その日、ジゼルは出かけていた。友人のアリアと一緒に買い物をするために、城下町に向かっていたのだ。

 ルルとウサネズミたちは、フィリスの屋敷でくつろいでいた。「今日は内緒のお買い物だから、目立ちたくないの。だから、お留守番していてね」という、ジゼルのお願いを聞いて。

 いつもは愛娘を可愛がるのに忙しいレイヴンとプリシラもまた、屋敷に残っていた。「二人であそびにいくから、パパとママはおうちで待ってて」と念を押されたのだ。

「ねえプリシラ、ジゼルは大きくなったねえ……まさかもう、友達と遊びにいくようになるなんて……」

「そうねレイヴン、ついこの間まで赤ちゃんだったのにね……」

「親離れは早いねえ……」

「レイヴン、これは『お嬢さんをください』がくるのもそう遠くはなさそうよ」

「何!? だとしたら、『娘はやらんぞ!』を本気で練習しなくてはならないな……」

 二人は屋敷の一室で机の上に色々なものを広げて、ため息をつきながらそんなことを言っていた。感動半分、寂しさ半分といった顔で。

 ちいちい。

 そして机の上にちょこんと乗ったルルが、そんな二人にあいづちを打っていた。とても律義に、ひょこひょことうなずきながら。その周囲では、他のウサネズミたちが思い思いにくつろいでいた。

 ふっと目を細めて、プリシラが机の上のドレスを手に取る。

「見て、このドレス。ジゼルが陛下に謁見した時のものよ」

 机の上に並べられているのは、ジゼルが赤子の頃からのドレスや靴などの、思い出の品々だった。二人はそれらを手に取り、あれこれと語り合っているのだった。

「こっちの靴は、生まれて初めてあの子にはかせたものだね……」

「こちらのドレスと合わせて、とっても可愛く作らせたのよね」

「ああ。これらを着たジゼルは、まるで天使のようだった……」

 そうして二人は机の上の服や靴、髪飾りなどを次々と眺めていたが、突然、プリシラが小さく悲鳴を上げた。

「やだっ、これ、ネズミにかじられちゃったみたい!」

 一着のドレス、その飾りリボンの先がほんの少しだけ、ぎざぎざに裂けている。

「この屋敷に持ってきた時は、なんともなかったのに……」

「ネズミ、か……まさか……」

 レイヴンが、ふと何かに気づいたようにつぶやく。

 二人の視線がゆっくりと動き、自然と一点に集まった。机の上でぽかんとしている、ルルのところに。

 一瞬遅れて、二人が何を考えたのか理解したらしく、ルルはぶんぶんと激しく首を横に振っている。長い耳が、ぶいんぶいんと風を切っている。

 少しの沈黙の後、レイヴンが明るく笑って言った。

「いや、この子たちはネズミに似ているけれど、ウサギにも似ているし、とてもいい子だよ」

「そ、そうね。そんなはずないわよね」

 二人はあわててそう言い直したものの、ルルは納得がいっていないようだった。長い耳をぺたんと伏せ、不満げに鼻をひこひこさせている。

 と、ルルがいきなり叫んだ。

 ぢぢいっ!

 そうして、開いたままの窓に向かってぽんと大きく跳んだ。そのまま外へと、軽やかな動きで飛び出していく。

 それに続いて、その場にいた全てのウサネズミたちが、まるで波が引くように出ていってしまったのだ。

「……もしかして、機嫌を損ねちゃったかな」

「みたいね。あとで、おわびのおやつをあげましょうか」

 部屋に二人残されたレイヴンとプリシラは、ぽかんとしたまま窓を眺めていたのだった。


 ルルはぴょんぴょんと跳ね続け、やがて庭の目立たない一角で足を止める。そのあとをついてきたウサネズミたちが、わらわらと集まり群れになる。

 ちゅちゅい、ちゅい!

 そんなウサネズミたちに向かって、ルルが叫ぶ。演説でもしているかのような、そんな態度だ。

 ぢゅー!

 まるで抗議しているかのように、ウサネズミたちが応えた。

 ちゅちゅちゅ、ちゅっ!

 そしてみなを鼓舞するように、ルルがまた叫ぶ。次の瞬間、ウサネズミたちはばっと四方に散っていった。

 一匹だけ残ったルルは、ふんと鼻息も荒く屋敷をにらみつけていた。


 ウサネズミたちは、屋敷のありとあらゆるところを走り抜けていた。人目につかないよう気をつけながら。

 天井裏、床下、体の小ささを活かして、ひたすらに探し続けた。

 そうして、ウサネズミたちはついに見つけ出した。ジゼルの思い出のドレスをかじった、犯人を。

 それはひっそりとこの屋敷に住み着いていた、大きなネズミだった。

 ジゼルたちの服がしまわれている部屋で、ルルたちはそのネズミに立ち向かうことになった。

 ウサネズミたちのリーダー格であり、一番体が大きなルル。ここからは、ルルの出番だった。

 しかしそのネズミは、ルルよりもさらに二回り以上大きかった。そして、明らかにルルたちを馬鹿にしたように目を細めている。

 そうしてネズミは、ぶら下がっているプリシラのドレスのすそに鼻をぴたりと当てた。

 この屋敷には木々が生い茂る庭があるし、城下町に行けば市場もある。ネズミ一匹、食うに困ることはない。

 しかしどうやらこのネズミは、布をかじること自体が気に入ってしまっているようだった。

 ぢゅいーっ!!

 やめろ、とばかりに叫ぶルルの声を無視して、ネズミが口を開ける。

 次の瞬間、ネズミの体が横にふっとんでいた。

 ぽいん。

 ルルが大きく跳ねて、ネズミの脇腹に蹴りを入れたのだった。体は小さいとはいえ、ルルたちは普段から毎日ぽんぽんと跳ねている。その脚力は、見た目よりはずっと強烈なものだった。

 それに続いて、周囲のウサネズミたちもネズミに向かって飛び蹴りを入れ始めた。恐ろしいほど息があっていて、ウサネズミ同士がぶつかり合うことはない。

 小さなウサネズミの、ささやかな蹴り。けれどこれだけの数が集まれば、中々の威力になっていた。

 ぎいぃ……。

 しばらくして、ネズミはうずくまって弱々しく鳴いた。さっきまでの、ルルたちを甘く見た態度は、もうどこにもない。

 ちいっ!

 そんなネズミに、ルルは高らかに呼びかける。そのままちいちいぢいぢいと、ルルとネズミは話し合っているようだった。

 そうして、ネズミがするりと屋敷の外に出ていく。ルルたちはその後姿を、並んで見送った。

 こうしてルルたちは、犯人……ならぬ犯ネズミをとっちめることはできた。

 しかしそのことを、レイヴンやプリシラに伝えるすべを持たない。自分たちにかけられたぬれぎぬを、晴らすことはできない。

 けれどルルたちは、満足していた。これで、ジゼルたちの大切なものは守られるのだから。


 ……後日、ジゼルたちと言葉をかわすことができるようになったルルは、『るる、どれす、かじらない』と主張し、改めてレイヴンとプリシラの謝罪を受けたのだった。