そんな穏やかな未来がやってくるのだと、これっぽっちも疑わずにいられる。そのことが、とても幸せだった。幸せすぎて、ちょっと怖いくらいに。
私たちが選んだハンカチは、とっても喜ばれた。「使うのがもったいないわ、額に入れて飾っておきましょう!」とお母様は叫んでいた。「また別のハンカチを贈るから、ちゃんと使って」と説得して、ようやく思い留まってくれた。
そしてそれ以上に、お父様が大変なことになっていた。彼は「うらやましい……うらやましい……」とぶつぶつつぶやきながら、部屋の中をうろうろと歩き回り始めたのだった。「パパのつぎの誕生日にも、ちゃんとすてきなプレゼントをさがしてくるから」となだめ続けて、やっと落ち着きを取り戻してくれたのだった。
ハンカチ一つでこんなに大騒ぎできる。やっぱり、平和だな。……お父様のプレゼント、気合入れて選ばないと。まあ、彼の誕生日は冬の終わりだからもっと先だし……ゆっくり考えよう。

平和な日常、しかしそこに遠慮なく刺激を与えにくる人がいた。言わずと知れた、カイウス様だ。
「……やっぱり、これは無理があります。はやく外に出ましょう」
「まだ大丈夫だって。今のところばれてない。怪しまれてすらいないぞ」
私は、帝城の中を歩いていた。学園からも魔導士の塔からも遠い、奥まった一角の静かな廊下を。隣にいるのはカイウス様……というか、カインさん。面白いところに連れていってやると言われて、ついていったらこうなってしまったのだ。帝城の奥、普通は立ち入れないところの探検なのだと、引き返しづらいところまで来てから言われた。本当にもう、この人は。
「帝城を歩くなら、別に変装しなくても……」
「我が一生徒を構いつけていることが表ざたになれば、そちも今後やり辛くなると思うが。目立つのは嫌いであろう?」
しれっと口調だけ元に戻して、カイウス様がにやりと笑った。と、遠くからかすかに足音が聞こえてくる。
「よし、隠れろ」
そうして、二人一緒に近くの柱の陰に隠れた。カイウス様は目を閉じて、耳を澄ましている。
「……あ、大丈夫だな。あの鎧の音は巡回の兵士だから、こっちの区画までは入ってこない」
「……足音で分かるんですか」
「まあな。騎士と兵士は鎧の音が違うし、大臣たちの一部の足音も聞き分けられるぞ。で、一番特徴的なのがゾルダーなんだよ。あいつの足音、からくり仕掛けかってくらいに規則正しくてな」
「足音だけでわかるくらいに特徴的、ですか。なっとくいくような……」
「ああ。覚えやすいのはいいんだが、そのせいで聞くとちょっと寒気がな……我が執務の合間にうっかりだらけでもしようものなら、すぐに駆け付けてきて『陛下ともあろうお方が、そのようなだらしない姿で』と説教をしてくるのだ……あれには参る」
それを聞いていたら、自然と笑いが込み上げてきた。他の臣下に見つからないようこっそりとだらけていたカイウス様に、ゾルダーがすっとんできてお説教する。そういった光景が、あまりにも容易に想像できてしまったのだ。心底真面目そうなゾルダーと、この通り型破りなカイウス様。合わないんだろうな、この二人。
それからも人の気配がするたびに、階段の陰、カーテンの裏なんかに隠れてはやり過ごし、さらに奥に進んでいく。声をひそめて、ぼそりとつぶやいた。
「……これって、探検っていうか……ほぼかくれんぼですよね」
「そうだな。鬼は大臣とか騎士とか、それにもちろん騎士団長と魔導士長。いやあ、鬼だらけのかくれんぼだ」
「笑いながら、軽く言うような事じゃないですよね……?」
「なあに、もうすっかり慣れっこだからな。帝城の最奥の私室で着替えて、そこから誰にも見つからずに帝城を抜け出して、学園や城下町をふらふらする。そうして、また見つからずに戻ってくる」
得意げにあごを上げるカイウス様。しかし私は、その言葉に引っかかるものを感じていた。
「あれ? 前に、その姿を臣下に見られたとか、そんなことをいってませんでしたか?」
そう指摘しても、彼の笑みは変わらない。
「ばれたのは、学園にいた時だ。というか、学園で堂々とごろごろしていたら通りすがりの大臣に見つかった」
その時の大臣の心境を想像すると、同情しかわいてこない。びっくりして心臓が止まりでもしたら、カイウス様はどうするつもりだったのか。
「帝城の中で臣下に見つかればすぐに連れ戻される。しかし、研究生の中に皇帝が交ざっているなんて騒ぎ立てたら、学園が大混乱になるだろう? だからあっちは、俺を見逃さざるを得なかった」
「そこまで計算してたんですか……」
「ああ。ただ、ゾルダーにだけは見つからないよう注意してる。ちょっとだらけてただけで説教するような奴だぞ、こんな姿を見られたりしたらどんなことになるか……想像しただけで寒気がしてきた」
そんなことを話していたら、カイウス様がぴたりと足を止めた。険しい顔で、長い廊下の先のほうをにらんでいる。
「あ、まずいぞ。騎士が近づいてきた。身を隠そうにも、この辺りは大臣の部屋が多いし……逃げ場は……ここしかないか」
そう言うなり、彼はひょいと窓から外に出てしまう。って、ここ、三階!!
「ほら、お前も来いよ。意外と安全だからな、ここ」
そうこうしている間にも、足音は近づき続けている。どうしたものか少しだけ悩んで、大あわてで窓枠に両手をかけた。
「……よし、行ったな。もう少し待ってから、中に戻るぞ」
私たちは、窓の外にいた。外壁に施された彫刻の出っ張りに、二人並んで腰かけていたのだ。
「さすがにこれは、危ないです……というか、人間がいていいところじゃないです……」
今いる出っ張りは、二人がゆったりと腰かけてもまだ余るくらいの広さがある。しかしちょっとふらつきでもしたら、そのまま下まで真っ逆さまだ。怖すぎる。
「そうか? ここ、外壁の足掛かりの中ではかなり大きいほうだぞ? それにお前が万が一に備えて召喚獣を呼んでくれたから、安心してくつろげる」
「こんなところでくつろがないでください」
私たちのすぐ近くの別の出っ張りには、青いワシが三羽。ピクニックの時に私たちを海に落とした、あの子たちだ。でも今回は、三羽とも満足げな顔をしていた。アリアのおかげで思いついたあの方法で描いた大きな魔法陣を、どうやらこの子たちは気に入ってくれたようだった。
「しかし、さっきの魔法陣は妙だったな? やけに複雑で、しかも描いた後、一気に大きくなったし」
「アリアのおかげで、さらに魔法陣を大きくする方法をおもいついたんです。まだまだ実験段階ですけど、なれればもっともっと魔法陣を大きくできそうなんです」
隠れていることも忘れてちょっぴり興奮気味に語る私を、カイウス様は目を細めて見守ってくれていた。
「なるほど、友達のおかげなのか。いいな、そういうの。俺も何か手伝ってやれればいいんだが、あいにく召喚魔法は専門外で」
「……五歳の誕生日にもらった魔導書、とてもたすかりました。おもしろかったです」
「うん。ならよかった」
ふと、私たちの間に沈黙が流れる。でもそれは少しも気まずくない、むしろ心地よいものだった。
「……こうやって、友達と壁に腰かけてのんびりするのは久しぶりだな……」
今は黒い髪を風になびかせて、カイウス様がぽつりとそんなことをつぶやく。彼を知るほとんどの人が理解できないだろう、不思議な独り言。でも私には、当てがあった。
「もしかしてそれって、前世でのことですか?」
「ああ、覚えてたのか。あんな作り話を」
「作り話じゃないって、わたしにはわかります」
そう断言した時、ふと疑問が浮かぶ。
「……前世のことって、今でも思いだしますか……?」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。自分でも驚くくらい、寂しそうな声だった。カイウス様はぽんと私の頭に手を置いて、空を見上げて答える。
「そうだな。今でも時々、夢に見るよ。貧しかったけど俺たちを愛してくれてた親父とお袋のこととか、俺に懐いてた弟たちとか、町で一緒に暮らした仲間たちのこととか……」
その横顔が、遠い。手を伸ばせば届くほど近くにあるのに、声をかけることすらできない。
「貧しい暮らしだったが、それでもあの時間は、俺にとってかけがえのないものなんだ。今でも、な。あの思い出は、間違いなく今の俺の一部を形作っているよ。あの思い出がなかったら、きっと俺はもっと違う皇帝になっていただろうな。いや、そもそも皇帝にすらならなかったかも」
……私も、そうなのだろうか。生まれ変わった時に、前世はもう振り返らない、全部忘れるんだと思った。けれどやっぱり、ことあるごとに思い出さずにはいられない。女王エルフィーナは、今の私、ジゼル・フィリスの一部になっているのかもしれない。
ふとそう思って、小さく首を横に振る。ううん、やっぱりカイウス様と私は違う。前世の私は、少しも幸せではなかったから。私は彼のように、前世を懐かしんだりはしない。やっぱりこのまま、忘れてしまおう。
そう結論を出したついでに、気になっていたことを尋ねてみる。
「……カイウス様は、どうしてわたしに前世のはなしをしてくれたんですか」
「お前に知っていてもらいたかった、それだけだよ。たとえ、信じてもらえなくても」
ためらうことなく、カイウス様は答える。こちらを向いて、晴れやかな笑顔で。思わず見とれてしまい、言葉が返せない。
そうやって見つめ合っていたのは、ほんの一瞬のことだったと思う。でもとても、長い時間のように思えた。
カイウス様は呆けている私の手を引いて、そっと立たせた。
「なあ、せっかくだから、ここからはこいつらに運んでもらえないか? 空の旅、ちょっと興味があるんだよ。ほら、普段の姿だと、周囲が死に物狂いで止めてくるからさ……」
「……それじゃあ、ここからはわたしの指示にしたがってくださいね」
「ああ、もちろんだ!」
浮かれた様子で、青いワシに向き直るカイウス様。もうすっかり、いつもの私たちに戻っていた。

よく晴れた午後、私は一人でとことこと魔導士の塔に向かっていた。魔法陣の研究中に、もうちょっと調べておきたいことができたのだ。
塔の横にある平屋をちらりと横目で見て、そのまま魔導士の塔に入っていく。塔の一階はロビーになっていて、テーブルや椅子がいくつも置かれている。魔導士たちがちょっとした談話や討論をするのに使っているのだ。
ところが今日は、そこに意外な顔がいた。ゾルダーだ。彼は魔導士長だし、別にここにいてもおかしくはないのだけれど、普段はカイウス様の補佐としてその隣にいることが多い。
「ああ、ジゼル・フィリスか。久しぶりだな」
彼は私を見つけると、さわやかに笑いかけてきた。ペルシェが憧れるのも分かる、頼もしい笑みだ。そういえばカイウス様だけでなく、ゾルダーもちょくちょく私のことを気にかけてくれている。私のことをただの子供扱いしていないのも、一緒のような気がする。
「おひさしぶりです、ゾルダーさま」
そんなことを考えながら、ぺこりと頭を下げた。
「今日はどのような用件かな? ちょうど私の用事も済んだところだし、少し付き合おうか」
「あの、本をさがしにきたんです」
とはいえ、探している内容がどの本に書かれているのかは分からない。たぶんあの辺にあるだろうなという目星だけはついているので、その辺りをしらみつぶしに当たっていこうと考えていた。そんなことを、手短に説明する。
「ああ、その内容なら『魔法陣文様学・応用編』の第三巻だな。確か、第四章と第五章の記載が参考になるはずだ」
しかし私の話を聞いたゾルダーは、即座にそう答えてきた。え、ちょっと待って、確かゾルダーの専門は属性魔法で、召喚魔法については詳しくないはずなのに。
「信じられないという顔だな。ならば、共に行こう。答え合わせだ」
ぽかんとしたままゾルダーと一緒に魔導士の塔を昇り、書庫に入る。目的の本を見つけて開き、そして驚愕に目を見開いた。そこには私が探していた内容そのものが、丁寧につづられていたのだ。
どうして、と思いながらゾルダーを見上げると、彼は穏やかに笑ったまま目を細めた。
「私は、属性魔法しか使えない。しかし私の配下には、召喚魔法の使い手もいる。それに召喚獣は、この上なく有用だ。以前君のところに訪ねていったあの時も、召喚獣に乗ったことで大幅に時間を短縮できた」
あれは、私が皇帝陛下に謁見して少し経った頃のこと。なんとゾルダーは、単身大きな鳥に乗って、うちの屋敷までやってきたのだった。馬車だと片道丸一日以上かかってしまう距離を、鳥は数時間で飛び抜けたのだとか。
「そういった生き物について、魔導士を束ねる私が無知のままであることなど許されない。召喚獣を活用する機会を見過ごしてしまっては大変だからな」
召喚獣を活用する。その言葉に引っかかるものを感じてしまって、軽く顔を伏せる。それに気づいたのか、ゾルダーが子供をあやすような声で言った。
「ああ、そういったところはまだ子供なのだな。召喚獣を道具として用いることに、抵抗があるか」
彼はかがみ込んで膝をつき、私と目線を合わせてくる。
「ならば、こう考えてはどうだ。召喚獣は、君の右腕として、共に帝国の明るい未来を支えてくれる存在なのだと」
この人は、二言目には「帝国のため」だ。とてもひたむきな思いは、初めて会った頃から変わらない。やや暗い青色の目が、とてもまっすぐに私を見つめている。
「ともに、未来を……」
「そうだ。君と召喚獣は、仲間だ。私と君が、仲間であるように」
ゾルダーの言葉には、カイウス様のもののような荘厳な響きも、カインさんのような軽やかさもない。けれど、つい背筋を伸ばして真剣に話を聞きたくなってしまうような、そんな何かがあった。
「……さすがに、理解が追いつかないようだな。そうだ、少し、君に見せたいものがある」
本を抱えて困惑する私に、ゾルダーは手招きする。訳も分からずについていったら、彼はさらに階段を昇り始めた。せっせと追いかける私に手こそ貸さないものの、時々立ち止まって待っていてくれる。
やがて、魔導士の塔の一番上の階にたどり着いた。私の背の丈より高い塀と、四方にある太い柱と、質素な屋根。それだけしかない、がらんどうの階。
「ほら、見えるか」
彼は私を軽々と抱え上げて、塀の向こうの風景を見せてくれた。少し離れたところにはこんもりとした塊のような帝城がそびえ、その東側には城下町が広がっている。
両親以外に抱き上げられるのはめったにないことなので恥ずかしいなあと思いはしたけれど、それ以上に周囲の風景が気になってしまった。
「さすがに帝城の鐘楼よりは低いが、それでもここからなら城下町を一望できる」
やっぱり、広いなあ。そして、人が多いなあ。そんな感想が、ふと浮かぶ。湖月の王国の城下町は、こことは比べ物にならないくらいさびれていた。
すると、ゾルダーが思いもかけないことを口にした。
「昔は、もっとずっと小さかったのだ。帝国も、あの城下町も」
そろそろと首を動かし、彼の顔を見上げる。その横顔には、遠い昔に思いをはせているような、そんな笑みが浮かんでいた。
「遥かな昔から、帝国は皇帝陛下の号令のもと、周囲の国を取り込み、成長していった。そうして、今の栄華がある」
静かにつぶやいていたゾルダーの声に、不意に力がこもる。
「だが、ここで歩みを止めてはならない。私たちはもっと多くの民に、より豊かな暮らしを与えられるはずなのだ。皇帝陛下の、威光のもとに」
ああ、そうか。彼は、現状に満足していないんだ。彼の目には、きっともっと強大な帝国の姿が見えているんだ。そして、そこで幸せに暮らす人々の姿も。
「……ジゼル。君の力は、
今なら、彼の気持ちもちょっとだけ分かる。召喚獣たちと協力すれば、さらに色んなことができるようになる。戦いには出ないとしても、それでも私たちは帝国の力になれる。みんなをもっと幸せにできる。
けれど当の皇帝陛下は、私が私らしく、自由に生きることを望んでくれている。
私は、どっちの道を選べばいいのかな?
「急がなくていい。私の言葉を心のどこかに留めておいてくれれば、今はそれでいい」
悩む私に、ゾルダーはそっと語り掛けてきた。彼の言う通り、その決断を下す時はまだまだ先だ。そう思いながらも、どうにも落ち着かないものを感じずにはいられなかった。

「どうしたんですか、ルル? 立派なリュックですね?」
「……似合ってる……」
朝の教室で、セティとアリアが目を丸くしていた。机の上でこの上なく得意げに胸を張っているルルを見つめて。
カイウス様にあのとんでもないエメラルドの指輪を押し付けられ、しかもルルに預けるというさらにとんでもない提案をされてしまって。
その結果が、これだ。一流の革職人の手による小さな小さなリュック。ルルの体に合わせた特注品が、ついに完成したのだ。本音としては、完成して欲しくなかった。だってあの中に、あの指輪があるって思ったら、怖くてたまらないし……。
リュックは小さいながらも、とても見事なものだった。うっかり中身が出てしまわないよう、紐や金具できっちりと閉められるようになっている。人間とは体格が違い、しかもぽんぽん跳ね回るルルでも背負いやすいように、リュックを体に固定するための細いベルトも取り付けられていた。
そしてリュックの上蓋のすぐ下からは、丸めた紙がのぞいている。私が描いた、帰還の魔法陣だ。この魔法陣をくぐれるのは『ルルと同じ異世界から来た、この魔法陣より小さな召喚獣』だけなので、実質的にルル専用の逃げ道として機能する。
「ちょっと、ね……カインさんから預かり物をしてて……あの人が、ルルに預かってもらえとかいいだしちゃって……」
その言葉に、二人とも微妙な顔をした。
「ルルに、って……あの人が言いそうなことですね……」
「……これ、何が入ってるの……? とんでもないもののような気がする……」
リュックの中身を気にし始めた二人に、無言でぶんぶんと首を横に振る。それから、がっくりとうなだれてみせた。
「もしかして、内緒なんですか……それだけ、たいせつなもの……?」
「……やっぱり、とんでもないものなんだ……」
二人がルルのリュックをじっと見て、それから私に視線を向けてくる。私が何か面倒なことに巻き込まれたのだと、確信した様子だった。ちょっと同情するような表情をしている。
「うん……もしなくしたら、その時はその時だっていってたし……もうこれ以上、きにしないことにする……」
そうして、二人に大体の説明が済んだところで。
「ルル、それはなに?」
首をかしげて、ルルに問いかける。ルルの腰のところのベルトに、小さな棒のようなものが二本差してある。さっきから、それが気になって仕方がなかったのだ。
私の問いに、ルルはさらに張り切った顔になると、その棒を手にした。あ、これ棒じゃなくて旗だったんだ。ルルのちっちゃな手にぴったりの大きさの。右手は赤で、左手は白。
その旗をしっかりと握り、ルルは踊り始めた。尻尾や耳をぱたぱたさせながら、旗をぶんぶんと振っている。遠巻きに見ていた同級生たちが、可愛い……と声を上げていた。
「新しい踊りですか? おもしろいですね」
「……あれ、これって、もしかして……」
アリアが何かに気づいたような顔をして、机にあごを載せてルルの動きを凝視する。
「……『はなす。はた』……だって」
彼女がつぶやいた言葉に、私とセティが同時に驚く。
セティもアリアも、ルルが文字を書いた紙の上を跳ねて言葉をつづるところを見ている。特別研究の時に、こっそりと。
でも今ルルは、その紙を使ってはいない。使っているのは、旗だけだ。
「……あとで、説明するから……ルル、後でもっとはなそう? ここだと、めだっちゃうから……」
首をかしげている私とセティを置き去りに、アリアとルルはうなずき合っていた。
特別研究の時間、三人と一匹だけになってようやく、私たちはアリアの説明を聞くことができた。そして、同時に呆然とした。