咲弥はためいきをつきながら、そちらの兄妹のもとにしゃがみこんだ。

「さあさあ、楽にしておくんなさい。あたしはおお咲弥っていう、ちんけな女でございやす」

「はいっ! りゅーおーさまから、おうわさはかねがねうかがっているのです!」

「ど、どうぞよろしくおねがいいたしますなのです!」

「だからまずは、楽にしなさいってば。取って食ったりはしないからさぁ」

 咲弥がそれだけ言いつのると、幼き兄妹はようやくおずおずと身を起こした。

 くすんだ砂色のポンチョとブーツは、やはり何らかのちゆうるいかわで仕立てられているのだろう。そこから覗く手足には灰色の包帯みたいなものがぐるぐると巻かれており、しゆつしているのは小麦色に焼けた顔と手の先ぐらいであった。

 その顔が、とても可愛らしい。リスのように大きな目が印象的で、もしゃもしゃのねこっ毛は兄のほうが長めのショートヘアー、妹のほうはちょこんと小さなおさげにしていた。

「うーん。取って食わないって言ったけど、思わず食べちゃいたくなるぐらいかわゆいねぇ」

 咲弥が思わずじようだんぐちたたくと、兄妹は「きゃーっ!」と悲鳴をあげながらおたがいの身を抱きすくめた。

「冗談だよぉ。どうしてキミたちは、そんなに腰が引けてるのかなぁ?」

「コメコ族はあらゆる種族にはくがいされて、砂漠地帯のおくふかくに追いやられた身であるのだ。そういった来歴から、誰に対しても恐れ入ってしまうのであろうな」

「ええ? こんなかわゆらしいおこちゃまたちを迫害するなんて、許されざるべき所業だねぇ」

「うむ。この者たちはなかなかがんきようなる肉体を有しているのだが、まったく魔力を扱えない身であるのでな。魔法の文明によって成り立つこちらの世界では、どうしても最底辺の存在と見なされてしまうのであろう」

 そんな風に語りながら、ドラゴンは長い首を垂らして亜人族の兄妹に顔を寄せた。

「しかし、アトルにチコよ。こちらのサクヤは、トシゾウから優しき心根を受け継いでいる。そのように恐れ入る必要はかいであるぞ」

「いやいや、あたしはそんな大したもんじゃ――あれ? この子たちも、じっちゃんのお友達なのぉ?」

「否。友ではなく、やとぬしと働き手のあいだがらであるな」

 咲弥が小首を傾げると、兄のアトルが「はいっ!」と声をあげた。

「ぼ、ぼくたちは、トシゾウさまのはたけをおあずかりしているのです! トシゾウさまには、たいへんおせわになっていたのです!」

「畑? じっちゃんの畑はみんな売っぱらっちゃったし、そもそもキミたちがこっちの世界をうろついてたらおおさわぎになっちゃうんじゃない?」

「否。もとよりこちらの世界の住人たちは、そちらの世界に足を踏み入れるすべがない。そうではなく、トシゾウはこちらの山にも畑を開いていたのだ」

 ドラゴンは落ち着きはらったこわで、そのように説明した。

「と、いうよりも……毎回トシゾウに食材を準備してもらうのをしのびなく思い、我がそのように提案したのだ。そうしてこの者たちを雇い入れて、畑を管理するすべを学ばせたというわけであるな。ほうしゆうは、その畑でしゆうかくされた作物となる」

「ほへー。いったいどんなもんを育ててたの?」

「それは、こちらに準備している」

 ドラゴンのきよだいしつせんたんが、くうゆうに走り抜ける。すると、青白くかがやほうじんかび上がり――その向こう側から、巨大なくさかごが飛び出してきた。

 アトルは「はわわ」とあわてながら、その草籠を見事にキャッチする。その草籠に、見たこともない作物がどっさりと山積みにされていた。

「本日は、こちらの品も活用してもらいたい。サクヤであれば、きっと立派に使いこなすことができよう」



 咲弥は「ひゃー」と感心しながら、虚空から出現した作物の山を検分することになった。

 両手でかかえるほどのサイズである草籠には、さまざまな作物が山積みにされている。それに、畑の収穫物ばかりでなく、ずんぐりとしたつぼびんなども詰め込まれていた。

「すっげー。でも、これはキミたちががんって育てたんでしょ? それをいただいちゃうのは、なんだか申し訳ないなぁ」

「と、とんでもないのです! ぼくたちがおやまのめぐみをくちにできるのも、トシゾウさまとりゅーおーさまのおかげであるのです!」

「そ、そうなのです! それに、はたけはいっぱいいっぱいひろげたので、わたしたちのいちぞくだけではたべきれないぐらいのさくもつがみのっているのです!」

 そのように言い放つなり、亜人族の兄妹はそろってもじもじし始めた。

「それで、あの……ぼくたちも、トシゾウさまのつくるおしょくじをいつもたのしみにしていたのです」

「そ、そうなのです。トシゾウさまのしゅわんは、おみごとであるのです」

 咲弥がきょとんとしていると、微笑ほほえむように目を細めたドラゴンが説明してくれた。

「以前にも申した通り、こちらの地域では塩やしようも希少であるのだ。トシゾウのける食事は、この者たちの心をも深く満たしていた」

「あ、そうなんだぁ? じっちゃんたら、すみに置けないなぁ」

 咲弥は何とも言えないかんがいに見舞われながら、頭を引っかき回すことになった。そうして兄妹のほうに視線を戻すと、まだもじもじと身をすっている。その愛くるしさは、ドラゴンにも負けていなかった。

「そういうことなら、あたしもうでをふるっちゃおうかなぁ。ちょうど今日は、うってつけの秘密兵器を準備してるからねぇ」

 たちまち兄妹は、「わーい!」と両腕を振り上げた。おそれ入ったりはしゃいだり慌ただしいことであるが、何にせよ愛くるしさのきよくである。咲弥の祖父も、たいそう心をなごませながらキャンプ料理をふるまっていたのだろうと思われた。

「でも、それって見たことのない食材ばっかりなんだよねぇ。あたしに使いこなせるかなぁ?」

「大事ない。これらの作物はトシゾウにとってもみのある味わいであったからこそ、畑で育てられることになったのだ。サクヤであれば、トシゾウよりもさらに見事に使いこなすことができよう」

「ご期待に沿えれば幸いだねぇ。それじゃあまずは、設営をすませちゃいますかぁ」

「はいっ! ぼくたちも、おてつだいするのです!」

 どうやらこちらの兄妹は設営の手伝いの経験もあるらしく、咲弥がわずかに指示を与えるだけでてきぱき作業を進めてくれた。シートを広げたりハンマーでペグを打ったりするぎわも、実にれたものである。なおかつ、咲弥でもちょっと苦労するコンテナボックスを軽々と運べるぐらいのかいりきを有していたのだった。

 そのおかげもあって、またたに設営はかんりようする。テントの前面にはタープを張り、その下にチェアとテーブルとたきだいを設置した、三日前と同じスタイルだ。亜人族の兄妹はがらであるため、雨が降ってもぎりぎりしのげるのではないかと思われた。

「よしよし。お次は、まきりだねぇ。ちゃちゃっと片付けちゃうから、ちょっと待っててもらえるかなぁ?」

「はいっ! よろしければ、ぼくたちもおてつだいするのです!」

「ええ? 二人ともけっこう力持ちなのはわかったけど、さすがにものを扱わせるのはちょっとていこうがあるかなぁ」

 咲弥がそのように答えると、ドラゴンが「大事ない」と声をあげた。

「この者たちは、サクヤと同程度のよわいであるのだ。火の扱いも刃物の扱いも、まったく不足はなかろうと思うぞ」

「ちょちょちょ。この子たちって、ハタチを過ぎてるのぉ? 見た目も言動も、おこちゃまそのまんまなんだけど」

「うむ。コメコ族というのは、小人族の一種であるのでな。体が小さいのも言動が幼げであるのも、種族そのものの特性となる」

「にゃるほど……ま、かわゆければ何でもいっかぁ」

 しかし祖父は、おので薪を割っていたはずだ。それで咲弥がブッシュクラフトナイフを使った薪割りの手法を教えると、亜人族の兄妹は危なげのない手つきでじつせんし始めた。妹のチコには予備のナイフを受けわたし、二人がかりで力強く作業が進められて――ひと束分の薪が、あっという間に片付いてしまった。

「いやぁ、大したもんだねぇ。キミたちだったら、いっぱしのキャンパーとしてやっていけそうだなぁ」

「お、おほめにあずかり、きょーしゅくのかぎりなのです!」

 そんな風に応じながら、亜人族の兄妹はうれしそうに頬を染めている。それもまた、可愛らしい限りであった。

 ともあれ、調理の準備もばんぜんである。咲弥は助手席で出番を待っていたダッチオーブンのケースをかたにさげて、グリルスタンドの上まで運んだ。

「こちらが本日の秘密兵器、ダッチオーブンでございます。これだったら、四人分の料理も何とかなりそうだねぇ」

「ほう。これは立派な、鍋であるな。新たに買い求めたのであろうか?」

「うん。セールで安くなってたからさぁ」

 咲弥が白い歯をこぼすと、ドラゴンは何かを察したように優しげな目つきをした。

「で、あたしもいちおう今日のプランは考えてきたんだけどさぁ。このお宝の山をどう活用させるか、まずはそこからだねぇ」

 咲弥はクーラーボックスのわきに置かれた草籠の中身を、あらためて検分した。

 とりあえず、き出しの作物は三種類である。ドラゴンはまばゆい輝きとともに大型犬ていどのサイズに縮んでから、咲弥といつしよに草籠の中身を覗き込んだ。

「ひとつずつ説明していこう。まずこちらは、『ジャック・オーのふんげき』と呼ばれる作物である」

 それは直径十センチていどの、真っ赤なカボチャのごとき実であった。

「こちらは、『黄昏たそがれの花弁』」

 そちらは紫色をした、分厚い花弁の薔薇ばらのごとき何かであった。サイズはキャベツぐらいもあるので、なかなかの存在感だ。

「そしてこちらが、『マンドラゴラモドキ』であるな」

 それは全長十五センチほどで、こうらいにんじんのような姿をしていたが、どこかどうたいが生えているようなぜいであり――そのてつぺんには、もんにあえぐ人間の顔に見えなくもないしわが刻まれていた。

「うーん。実にコケティッシュだねぇ。……で、この子たちはどんな味わいなのかなぁ?」

「うむ。『ジャック・オーの憤激』は、強いからみと酸味を有している。食感はカボチャに似ているが、トマトとトウガラシをけ合わせたような味わいであるな」

「ほほう。トマトとトウガラシだなんて、ずいぶんあいしようのよさそうな組み合わせだねぇ。ほんじゃ、このれいなお花みたいなやつは?」

「そちらは花のごとき香りを有しているが、味わいはやや甘いていどであおくささのほうが強い。食感は、ハクサイに似ているように思う」

「ふむふむ。では、こちらののろわれし根菜みたいな彼は?」

「そちらはまさしく、根菜であるな。表皮には強い苦みがあるが、その下にはみずみずしい姿が隠されている。味も食感も、ヤマイモに近かろう」

 咲弥は「にゃるほど」と腕を組んだ。

「外見はなかなかのインパクトだけど、使い勝手はよさそうだねぇ。あと、こっちの壺と土瓶は何かしらん?」

「壺の中身はデザートリザードと呼ばれるけものの肉で、土瓶は『イブのゆうわく』の果実酒であるな」

「そりゃまた詩的なお名前だねぇ。でも、お肉やお酒までそろってるのかぁ」

「はいっ! ぼくたちは、デザートリザードをかるいちぞくなのです! このふくやくつも、デザートリザードのかわでできているのです!」

「はいっ! それでわたしたちは、だいじなキャメットをデザートリザードからまもっているのです!」

「キャメット?」と咲弥が疑念をていすると、ドラゴンがすぐさま解説してくれた。

「キャメットとは、そちらの世界で言うラクダとヤギを掛け合わせたような獣であるな。この者たちの一族はばくでキャメットを育てながら、デザートリザードをっているのだ」

「はいっ! だからわたしたちは、デザートリザードのおにくをたべて、キャメットのおちちをのんでいるのです! やさいはとてもきちょうなので、トシゾウさまにはみんなかんしゃしているのです!」

 妹のほうがけんめいに声を張り上げつつ、兄と一緒にもじもじとした。

「それで……おさけも、キャメットのおちちのおさけしかしらなかったのです。トシゾウさまのおかげで、こんなにおいしいおさけをのむことができるようになったのです」

「ふーん? じっちゃんが、果実酒の作り方なんて知ってたの?」

「否。果実酒の作り方をめたのは、我である。トシゾウは酒をたしなまない身であるのに、わざわざ我のために酒の準備をしてくれていたので……なんとかトシゾウの負担を減らそうと思いたってのことである」

 と、ドラゴンまでもがもじもじし始めたので、咲弥はえ死んでしまいそうだった。

「わかったわかった。わかったから、かんべんしてぇ。キミたち、ほんとに親戚なんじゃないのぉ?」

「と、とんでもないのです! ぼくたちなんて、なんのとりえもないていきゅーのいちぞくなのです!」

 すると、たちまちドラゴンがげんと風格を取り戻して「否」と言った。

「其方たちはりよくあやつるすべを持たぬが、その気になれば肉体の力だけで他なる種族と渡り合うことも可能であろう。しかし其方たちは他者と争うことをけ、自ら実りの少ない砂漠地帯へと身を隠したのだ。それは、欲得にとらわれた都の者どもよりも、はるかにすうこうな行いであろう」

「と、とんでもないのです! きょーしゅくのいたりなのです!」

 亜人族の兄妹は、紫陽花あじさいのように綺麗な紫色をした頭をぺこぺこと下げた。いっぽう咲弥は、ドラゴンをふくめた三者のやりとりにこっそり心を和ませる。やはり彼らは、誰もが祖父の友人に相応ふさわしいひとがらを有しているようであった。

「それじゃーまあ、お酒はあとのお楽しみとして……まずは、デザートなんちゃらのお肉ってのを拝見できるかなぁ?」

「はいっ! いますぐに!」

 兄のアトルがずんぐりとした壺に手を突っ込み、大きなにつかいを引っ張り出した。しかしそれよりも、咲弥は肉と一緒にこぼれ落ちたものに目をひかれる。それはどう見ても、黄白色の砂であった。

「これって、何だろぉ? 塩とか胡椒とかは貴重なんだよねぇ?」

「はいっ! これは、さばくのすななのです! やいたすなにつけておくと、デザートリザードのおにくはおいしーおいしーなのです!」

「それがコメコ族の、肉の保存法であるようだ。そちらの世界では成立しない作用なのであろうと、トシゾウはそのように申していたな」

「うんうん。砂けのお肉ってのは、聞いた覚えがないねぇ。それ、水で洗ったほうがいいのかなぁ?」

「はいっ! きょーしゅくのいたりなのです!」

 ウォータージャグの水で黄白色の砂を洗い流すと、その下からはうすももいろあでやかな肉が現れた。それこそ一キロぐらいはありそうな、ずっしりとした肉塊だ。

「デザートリザードの肉は、そちらの世界のとりにくに似た味わいであるな。肉質はややかためであるが、食べにくいほどではなかろうかと思う」

「おー、鶏肉だったらちょうどいいやぁ。それじゃあさっそく、こいつと一緒に使わせていただこうかなぁ」

 咲弥も負けじと、クーラーボックスから本日の食材を取り出した。プラスチック・バッグに収められた鶏の骨つきモモ肉が、二本である。本日は『ほりこし』ばかりでなく、オリーブオイルにも漬け込まれていた。

「そっちのお肉も、いちおう『ほりこし』とオリーブオイルをまぶしておこっかぁ。どんな仕上がりになるか、楽しみなところだねぇ」

 咲弥は巨大な肉塊を二つにり、新品のポリぶくろに投入したのち、『ほりこし』とオリーブオイルをまんべんなくみ込んでいった。

 その過程で、体内でパチンとスイッチの入るような感覚が生じる。咲弥のやる気スイッチが、オンにされたのだ。

(ダッチオーブンを買った当日に、今度は未知なる食材だもんなぁ。そりゃあテンションも上がろうってもんさ)

 自宅であればめんどうだとしか思えない出来事が、キャンプの場では正反対の作用を生む。咲弥にとっては十年来の、馴染みぶかい感覚だ。咲弥は体内に生まれた熱情のおもむくままに、肉塊の詰まったポリ袋をわしわしと揉みしだいた。

「よし。お次は――」

 咲弥は家で洗っておいたダッチオーブンにもオリーブオイルをり、アルミホイルをきつめた。大事なダッチオーブンをがさないための処置である。

「本日も、初めて目にする料理であるようだ。それは、なる料理であろうか?」

「これはねぇ、ローストチキンっていう料理だよぉ。このダッチオーブンで、肉や野菜を蒸し焼きにするのさぁ」

 咲弥は手早くタマネギとニンニクの皮を剥き、ジャガイモの芽を取って、ニンジンの頭を落とした。まずはそれらの野菜をアルミホイルでおおったダッチオーブンの底に並べていくわけであるが――倍増した肉に対して、野菜が物足りなかった。

「うーん。ここでためしに、黄昏のなんちゃらを使ってみよっかぁ。ぐずぐずに溶けちゃっても、いいソースになりそうだしねぇ」

 紫色の薔薇のごとき葉菜、『黄昏の花弁』を一枚ずつ剥いてタマネギやジャガイモのすきんでいく。そしてその上に鶏とデザートリザードの肉を並べると、直径およそ三十センチ、高さ十三センチの広々としたスペースがみっしりくされてしまった。

(さすがに十二インチはやりすぎかと思ってたけど、結果的には大正解だったなぁ)

 まきと炭を燃やした焚火台には、すでに焼きあみをセットしている。咲弥がその上に重いダッチオーブンをのせるさまを、異界の住人たちはきらきらと輝く目で見守っていた。

「よしよし。まずは、ここまでね。こいつはちょいと時間がかかるんで、この間に別の準備を進めようと思うよぉ」

「はいっ! なにかおてつだいできることがあったら、なんでももうしつけてほしいのです!」

「うーん。そしたら、マンドラくんの皮を剥いておいてもらえる? このスライサー、使い方はわかるかなぁ?」

「はいっ! トシゾウさまから、にたようなどうぐをおかりしたことがあるのです!」

「あと、わたしたちはトシゾウさまからこのどうぐをいただいているのです!」

 と、妹のチコが草籠から小ぶりのおろし金を取り出した。

「あらあら、それは準備のいいことで。キミたちも、マンドラくんをすりおろして食べてたのかなぁ?」

「はいっ! マンドラゴラモドキはにてもやいてもおいしーですけれど、これをつかうととろとろで、なまのままでもおいしーおいしーなのです!」

「はいっ! さばくのしゅーらくではまきもきちょーなので、なまでもおいしくたべられるのはしあわせいっぱいいっぱいなのです!」

「うんうん。また千切りサラダにでも仕上げようかと思ったけど、おろし金があるんだったら可能性が広がるなぁ。マンドラくんは、全部すりおろしておいてもらえる?」

「えっ! にたりやいたりはしないのです?」

 チコが不安そうな顔をしたので、咲弥はにんまり笑ってみせた。

「そのリアクションからすると、この食べ方は初めてみたいだねぇ。気に入ってもらえるか、楽しみだなぁ」

「は、はい……」と、チコはアトルと一緒に後ずさってしまう。

 咲弥は小首をかしげつつ、ドラゴンのほうをり返った。

「あたしのがお、そんなにきようあくだったかなぁ?」

「否。きわめて魅力的な笑顔であったように思う」

「うーむ。それはそれで、疑わしいなぁ」

 咲弥がしようを浮かべると、ドラゴンは楽しそうに目を細めた。

 ともあれ、調理は始まったばかりである。咲弥はさらなる料理のために、下準備を進めておくことにした。



 咲弥は他なるこんだてのためにタマネギとニンニクを刻み、亜人族の兄妹はマンドラゴラモドキの皮むきとすりおろしにいそしんだ。

 その間、ドラゴンは咲弥のようせいでダッチオーブンをかんしている。やがて咲弥がタマネギとニンニクの始末を終えたところで、ドラゴンが声をあげた。

「サクヤよ。蒸気がき出してきたようだ」

「おー、ありがとぉ。それじゃあ、次のステップだねぇ」

 咲弥はじよきんシートで手をいてからグローブを装着し、火ばさみを取り上げた。そして、薪と一緒に燃えていた炭をかくして、ダッチオーブンのふたにのせていく。

「ほう……それもまた、初めて目にする手法である」

「うんうん。こうやって、上下からまんべんなく熱を通すんだよぉ。ダッチオーブンの本領発揮だねぇ」

 焚火台の空いたスペースに新たな薪を投入して火力を保ってから、咲弥はテーブルにもどった。

「よし。お次は……こっちの真っ赤なカボチャくんは、パスタのソースとして使ってみようかなぁ」

 そんな風に言ってから、咲弥は「うーん」とおもい悩んだ。

「でも、パスタはペペロンチーノに仕上げるつもりだったから、バーナーも一台しか持ってきてないんだよねぇ。こんなことなら、もう一台も積んでおくんだったなぁ」

「うむ? やはり、畑の作物のことを事前に告げておくべきであっただろうか? であれば、謝罪の言葉をささげよう」

「あー、いいのいいの。火元が足りないなら、順番に仕上げていくだけだからさぁ。キャンプは、のんびり楽しまないとねぇ」

 とはいえ、咲弥が使用しているメスティンはレギュラーサイズであるため、パスタは二名分ずつ仕上げていくしかない。まずその第一じんをバーナーの火にかけながら、咲弥は「でもさぁ」と付け加えた。

「今までどうして、あのかわいこちゃんたちのことをだまってたの? ドラゴンくんなりの、サプライズ?」

「否。決して、そういうわけではないのだが……」

 ドラゴンはマンドラゴラモドキとかくとうしている両名のほうをちらりと見やってから、咲弥の耳もとに口を近づけてきた。

「実は……サクヤと過ごす時間が楽しいあまりに、すっかり失念していたのだ。手回しの悪さに、謝罪の言葉を捧げたく思う」

「んにゃー。そんなダンディな声で、なに言ってんのさぁ」

 照れた咲弥は、ドラゴンの首の側面をひじでぐりぐりとあつぱくした。

「あり? でも、ナイショ話って口を近づける必要があるの? あたしはてっきり、ドラゴンくんの言葉はテレパシーか何かだと思ってたんだけど」

「うむ。非人間型のぞくというものは、おおよそ念話で言葉をわしている。念話についやす魔力を操作すれば、遠方からでも言葉を届けることは可能であるが……それよりも身を近づけるほうが面倒も少ないし、念話をあつかわぬ種族にとっても自然に感じられるようであるな」

「ふむふむ。よくわからんけど、わかったことにしておこう。ついでに聞いておくけど、アトルくんたちの言葉を自動ほんやくしてくれてるのはドラゴンくんなのかな?」

「うむ。サクヤがたずさえているうろこに、言語かいせきの術式をほどこしているのだ。それさえ携えていれば、如何なる相手とも意思のつうをはかることができよう。……まあ、それと同時に魔力を持つ存在は、鱗の所有者に近づけぬわけであるがな」

「ふーん。ま、あたしはドラゴンくんがいてくれれば十分だから、問題ナッシングだねぇ」

 咲弥がそのように答えると、今度はドラゴンのほうがどこかくすぐったそうに目を細める。そのタイミングで、アトルが「あのっ!」と声を張り上げた。

「さぎょーかんりょーしたのです! つぎのごしじをおねがいしますのです!」

「おー、おつかれさまぁ。こっちももうすぐ仕上がるから、ちょっと待っててねぇ」

 バーナーの火にかけていた二名分のパスタは、いい具合にであがっている。ただ今回は余ったお湯をパスタソースで使用するため、水分を多めに設定していた。

 茹であがったパスタはラージサイズのコッヘルに移して、オリーブオイルをてんする。そうしてコッヘルの蓋に移した茹でじるともども、グリルスタンドの上に並べたが――咲弥はそこでまた、「うーん」とうなり声をあげた。

「調理器具はぎりぎり間に合ってるけど、食器のほうで苦労しそうだなぁ。まあ、アルミホイルをうまく使うしかないかぁ」

「食器であるか? あの者たちは、それぞれ食器を準備しているはずだが」

 ドラゴンの視線を受けたチコが、おおあわてで草籠の内部をまさぐった。そこから取り出されたのは、木製のさじと深皿と平皿とコップのセットである。

「それらはすべて、トシゾウが山の樹木から作りあげたものであるのだ」

「おー、さすがじっちゃんは器用だなぁ」

 それらの食器にはニスか何かが塗られているようで、ざわりも実になめらかである。咲弥は祖父のやさしい心づかいに、しんみりと感じ入ってしまった。

「あっ! こ、こちらをおだしするのをわすれていたのです!」

 と、チコはさらに二つの包みを引っ張り出した。ぞういろをした手の平サイズのふくろで、口の部分はつるくさか何かでしばられている。その片方には液体がめられているようで、チコの手の中でたぷたぷと揺れていた。

「ほう。キャメットのにゆうとチーズであるな。それは、我も見落としていた」

「へえ、チーズはありがたいねぇ。にゅーしってのは、なんだろう?」

「乳脂とは、あまりそちらの世界ではいつぱんてきな言葉ではないようだな。たんてきに言えば乳から精製したあぶらであり、もっとも近いのはバターであるようだが……バターというのは牛の乳を原材料にしたものに限られるので、言語解析の術式に適用されないようであるのだ」

「は、はいっ! ちーずというおなまえも、わたしたちはりゅーおーさまからおしえていただいたのです! わたしたちのしゅうらくでは、かんらくとよんでいたのです!」

「かんらく……かんらく? かんらく?」

かんらくは、かわいた酪という意味である。酪という言葉も、そちらの世界ではあまり一般的ではないようだ」

「にゃるほど。お勉強になりますなぁ。まあ、明日にはぼうきやく彼方かなただろうけど」

 そのように応じつつ、咲弥はにっとチコに笑いかけた。

「何にせよ、チーズもバターもだいかんげいだよぉ。ありがとね、チコちゃん」

「と、とんでもないのです! サクヤさまのおやくにたてたら、ぼーがいのよろこびであるのです!」

「いやいや、あたしは様よばわりされる立場じゃないよぉ。どうぞ気軽に咲弥とお呼びくださいまし」

「と、とんでもないのです! りゅーおーさまのごどーはいを、よびすてなどにはできないのです!」

 チコはそのように申し述べていたが、そもそもかのじよは異界の言葉で語っているはずであるのだ。であれば、自動翻訳のほうが掛けられる前は「様」がどういう言葉で語られているのか――あまりかんがえ込むと頭が痛くなりそうであったので、咲弥は早々にほうした。

「ま、呼びやすいように呼んでもらうのが一番かぁ。とりあえず、そいつのお味を確かめさせてもらえる?」

「ど、どうぞ! こぼれやすいので、おきをつけください!」

 チコから受け取った二つの袋は、みようにしっとりとした手触りであった。手入れの行き届いたレザー製品のような質感である。

「そちらは、デザートリザードのぶくろで作られた容器であるな。そちらの世界の住人にも害がないことは解析済みであるので、心配は無用である」

「かゆいところに手が届くねぇ。……おお、こいつは絶品だぁ」

 キャメットなる獣の乳脂はほとんど液状であったがバターに負けないぐらい香り高く、半固形のチーズはねっとりとしたカマンベールチーズのような味わいであった。

「いいねいいねぇ。どっちも存分に活用させていただくよぉ。それじゃあまずは、マンドラくんから仕上げちゃおっかぁ」

 スモールサイズのコッヘルは、マンドラゴラモドキのすりおろしで七分目まで満たされている。咲弥は目玉焼きを作ろうと思って持参した卵を二つ投入し、さらにしようと和風だしの素を加えてかくはんした。攪拌の道具は、チタンのはしだ。

「うーん。ヤマイモよりは、もったりした感じだねぇ。どんな仕上がりになるか、楽しみだなぁ」

 ちゆうてつのミニフライパンたるスキレットをバーナーの火にかけて、そこにキャメットの乳脂を落とすと、たちまちかぐわしい香りが広がる。それでドラゴンたちが瞳を輝かせるのを横目でかくにんしつつ、咲弥はマンドラゴラモドキのすりおろしを半分ていどながし込んだ。

 マンドラゴラモドキのは、じゅわじゅわと音をたてて焼けていく。それがえんのうめき声のように聞こえたのは、皮を剥かれる前の姿を思い出したためであろうか。しかし、きゆうかくから得られるここさのほうがまさっていた。

「それは……かつてトシゾウからふるまわれた、お好み焼きという料理に似ているようであるな」

「あ、お好み焼きは知ってるんだぁ? これは、ヤマイモのふわふわ焼きの応用だよぉ」

「ふわふわやき! おなまえからして、おいしそーなのです!」

 そんな声を張り上げてから、アトルは慌ててかしこまった。

「つ、ついついみとれてしまったのです! ぼくたちにも、ごしじをおねがいするのです!」

「そうだねぇ。それじゃあ、その真っ赤なかれを適当に切り分けておいてもらえるかなぁ? ナイフは、またこれを使ってねぇ」

 咲弥がこしにさげていたブッシュクラフトナイフをさやごと差し出すと、アトルは「ははーっ!」と頭を下げながら受け取った。そのかたわらで、チコは心配そうにもじもじとしている。

「わ、わたしもなにかおやくにたちたいのです。もうおしごとはないのです?」

「あー、それじゃあタマネギも切っておいてもらおうかなぁ。切り方は、わかる?」

「はいっ! トシゾウさまから、わぎりとうすぎりとくしぎりとみじんぎりをおしえていただいたのです! ……ただ、わたしたちのかたなでは、ちょっとむずかしいのです」

「んー? チコちゃんたちも、ナイフを持ってるの?」

「はいっ! コメコぞくはデザートリザードのおにくをきるために、みんなかたなをもっているのです!」

 チコはポンチョの内側から、砂色の鞘を取り出した。そこから引きかれた十センチていどの刀身はつやつやとした黒色で、腹の部分はこんもりと盛り上がった上でぎざぎざに波打っている。の部分は何かの骨で作られているらしく、くすんだ象牙色をしていた。

「そちらは、黒曜石の刀であるな。切れ味は悪くないが、細かな作業には向いていないようだ」

「ほほー。立派なもんだねぇ。でも確かに、厚みのあるナイフは調理に向いてないからなぁ。アトルくん、こっちの予備のナイフとこうかんしてもらえる?」

 作業を開始しようとしていたアトルはわたわたと慌てながら、「はいっ!」と応じる。そのさまを横目に、ドラゴンが小首を傾げた。

「それらのナイフに、何かちがいがあるのであろうか? 外観には大きな差もないように見受けられるが」

「うん。メインのナイフはの厚さが二・五ミリで、予備のナイフは四ミリなんだよぉ。一・五ミリの違いでも、やっぱうすいほうが調理に向いてるんだよねぇ」

「ふむ。アトルのほうは、調理に不向きなナイフで問題ないということであろうか?」

「うん。刃が厚いと切ってる最中に腹の部分が断面に圧力をかけて、割ったりつぶしたりしちゃうわけだけどさぁ。真っ赤な彼はどろどろにかすつもりだから、とにかく細かくしてもらえれば十分なのさぁ」

「なるほど。そういったはいりよが、あれだけの料理を生み出すわけであるな」

 咲弥はターナーでマンドラゴラモドキの生地をひっくり返しつつ、「あはは」と笑った。

「そんな大した話じゃないさぁ。じゃ、チコちゃん。タマネギは片方がせんにそったうすりで、もう片方はみじん切りでお願いねぇ」

「せんいにそったうすぎりと、みじんぎり! りょーかいなのです!」

「あ、カッティングボードも一枚しかないんだっけ。じゃ、ここにアルミホイルを敷いておくねぇ」

 咲弥が準備を整えると、チコはとして作業に取りかかった。きようだいそろって地面のシートにぺたんとすわっている姿は、とても可愛かわいらしく――そして、いかにもこれまで同じ作業にはげんだ経験のある所作であった。

(じっちゃんも、こうやって手伝いをお願いしてたわけかぁ)

 咲弥がそんな想念にひたっていると、ドラゴンが申し訳なさそうなまなしを向けてきた。

「我は何の力にもなれず、ないばかりである。力仕事が生じた際には、えんりよなく声をかけてもらいたく思う」

「うんうん。そのときはよろしくねぇ。……さてさて、そろそろ焼きあがったかなぁ?」

 咲弥が生地のめんを確認してみると、ほどよく焼き色がついていた。

「よしよし、こんなもんでしょう」

 咲弥は焼きあがったマンドラゴラモドキをアルミホイルの上に移して、ポンとカツオブシを振りかけた。

「はい、完成だよぉ。こいつを切り分けるから、いったんナイフを返してもらえるかなぁ?」

「はいっ!」と振り返ったチコが、皿に盛りつけられたふわふわ焼きの姿に目をかがやかせた。

「と、とってもおいしそーなのです! マンドラゴラモドキをこんなふうにたべるのは、はじめてなのです!」

「うんうん。よかったら、今後の参考にしてみてねぇ」

 咲弥はチコからへんきやくされたナイフをキッチンペーパーで軽くぬぐってから、マンドラゴラモドキのふわふわ焼きを四つに切り分ける。そうしてそのひと切れを口にしてみると――みきれなかった部分が、ピザのチーズのようにねっとりと糸を引いた。

「おおー、なんじゃこりゃ」

 咲弥がふわふわ焼きをつまんだ手を三十センチばかり口から遠ざけると、ようやくのびきった糸が切れた。それをこぼさないようにすすってから、いざしやくしてみると――得も言われぬ食感が口内に広がった。

 糸を引くぐらいのねんであるが、焼き上げる前にしっかり攪拌しているので、生地にはたっぷり空気が混入している。ねっとりとしただんりよくに、ふわふわとしたかろやかな食感も備わっているのだ。味そのものはヤマイモに似ているようであったが、その食感だけで通常のふわふわ焼きとはまったく異なる食べごこであった。

「こいつはかいな仕上がりだねぇ。みんなは、如何いかがかなぁ?」

「おいしーのです!」と真っ先に声を張り上げたのは、アトルであった。

「とろとろのマンドラゴラモドキが、ふわふわなのです! うえにかかってるおしるもしょっぱくて、おいしーおいしーなのです!」

「それに、マンドラゴラモドキそのものが、ふつーよりおいしーおいしーなのです!」

「うむ。や卵なくして、この味を作りあげることはかなわぬのであろうな。この者たちがるのは、いささかならず難しいところであろう」

「そっかぁ。じゃ、この場でしっかり楽しんでくださいなぁ」

「はいなのです!」と応じる兄妹は、これ以上もないぐらいの笑顔である。そしてドラゴンも満足そうに目を細めており、そんな三者の姿が咲弥の心を深く満たしてくれた。

(これじゃあじっちゃんも、イチコロだっただろうなぁ)

 祖父がこちらの三名と食事を囲んでいる姿を想像すると、胸の内側が熱くなってしまう。

 それが湿しめっぽい感情に移行しない内に、咲弥は二枚目のふわふわ焼きを仕上げることにした。



「じゃ、お次はパスタのソース作りだねぇ」

 二枚目のふわふわ焼きを完食して、パスタの第二陣を茹であげたのち、咲弥はそのように宣言した。

 カッティングボードとアルミホイルの上には、じん族の兄妹が切り分けてくれた赤い果実とタマネギが山積みにされている。その横合いに新たなアルミホイルを敷いてから、咲弥はニンニクを取り出した。

「あたし、ニンニクやらタマネギやらが好物でさぁ。毎回毎回、わりえしなくってごめんねぇ」

いな。謝罪の必要は、かいである。とりわけニンニクというのはトシゾウが扱わなかった食材であるため、いまだしんせんな心地が残されている」

 ドラゴンのそんな言葉を聞きながら、咲弥はオリーブオイルとスライスしたニンニクを投入したコッヘルをバーナーの火にかけた。

 弱火でじっくり熱を入れていくと、たちまち芳しい香りがたちのぼっていく。

「では次に、チコちゃんの力作を投入いたします」

 薄切りとみじん切りにされた二個分のタマネギを投入すると、じゅわっと景気のいい音があがる。片方のタマネギをみじん切りに仕上げてもらったのは、こう野菜としての力を最大限にかすためであった。

(何せこっちのこいつは、初チャレンジの食材だからなぁ)

 食感はカボチャに似ていて、味はトマトとトウガラシ――せいせんの状態で味見をしてみると、確かにドラゴンの寸評の通りである。がりがりとしたかたい食感で辛みと酸味が強く、そのおくそこうまみが感じられる。食感だけが風変わりであったが、熱を入れることで食べやすくなるようにいのるしかなかった。

(カボチャに似てるなら、水気が必要だよな)

 タマネギにほどよく熱が通ったところで、咲弥はパスタの茹で汁と『ジャック・オーの憤激』なる赤い果実を投入した。さらにりゆうのコンソメも投じれば、ひとまず第一段階はしゆうりようだ。

「あとはしく仕上がるように、それぞれの神仏に祈りましょう。……おっと、こっちの面倒も見てやらないとね」

 咲弥はたきだいに移動して、薪を追加した。ダッチオーブンの蓋の上では、炭がおきともしている。こちらもこちらで初の調理器具であるため、油断は許されなかった。

 しかしまた、手間がかかればかかるほどに、咲弥の熱情の内圧は高まっていく。初めての食材と初めての調理器具で、いったいどれだけの料理を作りあげることがかなうか。咲弥の内に生じた熱情は、ひそかにはくしやを掛けられるいっぽうであった。

「目安としては、あと十五分ぐらいかなぁ。食材が倍増したから、様子を見ながら判断するしかないけどねぇ」

「うむ。期待はつのるばかりである」

 ドラゴンも亜人族の兄妹も、期待にひとみを輝かせながらそわそわと身をすっている。咲弥が得られるなごやかな心地も、すっかり三倍増であった。

「じゃ、火の面倒を見つつ、のんびりおしゃべりでも楽しみますかぁ。……アトルくんとチコちゃんは、砂漠のおうちからこの山に通ってるのかな?」

「はいっ! でも、りゅーおーさまのまほーでぴかぴかのぴゅーなのです!」

「なるほど、わからん。ドラゴンくん、解説よろです」

「コメコ族の集落からこの山までは徒歩で一日がかりであるので、転移の門をさずけてやったのだ。この者たちは朝から昼までを集落で働き、昼から夜までをこちらの山で働いている。そうしてトシゾウがやってきた日に限り、こちらで夜を明かしていたのだ」

「ふむふむ。畑で働いてるのは、このお二人だけなのかな? 集落のみんなにもおすそわけしてるってことは、けっこうな規模の畑なんでしょ?」

「うむ。しかし、我もトシゾウもあまり大人数の相手をむかえる気持ちになれなかったのでな。可能な限り人数をしぼり、こちらの両名が選ばれることになったのだ」

「はいっ! りゅーおーさまからじゅーよーなおしごとをおまかせされて、こーえいのかぎりなのです!」

「それに、しゅーらくのみんなにまでやさいやおさけをわけていただき、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」

 彼らはドラゴンに対してもおそれ入っている様子であるが、こういう言葉を述べる際には純真な思いがあふれかえっている。というよりも、おどおどするのも純真な人柄のあらわれであるのだろう。これが種族としての特性であるのならば、咲弥にとっても好ましい限りであった。

「にゃるほどねぇ。ちなみお二人は、いつぐらいからこちらのお山で働いてるのかな?」

「こちらの山の調和が保たれたのちのことなので、一年ていどではなかろうかな」

「そっか。うちのじっちゃんと仲良くしてくれて、ありがとね」

 咲弥がそのように告げると、兄妹は「とんでもないのです!」と背筋をのばした。

「こちらこそ、トシゾウさまにはかんしゃいっぱいいっぱいなのです!」

「はいっ! わたしもアトルも、こころからこーえいにおもっているのです!」

 そのように語る兄妹は、やはり純真そのものであるが――ただ、他界した祖父に対するあいせきの念というものは感じられない。咲弥がそれを不思議に思っていると、ドラゴンが耳もとに口を寄せてきた。

「コメコ族は、死を祝福と考えている。この世の生をまつとうした者は、天でえいごうの安息を得られるという考えであるのだ。よって、トシゾウのように老いた者の死をいたむ気持ちは持ち合わせていない」

「……そっか。あたしもそのしんこうだか何だかを、心から信じたいと思うよぉ」

 咲弥が小声でそのように答えると、ドラゴンは優しげに目を細めた。

「ともあれ、この者たちの都合がつく日には、こうして食事に招いてやりたいのだが……サクヤにもしようだくをもらえるだろうか?」

「うん、もちろんだよぉ。こうして食材を持ち込んでくれたら、こっちのふところも痛まないしねぇ」

「うむ。冬が明ければ、さらなる食材を準備することもできよう。ただ、面倒をかけることに違いはないので……それだけが心配であったのだ」

「そんなの、どうってことないさぁ。グルキャンの楽しさは、現時点でも実感できてるしねぇ」

 咲弥がそのように答えると、亜人族の兄妹はこらえかねた様子で「わーい!」とりよううでを振り上げた。その愛くるしさが、咲弥に来訪を承諾させたわけである。

(でも、ちょっとばっかり装備が足りないよなぁ。これはいよいよ、じっちゃんのキャンプギアを拝借するしかないかぁ)

 彼らの喜びに水を差さないように、咲弥は内心でそのように取り決めた。

「さて。そろそろパスタソースのほうを確認しておこうかな」

 咲弥がチェアに座ったまま手をのばしてコッヘルの蓋を開けると、たちまちのうこうな香りが広がって亜人族の兄妹にかんの声をあげさせた。ニンニクとタマネギに、トマトやトウガラシに似た香りも入り混じって、実に食欲をそそる香りである。

 それに、硬い果実もすっかり溶けくずれて、とろとろの液状と化している。咲弥がスポークでそれを攪拌し、味を確認してみると――まさしく理想に近いトマトソースが完成されていた。本来のトマトソースに比べるとやや食感がもったりしているものの、粉っぽさなどは感じない。ただ、コンソメだけでは味の深みが物足りなかったため、塩とブラックペッパーの他にちゆうのうソースとケチャップも追加することにした。

 そうして再び味を確かめると、まさしく理想の味わいである。咲弥は「よっしゃ」とガッツポーズを作った。

「お初でこれなら、上出来だねぇ。なんなら、みずさばかんでも投入したいところだけど……メインディッシュががっつりしてるから、これで完成ってことにしておこう」

「ついに、完成であるか」

「うん。ローストチキンももうすぐ仕上がるだろうから、こいつは取り分けちゃうねぇ」

 もう片方のコッヘルで出番を待っていたパスタをトングでほぐしつつ、それぞれの食器に取り分けていく。亜人族の兄妹は自前の深皿で、咲弥とドラゴンはコッヘルとメスティンの蓋だ。そしてその上に真っ赤なソースをたっぷり注ぎかけて、キャメットのチーズをトッピングすると、亜人族の兄妹がまたかんせいひびかせた。

「はい、どうぞ。重たいメインディッシュがひかえてるから、あんまりがっつかないようにねぇ」

「はいっ! ごしょーばんにあずかるのです!」

 そんな言葉も、祖父が教えたのであろうか。本来の言語ではどのように語られているのか、咲弥にとっては永遠のなぞであった。

 ともあれ、食事の開始である。パスタはすっかり冷めきっていたが、熱々のソースをかければ問題ない。その熱でいっそうとろけたチーズの味わいもらしく、なしの美味しさであった。

「お、おいしーおいしーなのです! ジャック・オーのふんげきはおいしーおいしーですけど、これはいちばんおいしーおいしーなのです!」

「うむ。これは素晴らしい出来えであるな。以前に供されたパスタが、さらにごうしやかざりたてられたかのようだ」

「あー、ニンニクとオリーブオイルとトウガラシ系のからみってのは、確かに共通してるもんねぇ。でもやっぱ、トマト系の酸味と旨みにチーズまで加わると、比べ物にならないぐらいゴージャスだよねぇ」

 咲弥は心からの笑顔とともに、そう答えることができた。ぶっつけ本番の料理で満足のいく出来栄えであったため、達成感もひとしおだ。そして、未知なる食材にもっと使い慣れればさらに高みを目指せるのではないかという期待をいだくこともできた。

(キャンプ料理で気合が入るってのは、あたしのしようぶんだけど……みんなにこれだけ喜んでもらえると、いっそう楽しくなっちゃうなぁ)

 咲弥がそのように考えたとき、ついにキッチンタイマーが鳴り響いた。

「お、ようやく時間かぁ。みんなは食べててくださいな」

 咲弥はかわのグローブを装着しつつ、焚火台のほうに身を寄せた。まずは火ばさみで蓋の上の炭を焚火台に戻し、それから重たい蓋を取り除くと、白い蒸気がもうもうとたちのぼる。それがおさまってから、ダッチオーブンの中身をのぞき込むと――とりのモモ肉とデザートリザードなるけものの肉は、ほんのり焼き目がつきつつ艶々に照り輝いていた。

 肉には『ほりこし』とオリーブオイルをすりこんでいるので、香りも芳しい。その香りを楽しみながら、咲弥が肉につまようすと、とうめいにくじゆうがあふれかえった。鶏もデザートリザードも、問題なく熱が通っているようである。

「……完成であるか?」

 と、いきなり耳もとでダンディな声が響きわたったので、咲弥は「うひゃあ」とおかしな声をあげてしまった。

「びっくりしたぁ。食べてていいって言ったでしょ?」

「うむ。しかし、ようやく我の出番ではないかと思ってな。そちらのなべにそれだけの食材が詰め込まれていては、重かろう?」

 確かにこちらはダッチオーブンだけで十一キロという重量であるし、火傷やけどに気をつけながら運ぶとなると、いっそうの苦労がつのるはずであった。

「いや、だけど、ドラゴンくんってしつしか使えないんでしょ? こいつを運ぶのは、難しくない?」

「大事ない」と応じるなり、ドラゴンはダッチオーブンのハンドルに尻尾を巻きつけてしまう。そちらも金属製なので、鍋本体と変わらない熱を帯びているはずであった。

「ひゃー。そんなのさわって、だいじょぶなのぉ?」

「うむ。りゆう族は、熱に強いのでな」

 ダッチオーブンを軽々と持ち上げたドラゴンは、いつも通りのしなやかな足取りでテーブルのほうに戻っていく。その姿に、咲弥はひそかに胸を温かくした。ドラゴンは前々から、喜びばかりでなく苦労をも分かち合いたいという気配をただよわせていたのだ。出会って三度目で、ようやくその機会がめぐってきたということであった。

(やっぱあたしは、一人で何でも片付けちゃうクセがしみついてるんだろうなぁ。これからは、できるだけドラゴンくんをたよらせてもらおっと)

 笑顔でパスタをほおっていた兄妹は、ダッチオーブンをかかえたドラゴンの接近に歓声をほとばしらせる。そして、グリルスタンドの上に置かれたダッチオーブンの中身を覗きむと、二対のむらさきいろの瞳がいっそうの期待にきらめいた。

「すばらしいしあがりなのです! みるからにおいしそーなのです!」

「それに、かおりもすばらしーのです! こんなかおりは、はじめてなのです!」

「そうか。其方そなたたちは、いまだ『ほりこし』の味を知らぬのだったな」

 なんだかちょっとまんげなドラゴンが、咲弥にとっては愛くるしくてならなかった。

「それじゃあ、お肉を切り分けちゃうねぇ」

「うむ。其方たちは、酒の準備をするがいい」

「りょーかいなのです!」と勢いよく立ち上がったアトルが、きらきらと光る目をサクヤに向けてきた。

「サクヤさまは、おさけにおみずをいれるのです?」

「うーん? よくわかんないから、アトルくんとおんなじでお願いするよぉ」

「りょーかいなのです! おさけとおなじりょうのおみずをいれるのです!」

 嬉々として酒のたくをする兄妹を横目に、咲弥はトングでデザートリザードのにつかいの片方をカッティングボードに移した。それをナイフで両断してみると、肉の内側もしっかり象牙色に熱が通っている。咲弥は「よしよし」と満足の声をあげつつ、さらにその肉を二センチていどの厚みに切り分けて、空いていた平皿に移動させた。

 そして、他なる具材――長時間のし焼きで水分の抜けたタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ニンニクをカッティングボードの上に並べて、ニンニク以外はナイフで切り分けていく。ハクサイに似た味わいであるという『黄昏たそがれの花弁』なる紫色の葉菜も、しっかり原形をとどめていた。

「ひとまず、こんなところかなぁ。みんな、お熱い内にどうぞぉ」

「はいなのです! おさけのしたくもかんりょーなのです!」

 チコがうやうやしげな手つきで、咲弥とドラゴンのマグカップをテーブルに置いた。そこに注がれていたのは、実に美しいがねいろの液体である。

「そちらは、イブのゆーわくのおさけなのです! ぼくたちは、イブしゅとよんでいるのです!」

「なんだかハブ酒みたいだねぇ。でも、見るからに美味しそうだなぁ」

 自分たちのコップを手にした兄妹がちょこんと座るのを待ってから、咲弥はマグカップを取り上げた。

「それでは、初のグルキャンを祝しまして、かんぱーい」

「か、かんぱいなのです!」と、兄妹は両手でりのコップを頭上にかかげた。ドラゴンは無言だが、だれよりも満足そうな眼差しをしている。それらの光景を確認してから、咲弥はマグカップを口に運んだ。

 あまやかな香りと味わいが、じんわりと口内に広がっていく。それはリンゴに似た風味をしていて、なおかつワインにも負けないげきを咲弥にもたらした。

「おー、水で半分で割って、この濃ゆさかぁ。これってけっこう、アルコールも強いんじゃない?」