番外編 クッキーと思い出
「おうじのおうまさんかっこいい! ぼくものりたい!」
「わたしも!」
銀髪碧眼の小さな双子はフェルディナンドの乗馬姿を見るたびにそう訴えていた。
可愛いふたりの願いであればなんでも叶えたいと思っているフェルディナンドは、忙しい中、なんとか一日彼らに割く時間を取ることができ、馬の乗り方を教えることにした。
王宮の外れにある騎士団の訓練所。
ここは国の精鋭たちが集まり、日々訓練に励む場所だ。広大な敷地には様々な訓練設備が整えられており、騎士たちはここで技術向上や体力向上を目指している。
様々な技術の中でも、馬術は騎士団員にとって非常に重要な要素だ。
まず、騎士団員たちは馬の世話や乗り方を習得し、次に馬上での剣術や弓術などの技術を身につける。さらに、馬を操るスピードや瞬発力も鍛えるのだ。フェルディナンドは幼い頃からこの場所で鍛錬を積んできた。
彼は魔法だけではなく剣術にも優れていたが、馬術においてもその才能を発揮していた。精霊魔法使いは動物からも好かれるというが、フェルディナンドは生まれながらにして馬との距離を縮める天性の力を持っており、その技能は際立っていた。
馬の扱い方や馬とのコミュニケーションにおいては非常に秀でており、馬を怖がらせずリラックスさせることができるため、馬たちとは瞬時に信頼関係を築くことができる。また、馬を操る際の
さらに、フェルディナンドは馬上でのバランス感覚にも長けていたこともあり、騎手としての評価はとても高かった。
外の空気はやや冷たいが、太陽が出ているため過ごしやすい気温だ。薄い雲がゆっくりと流れている。双子たちはワクワクした様子で目を輝かせていた。
今日は珍しくメリアンの姿はなく、フェルディナンドはふたりを任されていた。
「ふたりのために今日はポニーを用意した」
フェルディナンドがそう言うと、エリオットの部下ふたりが手綱を持ちながらポニーを連れて来た。ポニーたちは茶色と白の毛並みで、子供たちに優しく顔を寄せている。
「おうまさんかわいい!」
「ぼくたちみたいにちっちゃいね?」
「ではまず、ルカから乗るか」
フェルディナンドは始めに冒険心の強いルカを抱き上げた。ルカは馬の背に跨るのは初めてで、少々緊張気味だ。
「大丈夫だ、ルカ。ポニーはとっても大人しいんだ」
フェルディナンドが声をかけながらルカをポニーの上に乗せると、彼を支える手を離した。
「いい感じだ、ルカ! エリオット、ちょっと見ていてくれるか? それでは、リリスも乗ってみよう」
フェルディナンドはエリオットにルカを託すと、ルカよりも控えめなリリスに「できそうか?」と訊ねた。
リリスは大きく頷く。
フェルディナンドはリリスを持ち上げると馬に乗せた。ルカを見ていたので、リリスはスムーズに乗ることができた。
「では歩いてみよう」
エリオットがルカの、フェルディナンドがリリスのポニーの手綱をそれぞれ握って馬を歩かせ始めた。
周囲の美しい景色に囲まれながら、子供たちとポニーはゆっくりと進んでいく。
最初は強張っていた子供たちも徐々に慣れてきて、「もっと速くー!」と言いながら楽しそうに騒いでいる。そのうち子供たちがポニーの扱いに慣れてくると、フェルディナンドはルカとリリスにさらに馬の乗り方のコツを教え始めた。
「ルカ、リリス、馬に乗る時は背筋を伸ばして、腰を据えることが大切だ。そして、馬の動きに合わせて体を揺らすのだ」
子供たちはフェルディナンドの言う通り背筋を伸ばして、腰を据えて、ポニーの動きに合わせて体を揺らした。
「うまくできてる?」
リリスが不安そうに聞くと、フェルディナンドは笑って「とても上手だ。もうすぐひとりでも馬にも乗れるようになる」と励ました。
「馬を乗りこなすのも精霊魔法と同じで、まずは馬との信頼関係を築くことが大切なのだ。馬と触れ合って、声をかけて、馬の気持ちを感じることができるようになろう」
時折ポニーが元気よく走り出したりと、ちょっとしたハプニングがあったが、フェルディナンドがしっかりとサポートしていたので子供たちは怪我もなく、楽しい時間を過ごすことができた。
フェルディナンドは子供たちに馬とコミュニケーションをとる方法も教えた。馬の目を見て、優しく声をかけて、撫でることで馬との絆を深めることができると。
子供たちはフェルディナンドの言う通りにポニーを可愛がった。
近くの森にあるコースをひと通り歩き戻ってくると、「リリスー! ルカー!」とメリアンの声が遠くから聞こえた。
王宮に連れて来た当初、フェルディナンドはメリアンが子供たちといつも一緒にいることに気づいていた。
特に魔法を使ったり、危険なことが伴うかもしれない場面では必ず子供たちを自分の手の届くところに置いていた。しかし、時間が経つにつれ少しずつ変わり、フェルディナンドやその従者たちに子供たちを任せることができるようになった。
今日も、フェルディナンドと子供たちが馬術の訓練をしている間、メリアンは厨房を借りてクッキーを焼いていた。
「おやつの時間よ」
メリアンが駆け寄って来たふたりにバスケットの中を見せると、ふたりとも大喜びでクッキーを手に取った。
まるで宝石が詰まった宝石箱を見るように目を輝かせ、お気に入りの形を選んでいた。
フェルディナンドも双子の後ろでその様子を見ていた。バスケットの中には、星やハート、馬の形にくり抜いたクッキーがある。
「厨房でよく菓子作りに励んでいると聞いていたが、随分と腕があがったようだな」
フェルディナンドは過去に一度、フェルディナンドのためにクッキーを作ったメリアンを思い出していた。
まだメリアンが十三歳頃だっただろうか。メリアンはフェルディナンドのためにクッキーを作ってくれた。
今まで料理なんてひとつもしたことがなかったメリアンは、実家の料理人を見よう見真似で取り組んだらしい。
焼き上がったクッキーは形もまちまちで焦げ目もあるものばかり。それでも可愛くラッピングがしてあり、メリアンは緊張した顔でフェルディナンドに手渡した。
その小さな手はわずかに震えていたが、目には誇らしげな光が宿っていた。
しかしフェルディナンドは冷たく突き放すように言った。
「男は甘いものなど食べぬ」
本当は嬉しかった。甘いものは得意ではないけれど、食べられないわけではない。
けれど、メリアンの前ではかっこつけなければならないと思っていたフェルディナンドは、素直になれずにいた。
その後、メリアンが落胆して棄てたクッキーを、フェルディナンドはこっそり拾い上げてひと口食べてみた。
(美味しくない……)
そう思いながらも、彼女の一生懸命さは伝わってきた。
今思い出すだけでも苦い思い出である。
そのことはメリアンも覚えていたようで、フェルディナンドが「私にはくれないのか?」と言うと、「あなたのお口には合わないと思いますので」と控えめに言った。
そんなふたりの事情を知らないルカは、両手に持っていたひとつをフェルディナンドに手渡す。
「おかあさんのクッキー、おいしーよ」
リリスも「たべてたべて」と言いながらクッキーを手渡してきた。
フェルディナンドはそれを受け取ると、口に運んだ。
見た目は素晴らしく、味もあの頃とは比べ物にならないほど美味しい。
「うまいな!」
メリアンはフェルディナンドの言葉に安心し、嬉しそうな笑みを浮かべた。
子供たちも自分たちが手渡したクッキーがフェルディナンドに喜ばれたことに満足そうな顔をしていた。
クッキーを思う存分に食べた子供たちは、再びポニーと触れ合いに行った。もうすっかり仲良しだ。エリオットは子供たちについていく。
メリアンとふたりになると、フェルディナンドは心の内を伝えた。
「お前の子供たちへの愛を通じて、お前の愛情を客観的に見ることができる今、私はお前の数々の愛情を蔑ろにしていたのだと気づかされる」
「私も同じです。けれどこれまでの私たちの歴史が、今の私たちを繋げてくれているとも感じます。お互いに過ちや苦労を乗り越えて、今日まで続いてきた愛だと」
ふたりは互いに深い視線を交わし、手を握り合った。
最近は少しでも甘い時間があると盛り上がってしまう。
「切り上げよう。ふたりきりになりたい」
フェルディナンドがメリアンの耳元で囁く。
そうして一行は王宮に戻った。
子供たちがメイドに預けられ風呂に入れさせられる中、メリアンはフェルディナンドに手を引かれ、フェルディナンドの寝室へ。
寝室のドアをさっと閉められ、一秒でも待てないと、フェルディナンドはメリアンを担ぎ上げ寝台へと連れていく。
真っ白なシーツに横たわるメリアンを見つめながら、フェルディナンドは彼女の赤髪をそっと撫で、優しい眼差しで微笑んだ。
メリアンは心から愛しいと感じるその瞳に見守られていることに安心感を覚えるように、そのままフェルディナンドの瞳を見つめ返す。
何にも代えられない唯一無二の愛しい人を前に、フェルディナンドは、どんな権力を持っても世界中の全てのものが手に入ったとしても、この人がいないと生きる意味などないと思った。そして、今それを手に入れた自分は無敵だ。
フェルディナンドはメリアンに優しくキスをし、その後、頬、首筋、肩へとキスを続けていった。
メリアンはフェルディナンドの背中に手を回し、その温もりを感じた。
フェルディナンドはメリアンのきめ細やかな肌に触れ、彼女の柔らかさに酔いしれる。
「愛してる、メリアン」
「私も、愛しております」