棺が開くとき

ハイム家のお茶会を終えた次の日。私はまたハイム家の屋敷に来た。

昨日、お茶会の会場に戻った時、母はこっそり私に、「意図的にはぐれるときは、ちゃんとお母さんに言ってからにしなさいね」と耳打ちしてきた。娘の放浪癖に理解がある。ありがたい。

ハイム家についてのことは母にも話をしたから、今日は我儘もなく正しい手順で屋敷に来た。

エリーの部屋の前に立ち、ノックをするために扉に手を伸ばす。夫人は、「私が傍にいると駄目かもしれない」と広間で待機中だ。

「え」

しかし、あると思った扉の感触はなく、代わりに温もりを感じた。閉じていたはずの扉は開き、そこから伸びてきている手が、私の手首を掴んでいる。

「エリー?」

声をかけた瞬間、勢いよく部屋の中へと引っ張り込まれた。勢いがついたまま床に着地をしても、不思議と痛みは感じない。私の着地したところにはクッションが敷き詰められていて、衝撃はすべてクッションに吸収されたようだ。

周りを見渡すとクッションが敷き詰められているのは私が着地している場所のみで、昨日はなかったことから考えると、私を引きずり込む前提で敷き詰めたのだろう。起き上がると目の前にエリーが立っていた。彼女は今日も布を被っていて、下から覗いてもその素顔は見えない。

「えーっと、クッションの配慮ありがとう」

「そのままだと怪我するから」

エリーはそっけない返事をした。こんなに早く部屋に入れてもらえるとは思わなかった。今日は帰ってと怒鳴られるか、無視を想定していたから、拒絶される前提でのシミュレーションしかしていない。彼女は被っている布を揺らして、私を頭の先からつまさきまで確認するように頭を動かした。

「お母さんに言われて来たの?」

まるでおつかいで来た子供に対する店主の物言いだ。しかしその声色は子供に対する慈愛ではなく、不信感を滲ませている。完全に疑われている。でもこれは仕方がないことだ。私は実際ハイム夫人に頼まれているのだから。

「また来てとは言われたよ」

「やっぱり」

「でも今日私がここに来たのは、昨日お別れもしていなくて、なにか中途半端だったからっていうのが理由だよ」

「ほんとうにそれだけ?」

エリーは疑いの心を隠さずに問いかけてきた。彼女が安心できるよう、私は力強く頷く。

「うん。別に部屋から出てとか頼まないし、説得とか始めたりしないからそこは安心して。理由とかも聞かないし」

人が部屋に籠るには、さまざまな理由や事情が存在する。たとえば「外が怖い」という恐怖心は、外で人そのものに会うことが怖い、特定の人間に会うことが怖い、部屋から出ること自体怖いとさまざまだ。それに「理由がない」という理由もある。一日二日でどうにかなる問題ではない。

夫人には部屋に籠る理由を尋ねてほしいと頼まれているけれど、エリーが自分から話をするまで私は彼女に理由を聞くことはない。それに、彼女の両親こそが脅威であり、私にした話はすべて作り話で、実は彼女を部屋に閉じ込めている可能性も考えられる。その場合は父と母に相談する必要があり、今は様子を見て、慎重な判断をすることが大切だ。

エリーはしばらく考え込んだ後、私に座るように促した。

「じゃあ、エリーと遊んでよ。遊びはそっちが決めていいから」

その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。

遊びについて、私は詳しくない。以前、レイド・ノクターとチェスをした。しかし思い返せばそれ以降、こうして同世代と遊んだ記憶がない。小さいころはメロ……、メロと、魔王の話を読み聞かせしあったり、泥遊びをした気がするけれどほかの楽しい遊びはわからない。無難なのはかくれんぼ……この部屋でかくれんぼをするには無理がある。ベッドとクローゼットの二択しかない。

「なにも思いつかない、どうしよう。ごめん」

「えっ?」

なにも思い浮かばない。正直に話をすると、エリーは驚いた。顔は相変わらず布で覆われており表情はさっぱりわからないものの声はたしかにエリーのものだった。

「……じゃあ、着せ替え人形で遊ぶ?」

彼女はこちらを気遣いながら箱をベッドの下から取り出す。中には紙人形が入っていて、女の子や男の子の人形に、紙でできた服などもあった。

これは知っている。妹が小さいころによく遊んでいたやつだ。人形に服を着せ替えて遊ぶもの。この世界にもあったのか。

「うん、遊ぶ」

これならやり方はわかるし、勝ち負けはないし、安心だ。安心安全な遊び。私の返事にエリーは頷いて、床に人形と服を並べ始めた。王子様っぽい男の子、お姫様っぽい女の子、初期アバターみたいな男女、おばあさん、おじいさん、おじいさん、おじいさん、おじいさんと、バリエーションが豊かなのか偏っているのかわからないラインナップだ。

「エリーはおじいさんを揃えているの?」

「え、違うよ。これは小人だからほかより多いんだよ」

なるほど、小人がたくさんいて、お姫様と王子様がいるということは、白雪姫モチーフの着せ替え人形なのだろうか。妹が持っていたのはいかにも現代! というシリーズだった。世界が違うとこうも違うのか。

「出来たら、見せ合いっこしよう」

「うん」

エリーはお姫様っぽい女の子の人形を手に取った。私もそれに続くべく、並べられた人形に目を向ける。とりあえず視界に入った狼を手に取り、小人が持っていた量産型の剣、帽子を装備させ、屋台などで横柄に振る舞うタイプの獣人兵士を完成させた。するとエリーは私の手元を覗き込むように近づいてくる。

「それなあに? 強いおおかみ?」

なんて答えよう。これはRPGの物語中盤に出てくる獣人の兵士で、国を守っているからって調子に乗り街の人に横柄な態度をとって、後に主人公に成敗される兵士なんだよ! なんて答えられるはずがない。

苦し紛れに「街を守る兵士……」と答えると彼女は納得したのか、興味を一気に失ったのかわからない声色で「ふーん」と返事をした。圧迫面接のように、「どうして作ったのですか?」「その意味は」「作ることでなにに貢献できるとお考えでしょうか?」「利益は」とか言われなくてよかった。胸をなでおろしていると、エリーがなにかを差し出してきた。

「じゃあこれはその仲間」

差し出されたのは小人の帽子と、量産型の剣を持った男の子人形だ。どうやら無関心ではなかったらしい。

合わせてくれたのか。嬉しい。

私は初期アバター感のある女の子を手に取り、ワンピースの上からエプロンを被せた。この子は兵士に絡まれる屋台の看板娘だ。

「じゃあこの子は兵士がよく行く屋台の子」

「なにそれ」

ふふふ、とエリーが笑う。声でしか判断できないけれどたしかに彼女は笑っているはずだ。

「じゃあエリーはなにを作ろうかなあ」

「謎の人物とかどう?」

「えー、怪しそう」

「そうだよ、怪しいんだよ。すっごい怪しいんだけど強いんだよ」

人形を着せ替えつつ、エリーと話す。徐々にRPG風のキャラが揃い、だんだん合いそうな服がなくなると、エリーが画用紙と絵具セットを取り出してきた。服を描き、色を塗る。乾いている間にまたキャラを作り、絵が乾いたら切り取る。

そうして人形を作り出していると、カーテンの隙間から漏れている光にオレンジ色が滲みだしたことに気がついた。おそらくこの部屋に訪れて数時間が経過したのだろう。エリーは絵筆を紙の上に置き、ぐっと伸びをした。

「ふあ、疲れた」

器用なのか被っている布が大きいからなのか、相変わらず表情は見えない。

「これだけ人がいるなら、街作っちゃうのもいいかもしれないね」

一番初めに作った兵士の服を眺めながら呟く。床にはエリーと今日作った人形がたくさん並んでいた。四十人、いや五十人以上はいるかもしれない。ここまでくるとキャラだけではなく屋台、城なども欲しくなってしまう。ゲーマーの性だろうか。

「じゃあさ、明日もお屋敷に来てくれる?」

「え」

「作ろうよ、街」

エリーは「お願い」と昨日とは異なり、伺うような声色で私の手に触れた。その触り方は腕をぎりぎり締めつける暴力的なものではなく、優しく、手繰り寄せるような触れ方だ。

「いいよ。完成まで頑張ろう」

私はエリーの言葉に頷く。布に隠れて表情は見えないけれど、彼女の表情は笑っているような気がした。