「ふむ……それは期待をそそられる文言であるな」
うずうずと身を揺するドラゴンの所作に微笑みを
「ドラゴンくんのお好みに合わなかったら、次からは塩とペッパーで仕上げるからさぁ。まずは、こちらをご賞味あれ」
咲弥がシイタケを除く食材に『ほりこし』のパウダーを
「はい、どうぞ。テーブルに置いておけばいいかなぁ?」
「うむ。サクヤの親切と温情に、心よりの感謝を捧げる」
そんな
破れた皮から
「これは……きわめて、美味であるな……」
「あ、お
「うむ。このウインナーなる食材はこれまでに何度となく馳走になっていたが、これほど美味に感じたのは初めてのこととなる。いや、決してこれまでの出来
「あはは。めっちゃしゃべるじゃん。よっぽどお
「
ドラゴンは入念に
「こちらも、美味である。この
「うんうん。お気に召して何よりだったよぉ」
咲弥は追加の食材を焼き網に並べてから、自分もタマネギの輪切りをかじり取った。
ただ焼いただけのタマネギであるので甘みよりも
「あー……『ほりこし』の味が胃袋にしみるなぁ」
咲弥が思わず満足の
「サクヤはずいぶん感じ入っているようであるな。サクヤにとっては、これも食べ慣れた味であろう?」
「うん。でもやっぱ、半年ぶりだから格別だよぉ」
「半年ぶり……つまり、山の外ではその『ほりこし』とやらを使用していないということであろうか?」
「うん。こいつを食べると、どうしたってキャンプに行きたくなっちゃうからさぁ。でも、我慢に我慢を重ねた
まったく大仰な話でなく、咲弥の身にはようやくキャンプに来られたのだという喜びの思いがあふれかえっていた。咲弥の中でぼんやりと
咲弥が初めて『ほりこし』を口にしたのは、五年ほど前のことになる。というよりも、『ほりこし』が世間に出回り始めたのがその頃であったのだ。まだ高校生であった咲弥は原付バイクで移動していたため荷物を減らすことに躍起になっており、この『ほりこし』の
(初めてこいつを使ったのも、バーベキューだったっけ。アレは、感動だったなぁ)
それ以降、咲弥にとって『ほりこし』はキャンプの
「……そのように幸せそうな表情を見せられると、我の心も満たされてならんな」
ドラゴンは、やたらと
照れ
「そんな、まじまじと観察しないでよぉ。……おっと、シイタケが焦げちゃうね」
咲弥はじゅわじゅわと水分の
「これは、トシゾウが供してくれたものと同じ味わいだ。とても
「そっかそっか。確かにあたしもシイタケを
咲弥が笑うと、ドラゴンもまた楽しそうに目を細めた。
咲弥がこのドラゴンと出会ってから、まだ三十分ていどしか経過していない。しかし咲弥はこの
3
「それじゃあお次は、ホイル焼きだねぇ」
空いた焼き網に輪切りのキャベツを並べてから、咲弥は
オリーブオイルの香るジャガイモにはミルで
「はい、出来上がりぃ。
「大事ない。
ドラゴンはさっそくスポークをのばして、まずはジャガイモに
「こちらも、素晴らしき味わいである……塩と胡椒と油が舌の上で
「あはは。詩人だねぇ。ではでは、ニンニクのホイル焼きはいかがでしょう? こいつこそが、『ほりこし』の
「うむ……これはまさしく、さきほど味わわされた調味料の
何を口にしても、ドラゴンはご
そんなドラゴンの姿を
「……そんでさ、ドラゴンくんはいつ、じっちゃんと出会ったわけ?」
咲弥がナスのホイル焼きに
「我がトシゾウと出会ったのは、今から一年と八ヶ月ほど前のこととなる。そちらの
「えー、マジで? あたしがじっちゃんと最後にキャンプを楽しんだのが、ちょうどその
「うむ。確かにトシゾウも、あと十日ばかり早ければ孫娘も立ちあえていたのだと語っていた」
しみじみと語りながら、ドラゴンは最後のジャガイモを口に運んだ。
「しかし、その頃の我はまだこちらの世界の道理をわきまえていなかったのでな。トシゾウから、さまざまなことを学ぶことになったのだ」
「ふむふむ。そういえば、ドラゴンくんは日本語もぺらぺらだねぇ」
「否。これは、言語
「ほうほう。それじゃあ、じっちゃんからは何を学んだのかな? こっちの世界の常識とか、法律とか?」
「否。そういったものに関しては山の外にまで感知の
そんな風に言ってから、ドラゴンはふっと目を細めた。
「よって、我がトシゾウから学んだのは……山の中で生きる
「あー、じっちゃんて、なんか
「うむ。トシゾウは、満ち足りた生を送っていた。そんなトシゾウとともに過ごすことで、我も満ち足りた心地を得られたのだ。それで我は異界の門を閉ざさず、この山においては二つの世界が正しく調和できるように調整を施した。そうしてこの地で、隠遁生活を送ることに相成ったのだ」
「そっかそっか。色々と納得できた気がするよぉ。……はい、キャベツ」
「かたじけない。……うむ。こちらも素晴らしき味わいであるな」
「うんうん。『ほりこし』は
咲弥はこぽこぽと
「はい、どうぞ。なーんの細工もないコンソメスープだけど、悪くないと思うよぉ」
「かたじけない。……うむ、美味である」
「うんうん。寒い夜には、やっぱりスープだねぇ」
白い息を
食事を楽しんでいる間にすっかり日は沈み、細かい宝石をちりばめたような星空が広がっている。咲弥がこんな星空を目にするのも、半年ぶりのことであった。
しかし実のところ、半年前に行った最後のキャンプについては、記憶もおぼろげである。過酷な労働に
よって、現在の咲弥が
その記憶は、今でも咲弥の
(でも……逆に言うと、それで二年近くも
いずれ転職なり退職なりすれば、またあの日のようにキャンプを楽しむことができる――それが咲弥の、心のよすがであったのだ。
そうして咲弥は、今日という日を
「……どうであろうか?」
と、ふいにドラゴンの低い声が
ぼんやり星空を見上げていた咲弥は、夢から覚めたような心地でドラゴンのほうに向きなおった。
「まだまだ語るべき話は残されていようが、必要最低限の情報は提示できたように思う。……その上で、どうであろうか?」
「んー? どうって、何が?」
「……トシゾウは
ドラゴンは真剣そのものの
「しかしトシゾウは、其方にこの山を受け継がせると決断した。其方こそが、この山の正統なる
咲弥は、きょとんとしてしまった。
「よくわかんないなぁ。ドラゴンくんは、この山でスローライフを楽しんでるんでしょ? あたしが文句をつける筋合いはなくない?」
「否。こちらの世界におけるこの山には所有者も存在しないが、そちらの世界における所有者は其方であるのだ。それを勝手に改変する資格は、
「いやいや。ここはあくまで、じっちゃんの山だよ。ただでもらったあたしが、あれこれ文句はつけられないさ。じっちゃんだって、ドラゴンくんが楽しく過ごせるように
そう言って、咲弥はドラゴンに笑いかけた。
「それよりむしろ、心配なのはあたしのほうかなぁ。あたしはじっちゃんの家でちょぼちょぼ
「そのようなことは、決してない。この山の新たな所有者が其方のような人間であったことを、我は心より
そんな風に言ってから、ドラゴンはもじもじと身を揺すった。
「ただ……我には美味なる料理を
「そんなの、全然オッケーだよぉ。あたしはもともと、じっちゃんとキャンプを楽しむつもりだったんだからさぁ。ドラゴンくんがおつきあいしてくれたら、あたしも
咲弥がのんびり答えると、ドラゴンは感じ入った様子で息をついた。
「其方がトシゾウに似ているのは、
「眠たげな目つきで悪かったねぇ。……あたしとじっちゃんって、そんなに似てるかなぁ?」
「うむ。もちろん似ていない面も多々あろうが……我のような異界の存在を
「あはは。ドラゴンくんこそ、ダンディなところはじっちゃんにそっくりだけどねぇ」
そのように答えながら、咲弥はキャベツの切れ端を口に運んだ。
「ま、何より嬉しいのは、こうやってじっちゃんのことを語れることかなぁ。今まで、そういう相手がいなかったからさぁ」
「うむ……しょせん我などは、二年足らずの交流であったがな」
「それを言ったら、あたしなんて二年近くも
そんな言葉をこぼすなり、咲弥の目からも何かがこぼれそうになってしまった。
「おお、いかんいかん。
「うむ? 食材はすべて
「いや、うっかりこいつを出し忘れてたんだよねぇ。ドラゴンくんって、いけるクチ?」
咲弥がクーラーボックスから缶ビールを取り出すと、ドラゴンはすぐさま
「それは、酒であろうか? トシゾウは、酒をたしなまなかったのだが」
「ああ、じっちゃんはいっつもノンアルビールだったねぇ。きっと心臓を悪くして、禁酒したんだろうなぁ」
咲弥は缶ビールの蓋を開け、愛用のマグカップに半分だけ注いだ。
「アテは、
そのように言いかけた咲弥の鼻先に、ドラゴンの尻尾が差し出される。そこに巻き取られていたのは、銀色をしたチタン製のマグカップであり――黒くプリントされたブランド名も、咲弥のマグカップと同一であった。
「ほうほう。察するに、そいつもじっちゃんからのプレゼントだねぇ」
「うむ。其方もトシゾウに感化されて、そちらを買い求めたわけであるな」
咲弥とドラゴンは、目を細めながら視線を
「それじゃあ、二人の出会いを祝して……そして、じっちゃんの
同じ形状のマグカップをかちんと打ち合わせてから、咲弥とドラゴンはビールを口にした。
かくして両名のキャンプ生活は、ここに幕を開けたのだった。