第三話 異界の晩餐




 さくは「うーん」と、ひとりで悩ましげな声をあげていた。

 祖父の家から車で四十分ほどの場所にある、国道沿いの大型ディスカウントストアの片隅においてのことである。咲弥は食材の買い出しのためにやってきたのだが、ついつい立ち寄ったキャンプ用品店のフロアで悩ましいひと品を発見してしまったのだった。

 咲弥にうなり声をあげさせているのは、ダッチオーブンである。ダッチオーブンとは、要するになべだ。鍋などめずらしくも何ともないが、ことキャンプ業界ではこれもまた定番かつ人気の調理器具であったのだった。

 ダッチオーブンの何がそんなにもてはやされているかというと、やはりさいな機能性であろう。ダッチオーブンは、焼く、る、す、げる、いぶす、といったさまざまな調理法に対応できるばかりでなく、その名の通りオーブンや、果てにはあつりよくなべのようにあつかうこともできるのだ。事ほど左様に、キャンプ業界においては多機能だとかばんのうだとかいううたもんが絶大なるりよくをかもしだすのだった。

(たいていの料理は、手持ちの道具で対応できるけど……やっぱ、ダッチオーブンって魅力だよなぁ。ミーハー扱いされたって、いいもんはいいとしか言えないよなぁ)

 咲弥の心をとらえたのは、国産の老舗しにせブランドのひと品である。咲弥が所有しているスキレットと同様にちゆうてつせいで、たなに出されたサンプル品はしっとりと黒光りしている。こちらの品は植物性オイル仕上げで、面倒なシーズニングが不要であるというのもまた魅力的であった。

 サイズは三種類そろえられており、もっとも大きい十二インチで価格は一万円強となる。ただし本来のはんばい価格は一万四千八百円であり、こちらはセール中で三十パーセントも値引きされていたのだ。スマートフォンでつうはんサイトを確認したところ、そちらでも同じぐらい値引きされていたので、これが現在のいつぱんてきな売り値であるのかもしれないが――そのぜつみような価格設定が、また咲弥を悩ませているのだった。

(ソロキャンだったら八インチや十インチでも十分だけど、ドラゴンくんっていしんぼうだもんなぁ……この前のアヒージョも、腹八分目ってお顔だったもんなぁ……でも、一万円かぁ……あたし個人の貯金だって、まだまだゆとりはあるけど……来月からの仕事だってどう転ぶかわかんないし、生活が安定するまではぜいたくをつつしむべきだよなぁ……)

 そんな想念にとらわれながら、咲弥はうんうんとうなり続けた。

 もとより咲弥はキャンプギアに関して、余計なものは買わないというスタンスであるのだ。実際に購入しなければ余計かどうかも判断が難しい品は多々あれど、そうであるからこそ高額な商品には入念なぎんと検討が必要であるはずであった。

(十二インチだと、重さは十一キロかぁ……これだけごつければ、重いのが当たり前だよなぁ……いくら車で持ち運ぶって言っても、重要なのは現場の使い勝手だよなぁ……)

 そうして思い悩む咲弥ののうに、ドラゴンのおもかげがぽっかりと浮かびあがった。

(……これで立派な料理を作ったら、ドラゴンくんは喜んでくれるかなぁ……)



 それから、およそ一時間後――祖父の家でキャンプの準備を調ととのえた咲弥は、ななくびやまに向かう林道にとつげきしていた。

 新たに買い入れた食材はクーラーボックスとコンテナボックスに収納し、助手席にはそれなりのサイズをした平たい円柱形のバッグがシートベルトでくくりつけられている。なやみに悩んだ末、咲弥はけっきょくダッチオーブンを購入してしまったのだった。

「買ったからには、めいっぱい活用しないとなぁ。待ってろよぉ、ドラゴンくん。今日こそ、キミのおなかとココロをぱんぱんにしてやるからなぁ」

 だれにともなく決意表明をしながら、咲弥は愛車を走らせた。

 雨天で終わった二回目のキャンプからは、三日が経過している。とはいえ、帰宅したのは二日前の朝であるし、三日目の今日にはまたキャンプに出立しているのだから、丸一日家にこもっていたのは昨日だけであるということだ。なおかつ、最初のキャンプも同じスケジュールであったのだから、咲弥が祖父の家に移り住んでからまだ一週間しか経過していないわけであった。

 たいざい一週間で、これが三度目のキャンプとなる。これこそが、咲弥の求めていた新生活であったのだ。来月からはぜにかせぎのアルバイトを開始する予定であったが、可能であればもっとキャンプの日取りを増やす心づもりであった。

(だからこそ、贅沢はつつしまないといけないけど……頭数が増えたら、キャンプギアだって増やさないとねぇ)

 そうして咲弥は過去の二回で使用した空き地を通過して、さらに愛車を走らせた。本日は、この山道の最果てに存在する最後のキャンプスポットを目指すのだ。祖父の家をスタート地点とすると、時速三十キロの安全運転で五十分ほどかかる見当であった。

 まあ、そちらのスポットも何か見どころがあるわけではない。ただ、異界とのゆうごうとやらでどのように様変わりしたかをかくにんしておこうと思いたったまでだ。ドラゴンにも、今日という日にそちらのスポットまで出向くつもりだということを事前に告げていた。

 そうして咲弥がのんびりとしたドライブを経て、そちらのスポットにとうちやくすると――広々とした空き地のど真ん中に、しいしんの姿があった。

「なんだ、ドラゴンくんはもう来てたんだぁ? おなかいて、待ちきれなかったのかなぁ?」

 咲弥が車を降りながら呼びかけると、ドラゴンは遥かなる高みで「うむ」とうなずいた。

「空腹であるのは事実であるが、本日はサクヤにこの者たちをしようかいしようと思ってな」

 しぶみのきいた声で語りつつ、ドラゴンはすっと身を引いた。すると、そのきよたいかくされていたものが咲弥の視界に飛び込んでくる。それは――地面にころんだ、二人の幼子の姿であった。

「は、はじめまして! ぼ、ぼくはコメコぞくのアトルともうしますのです!」

「わ、わたしはアトルのいもうとのチコともうしますのです!」

 さしもの咲弥もあつに取られて、しばし言葉を失うことになった。

 どう見ても、五歳ぐらいにしか見えない幼子たちである。きっと立ち上がっても、身長は一メートルにも満たないぐらいだろう。どこもかしこもちまちましていて、とても可愛かわいらしい。ただ、かれらはどちらもくっきりとしたむらさきいろかみひとみをしており、口からはするどい犬歯が覗いており――そして、左右のこめかみからはヤギのごとき見事な巻き角が生えのびていたのだった。

 明らかに、こちらの世界の住人ではない。そしてだか、彼らはあおけにそべって、服従する犬のごときポーズを取っていた。

「えーと……こちらはドラゴンくんのごしんせきか何かかしらん?」

 咲弥がそのように問いかけたのは角のせいばかりでなく、彼らがまとっている砂色のポンチョやブーツが鱗のがらであったためとなる。しかし、ドラゴンの返答は「いな」であった。

「この者たちは砂漠の集落に住まうじんの一族、コメコ族のきようだいである」

「にゃるほど……このポージングは、彼らの伝統にのつとったあいさつか何かなのかな?」

「否。そちらの世界では、これが敵意のないことを示す姿勢なのであろう? 我が、そのように教示したのだ」

「いやいや、わんこじゃないんだから。こんないたいけなおこちゃまたちにこんなポーズを取らせてたら、こっちが何かの罪に問われちゃいそうだよ」