それにはさまれた真ん中の首は、ひとりぜんと頭をもたげている。口調も丁寧であるし、とてもしん然とした立ち居いだ。その表情も、きりりと引きまって見えた。

「もしもあなたが竜王殿にごえんをお持ちでしたら、お願いしたきがあるのですが――」

 と、ケルベロスと名乗る巨大な狼は茂みの中から進み出てこようとしたが、三歩と歩かぬ内にへたりこんでしまった。

「あらら、どうしたの? どこかお加減でも悪いのかな?」

「……ずかしながら、私はりよくかつしております。それで、こちらの山にて魔力の補充をするお許しをいただくべく……竜王殿にお目通りを願いたいのです」

 そのように告げるなり、三つの首はみんな力なく地面にせてしまった。

「ありゃー、大変だねぇ。魔力とかよくわかんないけど、好きなだけいただいちゃいなよぉ」

「しかし……竜王殿の支配下にある地で、勝手な振る舞いは許されませんので……」

「うーん、そっかぁ。じゃ、おなかのほうはどうだろう? 何か食べたら、ちょっとは元気になるのかなぁ?」

 咲弥の申し出に、すべての首がぴくりと反応した。その中から発言したのは、右側の首である。

「お前、何か食うものを持ってやがるのか? だったら、さっさとよこしやがれ!」

「失礼な口を叩くのは、控えなさい。それが助けをう者の態度ですか?」

「しかし……これでもう、三日も何も口にしていないのだ……これでは肉体よりも先に、心のほうがちてしまおう……」

 態度は三者三様であるが、気持ちはひとつであるようだ。咲弥は「りょうかぁい」とのんびり応じつつ、軽ワゴン車のリアゲートに手をかけた。

「とりあえず、さばかんだったらそつこうで出せるよぉ。お魚はお好みに合うかしらん?」

 として「魚!」と声をあげたのは、右側の首である。ただ、残る二つの首もすがるように咲弥を見つめていた。

(なんだ、けっきょく可愛かわいい要員かぁ)

 咲弥は内心でほくそえみつつ、まずは足もとにシートを広げて、コンテナボックスのひとつを下ろした。そこから三つの鯖缶を取り出し、メスティンと大小のコッヘルのふたに盛りつける。

「はい、どうぞぉ」

 それぞれの首の前に三つの蓋を並べると、右側の首はひと口でたいらげた末にぎようてんした様子で目を見開いた。

「おい! こいつは、んだ魚じゃねーか! どうして煮込んだ魚をくさらせもしねーで持ち歩けるんだ!?」

「んー? かんづめの原理なんて、あたしもよく知らんけど……とりあえず、空気をいて密閉するから、腐らないんじゃないかなぁ」

「へー! よくわかんねーけど、便利だな! お味のほうも、なかなかだしよ!」

 よほど鯖缶のお味がお気に召したのか、右側の首は子供のようにはしゃいでいる。しかしその黒いひとみには、たちまち不満げな光がまたたいた。

「でも、これっぽっちじゃ全然たりねーよ! もっとあるなら、さっさと出しやがれ!」

「いい加減になさい。この身は、生死の境にあるのですよ?」

「うむ……不用意な発言で生命いのちを落としたならば、やんでも悔やみきれまい……生命がしくば、そのとうそうしんを少しはせいぎよするがいい……」

 二つの首がしんけんな眼差しでたしなめると、右側の首はほおをふくらませた子供のようなぜいで「……モットクダサイ」という言葉を振りしぼった。

(なんじゃこの可愛いモフモフは)という想念をみしめながら、咲弥は「うーん」と思い悩む。

「鯖缶はもう一個あるんだけど、やっぱりここは公平にわけわけするべきかなぁ?」

「いえ。魚の肉でより深い満足を得られるのは、そちらの首です。もしもご温情をさずかれるのでしたら、そちらの首にお願いいたします」

「あらそう? まあ、こいつを三等分にしたら食べごたえもないもんねぇ」

 咲弥は最後の鯖缶をかいふうして、メスティンの蓋にぶちまけた。大きな舌でそれを丸ごとすくいとった右側の首は、黒い瞳に歓喜の輝きをほとばしらせる。

「なんだこれ! こいつのほうが、さらに上等なお味じゃねーか! もっとないのかよ?」

「さっきのはみずで、今のはだねぇ。残念ながら、どっちもこれで在庫切れだよぉ」

 右側の首は「ちぇっ」と舌を鳴らしてから、未練がましく蓋の底をなめた。残る二つの首は、大事そうに鯖の水煮をしやくしている。

 そして――そのタイミングで、周囲の樹木の葉がいっせいにざわめいた。

 ケルベロスの三つの首は、いずれもハッとした様子で頭上をあおぎ見る。それにつられて顔を上げた咲弥は、天空につばさを広げるドラゴンの優美な姿を発見した。

「……これは、なる事態であろうか?」

 地上に舞いりるなり、ドラゴンはだん以上にげんのある声をあげた。その背中から飛び降りた亜人族の兄妹は、二人で「ひゃーっ!」と裏返った声をあげる。

「み、みつくびのくろきおおかみ! こちらは、ケルベロスさまなのです!」

「はい! ほんもののケルベロスさまをめにしたのは、これがはじめてなのです!」

「うむ。我は都で、何度か見かけた覚えがあるが……どうして其方が、この山にてそのような姿をさらしているのであろうか?」

「……ぶしつけな来訪をお許しください。実はあちらの砂漠にて、サンドウォームの群れにおそわれてしまい……魔力が枯渇してしまったのです」

 真ん中の首がそのように応じると、ドラゴンは「なるほど」と目をすがめた。

「我の許しがない限り、いかなるぞくもサクヤには近づけぬはずであるが……魔力が枯渇しているがゆえに、こうまで接近できたわけであるな。我は、術式のかんげきを突かれたここである」

「よくわかんないけど、なんも危ないことはなかったよぉ?」

 咲弥が横から口をはさむと、ドラゴンは「左様か」と目を細めた。どこか張り詰めていた雰囲気がようやくやわらいだようで、咲弥はほっとする。

「ほんで、この子たちはこのお山で魔力ってもんを補給したいんだってよぉ。もちろん、許してあげるでしょ?」

「それはまあ……この地で悪さをしないとちかうならば、許さなくもないが」

 ドラゴンが再び厳しい目を向けると、右側の首は「ふん!」とそっぽを向き、左側の首はもともとうつむいていた顔をさらにしずめる。そして、真ん中の首がしゆくぜんと答えた。

「無論、竜王殿のおひざもとで無礼なを働くことなどありえません。生き永らえるのに必要なだけの魔力をいただいたのちには、速やかに退去いたしますので……なにとぞ、ご容赦をお願いいたします」

「左様か。では、サクヤの身から遠ざかるがよい。魔力をらったならば、サクヤのたずさえるうろこの術式で痛い目を見てしまおうからな」

「えー? あたしはここでお別れなのぉ? せっかくお近づきになれたのに、残念だなぁ」

 と、咲弥はすかさず不服を申し立てた。

「それに、その子たちはお腹がぺこぺこなんだってよぉ? 魔力ってのを補充しても、食事は別腹なんでしょ? たしか、食事をしないと心が満たされないんじゃなかったっけ?」

「……サクヤはこの者たちに、何か食事をふるまったわけであるな?」

 空になった三つの蓋を見回しながら、ドラゴンはそう言った。

「うん。最初の日にドラゴンくんともいただいた、鯖缶だねぇ。せっかくだから、もっとちゃんとした料理をふるまってあげたいなぁ」

 ドラゴンはへたりこんだケルベロスと咲弥の姿を見比べると、がねいろの目をふっと細めた。

「相分かった。では、魔力の補充は早々に済ませることとしよう」

 ドラゴンがしつの先をケルベロスの背中にあてがうと、両者の姿がしんひかり輝き――ケルベロスの三つの首が、同時に「おおっ!」と声をあげた。

「ま、まさか、いつしゆんでこれほどの魔力を他者に分けあたえられるとは……」

おそろしい……竜王の魔力とは、これほどのものであったのか……」

「……ふん! こんなの、大したことねーや!」

 右側の首はすぐさま強気の態度を取りもどしたが、その顔にはきようがくの表情が残されている。どうもかれらには、人間に負けないぐらいの表情筋が存在するようであった。

 やがて真紅の輝きが消えせると、ケルベロスはすっくと身を起こす。そのライオンのような巨体には、黒いほのおのごとき生命力がみなぎっていた。

「特別に、サクヤのそばに身をおくことを許そう。其方そなたが我のしんらいを裏切った場合は……わかっておろうな」

「はい。私など、竜王殿の前では子犬も同然でありましょう。決して非礼な真似はしないとお約束いたします」

 そんな風に言ってから、真ん中の首は咲弥のほうに視線を向けてきた。

「それに……そちらのサクヤ殿どのからも、この身は大きな恩義を受けています。それを裏切るような真似は、決していたしません」

「あはは。そんな大した話じゃないけど、どうぞよろしくねぇ」

 咲弥が笑顔を返すと、右側の首は「へん!」とそっぽを向き、真ん中の首はうやうやしく頭を垂れ、左側の首は陰気に目をそらした。

 ただし、首は三つでもどうたいはひとつである。そのふさふさの巨大な尻尾は、元気にぱたぱたと振られていたのだった。



「それじゃあ、設営を始めたいところだけど……ちょっと問題があるんだよねぇ」

 咲弥の言葉に、ドラゴンは「問題?」と小首をかしげた。

「うん。実は、キャンプギアが不足気味でさぁ。今日はじっちゃんのキャンプギアを詰めめるだけ詰め込んできたんだけど、まだまだばんぜんとは言いがたいんだよねぇ」

「なるほど。ケルベロスが加わるならば、さらに装備が不足するわけであるな」

 すると、だまって成り行きを見守っていたアトルとチコがうるうると目をうるませた。

「そ、それでしたら……ぼくたちが、ごえんりょするのです」

「は、はい……どうかわたしたちのことはすておいて、ケルベロスさまをもてなしていただきたいのです」

「そんなどうな真似ができると思うのぉ?」

 咲弥がおしおきとして兄妹の小さな頭をでくり回すと、二人は「きゃーっ!」と幸せそうな悲鳴をあげた。

「まあ、どうにかやりくりするしかないんだけどさぁ。アトルくんやチコちゃんのおうちから、何か物資をお借りしたりはできないもんかなぁ?」

「物資というと、どういった品であろうか?」

「うーん。まずは、タープかな。この人数だと、雨をしのげないしねぇ。あと、食器も不足するだろうし……欲を言うなら、調理の作業場も拡大したいところかなぁ」

「タープとは、簡易的な屋根であるな。そして、食器や作業台か……それでは、我が所有する宝物の中から選別してみてはどうであろうか?」

「ほーもつ?」

「うむ。我はりゆうぞくの習性として、宝物に対する所有欲をせいぎよできぬのだ。玉座を捨てても気に入った宝物は手放すことがかなわず、こちらの山に保管している」

 と、ドラゴンはいくぶんずかしそうに巨体をすった。

「ほへー。でも、そんなお宝を使っちゃっていいのぉ? キャンプギアって、よごれてなんぼだよぉ?」

「うむ。道具とは本来、使用してこそ確かな価値が生じるものであろう。使われるあてもないまま宝物を眠らせておくのは、我としても心苦しい限りであったのだ」

 いかにもドラゴンらしい誠実な物言いに、咲弥は思わず「そっか」と笑ってしまった。

「それじゃあえんりよなくお借りしよっかなぁ。そのお宝は、どこに保管されてるの?」

「西から数えて三番目のみねの山頂近くであるな。みな、我の背中に乗るがよい」

 そのように言ってから、ドラゴンはリアゲートが開いたままである軽ワゴン車のほうに目をやった。

「いや……あちらの車を放置しておくのは、不用心であるな。サクヤよ、ひとまず荷物を片付けてもらえようか?」

 咲弥は「ほいほい」と応じながら、メスティンやコッヘルの蓋をコンテナに収納し、シートともどもトランクに押し込んだ。そうしてドラゴンの尻尾がくうに光り輝くほうじんえがくと、軽ワゴン車はその輝きにみ込まれるようにして消え去った。

「わー、手品みたい。……ていうか、魔法なのかぁ」

「うむ。我の所有するくうかんふういんした。では、背中に乗るがよい」

 ドラゴンが巨体を伏せたので、咲弥はそつせんしてその大きな背中によじのぼった。前回のキャンプでもアトルとチコはドラゴンの背に乗って帰っていったので、咲弥はたいそううらやましく思っていたのだ。シルクのようなざわりをしたドラゴンの背中は、相変わらず湯たんぽのようにぽかぽかであった。

「んあー。ついついおひるしたくなっちゃうなぁ」

 咲弥はドラゴンの首をきすくめつつ、頬ずりをした。実のところ、三日前の夜にもをしてもらったのだが、このサイズのドラゴンに抱きついたのは初めてのことであったのだ。ドラゴンは長い首をひねって咲弥の顔をのぞき込みつつ、やさしく目を細めた。

「飛び立つ際には結界を張るので転落の危険はないが、目的の場所までは数分ていどだ。眠っているいとまはなかろうな」

「はぁい。それじゃあ、夜を楽しみにしておくよぉ」

 咲弥たちがそんな言葉をわしている間に、残るメンバーも背中に乗っていた。亜人族の兄妹ばかりでなく、ケルベロスの真ん中の首も恐縮しきったおもちだ。そして、ライオンのように巨大なケルベロスが乗っても、ドラゴンの巨体は揺るぎもしなかった。

「では、ゆくぞ」

 ドラゴンの翼が大きく広げられるなり、その巨体が助走もなしに高々と舞い上がる。咲弥はドラゴンの首にしがみつきながら、「うひゃー」と声をあげることになった。

「すげーすげー。なんか、いかにも物理法則を無視した動きだねぇ」

「うむ。これはあくまで、しようの術式であるのでな。翼はたいくうの補助に過ぎんのだ」

 ほとんど垂直に舞い上がったドラゴンは、そのまま水平移動に移行する。そうして眼下を見下ろした咲弥は、思わず息を呑むことになった。いつもふもとから見上げている山のようが、足もとに一望できたのである。

 七つもの峰を持つ、ゆうだいなる山である。麓からは全面くまなく緑におおわれているように見えていたが、上空からは灰色の岩場やけいこくなどが存在することもうかがえた。

 今はまだ昼下がりであるため、二月の陽光がさんさんやまはだを照らしている。この高みからでは細かなところまで見て取ることはできないが、まるで山そのものが輝いているかのようだ。その美しさに胸を詰まらせながら、咲弥は思わずつぶやきをもらしていた。

「すっごいねぇ……じっちゃんも、こうやって空からこのお山を見下ろしたことがあるのかなぁ?」

「うむ。アトルたちの管理する畑まで出向くには、こうして空を移動するしかなかったのでな」

 咲弥が「そっか」と満足のいきをつくと、ドラゴンもさまざまな感情をひそめたこわで「うむ」と応じた。

「あっ! あれがぼくたちのしゅーらくであるのです!」

 と、咲弥のすぐ後ろからアトルがはずんだ声をあげた。そのちんまりした指先の指し示す方向を見やった咲弥は、小首を傾げてしまう。そちらは咲弥の暮らす村落とは反対の方向であったが、巨大なダムや送電のてつとうなどが立ちはだかっているばかりであったのだ。

「アトルよ。其方たちとサクヤが共有しているのは、二つの世界が同期したこの山のみであるのだ。山の外に見える光景は、まったく異なるものになろう」

「あっ、そうだったのです! ついついうっかりしてしまったのです!」

 アトルはそのように答えていたが、咲弥には最初から理解が及んでいなかった。まったく異なる世界の中で、ただこの山だけが同じ存在としてきつりつしているというのは、いったいどういう状態であるのか――それを正しく理解できるのは、ドラゴンただひとりであるのかもしれなかった。

「……横から失礼いたします。二つの世界が同期しているとは、いったい如何なるお話なのでしょうか?」

 事情を知らないケルベロスが不思議そうに声をあげると、ドラゴンはいくぶんげんしゆくさを加えた声で答えた。

「言葉の通りの意味である。我は転移の術式の応用で、こちらの山を異界と同期させた。こちらのサクヤは、異界の側の住人となる」

「い、異界? 異界とは……海の外の世界という意味でありましょうか?」

「否。こちらとは異なる歴史を辿たどったへいこう世界という意味である。基本的な大気や大地の組成に大きな差はないので、同じ星であることに疑いはなかろうな」

 ケルベロスは、三つ首そろって絶句したようであった。やはり、魔法の文明を築きあげたというそちらの世界でも、これは規格外の話であるのだろう。

 すると、ドラゴンが「到着した」と宣言するなり、地上を目指してかつくうした。風圧などは感じないが、ものすごい勢いで周囲の風景が流れ過ぎていく。咲弥は再び「うひゃー」と声をあげながらドラゴンの首を抱きすくめた。

 そうして到着したのは、広大な岩場である。かなり山頂に近いらしく、びっくりするぐらい空気がみわたっていた。

「おー、すっげー。この山には、こんなスポットもあったんだねぇ」

 ドラゴンの背中から飛び降りた咲弥は、ぐるりと周囲を見回した。フットサルができそうなぐらいのスペースで、切り立ったがけの向こう側にはとなりの峰の山肌を見下ろすことができる。澄んだ空気と相まって、最高のキャンプスポットなのではないかと思われた。

「見晴らしはいいし、地面もけっこう平らだし、ペグさえさればここを拠点にしたいぐらいだなぁ」

「左様か。それはまったくかまわぬが、まずは装備の補充であるな」

 ドラゴンは長い首をもたげて、崖と反対の側を見た。そちらはかべのようにがんばんが立ちはだかっており、そこにほらあながぽっかりと黒い口を開けていたのだ。

「ふむふむ。お宝の山は、あちらに保管されてるのかなぁ?」

「左様である。こちらも結界を張っているので、ものけものひそんでいる恐れはない。サクヤたちにも、足をみ入れる許しを与えよう」

 ドラゴンの尻尾がふわりと宙をかくと、きらめく光のつぶのようなものが咲弥たちの頭上に振りかけられた。

「では、参るがよい。……サクヤたちには、明かりが必要であるな」

 ドラゴンがまた尻尾をひと振りすると、青白いおにが生まれいで、洞穴の内部をこうこうと照らし出した。

「おー、すごいすごい。できればランタンも補充したかったんだけど、この魔法があれば十分かなぁ」

 咲弥の言葉に、ドラゴンは小首を傾げた。

「我も以前に同じような思いを抱いたのだが、トシゾウには不要と判じられている」

「あ、そーなの? じっちゃんは、何がおさなかったんだろ?」

「うむ。青白い光というものは人の心にきんちようの効果をもたらすため、キャンプには不向きであると申していたな」

 それで咲弥も、なつとくした。咲弥の使用しているLEDランタンも、あえての暖色系であったのだ。

「……かえすがえすも、我の生み出す炎は人の世にそぐわないということであろうな」

 ドラゴンがふっと目を伏せたので、咲弥はその首をぺちぺちとたたいた。

「もー、いちいち気にしないでいいってばぁ。それ以外の魔法は、みんなだいかつやくじゃん。そもそもドラゴンくんがこの山に魔法をかけてくれなかったら、あたしやじっちゃんがドラゴンくんと出会うこともできなかったんだからさぁ」

「うむ。またサクヤに、いらぬづかいをさせてしまったな」

 ドラゴンはやわらかく目を細めたが、ケルベロスの三対の視線に気づいて居住まいを正した。

「では、進むがよい。宝物は、このおくに保管されている」

 そのように告げるなり、ドラゴンは真紅の輝きを発してシベリアンハスキーぐらいのサイズに縮んだ。こちらの洞穴はかなりの規模であったが、もとの姿で足を踏み入れるのはさすがに窮屈であったのだ。

 そうして一行は、ふわふわとただよう鬼火に導かれるようにして洞穴の奥に進んでいく。黒い岩盤が青白い輝きに照らされて、なんともげんそうてきな雰囲気である。そして、同行するのは真紅の竜に三つ首の狼、そして角の生えた亜人族の兄妹であるのだから――咲弥がもっとせんさいな人間であったならば、夢とうつつの境も見失ってしまいそうなところであった。

「ひゃー! ほんとーに、おたからのやまなのです!」

 やがて洞穴の奥に到着すると、アトルが仰天した声をあげた。そちらには、まさしく宝の山がどっさり積み上げられていたのだ。

 絵に描いたような宝箱からは、金貨や宝石などがあふれかえっている。今にも動きだしそうな白銀のかつちゆうだの、宝石がちりばめられたけんやりおののセットだの、ようもよくわからないかいなオブジェだの――それもまた、現実とは思えないような光景であったのだった。



「こちらには食器の類いも存在するはずだが、保管した場所を失念してしまった。アトルとチコはそれを捜しつつ、他にも活用できそうな品があるかどうか見つくろうがよい」

 ドラゴンがそのように申しつけると、亜人族の兄妹は「わーい!」とはしゃぎながら宝の山にとつげきしていった。いっぽうケルベロスは、それぞれ感心しきった様子で宝の山を見回している。

「本当に、らしき品ばかりです。竜王殿のお目の高さには感服するしかありません」

「へん! まがりなりにも王だったんなら、これぐらいは当然だろ!」

「うむ……それに、王として君臨していた時代には、これとも比較にならぬほどの財宝を手中にしていたのだろうな……」

 同じように感心していても、発言の内容はずいぶん異なる三つの首である。ただし、もっとも瞳を輝かせているのは、いつでもやんちゃな右側の首であった。

「おっ、なんだこれ! おかしな形だな!」

 と、右側の首に引っ張られるようにしてケルベロスが近づいていったのは、ヒマワリのごとき植物をモチーフにした巨大なオブジェである。人間ぐらいのたけがあって、花は顔、二枚の大きな葉はうでのような風情であり――そうしていきなりその身がわしゃわしゃとおどるように動き始めたため、ケルベロスに「わゃーっ!」という言語化しにくいたけびをあげさせた。

「それは、周囲の空気のしんどうに反応して身動きをする『花の』なるからくり人形である」

「な、な、なんだそりゃ! そんなもんが、なんの役に立つってんだよ!」

「そもそもは、しんにゆうしやおどろかせるための細工であったようであるな。そのちんな動作がこうきんせんれて、そうしよくの品として発展をげたようである」

「まったく、人間族ってのは……」と不平がましい声をこぼしながら、ケルベロスは前足をちょちょいとかざしてまたからくり人形を踊らせる。それで楽しげに顔をゆるませるのは、やはり右側の首であった。なんだか、ねこじゃらしではしゃぐ子猫のような風情だ。

 咲弥としても見ていてきない微笑ほほえましさであるが、まずは当面の目的を果たさなければならない。そんないちまつの使命感を胸に、咲弥は「ねえねえ」とドラゴンに呼びかけた。

「確かに立派なお宝がどっさりだけど、キャンプギアに転用できそうな品があるのかなぁ?」

「うむ。屋根ならば、こちらの品は如何いかがであろうか?」

 ドラゴンの尻尾がしゅるしゅるとのびて、岩盤にたてかけられていた品を取り寄せた。つつじように丸められた、巨大な織物だ。それを広げると、宝石のようなきらめきが鬼火の光を反射させた。

「こちらは『せいれいおうはごろも』と名付けられた織物である。ただ美しいばかりでなく雨風や炎やかみなりをも退け、なおかつもうのように軽い。屋根として使うにはうってつけではないだろうか?」

「おー、すっげー。でも、こんなゴージャスな織物をタープの代用にするのは、もったいなくない?」

「どれほどざつに扱っても、こちらの織物がいたむ恐れはなかろう。それに、かつての所有者が壁にかざるために、要所に銀のを取り付けたのだ。この細工もまた、設置の役に立つことであろう」

 そんな風に言ってから、ドラゴンは巨大な織物を咲弥の首から下にあてがった。

「まあ、こちらはそもそもしようぞくを仕立てるための品であるのだが……屋根としてあつかうのが不相応であれば、本来の用途で活用してみてはどうであろうか?」

「いやいや、猫に小判のきわみでしょ。そういうことなら、タープの代わりとしてためしてみよっかなぁ」

「左様か」といくぶん残念そうな目つきをしながら、ドラゴンは尻尾だけで器用に織物を丸めた。

「あ、ただ、タープとして使うには備品が必要になるんだよねぇ。ロープは余分にあるけど、ポールとペグは買い足すしかないかなぁ」

「なるほど。支えになる柱の棒に、ロープを地面に固定するくいであるな」

 ドラゴンは一考してから、また尻尾をのばした。それが二往復して、二種の品を咲弥の足もとに並べる。片方はセカンドバッグぐらいのサイズをした黒光りするかわのケースで、もう片方は――全長三メートルはあろうかという立派な槍のセットであった。

「こちらは『聖騎士の槍』である。あくまで装飾の品であるが、伝説のほうそうグングニルを模したもので、さきもきわめてがんきように作られている」

 その穂先は白銀に照りかがやき、咲弥には意味不明なもんようがそれは美しくちようこくされていた。

「なんか、ますます気が引けてきたなぁ。……そっちのケースは、何かしらん?」

 ドラゴンは無言のまま、革のケースの留め具に尻尾の先をわせた。そのケースの表面にも奇怪な紋様が焼き印されており、留め具は明らかに宝石だ。そして、その内側に収納されていたのは、黒々と輝く金属の杭の束であった。長さは三十センチばかりもあり、太さは一センチ弱、せんたんするどとがり、しりのほうには側面に小さな環が取り付けられている。

「おー、確かにペグっぽい。これは、どういうお宝なのかなぁ?」

「こちらは『くらねむりのつめ』といって、東方に住まう人間族が用いる暗殺用の武具であるな。げんこうという希少な金属で作られており、幼子の力でも骨をつらぬけるのだとしようされている」

「おおう……そんなものをハンマーでがしがし叩いたら、たたられないかしらん?」

「大事ない。我がかいせきしたところ、未使用品であるようだ。玄鋼というのは銀に匹敵するほど希少であるため、昨今ではそうしよくひんとして取り扱われているのであろう」

 よくよく見てみると、その杭の表面にもびっしりと紋様が刻まれている。咲弥のおもい込みであるのか、実にまがまがしい雰囲気であった。

「タープなる屋根に関しては、これにてかんりようであるな。あとは……調理の場となる、作業台であるか」

 奥のほうにのばされたドラゴンの尻尾がひょいっと持ち上げたのは、人間が寝そべることもできそうなぐらい巨大な、石造りの台座であった。こちらは白大理石のような材質で、側面にはやはりうずきのような紋様が彫刻されている。

「……ドラゴンくんは、力持ちだねぇ」

「うむ。身を圧縮させても、力が弱まるわけではないのでな」

 細長い尻尾ひとつで台座を引き寄せたドラゴンは、それを地面にそっと下ろした。

「こちらは、『祝福のねや』である」

「ほうほう。ようやくえんのよさそうな品だねぇ」

「うむ。古き神にいけにえささげるための台座であるな。この上で生贄の身を切り開き、心臓を取り出すのだ」

「……もしかして、わざとやってる?」

「あくまで、模造の品である。我とて、死のにおいを帯びた品を身近に置くしゆはないのでな」

 ドラゴンがかいそうに目を細めたので、咲弥は「もー」とその首の付け根をこぶしでぐりぐりとあつぱくした。

「ともあれ、これだけの大きさであれば作業にも不自由はあるまい。アトルやチコの背丈でも、支障はなかろう」

「うん、まあ、それは認めよう。あー、だけど……欲を言ったら、カッティングボードもしいかなぁ。じっちゃんのも拝借してきたから、あと一枚で人数分そろうんだよねぇ」

「カッティングボード……いわゆる、まな板であるな」

 ドラゴンはまたしばし思案してから、尻尾をのばした。それが運んできたのは、A4サイズのしつこくの石板である。四方のふちにはからくさ模様のごとき彫刻がほどこされていたが、その内側は顔が映りそうなぐらいぴかぴかにみがかれていた。

「こちらは『プロフェーテースのこく』である。魔力を込めていのると預言の言葉がかびあがる、希少なほうであるな」

「うんうん。いちいちつっこむのもつかれたから、ありがたく使わせてもらおうかな」

 そうして咲弥がさとりの境地に至ったころ、可愛らしく頬を紅潮させたきようだいが腕いっぱいに財宝をかかえてけ戻ってきた。

「りゅーおーさま! おさらをはっけんしたのです!」

「ほかにもおやくにたちそうなものをみつくろったので、ごかくにんをおねがいしますのです!」

『祝福の閨』なる石の台座に、それらの宝物が並べられていく。ドラゴンの尻尾が、その内のひとつをつまみあげた。

「ほう。こちらは『サラマンダーのぐうきよ』であるな。これは確かに、有用であろう」

「はいっ! トシゾウさまのつかっていた、らんたんというどうぐにそっくりなのです!」

 確かにそちらは、ランタンによく似た形状をしていた。台座の上にとうめいのホヤが設置されて、その上にかさがかぶせられているのだ。ただ、ホヤの内部に収納されているのは赤く輝く宝石であった。

「これは魔力のけつしようせきであり、火の精霊を招くことがかなうのだ」

 ドラゴンの尻尾が上部の笠を操作すると、かさのように大きく開いた。とたんに、オレンジ色の輝きが鬼火の輝きをあつとうする。

「この笠の開き具合で、明かりの強さを調節することができる。こちらの世界でも、とうろうとして扱われている魔法具であるな。ただしこちらの品はいにしえのだいどうヘルメスの作であるとされており、長らく火のしん殿でんまつられていたのだ」

「大魔道士ヘルメス……?」と反応したのは、いんな目つきをした左側の首であった。

「それはこの世にじゆつの文明をもたらした、伝説の大魔道士ヘルメスのことであろうか……? そのように希少な魔法具を、本当に使ってしまうので……?」

「道具なんて、使ってなんぼだろ! こんな場所にい込んでおいたって、なんにもならねーじゃねーか!」

 右側の首がせいよくまくしたてると、ドラゴンもおだやかに目を細めつつ「まったくであるな」と応じた。

「火の神殿から我のもとに移されただけで、けっきょくこの品は眠り続けることになった。どうかサクヤのもとで、正しく使ってもらいたい」

「はーい。こっちの食器はすいぶん立派だけど、汚しちゃってだいじようなのかなぁ?」

「うむ。そちらは聖王国ヴェイロムからけんじようされた食器であるな。そちらも長らく、道具として正しく使われる日を待ちわびていたことであろう」

 それは、美しいりの箱に何枚もの皿やスプーンやフォークなどがめ込まれた食器のセットであった。食器はすべて白銀に輝いており、せいな彫刻も見事な限りである。

「あと、こちらのかたなはすごいきれあじなのです!」

 むらさきいろの瞳をアメシストのように輝かせたアトルが、いかにも立派なさやに納められたたんけんを取り上げた。

「うむ。そちらはせいけんと称される、『竜殺し』であるな。たいけんとひとそろいで保管されていたはずであるが……まあ、大剣はキャンプの役に立つまいな」

「えー? だけどちょっと、おんなネーミングじゃない?」

「大事ない。たわむれに試してみたところ、我の鱗に傷ひとつつけることはかなわなかった。おそらくは、竜族をもたおせるようにという願いを込めてつけられためいしようであるのだろう」

「そんなの、たわむれでも試しちゃだってばぁ」

 咲弥が口をとがらせると、ドラゴンは居住まいを正して「左様であるな」としゆこうした。

「今後は、ひかえることとしよう。……そちらの短剣は、活用することがかなおうか?」

「ぼくにはわからないですけれど、すごいきれあじなのです!」

 アトルは鞘から短剣を引き抜くと、その場にかがみ込んだ。そして恐ろしいことに、足もとに転がっていたがんかいをすぱすぱと輪切りにしてしまう。

「わー、そんなの使ったら、カッティングボードもテーブルも真っ二つじゃない? 切れすぎるものってのは、ちょっと危ないよぉ」

「左様か。アトルよ、そちらはもとの場所に戻してくるがよい」

「りょーかいなのです!」と、アトルは残念がる様子もなくぴゅーっと駆け去っていく。すると今度は妹のチコがもじもじしながら、美しい小ぶりのつぼを持ち上げた。

「こ、こちらのつぼは、すくってもすくってもおみずがわいてくるのです。とてもふしぎでべんりなのです」

「そちらは『ウンディーネのおんちよう』であるな。水の精霊の加護によって、常に清らかな水で満たされているのだ」

「おおー、あたしのウォータージャグはソロキャン用のサイズだし、じっちゃんの分まで詰め込むスペースがなかったから、そいつがあれば心強いなぁ」

「サ、サクヤさまのおめがねにかなえば、きょーえつしごくなのです!」

 チコはいっそうもじもじとしながら、うれしそうに口もとをほころばせた。

 すると、ドラゴンが「ふむ」と思案する。

「壺か……であれば、こちらも有用であるやもしれんな」

 ドラゴンの尻尾が、新たな壺を引き寄せる。いかにも美しい『ウンディーネの恩寵』とは異なり、真っ黒で禍々しいデザインをした壺だ。ただしサイズは、いっそう小ぶりであった。

「こちらは、『どんよくなるきよあぎと』である」

「うんうん。いかにもきつなお名前だねぇ。いったいどんな不思議アイテムなのかなぁ?」

「この壺は、呑み込んだものをすべて虚無に返すのだ。存在そのものがしようめつし、後にはちりも残らない。こちらの魔法具を活用すれば、サクヤもくずものを持ち帰る苦労から解放されよう?」

「えー? でもそれも、取り扱いが難しくないかなぁ? うっかり手でもっ込んじゃったら、だいさんじゃん」

「大事ない。この小さな壺の内に収まりきるものでなければ、魔法は発動されないのだ。であれば、危険はなかろう?」

 その壺は、口の直径も全長もそれぞれ十五センチていどとなる。であれば、危険にさらされるのは虫や小動物ぐらいであるだろう。

「それにサクヤは、山中におけるはいせつぶつの処理にも小さからぬ苦労を――」

 咲弥は「ストップ」と宣言しながらドラゴンの口もとに人差し指をし当てて、にっこり微笑んだ。

「ドラゴンくん。としごろの女性を相手に、そういう話題は差し控えることをすいしよういたします」

「……サクヤの気分を害してしまったのなら、心よりの謝罪を申し述べよう」

「いえいえ。こちらのアイテムはとても便利そうなので、つつしんでお預かりいたします」

 そんな感じで、キャンプギアのじゆうは完了した。

 タープの代用である『精霊王の羽衣』、ポールの代用である『聖騎士の槍』、ペグの代用である『昏き眠りの爪』、作業台の代用である『祝福の閨』、カッティングボードの代用である『プロフェーテースの黒碑』、ランタンの代用である『サラマンダーの寓居』、聖王国ヴェイロムから献上された銀の食器類、ウォータージャグの代用である『ウンディーネの恩寵』、はいぶつ処理の『貪欲なる虚無の顎』――咲弥が想像していた以上のだいしゆうかくである。これならば、ケルベロスが増員されたこのメンバーでも思うさまキャンプを楽しめるはずであった。