第九章 大作戦決行!
「父上、お耳には既にお入りでしょうがメリアンが戻りました。そしてこの子たちは私たちの子、ルカとリリスでございます」
フェルディナンドは一瞬の躊躇もなく、しっかりとした声で告げた。王族としての誇りと、父としての決意が滲み出ていた。対する国王は、静かにフェルディナンドの言葉を聞き終えると、ふっとわずかに目を細めた。
「やっと来たか」
国王は低く呟くと、柔らかな笑みを浮かべた。
「メリアン、そしてルカ、リリス、よくぞ戻ってきてくれた」
その後メリアン、ルカ、リリスは下がるように言われ、フェルディナンドのみ残ることになった。
国王は玉座から腰を上げ静かに歩み寄ると、フェルディナンドの肩に手を置いた。
「こうしてふたりきりで話すのは久しぶりだな、フェルディナンド」
「父上、長らくお会いできず、申し訳ありませんでした」
ふたりともそれぞれ執務に追われ、このような時間を設けることは長らくなかった。
「フェルディナンド、お前たちの関係にはきちんとしたけじめが必要だ」
「承知しております」
フェルディナンドの声は堅く、そして確かなものだった。父はしばらく無言で息子を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「私に三人のことを伝えたということは、その覚悟ができたということだと私は理解しているが、間違いはないか」
「父上、もちろんでございます。メリアンを私の妃にすること、そしてルカ、リリスを王族として認めることのお許しを」
「そうか。メリアンが失踪した五年間は、お前にとって辛い時間だったであろう。私も早く諦めてくれと思った時もあったが、お前のその信念には脱帽だ」
国王の声に温かみが混じり始めた。
「その間お前は、人の数倍も成長したことは確かだ。お前がこれまで経験し、学んだことが、この国の未来を切り開く力になるはずだ」
「はい」
「お前が、メリアン、ルカ、リリスと共に幸せになることは、国民にとっても幸せなことだろう。そのため、私はメリアンをお前の妃として迎え入れること、そしてルカ、リリスを王族として認めることを許す」
「ありがとうございます、父上」
フェルディナンド王子は深く頭を下げた。その顔には、これから始まる新たな未来に対する希望と誓いが、はっきりと浮かんでいた。
「この国の王子としての責任を全うし、国民のために尽力し、家族も守り抜くことを誓います」
「それを聞いて安心した。ハンネスもミュラー侯爵率いる保守派の勢力を鎮めることに成功し、エレオノーラとの結婚式も来月に控えておるが、お前たちの婚姻の準備も共に進めよう。国民に喜びの知らせを届け、我が王国に新たな希望をもたらすのだ」
「はい。承知いたしました。けれどその前に、私にはやらなければならないことがあるのです」
◇ ◇ ◇
数日前、国王に報告に行ったあの日から、王宮の中が少しだけ騒がしくなった気がする。特にルカとリリスが妙に落ち着きなく動き回っているのがメリアンは気になっていた。
いつも通り元気だが、どこかそわそわしている。何かを隠すように急いで部屋に駆け込んだり、誰かが来るとすぐに扉を閉めたりしていた。
ふたりでいるところにメリアンが話しかけると、「おかあさん、なにもみてないよね!?」と手をひらひらと振りながらまるで何かを隠すかのようにその場を離れていく。
(どうしてこんなにふたりは慌てているのかしら?)
中庭から双子の笑い声がメリアンの耳に届く。
ふと窓から外を見ると、フェルディナンドとふたりが何か楽しそうに話している姿が見えた。メリアンは窓の縁に手を置き、しばらくその光景を見守っていた。
何かに引っかかる。フェルディナンドと双子の間に流れる、どこか秘密めいた空気。それは一体何なのだろう?
そんな疑問が心を占めていると、フェルディナンドがふっと振り返った。メリアンと目が合った瞬間、彼の顔が少し柔らかくなり、優しい微笑みを浮かべた。
フェルディナンドは、そっと何かを子供たちに囁く。するとふたりは大きく首を縦に振ると、急に立ち上がりその場を離れていった。そして、フェルディナンドがゆっくりとメリアンの方に歩み寄ってきた。
「良い天気だ。少し歩かないか?」
青空が広がる暖かな日、メリアンはフェルディナンドと共に宮殿の中庭を歩いていた。
周囲のサルスベリの蕾が徐々に色づき、もうすぐ庭全体が美しいピンク色で満たされるだろうという予感がした。鳥たちのさえずりが心地よく響き渡り、穏やかな幸福感が漂っている。そんな空気の中でフェルディナンドと歩くのは、まるで夢のように心地よく、静かな幸せがメリアンの胸に広がっていった。
今日のメリアンは、白い肌を引き立てる真っ赤なドレスを着ている。繊細な刺繍が施された軽やかで流れるようなスカートが特徴で美しく、フェルディナンドがメリアンのために仕立てたたくさんの中のひとつだ。
メリアンが王宮に来てから着ている他のドレスも全て、フェルディナンドがメリアンがいない間にメリアンのために仕立てたものだと聞いた時、メリアンは彼の愛情の深さにびっくりした。
全てを着終わるまで、あとどれくらいの日がかかるのか想像もつかないほどの数がまだ眠っている。
「今日は陽が強いから」と言って、フェルディナンドはメリアンに帽子を被せてくれた。
真っ白な帽子には赤いリボンがついていて、これもフェルディナンドがメリアンのために特注してくれたものだと聞いた。
その帽子のデザインには、どこか幼い頃に被っていたものと似た懐かしさを感じる。広いつばが陽を遮り、メリアンの顔を優しく包み込んでいた。
「とても似合ってる。お前の赤髪ともぴったりだ」
フェルディナンドはメリアンを見つめながら、満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます、殿下。あなたが用意してくださるものは、いつも私好みで、どれも素晴らしいものばかりで、とても幸せでございます」
フェルディナンドは優しくメリアンの手を握り、彼女の目を見つめた。
その時、風がさっと吹いてメリアンの帽子が飛ばされた。
メリアンは驚いて、帽子が飛んでいく方向を見つめた。その先は、今は葉だけになっている、『あの時』のマグノリアの木だった。
「初めて会った日、お前はこの木を悲しそうに見ながら泣いていたな」
フェルディナンドは感慨深そうにそう言った。
「はい、殿下。この髪色が好きではなかったもので、どうしても帽子で隠したかったのです。けれどこの髪色もそう悪くないかと……殿下のおかげで思えるようになりました」
嬉しそうなメリアンの声には、フェルディナンドとの日々の中で少しずつ変わった自分を誇りに思う気持ちが込められていた。
フェルディナンドは片手を挙げ、以前よりもスムーズに風の精霊魔法を使い、その帽子を取り返す。そして手に持ったそれを見つめ、再びメリアンに視線を向けた。
「メリアン、私はあの日、お前のことを天使のようだと思った。可愛くて、無垢で、神々しかった……。この髪色もずっと気に入っている。あの頃からお前を私の妃にと望んでいた。もちろん、お前がいなくなった五年間も、そして今も変わっていない。お前が私の活力だ」
フェルディナンドの言葉が、心の奥まで染み込んでくる。
(こんなにも深く私のことを思ってくれていたなんて……)
フェルディナンドは深く膝をつき、真摯な眼差しでメリアンを見上げた。
「お前はまだ形式的には私の婚約者のままだ。だがそれは子供だった私がお前を独り占めしたいと思い王族の権力を使って無理に婚約者にさせたに過ぎない。こんな私だ。お前にとって良い夫であり、子供たちにとって尊敬できる父親であることを心がけていくつもりだが、これからも不用意にお前を傷つけてしまうことがあるかもしれない」
王子の言葉には、彼自身の不安や恐れが込められていた。その素直な言葉が、メリアンの心に深く響く。
「けれど、どんな時でも私はお前のことを愛しているということを、信じてほしい。私の命をかけて、お前と子供たち、そして、これから増えるかもしれない家族を一生愛し抜くことを誓う。だから、メリアン……メリアン・シュトルツ、私の赤髪の天使……私と結婚してくれ」
そうして、フェルディナンドは手に持っていた帽子をメリアンの頭に被せた。
「……フェルディナンド殿下」
初めて出会った時に一瞬で惹きこまれた美しい青の瞳が、メリアンを愛しそうに見つめ返している。
フェルディナンドの顔に浮かぶ眩しい笑み、そしてその愛に包まれて、胸の奥からじんわりと温かさが広がる。
嬉しくて、そしてその幸せがあまりにも大きすぎて、胸がいっぱいだ。
「もちろんです」
メリアンがそう言葉を発した瞬間、周囲に不思議なエネルギーが集まる気配がした。
次の瞬間、色とりどりの花びらが風に乗って舞い上がり、噴水からは高く水が噴き出す。そして、空には大きな虹が掛かった。
その光景はまるでふたりを祝福しているようで、メリアンは思わず息を呑んだ。
「おとうさま、せいこうしたね!」
モーリスに連れられて、子供たちが駆け寄ってきた。
誇らしげに顔を輝かせていたふたりを、フェルディナンドは優しく抱き上げた。
メリアンは気づいた。これは、ルカとリリスの精霊魔法によるものだと。
(ああ、だから、あんなにコソコソしていたのね……)
メリアンはようやく、双子の慌ただしい行動に納得した。まさにこの日のために準備していたからだ。
子供たちの心遣いが込められたサプライズに、メリアンの目からは自然と涙が溢れた。
「ああ、お前たちのおかげで大成功だ! ありがとう」
フェルディナンドの言葉に、ルカとリリスは顔を見合わせてにっこりと笑った。そしてふたりは手を叩きながら声を揃えて言った。
「「やったー!」」
目の前に広がる鮮やかな虹と笑顔に包まれながら、メリアンはそっと祈る。
(この幸せが、ずっと続きますように……)
◇ ◇ ◇
冬晴れの気持ち良い日。美しい色とりどりのステンドグラスを通して太陽が優しく差し込む大聖堂で、カタルニア王国第二王子のフェルディナンドとシュトルツ公爵家令嬢メリアンの結婚式が挙げられていた。
合唱隊の天使のような歌声が響き渡り、参列者たちの心に響く美しい旋律が神聖な雰囲気を一層引き立てていた。
王都の中心に立つ大聖堂には、カタルニア王国の王族、国中の貴族、そして他国からの来賓など多くの人々が集まっていた。出席者たちは華やかな衣装に身を包み、お祝いの気持ちで溢れていた。
メリアンは純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
ドレスは繊細なレースで装飾され、手首まで伸びる長袖は気品を感じさせる。スカート部分はボリュームがあり、数層の柔らかな生地が重なり合って、歩くたびにふわりと揺れる。
顔を覆うベールから微かに透ける光は赤い髪に温かな輝きを添え、髪はエレガントなアップスタイルにまとめられ、ダイヤモンドで飾られたティアラがさらに華やかさを添えていた。そのティアラは今は亡きフェルディナンドの母の形見だ。
一方、フェルディナンドは、藍色と銀色を基調にした婚礼時の正装に身を包んでいる。
白いシャツは彼の整った顔立ちを引き立て、銀色の刺繍が華やかに施された禁色のジャケットは彼の権威を感じさせるものであった。
ルカもリリスも藍色の正装を纏い、共にメリアンのベールの後ろを持ち、小さな足取りでついていく姿が愛らしい。
バージンロードを歩むメリアンの姿を見つめるフェルディナンドは優しく微笑み、愛情に満ちた目で彼女を迎え入れた。
立会人であるハンネスのもとで、フェルディナンドとメリアンは手を取り合い、永遠の愛と忠誠を誓い合う。
「私、カタルニア王国第二王子フェルディナンドは、メリアン・シュトルツを愛し、支え、悲しみと喜びを共に分かち合うことを誓います」
「私、メリアン・シュトルツは、カタルニア王国第二王子フェルディナンドを愛し、励まし、悲しみと喜びを共に分かち合うことを誓います」
フェルディナンドはメリアンの目を見つめ、繋いだ手を優しく握りしめた。
メリアンも瞳を輝かせ、幸せそうな笑顔でフェルディナンドを見上げる。
会場の空気が一層神聖なものへと変わり、期待に満ちた静寂が訪れた。参列者たちも息を呑み、この瞬間を見守る姿勢になっている。
フェルディナンドはメリアンに近づくと、彼女の潤う瞳を深く見つめ両手でメリアンの頬を優しく撫でるように包み込んだ。
メリアンは緊張と期待に満ちたように彼を見つめ返す。
フェルディナンドはゆっくりと額を寄せ、リードするように彼女の唇に優しくキスを落とした。
永遠に、との誓いがこもったキスは、ふたりがこれまで歩んできた道のりや、これから共に家族として歩む未来への期待でいっぱいだった。
唇が触れ合った瞬間、会場にいた誰もがその美しい光景を目の当たりにして感動していた。
長いキスの後、お互いに見つめ合い照れ臭そうな笑顔を交わす。
会場はふたりを祝福する歓声と温かい拍手で溢れた。
その後、フェルディナンドとメリアンは、大聖堂から宮殿のボールルームへ向かうために、白馬に引かれた豪華な馬車に乗り込んだ。馬車は金色の装飾が施され、車輪や馬具も細かい彫刻が施されており、煌びやかな存在感を放っていた。
馬車が大聖堂を出発すると、沿道には多くの国民たちが集まっており、第二王子とメリアンを祝福する声が響く。
国民たちは花びらを投げ、ふたりに対する祝福の気持ちを表現していた。空には色とりどりのランタンが舞い上がり、幸せの象徴として青空を彩っていた。
宮殿の門をくぐり、広大な庭園を抜ける。
馬車はボールルームの前に停まり、フェルディナンドは自ら先に降りるとメリアンに優しく手を差し伸べた。
メリアンはフェルディナンドの手を握り、馬車から降り、ふたりはボールルームへと入った。
この国で一番大きなクリスタルのシャンデリアが輝くボールルームでは、楽団が美しい音楽を奏でており、床には絢爛な絨毯が敷かれ、壁には絵画や花の装飾が施されていた。
外国からの要人も多く多国籍の食事が並べられてる立食スタイル。フェルディナンドとメリアンが入場すると、招待客たちは彼らを温かい拍手で迎えた。
ふたりは感謝の気持ちを込めて丁寧なお辞儀をし、ダンスタイムが始まり、皆が華やかに舞い踊った。
あの日、この場所で、婚約破棄をされると思っていたメリアン。まさか同じ場所で結婚することになるなんて、思わなかった。
エレオノーラがそっと涙を拭いながらメリアンに近づいてきた。
「メリアン様、本当におめでとうございます。おふたりが幸せそうで、本当に嬉しく思います」
メリアンはそっとエレオノーラを抱きしめた。
かつてのメリアンはエレオノーラとフェルディナンドの関係を疑っていたこともあった。
実際には、エレオノーラとフェルディナンドの間に何の特別な関係もなかったことは後から分かったことだが、その時はフェルディナンドのメリアンに対する冷たい態度がさらに不安を煽った。
フェルディナンドの態度は彼の不器用さからきていたものだと今では理解できるが、余裕がなかった自分は随分エレオノーラに嫌がらせをしてきた。
あの頃の自分の気持ちや行動を思い返すと、恥ずかしさや罪悪感を覚えてしまう。
「あの頃は本当にごめんなさい」
「メリアン様、それはもう全く気にしないでください」
エレオノーラはしばらく黙ってから穏やかな声で続けた。メリアンは以前、この美声に憎いほど嫉妬していたが、今では他の者と同じように耳当たりが良いものとして感じられる。
「私もあの頃はまだ子供でしたし、メイドという立場でありながら、ハンネス王子に恋をしてしまって自分のことで精一杯でした。そんな中で素直にフェルディナンド王子に気持ちを伝えるあなたの姿に、ずっと勇気づけられていたのですよ」
本当にエレオノーラは優しい。そして先日ハンネス王子と同じ銀色の髪を持つ姫を産み、より一層輝いている。
メリアンはこうして接してくれるエレオノーラに対し姉のようにも思っている。
ふとメリアンは、前世の記憶がなければ、今の幸せを手にすることができたのかどうか、考えた。
フェルディナンドとエレオノーラが結ばれることのない未来で、そのまま彼とメリアンが結婚したとしたら、今のような関係は築けていたのだろうか。
もしかしたらお互いに素直になれず、傷つけ合うだけの夫婦になっていたかもしれない。前世の記憶があったからこそ、今のふたりがあるのだと実感している。
信じられないほどの経験と努力を経て、新たな人生を歩んできた。そして、その道のりで、メリアンはフェルディナンドと再び出会い、今の幸せと真実の愛を見つけることができた。
披露宴が終わり、フェルディナンドとメリアンはバルコニーに出た。今日は月が一段と輝き美しく見える。
メリアンは毛皮を羽織り、少し震えながらもその景色を楽しんでいた。
すると、フェルディナンドがそっと後ろから優しく抱きしめた。メリアンは目を閉じてその温もりに包まれる。
「寒くないか?」
フェルディナンドは静かに囁きながら、メリアンの腹部にそっと手を置いた。
「おとうさん、おかあさん!」
その声に振り返ると、モーリスとエリオットに連れられて、元気な双子が駆け寄ってきた。
ふたりはメリアンとフェルディナンドを挟んで立ち、嬉しそうに顔を見合わせている。
「リリスね、いもうとのおなまえを、かんがえたの! レイラがいいとおもうの!」
「ぜったいにおとこのこで、なまえはリチャルドだ!」
今、メリアンのお腹にはもうひとつの命が宿っている。
母として、そして新たに妻として生きることに期待と喜びに溢れている。ゲームのシナリオで悪役令嬢とされ、その運命に翻弄されてきた過去も、今では遠い思い出のように感じられる。
(全ては必然だったのかもしれない)
辛い時期もあったけれど、それがあったからこそ、今、メリアンは本当の愛と家族の温かさを手に入れた。
歩んできた道が、最終的に幸せへと導いてくれた。
まさにメリアンは、ハッピーエンドを迎えたヒロインになった。