咲弥は溜ため息いきをつきながら、そちらの兄妹のもとにしゃがみこんだ。

「さあさあ、楽にしておくんなさい。あたしは大おお津つ見み咲弥っていう、ちんけな女でございやす」

「はいっ! りゅーおーさまから、おうわさはかねがねうかがっているのです!」

「ど、どうぞよろしくおねがいいたしますなのです!」

「だからまずは、楽にしなさいってば。取って食ったりはしないからさぁ」

 咲弥がそれだけ言いつのると、幼き兄妹はようやくおずおずと身を起こした。

 くすんだ砂色のポンチョとブーツは、やはり何らかの爬は虫ちゆう類るいの革かわで仕立てられているのだろう。そこから覗く手足には灰色の包帯みたいなものがぐるぐると巻かれており、露ろ出しゆつしているのは小麦色に焼けた顔と手の先ぐらいであった。

 その顔が、とても可愛らしい。リスのように大きな目が印象的で、もしゃもしゃの猫ねこっ毛は兄のほうが長めのショートヘアー、妹のほうはちょこんと小さなおさげにしていた。

「うーん。取って食わないって言ったけど、思わず食べちゃいたくなるぐらいかわゆいねぇ」

 咲弥が思わず冗じよう談だん口ぐちを叩たたくと、兄妹は「きゃーっ!」と悲鳴をあげながらおたがいの身を抱きすくめた。

「冗談だよぉ。どうしてキミたちは、そんなに腰が引けてるのかなぁ?」

「コメコ族はあらゆる種族に迫はく害がいされて、砂漠地帯の奥おく深ふかくに追いやられた身であるのだ。そういった来歴から、誰に対しても恐れ入ってしまうのであろうな」

「ええ? こんなかわゆらしいおこちゃまたちを迫害するなんて、許されざるべき所業だねぇ」

「うむ。この者たちはなかなか頑がん強きようなる肉体を有しているのだが、まったく魔力を扱えない身であるのでな。魔法の文明によって成り立つこちらの世界では、どうしても最底辺の存在と見なされてしまうのであろう」

 そんな風に語りながら、ドラゴンは長い首を垂らして亜人族の兄妹に顔を寄せた。

「しかし、アトルにチコよ。こちらのサクヤは、トシゾウから優しき心根を受け継いでいる。そのように恐れ入る必要は皆かい無むであるぞ」

「いやいや、あたしはそんな大したもんじゃ――あれ? この子たちも、じっちゃんのお友達なのぉ?」

「否。友ではなく、雇やとい主ぬしと働き手の間あいだ柄がらであるな」

 咲弥が小首を傾げると、兄のアトルが「はいっ!」と声をあげた。

「ぼ、ぼくたちは、トシゾウさまのはたけをおあずかりしているのです! トシゾウさまには、たいへんおせわになっていたのです!」

「畑? じっちゃんの畑はみんな売っぱらっちゃったし、そもそもキミたちがこっちの世界をうろついてたら大おお騒さわぎになっちゃうんじゃない?」

「否。もとよりこちらの世界の住人たちは、そちらの世界に足を踏み入れるすべがない。そうではなく、トシゾウはこちらの山にも畑を開いていたのだ」

 ドラゴンは落ち着き払はらった声こわ音ねで、そのように説明した。

「と、いうよりも……毎回トシゾウに食材を準備してもらうのを忍しのびなく思い、我がそのように提案したのだ。そうしてこの者たちを雇い入れて、畑を管理するすべを学ばせたというわけであるな。報ほう酬しゆうは、その畑で収しゆう穫かくされた作物となる」

「ほへー。いったいどんなもんを育ててたの?」

「それは、こちらに準備している」

 ドラゴンの巨きよ大だいな尻しつ尾ぽの先せん端たんが、虚こ空くうを優ゆう雅がに走り抜ける。すると、青白く輝かがやく魔ま法ほう陣じんが浮うかび上がり――その向こう側から、巨大な草くさ籠かごが飛び出してきた。

 アトルは「はわわ」と慌あわてながら、その草籠を見事にキャッチする。その草籠に、見たこともない作物がどっさりと山積みにされていた。

「本日は、こちらの品も活用してもらいたい。サクヤであれば、きっと立派に使いこなすことができよう」


2


 咲弥は「ひゃー」と感心しながら、虚空から出現した作物の山を検分することになった。

 両手で抱かかえるほどのサイズである草籠には、さまざまな作物が山積みにされている。それに、畑の収穫物ばかりでなく、ずんぐりとした壺つぼや土ど瓶びんなども詰め込まれていた。

「すっげー。でも、これはキミたちが頑がん張ばって育てたんでしょ? それをいただいちゃうのは、なんだか申し訳ないなぁ」

「と、とんでもないのです! ぼくたちがおやまのめぐみをくちにできるのも、トシゾウさまとりゅーおーさまのおかげであるのです!」

「そ、そうなのです! それに、はたけはいっぱいいっぱいひろげたので、わたしたちのいちぞくだけではたべきれないぐらいのさくもつがみのっているのです!」

 そのように言い放つなり、亜人族の兄妹はそろってもじもじし始めた。

「それで、あの……ぼくたちも、トシゾウさまのつくるおしょくじをいつもたのしみにしていたのです」

「そ、そうなのです。トシゾウさまのしゅわんは、おみごとであるのです」

 咲弥がきょとんとしていると、微笑ほほえむように目を細めたドラゴンが説明してくれた。

「以前にも申した通り、こちらの地域では塩や胡こ椒しようも希少であるのだ。トシゾウの手て掛がける食事は、この者たちの心をも深く満たしていた」

「あ、そうなんだぁ? じっちゃんたら、隅すみに置けないなぁ」

 咲弥は何とも言えない感かん慨がいに見舞われながら、頭を引っかき回すことになった。そうして兄妹のほうに視線を戻すと、まだもじもじと身を揺ゆすっている。その愛くるしさは、ドラゴンにも負けていなかった。

「そういうことなら、あたしも腕うでをふるっちゃおうかなぁ。ちょうど今日は、うってつけの秘密兵器を準備してるからねぇ」

 たちまち兄妹は、「わーい!」と両腕を振り上げた。恐おそれ入ったりはしゃいだり慌ただしいことであるが、何にせよ愛くるしさの極きよく致ちである。咲弥の祖父も、たいそう心を和なごませながらキャンプ料理をふるまっていたのだろうと思われた。

「でも、それって見たことのない食材ばっかりなんだよねぇ。あたしに使いこなせるかなぁ?」

「大事ない。これらの作物はトシゾウにとっても馴な染じみのある味わいであったからこそ、畑で育てられることになったのだ。サクヤであれば、トシゾウよりもさらに見事に使いこなすことができよう」

「ご期待に沿えれば幸いだねぇ。それじゃあまずは、設営をすませちゃいますかぁ」

「はいっ! ぼくたちも、おてつだいするのです!」

 どうやらこちらの兄妹は設営の手伝いの経験もあるらしく、咲弥がわずかに指示を与えるだけでてきぱき作業を進めてくれた。シートを広げたりハンマーでペグを打ったりする手て際ぎわも、実に手て馴なれたものである。なおかつ、咲弥でもちょっと苦労するコンテナボックスを軽々と運べるぐらいの怪かい力りきを有していたのだった。

 そのおかげもあって、瞬またたく間まに設営は完かん了りようする。テントの前面にはタープを張り、その下にチェアとテーブルと焚たき火び台だいを設置した、三日前と同じスタイルだ。亜人族の兄妹は小こ柄がらであるため、雨が降ってもぎりぎりしのげるのではないかと思われた。

「よしよし。お次は、薪まき割わりだねぇ。ちゃちゃっと片付けちゃうから、ちょっと待っててもらえるかなぁ?」

「はいっ! よろしければ、ぼくたちもおてつだいするのです!」

「ええ? 二人ともけっこう力持ちなのはわかったけど、さすがに刃は物ものを扱わせるのはちょっと抵てい抗こうがあるかなぁ」

 咲弥がそのように答えると、ドラゴンが「大事ない」と声をあげた。

「この者たちは、サクヤと同程度の齢よわいであるのだ。火の扱いも刃物の扱いも、まったく不足はなかろうと思うぞ」

「ちょちょちょ。この子たちって、ハタチを過ぎてるのぉ? 見た目も言動も、おこちゃまそのまんまなんだけど」

「うむ。コメコ族というのは、小人族の一種であるのでな。体が小さいのも言動が幼げであるのも、種族そのものの特性となる」

「にゃるほど……ま、かわゆければ何でもいっかぁ」

 しかし祖父は、手て斧おので薪を割っていたはずだ。それで咲弥がブッシュクラフトナイフを使った薪割りの手法を教えると、亜人族の兄妹は危なげのない手つきで実じつ践せんし始めた。妹のチコには予備のナイフを受け渡わたし、二人がかりで力強く作業が進められて――ひと束分の薪が、あっという間に片付いてしまった。

「いやぁ、大したもんだねぇ。キミたちだったら、いっぱしのキャンパーとしてやっていけそうだなぁ」

「お、おほめにあずかり、きょーしゅくのかぎりなのです!」

 そんな風に応じながら、亜人族の兄妹は嬉うれしそうに頬を染めている。それもまた、可愛らしい限りであった。

 ともあれ、調理の準備も万ばん全ぜんである。咲弥は助手席で出番を待っていたダッチオーブンのケースを肩かたにさげて、グリルスタンドの上まで運んだ。

「こちらが本日の秘密兵器、ダッチオーブンでございます。これだったら、四人分の料理も何とかなりそうだねぇ」

「ほう。これは立派な、鍋であるな。新たに買い求めたのであろうか?」

「うん。セールで安くなってたからさぁ」

 咲弥が白い歯をこぼすと、ドラゴンは何かを察したように優しげな目つきをした。

「で、あたしもいちおう今日のプランは考えてきたんだけどさぁ。このお宝の山をどう活用させるか、まずはそこからだねぇ」

 咲弥はクーラーボックスの脇わきに置かれた草籠の中身を、あらためて検分した。

 とりあえず、剥むき出しの作物は三種類である。ドラゴンは眩まばゆい輝きとともに大型犬ていどのサイズに縮んでから、咲弥と一いつ緒しよに草籠の中身を覗き込んだ。

「ひとつずつ説明していこう。まずこちらは、『ジャック・オーの憤ふん激げき』と呼ばれる作物である」

 それは直径十センチていどの、真っ赤なカボチャのごとき実であった。

「こちらは、『黄昏たそがれの花弁』」

 そちらは紫色をした、分厚い花弁の薔薇ばらのごとき何かであった。サイズはキャベツぐらいもあるので、なかなかの存在感だ。

「そしてこちらが、『マンドラゴラモドキ』であるな」

 それは全長十五センチほどで、高こう麗らい人にん参じんのような姿をしていたが、どこか胴どう体たいに四し肢しが生えているような風ふ情ぜいであり――その天てつ辺ぺんには、苦く悶もんにあえぐ人間の顔に見えなくもない皺しわが刻まれていた。

「うーん。実にコケティッシュだねぇ。……で、この子たちはどんな味わいなのかなぁ?」

「うむ。『ジャック・オーの憤激』は、強い辛からみと酸味を有している。食感はカボチャに似ているが、トマトとトウガラシを掛かけ合わせたような味わいであるな」

「ほほう。トマトとトウガラシだなんて、ずいぶん相あい性しようのよさそうな組み合わせだねぇ。ほんじゃ、この綺き麗れいなお花みたいなやつは?」

「そちらは花のごとき香りを有しているが、味わいはやや甘いていどで青あお臭くささのほうが強い。食感は、ハクサイに似ているように思う」

「ふむふむ。では、こちらの呪のろわれし根菜みたいな彼は?」

「そちらはまさしく、根菜であるな。表皮には強い苦みがあるが、その下には瑞みず々みずしい姿が隠されている。味も食感も、ヤマイモに近かろう」

 咲弥は「にゃるほど」と腕を組んだ。

「外見はなかなかのインパクトだけど、使い勝手はよさそうだねぇ。あと、こっちの壺と土瓶は何かしらん?」

「壺の中身はデザートリザードと呼ばれる獣けものの肉で、土瓶は『イブの誘ゆう惑わく』の果実酒であるな」

「そりゃまた詩的なお名前だねぇ。でも、お肉やお酒までそろってるのかぁ」

「はいっ! ぼくたちは、デザートリザードをかるいちぞくなのです! このふくやくつも、デザートリザードのかわでできているのです!」

「はいっ! それでわたしたちは、だいじなキャメットをデザートリザードからまもっているのです!」

「キャメット?」と咲弥が疑念を呈ていすると、ドラゴンがすぐさま解説してくれた。

「キャメットとは、そちらの世界で言うラクダとヤギを掛け合わせたような獣であるな。この者たちの一族は砂さ漠ばくでキャメットを育てながら、デザートリザードを狩かっているのだ」

「はいっ! だからわたしたちは、デザートリザードのおにくをたべて、キャメットのおちちをのんでいるのです! やさいはとてもきちょうなので、トシゾウさまにはみんなかんしゃしているのです!」

 妹のほうが懸けん命めいに声を張り上げつつ、兄と一緒にもじもじとした。

「それで……おさけも、キャメットのおちちのおさけしかしらなかったのです。トシゾウさまのおかげで、こんなにおいしいおさけをのむことができるようになったのです」

「ふーん? じっちゃんが、果実酒の作り方なんて知ってたの?」

「否。果実酒の作り方を突つき止とめたのは、我である。トシゾウは酒をたしなまない身であるのに、わざわざ我のために酒の準備をしてくれていたので……なんとかトシゾウの負担を減らそうと思いたってのことである」

 と、ドラゴンまでもがもじもじし始めたので、咲弥は萌もえ死んでしまいそうだった。

「わかったわかった。わかったから、勘かん弁べんしてぇ。キミたち、ほんとに親戚なんじゃないのぉ?」

「と、とんでもないのです! ぼくたちなんて、なんのとりえもないていきゅーのいちぞくなのです!」

 すると、たちまちドラゴンが威い厳げんと風格を取り戻して「否」と言った。

「其方たちは魔ま力りよくを操あやつるすべを持たぬが、その気になれば肉体の力だけで他なる種族と渡り合うことも可能であろう。しかし其方たちは他者と争うことを避さけ、自ら実りの少ない砂漠地帯へと身を隠したのだ。それは、欲得にとらわれた都の者どもよりも、遥はるかに崇すう高こうな行いであろう」

「と、とんでもないのです! きょーしゅくのいたりなのです!」

 亜人族の兄妹は、紫陽花あじさいのように綺麗な紫色をした頭をぺこぺこと下げた。いっぽう咲弥は、ドラゴンを含ふくめた三者のやりとりにこっそり心を和ませる。やはり彼らは、誰もが祖父の友人に相応ふさわしい人ひと柄がらを有しているようであった。

「それじゃーまあ、お酒はあとのお楽しみとして……まずは、デザートなんちゃらのお肉ってのを拝見できるかなぁ?」

「はいっ! いますぐに!」

 兄のアトルがずんぐりとした壺に手を突っ込み、大きな肉につ塊かいを引っ張り出した。しかしそれよりも、咲弥は肉と一緒にこぼれ落ちたものに目をひかれる。それはどう見ても、黄白色の砂であった。

「これって、何だろぉ? 塩とか胡椒とかは貴重なんだよねぇ?」

「はいっ! これは、さばくのすななのです! やいたすなにつけておくと、デザートリザードのおにくはおいしーおいしーなのです!」

「それがコメコ族の、肉の保存法であるようだ。そちらの世界では成立しない作用なのであろうと、トシゾウはそのように申していたな」

「うんうん。砂漬づけのお肉ってのは、聞いた覚えがないねぇ。それ、水で洗ったほうがいいのかなぁ?」

「はいっ! きょーしゅくのいたりなのです!」

 ウォータージャグの水で黄白色の砂を洗い流すと、その下からは薄うす桃もも色いろの艶あでやかな肉が現れた。それこそ一キロぐらいはありそうな、ずっしりとした肉塊だ。

「デザートリザードの肉は、そちらの世界の鶏とり肉にくに似た味わいであるな。肉質はやや硬かためであるが、食べにくいほどではなかろうかと思う」

「おー、鶏肉だったらちょうどいいやぁ。それじゃあさっそく、こいつと一緒に使わせていただこうかなぁ」

 咲弥も負けじと、クーラーボックスから本日の食材を取り出した。プラスチック・バッグに収められた鶏の骨つきモモ肉が、二本である。本日は『ほりこし』ばかりでなく、オリーブオイルにも漬け込まれていた。

「そっちのお肉も、いちおう『ほりこし』とオリーブオイルをまぶしておこっかぁ。どんな仕上がりになるか、楽しみなところだねぇ」

 咲弥は巨大な肉塊を二つに断たち切きり、新品のポリ袋ぶくろに投入したのち、『ほりこし』とオリーブオイルをまんべんなく揉もみ込んでいった。

 その過程で、体内でパチンとスイッチの入るような感覚が生じる。咲弥のやる気スイッチが、オンにされたのだ。

(ダッチオーブンを買った当日に、今度は未知なる食材だもんなぁ。そりゃあテンションも上がろうってもんさ)

 自宅であれば面めん倒どうだとしか思えない出来事が、キャンプの場では正反対の作用を生む。咲弥にとっては十年来の、馴染み深ぶかい感覚だ。咲弥は体内に生まれた熱情のおもむくままに、肉塊の詰まったポリ袋をわしわしと揉みしだいた。

「よし。お次は――」

 咲弥は家で洗っておいたダッチオーブンにもオリーブオイルを塗ぬり、アルミホイルを敷しきつめた。大事なダッチオーブンを焦こがさないための処置である。

「本日も、初めて目にする料理であるようだ。それは、如い何かなる料理であろうか?」

「これはねぇ、ローストチキンっていう料理だよぉ。このダッチオーブンで、肉や野菜を蒸し焼きにするのさぁ」

 咲弥は手早くタマネギとニンニクの皮を剥き、ジャガイモの芽を取って、ニンジンの頭を落とした。まずはそれらの野菜をアルミホイルで覆おおったダッチオーブンの底に並べていくわけであるが――倍増した肉に対して、野菜が物足りなかった。

「うーん。ここで試ためしに、黄昏のなんちゃらを使ってみよっかぁ。ぐずぐずに溶けちゃっても、いいソースになりそうだしねぇ」

 紫色の薔薇のごとき葉菜、『黄昏の花弁』を一枚ずつ剥いてタマネギやジャガイモの隙すき間まに押おし込こんでいく。そしてその上に鶏とデザートリザードの肉を並べると、直径およそ三十センチ、高さ十三センチの広々としたスペースがみっしり埋うめ尽つくされてしまった。

(さすがに十二インチはやりすぎかと思ってたけど、結果的には大正解だったなぁ)

 薪まきと炭を燃やした焚火台には、すでに焼き網あみをセットしている。咲弥がその上に重いダッチオーブンをのせるさまを、異界の住人たちはきらきらと輝く目で見守っていた。

「よしよし。まずは、ここまでね。こいつはちょいと時間がかかるんで、この間に別の準備を進めようと思うよぉ」

「はいっ! なにかおてつだいできることがあったら、なんでももうしつけてほしいのです!」

「うーん。そしたら、マンドラくんの皮を剥いておいてもらえる? このスライサー、使い方はわかるかなぁ?」

「はいっ! トシゾウさまから、にたようなどうぐをおかりしたことがあるのです!」

「あと、わたしたちはトシゾウさまからこのどうぐをいただいているのです!」

 と、妹のチコが草籠から小ぶりのおろし金を取り出した。

「あらあら、それは準備のいいことで。キミたちも、マンドラくんをすりおろして食べてたのかなぁ?」

「はいっ! マンドラゴラモドキはにてもやいてもおいしーですけれど、これをつかうととろとろで、なまのままでもおいしーおいしーなのです!」

「はいっ! さばくのしゅーらくではまきもきちょーなので、なまでもおいしくたべられるのはしあわせいっぱいいっぱいなのです!」

「うんうん。また千切りサラダにでも仕上げようかと思ったけど、おろし金があるんだったら可能性が広がるなぁ。マンドラくんは、全部すりおろしておいてもらえる?」

「えっ! にたりやいたりはしないのです?」

 チコが不安そうな顔をしたので、咲弥はにんまり笑ってみせた。

「そのリアクションからすると、この食べ方は初めてみたいだねぇ。気に入ってもらえるか、楽しみだなぁ」

「は、はい……」と、チコはアトルと一緒に後ずさってしまう。

 咲弥は小首を傾かしげつつ、ドラゴンのほうを振ふり返った。

「あたしの笑え顔がお、そんなに凶きよう悪あくだったかなぁ?」

「否。きわめて魅力的な笑顔であったように思う」

「うーむ。それはそれで、疑わしいなぁ」

 咲弥が苦く笑しようを浮かべると、ドラゴンは楽しそうに目を細めた。

 ともあれ、調理は始まったばかりである。咲弥はさらなる料理のために、下準備を進めておくことにした。


3


 咲弥は他なる献こん立だてのためにタマネギとニンニクを刻み、亜人族の兄妹はマンドラゴラモドキの皮むきとすりおろしに勤いそしんだ。

 その間、ドラゴンは咲弥の要よう請せいでダッチオーブンを監かん視ししている。やがて咲弥がタマネギとニンニクの始末を終えたところで、ドラゴンが声をあげた。

「サクヤよ。蒸気が噴ふき出してきたようだ」

「おー、ありがとぉ。それじゃあ、次のステップだねぇ」

 咲弥は除じよ菌きんシートで手を拭ふいてからグローブを装着し、火ばさみを取り上げた。そして、薪と一緒に燃えていた炭を捕ほ獲かくして、ダッチオーブンの蓋ふたにのせていく。

「ほう……それもまた、初めて目にする手法である」

「うんうん。こうやって、上下からまんべんなく熱を通すんだよぉ。ダッチオーブンの本領発揮だねぇ」

 焚火台の空いたスペースに新たな薪を投入して火力を保ってから、咲弥はテーブルに舞まい戻もどった。

「よし。お次は……こっちの真っ赤なカボチャくんは、パスタのソースとして使ってみようかなぁ」

 そんな風に言ってから、咲弥は「うーん」と思おもい悩んだ。

「でも、パスタはペペロンチーノに仕上げるつもりだったから、バーナーも一台しか持ってきてないんだよねぇ。こんなことなら、もう一台も積んでおくんだったなぁ」

「うむ? やはり、畑の作物のことを事前に告げておくべきであっただろうか? であれば、謝罪の言葉を捧ささげよう」

「あー、いいのいいの。火元が足りないなら、順番に仕上げていくだけだからさぁ。キャンプは、のんびり楽しまないとねぇ」

 とはいえ、咲弥が使用しているメスティンはレギュラーサイズであるため、パスタは二名分ずつ仕上げていくしかない。まずその第一陣じんをバーナーの火にかけながら、咲弥は「でもさぁ」と付け加えた。

「今までどうして、あのかわいこちゃんたちのことを黙だまってたの? ドラゴンくんなりの、サプライズ?」

「否。決して、そういうわけではないのだが……」

 ドラゴンはマンドラゴラモドキと格かく闘とうしている両名のほうをちらりと見やってから、咲弥の耳もとに口を近づけてきた。

「実は……サクヤと過ごす時間が楽しいあまりに、すっかり失念していたのだ。手回しの悪さに、謝罪の言葉を捧げたく思う」

「んにゃー。そんなダンディな声で、なに言ってんのさぁ」

 照れた咲弥は、ドラゴンの首の側面を肘ひじでぐりぐりと圧あつ迫ぱくした。

「あり? でも、ナイショ話って口を近づける必要があるの? あたしはてっきり、ドラゴンくんの言葉はテレパシーか何かだと思ってたんだけど」

「うむ。非人間型の魔ま族ぞくというものは、おおよそ念話で言葉を交かわしている。念話に費ついやす魔力を操作すれば、遠方からでも言葉を届けることは可能であるが……それよりも身を近づけるほうが面倒も少ないし、念話を扱あつかわぬ種族にとっても自然に感じられるようであるな」

「ふむふむ。よくわからんけど、わかったことにしておこう。ついでに聞いておくけど、アトルくんたちの言葉を自動翻ほん訳やくしてくれてるのはドラゴンくんなのかな?」

「うむ。サクヤが携たずさえている鱗うろこに、言語解かい析せきの術式を施ほどこしているのだ。それさえ携えていれば、如何なる相手とも意思の疎そ通つうをはかることができよう。……まあ、それと同時に魔力を持つ存在は、鱗の所有者に近づけぬわけであるがな」

「ふーん。ま、あたしはドラゴンくんがいてくれれば十分だから、問題ナッシングだねぇ」

 咲弥がそのように答えると、今度はドラゴンのほうがどこかくすぐったそうに目を細める。そのタイミングで、アトルが「あのっ!」と声を張り上げた。

「さぎょーかんりょーしたのです! つぎのごしじをおねがいしますのです!」

「おー、お疲つかれさまぁ。こっちももうすぐ仕上がるから、ちょっと待っててねぇ」

 バーナーの火にかけていた二名分のパスタは、いい具合に茹ゆであがっている。ただ今回は余ったお湯をパスタソースで使用するため、水分を多めに設定していた。

 茹であがったパスタはラージサイズのコッヘルに移して、オリーブオイルを添てん加かする。そうしてコッヘルの蓋に移した茹で汁じるともども、グリルスタンドの上に並べたが――咲弥はそこでまた、「うーん」とうなり声をあげた。

「調理器具はぎりぎり間に合ってるけど、食器のほうで苦労しそうだなぁ。まあ、アルミホイルをうまく使うしかないかぁ」

「食器であるか? あの者たちは、それぞれ食器を準備しているはずだが」

 ドラゴンの視線を受けたチコが、大おお慌あわてで草籠の内部をまさぐった。そこから取り出されたのは、木製の匙さじと深皿と平皿とコップのセットである。

「それらはすべて、トシゾウが山の樹木から作りあげたものであるのだ」

「おー、さすがじっちゃんは器用だなぁ」

 それらの食器にはニスか何かが塗られているようで、手て触ざわりも実になめらかである。咲弥は祖父の優やさしい心づかいに、しんみりと感じ入ってしまった。

「あっ! こ、こちらをおだしするのをわすれていたのです!」

 と、チコはさらに二つの包みを引っ張り出した。象ぞう牙げ色いろをした手の平サイズの袋ふくろで、口の部分は蔓つる草くさか何かで縛しばられている。その片方には液体が詰つめられているようで、チコの手の中でたぷたぷと揺れていた。

「ほう。キャメットの乳にゆう脂しとチーズであるな。それは、我も見落としていた」

「へえ、チーズはありがたいねぇ。にゅーしってのは、なんだろう?」

「乳脂とは、あまりそちらの世界では一いつ般ぱん的てきな言葉ではないようだな。端たん的てきに言えば乳から精製した脂あぶらであり、もっとも近いのはバターであるようだが……バターというのは牛の乳を原材料にしたものに限られるので、言語解析の術式に適用されないようであるのだ」

「は、はいっ! ちーずというおなまえも、わたしたちはりゅーおーさまからおしえていただいたのです! わたしたちのしゅうらくでは、かんらくとよんでいたのです!」

「かんらく……歓かん楽らく? 陥かん落らく?」

「乾かん酪らくは、乾かわいた酪という意味である。酪という言葉も、そちらの世界ではあまり一般的ではないようだ」

「にゃるほど。お勉強になりますなぁ。まあ、明日には忘ぼう却きやくの彼方かなただろうけど」

 そのように応じつつ、咲弥はにっとチコに笑いかけた。

「何にせよ、チーズもバターも大だい歓かん迎げいだよぉ。ありがとね、チコちゃん」

「と、とんでもないのです! サクヤさまのおやくにたてたら、ぼーがいのよろこびであるのです!」

「いやいや、あたしは様よばわりされる立場じゃないよぉ。どうぞ気軽に咲弥とお呼びくださいまし」

「と、とんでもないのです! りゅーおーさまのごどーはいを、よびすてなどにはできないのです!」

 チコはそのように申し述べていたが、そもそも彼かの女じよは異界の言葉で語っているはずであるのだ。であれば、自動翻訳の魔ま法ほうが掛けられる前は「様」がどういう言葉で語られているのか――あまり考かんがえ込むと頭が痛くなりそうであったので、咲弥は早々に放ほう棄きした。

「ま、呼びやすいように呼んでもらうのが一番かぁ。とりあえず、そいつのお味を確かめさせてもらえる?」

「ど、どうぞ! こぼれやすいので、おきをつけください!」

 チコから受け取った二つの袋は、妙みようにしっとりとした手触りであった。手入れの行き届いたレザー製品のような質感である。

「そちらは、デザートリザードの胃い袋ぶくろで作られた容器であるな。そちらの世界の住人にも害がないことは解析済みであるので、心配は無用である」

「かゆいところに手が届くねぇ。……おお、こいつは絶品だぁ」

 キャメットなる獣の乳脂はほとんど液状であったがバターに負けないぐらい香り高く、半固形のチーズはねっとりとしたカマンベールチーズのような味わいであった。

「いいねいいねぇ。どっちも存分に活用させていただくよぉ。それじゃあまずは、マンドラくんから仕上げちゃおっかぁ」

 スモールサイズのコッヘルは、マンドラゴラモドキのすりおろしで七分目まで満たされている。咲弥は目玉焼きを作ろうと思って持参した卵を二つ投入し、さらに醤しよう油ゆと和風だしの素を加えて攪かく拌はんした。攪拌の道具は、チタンの箸はしだ。

「うーん。ヤマイモよりは、もったりした感じだねぇ。どんな仕上がりになるか、楽しみだなぁ」

 鋳ちゆう鉄てつのミニフライパンたるスキレットをバーナーの火にかけて、そこにキャメットの乳脂を落とすと、たちまち芳かぐわしい香りが広がる。それでドラゴンたちが瞳を輝かせるのを横目で確かく認にんしつつ、咲弥はマンドラゴラモドキのすりおろしを半分ていど流ながし込んだ。

 マンドラゴラモドキの生き地じは、じゅわじゅわと音をたてて焼けていく。それが怨えん嗟さのうめき声のように聞こえたのは、皮を剥かれる前の姿を思い出したためであろうか。しかし、嗅きゆう覚かくから得られる心ここ地ち好よさのほうがまさっていた。

「それは……かつてトシゾウからふるまわれた、お好み焼きという料理に似ているようであるな」

「あ、お好み焼きは知ってるんだぁ? これは、ヤマイモのふわふわ焼きの応用だよぉ」

「ふわふわやき! おなまえからして、おいしそーなのです!」

 そんな声を張り上げてから、アトルは慌ててかしこまった。

「つ、ついついみとれてしまったのです! ぼくたちにも、ごしじをおねがいするのです!」

「そうだねぇ。それじゃあ、その真っ赤な彼かれを適当に切り分けておいてもらえるかなぁ? ナイフは、またこれを使ってねぇ」

 咲弥が腰こしにさげていたブッシュクラフトナイフを鞘さやごと差し出すと、アトルは「ははーっ!」と頭を下げながら受け取った。そのかたわらで、チコは心配そうにもじもじとしている。

「わ、わたしもなにかおやくにたちたいのです。もうおしごとはないのです?」

「あー、それじゃあタマネギも切っておいてもらおうかなぁ。切り方は、わかる?」

「はいっ! トシゾウさまから、わぎりとうすぎりとくしぎりとみじんぎりをおしえていただいたのです! ……ただ、わたしたちのかたなでは、ちょっとむずかしいのです」

「んー? チコちゃんたちも、ナイフを持ってるの?」

「はいっ! コメコぞくはデザートリザードのおにくをきるために、みんなかたなをもっているのです!」

 チコはポンチョの内側から、砂色の鞘を取り出した。そこから引き抜ぬかれた十センチていどの刀身は艶つや々つやとした黒色で、腹の部分はこんもりと盛り上がった上でぎざぎざに波打っている。柄えの部分は何かの骨で作られているらしく、くすんだ象牙色をしていた。

「そちらは、黒曜石の刀であるな。切れ味は悪くないが、細かな作業には向いていないようだ」

「ほほー。立派なもんだねぇ。でも確かに、厚みのあるナイフは調理に向いてないからなぁ。アトルくん、こっちの予備のナイフと交こう換かんしてもらえる?」

 作業を開始しようとしていたアトルはわたわたと慌てながら、「はいっ!」と応じる。そのさまを横目に、ドラゴンが小首を傾げた。

「それらのナイフに、何か違ちがいがあるのであろうか? 外観には大きな差もないように見受けられるが」

「うん。メインのナイフは刃はの厚さが二・五ミリで、予備のナイフは四ミリなんだよぉ。一・五ミリの違いでも、やっぱ薄うすいほうが調理に向いてるんだよねぇ」

「ふむ。アトルのほうは、調理に不向きなナイフで問題ないということであろうか?」

「うん。刃が厚いと切ってる最中に腹の部分が断面に圧力をかけて、割ったり潰つぶしたりしちゃうわけだけどさぁ。真っ赤な彼はどろどろに溶とかすつもりだから、とにかく細かくしてもらえれば十分なのさぁ」

「なるほど。そういった配はい慮りよが、あれだけの料理を生み出すわけであるな」

 咲弥はターナーでマンドラゴラモドキの生地をひっくり返しつつ、「あはは」と笑った。

「そんな大した話じゃないさぁ。じゃ、チコちゃん。タマネギは片方が繊せん維いにそった薄うす切ぎりで、もう片方はみじん切りでお願いねぇ」

「せんいにそったうすぎりと、みじんぎり! りょーかいなのです!」

「あ、カッティングボードも一枚しかないんだっけ。じゃ、ここにアルミホイルを敷いておくねぇ」

 咲弥が準備を整えると、チコは嬉き々きとして作業に取りかかった。兄きよう妹だいそろって地面のシートにぺたんと座すわっている姿は、とても可愛かわいらしく――そして、いかにもこれまで同じ作業に励はげんだ経験のある所作であった。

(じっちゃんも、こうやって手伝いをお願いしてたわけかぁ)

 咲弥がそんな想念にひたっていると、ドラゴンが申し訳なさそうな眼まな差ざしを向けてきた。

「我は何の力にもなれず、不ふ甲が斐いないばかりである。力仕事が生じた際には、遠えん慮りよなく声をかけてもらいたく思う」

「うんうん。そのときはよろしくねぇ。……さてさて、そろそろ焼きあがったかなぁ?」

 咲弥が生地の裏り面めんを確認してみると、ほどよく焼き色がついていた。

「よしよし、こんなもんでしょう」

 咲弥は焼きあがったマンドラゴラモドキをアルミホイルの上に移して、ポン酢ずとカツオブシを振りかけた。

「はい、完成だよぉ。こいつを切り分けるから、いったんナイフを返してもらえるかなぁ?」

「はいっ!」と振り返ったチコが、皿に盛りつけられたふわふわ焼きの姿に目を輝かがやかせた。

「と、とってもおいしそーなのです! マンドラゴラモドキをこんなふうにたべるのは、はじめてなのです!」

「うんうん。よかったら、今後の参考にしてみてねぇ」

 咲弥はチコから返へん却きやくされたナイフをキッチンペーパーで軽くぬぐってから、マンドラゴラモドキのふわふわ焼きを四つに切り分ける。そうしてそのひと切れを口にしてみると――噛かみきれなかった部分が、ピザのチーズのようにねっとりと糸を引いた。

「おおー、なんじゃこりゃ」

 咲弥がふわふわ焼きをつまんだ手を三十センチばかり口から遠ざけると、ようやくのびきった糸が切れた。それをこぼさないようにすすってから、いざ咀そ嚼しやくしてみると――得も言われぬ食感が口内に広がった。

 糸を引くぐらいの粘ねん度どであるが、焼き上げる前にしっかり攪拌しているので、生地にはたっぷり空気が混入している。ねっとりとした弾だん力りよくに、ふわふわとした軽かろやかな食感も備わっているのだ。味そのものはヤマイモに似ているようであったが、その食感だけで通常のふわふわ焼きとはまったく異なる食べ心ごこ地ちであった。

「こいつは愉ゆ快かいな仕上がりだねぇ。みんなは、如何いかがかなぁ?」

「おいしーのです!」と真っ先に声を張り上げたのは、アトルであった。

「とろとろのマンドラゴラモドキが、ふわふわなのです! うえにかかってるおしるもしょっぱくて、おいしーおいしーなのです!」

「それに、マンドラゴラモドキそのものが、ふつーよりおいしーおいしーなのです!」

「うむ。出だ汁しや卵なくして、この味を作りあげることはかなわぬのであろうな。この者たちが真ま似ねるのは、いささかならず難しいところであろう」

「そっかぁ。じゃ、この場でしっかり楽しんでくださいなぁ」

「はいなのです!」と応じる兄妹は、これ以上もないぐらいの笑顔である。そしてドラゴンも満足そうに目を細めており、そんな三者の姿が咲弥の心を深く満たしてくれた。

(これじゃあじっちゃんも、イチコロだっただろうなぁ)

 祖父がこちらの三名と食事を囲んでいる姿を想像すると、胸の内側が熱くなってしまう。

 それが湿しめっぽい感情に移行しない内に、咲弥は二枚目のふわふわ焼きを仕上げることにした。


4


「じゃ、お次はパスタのソース作りだねぇ」

 二枚目のふわふわ焼きを完食して、パスタの第二陣を茹であげたのち、咲弥はそのように宣言した。

 カッティングボードとアルミホイルの上には、亜あ人じん族の兄妹が切り分けてくれた赤い果実とタマネギが山積みにされている。その横合いに新たなアルミホイルを敷いてから、咲弥はニンニクを取り出した。

「あたし、ニンニクやらタマネギやらが好物でさぁ。毎回毎回、代かわり映ばえしなくってごめんねぇ」

「否いな。謝罪の必要は、皆かい無むである。とりわけニンニクというのはトシゾウが扱わなかった食材であるため、いまだ新しん鮮せんな心地が残されている」

 ドラゴンのそんな言葉を聞きながら、咲弥はオリーブオイルとスライスしたニンニクを投入したコッヘルをバーナーの火にかけた。

 弱火でじっくり熱を入れていくと、たちまち芳しい香りがたちのぼっていく。

「では次に、チコちゃんの力作を投入いたします」

 薄切りとみじん切りにされた二個分のタマネギを投入すると、じゅわっと景気のいい音があがる。片方のタマネギをみじん切りに仕上げてもらったのは、香こう味み野菜としての力を最大限に活いかすためであった。

(何せこっちのこいつは、初チャレンジの食材だからなぁ)

 食感はカボチャに似ていて、味はトマトとトウガラシ――生せい鮮せんの状態で味見をしてみると、確かにドラゴンの寸評の通りである。がりがりとした硬かたい食感で辛みと酸味が強く、その奥おく底そこに旨うまみが感じられる。食感だけが風変わりであったが、熱を入れることで食べやすくなるように祈いのるしかなかった。

(カボチャに似てるなら、水気が必要だよな)

 タマネギにほどよく熱が通ったところで、咲弥はパスタの茹で汁と『ジャック・オーの憤激』なる赤い果実を投入した。さらに顆か粒りゆうのコンソメも投じれば、ひとまず第一段階は終しゆう了りようだ。

「あとは美お味いしく仕上がるように、それぞれの神仏に祈りましょう。……おっと、こっちの面倒も見てやらないとね」

 咲弥は焚たき火び台だいに移動して、薪を追加した。ダッチオーブンの蓋の上では、炭が熾おき火びを灯ともしている。こちらもこちらで初の調理器具であるため、油断は許されなかった。

 しかしまた、手間がかかればかかるほどに、咲弥の熱情の内圧は高まっていく。初めての食材と初めての調理器具で、いったいどれだけの料理を作りあげることがかなうか。咲弥の内に生じた熱情は、ひそかに拍はく車しやを掛けられるいっぽうであった。

「目安としては、あと十五分ぐらいかなぁ。食材が倍増したから、様子を見ながら判断するしかないけどねぇ」

「うむ。期待はつのるばかりである」

 ドラゴンも亜人族の兄妹も、期待に瞳ひとみを輝かせながらそわそわと身を揺ゆすっている。咲弥が得られる和なごやかな心地も、すっかり三倍増であった。

「じゃ、火の面倒を見つつ、のんびりおしゃべりでも楽しみますかぁ。……アトルくんとチコちゃんは、砂漠のおうちからこの山に通ってるのかな?」

「はいっ! でも、りゅーおーさまのまほーでぴかぴかのぴゅーなのです!」

「なるほど、わからん。ドラゴンくん、解説よろです」

「コメコ族の集落からこの山までは徒歩で一日がかりであるので、転移の門を授さずけてやったのだ。この者たちは朝から昼までを集落で働き、昼から夜までをこちらの山で働いている。そうしてトシゾウがやってきた日に限り、こちらで夜を明かしていたのだ」

「ふむふむ。畑で働いてるのは、このお二人だけなのかな? 集落のみんなにもおすそわけしてるってことは、けっこうな規模の畑なんでしょ?」

「うむ。しかし、我もトシゾウもあまり大人数の相手を迎むかえる気持ちになれなかったのでな。可能な限り人数を絞しぼり、こちらの両名が選ばれることになったのだ」

「はいっ! りゅーおーさまからじゅーよーなおしごとをおまかせされて、こーえいのかぎりなのです!」

「それに、しゅーらくのみんなにまでやさいやおさけをわけていただき、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」

 彼らはドラゴンに対しても恐おそれ入っている様子であるが、こういう言葉を述べる際には純真な思いがあふれかえっている。というよりも、おどおどするのも純真な人柄のあらわれであるのだろう。これが種族としての特性であるのならば、咲弥にとっても好ましい限りであった。

「にゃるほどねぇ。ちなみお二人は、いつぐらいからこちらのお山で働いてるのかな?」

「こちらの山の調和が保たれたのちのことなので、一年ていどではなかろうかな」

「そっか。うちのじっちゃんと仲良くしてくれて、ありがとね」

 咲弥がそのように告げると、兄妹は「とんでもないのです!」と背筋をのばした。

「こちらこそ、トシゾウさまにはかんしゃいっぱいいっぱいなのです!」

「はいっ! わたしもアトルも、こころからこーえいにおもっているのです!」

 そのように語る兄妹は、やはり純真そのものであるが――ただ、他界した祖父に対する哀あい惜せきの念というものは感じられない。咲弥がそれを不思議に思っていると、ドラゴンが耳もとに口を寄せてきた。

「コメコ族は、死を祝福と考えている。この世の生を全まつとうした者は、天で永えい劫ごうの安息を得られるという考えであるのだ。よって、トシゾウのように老いた者の死を悼いたむ気持ちは持ち合わせていない」

「……そっか。あたしもその信しん仰こうだか何だかを、心から信じたいと思うよぉ」

 咲弥が小声でそのように答えると、ドラゴンは優しげに目を細めた。

「ともあれ、この者たちの都合がつく日には、こうして食事に招いてやりたいのだが……サクヤにも承しよう諾だくをもらえるだろうか?」

「うん、もちろんだよぉ。こうして食材を持ち込んでくれたら、こっちの懐ふところも痛まないしねぇ」

「うむ。冬が明ければ、さらなる食材を準備することもできよう。ただ、面倒をかけることに違いはないので……それだけが心配であったのだ」

「そんなの、どうってことないさぁ。グルキャンの楽しさは、現時点でも実感できてるしねぇ」

 咲弥がそのように答えると、亜人族の兄妹はこらえかねた様子で「わーい!」と両りよう腕うでを振り上げた。その愛くるしさが、咲弥に来訪を承諾させたわけである。

(でも、ちょっとばっかり装備が足りないよなぁ。これはいよいよ、じっちゃんのキャンプギアを拝借するしかないかぁ)

 彼らの喜びに水を差さないように、咲弥は内心でそのように取り決めた。

「さて。そろそろパスタソースのほうを確認しておこうかな」

 咲弥がチェアに座ったまま手をのばしてコッヘルの蓋を開けると、たちまち濃のう厚こうな香りが広がって亜人族の兄妹に歓かん呼この声をあげさせた。ニンニクとタマネギに、トマトやトウガラシに似た香りも入り混じって、実に食欲をそそる香りである。

 それに、硬い果実もすっかり溶け崩くずれて、とろとろの液状と化している。咲弥がスポークでそれを攪拌し、味を確認してみると――まさしく理想に近いトマトソースが完成されていた。本来のトマトソースに比べるとやや食感がもったりしているものの、粉っぽさなどは感じない。ただ、コンソメだけでは味の深みが物足りなかったため、塩とブラックペッパーの他に中ちゆう濃のうソースとケチャップも追加することにした。

 そうして再び味を確かめると、まさしく理想の味わいである。咲弥は「よっしゃ」とガッツポーズを作った。

「お初でこれなら、上出来だねぇ。なんなら、水みず煮にの鯖さば缶かんでも投入したいところだけど……メインディッシュががっつりしてるから、これで完成ってことにしておこう」

「ついに、完成であるか」

「うん。ローストチキンももうすぐ仕上がるだろうから、こいつは取り分けちゃうねぇ」

 もう片方のコッヘルで出番を待っていたパスタをトングでほぐしつつ、それぞれの食器に取り分けていく。亜人族の兄妹は自前の深皿で、咲弥とドラゴンはコッヘルとメスティンの蓋だ。そしてその上に真っ赤なソースをたっぷり注ぎかけて、キャメットのチーズをトッピングすると、亜人族の兄妹がまた歓かん声せいを響ひびかせた。

「はい、どうぞ。重たいメインディッシュが控ひかえてるから、あんまりがっつかないようにねぇ」

「はいっ! ごしょーばんにあずかるのです!」

 そんな言葉も、祖父が教えたのであろうか。本来の言語ではどのように語られているのか、咲弥にとっては永遠の謎なぞであった。

 ともあれ、食事の開始である。パスタはすっかり冷めきっていたが、熱々のソースをかければ問題ない。その熱でいっそうとろけたチーズの味わいも素す晴ばらしく、掛かけ値ねなしの美味しさであった。

「お、おいしーおいしーなのです! ジャック・オーのふんげきはおいしーおいしーですけど、これはいちばんおいしーおいしーなのです!」

「うむ。これは素晴らしい出来栄ばえであるな。以前に供されたパスタが、さらに豪ごう奢しやに飾かざりたてられたかのようだ」

「あー、ニンニクとオリーブオイルとトウガラシ系の辛からみってのは、確かに共通してるもんねぇ。でもやっぱ、トマト系の酸味と旨みにチーズまで加わると、比べ物にならないぐらいゴージャスだよねぇ」

 咲弥は心からの笑顔とともに、そう答えることができた。ぶっつけ本番の料理で満足のいく出来栄えであったため、達成感もひとしおだ。そして、未知なる食材にもっと使い慣れればさらに高みを目指せるのではないかという期待を抱いだくこともできた。

(キャンプ料理で気合が入るってのは、あたしの性しよう分ぶんだけど……みんなにこれだけ喜んでもらえると、いっそう楽しくなっちゃうなぁ)

 咲弥がそのように考えたとき、ついにキッチンタイマーが鳴り響いた。

「お、ようやく時間かぁ。みんなは食べててくださいな」

 咲弥は革かわのグローブを装着しつつ、焚火台のほうに身を寄せた。まずは火ばさみで蓋の上の炭を焚火台に戻し、それから重たい蓋を取り除くと、白い蒸気がもうもうとたちのぼる。それがおさまってから、ダッチオーブンの中身を覗のぞき込むと――鶏とりのモモ肉とデザートリザードなる獣けものの肉は、ほんのり焼き目がつきつつ艶々に照り輝いていた。

 肉には『ほりこし』とオリーブオイルをすりこんでいるので、香りも芳しい。その香りを楽しみながら、咲弥が肉に爪つま楊よう枝じを刺さすと、透とう明めいの肉にく汁じゆうがあふれかえった。鶏もデザートリザードも、問題なく熱が通っているようである。

「……完成であるか?」

 と、いきなり耳もとでダンディな声が響きわたったので、咲弥は「うひゃあ」とおかしな声をあげてしまった。

「びっくりしたぁ。食べてていいって言ったでしょ?」

「うむ。しかし、ようやく我の出番ではないかと思ってな。そちらの鍋なべにそれだけの食材が詰め込まれていては、重かろう?」

 確かにこちらはダッチオーブンだけで十一キロという重量であるし、火傷やけどに気をつけながら運ぶとなると、いっそうの苦労がつのるはずであった。

「いや、だけど、ドラゴンくんって尻しつ尾ぽしか使えないんでしょ? こいつを運ぶのは、難しくない?」

「大事ない」と応じるなり、ドラゴンはダッチオーブンのハンドルに尻尾を巻きつけてしまう。そちらも金属製なので、鍋本体と変わらない熱を帯びているはずであった。

「ひゃー。そんなの触さわって、だいじょぶなのぉ?」

「うむ。火か竜りゆう族は、熱に強いのでな」

 ダッチオーブンを軽々と持ち上げたドラゴンは、いつも通りのしなやかな足取りでテーブルのほうに戻っていく。その姿に、咲弥はひそかに胸を温かくした。ドラゴンは前々から、喜びばかりでなく苦労をも分かち合いたいという気配を漂ただよわせていたのだ。出会って三度目で、ようやくその機会が巡めぐってきたということであった。

(やっぱあたしは、一人で何でも片付けちゃうクセがしみついてるんだろうなぁ。これからは、できるだけドラゴンくんを頼たよらせてもらおっと)

 笑顔でパスタを頬ほお張ばっていた兄妹は、ダッチオーブンを抱かかえたドラゴンの接近に歓声をほとばしらせる。そして、グリルスタンドの上に置かれたダッチオーブンの中身を覗き込こむと、二対の紫むらさき色いろの瞳がいっそうの期待にきらめいた。

「すばらしいしあがりなのです! みるからにおいしそーなのです!」

「それに、かおりもすばらしーのです! こんなかおりは、はじめてなのです!」

「そうか。其方そなたたちは、いまだ『ほりこし』の味を知らぬのだったな」

 なんだかちょっと自じ慢まんげなドラゴンが、咲弥にとっては愛くるしくてならなかった。

「それじゃあ、お肉を切り分けちゃうねぇ」

「うむ。其方たちは、酒の準備をするがいい」

「りょーかいなのです!」と勢いよく立ち上がったアトルが、きらきらと光る目をサクヤに向けてきた。

「サクヤさまは、おさけにおみずをいれるのです?」

「うーん? よくわかんないから、アトルくんとおんなじでお願いするよぉ」

「りょーかいなのです! おさけとおなじりょうのおみずをいれるのです!」

 嬉々として酒の支し度たくをする兄妹を横目に、咲弥はトングでデザートリザードの肉につ塊かいの片方をカッティングボードに移した。それをナイフで両断してみると、肉の内側もしっかり象牙色に熱が通っている。咲弥は「よしよし」と満足の声をあげつつ、さらにその肉を二センチていどの厚みに切り分けて、空いていた平皿に移動させた。

 そして、他なる具材――長時間の蒸むし焼きで水分の抜けたタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、ニンニクをカッティングボードの上に並べて、ニンニク以外はナイフで切り分けていく。ハクサイに似た味わいであるという『黄昏たそがれの花弁』なる紫色の葉菜も、しっかり原形をとどめていた。

「ひとまず、こんなところかなぁ。みんな、お熱い内にどうぞぉ」

「はいなのです! おさけのしたくもかんりょーなのです!」

 チコが恭うやうやしげな手つきで、咲弥とドラゴンのマグカップをテーブルに置いた。そこに注がれていたのは、実に美しい黄こ金がね色いろの液体である。

「そちらは、イブのゆーわくのおさけなのです! ぼくたちは、イブしゅとよんでいるのです!」

「なんだかハブ酒みたいだねぇ。でも、見るからに美味しそうだなぁ」

 自分たちのコップを手にした兄妹がちょこんと座るのを待ってから、咲弥はマグカップを取り上げた。

「それでは、初のグルキャンを祝しまして、かんぱーい」

「か、かんぱいなのです!」と、兄妹は両手で木き彫ぼりのコップを頭上に掲かかげた。ドラゴンは無言だが、誰だれよりも満足そうな眼差しをしている。それらの光景を確認してから、咲弥はマグカップを口に運んだ。

 甘あまやかな香りと味わいが、じんわりと口内に広がっていく。それはリンゴに似た風味をしていて、なおかつワインにも負けない刺し激げきを咲弥にもたらした。

「おー、水で半分で割って、この濃ゆさかぁ。これってけっこう、アルコールも強いんじゃない?」