きゅんらぶのキャラクター、ロベルト・ワイズ──通称「勤勉な彼」だ。

性格は、もちろん勤勉。自分に厳しく、そして他者にも厳しい。よって周囲への当たりも強い。毒舌……なのだろうか、とりあえず要はとても真面目で不器用な人柄だ。ちなみにミスティアが騒いだり声を荒げたときに、「貴族らしくない行いはやめないか」と注意をする数少ない人物でもある。

彼はミスティアの結末とは関係ない人物だ。だから、むしろ関係しないほうがいい。レイド・ノクターは現在弟狂い、エリクはご主人ごっこが抜けないという現状だ。こんな状態でロベルト・ワイズにうっかりなにかして、彼にまで悪影響を与えたらもうどうしようもなくなる。

というか、なんでロベルト・ワイズは駆け寄ってきたんだ。ゲームではミスティアのことを気に入らないと言っていたけれど、それは主人公への行いに対してだ。私は今、ただ地面を見たり用務員さんと目が合ったりしただけ。彼に咎められるようなことはなに一つしていない。

おそるおそる様子を伺っていると、彼は「ああ、すまない」と咳ばらいをした。

「俺の名前は、ロベルト・ワイズ。君と同じく今年からこの学園に入学する者だ」

「ミスティア・アーレンと申します。よろしくお願いいたします。……あの、本当に申し訳ないのですが、前にどこかで……」

彼のテンションは完全に私を知っているような口ぶりだった。もしかしたら私が忘れていただけで、前にどこかで会っているのかもしれない。しかし彼は私の言葉に首を横に振った。

「いや、会ったことはない。ただ君の評判は聞いていた。医療に関心がある令嬢と聞いて、話をしてみたかったんだ。だからこうして同じ学園に入学できて嬉しい。誇りに思う」

医療に……関心。たしかに私の家は医療分野に関わっている家だけれど、特に私は医者になりたい、薬の研究がしたいと言った覚えはない。しかしこうして疑問を感じている間にも彼は嬉しそうに言葉を続け、笑っていた。

かといって、下手に追及をして関わるのも恐ろしい。控えめに相槌をうっていると、彼は「突然こんなこと言われても困らせてしまうな……、すまない」と申し訳なさそうにし始める。

「いえ、お気になさらないでください」

「ありがとう。では俺は失礼する。今年からよろしく」

ロベルト・ワイズは爽やかに去っていった。なんだろう。通り雨のように急にやってきていなくなっていったような。なんで彼は私の評判を知っているんだ。というか私の評判ってなんだ。他人の屋敷で暴れたとか、そういう評判ではなさそうなのが救いだけど……。

首を傾げつつも講堂へ向かおうとすると、不意に右の小指から人差し指にかけてを後ろから掴まれた。振り返るとレイド・ノクターが私の指を掴み、こちらをじっと見据えていた。

「おはようミスティア」

「おはようございます……」

なんで、私は指を彼に掴まれているんだ? 返事をしても、指を離される気配はまるでない。立ち止まる私たちを周りは不思議そうに見て歩いている。もう一度離してもらおうと指を動かしても、離される気配はやっぱりない。抵抗を続けていると、彼はぽつりと呟いた。

「今日」

「今日?」

「うん。今日、ミスティアを迎えに行ったんだけど、屋敷にいなかったね」

彼の言葉を聞いて、顔が引きつった。たしかに今日私は万が一にでも道中ノクター家の馬車と相見あいまみえないよう、予定時刻から相当早い時間に屋敷を出た。間違いなく彼はそれについて言っている。周りを見るとすでに皆説明会の会場に向かったらしく、廊下には私たちしかいない。

「いや、まぁ寄るところが、あって……」

「僕は今日、ミスティアと一緒に行きたいと思っていたんだけれど、ミスティアはどこに寄っていたの? どんな用事があったの?」

レイド・ノクターから発される重力が苦しい。酸素濃度も薄い。そのせいか脳がうまく働かず言い訳が思いつかない。視線を逸らすわけにもいかず、「あの」「えっと」を繰り返していると、ふわりとなにかが首に巻きついた。

「そんなの、ご主人がお前と一緒にいたくないから、時間を早めたってことでしょ?」

エリクが、私の首に巻きつくようにしてこちらを抱えていた。いや私におぶさろうとしているのか……?

「突然後ろから抱きつくのは危険です」

エリクの腕を外そうとしても、彼は無邪気に「ぎゅーっ」と言うばかりで離そうとしない。すぐにレイド・ノクターが冷ややかな瞳をこちらに向けてきた。

「ハイム先輩、本日は入学者説明会です。ほかの学年は立ち入り禁止のはずでは?」

「はは、今日はご主人に会いに来たから、関係ないし」

いやエリクの理論無理がありすぎる。というかエリクもレイド・ノクターも、入学者説明会の時間が刻々と迫っていることを忘れているのではないだろうか。時計を見ると、すでに説明会開始時刻まで五分を切っていた。

もうそろそろ行かないと本当にまずい。

「あの、入学者説明会に、行きたいのですが」

「じゃあ僕が運んであげる!」

エリクが私の首から腕を離して、今度はレイド・ノクターに掴まれていない方の手を取った。そのままエリクが講堂へ向かおうとすると、ぴんと私の腕がはる。レイド・ノクターが私のもう片方の手をしっかりと握っていた。

「うわ」

「ハイム先輩は帰ってください。入学者説明会は入学者のみの参加が認められています。なので彼女は僕が連れていきます」

レイド・ノクターは私の腕を引く。しかし反対側からエリクがさらに引っ張った。まずい。本当にまずい。

「あの、二人とも離してください、本当に時間が危ないので」

二人に言っても、両者睨み合うばかりでらちが明かない。私に力があれば振りほどけるのに、もはや両腕をはりつけにされているレベルでどうにもならない。

窓に目を向ければ、レイド・ノクターとエリクに腕を引かれる私がいた。客観的に見れば取り合われているようにも見える。

「ほら、ハイム先輩。ミスティアを離してください」

「お前しつこい! だからご主人にも嫌われるんだ。愛してるのにちゃんと優しくしないし、えらそうにしてさ。自分は王様かなにかだと思ってるの?」

私が愛されてる……? なぜ? いや、そんなことあり得ないし、こんなところで立ち往生してる場合じゃない。説明会が始まってしまう。

冷や汗を流していると「なにしてる」と地を這うように低い声が響いた。

「先生」

ジェシー先生がこちらに駆け寄り、レイド・ノクターとエリクを睨んだ。レイド・ノクターは先生を一べつしてからぱっと腕を離す。エリクは掴んだままだったけれど、先生の「ハイム」という声かけに、大きくため息を吐き私の手を放した。久しぶりに私の腕が帰ってきた。

「お前ら自分の力わかってんのか、こいつの骨が折れたらどうすんだ。責任とれんのか。なんでこんなことするんだ。危ないだろ」

「とれます。結婚するので」

エリクがしれっとした顔で答えた。その答えにレイド・ノクターは殺気立つような瞳を向ける。先生は「とにかく」とその空気を変えるように二人を見た。

「入学者説明会が始まる。さっさと行け。説教はその後だ」

「……はい」

「はーい」

レイド・ノクターはすべての感情をそぎ落としたような返事をした。一方のエリクは間延びしたような返事をして、そのまま講堂へと向かおうとする。しかしそれを先生が止めた。

「ハイムは校舎から出ろ、ほかの学年は入校禁止だって説明があっただろ。そしてノクター、講堂に向かう途中にさっきのような乱暴なふるまいはするなよ」

ジェシー先生はそう言って、無理やりエリクの肩を押さえる。レイド・ノクターは先生に見えないよう少し笑って私に顔を向けた。

「じゃあ行こうか、ミスティア。二人で」

「は、はい」

レイド・ノクターは笑っている。笑顔が怖い。なんだこの状況は。ゲームでの彼は人の腕を綱引きにするような人格ではなかった。それに弟に狂ってもいない。

「いってらっしゃいご主人!」

そしてエリクは、ミスティアにご主人呼びする人格でもない。というかそもそもロベルト・ワイズだってミスティアが嫌いなはずだ。この場でまともな人は──ジェシー先生しかいない。先生だけが希望の光だ。

私は現在の自分を取り巻く環境に強い違和感を抱き、そして一か月後始まるゲームシナリオに多大なる不安を覚えながら、長く続く廊下を歩いていた。