「……やはり、異界に移り住むのは困難であると判じたためであるな。サクヤの暮らす世界は
「へーえ! それで二つの世界の山を融合させちまうなんて、やり口が
ケイはそのようにがなりたてたが、食事でずいぶん心が満たされたためか、これまでよりも陽気な
「しかし我は、
「こんな辺境の地が、かつての王の死に場所かよ! ……本当に、もう玉座に未練はねーのか?」
ケイがいくぶん
「我が王として百年を過ごしても、この世から戦乱が絶えることはなかった。であれば、我が玉座に座る意味はない」
ケイは「そっか」と溜息をつき、ルウとベエは無言のままドラゴンを見つめている。しかし、ドラゴン自身はとても穏やかな
「さて。ぼちぼち日も暮れてきたし、明かりを追加しよっかぁ」
咲弥の言葉に「はいっ!」と応じて、アトルはLEDランタンを、チコは『サラマンダーの
まずはガラスのホヤを持ち上げて、調整レバーでバーナーの
「……そちらの器具を目にするのも、実にひさかたぶりのことだ」
ドラゴンが咲弥のほうに首を寄せて、一緒にランタンの光を覗き込んだ。
「それにやっぱり
「うん。あたしのLEDランタンなんて、電気の光だしねぇ。あとはホヤの具合なんかで、趣が違ってくるんじゃないかなぁ」
祖父のランタンで、ドラゴンと同じ光を浴びていると、咲弥の心に得も言われぬ安らぎがあふれかえった。
「LEDなら燃料を補給する必要もないし、ドラゴンくんが貸してくれたお宝なら
「うむ。便利はすなわち
「あはは。お水が使い放題のお宝アイテムなんかは、ありがたい限りだよぉ。でも、それを無粋だって感じる人もいるかもしれないし……けっきょくは、個人の好みなんだろうねぇ」
「うむ。だからこそ、好みの
「そうだねぇ」と、咲弥は意味もなくドラゴンの首に頬ずりをした。
すぐ目の前では、アトルとチコとケルベロスたちがバーベキューを
7
しばらくして、ついにメインディッシュとなるふた品が完成した。
「お待たせしましたぁ。今日の献立は、炊き込みご飯と和風煮込みのお
トータルで一時間以上も火にかけていたため、ダッチオーブンの中身はすっかり煮詰まっている。なおかつ、蓋も分厚い
他なる具材はダイコンとジャガイモとニンジンとタマネギの四種であるが、
咲弥はそれぞれの食器に、炊き込みご飯と和風煮込みを取り分けていく。アトルたちは自前の木皿を持っているし、メスティンやコッヘルの蓋も空いているので、新参たる銀の食器も活用すればまったく不自由はなかった。
「ケルベロスさまも、おさけをおのみになるのです?」
チコがおずおず問いかけると、ケイが真っ先に瞳を輝かせた。
「酒! 酒まであるのかよ! なんの酒だ?
「こ、こちらはよすてびとのえつらくのかじつしゅなのです」
「『世捨て人の
ケイはぶんぶんと
「そっか。ケルベロスくんたちは、食料庫に入らなかったんだっけ。こんなに喜んでもらえるなら、
「は、はい。ケイさまは、とてもかわいらしいのです」
「だ、
そんな
ともあれ、『世捨て人の悦楽』の果実酒も人数分が準備される。咲弥とドラゴンはマグカップ、アトルとチコは
「ではでは、いただきましょう。みなさん、ご堪能あれぇ」
かくして、ようやく食事の本番が始められた。さんざん間食をしてしまったが、食欲が減退したメンバーはひとりとして存在しないようである。まずは炊き込みご飯から口にした亜人族の兄妹が、「おいしーのです!」と声を張り上げた。
「おこめはトシゾウさまからもいただいたことがあるのですけれど、これははじめてのりょーりなのです!」
「ほんとーなのです! おこめそのものがおいしーおいしーなのです!」
「うんうん。悪くない仕上がりだねぇ」
デザートリザードの肉はやはりいくぶん歯ごたえが強いように感じられたが、これだけ小さく切り分ければ気にならない。そして、巨大キノコの豊かな風味が、炊き込みご飯の味をいっそう向上させているように感じられた。ほのかに香る『黄昏の花弁』の甘い香りも、好ましい限りである。
そして、アトルたちよりも勢いよく炊き込みご飯を食しているのは、ベエであった。その耳は垂れたままであったが尻尾はせわしなく振りたてられており、何よりその食べっぷりが彼の心情を物語っていた。
いっぽうケイは先刻の
「うーん。ダイコンもとろとろだねぇ。ちょっと火にかけすぎたぐらいかなぁ」
「それでも大ぶりに切り分けられているため、食感を楽しむことに不都合はない。きわめて、美味である」
スポークを扱うドラゴンは
「これまでの料理は
「いやいや。なぁんも難しいことはしてないからねぇ。でも、みんなが美味しそうに食べてくれるのは嬉しいなぁ」
咲弥がそんな内心をこぼすと、ドラゴンがそっと耳もとに口を寄せてきた。
「あのケルベロスは、
「そんなことないっしょ。ケイくんはちょっとやんちゃだけど、根っこは優しい子だろうからねぇ」
「
そのように言われても、サクヤにはピンとこない。ただ、ドラゴンの優しい眼差しに心を満たされるばかりであった。
「まあ何にせよ、今日のキャンプも大成功だねぇ。これもドラゴンくんが大事なお宝を貸してくれたおかげだよぉ」
咲弥がマグカップを持ち上げると、ドラゴンもスポークをマグカップに持ち
「……
ルウがそのように声をあげたのは、大量に作り上げた料理の七割がたがそれぞれの
「もしよろしければ……私もこちらの山に住まうことをお許し願えないでしょうか?」
「ふむ。放浪の生活にも
「はい。いずれの地に
そのように語りながら、ルウは
「ふむ……そちらの者たちの心情をうかがう必要はないのであるな?」
「はい。たとえ意識が分かたれていようとも、心根はひとつですので」
ドラゴンはひとつうなずいてから、咲弥のほうに視線を向けてくる。咲弥が期待を込めて見つめ返すと、ドラゴンは深い理解をたたえながら目を細めた。
「よかろう。では、
「はい。竜王殿の仕事とは?」
「この山の、
「承知いたしました。竜王殿のご温情に、心よりの感謝を申し上げます」
そんな風に言ってから、ルウはちらりと咲弥のほうに視線を向けてきた。そして、ケイとベエも熱心に食事をあさりつつ、上目づかいに咲弥の様子をうかがっている。それで咲弥がまとめて
「ひゃーっ! なんだか、すごいのです!」
と、アトルがいきなり声を張り上げたため、咲弥は三頭のケルベロスとともにギクリと身をすくめてしまった。その中で文句の声をあげたのは、やはりケイである。
「い、いきなり大声を出すんじゃねーよ! びっくりするじゃねーか!」
「も、もうしわけありませんのです! でも、ぼくもびっくりびっくりなのです!」
何事かと思ってアトルのほうを振り返ると、彼は横合いに目を向けている。そちらは、切り立った
その視線の先を追った咲弥は、思わず言葉を失ってしまう。断崖の向こうの
「わーっ! なんだ、ありゃ?」
同じものを目にしたケイが、
すでにとっぷりと日は暮れているので、何もかもが闇に包まれている。そして、断崖の向こうには
それは
「あれは、星の花であるな」
咲弥のすぐかたわらから、ドラゴンの低い声が
三頭のケルベロスと亜人族の兄妹は、もっと際どい崖のふちまで進み出て、それぞれその信じ
「
「それじゃあ……こんなすごい光景を見られるのも、ドラゴンくんのおかげってことかぁ」
咲弥は名付け難い感情に胸を
ドラゴンは、とても優しい
「星の花は、冬の終わりに
「うん、そっか。……ねえ、じっちゃんもあの花を見たことがあるの?」
「うむ? 星の花は、あちらの峰のあの位置にしか生息していないようであるのだ。あれを目にするにはこの場所にたたずむ必要があるので、トシゾウが目にする機会はなかったろうな」
「そうなんだね。……じゃ、じっちゃんはこの場所まで来たこともないってこと?」
「うむ。トシゾウが足を
「……そうなんだね」と、咲弥は
ドラゴンはいくぶん心配そうに、横から咲弥の顔を覗き込んでくる。
「どうしたのであるか? サクヤは……いくぶん
「ごめんごめん。別に落ち込んだりしてるわけじゃないから、心配はご無用だよぉ」
咲弥が心からの笑顔を届けると、ドラゴンもほっとした様子で目を細めた。
「落ち込むどころか、その反対かなぁ。今までは、じっちゃんと同じ思いを
「ふむ。それが、嬉しいのであるか?」
「嬉しいっていうのとは、ちょっと違うのかなぁ。なんか、気合が入ったっていうか……もっともっと楽しんでやろうって気持ちがわきたってきたんだよねぇ」
気持ちも考えもまとまっていない咲弥は、心に
そんな咲弥の姿を、ドラゴンは優しい眼差しで見守ってくれている。
「じっちゃんはせっかくドラゴンくんと仲良くなれたのに、二年足らずでお別れすることになっちゃったわけでしょ? もっと長生きしてれば、こんな楽しさも味わえたはずなのにさ」
「うむ。トシゾウはあまり
「うん。だから、この山をプレゼントされたあたしは、じっちゃんの分まで楽しんであげないとなぁとか思っちゃったりなんかしてさ。なんか、うまく説明できないけど……この山の楽しさを、ひとつ残らず味わってみたいんだよねぇ」
そう言って、咲弥はもういっぺんドラゴンに笑いかけた。
「でも、あたしひとりじゃこの山を
「それを断る理由があろうか?」
それが、ドラゴンの返答であった。
咲弥は満ち足りた思いで、また正面に向きなおる。
星の花は、今もなお
ドラゴンの言う通り、祖父はそれほど好奇心の旺盛な人間ではなかった。咲弥が初めて出会った十二年前のあの日から、祖父は充足しきっていたのだ。
その血筋は、咲弥にも確かに受け
だが――咲弥は祖父と出会ったことで、今まで以上の楽しさを知ることができた。ひとり気ままのソロキャンプは十分に楽しかったが、祖父とのデュオキャンプはそれ以上の楽しさであったのだ。
そして咲弥はドラゴンと出会い、アトルやチコと出会い、ケルベロスと出会い――いっそうの楽しさを知ることができた。祖父が知らないこの岩場で、祖父が知らない宝物をキャンプギアにして、祖父の知らない美しい光景を見て――こんなに幸福な心地を抱くことができた。
きっと祖父もこの場にいたならば、咲弥と同じ思いであったことだろう。『ほりこし』の美味しさだけは共有できなかったが、きっとケルベロスとは仲良くできただろうし、ドラゴンの宝物には感心しただろうし、この光景には目を
しかし祖父は、もうそんな楽しさを味わうこともできない。
であれば、この山を受け継いだ咲弥が何もかも楽しみ
(ま、
咲弥はただ、この胸の内側に満ちる思いに従うのみである。
その第一段階として咲弥がドラゴンの首を撫でると、