4
「しかしケルベロスの分まで食事を準備するとなると、いささか食材が不足するのではなかろうか?」
ドラゴンがそのように言い出したため、一行は再び移動することになった。次に向かうは、アトルとチコが管理する畑である。そちらには、まだまだ余分の
ドラゴンのぽかぽかと温かい背中に乗って、再び天空に
深い緑に囲まれて、実に広大なる畑が広がっている。さすがに山中であるので三日月のように細長く
「すっげー……こんなだだっ広い畑を、二人きりでお世話してるのぉ?」
「はいっ! おせわのしかたはトシゾウさまからごきょーじされているので、たいしたくろうではないのです!」
アトルの言葉に、ドラゴンも「うむ」と首肯した。
「まあそれも、コメコ族の頑強な肉体あってのことなのであろうが……ともあれ、この山の作物は生命力が強く、そちらの世界の作物よりも
「うん、そっか……まあ、じっちゃんも若い頃はあんまり人を使わずに、だだっ広い畑を管理してたみたいだけど……」
そんな祖父が晩年になって、山中にこのような畑を切り開くことになったのだ。祖父の辿った
「ただ、現在は冬であるからな。畑の七割がたは、眠っているさなかなのであろう?」
「はいっ! もうちょっとあたたかくなったら、もっといろんなさくもつをしゅーかくできるのです!」
「そっかぁ。そいつは楽しみなところだねぇ」
咲弥が
「あっ! それと、このまえはおとどけできなかったさくもつもあるのです!」
ちょこちょこと歩くアトルを先頭に、一行は湾曲した畑に沿って進軍する。その末にアトルが指し示したのは、畑ではなく山林のほうであった。
「こちらなのです! なまえはわからないのですけれど、おいしーおいしーなのです!」
咲弥は「ほえー」と間のぬけた声をあげることになった。山林の
「すっげー。なんか、食べたら
「ふむ。それはそちらの世界の住人の意識を一万名ほど精査した我にしか理解の
「ドラゴンくんだけでも理解してもらえたら幸いだよぉ。これも、食べられるの?」
「うむ。そちらの世界のキノコと
ということで、そちらの巨大キノコも三本だけ
「あとの収穫物は、あちらの小屋に保管されている」
ドラゴンにうながされて進軍を再開させると、やがてその小屋が見えてきた。
「果実酒も、こちらで造りあげられている。本日は、もう片方の果実酒を持ち出してはどうであろうか?」
「はいっ! おーせのままに!」
チコがぱたぱたと駆け出して、何本かの
「こちらは『世捨て人の
「はいっ! こちらもイブしゅにまけないぐらい、おいしーおいしーなのです!」
「それは楽しみだねぇ。そういえば、ケルベロスくんはお酒のほうは――」
そこで咲弥は「あり?」と小首を
「ケルベロスは、小屋の手前に控えている。何かの作物に気を取られているようであるな」
「ふーん? どうしたんだろ」
三種の作物と果実酒の土瓶を
「失礼いたしました。こちらも、畑の実りなのでしょうか?」
「うむ。そちらは『イブの誘惑』であるな」
そちらの樹木を見上げた咲弥は「ひゃー」と声をあげてしまった。深い緑色をした葉の
「これは確かに、
「はいっ! おさけにしなくても、あまくてすっぱくておいしーおいしーなのです!」
「ふーん。それじゃあ、食後のデザートにどうだろう?」
咲弥の提案が受け入れられて、『イブの誘惑』もいくつか収穫されることになった。
「……どーでもいいけど、
いつも強気な右側の首がへばった声をあげると、ドラゴンはずいぶん穏やかさを増した
「三日も食事を口にしていなかったのならば、心も
「もちろんさぁ。じゃ、あっちに戻って
咲弥がそのように応じると、
そうして三たびドラゴンの背中に乗って、洞穴のある岩場に舞い戻る。その地の景観をあらためて見回した咲弥は、「うーん」と
「やっぱここは、最高の見晴らしだねぇ。ここを拠点にできたら、ウキウキだったんだけどなぁ」
「うむ? であれば、拠点にするがよかろう?」
「いやいや。いくら何でも、ここにペグは刺せないっしょ」
咲弥が
「『昏き眠りの爪』と『聖騎士の槍』であれば、このていどの岩盤は土くれも同然であろうかと思うぞ」
「えー? それって、パワーありきの話じゃないのぉ? ドラゴンくんの力をお借りするのが
咲弥のそんな返答に、ドラゴンは
「であれば、試してみるがよい。サクヤの思いもまた、岩を通すほどの力を持っていようからな」
そうしてドラゴンは
咲弥は半信半疑のまま、コンテナボックスからペグハンマーを取り出した。そうして、奇怪な紋様が刻みつけられた禍々しい杭を一本ぬきとって、
「わー、マジで? これも、魔法の力なの?」
「
では、『聖騎士の槍』はどうかというと――こちらもまた、ちょっと勢いをつけて振り下ろすだけで、岩盤にずぶりと突き刺さったのだった。
その周囲には、
「すっげー。なんか、カンドーしちゃった。……じゃ、ここを拠点にしてもいいかなぁ?」
「それに反対する者はあるまい。こちらはずいぶんな高台であるが、それほど強き風が
ドラゴンの温かい言葉に、咲弥はぐんぐんと気合がみなぎっていくのを感じた。高台ならではの澄みわたった空気に、
「よーし、それじゃあ設営を始めようかぁ。アトルくん、チコちゃん、今日もよろしくねぇ」
「はいなのです!」という
まずは広々とした岩場のど真ん中まで移動して、二枚のグランドシートを広げる。ふた組のインナーテントを組み上げたならば風向きを読んで入り口の向きを決定し、『昏き眠りの爪』でもって固定した。ペグハンマーは二本しかないので、アトルなどは
「よしよし。お次は、タープだねぇ」
咲弥のテントの前には自前のタープを張り、祖父のテントの前には『精霊王の羽衣』なる織物を広げる。そちらは
ポールの代用である『聖騎士の槍』は、もちろん穂先を下側にして使用する。ポールの先端を地面に刺す必要はないのだが、刺したら刺したでいっそう安定感が増すようだ。ただし、のちのちの事故を防ぐために、穂先は残らず地中に
そうして『精霊王の羽衣』が三メートルの高みに持ち上げられると、咲弥たちの頭上で玉虫色の織物が美しくきらめいた。その美しさに「わあ」と瞳を輝かせたのは、チコだ。おもに機能美を追い求める咲弥でも、それは
しかるのちに、『祝福の閨』の
「いやぁ、立派だねぇ。これがグルキャンの
ふた組のテントにタープ、ふた組のコンテナボックスと
「あ、でも……作業台の高さは、どうだろう? チコちゃんたちは、問題なさそう?」
作業台たる『祝福の閨』は、高さが五十センチていどとなる。あらためて見ると、背丈が一メートル弱であるチコたちには、いかにも
「えーとえーと……はいっ! このようにすれば、ちょーどいいのです!」
と、チコは『祝福の閨』の前で
「いやいや。ずっとその姿勢じゃ、しんどいでしょ。コンテナを
咲弥が使用しているコンテナボックスは
ただし、コンテナボックスもそれなりのサイズであるため、チコたちが
「うーん。ローチェアはひとつしかないし、こいつはちょっと悩ましいところだなぁ。……ドラゴンくん、もういっぺんお宝の山を拝見させてもらえる?」
「チコたちが座るための、椅子であるな? ひとつ思いついたことがあるので、しばし待っていてもらいたい」
そのように告げるなり、ドラゴンは単身で飛び去っていく。ケルベロスが少なからず驚きに打たれた様子でその姿を見送っていたので、咲弥は笑顔を届けることにした。
「自分がいなくてもケルベロスくんは悪さをしたりしないって、信用してるんだろうねぇ。もちろんあたしも、おんなじ気持ちだよぉ」
「……はい。
真ん中の首は
しばらくして、ドラゴンは
「おー、すっげー。この短時間で、
「否。樹木が過密になると山の調和が保てないため、以前に大規模な伐採を試みたのだ。しかし、こちらの都合で伐採した樹木を
そうしてドラゴンに耳打ちされたアトルは目を輝かせながら
「これが『
「あん? どーして俺が、そんな面倒な
「キャンプとは、苦労と喜びを分かち合う場であるのだ。
ドラゴンが楽しげに目を細めつつそのように告げると、右側の首は「ふん!」と鼻を鳴らしてから大剣の
「こちらを、どのていどの長さに切るべきでしょうか?」
右側の首の口がふさがったので、真ん中の首がそのように問うてくる。咲弥はチコたちの体のサイズを検分し、三十センチていどの見当で丸太にナイフでしるしを刻みつけた。
ドラゴンは反対側の先端に尻尾を巻きつけたのち、天空に舞い上がって、丸太を
岩塊をも輪切りにできる『竜殺し』は、バターでも切るように丸太を一刀両断にする。それが何度か
「すごいのです! きりくちがまっすぐですべすべなのです!」
「うむ。上下の断面が正確に平行の角度であるようだ。其方は剣の扱いにも
「へへん! 動かねーもんをぶった切るぐらい、楽勝だろ!」
そんな風に言いながら、右側の首はとても得意げな面持ちである。
その愛くるしさに
「ケルベロスくんは、いい子だねぇ。それでは、ごほうびを
右側の首が「ぎゃーっ!」とわめいたのは、咲弥がその首を
「うーん。期待通りのモフモフだなぁ。このチャンスをずっとうかがってたんだよねぇ」
「お、お前、なんなんだよ! 俺は
「ぬっふっふ。なんと言われようとも、このモフモフの誘惑にはあらがえないのです」
咲弥がおのれの欲求を思うさま満たしてから身を離すと、ケルベロスは子犬のように
咲弥は「にひひ」と笑いつつ、視線を感じて横合いを振り返る。そちらでは、ドラゴンが静かな眼差しで咲弥のことをじっと見つめていた。
「あー、いや、そのぉ……ドラゴンくんのすべすべのお
「うむ。サクヤが楽しそうで、何よりであるな」
ドラゴンが楽しげに目を細めたので、咲弥は「てへへ」と頭をかいた。
「ではでは。喜びと苦労の共有も一段落したところで、調理を開始しますかぁ」
5
ケルベロスのモフモフを
ローチェアに座した咲弥はコンテナボックスを開いて、まずは三組のバーナーを取り出す。もともと咲弥が使用していたOD
CBとはカセットガスボンベの略であり、家庭用のカセットガスコンロでも使用される、もっとも
経費節約のため、咲弥も温暖な時期にはCB缶のバーナーを使用している。しかし咲弥が最初に
「……トシゾウの道具を目にするのは、ひさかたぶりのことだ」
と、ドラゴンが優しい
「アトルくん、この手斧で
アトルには予備のナイフ、チコにはメインのナイフを手渡す。そして咲弥は、祖父のナイフを
咲弥が所有しているナイフはどちらも
刃の材質もステンレスやカーボンではなく、青鋼という種類になる。なおかつ渓流ナイフというのは魚をさばくことを目的にしているため、切れ味も
それに祖父はかなりの
「じゃ、こっちは下ごしらえを進めちゃうねぇ」
薪割りをアトルたちに一任した咲弥は、まず六合半の米を祖父の兵式
(そういえば、この飯盒は初めて見たもんな。ここ最近で、ドラゴンくんたちのために入手したってことか)
祖父のキャンプギアを拝借しているためか、今日は
米は無洗米であるので、とりあえずは水に
「サクヤさま! まきわり、かんりょーなのです!」
「おー、さすが手早いねぇ。じゃ、ナイフを洗ったらこっちの手伝いをお願いねぇ。ダイコンは厚めの輪切り、ジャガイモとニンジンとタマネギとマンドラくんは乱切りでよろしくぅ」
「りょーかいなのです!」
丸太の椅子に着席した亜人族の兄妹は、
咲弥がチェアに座ると『祝福の閨』はいささか丈が高かったので、ナイフを扱う際にはローテーブルを
「ひゃーっ! ほんとーに、きえてなくなってしまうのです!」
チコの声に振り返ると、そちらでは野菜くずを『貪欲なる虚無の顎』に
「うんうん、すごいねぇ。大事なものを落とさないように、お気をつけて」
「りょーかいなのです! サクヤさまのかたなはししゅするのです!」
そうしてすべての具材が切り分けられたならば、ダッチオーブンに投入してゴマ油で
「さてさて。お米の
亜人族の兄妹は「わーい!」とはしゃぎ、ドラゴンとケルベロスはそわそわと身を
「とりあえず、巨大キノコの味を確かめておきたいなぁ。じっちゃんは、どういう風に扱ってたんだろ?」
「トシゾウは小さく切り分けて
「うーん、やっぱそうなるかぁ。じゃ、せめて調味料だけでも変えてみようかねぇ」
巨大キノコの切り分けは亜人族の
そうして巨大キノコを焼きあげていくと、食欲をそそる香りが広がっていく。赤とオレンジのツートンカラーは毒々しい限りであったが、まあ
「やっとメシかよ! 待ちくたびれたぜ!」
そのように言い放つなり、ケルベロスの
「わー、なになに? キミたち、合体してたのぉ?」
「いえ。こちらが、かりそめの姿です。食事の際にはこちらの姿を取ることにしているのですが、サクヤ殿と出会った折には
かつては真ん中の首であったケルベロスの一頭が、そのように答えてくれた。
「うーん。だけどこれじゃあ、呼び方に困っちゃうなぁ。適当に呼び名をつけてもいいかしらん?」
「呼び名ですか。どうぞ、ご自由に」
「じゃ、右から順番に、ケイくん、ルウくん、ベエくんね」
「なるほど。ケイ、ルウ、ベエですか。……ロスは、
「ロスは、みんなの心の中にあるのです」
咲弥が自分の
かくして、咲弥のキャンプメンバーは十日目にして七名にふくれあがってしまったわけであった。
6
「いいからとにかく、メシを食わせてくれよー!」
ケルベロスの右側の首ことケイが悲痛な声でそのように言いたてたので、咲弥は二台のスキレットで焼きあげた巨大キノコの炒め物を皿に移した。どこぞの王国から献上されたという、立派な銀の大皿である。
まあ、スキレットの容量には限界があるので、七名で分ければ味見ていどの分量だ。咲弥が小皿に取り分けた分をひと口でたいらげたケイは「へー!」と
「なんかこれ、肉じゃねーのに肉みてーな
「うんうん。肉厚で食感がしっかりしてるせいか、脳がだまされそうだねぇ。シイタケのような、エリンギのような……色んなキノコを思い出させる味わいだなぁ」
「なんだ、それ? キノコの名前か?」
「うん。あたしの暮らしてる世界にも、色んなキノコがあるからねぇ。でもこれは、どんなキノコにも負けない味わいだなぁ」
「ふーん! あと、このちっちぇーのは何なんだよ? すっげーニオイがするんだけど!」
「それは、スライスしたニンニクだよぉ。……あ、わんこにニンニクは厳禁のはずだけど、ケイくんたちは
「わんこ?」と、ケイは小首を傾げる。腹がふくれて
「わんこは、犬のことだよぉ。狼って、犬の
「犬なんかと
ケイが
「たとえ
「じゃ、タマネギとかも大丈夫なんだねぇ? それならひと安心だよぉ」
咲弥が
「それより、本物の肉はねーのかよ? どんなに似てても、キノコはキノコだからなー」
「ケイくんは、お肉をご
そういえば、咲弥もまだデザートリザードの肉をローストでしか味わっていないのだ。咲弥は祖父のナイフでデザートリザードの肉を
その焼きあげはアトルに任せて、咲弥はチコとともに余っていたマンドラゴラモドキをすりおろす。前回のキャンプで好評だった、ふわふわ焼きである。その作業中にデザートリザードの肉が焼きあがったので味見をしてみると、
「にゃるほど。でも、噛めば噛むほど肉の味がするし、やっぱり
いっぽうケイも咲弥の足もとで、「うめー!」と
「ふむむ? ルウくんとベエくんは、お
「いえ。こちらの調味料は、きわめて
「えー? 三つのお顔で、食べ物の好みが
「はい。よって、食事から得られる
「にゃるほど……それじゃあルウくんとベエくんは、どんな料理がお好みなのかな?」
「そちらの首は、パンの類いを好んでおりますね」
ルウが
「しかし、この場にパンがないことはわかっている……山や
「そっかー。あたしは最近、家でパンが主食だったから、キャンプの場には持ち込んでなかったなぁ。パスタだったら余ってるけど、ベエくんのお口に合うかしらん?」
「ぱすた……? そのような料理は、耳にした覚えもない……」
「そっかそっか。パスタも原材料は小麦のはずだから、好みに合う可能性はあるよねぇ。じゃ、この後にちゃちゃっと仕上げてあげるよぉ」
すると、
「主菜は、この後に準備するのであろう? そうまで手をかけるのは、小さからぬ苦労ではなかろうか?」
「いやいや。メインのふた品は、どっちもけっこう時間がかかるからさぁ。それに、パスタぐらいは大した手間でもないよぉ」
「左様か」と
「なんか
「そ、それでしたら、おにくをのせてはいかがです?」
チコがアトルからトングを受け取り、ケイの皿のふわふわ焼きに網焼きの肉をトッピングすると、ケイはたちまち瞳を
「その手があったか! お前、
「と、とんでもないのです。きょーしゅくのいたりなのです」
チコはもじもじとしながら、それでも
「はい、どうぞぉ。お次はパスタだから、ちょっと待っててねぇ」
「サクヤ殿の温情に、心よりの感謝を
ルウは
「あれあれ? ベエくんは、ふわふわ焼きをお気に召したのかな?」
「うむ……マンドラゴラモドキは野菜なのであろうが……どことなく、パンに似た
ふわふわ焼きがパンに似ているとは、とうてい思えない。ただ、こちらはお好み焼きに似ており――お好み焼きもまた、小麦粉を原料にしていた。
(ベエくんはパンだけじゃなく、炭水化物系の料理がお好みなのかな。だとしたら、お米もお口に合うかもな)
咲弥はそのように考えたが、期待を裏切っては気の毒なので発言は控えておいた。その代わりに、パスタで簡単にペペロンチーノを仕上げてみると、ベエは陰気な面持ちのまま尻尾をぴこぴこと振りたてたのだった。
「あはは。パスタはお口に合ったみたいだねぇ」
咲弥が思わず頭を
「もー、みんなかわゆいんだからぁ。……じゃ、ルウくんの好物は何なんだろ?」
「私のことは、お気になさらず。……食後にそちらの果実をいただければ、それで十分です」
そういえば、『イブの誘惑』の収穫に瞳を輝かせていたのは彼だけであったのだ。咲弥は「なるほどぉ」とにんまり微笑んだ。
「じゃ、ちょっとフライングでデザートにもチャレンジしてみよっかなぁ。そんなに得意な分野じゃないから、あんまり期待はしないでねぇ」
咲弥が二つの『イブの誘惑』を薄めのくし切りに切り分けると、黄金色の皮の下にはリンゴよりも
オリーブオイルをぬぐった二台のスキレットにキャメットの乳脂を垂らし、くし切りにした『イブの誘惑』を並べたならば、砂糖を加えつつ弱火で片面ずつ焼きあげていく。そして、焼きあがった果実を皿に取り分けたのち、余った果汁と砂糖を
「焼きリンゴならぬ、焼きイブでございます。みんなも味見してみてねぇ」
リンゴサイズが二個では大した量にならないため、咲弥は追加の調理に取りかかる。そんな中、ルウは「おお……」と
「これは、
「あはは。それはさすがにオーバーだなぁ。でも、お気に召したんなら何よりだよぉ」
「こ、これはほんとーに、おいしーおいしーなのです!」
「はいっ! こんなにおいしいイブのゆーわくをたべたのは、はじめてなのです!」
ルウばかりでなく、亜人族の兄妹も星のように瞳をきらめかせている。それにドラゴンも満足げな眼差しであったので、咲弥も感無量であった。
いっぽうケルベロスはルウしか焼きイブを食しておらず、ケイは肉を、ベエはパスタを食べ続けている。そのさまに、咲弥は小首を傾げることになった。
「あのさぁ、みんなはそれぞれ好きなものを食べるだけで、ココロを満たされるのかなぁ?」
「はい。魔族は人間族と異なり、食事から
「にゃるほど。栄養の
「はい。ですが、辺境地帯を
その言葉に、ドラゴンが小首を傾げた。
「そういえば、どうして其方が辺境区域を放浪しておるのだ? 以前は中原で、他なる種族との戦乱に明け暮れていた身であろう?」
「……我々はワーウルフの一派と
「左様か。中原の者どもは、相変わらずのようであるな」
「はい。
しみじみと語りながら、ルウは焼きイブの最後のひと切れを口に運んだ。それを見つめるドラゴンの
(なんか、ドラゴンくんもケルベロスくんと仲良くなれそうだな)
そんな思いを
「いい具合に時間も
「りょーかいなのです! ふんこつさいしんのかくごで、おやくめをはたすのです!」
頼もしいアトルにケルベロスの
「いきなり人数が増えたから、巨大キノコは助かるなぁ。こいつだったら、いっそう料理を上等に仕上げてくれると思うよぉ」
咲弥がそのように告げると、チコは嬉しそうに「はいっ!」と口もとをほころばせた。
兵式飯盒には三・五合、二組のメスティンには一・五合ずつの米を収めている。少しゆとりをもたせているのは、具材を追加するためだ。まずは醤油、酒、みりん、砂糖、かつおだしを水の中に投じ、軽く
「よーし。こっからが、また長いからねぇ。今度は、何を作ろっかなぁ」
「そういえば、この子が手つかずだったっけ。いっちょ、炒め物に使ってみようかな」
カボチャに似た食感で、トマトとトウガラシの味わいをあわせもつ『ジャック・オーの
お次は白菜に似た『黄昏の花弁』とデザートリザードの肉を軽く
「いずれの料理も、素晴らしい出来
「いやいや。どんな料理でも、素材が命だからねぇ。もちろん、『ほりこし』やポン酢も
「うむ。であればこれは、おたがいの世界の素晴らしい材料があわさった結果でもあるわけであるな」
そうして咲弥とドラゴンが温かな視線を
「失礼ながら、質問です。竜王殿は、
「それは……」と、ドラゴンは