プロローグ・バースデイ
今日は私、ミスティア・アーレンの十一歳の誕生日だ。
つまるところ前世を思い出して一年。状況はなにも変わっていないどころか日々悪化の一途を辿っている中、私は十一歳になった。
十歳から十一歳になって、魔力が突然芽生えただとか、特殊能力が発現したなどの変化はない。ここはきゅんらぶの世界。魔法や特殊能力は存在しない。なにかしら戦いがあるとしたら、血で血を洗うドロドロの修羅場だけだ。
そしてそのドロドロ要因の一端どころかすべてを担っている私は、十一歳になったことで悪のカリスマが開花することもなかった。中身はド平凡なまま、五年に迫っていた貴族学園入学が四年になっただけだ。
思い返せば一年前の今日、前世の記憶を思い出し、自分がミスティア・アーレンとして二度目の生を受けたことを知った。それから春に婚約者であるレイド・ノクターと出会い、彼の母が死ぬストーリーを変え、夏にエリク・ハイムと出会い、彼の家庭教師初恋イベントを破壊し、彼の性癖を変えてしまった。秋に乗馬を教わったジェイ・シーク──ジェシー先生は特になにもない。
そして春がごくわずかに見えてきた現在、レイド・ノクターと夕食を共にしたり、エリクに勉強を教えたり、ジェシー先生に乗馬を教わっている。
問題は山積みだ。婚約は解消できていないし、エリクはいまだ一歳年下の人間に対してご主人などと呼ぶ。
変わったことがあるとするならば、レイド・ノクターに弟が産まれたことだろうか。今から三週間ほど前、ノクター夫人は元気な男の子を出産した。名前はザルドくん。ザルド・ノクターくんだ。母子ともに健康で、出産に立ち会ったノクター伯爵は安堵により失神したらしい。レイド・ノクターとは夕食を二週に一度共にしているけれど、母子の健康状態を見るにそれも半年で終わるだろう。
大きく伸びをして、寝返りをうつ。夜も更け、もうベッドに入っているから後は眠るだけだ。けれどなんの気なしに目を開けてみる。ベッドの隣には、月明かりに照らされ、今日の誕生日パーティーでもらったプレゼントが並べられている。ここ最近、新しく門番として屋敷に勤め始めたトーマスから貰った十二指腸ぬいぐるみは、ほかのプレゼントに巻き付くように置かれている。トーマスは幼いころから孤児院で過ごしていて、慰問に行く度に「僕、いずれ御嬢様の御屋敷で働くから待っててね!」と言っていたけれどまさか本当に働くとは思っていなかった。昔を懐かしみながら今日皆に貰ったプレゼントを、一つずつ眺めていく。
十歳の誕生日が盛大に行われたため、十一歳の誕生日くらいは落ち着いたものになるだろうという私の予想に反して、父が誕生日パーティーの会場に指定しようとしていたのは船だった。
父はプレゼントとパーティーの会場を船にしようとしていたのだ。
プレゼントと会場を一緒にする。なんて合理的なんだろうと呑気に受け入れられるはずもなく。私はただただやめてほしいと父に懇願した。
説得する私。泣く父。祝われる側と祝う側のさぞかし狂った光景だっただろう。母はどちらかといえば父側の人間で「船よ? いいのミスティア? ボートじゃないのよ?」などと言っていた。
両親の気持ちはわかる。私を愛してくれているということも。愛する人の誕生日は盛大に祝いたいというのは、私も両親に対して同じ思いだ。でもその気持ちは派手で、煌びやかで、豪華絢爛なパーティーを開かなくても充分伝わっている。
私が屋敷にエリク──友人を連れてきたことに対し、裏で泣いて喜んでいたし、乗馬練習がしたいと私が自分の意思や希望を伝えることに対してはしゃぐ様子も私はすべて知っている。
だから顔を涙で濡らす父に、誕生日だから家族と屋敷の皆だけで祝いたいと何度も要求したのだ。
そうして父は折れ私の要望どおり十一歳の誕生日パーティーの会場はアーレン家の屋敷で、参加者は家族、メロ、そして使用人の皆だけのパーティーに決定した。ちなみに大規模すぎるプレゼント予算も十分の一の金額に縮小してもらった。
大々的に招待状を各方面に送った昨年と異なり、今年は内密に行われ、アーレン家以外の人間には今日のパーティーについてほとんど知られていない。世間話程度に私が話したジェシー先生くらいしかこの件について知らない。まるで危険な取引でも行われていたかのようだけど、実際は立食パーティー。ドレスコードもなく無礼講。普段屋敷で働いてくれる皆の慰労会も兼ねた。
そうして十一歳の誕生日パーティーは、ほのぼのと始まりほのぼのと終わった。
華やかさも豪華さも昨年とは異なっているけれど、屋敷の皆が美味しそうに食事をしている姿や、楽しそうに過ごす姿はなによりのお祝いであり贈り物だ。
大好きな両親、大好きなメロ、大好きな皆が楽しそうにしている。私の十一歳を、ただ生きていただけで経過した一年を喜んでくれる。中身がド平凡の私は、ずっとこうしたパーティーがいいと思った。
だからか、十一歳の誕生日の夜は想像よりずっと穏やかな気持ちだ。去年は前世の不安感でいっぱいで、半ば不安を殺すように眠ったけれど、今は皆を守るぞ、頑張るぞという強い気持ちのまま眠れる。
また明日から、頑張ろう。
私は昨年よりも穏やかな気持ちで瞳を閉じ、睡魔に身を任せたのだった。