秋の涼しさをはらんだ風が吹き始める頃、夏休みは終わる。そうして、後学期が始まった。

 学園に慣れるので精いっぱいだった前学期とは違い、一年生たちの顔にも余裕が浮かんでいる。

 しかし学園側もそれを見越しているのか、後学期になったとたんあれこれと行事が始まった。おかげで毎日、退屈する暇もなかった。


 最初の行事は、校外学習だった。いつもは学園内で授業やら特別研究やらに精を出している私たちだけれど、今日は学園の外に出て、大人たちが仕事をしているところを間近で見学するのだ。

 二十一名の一年生に、引率の教師は七人。生徒三人に教師が一人で班を作り、それぞれ別行動を取る。とはいえ生徒の安全を確保するため、移動範囲は帝城とその周囲だけだ。

 もちろん私は、セティとアリアと組んだ。というより、アリアと組めるのが私たちしかいなかったのだ。で、これが気に入らなかったのがイリアーネで。

「悔しいですわ……わたくしもそちらにいれてくださいませ!」

「……こわい……」

「あの、イリアーネさん。アリアがおびえていますから……」

「でしたら、セティさまがこちらにいらして!」

「三人一組というきまりですから……」

 どうにかこうにかセティがなだめて、イリアーネの班が出発するのを見送る。しかしそこに、今度はペルシェが食ってかかってきて。

「おいジゼル、おまえも魔導士の塔にいくんだろう? おれの班もだ。魔法の道をこころざすもの同士、そこで会おう! まっているぞ!」

「……一緒に見学して、なにがどうなるの?」

 私の問いには答えずに、ペルシェたちの班はさっさと出発してしまった。いつものことながら、言いたいことだけ好き勝手に言っていくなあ、あの子。敵意は感じないから、まあいいけど。

「さあ、ジゼルさん、セティさん、アリアさん。あなたたちの番ですよ」

 ちょっぴりおかしそうな笑みを浮かべた教師に連れられて、私たちも校外学習に出発する。

 まずは、文官たちのもとを訪ねた。家を継がない貴族の令息だけでなく、平民からも多くが文官として取り立てられている。能力とやる気がある者なら誰でも大歓迎、そういう仕組みだ。

 彼らの仕事場は予想とは違い、大きな部屋にいくつも机が詰め込まれていた。そして文官たちが書類を書いたり読んだり署名したり、また他の人のところに運んでいったり、せわしなく動いている。

 この感じ、ちょっと前世を思い出す。とはいえ、王宮にいた文官たちはずっと少なかったし、女王である私もそこに交ざって立ち働いていた。あの頃は、毎日必死だったな。

 懐かしく思いながら眺めていると、アリアがそろそろと進み出ているのが見えた。目を輝かせて、食い入るように書類を見つめながら。いつもの人見知りなところなど、どこにも見当たらない。

 そんな彼女に、近くの文官たちも気づいた。彼らはふわっとした笑みを浮かべ、アリアに向き直る。

「やあ、一年生の校外学習だね? この机にある書類なら、好きに見ていいよ」

「……それって、各地の気候に応じた作物を、より適切な規模で生産するための農地改革案、ですか……」

 何やら難しいことを一息に言い切ったアリアに、文官たちが凍りつく。驚いたらしい。

「あ、ああ、そうだよ。場所によって育ちやすい作物と育ちにくい作物とがあるからね、農民がよりたくさんの収穫を得られるよう、こちらから提案するんだよ」

 子供でも分かるように嚙み砕いて説明した文官に、アリアは別の書類を手に取ってさらに続ける。

「……小規模の耕作では効率が悪い側面があり、また災害時などの補償も煩雑になることから、開墾をうながしたり、土地の所有者などの権利関係を整理することでより広範な、より安定した農業を推進するための新規法案……わたし、この政策に興味があります……」

「そ、その通りなんだが……まさか初見で、この書類を要約するとは……」

 この辺りで、どうやら文官たちもアリアがただの子供ではないと気づいたらしい。わらわらと集まってきて、アリアと熱心に話し始めた。わあ、専門用語だらけ。

 そんな騒ぎをセティと二人、壁際で見守る。教師はアリアについているけれど、予想外の展開に困惑気味だ。

「さすがですね。アリアは法律のこととなるとじようぜつになりますし、大人相手だと人見知りもひっこむようですし。……ところであれ、何を話しているかわかりますか? ぼくは、さっぱり……」

「何となくは分かる……かも。一応、実務にたずさわってたことはあるし」

「……そうでしたね」

 苦笑する私たちをよそに、アリアは文官たちを思う存分質問攻めにしていた。


 次に私たちは、帝城に隣接する工房に足を向けた。ちょうど学園の大広間のような、広くて天井の高い建物だ。ここでは、様々な機械仕掛けについて日々開発が行われている。

「あの、ぼくは普段、機械弓について研究しているのですが!」

 今までの研究成果を書き留めたノートを手に、いつになく張り切った足取りで、セティが工房の研究員らしき人物に歩み寄っていく。彼は汚れてよれよれの丈夫そうなシャツとズボン、それにがっしりとした革のブーツと手袋をまとっているせいで、研究員というより職人のように見えた。

「ほう、見せてごらん」

 研究員がノートに視線を落とし、目を見張る。じきに、ほうという感嘆のため息がその口から漏れていた。

「なるほど、小型化か。小さくすると威力も落ちるから、その発想はなかったな」

「女性や力の弱い者も扱える、そんなものにしあげたいんです」

「ああ、そういう用途か。だったら中々、いい案かもしれない。……ここの部品を変形させて、より軽くしようとしているのか。だがこの構造だと、少し強度が足りないんじゃないか?」

「そうなんです! まさに今、その問題にいきあたっていて……」

 ちょっぴり興奮気味に、セティが研究員の顔を見上げる。

「だったら、あれが使えるかもしれないな。おーい誰か、ちょっとあれ取ってきてくれ。こないだの試作合金。加工用の工具もな」

 研究員が他の人たちにそう呼びかけると、他の人たちが金属の塊やら何かの工具やらを手にわらわらと集まってくる。あっという間に、セティと研究員が囲まれてしまう。

「……セティ、たのしそう……すっごく、生き生きしてる……」

「そうね。機械いじりをしているときのセティって、目が輝いてるよね」

 女王エルフィーナを守れなかった、その無念から彼は戦う方法を探し、機械弓の改造に着手した。でもそれとは別に、彼は機械について考えることが純粋に好きなように思える。

 いつか、前世の苦しみから彼が解放されて、思うまま自由に機械いじりができる日がくるといいな。人垣の向こうから聞こえるセティの明るい声を聞きながら、そんなことを思った。


 研究員たちに礼を言い、工房を出る。セティはとっても満足そうな顔で、しっかりとノートを抱きかかえていた。

 最後に、帝城のすぐ外にある魔導士の塔に向かう。魔法の研究と練習の場である魔導士の塔は、万が一魔法が暴発した場合などの非常時に備えて、こんなところにぽつんと立っているのだそうだ。

「おお、ぎりぎり間に合ったなジゼル。今からゾルダーさまが魔法をみせてくださるんだ! ほら、こっちだ!」

 魔導士の塔に近づくなり、ペルシェが張り切った様子で駆け寄ってきた。彼に連れられて、塔の裏手に回り込む。そこは、広々とした草地になっていた。ここは魔法の実験場となっているとかで、草地のすぐ外側には魔法の防壁がぐるりと張り巡らされているのだそうだ。

 そして今、その草地の真ん中に、ゾルダーが立っていた。彼を遠巻きに取り囲むようにして、魔導士たちや一年生たちがずらりと並んでいる。私たちもその人垣に加わり、ゾルダーを見つめた。そういえば、彼が魔法を使うところって初めて見るかも。

 彼はいつもと同じように、堂々と、しかし肩の力を抜いてたたずんでいる。と、その手がすうっと宙を指さした。

 その先、さっきまで何もなかった空中に、小さな火の玉が一つ浮かんでいる。彼は無言のまま、火の魔法を使ってみせたのだ。火の玉は数を増し、彼が指揮者のように手を振るたびに、右へ左へふわふわと宙を舞って……幻想的な光景に、一年生たちから歓声が上がる。

 こないだ見たサーカスにちょっと似ているな。そう思った瞬間、全ての火の玉が寄り集まって恐ろしげな火球となった。周囲の歓声が、悲鳴に変わった。

 しかしゾルダーがすっと右手を横に振ると、今度は竜巻が現れた。その竜巻はどんどん大きくなって、火球を吞み込み……そのままするすると縮んで消えてしまった。

 草地に、元通りの静けさが戻ってきた。けれど一年生たちは圧倒されてしまっていて、何も言えない。さすがゾルダーさま、今のぜんぶ無詠唱だ……! というペルシェの押し殺したようなつぶやきだけが、かすかに聞こえてきた。

 ゾルダーが私たちをぐるりと見回して、ゆったりと微笑んだ。

「今見せたのは、あくまでも魔法の力のほんの一部に過ぎない」

 子供たちに実演してみせるだけなのだから、彼が本気を出しているはずがない。それは最初から分かっていたけれど、今見たものは見事で、恐ろしかった。

「私はもっと強大な魔法を使うことができる。だがそれでも、私一人の力では足りない」

 いつの間にか、その場の人間はみなゾルダーの言葉に引き込まれていた。

「この偉大なる帝国をより栄えさせるには、帝国の未来を担う君たちの力が必要なのだ!」

 まるで民衆の前で演説する王のような貫禄をもって、ゾルダーは言い切った。

「どうか、それぞれの力を育て、帝国のために役立てて欲しい!」

 さっきのものとは違う沈黙が、辺りに満ちる。やがて、ペルシェが声を張り上げた。

「はい、ゾルダーさま! このペルシェ・リングル、かならずやゾルダーさまのお役に立ってみせます!」

「ああ、その時を心待ちにしているぞ」

 そうしてペルシェは、この上なく幸せそうに微笑んだのだった。