4


「しかしケルベロスの分まで食事を準備するとなると、いささか食材が不足するのではなかろうか?」

 ドラゴンがそのように言い出したため、一行は再び移動することになった。次に向かうは、アトルとチコが管理する畑である。そちらには、まだまだ余分の収しゆう穫かく物ぶつがたんまり残されているという話であったのだ。

 ドラゴンのぽかぽかと温かい背中に乗って、再び天空に舞まい上がる。ドラゴンが目指したのは、西から五つ目と六つ目の峰の狭はざ間まであり――そこに待ち受けていた光景に、咲弥は思わず「うわあ」と声をあげてしまった。

 深い緑に囲まれて、実に広大なる畑が広がっている。さすがに山中であるので三日月のように細長く湾わん曲きよくした敷しき地ちであるものの、片方の端はしからは果ても見み渡わたせないほどの広大さであった。

「すっげー……こんなだだっ広い畑を、二人きりでお世話してるのぉ?」

「はいっ! おせわのしかたはトシゾウさまからごきょーじされているので、たいしたくろうではないのです!」

 アトルの言葉に、ドラゴンも「うむ」と首肯した。

「まあそれも、コメコ族の頑強な肉体あってのことなのであろうが……ともあれ、この山の作物は生命力が強く、そちらの世界の作物よりも面めん倒どうが少ないという話であったな。トシゾウも、たいそう感心していたものだ」

「うん、そっか……まあ、じっちゃんも若い頃はあんまり人を使わずに、だだっ広い畑を管理してたみたいだけど……」

 そんな祖父が晩年になって、山中にこのような畑を切り開くことになったのだ。祖父の辿った数すう奇きなる人生に、咲弥はあらためて感じ入ってしまった。

「ただ、現在は冬であるからな。畑の七割がたは、眠っているさなかなのであろう?」

「はいっ! もうちょっとあたたかくなったら、もっといろんなさくもつをしゅーかくできるのです!」

「そっかぁ。そいつは楽しみなところだねぇ」

 咲弥が笑え顔がおを届けると、アトルとチコもはにかむように笑ってくれた。

「あっ! それと、このまえはおとどけできなかったさくもつもあるのです!」

 ちょこちょこと歩くアトルを先頭に、一行は湾曲した畑に沿って進軍する。その末にアトルが指し示したのは、畑ではなく山林のほうであった。

「こちらなのです! なまえはわからないのですけれど、おいしーおいしーなのです!」

 咲弥は「ほえー」と間のぬけた声をあげることになった。山林の茂しげみの隙すき間まから、冗じよう談だんのように巨きよ大だいなキノコが顔を覗かせていたのだ。傘の直径は二十センチばかりもあり、しかもオレンジ色のベースに真っ赤な水玉という派手派手しいカラーリングであった。

「すっげー。なんか、食べたら巨きよ大だい化かしそうなデザインだねぇ」

「ふむ。それはそちらの世界の住人の意識を一万名ほど精査した我にしか理解の及およばぬ冗談口であるようだな」

「ドラゴンくんだけでも理解してもらえたら幸いだよぉ。これも、食べられるの?」

「うむ。そちらの世界のキノコと掛かけ離はなれた味わいではないように思う。むろん、危険がないことも解析済みである」

 ということで、そちらの巨大キノコも三本だけ頂ちよう戴だいすることに相成った。

「あとの収穫物は、あちらの小屋に保管されている」

 ドラゴンにうながされて進軍を再開させると、やがてその小屋が見えてきた。草くさ葺ぶきの屋根に土つち壁かべで、いかにも簡素な造りであったが、なかなかの大きさだ。その内部には、咲弥にもお馴な染じみである三種の作物および巨大な水みず瓶がめがどっさり保管されていた。

「果実酒も、こちらで造りあげられている。本日は、もう片方の果実酒を持ち出してはどうであろうか?」

「はいっ! おーせのままに!」

 チコがぱたぱたと駆け出して、何本かの土ど瓶びんを抱えて戻もどってくる。以前にいただいた『イブの誘ゆう惑わく』の果実酒と区別をつけるためか、土瓶に赤いしるしがつけられていた。

「こちらは『世捨て人の悦えつ楽らく』の果実酒である。『世捨て人の悦楽』は温暖な季節にしか収しゆう穫かくできないため、冬に備えて造り置きを申しつけたのだ」

「はいっ! こちらもイブしゅにまけないぐらい、おいしーおいしーなのです!」

「それは楽しみだねぇ。そういえば、ケルベロスくんはお酒のほうは――」

 そこで咲弥は「あり?」と小首を傾かしげた。小屋の中に、ケルベロスの姿がなかったのだ。

「ケルベロスは、小屋の手前に控えている。何かの作物に気を取られているようであるな」

「ふーん? どうしたんだろ」

 三種の作物と果実酒の土瓶を草くさ籠かごに積んで小屋の外に出てみると、ケルベロスは畑ではなく山林の樹木を見上げている。そして、咲弥たちの視線に気づくと、真ん中の首が恭うやうやしげに頭を垂れた。

「失礼いたしました。こちらも、畑の実りなのでしょうか?」

「うむ。そちらは『イブの誘惑』であるな」

 そちらの樹木を見上げた咲弥は「ひゃー」と声をあげてしまった。深い緑色をした葉の陰かげに、黄こ金がね色いろに輝くリンゴのごとき果実が実っていたのだ。

「これは確かに、魅み惑わく的てきな姿だねぇ。あれって、食べられるの?」

「はいっ! おさけにしなくても、あまくてすっぱくておいしーおいしーなのです!」

「ふーん。それじゃあ、食後のデザートにどうだろう?」

 咲弥の提案が受け入れられて、『イブの誘惑』もいくつか収穫されることになった。瞳ひとみを輝かせてそのさまを見守っていたのはケルベロスの真ん中の首のみであり、左右の首はまったく無関心の様子である。

「……どーでもいいけど、俺おれは腹がぺこぺこなんだよ。いつになったら、メシにありつけるんだ?」

 いつも強気な右側の首がへばった声をあげると、ドラゴンはずいぶん穏やかさを増した眼まな差ざしで見返した。

「三日も食事を口にしていなかったのならば、心も朽くちる寸前であろうな。サクヤよ、手間をかけるがよろしく願えるであろうか?」

「もちろんさぁ。じゃ、あっちに戻って拠きよ点てん作りだねぇ」

 咲弥がそのように応じると、亜あ人じん族の兄妹は「わーい!」と腕を振ふり上げて、ドラゴンとケルベロスはそれぞれ瞳を輝かせた。

 そうして三たびドラゴンの背中に乗って、洞穴のある岩場に舞い戻る。その地の景観をあらためて見回した咲弥は、「うーん」と悩なやましいつぶやきをもらした。

「やっぱここは、最高の見晴らしだねぇ。ここを拠点にできたら、ウキウキだったんだけどなぁ」

「うむ? であれば、拠点にするがよかろう?」

「いやいや。いくら何でも、ここにペグは刺せないっしょ」

 咲弥が爪つま先さきで足もとの岩盤を小こ突づくと、ドラゴンは不思議そうに小首を傾げた。

「『昏き眠りの爪』と『聖騎士の槍』であれば、このていどの岩盤は土くれも同然であろうかと思うぞ」

「えー? それって、パワーありきの話じゃないのぉ? ドラゴンくんの力をお借りするのが嫌いやなわけじゃないんだけど……テントやタープぐらいは、自力で設置したいんだよねぇ」

 咲弥のそんな返答に、ドラゴンは優やさしげに目を細めた。

「であれば、試してみるがよい。サクヤの思いもまた、岩を通すほどの力を持っていようからな」

 そうしてドラゴンは尻しつ尾ぽの先端を洞穴の内側にくぐらせると、どっさり物資がのせられた巨大な台座を軽々と運び出した。それを岩盤の上におろしたならば、今度は虚こ空くうに魔ま法ほう陣じんを描えがいて咲弥の愛車を出現させる。

 咲弥は半信半疑のまま、コンテナボックスからペグハンマーを取り出した。そうして、奇怪な紋様が刻みつけられた禍々しい杭を一本ぬきとって、硬かたい岩盤に打ち込こんでみると――ほどほどの手応えで、杭の先端がずぶずぶと岩の内側にめりこんでいったのだった。

「わー、マジで? これも、魔法の力なの?」

「否いな。あくまで、玄鋼の硬こう度どの恩おん恵けいであろうな。魔法の力は、その精製の過程で使われているにすぎん」

 では、『聖騎士の槍』はどうかというと――こちらもまた、ちょっと勢いをつけて振り下ろすだけで、岩盤にずぶりと突き刺さったのだった。

 その周囲には、亀き裂れつが入ることもない。それぐらいの鋭さで、すみやかに岩盤を貫いているのだ。咲弥の世界では考え難にくい現象であった。

「すっげー。なんか、カンドーしちゃった。……じゃ、ここを拠点にしてもいいかなぁ?」

「それに反対する者はあるまい。こちらはずいぶんな高台であるが、それほど強き風が吹ふくこともないようであるしな」

 ドラゴンの温かい言葉に、咲弥はぐんぐんと気合がみなぎっていくのを感じた。高台ならではの澄みわたった空気に、断だん崖がいの向こうに広がる景観が、さらに咲弥を昂こう揚ようさせていく。十年以上にわたってキャンプを楽しんできた咲弥でも、このような環かん境きようで設営するのは初めての体験であったのだった。

「よーし、それじゃあ設営を始めようかぁ。アトルくん、チコちゃん、今日もよろしくねぇ」

「はいなのです!」という頼たのもしい合唱とともに、咲弥たちは設営を開始した。

 まずは広々とした岩場のど真ん中まで移動して、二枚のグランドシートを広げる。ふた組のインナーテントを組み上げたならば風向きを読んで入り口の向きを決定し、『昏き眠りの爪』でもって固定した。ペグハンマーは二本しかないので、アトルなどは手て頃ごろな岩を代用にしていたが、『昏き眠りの爪』は傷ひとつつくことなく岩盤の中にうずまっていった。

「よしよし。お次は、タープだねぇ」

 咲弥のテントの前には自前のタープを張り、祖父のテントの前には『精霊王の羽衣』なる織物を広げる。そちらは四よ隅すみと四辺の真ん中に小さな銀の環が取り付けられていたので、タープとして設置するのにうってつけであった。

 ポールの代用である『聖騎士の槍』は、もちろん穂先を下側にして使用する。ポールの先端を地面に刺す必要はないのだが、刺したら刺したでいっそう安定感が増すようだ。ただし、のちのちの事故を防ぐために、穂先は残らず地中に沈しずめる必要が生じた。

 そうして『精霊王の羽衣』が三メートルの高みに持ち上げられると、咲弥たちの頭上で玉虫色の織物が美しくきらめいた。その美しさに「わあ」と瞳を輝かせたのは、チコだ。おもに機能美を追い求める咲弥でも、それは溜ため息いきを誘ゆう発はつされるほどの壮そう麗れいさであった。

 しかるのちに、『祝福の閨』の運うん搬ぱんはドラゴンにお任せして、咲弥と兄妹はコンテナボックスやウォータージャグや米こめ袋ぶくろを運はこび込む。そうして、設営は完了し――咲弥の胸に、また深い感かん慨がいをもたらしたのだった。

「いやぁ、立派だねぇ。これがグルキャンの然しかるべき姿かぁ」

 ふた組のテントにタープ、ふた組のコンテナボックスと焚たき火び台だい、巨大な台座に、ウォータージャグとクーラーボックス、ローチェアとローテーブルとグリルスタンド――いささか変則的であるものの、グループキャンプを行うのに不足のない設備だ。なおかつ、テントとコンテナと焚火台のひと組ずつは祖父の持ち物であり、白い台座にはドラゴンのお宝がどっさり山積みにされているのである。咲弥と祖父とドラゴンの装備を結集させた結果なのだと思うと、咲弥の胸にはいっそうの感慨があふれかえった。

「あ、でも……作業台の高さは、どうだろう? チコちゃんたちは、問題なさそう?」

 作業台たる『祝福の閨』は、高さが五十センチていどとなる。あらためて見ると、背丈が一メートル弱であるチコたちには、いかにも中ちゆう途と半はん端ぱな高さであった。

「えーとえーと……はいっ! このようにすれば、ちょーどいいのです!」

 と、チコは『祝福の閨』の前で膝ひざ立ちの姿勢を取った。

「いやいや。ずっとその姿勢じゃ、しんどいでしょ。コンテナを椅い子す代わりにしてみよっかぁ」

 咲弥が使用しているコンテナボックスは頑がん丈じようであるので、人が乗っても問題はない。アトルやチコぐらい小こ柄がらであれば、二人まとめてでも支障はないだろう。

 ただし、コンテナボックスもそれなりのサイズであるため、チコたちが座すわると完全に足が浮いてしまう。そうして前ぜん傾けいの姿勢を取ると、コンテナボックスが倒れてしまいそうな危あやうさが感じられた。

「うーん。ローチェアはひとつしかないし、こいつはちょっと悩ましいところだなぁ。……ドラゴンくん、もういっぺんお宝の山を拝見させてもらえる?」

「チコたちが座るための、椅子であるな? ひとつ思いついたことがあるので、しばし待っていてもらいたい」

 そのように告げるなり、ドラゴンは単身で飛び去っていく。ケルベロスが少なからず驚きに打たれた様子でその姿を見送っていたので、咲弥は笑顔を届けることにした。

「自分がいなくてもケルベロスくんは悪さをしたりしないって、信用してるんだろうねぇ。もちろんあたしも、おんなじ気持ちだよぉ」

「……はい。竜りゆう王おう殿どのとサクヤ殿の信しん頼らいを勝ち取れたのでしたら、心よりありがたく思います」

 真ん中の首は厳げん粛しゆくな面おも持もちで一礼し、右側の首は「へんっ!」とそっぽを向き、左側の首は陰気に目をそらす。しかしやっぱり尻尾はぱたぱたと振られているので、咲弥は微笑ましい心ここ地ちであった。

 しばらくして、ドラゴンは悠ゆう然ぜんと舞い戻ってくる。その尻尾には、直径三十センチ、長さは一メートルもありそうな、実に立派な丸太が巻きつけられていた。

「おー、すっげー。この短時間で、伐ばつ採さいしてきたの?」

「否。樹木が過密になると山の調和が保てないため、以前に大規模な伐採を試みたのだ。しかし、こちらの都合で伐採した樹木を腐くさらせてしまうのは不ふ憫びんであったし、いずれは焚たきつけにでも使えるのではないかと考えて、風通しのよい峡きよう谷こくに保管していた。……これを望みの長さに寸断すれば、椅子の代わりにできるのではなかろうか?」

 そうしてドラゴンに耳打ちされたアトルは目を輝かせながら洞ほら穴あなの内に駆け込んでいき、その身みの丈たけよりも長い大剣を抱えて戻ってきた。

「これが『竜りゆう殺ごろし』の大剣である。……ケルベロスよ、これでこちらの丸太を寸断してもらえまいか?」

「あん? どーして俺が、そんな面倒な真ま似ねをしなくちゃならねーんだよ?」

「キャンプとは、苦労と喜びを分かち合う場であるのだ。其方そなたもほどこしを受けるばかりでは、誇ほこりが傷つこう?」

 ドラゴンが楽しげに目を細めつつそのように告げると、右側の首は「ふん!」と鼻を鳴らしてから大剣の柄つかをくわえこんだ。

「こちらを、どのていどの長さに切るべきでしょうか?」

 右側の首の口がふさがったので、真ん中の首がそのように問うてくる。咲弥はチコたちの体のサイズを検分し、三十センチていどの見当で丸太にナイフでしるしを刻みつけた。

 ドラゴンは反対側の先端に尻尾を巻きつけたのち、天空に舞い上がって、丸太を宙ちゆう吊づりにする。ケルベロスは大剣をひと振りして鞘を放り捨てると、白銀の刃やいばを丸太に叩たたきつけた。

 岩塊をも輪切りにできる『竜殺し』は、バターでも切るように丸太を一刀両断にする。それが何度か繰くり返されると、あっという間に二脚きやくの丸太椅子が完成した。

「すごいのです! きりくちがまっすぐですべすべなのです!」

「うむ。上下の断面が正確に平行の角度であるようだ。其方は剣の扱いにも長たけているのであるな」

「へへん! 動かねーもんをぶった切るぐらい、楽勝だろ!」

 そんな風に言いながら、右側の首はとても得意げな面持ちである。

 その愛くるしさに触しよく発はつされて、咲弥はこっそり忍しのび寄ることになった。

「ケルベロスくんは、いい子だねぇ。それでは、ごほうびを進しん呈ていいたしましょう」

 右側の首が「ぎゃーっ!」とわめいたのは、咲弥がその首を抱だきすくめたためであった。

「うーん。期待通りのモフモフだなぁ。このチャンスをずっとうかがってたんだよねぇ」

「お、お前、なんなんだよ! 俺は魔ま族ぞくの、ケルベロス様だぞ?」

「ぬっふっふ。なんと言われようとも、このモフモフの誘惑にはあらがえないのです」

 咲弥がおのれの欲求を思うさま満たしてから身を離すと、ケルベロスは子犬のように逃にげて丸太の陰に隠かくれてしまった。

 咲弥は「にひひ」と笑いつつ、視線を感じて横合いを振り返る。そちらでは、ドラゴンが静かな眼差しで咲弥のことをじっと見つめていた。

「あー、いや、そのぉ……ドラゴンくんのすべすべのお肌はだは至高の感かん触しよくなのですけれども、モフモフにはモフモフならではの魅み力りよくが存在いたしますので……」

「うむ。サクヤが楽しそうで、何よりであるな」

 ドラゴンが楽しげに目を細めたので、咲弥は「てへへ」と頭をかいた。

「ではでは。喜びと苦労の共有も一段落したところで、調理を開始しますかぁ」


5


 ケルベロスのモフモフを堪たん能のうした咲弥は、気を取り直して調理の準備を開始することにした。

 ローチェアに座した咲弥はコンテナボックスを開いて、まずは三組のバーナーを取り出す。もともと咲弥が使用していたOD缶かんのバーナーに、安価だが寒冷に弱いためしばらく使用を控えていたCB缶のバーナー、そして祖父の遺品たるOD缶のバーナーである。

 CBとはカセットガスボンベの略であり、家庭用のカセットガスコンロでも使用される、もっとも一いつ般ぱん的てきなガス缶だ。いっぽうODというのはアウトドアの略であり、屋外で使用される想定であるため寒冷にも強い。その代わりに、CB缶よりは値段がかさんでしまうわけであった。

 経費節約のため、咲弥も温暖な時期にはCB缶のバーナーを使用している。しかし咲弥が最初に購こう入にゆうしたのは、OD缶のバーナーである。OD缶というのはころんとした丸っこい形をしており、用よう途とが用途であるためにアウトドア用品店でしか取り扱っておらず――祖父とのキャンプの場で初めてその姿を目にした咲弥にとっては、そのOD缶のバーナーもきわめて印象的なキャンプギアのひとつであったのだった。

「……トシゾウの道具を目にするのは、ひさかたぶりのことだ」

 と、ドラゴンが優しい響ひびきを帯びた声を投げかけてくる。そちらに「うん」と笑顔を返しつつ、咲弥はさらに祖父のコンテナボックスから手て斧おのとカッティングボードを取り出した。

「アトルくん、この手斧で薪まき割わりをお願いできるかなぁ? あと、このナイフも今の内に渡わたしておくね」

 アトルには予備のナイフ、チコにはメインのナイフを手渡す。そして咲弥は、祖父のナイフを握にぎりしめた。祖父が愛用していた、ブッシュクラフトナイフ――正しくは、アウトドア渓けい流りゆうナイフである。こちらは土と佐さ打うち刃は物ものの専門店から購入したのだという品であった。

 咲弥が所有しているナイフはどちらも刃は渡わたりが十センチ強で、刃厚は二・五ミリと四ミリになる。それに対してこちらのナイフは刃渡りが十六センチで、刃厚は四ミリ以上にも及ぶ。刃厚が厚ければ厚いほど調理などの細かい作業には不向きであるはずだったが、祖父はこの一本で何でもこなしていたのだった。

 刃の材質もステンレスやカーボンではなく、青鋼という種類になる。なおかつ渓流ナイフというのは魚をさばくことを目的にしているため、切れ味も抜ばつ群ぐんであるのだ。刃の鎬しの地ぎじは黒打ち仕上げで、柄えには滑すべり止どめとしてナイロンロープがぐるぐると巻かれている。見るからに無骨なデザインで、咲弥は幼い時分からこのナイフに憧あこがれていたが、なんとなく使いこなす自信がなくて手を出せずにいたのである。

 それに祖父はかなりの昔せき日じつからこちらのナイフを使っていたはずなので、いつ折れるかもわからない。余人に勝手に貸かし与あたえて折れてしまったら泣くに泣けないので、咲弥は自分の責任のもとに使用しようと決断したのだった。

「じゃ、こっちは下ごしらえを進めちゃうねぇ」

 薪割りをアトルたちに一任した咲弥は、まず六合半の米を祖父の兵式飯はん盒ごうと二台のメスティンに移した。咲弥などは〇・五合で十分であるが、ドラゴンと亜人族の兄妹は食くいしん坊ぼうであるし、ケルベロスなどは餓が死し寸前の様子であるので、多めに準備することにしたのだ。余れば明日の朝食に持ち越こすだけのことであった。

(そういえば、この飯盒は初めて見たもんな。ここ最近で、ドラゴンくんたちのために入手したってことか)

 祖父のキャンプギアを拝借しているためか、今日は普ふ段だん以上に祖父のことを思い出してしまうようである。咲弥はそれを感傷ではなく熱情に転化させて、下ごしらえに従事した。

 米は無洗米であるので、とりあえずは水に浸つけておけばいい。そういった作業の際には、やはり蛇じや口ぐちのついたウォータージャグが便利である。『ウンディーネの恩寵』とやらは、補充用のサブタンクとして扱あつかうのが相応ふさわしいようであった。

「サクヤさま! まきわり、かんりょーなのです!」

「おー、さすが手早いねぇ。じゃ、ナイフを洗ったらこっちの手伝いをお願いねぇ。ダイコンは厚めの輪切り、ジャガイモとニンジンとタマネギとマンドラくんは乱切りでよろしくぅ」

「りょーかいなのです!」

 丸太の椅子に着席した亜人族の兄妹は、嬉き々きとして食材を切り分けていく。その間に、咲弥は砂を洗い流したデザートリザードの肉をひと口大に切り分けていった。

 咲弥がチェアに座ると『祝福の閨』はいささか丈が高かったので、ナイフを扱う際にはローテーブルを独どく占せんさせてもらうことにする。なおかつ咲弥は『プロフェーテースの黒碑』なる御ご大たい層そうな名を持つ石せき碑ひをカッティングボードの代用として使わせていただいたわけだが――縁ふち取どりの装そう飾しよくが滑り止めとなって、使い勝手も悪くないようである。そして幸いなことに、鋭するどい渓流ナイフを当てても漆黒の石板には傷ひとつつかなかった。

「ひゃーっ! ほんとーに、きえてなくなってしまうのです!」

 チコの声に振り返ると、そちらでは野菜くずを『貪欲なる虚無の顎』に放ほうり込んでいるさなかである。咲弥も首をのばして拝見してみると、確かに壺の内側に投じられた野菜くずは底に到とう着ちやくする前に黒い塵と化して跡あと形かたもなく消滅していった。

「うんうん、すごいねぇ。大事なものを落とさないように、お気をつけて」

「りょーかいなのです! サクヤさまのかたなはししゅするのです!」

 そうしてすべての具材が切り分けられたならば、ダッチオーブンに投入してゴマ油で炒いためる。炒めた後にはそのまま水を注ぎ、かつおだし、酒、みりん、砂糖、醤しよう油ゆ、生しよう姜がを加え、蓋ふたを閉めて煮に込こむ。これにて、片方の焚火台はふさがった。

「さてさて。お米の浸しん水すいには三十分以上かけたいところだし……適当な料理を仕上げて、前菜といたしますか」

 亜人族の兄妹は「わーい!」とはしゃぎ、ドラゴンとケルベロスはそわそわと身を揺ゆする。まったくもって、腕うでのふるい甲が斐いがある面々であった。

「とりあえず、巨大キノコの味を確かめておきたいなぁ。じっちゃんは、どういう風に扱ってたんだろ?」

「トシゾウは小さく切り分けて鉄てつ網もうで焼くか、キャメットの乳にゆう脂しで焼きあげるか……あとは、煮に物ものや汁しる物ものに使用していたようであるな」

「うーん、やっぱそうなるかぁ。じゃ、せめて調味料だけでも変えてみようかねぇ」

 巨大キノコの切り分けは亜人族の兄きよう妹だいにおまかせして、咲弥はふた組のスキレットをバーナーに設置した。油はあえてのオリーブオイルで、性しよう懲こりもなくニンニクを添てん加かする。本日の献こん立だてにニンニクは必要なかったが、咲弥はコンテナボックスに常備しているのである。

 そうして巨大キノコを焼きあげていくと、食欲をそそる香りが広がっていく。赤とオレンジのツートンカラーは毒々しい限りであったが、まあ華はなやかと言えなくもなかった。

「やっとメシかよ! 待ちくたびれたぜ!」

 そのように言い放つなり、ケルベロスの巨きよ体たいが黒い竜たつ巻まきのようなものに包まれる。そしてその黒い渦うずが消え去ると――そこには、大型犬サイズであるドラゴンよりもさらにちんまりとした三頭の狼おおかみが立ち並んでいた。

「わー、なになに? キミたち、合体してたのぉ?」

「いえ。こちらが、かりそめの姿です。食事の際にはこちらの姿を取ることにしているのですが、サクヤ殿と出会った折には魔ま力りよくが枯こ渇かつしており、それもままなりませんでした」

 かつては真ん中の首であったケルベロスの一頭が、そのように答えてくれた。彼かれらはそれぞれ口調が異なるし、右側の首は目もとに古傷、左側の首は垂れ耳という特とく徴ちようがあったので、識別することに支障はなかった。

「うーん。だけどこれじゃあ、呼び方に困っちゃうなぁ。適当に呼び名をつけてもいいかしらん?」

「呼び名ですか。どうぞ、ご自由に」

「じゃ、右から順番に、ケイくん、ルウくん、ベエくんね」

「なるほど。ケイ、ルウ、ベエですか。……ロスは、何処どこに?」

「ロスは、みんなの心の中にあるのです」

 咲弥が自分の胸むなもとに手を置きながら真心を込めて答えると、ケイは「けっ」とそっぽを向き、ルウは「はは」と愛あい想そ笑わらいをして、ベエは陰いん気きに目を伏ふせた。

 かくして、咲弥のキャンプメンバーは十日目にして七名にふくれあがってしまったわけであった。


6


「いいからとにかく、メシを食わせてくれよー!」

 ケルベロスの右側の首ことケイが悲痛な声でそのように言いたてたので、咲弥は二台のスキレットで焼きあげた巨大キノコの炒め物を皿に移した。どこぞの王国から献上されたという、立派な銀の大皿である。

 まあ、スキレットの容量には限界があるので、七名で分ければ味見ていどの分量だ。咲弥が小皿に取り分けた分をひと口でたいらげたケイは「へー!」と驚おどろきの声をあげた。

「なんかこれ、肉じゃねーのに肉みてーな噛かみごたえだな! こんなキノコは、初めて食ったぜ!」

「うんうん。肉厚で食感がしっかりしてるせいか、脳がだまされそうだねぇ。シイタケのような、エリンギのような……色んなキノコを思い出させる味わいだなぁ」

「なんだ、それ? キノコの名前か?」

「うん。あたしの暮らしてる世界にも、色んなキノコがあるからねぇ。でもこれは、どんなキノコにも負けない味わいだなぁ」

「ふーん! あと、このちっちぇーのは何なんだよ? すっげーニオイがするんだけど!」

「それは、スライスしたニンニクだよぉ。……あ、わんこにニンニクは厳禁のはずだけど、ケイくんたちは大だい丈じよう夫ぶなのぉ?」

「わんこ?」と、ケイは小首を傾げる。腹がふくれて人ひと心ごこ地ちがついたのか、これまでには見せたことのない無防備な表情と仕草であった。

「わんこは、犬のことだよぉ。狼って、犬の親しん戚せきなんでしょ?」

「犬なんかと一いつ緒しよにするなよ! そもそも俺たちは、魔族だぞ!」

 ケイが頬ほおでもふくらませそうな勢いでぷりぷりと怒おこると、ルウが「そうですね」と冷静に口をはさんだ。

「たとえ如い何かなる姿をしていようとも、魔族は魔族です。この身の半分は魔力で構成されているため、生身の存在とは別種の生命体であると思おぼし召めしください」

「じゃ、タマネギとかも大丈夫なんだねぇ? それならひと安心だよぉ」

 咲弥が安あん堵どの息をつくと、怒ど気きを消したケイがいくぶんもじもじしながら視線を向けてきた。

「それより、本物の肉はねーのかよ? どんなに似てても、キノコはキノコだからなー」

「ケイくんは、お肉をご所しよ望もうでありますか。まあ今日はメインディッシュでもお肉は控ひかえめだから、こっちでも使っちゃおうかねぇ」

 そういえば、咲弥もまだデザートリザードの肉をローストでしか味わっていないのだ。咲弥は祖父のナイフでデザートリザードの肉を薄うすく切り分けて、もう一台の焚火台で網あみ焼やきにしてみた。調味料は、もちろん『ほりこし』だ。

 その焼きあげはアトルに任せて、咲弥はチコとともに余っていたマンドラゴラモドキをすりおろす。前回のキャンプで好評だった、ふわふわ焼きである。その作業中にデザートリザードの肉が焼きあがったので味見をしてみると、肉にく汁じゆうは豊かで味わいも申し分なかったが、鶏とり肉にくよりもずいぶん硬かたい肉質であった。前回は、ローストの作用であのようにやわらかく仕上げられたわけである。

「にゃるほど。でも、噛めば噛むほど肉の味がするし、やっぱり美お味いしいねぇ」

 いっぽうケイも咲弥の足もとで、「うめー!」と歓かん喜きの声をあげている。しかし、ルウとベエは無表情にもそもそと肉を噛んでいた。

「ふむむ? ルウくんとベエくんは、お気きに召さなかったかな?」

「いえ。こちらの調味料は、きわめて巧たくみな調合であるように思います。ただ……私とこちらの首は、そちらの首ほど肉に執しゆう着ちやくしていないのです」

「えー? 三つのお顔で、食べ物の好みが違ちがってるのぉ?」

「はい。よって、食事から得られる充じゆう足そく感かんを純化させるために、食事の際には身を分けることにしたのです」

「にゃるほど……それじゃあルウくんとベエくんは、どんな料理がお好みなのかな?」

「そちらの首は、パンの類いを好んでおりますね」

 ルウが沈ちん着ちやくに答えると、陰気なベエはいっそう鬱うつ々うつと目を伏せた。

「しかし、この場にパンがないことはわかっている……山や砂さ漠ばくで小麦がとれることはないのだろうしな……」

「そっかー。あたしは最近、家でパンが主食だったから、キャンプの場には持ち込んでなかったなぁ。パスタだったら余ってるけど、ベエくんのお口に合うかしらん?」

「ぱすた……? そのような料理は、耳にした覚えもない……」

「そっかそっか。パスタも原材料は小麦のはずだから、好みに合う可能性はあるよねぇ。じゃ、この後にちゃちゃっと仕上げてあげるよぉ」

 すると、黙だまって肉を食していたドラゴンが「サクヤよ」と声をあげた。

「主菜は、この後に準備するのであろう? そうまで手をかけるのは、小さからぬ苦労ではなかろうか?」

「いやいや。メインのふた品は、どっちもけっこう時間がかかるからさぁ。それに、パスタぐらいは大した手間でもないよぉ」

「左様か」と微笑ほほえむように目を細めるドラゴンに笑顔を返してから、咲弥は焼きあがったふわふわ焼きをカッティングボードに移して、ポン酢ずとカツオブシを振りかける。新たな料理の完成に嬉々として振り返ったケイは、ふわふわ焼きを切り分ける咲弥の手もとを覗のぞき込んでからしょんぼり肩かたを落とした。

「なんか美う味まそうな匂においだけど……肉は入ってねーのかー」

「そ、それでしたら、おにくをのせてはいかがです?」

 チコがアトルからトングを受け取り、ケイの皿のふわふわ焼きに網焼きの肉をトッピングすると、ケイはたちまち瞳を輝かがやかせた。

「その手があったか! お前、賢かしこいな!」

「と、とんでもないのです。きょーしゅくのいたりなのです」

 チコはもじもじとしながら、それでも嬉うれしそうに口もとをほころばせる。そのさまに心を和なごませながら、咲弥はルウとベエにも皿を差し出した。

「はい、どうぞぉ。お次はパスタだから、ちょっと待っててねぇ」

「サクヤ殿の温情に、心よりの感謝を捧ささげます」

 ルウは生き真ま面じ目めに一礼してから、ふわふわ焼きに牙きばをたてる。そして、ベエもそれに続いてふわふわ焼きを食すると――そのふさふさの尻尾が、ぴこんと立てられた。

「あれあれ? ベエくんは、ふわふわ焼きをお気に召したのかな?」

「うむ……マンドラゴラモドキは野菜なのであろうが……どことなく、パンに似た趣おもむきを感じる……」

 ふわふわ焼きがパンに似ているとは、とうてい思えない。ただ、こちらはお好み焼きに似ており――お好み焼きもまた、小麦粉を原料にしていた。

(ベエくんはパンだけじゃなく、炭水化物系の料理がお好みなのかな。だとしたら、お米もお口に合うかもな)

 咲弥はそのように考えたが、期待を裏切っては気の毒なので発言は控えておいた。その代わりに、パスタで簡単にペペロンチーノを仕上げてみると、ベエは陰気な面持ちのまま尻尾をぴこぴこと振りたてたのだった。

「あはは。パスタはお口に合ったみたいだねぇ」

 咲弥が思わず頭を撫なでると、ベエは「ヤメテ……」と陰気な声をもらす。しかし咲弥の手から逃げようとはしなかったし、その尻尾も元気に振られたままであった。

「もー、みんなかわゆいんだからぁ。……じゃ、ルウくんの好物は何なんだろ?」

「私のことは、お気になさらず。……食後にそちらの果実をいただければ、それで十分です」

 そういえば、『イブの誘惑』の収穫に瞳を輝かせていたのは彼だけであったのだ。咲弥は「なるほどぉ」とにんまり微笑んだ。

「じゃ、ちょっとフライングでデザートにもチャレンジしてみよっかなぁ。そんなに得意な分野じゃないから、あんまり期待はしないでねぇ」

 咲弥が二つの『イブの誘惑』を薄めのくし切りに切り分けると、黄金色の皮の下にはリンゴよりも濃こい黄色の実が隠されていた。果か汁じゆうも豊かで、いかにも甘あまそうな香りである。

 オリーブオイルをぬぐった二台のスキレットにキャメットの乳脂を垂らし、くし切りにした『イブの誘惑』を並べたならば、砂糖を加えつつ弱火で片面ずつ焼きあげていく。そして、焼きあがった果実を皿に取り分けたのち、余った果汁と砂糖を煮に詰つめてその上に注ぎかけた。

「焼きリンゴならぬ、焼きイブでございます。みんなも味見してみてねぇ」

 リンゴサイズが二個では大した量にならないため、咲弥は追加の調理に取りかかる。そんな中、ルウは「おお……」と感かん嘆たんの声をあげていた。

「これは、素す晴ばらしい味わいです……まるで、宮きゆう廷てい料理のひと品であるかのようです」

「あはは。それはさすがにオーバーだなぁ。でも、お気に召したんなら何よりだよぉ」

「こ、これはほんとーに、おいしーおいしーなのです!」

「はいっ! こんなにおいしいイブのゆーわくをたべたのは、はじめてなのです!」

 ルウばかりでなく、亜人族の兄妹も星のように瞳をきらめかせている。それにドラゴンも満足げな眼差しであったので、咲弥も感無量であった。

 いっぽうケルベロスはルウしか焼きイブを食しておらず、ケイは肉を、ベエはパスタを食べ続けている。そのさまに、咲弥は小首を傾げることになった。

「あのさぁ、みんなはそれぞれ好きなものを食べるだけで、ココロを満たされるのかなぁ?」

「はい。魔族は人間族と異なり、食事から滋じ養ようを摂せつ取しゆしているわけではありませんので。幸福な心地を得られれば、それで十分であるのです」

「にゃるほど。栄養の偏かたよりを心配する必要もなく、好きなものだけを食べればいいわけね」

「はい。ですが、辺境地帯を放ほう浪ろうするさなかには、肉や果実ぐらいしか求めることはかないません。それでは心の何割かが満たされないため、時には人間族や亜人族の居住区を訪おとずれてパンを所望しています」

 その言葉に、ドラゴンが小首を傾げた。

「そういえば、どうして其方が辺境区域を放浪しておるのだ? 以前は中原で、他なる種族との戦乱に明け暮れていた身であろう?」

「……我々はワーウルフの一派と共きよう闘とうし、ヒュドラを首しゆ魁かいとする一派と覇はを競きそっておりました。ですが、こちらでも内乱が勃ぼつ発ぱつし……中原における領土争いに見切りをつけた次し第だいです」

「左様か。中原の者どもは、相変わらずのようであるな」

「はい。遅おそまきながら、私も玉座をお捨てになられた竜王殿のお気持ちが理解できたように思います」

 しみじみと語りながら、ルウは焼きイブの最後のひと切れを口に運んだ。それを見つめるドラゴンの瞳ひとみは、これまで以上に優しげである。

(なんか、ドラゴンくんもケルベロスくんと仲良くなれそうだな)

 そんな思いを抱いだきつつ、咲弥は「さてさて」と声をあげた。

「いい具合に時間も経たったから、こっちも準備を進めよっかな。アトルくんは、そのままバーベキューをお願いねぇ」

「りょーかいなのです! ふんこつさいしんのかくごで、おやくめをはたすのです!」

 頼もしいアトルにケルベロスの面めん倒どうを任せて、咲弥はチコとともに調理を開始した。白米を使用する料理は、炊たき込みご飯である。具材は、小さく切り分けたデザートリザードの肉と、持参したブナシメジとニンジン、そして現地調達の巨きよ大だいキノコおよび『黄昏たそがれの花弁』であった。

「いきなり人数が増えたから、巨大キノコは助かるなぁ。こいつだったら、いっそう料理を上等に仕上げてくれると思うよぉ」

 咲弥がそのように告げると、チコは嬉しそうに「はいっ!」と口もとをほころばせた。

 兵式飯盒には三・五合、二組のメスティンには一・五合ずつの米を収めている。少しゆとりをもたせているのは、具材を追加するためだ。まずは醤油、酒、みりん、砂糖、かつおだしを水の中に投じ、軽く攪かく拌はんしたのちに具材を沈めていく。あとは、三台のバーナーで火にかけるのみである。

「よーし。こっからが、また長いからねぇ。今度は、何を作ろっかなぁ」

 炊すい飯はんの時間は十分から十五分ていど、さらに蒸むらしに二十分ほどを要するので、時間はまだまだ残されている。その間、満腹にならないていどに簡単な料理をふるまう心づもりであった。

「そういえば、この子が手つかずだったっけ。いっちょ、炒め物に使ってみようかな」

 カボチャに似た食感で、トマトとトウガラシの味わいをあわせもつ『ジャック・オーの憤ふん激げき』である。それをデザートリザードの肉とともに炒めて、半分は塩とブラックペッパー、もう半分は『ほりこし』で仕上げてみた。前者はいささか味が足りず、『ほりこし』の圧勝である。それに、『ジャック・オーの憤激』は焼くと食感がぼそぼそになってしまうため、スープやソースなどに活用するほうが望ましいように思われた。

 お次は白菜に似た『黄昏の花弁』とデザートリザードの肉を軽く茹ゆであげて、水気を切ったのちにポン酢でいただいてみる。咲弥はいくぶん肉の硬さが気になったが、他の面々はご満まん悦えつの様子であった。

「いずれの料理も、素晴らしい出来栄ばえであるな。サクヤの手しゆ腕わんは、見事である」

「いやいや。どんな料理でも、素材が命だからねぇ。もちろん、『ほりこし』やポン酢も偉い大だいだけどさぁ」

「うむ。であればこれは、おたがいの世界の素晴らしい材料があわさった結果でもあるわけであるな」

 そうして咲弥とドラゴンが温かな視線を見み交かわしていると、ルウが背筋をのばしつつ発言した。

「失礼ながら、質問です。竜王殿は、何なに故ゆえに二つの世界を融ゆう合ごうさせたのでしょうか? 異界におもむくことが目的であられたのなら、門を閉めても支障はありませんでしょう?」

「それは……」と、ドラゴンは珍めずらしく言いよどんだ。