毎日がのどかに、穏やかに過ぎていった。秋もすっかり深まってきて、時折ひんやりと肌寒い風が吹くようになっていた。

 そんなある日、何の前触れもなくそれはやってきた。




 その時、私たちはダンスの授業中だった。貴族の子女である私たちにとっては必須で、そして楽しみな時間だった。

 制服のまま運動場で、くるくると踊る。時々、踊る相手を変えながら。けれどさっきから、セティはイリアーネに独占されっぱなしだ。笑顔の教師に時折注意されつつも、彼女はこの上なく嬉しそうな顔で踊り続けている。セティは少し困っているようだったけれど。

「アリア、わたしたちも踊ろう?」

 体が弱く、運動の授業はずっと見学していたアリアだったが、最近では時々参加するようになった。なんでも、私たちと一緒に動き回っているうちに体力がついてきたのだとか。

「……女の子どうしだよ……?」

「大丈夫。みてるうちに覚えたから」

 そう言って、強引にアリアを抱き寄せ、踊り出す。私が男性役だ。見よう見まねだけど、案外どうにかなる。

「じ、ジゼル、動きがはやい……」

 目を丸くしてはいるものの、アリアも楽しそうだ。他のみんなが、動きを止めてきょとんとした顔で私たちを見つめている。

「毎年一組は出るんですよね、自主的に同性で踊り出す子たちが。ですが中々に上手ですよ、ジゼル」

 ダンスの教師が、くすくすと笑いながらそんなことを言い出した。それを聞いて、他の子たちもあれこれと遊び始める。あえて男女逆で踊ってみたり、同性で組んでみたり。なんとも微笑ましい、おかしな光景が広がっていた。

 と、運動場を囲む回廊のほうから、やけに急いだ足音が近づいてきた。やがて、いつも運動の授業を担当している教師が姿を現す。服越しでも分かるくらいにたくましい体をした彼は、しかし驚くほど青ざめていた。

 彼がダンスの教師に耳打ちすると、ダンスの教師の顔からもすっと血の気が引いている。何か、よくないことが起こったらしい。

「みなさん、事情により授業は中止です。ひとまず教室に戻って、そこで待機しましょう」

「先生、なにがあったんですか?」

「大した事ではありませんよ。ただ、あなたたちがうろうろしていたら、大人の邪魔になってしまいますからね」

 生徒の質問に、ダンスの教師は笑顔でそう答える。きっと、生徒たちを心配させないようにそう言ったのだろう。けれどそれが真実ではないことが、彼女の顔色からありありとうかがわれた。

 そうして、運動の教師はまたどこかに走り去っていく。私たちはダンスの教師に導かれて、教室を目指すことになった。

 足早に歩きながら、こっそりと魔法陣を描く。私の手のひらよりも小さなそれから、次々とウサネズミたちが飛び出して、素早く周囲の物陰に消えていった。

「もしかして、偵察……ですか?」

 それを見ていた隣のセティが、ひそひそとささやきかけてくる。

「うん。これってたぶん、緊急事態だとおもうの。でも、おとなに直接聞いても教えてもらえなさそうだし。だったら、みんなに見てきてもらえばいいかなって」

「教室にいるルルに翻訳してもらえば、なにがあったか分かるかもしれませんね」

 そんなことをささやき合っているうちに、一年生の教室まで戻ってきた。すると、なぜか私の机の上いっぱいにウサネズミが並んでいた。真ん中でルルがちいちいと鳴くと、ウサネズミたちが四方八方に散っていく。ルルは長い耳をぺたんと伏せて、背中の毛を逆立てていた。

「ルル、どうしたの? 嫌な予感がする、とか?」

 小声でそう尋ねると、ルルは不機嫌そうな顔で小さくうなずいた。ぢいっ、といらだたしげに鳴きながら。

「……ルル、何かを警戒しているみたいですね。動物は感覚がするどいといいますし、ぼくたちには分からないなにかを感じ取っているのでしょうか……」

「……何がおこってるのかな……?」

 怖がるアリアを励まそうとしたその時、離れたところから声が上がった。

「ね、ねえ! イリアーネたちがいないよ!?

「あれ、本当だ。さっきまでいたのに!」

 おびえた声に振り向くと、確かにイリアーネとその取り巻き二人の姿が見えなくなっていた。こんな時に、どこに行ってしまったのだろう。

 首をかしげていたちょうどその時、一匹のウサネズミが戻ってきた。小声でちいちいと鳴いているのを聞いたルルが、きりりと顔を引き締めて旗を手にする。人前でこれを使うということは、やっぱりかなりの緊急事態だ。

「『そと、いりあーね、あぶない』……もしかして、イリアーネたちは運動場にいるのでしょうか?」

「……忘れ物をした、とか……?」

 悩んでいる暇はなさそうだった。何がどうなっているのか分からないけれど、イリアーネに危険が迫っていることだけは確かだから。

「ちょっといってくる!」

 ルルを肩に乗せ、ウサネズミたちに案内されて教室を飛び出す。たまたま持ってきていた、ルルに作ってもらったあの魔法の杖を手にして。引き留めようと叫ぶ、教師の声を背中で聞きながら。

 運動場に向かって走り出してすぐ、セティが隣に並んだ。彼は完成した機械弓を構え、背中に矢筒を背負っている。

「一応、用心のために持ってきました。ぼくもおともします」

 さらに、なぜかペルシェまでやってきている。

「……なんであなたがここにいるの?」

 困惑しながら尋ねると、彼は走りながら器用に胸を張った。

「イリアーネに危機が迫っていると、おまえたちが言っているのがきこえた。ならばおれも、力をかそう」

 力を貸すって……下手をすると、足手まといになるかもしれないんだけどなあ……。

 などと思いつつ、好きにさせておくことにする。危険といっても大したことはないかもしれないし、たぶん大丈夫だろう。そう思いたい。

 しかしそんな見通しは、これでもかというくらいに見事に裏切られてしまった。

「噓、これって……」

 さっきまで私たちが楽しく踊っていた運動場。そこには、全く予想もしていなかったものが姿を現していたのだ。

 馬よりずっとずっと大きな、見たこともない生き物。全身を覆う真っ赤な鱗は、とても固そうだ。その口元からは肉食獣のそれを思わせる恐ろしげな牙がのぞき、体格の割に小ぶりな手には、槍先のような鋭い爪が生えている。体はがっしりとして、背中にはコウモリを思わせる大きな翼。

 鼻息も荒く、ぎらぎらと光る目はどうもうな色をたたえている。それは間違いなく、ドラゴンだった。

「あの、あれって……ドラゴン、ですよね」

「まさか、そんなはずは……」

 ドラゴンを見据えたまま、後ろのセティとペルシェに答える。

「うん、ドラゴンで合ってる。たぶん、野良召喚獣だとおもう……だって、こんなところにいるはずがないもの……」

 あそこまで大きくて強い召喚獣を呼ぶのは、中々に大変だ。召喚魔法に熟練した者が長い魔法の杖を使うか、あるいは数名で協力するか、そういった手段が必要だ。しかも、狙って呼び出そうとすると魔法陣がかなり複雑になるし。

 そしてこの帝都では、大型召喚獣を呼ぶことは基本的に禁止されている。単純に、危険だからだ。練習や実験のために呼ぶ時は、帝都から丸一日以上離れた草原まで移動することが義務付けられているのだ。

 だから、あのドラゴンは昨日今日呼ばれたものではない。もし呼び出されたものが何かの拍子に逃げ出したのだとしたら、すぐに帝城に報告が上がる。ドラゴンがここまで飛んでくるより前に、学園はお休みになるはずだ。

 かといって、どこかよその国からあのドラゴンが送り込まれたとか、そういうのでもないと思う。もしそうだとしたら、もっと早くに警戒網に引っかかっているはずだし。

 となると、あのドラゴンは野良召喚獣だと考えるのが一番筋が通る。

 野良召喚獣というのは、何らかの理由で帰れなくなってしまった召喚獣を指す。一番多いのが、召喚主と死に別れてしまった場合だ。ただ、制約の魔法を破壊して逃げ出すこともごくまれにある。そして召喚主が死んでいた場合も、制約の魔法の効果は失われる。

 つまり野良召喚獣は、誰の言うことも聞かない、誰も止められない嵐のような存在なのだ。特に、あれだけ大きなドラゴンであれば、なおさら。

 たぶんあのドラゴンは野良召喚獣になった後、帝都の近くの野山にひそんでいたのだろう。それがなぜか突然、学園に飛んできた。つじつまは合うけれど、とんでもない事態だ。

「あぶないから、刺激しないようにしないと……」

 後ろの二人にそう注意したその時、ウサネズミたちがぴょんぴょんと跳んでいくのが見えた。ドラゴンを回り込んで、その向こう側に向かっていく。自然とその動きを目で追って、ぎょっとした。

「あ、イリアーネ!」

 ドラゴンのがっしりした足の間から、運動場の反対側が見えている。その片隅に、イリアーネたち三人が寄り集まって震えていたのだ。

「こ、この子が、おとしものを……とりに、きたら、こんな……」

 震える声で、イリアーネが切れ切れに訴える。彼女はドラゴンにおびえながらも、他の二人をしっかりと抱きしめて、まっすぐに私を見つめていた。

「待ってて、いま助けるから!」

 ここにドラゴンがいることを、たぶんまだ教師たちは知らないと思う。となると、兵士や騎士、魔導士なんかが助けにきてくれるまで時間がかかる。

 だったらその前にイリアーネたちを助け出して、教室に戻るしかない。校舎は頑丈だから、たぶんドラゴンに壊されることもない……と思いたい。

「おちついて、魔法陣を描いて……少しだけ、ドラゴンを足止めできる子を……」

 しかしここで、問題にぶち当たる。私が呼んだことのある召喚獣は、みんな気性のおとなしい、戦いには向かない子ばかりだ。ぶっつけ本番で戦いが得意な子を呼んでもいいのだけれど、私は制約の魔法を使い慣れていないから、下手をすれば余計に状況が悪くなる。

 だからここでは、足止めするだけにする。でも、相手が大きいからこちらもそれなりの子を呼ばないと。

 魔法の杖をしっかりと握り、振り回すようにして魔法陣を描く。うう、結構時間がかかりそう。

 そんな状況を見て取ったのか、ペルシェが叫んだ。どことなく誇らしげに。

「ふっ、時間かせぎならおれにまかせろ! 召喚魔法より、こちらのほうがはやい!」

「だめですよ、ペルシェくん! 下がって!」

 視界の端に、セティの制止を振り切って飛び出すペルシェの姿が見えた。やけに堂々とした、聞いたことのない詠唱の文言も。

 ペルシェに気づいたらしいドラゴンが、顔をそちらに向ける。セティが大急ぎで、機械弓に矢をつがえている。

「これで、どうだっ!!

 そんな叫び声と共に、ペルシェが突き出した手から水が勢いよく吹き出した。え、でもここって芝生だから、水を撒いても染み込むだけで……。

 と思ったら、意外なことが起こった。魔法で呼び出された水は染み込むことなく、芝の上で大きな水たまりを作ったのだ。日の光を受けてきらきら輝く……ん? 輝くというか、虹色に光ってる?

 ドラゴンがのそのそと、ペルシェに向かって歩き出した。はらはらしながら、必死に魔法陣を描き続ける。早く、早く何とかしないとペルシェが。

 ずうん。

 その時、いきなり地面が揺れた。何が起こったのか理解するより先に、ペルシェの声がした。

「いまだ、イリアーネ、走れ!」

 弾かれるように、イリアーネが駆け寄ってくる。他の二人の手をしっかりと握って、ドラゴンを回り込むようにして。……あれ、ドラゴン、倒れてもがいてる?

 せっせと手を動かしつつぽかんとしていたら、ペルシェの得意げな声が横を走り抜けた。

「おれの新しい魔法だ。とびきりよくすべる油を生み出せる」

「……すごい、ね……」

「おどろきました……」

 見上げるほど大きなドラゴンが、お腹を見せてひっくり返っている。そうそう見られる光景ではない。

 そしてペルシェはイリアーネたちと合流して、四人一緒に戻ってきた。そのまま、運動場の出口を目指して走り続けている。

「ジゼル、もうすこし、あいつをひきつけてくれ! 任せたぞ、おれの好敵手よ!」

「だから、好敵手じゃないってば!」

 ペルシェたちが私とすれ違ったちょうどその時、ようやっと魔法陣が完成した。私の身長より少し小さいその魔法陣から、ひゅっと黒い影が二つ飛び出してくる。

 その影たちは、ドラゴンの近くを目まぐるしく跳び回り始めた。ドラゴンの攻撃を受けないよう距離を空けつつ、時々近づいてドラゴンをちょんとつつき、また離れることを繰り返している。

 転ばされた上にうっとうしい影にまとわりつかれたからか、ドラゴンが怒りの声らしきものを上げた。

 目を丸くしてその影たちを見つめていたセティが、首をかしげながらつぶやく。

「翼の生えた……黒ヒョウ?」

「うん。とにかくすばしっこくて、うろちょろ逃げ回れる子を呼んだの」

 機械弓を構えたままのセティに笑いかけた時、背筋がぞわりとした。大きな見えない手に、首根っこをつかまれたような感覚だ。

「ジゼル! セティ! これは教師としての命令です! 今すぐ、教室に戻りなさい!」

 そんな声に振り返ると、校舎の入り口に立っている教師の姿が見えた。青ざめた彼女の手には、ぼんやりと光を放つ大きなメダル。ちょうど校舎に逃げ込んだペルシェが、去り際に心配そうな目をこちらに向けていた。

「強制力の魔導具、ですね……話にはきいていましたが、不思議な感覚ですね」

「うん。これくらいなら、無視できるけど」

 あのメダルは『強制力の魔導具』と呼ばれるもので、緊急事態にのみ使用が許されている。

 学園の生徒はみな貴族の子女で、中には皇族の血を引いた子もいたりする。そんな子供たちをまとめ導くために、学園の教師たちには生徒たちに命令する権限が与えられている。とはいえ、生徒がその命令に従わないこともある。

 生徒たちの命がかかっている時、生徒を守るために、教師たちが力ずくで言うことを聞かせる手段、それがこの魔導具なのだ。

 人の心を操る大変危険なものということもあって、威力はとても控えめだ。それこそ、せいぜい十歳くらいまでの子供にしか効かないくらいに。だから大人の心を持つ私とセティには、当然効いていない。ちょっともぞもぞしたくらいで。

「ところで、ここからどうします?」

「うーん……今なら、黒ヒョウたちにあとをまかせて、ここを離れることもできそうだけど」

 ドラゴンをからかうように走り回っている黒ヒョウたちを見やり、ううんとうなる。

「あの子たちだけだと、ずっと足止めするのはむずかしいし……それのあの子たちをここにのこしていったら、兵士たちに野良召喚獣とまちがわれて、まとめて斬られちゃうかもしれないし」

「それにあのドラゴンを野放しにしていいものか、まよいますね」

「うん。城下町のほうにいったら、とんでもないことになっちゃう……」

 さて、どうしたものか。なおも私たちを呼び戻そうとしている教師の叫び声を無視して、こそこそと話し合う。と、セティが何かに気づいたような顔をした。

「あの、『強制力の魔導具を使われた場合は、たとえ効かなかったとしても従うこと』ってきまり、ありましたよね……罰則つきで……」

「あ、そういえば『学内での戦闘行為禁止』ってきまりもあったっけ。破ったら一発で停学の」

 罰そのものは、別にそれほど怖くはない。セティの両親はどうか知らないけれど、うちの両親は事情を話せば分かってくれる。むしろ、よく頑張ったと褒めてくれるだろう。最悪、カイウス様に頼めば何とかなる。できればそういう特別扱いはされたくないので、最後の手段だけど。

 兵士や騎士なんかの戦える大人たちが来るまでドラゴンを足止めして、罰を受けるか。それとも、素直にこのまま引いてしまうか。

「……いくらなんでももうすぐ、たぶんそろそろ兵士たちがくるだろうし、もう引こうか?」

 小声でそうつぶやいたその時、また声がした。教師のものではない、もっと幼い声。

「二人とも、あのドラゴンを足どめして!」

 いつも聞いているものより、ずっと大きくて張りのある声。なんとアリアが教師の横に立ち、一生懸命に声を振り絞っているのだった。

「あっちこっち大騒ぎで、騎士も兵士も、それに魔導士もしばらく学園にはこられないって、聞いちゃったの! あのドラゴンを放っておいたら、どこに飛んでいくかわからない!」

 しばらく大人たちがやってこない。つまり、私とセティが引いたら、ドラゴンがどこで何をするか見当もつかない。だったらアリアの言う通り、ここで足止めするしかないのかも……。

「罰則は気にしなくていいよ! 強制力の魔導具については、『従わないことに対する正当な理由』があれば罰則はまぬがれるの! それに、戦闘禁止のきまりもおなじ!」

 いつにない大声を張り上げ続けているせいか、アリアの顔は真っ赤だ。

「特別研究で成果を出している二人なら、兵士たちがやってこないこの状況なら、『やむを得ない理由』ってみとめてもらえる!」

 学園に入学した時に、様々な学則には一応目を通した。でもこの辺の内容については、さらりと読んでそのまま忘れていた。どうせそんな事態になることなんてないし、と甘く考えていたのだ。

 おそらく今の学園で、一番戦えるのは私とセティだ。戦える教師は騎士や魔導士との兼任だから、たぶん他の場所で忙しくしている。私たちで、何とかするしかない。

「うん、まかせて! 先生、アリアをお願いします!」

 アリアたちに叫び返し、セティとうなずき合う。教師は戸惑いつつも、アリアに手を引かれて校舎の奥に消えていった。どうやら、アリアに説得されているらしい。たぶん、この場にいたら足手まといになるとか、そんなことを言っているのだろうな。

 それからまた、ドラゴンに向き直った。黒ヒョウたちのおかげでドラゴンは元の位置から動いていなかったけれど、その姿勢は大きく変わっていた。背中を丸め、あごを地面すれすれまで下げていたのだ。荒い鼻息が、芝を揺らしている。

 私は召喚魔法の使い手として、召喚獣の生態についても学んでいる。ドラゴンがああいった動きをする時って、確か……。

「あ、あれってちょっとまずいかも……」

「そうなんですか?」

「あの子、かなり気が立ってる。ペルシェに転ばされて、黒ヒョウたちにまとわりつかれて、アリアが大声を上げたからかも。……本格的に暴れ出すまえに、どうにかしないと」

 こうなったら、黒ヒョウたちだけではちょっと力不足だ。次の召喚獣を呼び出さなくては。大丈夫、まだまだ魔力に余裕はある。それに、持久戦向きな子の当てについても。

 魔法陣を描こうと杖を掲げた次の瞬間、目の前が真っ赤になった。そうして、ぶわんと体が浮き上がる感触。

「ジゼル!!

 セティの悲鳴が聞こえた。そうして、また足が地面につく。首の後ろが妙に温かいので振り返ったら、すぐそばに黒ヒョウの顔があった。

 きょとんとしながら、辺りを見回す。ついさっきまで私がいたところにドラゴンが立ち、がっしりした足で何かを踏みつけていた。あ、あれ私の杖!! ばきばきに折れちゃってる!!

 どうやらドラゴンは、私があの杖を使って黒ヒョウを呼び出したことを理解していたらしい。これ以上何かさせてたまるかと、真っ先に私に襲いかかったのだろう。そこに黒ヒョウが割って入り、とっさに私の襟首をくわえて、大きく跳んで逃げてくれた。

「大丈夫ですか!?

「わたしはなんともない。でも、杖が壊れちゃった……」

 セティとアリアのおかげで編み出せた、描いてから魔法陣を広げる方法。それを使えば、今からでも大きな召喚獣を呼び出せる。

 でもあの方法はまだ不慣れなので、時間がかかる。これから呼ぼうとしている子はそれなりに大きいから、特に。

 だったらなおさら、急がないと。数歩後ろに引いて、さっそく魔法陣を描き始める。

「より確実に足止めできるように、次の召喚獣をよびたいの。でも、魔法陣を描くのにちょっと時間がかかるから、その間、あの子たちと協力して足止めをおねがいしてもいい?」

 そうセティに呼びかけると、すぐにはっきりとした返事があった。

「はい、まかせてください」

「……でも、無理はしないでね?」

 二頭の黒ヒョウに翻弄されているドラゴンをちらりと見て、そう付け加える。あの黒ヒョウは、そこまで体力があるほうではない。戦いが長引いてしまったら、セティを守り切れないかもしれない。

「いいえ、無茶をさせてください」

 思いもかけない言葉に、目を丸くする。セティは、そんな私をまっすぐに見つめてくる。

「ぼくは前世の苦しみを乗りこえるため、力を求めてこれをつくりました」

 そう言って、彼は機械弓をしっかりと握り直した。

「きっとこれでは、あのドラゴンには通用しないでしょう。それでもぼくは、きみをまもるために死力をつくします。今この手にある、力のすべてをもって」

 かつて彼は、この機械弓をおもちゃのようなものだと言っていた。召喚獣の中でもとびきり打たれ強いドラゴンを相手にするには、まるで足りない。それが分かっていてなお、彼は少しもひるんではいなかった。

「きみは、ぼくを友達だと言ってくれました。ぼくも、きみを友達だとおもっています。でも同時に、ぼくにとってきみは、やはり大切な女王陛下でもあるんです!」

 かつて自分の力不足を嘆いていた時の彼とはまるで違う、力強いまなざし。その輝きに驚いて、魔法陣を描く手が一瞬止まってしまった。

「ぼくは、きみの騎士でありたい! きみのためなら、きっとぼくはもっと強くなれるから!!

 一気にそう言い放つと、セティは駆け出した。機敏に飛び回っている黒ヒョウたちに当てないように注意しながら、狙いを定めている。

「あ、ドラゴンの弱点は目と喉で、あとお尻のあたりを触られるのがきらいだから! そのへんをつっつけば、気を引けるとおもう!」

 我に返ってそう呼びかけたら、セティがすっと狙いを変えた。そうして、ひゅっという音と共に矢が放たれる。続いて、かちんという硬い音。ちょうど金属同士がぶつかったような、そんな感じの音だ。

 セティが放った矢はドラゴンの背中に当たり、そのまま落ちた。さすがに、あれだけせわしなく動くドラゴンの急所を正確に狙うのは難しいようだった。ただそれでも十分にドラゴンの気に障ったらしく、ドラゴンは目をぎろりと動かし、セティに向き直った。

 しかしセティは動じることなく、たたたと走りながら次々と矢を放っていった。魔法陣を描きながらその姿を見つめ、彼の手際の良さに驚く。

 思えば、彼がこうやって機械弓を連射しているところは初めて見た。前に、試し撃ちをしているところを見せてもらったことはあるけれど。

 そうこうしていたら、黒ヒョウたちが思いもかけない行動に出た。一頭がするりとセティのそばに歩み寄り、もう一頭は落ちた矢をくわえて拾い集め始めたのだ。

「え、あの、どうしたんですか!?

 そうして黒ヒョウは戸惑うセティを背に乗せて、ふわりと舞い上がった。といっても、私の背丈くらいの低いところを。ドラゴンの周りを、ぐるぐると回るように。

「あ、ありがとうございます!」

 セティは律儀に礼を言うと、黒ヒョウの首に足をかけるようにして体を固定していた。そうして改めて、ドラゴンに矢を射かけている。手元に集中できるぶん、少しやりやすくなったようだ。もう一頭の黒ヒョウから矢を受け取って、途切れることなく攻撃を続けている。

 ……なんだか、騎士みたいだな。黒ヒョウに乗って戦っている小さなセティの姿に、ふとそんなことを思う。わたしの、騎士……か。

 いけない、集中しないと。あと少しで、魔法陣が完成するんだから……ここをこうして、こうつないで……。

「よし、やっと描けた!」

 私の目の前には、複雑な線が幾重にも重なった円が浮かんでいた。私の両手のひらを広げて並べたくらいの大きさのものだ。

 線がふわりと動き、一つだった円が重なり合った二枚の円に分かれる。そうして手前の円が、ふわりとほどけてひらめいた。ちょうど、少しの乱れもないドレープを描いたカーテンがなびくような、そんな美しい動きだった。

 ひらひらとさざ波のように揺らめきながら、手前の円がはためき、どんどん広がっていく。そうして、私の身長くらいの大きな魔法陣が完成した。セティの矢を払っていたドラゴンがぴたりと動きを止めて、魔法陣をじっと見つめてくる。興味を持っているような、そんな目つきだった。

 そうして魔法陣の中から、もっちりした何かがゆっくりと姿を現す。やがてその何かは、どぅるん、という妙な音を立てて地面に降り立った。

 もっちりとした、半透明の塊。手も足も目も口もない。ほんのり青くてぷるぷるしていて、ちょっとおいしそうだ。夏場に食べる、青い花の汁を入れたゼリー菓子にそっくり。といっても、この塊は大人が上に乗れそうなくらいに大きいけれど。

 その何かはぷるんぷるんと揺れながら、ドラゴンのほうに近づいていく。ドラゴンが目を丸くして、自分に迫るぷるぷるに見入っていた。何だか、無邪気な子供のようにも見える表情だ。

 黒ヒョウがふわりと舞い降りてきて、背からセティを下ろす。ずっと黒ヒョウに乗っていて体がこわばってしまったのか、セティはややぎこちない足取りで近づいてきた。

「……あの、あれは一体……何ですか?」

「スライムよ。呼ぶのは初めてだったけど、うまくいったわ」

「……あのスライムが、ドラゴンを足止めしてくれるのでしょうか?」

 セティは半信半疑といった顔で、ドラゴンと顔? を見合わせてにらめっこしているスライムを眺めている。私たちのそばでは、黒ヒョウたちがぐうっと伸びをしていた。さすがに疲れたらしい。

「大丈夫よ、ほら」

 私が指さした先では、ちょっと不思議な光景が広がっていた。

 さっきまでぷるぷるした塊だったスライムが、突然どろりと溶けて地面に広がる。しかし次の瞬間、スライムはそのままドラゴンの手足にねちょりとからみつき、しっかりと動きを封じていた。それが気持ち悪いのか、ドラゴンが抗議の声を上げる。……魔導書で読んでたから知ってたけど、実際に見るとすごいなあ、スライムのあの変形。

「スライムは驚くくらいに体を変形させられるし、再生速度もとってもはやい。しかも、見た目よりずっと力が強いの」

 ドラゴンは必死に首を曲げて、足にからみついたスライムを食いちぎろうとしている。けれどスライムは牙が当たりそうになるとその部分だけをするんと移動させ、逆に頭まで包み込もうとしている。

 その様を見ながら、ちょっとだけ肩の力を抜いた。これで、もう少し時間稼ぎができる。

「あとは、戦える大人たちが来てくれるのをまつだけなんだけど……」

「さっきアリアが、あっちでもこっちでも大騒ぎ、といっていましたね。どうなっているんでしょう?」

 ドラゴンとスライムの取っ組み合いを遠巻きに眺めていたら、ちちっという声がした。見ると、足元にウサネズミたちが集まっている。その真ん中で、ルルがぶんぶんと旗を振っていた。

「『ほかのこ、あばれてる、ほかのところ』……他にも野良召喚獣がやってきている、ってことかな」

「『おとな、いそがしい。ここ、こない?』……さすがにそんなことはないと、そうおもいたいところですが」

 ルルたちの報告に、セティと二人顔を見合わせる。ひとまず、ドラゴンを足止めすることはできた。けれどさすがに、いつまでもこうしてはいられない。

 スライムの体力が尽きる前に、また別の子を呼ぶか……黒ヒョウたちは、もう少し休ませてあげたいし……。それに、私の魔力ってどこまでもつんだろう。この感じだともうしばらく大丈夫な気がするけれど、ぽんぽん召喚獣を呼び続けたら魔力切れを起こしそう。

 そんなことを考えながら小声でうなっていたら、隣からためらいがちな声がした。

「ジゼル。きみはもう十分に、強い召喚獣をよべます。だから、その……無傷で足止めするのではなく、多少弱らせてでも無力化する、というのは……」

「うん、できそうなきはする。でも、できれば……あのドラゴンも、保護してあげたい。きっと、元の世界に帰りたくて、暴れているんだとおもうから」

 この帝国では、野良召喚獣はできる限り生け捕りにして、飼育する。捕獲のための魔導具も、飼育のための施設もちゃんと整っている。そうやって、召喚獣の生態や、野良召喚獣を元の世界に戻す方法などが研究されているのだ。

 召喚獣を元の世界に戻せるのは、基本的に召喚主だけだ。帰還の魔法陣は、異世界を指定し、その異世界との道をつなぐもの。しかし異世界の数は途方もなく多いため、その召喚獣がどこの異世界から来たのかは、召喚主以外には分からない。

 召喚主と召喚獣にはある種の絆が結ばれるため、召喚獣の出身世界がどこなのか忘れていても、召喚獣を見ればすぐに思い出せる。召喚獣が召喚主のそばに留まっていれば、元の世界に帰る方法は常に残されているのだ。

 また、召喚の際に描かれた魔法陣の記録が残っていれば、それを分析して別の人間が帰還の魔法陣を描くこともできる。もっとも、そんな記録が残っていることはめったにないけれど。

 そういった訳で、今のところ野良召喚獣を元の世界に帰す方法はない。色んな異世界につながる魔法陣をかたっぱしから試してみれば成功する可能性はあるけれど、途方もない労力がかかる。

 もし、野良召喚獣を容易に帰還させる方法が見つかれば、軍事的にも有用──敵が呼び出した召喚獣を強制送還し、戦力を削ぐことができる──なので、ずっと前から力を入れて研究されているのだけれど、まったく進展がないままなのだとか。

 でも、ドラゴンをその施設に入れてやれたら……かすかな希望を、つなぐことができる。少なくとも、討伐されることはなくなる。

「……きみはやっぱり、優しいですね。でしたら眠り薬か何か、そういったものをさがしてくるとか……」

「いい考えだと思うけど、学園の医務室にはなさそうだし……それに、普通の量じゃきかないよね、どうかんがえても」

 二人して眉間にしわを寄せていたら、ちちいっ! という元気いっぱいの声がした。ルルがちっちゃな手をぴんと挙げて、尻尾を立てている。その周りには、さっきより多くのウサネズミがわらわらと寄り集まっていた。私が偵察に出した数よりずっと多いから、ルルが教室に置きっぱなしのノートから呼んだ子たちかな。

 そうして、ちょっともったいつけた動きでルルが旗を振った。気のせいか、どことなく得意げだ。

「えっと、『どらごん、おうち、かえそう』って……ルル、帰したくてもどこに帰していいのか分からないから……」

 私の返事を聞くのと同時に、ウサネズミたちが一斉に跳んでいく。取っ組み合いをしている、ドラゴンとスライムに向かって。

「危ない! 戻って!」

 悲鳴を上げる私には全く取り合わずに、ウサネズミたちはドラゴンの頭の上に着地する。そうして、まるで会話でもするようにちゅちゅと鳴いていた。合間に、ドラゴンのものらしい低い声も聞こえてくる。

 はらはらしながら見守っていたら、また全てのウサネズミが私たちのところに戻ってきた。ほっとしたのもつかの間、ルルの言葉に首をかしげる。

「『まほうじん、かいて、おおきいの』……何をえがくの?」

 すると大量に集まってきていたウサネズミたちが整列し、ものすごく大きな円を作った。さらにその中にウサネズミたちがぴょんぴょんと跳んでいって、自分たちの体で模様を描き……あれ、これって……魔法陣? 知らない異世界とつながる、帰還の魔法陣だ!

 どうやらルルたちは、この魔法陣を描いて欲しいらしい。それも、大きなもの……たぶん、あのドラゴンを通せるくらいのものを。

 訳が分からないながらも、その言葉に従ってみることにした。ただ待っているだけというのも落ち着かないし。

「ジゼル、描けそうですか? かなりおおきいですが……」

「帰還の魔法陣だから、割と簡単だけど……あそこまで大きいと、かなり複雑に折りたたまないと……いつもの二重じゃ無理だから、じぐざぐに折ればいいのかなあ?」

 知らない魔法陣を、折りたたんだ形で描いていく。難しいけれど、ちょっと楽しい。こんな時じゃなかったら、じっくり分析しながら描けたんだけど。

 描き終えたとたん、魔法陣が広がっていく。ぱたぱたとかすかな音を立てて、折り目がどんどん広がっていった。それはねじを巻いたオルゴールの内側を思わせる、規則正しくて美しい動きだった。

「……できた! ……本当に、これでいいの?」

 ちっ!

 すぐに、足元から元気な声がいくつも返ってきた。そちらにうなずきかけて、また前を見る。そこには、私の身長よりもずっと大きな魔法陣が、淡く輝きながら浮いていた。

「……せっかくだから、この帰還の魔法陣があのドラゴンにきくか、試してみようとおもうの」

 そうつぶやくと、隣でセティが機械弓を構える音がした。

「ぼくもそれがいいとおもいます。援護しますね」

 既に疲れ果てている黒ヒョウたちと戦いには全く向いていないルルたちを下がらせて、セティと二人でそろそろとドラゴンのほうに歩み寄っていった。宙に浮かぶ魔法陣の端のほうをそっと押して動かしながら、一生懸命、気づかれないように気配を消して。

 しかしあと少しというところで、ドラゴンがこちらを向いた。その目は、怒りにぎらついている。最初からいら立っていたドラゴンは、スライムに拘束されていることでさらに腹を立てているようだった。

 その大きな口が、突然開く。恐ろしげな牙がずらりと並んでいるのが、離れていてもよく見えた。しまった、炎だ! 全身に冷や汗が吹き出す。次の瞬間、ドラゴンの口の中から、炎が噴き出てくる。そうして炎はまっすぐに、私とセティに襲いかかってきた。時間が、ひどくゆっくりと流れているように感じられた。

 迫りくるまがまがしい熱気に、声を上げることすらできない。

 セティが持っているのは機械弓だけ、私が使えるのは召喚魔法だけ。水や氷を使える召喚獣を呼び出すことはできるけれど、時間が足りない。こんなに激しい炎を、すぐに消したり防いだりすることはできない。

 とっさにセティと身を寄せ合って、小さく小さく身を丸める。死にさえしなければ、魔導士が回復魔法で助けてくれるかもしれない。それでも、怖い!

 ルルたちを巻き込まずに済んでよかったという思いと、もしここで私が死んだらみんな野良召喚獣になってしまうという申し訳なさが、頭の中をめまぐるしく駆け抜ける。

 がくがくと足が震える。私の背に手を回したセティも、やはり震えていた。

 しっかりと目をつぶって、ただ二人、じっとその時を待つ。

 ……………………あれ? 熱く、ない?

 もうとっくに炎に包まれていてもおかしくないのに、少しも熱を感じない。むしろ、ひんやりしているような。

 そろそろと目を開けようとしたその時、生き生きとした声が響き渡った。

「やっぱりこっちに来て正解だったな。俺の勘、よく当たるんだよ」

 それは、こんなところに来ているはずのない人の声だった。混乱しながら振り返り、声の主を確認する。

「カイン、さん……!?

 黒い髪に青い目、でもまとっているのはいつもの研究生の制服ではない。貴族の普段着……にしてはやけに豪華だ。もしかしてこれ、皇帝の普段着? 上着は脱いでいるしスカーフや帝冠も外しているけれど、とびきり高級な服だということは一目で分かる。

 彼は全力疾走してきたかのように肩で息をして、うっすら汗をかいていた。けれどその顔には、安堵の笑みが浮かんでいる。

「間に合ってよかった。ジゼル、セティ、怪我はないか?」

 何が起こったのだろう。ぽかんとしながらもう一度ドラゴンのほうを見て、あっと声を上げた。

 私とセティを守るように、高い氷の壁が立ちはだかっていた。その向こうに、ドラゴンの赤い姿がうっすらと透けて見える。壁の端のほうは溶けてなめらかになっていて、ぽたぽたと水が滴っていた。

「はい、大丈夫です……あの、どうして……あなたが、ここに?」

「子供たちを守るのは、大人として当然だろ。手が空いてるのが俺しかいなかっただけで。間に合ってよかったよ。趣味で特訓してた魔法がこんな形で役に立つとは、思いもしなかったけどな」

 ぽかんとしながら、氷の壁とカイウス様を交互に見る。セティも同じようにしながら、目をぱちくりさせていた。

「あ、もしかして言ってなかったか? 俺、氷の魔法は得意なんだよ。詠唱なしで、いきなり発動できる」

 その言葉に、以前ゾルダーが魔法を見せてくれた時のことを思い出した。あの時彼は無言のまま、次々と魔法を繰り出していた。カイウス様も、きっと同じようにやったのだろう。けれどこれだけ大きく分厚い氷の壁を、それも離れたところにいる私たちを守るようにして出せるなんて。

「……すごいです……ぼくたちを助けてくれて、ありがとうございました」

「ほんとうにたすかりました。カインさん、魔法ここまでうまかったんですね……」

 私たちが口々に礼を言うと、カイウス様はこちらに駆け寄ってきて氷の壁を間近で眺めた。

「俺、これでも魔法研究会の一員だぞ……なんてな。実のところ、自分でも驚いてる。必死だったとはいえ、ここまで強固な氷の壁を出せたのは初めてだ」

 そうして三人並んで、氷の壁と、その向こうのドラゴンに目をやった。

「今、帝城及びその周辺に、複数体の野良召喚獣、それも大型のものが侵入している。兵士も騎士も魔導士も、みんなそちらにかかりきりだ。かなりてこずってる」

 ドラゴンの様子をうかがいながら、手短に説明するカイウス様。その声は低く、硬い。

「学園に現れたのは赤いドラゴン一体のみ、それも小型のもので、危険度は低い。そう報告を受けてはいた。あそこには教師たちもいるし、校舎は頑丈に作られている。だから、生徒たちは安全に避難できているだろうと」