エピローグ


 夏の終わりを感じる心地よい風が吹く日、メリアンとフェルディナンドの第三子であるリチャルドが一歳の誕生日を迎えた。

 王宮の広場は賑わい、リチャルドの一歳の誕生日を祝うために王国中から集まった国民たちの声が響き渡っていた。

 この日を待ち望んでいたのは、何も国民だけではない。

 メリアンもフェルディナンドも、この日を迎えることができた喜びを噛みしめていた。

「リチャルド、見てごらん、みんながお前を祝ってくれているよ」

 フェルディナンドはリチャルドを優しく抱き上げ、微笑んだ。

 赤ん坊のリチャルドはまだ言葉を話すことはできないが、きらきらとした目で周囲の光景を楽しんでいる様子だった。その顔に溢れる無邪気な笑顔を見て、メリアンの胸が温かくなった。

 リチャルドの誕生日を祝うため、王宮の前には大きなテントが張られ、そこでは国内外から集められた新鮮な食材を使った宮廷料理人たちの料理が無料で国民に提供された。

 また、リチャルドのために作られた巨大な誕生日ケーキが披露され、国民たちはその華やかさに目を奪われた。

「みな、今日は我が王子の誕生日を祝うために集まってくれてありがとう」

 宴の最中、フェルディナンドとメリアンは国民の前にリチャルドを抱いて登場し、国民に向けて感謝の言葉を述べた。その後、ルカとリリスも加わり、家族揃ってリチャルドの誕生日を祝った。

 家族の姿に国民たちは感動し、祝福の言葉や拍手が響き渡った。その中にはリチャルドを祝うために作られた花火を待ちわびる子供たちの姿も見受けられた。

 日が暮れ、広場の空が暗くなると、とうとう待ちに待った花火が打ち上げられた。

 空一面に広がる光がリチャルドの誕生日を祝うように輝き、国民たちはその美しさに目を奪われた。花火が次々に打ち上がるたびに歓声が上がり、空気が幸せで満ちていく。

「見て、リチャルド! お空にお花が咲いてるよ!」

 リリスは小さな弟に優しく語りかけ、指を空に向けて差し出す。

 リチャルドは無邪気に目を輝かせ、両手をぱたぱたと動かしている。

 その横で、ルカは少し不機嫌そうに腕を組み、口を尖らせながら言った。

「なんで僕もあんなふうに花火を作れないんだろうな。あんなの簡単そうなのに!」

 ルカは花火の美しさにちょっと不満げな顔をしている。

 そんな彼に、父のフェルディナンドが微笑んで近づいてきた。

「ルカ、お前だっていつか素晴らしい魔法を使えるようになる。焦らなくても大丈夫だ」

 フェルディナンドは優しくルカの肩に手を置きながら、彼の目を見つめる。

 ルカは少し気を取り直し、父親の温かい言葉に少しだけ安心した様子を見せた。

「本当に?」

「もちろんだ。焦らずに楽しんで学んでいけばいい」

「うん!」

 ルカがその言葉に力強く頷き再び花火に目を向ける中、メリアンがリチャルドを抱きながら歩み寄った。

「今度一緒にやってみましょう。火魔法はお母さんの得意分野よ」

 そのまま家族全員が空を見上げ、花火が次々と夜空に咲くのを楽しんでいた。


 その夜、フェルディナンドとメリアンは、リチャルドの誕生後初めてふたりきりで寝台を共にした。

 今までは夜泣きがひどく常に母乳を求めるリチャルドのために毎日ついていなくてはならなかったが、最近では離乳食を食べ始めだいぶ落ち着いたのだ。

 夜空には星が煌めき、満月の光が寝室を美しく照らし出していた。

 フェルディナンドは紅潮したメリアンの頬に手を置くと、愛しそうにメリアンの瞳を見つめ、深いキスをした。メリアンもまた、長い間ため込んでいた熱を返す。

 薄いナイトガウンが剥げ、三人も子供を産んだとは思えないほど美しい裸体が月明かりの下で輝く。

「お前は……本当に……この世のものとは思えないほど綺麗だ」

 フェルディナンドは堪らなくなり、赤い髪やきめ細やかな肌を撫でる。

 メリアンは恥ずかしそうに微笑みながらフェルディナンドの愛情を受け止めた。久しぶりに感じるお互いの温もりに、心と身体がとろけるように溶け合っていく。

 その後、ふたりは横たわり、互いの目を見つめ合い家族の成長について語り合い始めた。

 リチャルドが初めて笑った時、頼り甲斐のある兄になったルカと思いやりのある姉になったリリス、それぞれの誕生日のパーティーの様子など幸せな瞬間がたくさん蘇ってきた。

 特にリチャルドが生まれた日のことは、ふたりにとっては忘れられない日だった。

 あの日、メリアンは難産に苦しんだ。以前双子を出産した時の後処置が不十分であり、その影響が大きかったのだ。

 その時も、メリアンは体力の限界まで追い込まれ長時間の分娩に耐え抜いたが、リチャルドが生まれる際も、メリアンの体は同じような試練にさらされた。

 フェルディナンドはメリアンの部屋の前にいた。お産の場ではどんなに王族であっても医師以外の男性は立ち入り禁止だ。

『王子と姫を出産された際に負った深い古傷が開いてしまったようです……』

 そのような報告を逐一受けながら、王子は時間が経つごとに不安が募り、生きた心地がしなかった。

 フェルディナンドは祈ることしかできず、子供が無事に生まれること、そして何よりもメリアンの無事を切に願っていた。

 メリアンは、ルカとリリスを出産した時のことをあまり語ることはなかった。

 だが、フェルディナンドは、彼女がどれほど過酷な状況で双子を産んだのかを後に知った。

 衛生状態が悪く、十分な医療設備も整っていない環境の中での双子の出産は非常に危険な上、出血多量で数日間も生死を彷徨うことになったという。

 その出産を手伝ってくれたのは、サーシャという隣国からの不法移民の女性だった。

 彼女はメリアンが命を繋ぎとめることができるように、そして生まれたばかりの双子を無事に育てられるように献身的に世話をしてくれたのだ。

 その話を聞いた時のフェルディナンドの心の痛みはそうとうなものだった。

 彼は、サーシャが今どこで暮らしているかを調べ、なんとか彼女を見つけ出すことができた。

 辺境の村の隅で隠れるように暮らしていたサーシャに対して、フェルディナンドは感謝の気持ちを伝え、彼女が堂々とこの国で生活できるように国籍と土地を与えた。

 これは彼ができる限りの恩返しで、メリアンもそれを喜んだ。

 その後、リチャルドは無事に誕生し、メリアンも万全な環境で産むことができたおかげで回復の道を辿った。

 王宮の医師たちが彼女の健康を見守り、最高のケアを施していた。その後の経過も順調であり、安堵の息をついたのは今でも記憶に新しい。

「あの日、お前とリチャルドが無事でいてくれることを祈ることしかできなかった。この王国でそれなりに権力のある私がこんなにも無力さを感じたのは、お前を失くした時以来だった」

 メリアンは静かにその言葉を聞いていた。フェルディナンドの声に、彼の深い思いがこもっていることが伝わってきて胸がギュッとなる。

「お前といるとつくづく自分の弱さを知る。けれど同時に、お前の強さには毎回驚かされ、そしてそれにずっと惹かれている」

「今の私が強くなれるのは、殿下と子供たちのおかげです」

 フェルディナンドとメリアンは再び深いキスを交わす。互いの愛と存在を確かめ合うように。

 そして、そのまま抱き合ったまま眠りについた。

 ふたりが目覚めると、新しい一日が始まる。

 今日も家族の笑顔が輝く朝が訪れた。


おわり