咲弥は
「さあさあ、楽にしておくんなさい。あたしは
「はいっ! りゅーおーさまから、おうわさはかねがねうかがっているのです!」
「ど、どうぞよろしくおねがいいたしますなのです!」
「だからまずは、楽にしなさいってば。取って食ったりはしないからさぁ」
咲弥がそれだけ言いつのると、幼き兄妹はようやくおずおずと身を起こした。
くすんだ砂色のポンチョとブーツは、やはり何らかの
その顔が、とても可愛らしい。リスのように大きな目が印象的で、もしゃもしゃの
「うーん。取って食わないって言ったけど、思わず食べちゃいたくなるぐらいかわゆいねぇ」
咲弥が思わず
「冗談だよぉ。どうしてキミたちは、そんなに腰が引けてるのかなぁ?」
「コメコ族はあらゆる種族に
「ええ? こんなかわゆらしいおこちゃまたちを迫害するなんて、許されざるべき所業だねぇ」
「うむ。この者たちはなかなか
そんな風に語りながら、ドラゴンは長い首を垂らして亜人族の兄妹に顔を寄せた。
「しかし、アトルにチコよ。こちらのサクヤは、トシゾウから優しき心根を受け継いでいる。そのように恐れ入る必要は
「いやいや、あたしはそんな大したもんじゃ――あれ? この子たちも、じっちゃんのお友達なのぉ?」
「否。友ではなく、
咲弥が小首を傾げると、兄のアトルが「はいっ!」と声をあげた。
「ぼ、ぼくたちは、トシゾウさまのはたけをおあずかりしているのです! トシゾウさまには、たいへんおせわになっていたのです!」
「畑? じっちゃんの畑はみんな売っぱらっちゃったし、そもそもキミたちがこっちの世界をうろついてたら
「否。もとよりこちらの世界の住人たちは、そちらの世界に足を踏み入れるすべがない。そうではなく、トシゾウはこちらの山にも畑を開いていたのだ」
ドラゴンは落ち着き
「と、いうよりも……毎回トシゾウに食材を準備してもらうのを
「ほへー。いったいどんなもんを育ててたの?」
「それは、こちらに準備している」
ドラゴンの
アトルは「はわわ」と
「本日は、こちらの品も活用してもらいたい。サクヤであれば、きっと立派に使いこなすことができよう」
2
咲弥は「ひゃー」と感心しながら、虚空から出現した作物の山を検分することになった。
両手で
「すっげー。でも、これはキミたちが
「と、とんでもないのです! ぼくたちがおやまのめぐみをくちにできるのも、トシゾウさまとりゅーおーさまのおかげであるのです!」
「そ、そうなのです! それに、はたけはいっぱいいっぱいひろげたので、わたしたちのいちぞくだけではたべきれないぐらいのさくもつがみのっているのです!」
そのように言い放つなり、亜人族の兄妹はそろってもじもじし始めた。
「それで、あの……ぼくたちも、トシゾウさまのつくるおしょくじをいつもたのしみにしていたのです」
「そ、そうなのです。トシゾウさまのしゅわんは、おみごとであるのです」
咲弥がきょとんとしていると、
「以前にも申した通り、こちらの地域では塩や
「あ、そうなんだぁ? じっちゃんたら、
咲弥は何とも言えない
「そういうことなら、あたしも
たちまち兄妹は、「わーい!」と両腕を振り上げた。
「でも、それって見たことのない食材ばっかりなんだよねぇ。あたしに使いこなせるかなぁ?」
「大事ない。これらの作物はトシゾウにとっても
「ご期待に沿えれば幸いだねぇ。それじゃあまずは、設営をすませちゃいますかぁ」
「はいっ! ぼくたちも、おてつだいするのです!」
どうやらこちらの兄妹は設営の手伝いの経験もあるらしく、咲弥がわずかに指示を与えるだけでてきぱき作業を進めてくれた。シートを広げたりハンマーでペグを打ったりする
そのおかげもあって、
「よしよし。お次は、
「はいっ! よろしければ、ぼくたちもおてつだいするのです!」
「ええ? 二人ともけっこう力持ちなのはわかったけど、さすがに
咲弥がそのように答えると、ドラゴンが「大事ない」と声をあげた。
「この者たちは、サクヤと同程度の
「ちょちょちょ。この子たちって、ハタチを過ぎてるのぉ? 見た目も言動も、おこちゃまそのまんまなんだけど」
「うむ。コメコ族というのは、小人族の一種であるのでな。体が小さいのも言動が幼げであるのも、種族そのものの特性となる」
「にゃるほど……ま、かわゆければ何でもいっかぁ」
しかし祖父は、
「いやぁ、大したもんだねぇ。キミたちだったら、いっぱしのキャンパーとしてやっていけそうだなぁ」
「お、おほめにあずかり、きょーしゅくのかぎりなのです!」
そんな風に応じながら、亜人族の兄妹は
ともあれ、調理の準備も
「こちらが本日の秘密兵器、ダッチオーブンでございます。これだったら、四人分の料理も何とかなりそうだねぇ」
「ほう。これは立派な、鍋であるな。新たに買い求めたのであろうか?」
「うん。セールで安くなってたからさぁ」
咲弥が白い歯をこぼすと、ドラゴンは何かを察したように優しげな目つきをした。
「で、あたしもいちおう今日のプランは考えてきたんだけどさぁ。このお宝の山をどう活用させるか、まずはそこからだねぇ」
咲弥はクーラーボックスの
とりあえず、
「ひとつずつ説明していこう。まずこちらは、『ジャック・オーの
それは直径十センチていどの、真っ赤なカボチャのごとき実であった。
「こちらは、『
そちらは紫色をした、分厚い花弁の
「そしてこちらが、『マンドラゴラモドキ』であるな」
それは全長十五センチほどで、
「うーん。実にコケティッシュだねぇ。……で、この子たちはどんな味わいなのかなぁ?」
「うむ。『ジャック・オーの憤激』は、強い
「ほほう。トマトとトウガラシだなんて、ずいぶん
「そちらは花のごとき香りを有しているが、味わいはやや甘いていどで
「ふむふむ。では、こちらの
「そちらはまさしく、根菜であるな。表皮には強い苦みがあるが、その下には
咲弥は「にゃるほど」と腕を組んだ。
「外見はなかなかのインパクトだけど、使い勝手はよさそうだねぇ。あと、こっちの壺と土瓶は何かしらん?」
「壺の中身はデザートリザードと呼ばれる
「そりゃまた詩的なお名前だねぇ。でも、お肉やお酒までそろってるのかぁ」
「はいっ! ぼくたちは、デザートリザードをかるいちぞくなのです! このふくやくつも、デザートリザードのかわでできているのです!」
「はいっ! それでわたしたちは、だいじなキャメットをデザートリザードからまもっているのです!」
「キャメット?」と咲弥が疑念を
「キャメットとは、そちらの世界で言うラクダとヤギを掛け合わせたような獣であるな。この者たちの一族は
「はいっ! だからわたしたちは、デザートリザードのおにくをたべて、キャメットのおちちをのんでいるのです! やさいはとてもきちょうなので、トシゾウさまにはみんなかんしゃしているのです!」
妹のほうが
「それで……おさけも、キャメットのおちちのおさけしかしらなかったのです。トシゾウさまのおかげで、こんなにおいしいおさけをのむことができるようになったのです」
「ふーん? じっちゃんが、果実酒の作り方なんて知ってたの?」
「否。果実酒の作り方を
と、ドラゴンまでもがもじもじし始めたので、咲弥は
「わかったわかった。わかったから、
「と、とんでもないのです! ぼくたちなんて、なんのとりえもないていきゅーのいちぞくなのです!」
すると、たちまちドラゴンが
「其方たちは
「と、とんでもないのです! きょーしゅくのいたりなのです!」
亜人族の兄妹は、
「それじゃーまあ、お酒はあとのお楽しみとして……まずは、デザートなんちゃらのお肉ってのを拝見できるかなぁ?」
「はいっ! いますぐに!」
兄のアトルがずんぐりとした壺に手を突っ込み、大きな
「これって、何だろぉ? 塩とか胡椒とかは貴重なんだよねぇ?」
「はいっ! これは、さばくのすななのです! やいたすなにつけておくと、デザートリザードのおにくはおいしーおいしーなのです!」
「それがコメコ族の、肉の保存法であるようだ。そちらの世界では成立しない作用なのであろうと、トシゾウはそのように申していたな」
「うんうん。砂
「はいっ! きょーしゅくのいたりなのです!」
ウォータージャグの水で黄白色の砂を洗い流すと、その下からは
「デザートリザードの肉は、そちらの世界の
「おー、鶏肉だったらちょうどいいやぁ。それじゃあさっそく、こいつと一緒に使わせていただこうかなぁ」
咲弥も負けじと、クーラーボックスから本日の食材を取り出した。プラスチック・バッグに収められた鶏の骨つきモモ肉が、二本である。本日は『ほりこし』ばかりでなく、オリーブオイルにも漬け込まれていた。
「そっちのお肉も、いちおう『ほりこし』とオリーブオイルをまぶしておこっかぁ。どんな仕上がりになるか、楽しみなところだねぇ」
咲弥は巨大な肉塊を二つに
その過程で、体内でパチンとスイッチの入るような感覚が生じる。咲弥のやる気スイッチが、オンにされたのだ。
(ダッチオーブンを買った当日に、今度は未知なる食材だもんなぁ。そりゃあテンションも上がろうってもんさ)
自宅であれば
「よし。お次は――」
咲弥は家で洗っておいたダッチオーブンにもオリーブオイルを
「本日も、初めて目にする料理であるようだ。それは、
「これはねぇ、ローストチキンっていう料理だよぉ。このダッチオーブンで、肉や野菜を蒸し焼きにするのさぁ」
咲弥は手早くタマネギとニンニクの皮を剥き、ジャガイモの芽を取って、ニンジンの頭を落とした。まずはそれらの野菜をアルミホイルで
「うーん。ここで
紫色の薔薇のごとき葉菜、『黄昏の花弁』を一枚ずつ剥いてタマネギやジャガイモの
(さすがに十二インチはやりすぎかと思ってたけど、結果的には大正解だったなぁ)
「よしよし。まずは、ここまでね。こいつはちょいと時間がかかるんで、この間に別の準備を進めようと思うよぉ」
「はいっ! なにかおてつだいできることがあったら、なんでももうしつけてほしいのです!」
「うーん。そしたら、マンドラくんの皮を剥いておいてもらえる? このスライサー、使い方はわかるかなぁ?」
「はいっ! トシゾウさまから、にたようなどうぐをおかりしたことがあるのです!」
「あと、わたしたちはトシゾウさまからこのどうぐをいただいているのです!」
と、妹のチコが草籠から小ぶりのおろし金を取り出した。
「あらあら、それは準備のいいことで。キミたちも、マンドラくんをすりおろして食べてたのかなぁ?」
「はいっ! マンドラゴラモドキはにてもやいてもおいしーですけれど、これをつかうととろとろで、なまのままでもおいしーおいしーなのです!」
「はいっ! さばくのしゅーらくではまきもきちょーなので、なまでもおいしくたべられるのはしあわせいっぱいいっぱいなのです!」
「うんうん。また千切りサラダにでも仕上げようかと思ったけど、おろし金があるんだったら可能性が広がるなぁ。マンドラくんは、全部すりおろしておいてもらえる?」
「えっ! にたりやいたりはしないのです?」
チコが不安そうな顔をしたので、咲弥はにんまり笑ってみせた。
「そのリアクションからすると、この食べ方は初めてみたいだねぇ。気に入ってもらえるか、楽しみだなぁ」
「は、はい……」と、チコはアトルと一緒に後ずさってしまう。
咲弥は小首を
「あたしの
「否。きわめて魅力的な笑顔であったように思う」
「うーむ。それはそれで、疑わしいなぁ」
咲弥が
ともあれ、調理は始まったばかりである。咲弥はさらなる料理のために、下準備を進めておくことにした。
3
咲弥は他なる
その間、ドラゴンは咲弥の
「サクヤよ。蒸気が
「おー、ありがとぉ。それじゃあ、次のステップだねぇ」
咲弥は
「ほう……それもまた、初めて目にする手法である」
「うんうん。こうやって、上下からまんべんなく熱を通すんだよぉ。ダッチオーブンの本領発揮だねぇ」
焚火台の空いたスペースに新たな薪を投入して火力を保ってから、咲弥はテーブルに
「よし。お次は……こっちの真っ赤なカボチャくんは、パスタのソースとして使ってみようかなぁ」
そんな風に言ってから、咲弥は「うーん」と
「でも、パスタはペペロンチーノに仕上げるつもりだったから、バーナーも一台しか持ってきてないんだよねぇ。こんなことなら、もう一台も積んでおくんだったなぁ」
「うむ? やはり、畑の作物のことを事前に告げておくべきであっただろうか? であれば、謝罪の言葉を
「あー、いいのいいの。火元が足りないなら、順番に仕上げていくだけだからさぁ。キャンプは、のんびり楽しまないとねぇ」
とはいえ、咲弥が使用しているメスティンはレギュラーサイズであるため、パスタは二名分ずつ仕上げていくしかない。まずその第一
「今までどうして、あのかわいこちゃんたちのことを
「否。決して、そういうわけではないのだが……」
ドラゴンはマンドラゴラモドキと
「実は……サクヤと過ごす時間が楽しいあまりに、すっかり失念していたのだ。手回しの悪さに、謝罪の言葉を捧げたく思う」
「んにゃー。そんなダンディな声で、なに言ってんのさぁ」
照れた咲弥は、ドラゴンの首の側面を
「あり? でも、ナイショ話って口を近づける必要があるの? あたしはてっきり、ドラゴンくんの言葉はテレパシーか何かだと思ってたんだけど」
「うむ。非人間型の
「ふむふむ。よくわからんけど、わかったことにしておこう。ついでに聞いておくけど、アトルくんたちの言葉を自動
「うむ。サクヤが
「ふーん。ま、あたしはドラゴンくんがいてくれれば十分だから、問題ナッシングだねぇ」
咲弥がそのように答えると、今度はドラゴンのほうがどこかくすぐったそうに目を細める。そのタイミングで、アトルが「あのっ!」と声を張り上げた。
「さぎょーかんりょーしたのです! つぎのごしじをおねがいしますのです!」
「おー、お
バーナーの火にかけていた二名分のパスタは、いい具合に
茹であがったパスタはラージサイズのコッヘルに移して、オリーブオイルを
「調理器具はぎりぎり間に合ってるけど、食器のほうで苦労しそうだなぁ。まあ、アルミホイルをうまく使うしかないかぁ」
「食器であるか? あの者たちは、それぞれ食器を準備しているはずだが」
ドラゴンの視線を受けたチコが、
「それらはすべて、トシゾウが山の樹木から作りあげたものであるのだ」
「おー、さすがじっちゃんは器用だなぁ」
それらの食器にはニスか何かが塗られているようで、
「あっ! こ、こちらをおだしするのをわすれていたのです!」
と、チコはさらに二つの包みを引っ張り出した。
「ほう。キャメットの
「へえ、チーズはありがたいねぇ。にゅーしってのは、なんだろう?」
「乳脂とは、あまりそちらの世界では
「は、はいっ! ちーずというおなまえも、わたしたちはりゅーおーさまからおしえていただいたのです! わたしたちのしゅうらくでは、かんらくとよんでいたのです!」
「かんらく……
「
「にゃるほど。お勉強になりますなぁ。まあ、明日には
そのように応じつつ、咲弥はにっとチコに笑いかけた。
「何にせよ、チーズもバターも
「と、とんでもないのです! サクヤさまのおやくにたてたら、ぼーがいのよろこびであるのです!」
「いやいや、あたしは様よばわりされる立場じゃないよぉ。どうぞ気軽に咲弥とお呼びくださいまし」
「と、とんでもないのです! りゅーおーさまのごどーはいを、よびすてなどにはできないのです!」
チコはそのように申し述べていたが、そもそも
「ま、呼びやすいように呼んでもらうのが一番かぁ。とりあえず、そいつのお味を確かめさせてもらえる?」
「ど、どうぞ! こぼれやすいので、おきをつけください!」
チコから受け取った二つの袋は、
「そちらは、デザートリザードの
「かゆいところに手が届くねぇ。……おお、こいつは絶品だぁ」
キャメットなる獣の乳脂はほとんど液状であったがバターに負けないぐらい香り高く、半固形のチーズはねっとりとしたカマンベールチーズのような味わいであった。
「いいねいいねぇ。どっちも存分に活用させていただくよぉ。それじゃあまずは、マンドラくんから仕上げちゃおっかぁ」
スモールサイズのコッヘルは、マンドラゴラモドキのすりおろしで七分目まで満たされている。咲弥は目玉焼きを作ろうと思って持参した卵を二つ投入し、さらに
「うーん。ヤマイモよりは、もったりした感じだねぇ。どんな仕上がりになるか、楽しみだなぁ」
マンドラゴラモドキの
「それは……かつてトシゾウからふるまわれた、お好み焼きという料理に似ているようであるな」
「あ、お好み焼きは知ってるんだぁ? これは、ヤマイモのふわふわ焼きの応用だよぉ」
「ふわふわやき! おなまえからして、おいしそーなのです!」
そんな声を張り上げてから、アトルは慌ててかしこまった。
「つ、ついついみとれてしまったのです! ぼくたちにも、ごしじをおねがいするのです!」
「そうだねぇ。それじゃあ、その真っ赤な
咲弥が
「わ、わたしもなにかおやくにたちたいのです。もうおしごとはないのです?」
「あー、それじゃあタマネギも切っておいてもらおうかなぁ。切り方は、わかる?」
「はいっ! トシゾウさまから、わぎりとうすぎりとくしぎりとみじんぎりをおしえていただいたのです! ……ただ、わたしたちのかたなでは、ちょっとむずかしいのです」
「んー? チコちゃんたちも、ナイフを持ってるの?」
「はいっ! コメコぞくはデザートリザードのおにくをきるために、みんなかたなをもっているのです!」
チコはポンチョの内側から、砂色の鞘を取り出した。そこから引き
「そちらは、黒曜石の刀であるな。切れ味は悪くないが、細かな作業には向いていないようだ」
「ほほー。立派なもんだねぇ。でも確かに、厚みのあるナイフは調理に向いてないからなぁ。アトルくん、こっちの予備のナイフと
作業を開始しようとしていたアトルはわたわたと慌てながら、「はいっ!」と応じる。そのさまを横目に、ドラゴンが小首を傾げた。
「それらのナイフに、何か
「うん。メインのナイフは
「ふむ。アトルのほうは、調理に不向きなナイフで問題ないということであろうか?」
「うん。刃が厚いと切ってる最中に腹の部分が断面に圧力をかけて、割ったり
「なるほど。そういった
咲弥はターナーでマンドラゴラモドキの生地をひっくり返しつつ、「あはは」と笑った。
「そんな大した話じゃないさぁ。じゃ、チコちゃん。タマネギは片方が
「せんいにそったうすぎりと、みじんぎり! りょーかいなのです!」
「あ、カッティングボードも一枚しかないんだっけ。じゃ、ここにアルミホイルを敷いておくねぇ」
咲弥が準備を整えると、チコは
(じっちゃんも、こうやって手伝いをお願いしてたわけかぁ)
咲弥がそんな想念にひたっていると、ドラゴンが申し訳なさそうな
「我は何の力にもなれず、
「うんうん。そのときはよろしくねぇ。……さてさて、そろそろ焼きあがったかなぁ?」
咲弥が生地の
「よしよし、こんなもんでしょう」
咲弥は焼きあがったマンドラゴラモドキをアルミホイルの上に移して、ポン
「はい、完成だよぉ。こいつを切り分けるから、いったんナイフを返してもらえるかなぁ?」
「はいっ!」と振り返ったチコが、皿に盛りつけられたふわふわ焼きの姿に目を
「と、とってもおいしそーなのです! マンドラゴラモドキをこんなふうにたべるのは、はじめてなのです!」
「うんうん。よかったら、今後の参考にしてみてねぇ」
咲弥はチコから
「おおー、なんじゃこりゃ」
咲弥がふわふわ焼きをつまんだ手を三十センチばかり口から遠ざけると、ようやくのびきった糸が切れた。それをこぼさないようにすすってから、いざ
糸を引くぐらいの
「こいつは
「おいしーのです!」と真っ先に声を張り上げたのは、アトルであった。
「とろとろのマンドラゴラモドキが、ふわふわなのです! うえにかかってるおしるもしょっぱくて、おいしーおいしーなのです!」
「それに、マンドラゴラモドキそのものが、ふつーよりおいしーおいしーなのです!」
「うむ。
「そっかぁ。じゃ、この場でしっかり楽しんでくださいなぁ」
「はいなのです!」と応じる兄妹は、これ以上もないぐらいの笑顔である。そしてドラゴンも満足そうに目を細めており、そんな三者の姿が咲弥の心を深く満たしてくれた。
(これじゃあじっちゃんも、イチコロだっただろうなぁ)
祖父がこちらの三名と食事を囲んでいる姿を想像すると、胸の内側が熱くなってしまう。
それが
4
「じゃ、お次はパスタのソース作りだねぇ」
二枚目のふわふわ焼きを完食して、パスタの第二陣を茹であげたのち、咲弥はそのように宣言した。
カッティングボードとアルミホイルの上には、
「あたし、ニンニクやらタマネギやらが好物でさぁ。毎回毎回、
「
ドラゴンのそんな言葉を聞きながら、咲弥はオリーブオイルとスライスしたニンニクを投入したコッヘルをバーナーの火にかけた。
弱火でじっくり熱を入れていくと、たちまち芳しい香りがたちのぼっていく。
「では次に、チコちゃんの力作を投入いたします」
薄切りとみじん切りにされた二個分のタマネギを投入すると、じゅわっと景気のいい音があがる。片方のタマネギをみじん切りに仕上げてもらったのは、
(何せこっちのこいつは、初チャレンジの食材だからなぁ)
食感はカボチャに似ていて、味はトマトとトウガラシ――
(カボチャに似てるなら、水気が必要だよな)
タマネギにほどよく熱が通ったところで、咲弥はパスタの茹で汁と『ジャック・オーの憤激』なる赤い果実を投入した。さらに
「あとは
咲弥は
しかしまた、手間がかかればかかるほどに、咲弥の熱情の内圧は高まっていく。初めての食材と初めての調理器具で、いったいどれだけの料理を作りあげることがかなうか。咲弥の内に生じた熱情は、ひそかに
「目安としては、あと十五分ぐらいかなぁ。食材が倍増したから、様子を見ながら判断するしかないけどねぇ」
「うむ。期待はつのるばかりである」
ドラゴンも亜人族の兄妹も、期待に
「じゃ、火の面倒を見つつ、のんびりおしゃべりでも楽しみますかぁ。……アトルくんとチコちゃんは、砂漠のおうちからこの山に通ってるのかな?」
「はいっ! でも、りゅーおーさまのまほーでぴかぴかのぴゅーなのです!」
「なるほど、わからん。ドラゴンくん、解説よろです」
「コメコ族の集落からこの山までは徒歩で一日がかりであるので、転移の門を
「ふむふむ。畑で働いてるのは、このお二人だけなのかな? 集落のみんなにもおすそわけしてるってことは、けっこうな規模の畑なんでしょ?」
「うむ。しかし、我もトシゾウもあまり大人数の相手を
「はいっ! りゅーおーさまからじゅーよーなおしごとをおまかせされて、こーえいのかぎりなのです!」
「それに、しゅーらくのみんなにまでやさいやおさけをわけていただき、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
彼らはドラゴンに対しても
「にゃるほどねぇ。ちなみお二人は、いつぐらいからこちらのお山で働いてるのかな?」
「こちらの山の調和が保たれたのちのことなので、一年ていどではなかろうかな」
「そっか。うちのじっちゃんと仲良くしてくれて、ありがとね」
咲弥がそのように告げると、兄妹は「とんでもないのです!」と背筋をのばした。
「こちらこそ、トシゾウさまにはかんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
「はいっ! わたしもアトルも、こころからこーえいにおもっているのです!」
そのように語る兄妹は、やはり純真そのものであるが――ただ、他界した祖父に対する
「コメコ族は、死を祝福と考えている。この世の生を
「……そっか。あたしもその
咲弥が小声でそのように答えると、ドラゴンは優しげに目を細めた。
「ともあれ、この者たちの都合がつく日には、こうして食事に招いてやりたいのだが……サクヤにも
「うん、もちろんだよぉ。こうして食材を持ち込んでくれたら、こっちの
「うむ。冬が明ければ、さらなる食材を準備することもできよう。ただ、面倒をかけることに違いはないので……それだけが心配であったのだ」
「そんなの、どうってことないさぁ。グルキャンの楽しさは、現時点でも実感できてるしねぇ」
咲弥がそのように答えると、亜人族の兄妹はこらえかねた様子で「わーい!」と
(でも、ちょっとばっかり装備が足りないよなぁ。これはいよいよ、じっちゃんのキャンプギアを拝借するしかないかぁ)
彼らの喜びに水を差さないように、咲弥は内心でそのように取り決めた。
「さて。そろそろパスタソースのほうを確認しておこうかな」
咲弥がチェアに座ったまま手をのばしてコッヘルの蓋を開けると、たちまち
それに、硬い果実もすっかり溶け
そうして再び味を確かめると、まさしく理想の味わいである。咲弥は「よっしゃ」とガッツポーズを作った。
「お初でこれなら、上出来だねぇ。なんなら、
「ついに、完成であるか」
「うん。ローストチキンももうすぐ仕上がるだろうから、こいつは取り分けちゃうねぇ」
もう片方のコッヘルで出番を待っていたパスタをトングでほぐしつつ、それぞれの食器に取り分けていく。亜人族の兄妹は自前の深皿で、咲弥とドラゴンはコッヘルとメスティンの蓋だ。そしてその上に真っ赤なソースをたっぷり注ぎかけて、キャメットのチーズをトッピングすると、亜人族の兄妹がまた
「はい、どうぞ。重たいメインディッシュが
「はいっ! ごしょーばんにあずかるのです!」
そんな言葉も、祖父が教えたのであろうか。本来の言語ではどのように語られているのか、咲弥にとっては永遠の
ともあれ、食事の開始である。パスタはすっかり冷めきっていたが、熱々のソースをかければ問題ない。その熱でいっそうとろけたチーズの味わいも
「お、おいしーおいしーなのです! ジャック・オーのふんげきはおいしーおいしーですけど、これはいちばんおいしーおいしーなのです!」
「うむ。これは素晴らしい出来
「あー、ニンニクとオリーブオイルとトウガラシ系の
咲弥は心からの笑顔とともに、そう答えることができた。ぶっつけ本番の料理で満足のいく出来栄えであったため、達成感もひとしおだ。そして、未知なる食材にもっと使い慣れればさらに高みを目指せるのではないかという期待を
(キャンプ料理で気合が入るってのは、あたしの
咲弥がそのように考えたとき、ついにキッチンタイマーが鳴り響いた。
「お、ようやく時間かぁ。みんなは食べててくださいな」
咲弥は
肉には『ほりこし』とオリーブオイルをすりこんでいるので、香りも芳しい。その香りを楽しみながら、咲弥が肉に
「……完成であるか?」
と、いきなり耳もとでダンディな声が響きわたったので、咲弥は「うひゃあ」とおかしな声をあげてしまった。
「びっくりしたぁ。食べてていいって言ったでしょ?」
「うむ。しかし、ようやく我の出番ではないかと思ってな。そちらの
確かにこちらはダッチオーブンだけで十一キロという重量であるし、
「いや、だけど、ドラゴンくんって
「大事ない」と応じるなり、ドラゴンはダッチオーブンのハンドルに尻尾を巻きつけてしまう。そちらも金属製なので、鍋本体と変わらない熱を帯びているはずであった。
「ひゃー。そんなの
「うむ。
ダッチオーブンを軽々と持ち上げたドラゴンは、いつも通りのしなやかな足取りでテーブルのほうに戻っていく。その姿に、咲弥はひそかに胸を温かくした。ドラゴンは前々から、喜びばかりでなく苦労をも分かち合いたいという気配を
(やっぱあたしは、一人で何でも片付けちゃうクセがしみついてるんだろうなぁ。これからは、できるだけドラゴンくんを
笑顔でパスタを
「すばらしいしあがりなのです! みるからにおいしそーなのです!」
「それに、かおりもすばらしーのです! こんなかおりは、はじめてなのです!」
「そうか。
なんだかちょっと
「それじゃあ、お肉を切り分けちゃうねぇ」
「うむ。其方たちは、酒の準備をするがいい」
「りょーかいなのです!」と勢いよく立ち上がったアトルが、きらきらと光る目をサクヤに向けてきた。
「サクヤさまは、おさけにおみずをいれるのです?」
「うーん? よくわかんないから、アトルくんとおんなじでお願いするよぉ」
「りょーかいなのです! おさけとおなじりょうのおみずをいれるのです!」
嬉々として酒の
そして、他なる具材――長時間の
「ひとまず、こんなところかなぁ。みんな、お熱い内にどうぞぉ」
「はいなのです! おさけのしたくもかんりょーなのです!」
チコが
「そちらは、イブのゆーわくのおさけなのです! ぼくたちは、イブしゅとよんでいるのです!」
「なんだかハブ酒みたいだねぇ。でも、見るからに美味しそうだなぁ」
自分たちのコップを手にした兄妹がちょこんと座るのを待ってから、咲弥はマグカップを取り上げた。
「それでは、初のグルキャンを祝しまして、かんぱーい」
「か、かんぱいなのです!」と、兄妹は両手で
「おー、水で半分で割って、この濃ゆさかぁ。これってけっこう、アルコールも強いんじゃない?」