続録 入学者説明会
春の訪れを感じさせる風が、僅かに開かれた窓から白い花びらと共に入ってくる。きゅんらぶの世界の桜の花は、基本的に一か月間満開の状況を保つ。思えばゲーム開始直後の入学式の時も桜は咲いていたし、ゲーム終了、三年生の卒業式がある時期にも咲いていた。
爽やかな空気を大きく吸い込んでから顔を上げ、私は自室の鏡台を見つめる。
黒いウェーブがかったロングヘア、血のように赤い瞳。
まごうことなきゲームのミスティア、もとい十五歳の私である。当然だけれど、十歳の時から一歳ずつ歳を重ねてきた。そして加齢とともに、私は成長するわけで。その成長はどんどんゲームのミスティアに近づき、入学式まで一か月と迫った今日、私の見た目は完全にミスティア、ミスティア完全体と化した。
入学式一か月前である今日は入学者説明会だ。ゲームが開始されるのは一か月後であるものの、危機感はもっておかなければいけない。今日の入学者説明会の会場は、攻略対象が集うきゅんらぶの舞台、貴族学園なのだ。
前世……、現代的に言えば高校に値するその場所は、貴族が集うといえども仕組みや在り方は基本的に現代日本の高校に準拠しており、授業内容も同一。委員会、部活動など生徒組織の他、文化祭などの行事もしっかりあり、本当に高校である。たしか購買も学食もあった。予算は国立といえど在校生の保護者の寄付金で賄われており、国が関与している私立という位置づけが正しいかもしれない。
ちなみに校訓は、「自立」だ。貴族といえど自分のことは自分でできるようにということらしい。たしか「校訓だから仕方がない」という行事系のイベントが多かった気がする。ちなみに、「自立」を促すため、生徒に仕える使用人は出入り禁止だ。
制服は黒のブレザーに、指定のシャツ、リボン、ベスト、スカートだ。入学者説明会に向かうにあたり着用して思ったけれど、現代的デザインだと思う。ほかにもジャンパースカートやボレロもあるらしい。さすが中世のいいところだけをとって、複雑なところは曖昧化したり現代化した世界観である。
「ミスティア様、お時間です」
さっきからずっと傍にいてくれたメロが、そっと私の手に触れる。そのたしかな温度を感じながら、私は運命に逆らう決意を新たにまっすぐ前を見据えたのだった。
「入学者説明会の会場は、こちらになります!」
特に何事もなく屋敷を出て貴族学園に辿り着いた私は、校舎までの道のりに点々と立ち並ぶ職員さんの指示に従って説明会の会場──貴族学園の講堂へと向かっていた。周りには桜の木々が立ち並び、その間を縫うように多様な花のポットが置かれている。桜に囲まれた通りを、私と同じ真新しい制服を着た生徒たちは緊張した面持ちで歩き、もう目の前には、これから先三年間通う大きな校舎がそびえ立っていた。
……本当に、広い。
貴族からの莫大な学費と寄付金、国立ということで国からの補助金により建てられたこの学園は、予算規模と比例するように広く、平屋でも十分な広さであるにもかかわらず五階建てだ。さらにここ本校舎の向かいには別棟があり、美術室や図書室、家庭科室や生物室などの教室はそこにある。
各階には校舎と別棟を繋ぐ渡り廊下があり、良い意味で城、悪い意味で魔境だ。膨大な教室の数、長すぎる廊下はラスボスのいるダンジョン、もしくは制作時のミスで起きたバグにより到達できる裏技のステージといっても過言ではない。
教職員の指示に従い校舎内に入っていくと、やはり室内はゲームで見たままであった。私は講堂の場所どころか基本的な教室の位置はゲームで知っているため迷わないけれど、ゲームをプレイしていなければ確実に迷っている。屋敷に帰ることも叶わず、冷たくなった状態で後日発見されていただろう。
一階の廊下を歩きながら、とりあえず明らかにとんでもない方向に向かっている人たちに、「あっちみたいですよ」と正規ルートを教えながら進んでいく。今回は校舎のお披露目という意味合いもあるのか、ほかの学年はお休みのはずなのに教室もところどころ開かれ、見学できるようになっていた。
教室の中は、現代のものとなんら変わりない。しかし窓の外から見える中庭は、学園の正門から校舎までの道のりとも異なった種類の花々が並び、噴水が絵を描くように水を噴出していた。予算の規模が明らかにおかしい建築物たちに圧倒されていると、ふと噴水の周りをぐるりと囲うようにして台車を運ぶ人影が視界に入る。
紺色のふわふわとした髪を靡かせ歩くその人は、きっと用務員さんだろう。制服も用務員さんっぽい。じっと見つめていると、目が合ってしまったらしく用務員さんはこちらを見た。会釈してから、視線を前に向ける。
それにしても結構歩いているはずなのにまだ着かない。本当にこの廊下は長い。ゲームで主人公は一瞬の暗転で進んでいたけれど、あの脚力はなんなんだろう。でもまぁ、ゲームで長々と廊下を進まれても困るし、カットされただけか。
そんな移動がカットされがちな主人公はといえば、この説明会は欠席である。なぜならそういうストーリーだからだ。入学者説明会の日、主人公は制服を用意され貴族学園への入学を伝えられる。よって今まさに主人公は貴族学園行きを伝えられているということだ。
この場に主人公がいないことは安心だ。そして一か月後、私は安心できない学園生活を送り始める。辛い。
先の将来に対して臓器の痛みを感じていると、後ろからなにかが駆け寄る音がした。
「ミスティア・アーレン嬢!」
振り返ると、男子生徒が──、いや、会いたくない人物が駆け寄ってきた。さらさらな栗色の髪、知的で少し冷たさも感じさせるような濃紫の目。その瞳を囲う細めの眼鏡……。