、ちょっと難しい話みたいだなぁ」
咲弥はのんびりと
とても和やかな笑顔であり、その眼差しは温かい。そして彼女は初めて出会った
「まあ、あたしは三人とも大好きだから、問題ないかぁ。やんちゃなケイくんもクールなルウくんもシャイなベエくんも、それぞれ
「ほら見ろ。こいつにややこしい話をしたって、理解できるわけねーんだよ」
ケイと名付けられた右側の首があくびまじりにそう言うと、咲弥は同じ笑顔のまま手をのばしてケルベロスの背中を撫でてきた。
「うんうん。このモフモフの気持ちよさも、みんな
「だーっ! このケルベロス様に、なれなれしくさわるんじゃねーよ!」
それが、ケルベロスの本心であった。この世に生を受けてからずっと人間族に
ただし、決して咲弥に触れられることを忌避しているわけではない。それどころか、咲弥がケルベロスを
(それに……)と、ケルベロスはルウと名付けられた真ん中の首で竜王とコメコ族の兄妹たちの姿を見回した。
この世で誰よりも恐れられている竜王と、この世で誰からも見下されているコメコ族が、仲良く並んで食卓を囲んでいる。それらの安らいだ表情が、ケルベロスをこの地に
(竜王殿とコメコ族の
ケルベロスがそんな思いを新たにしたとき、咲弥が「よーし」と声をあげた。
「ようやくコーヒーが完成したよぉ。みんなの口に合うかなぁ」
「ふん! ずいぶん鼻のむずむずする香りだな!」
「ですが、未知なる飲み物には興味をかきたてられます」
「それで……これを飲み終えたら、サクヤは山を下りるのだな……?」
最後に発せられた問いかけに、咲弥は「うん」と笑顔でうなずく。
「でもまたすぐに、キャンプの計画を立てるからさぁ。ケルベロスくんたちも、それまで元気でねぇ」
「ふん! ひ弱な人間族に心配されるいわれはねーや!」
右側の首が
そして、ケルベロスの三つの首はそれぞれ異なる表情を浮かべていたが――その尻尾は、咲弥との再会を期待してぶんぶんと振りたてられていたのだった。