令嬢の侍女

メロと手を繋ぎながら、街に並ぶ店を眺めて歩いていく。カフェやレストランのテラス席では貴族たちがお茶を飲み、道では従者がラッピングされた箱や袋を抱えていたり、馬車に荷物をこれでもかと詰め込んでいた。

先ほどまで、私もメロと御者のソルさんと一緒に、買った荷物を馬車へ詰め込んでいた。使用人の皆へお土産を買うということは、約四十人分のお土産を買うということだ。掃除婦長のリザーさん含む掃除婦の皆には保湿効果の高い香油を、さらに門番のブラムさんは新しいバイオリンを欲しがっていたことを思い出し、専属医のランズデー先生の好きな画家の絵も発見して、執事長のスティーブさんが好きな本も見つけた。そうしていろいろ使用人のみんなに物を買い、あの人に追加で買ったからこの人にもと探すうちに荷物は増え、持ち帰る量が膨大になってしまったのだ。

そして荷物を馬車に詰め込み、私はまたメロと買い物を再開した。二人でソルさん用のお土産も買い、ただただ街を歩いている。

街並みをぼーっと見ながら歩くことについて、楽しいとは思わない。けれど今はメロと手を繋ぎ話をしながら歩いているからか、とても楽しい。

「なんか、こうしてメロと歩いてるだけで楽しいなぁ」

「私も、ミスティア様の手を繋ぎ、こうして歩いているだけでとても満ち足りた気持ちになります」

メロは私の手をぎゅっと握る。ただ二人でなんとなく微笑みあうだけで心が満たされる。でも、きちんと前を向いていなければ彼女まで巻き添えにして転んでしまう。視線をしっかりと前へ向けると、通り沿いに見知った姿が見えた。

「レイド様がいる」

車道を挟んだ向かい側の通りに、レイド・ノクターが立っている。護衛を伴っている彼はこちらを見て驚いた顔をしていた。

「あの方はミスティア様の婚約者様の」

「そう、まだ婚約が続いてる……」

メロと言葉を交わしている間にも、レイド・ノクターはどんどんこちらに近づいてくる。やがて彼は車道の横断が許されたタイミングを待って、こちらにやってきた。

「こんにちは、久しぶりだねミスティア嬢」

「ええ……お久しぶりです。レイド様。お元気そうでなによりです」

笑みがひきつったりしないように気をつけて礼をすると、彼は私の隣にいるメロを見て、首を傾げた。

「ミスティア嬢、護衛はどうしたの? もしかしてはぐれてしまった?」

「いえ、彼女が私の護衛です」

私は、メロを紹介した。投獄死罪になった際、「そういえば腹心の侍女がいたな」なんて巻き込みたくないから名前だけは伏せておこう。

「そうなの? 君と同じ年くらいだけど……」

たしかに今レイド・ノクターが連れている護衛は、どこからどう見ても成人だ。だいたい三十代くらいに見える。

一方のメロは私と同世代。彼が不思議がるのも無理はない。私の専属侍女は護衛としても優秀なんです。特別な存在で天使なんです。と答えられればいいけど、そうなると彼の護衛に対して角が立つ。「大丈夫です」と手短に答えると、彼は少し考え込むようなそぶりを見せた。

「もし良かったらだけど、僕も同行しようか?」

は?

そのまま聞き返しそうになってしまった言葉を、慌てて呑み込む。おそらくレイド・ノクターは今、メロの護衛能力に不安を感じ、善意で申し出ているのだろう。でも、悪いけれどその善意は受け取れない。彼と関わりたくない。友好的関係を築けたとしても、入学後主人公が現れた時、非常に困るからだ。私が彼に好意があると周囲に思われ、私が嫉妬している……なんて噂が立てば、投獄死罪の布石になりかねない。神経質になりすぎている自覚はあるけれど、今のうちからそれとなく距離を取っておくべきだ。私は滅びの道を辿りたくない。

「大丈夫です。今から帰るので。お気持ちは……ありがとうございます」

「ううん。もう帰るならいいけど……」

私の言葉にレイド・ノクターは頷いた。「じゃあ、またね」と言って去っていく。その背中を見送ってから、いつの間にか離れていたメロの手を取った。

「ミスティア様?」

「大丈夫……」

メロに心配をかけないようごまかしながら歩き出す。彼女は始め私の後を追うようだったけれど、すぐに私の隣に並んだ。大通りを外れるように曲がり、レイド・ノクターのいた通りから逸れていく。そうして入った裏通りには、小さな店がいくつも並んでいた。アンティークのお店や手作りの人形など、装飾品や衣類、食品をメインとした大通りとはがらりと雰囲気が異なっている。

「こっちはずいぶん落ち着いてる雰囲気だね」

「大通りの配色は白、金、赤、青、緑といった様相でしたが、どうにもこの付近は黒と茶の比率が多いように見受けられます」

「たしかに」

冷静に色合いを分析するメロに感心しながら進んでいくと、ふいに大きなショーウィンドーが目に留まった。いくつもの写真立てが規則正しく並べられている。

足を止めるとつられるようにメロも足を止めた。

この店に、入ってみたい。

メロに声をかけると、彼女は店へと足を向けた。二人で厚くつやめく木の扉を開いて、中へと入っていく。店内は少し薄暗く、棚やカウンターをすべて木で作り上げた温かみのある雰囲気だ。店の中央には、棺のような硝子がらすのケースが置かれ、ショーウィンドーで見た写真立てが並べられている。

初めて入る店だけど、どことなく落ち着く。壁沿いには雑貨が並べられていて、一点物が多い印象を受けた。一つひとつ品物を眺めてからメロの方を向くと、彼女は硝子ケースに手をあて、ある写真立てをじっと見つめていた。

その写真立ては黒百合と銀の彫刻があしらわれたもので、ところどころに赤い宝石がはめ込まれている。

彼女は、この写真立てを気に入ったのかもしれない。

「メロ、ちょっとあっちの……なんだろう。壁に掛かってる……、あの川の絵が描かれた布の値段見てきてくれない?」

「……? かしこまりました」

さりげなく写真立てからメロを遠ざける。一瞬、彼女の傍を離れない約束を破ったと見なされるのではと不安になったものの、彼女はすぐにタペストリーの方へと近づいていった。その姿を見届けてから、彼女の見ていた商品を買いに会計のカウンターへと向かう。

「ああ、ミスティア・アーレン様! 勇敢なアーレン家の御嬢様とお会いできる日が来るとは」

店主の口から突然言われた言葉に違和感を覚えた。けれどメロが帰ってくるまでに会計を済ませたい。ここはスルーだ。

「あの、そこの品物を購入したいのですが」

「かしこまりました」

店主は手袋をはめ、硝子のケースへと向かっていく。メロが帰ってこないか気にしつつ、写真立てが包まれていく様子を見ていると、店員さんが会計している横から箱を取り出してきた。

「こちらの写真立てもいかがですか? ついになっているものでして」

「……買います。袋は別でお願いします。あとこちらは贈るものではなくて自分用なので、包みは簡単にお願いします」

店主は私の言葉に口角を上げ、追加の写真立てを包み始める。商売が上手すぎる。でもこれでメロとお揃いだ。私は満足しつつ、店主が包み終えるのが先か彼女が戻ってくるのが先かと二人の挙動を注視していた。


大通りより人の少ない裏通りを、メロと共に歩いていく。

あれから写真立ては彼女に気づかれずに購入することができた。なんの気なしに聞いたタペストリーは、途方もない金額だった。どうやら宝石がついて、さらにもう描かれていない絵柄だかららしい。元はよくある柄だったものの、今から十年ほど前にがらりとデザインが新しいものに変わったそうで、昔の柄は描かれないから価値が上がったそうだ。

ということで買い物も終わり帰ろうかという話になったけれど、結局今日買った品物は量が多く馬車の中はいっぱいいっぱいで、私とメロは途中まで歩いて帰ることにした。

あらかじめ道を決め、先に屋敷に到着し、また戻ってきた馬車に乗せてもらう作戦だ。

買ったものはすべて私の部屋に運んでもらい、後でメッセージと共に季節外れのサンタクロースをする。

完璧な計画だ。メロ、喜んでくれるといいな。一緒に写真も撮りたいし。前世時代写真は誰でも簡単に撮っていたけれど、この世界で写真が出始めたのは本当にここ最近だ。先ほどの写真立てはおそらくこれからの需要を見越してのことだろう。

メロの手を握りながら歩いていくと、ちょうど通りの一角に小さな公園を見つけた。当然のことながら遊具はなく、真ん中に設置された花壇をベンチで囲った公園だ。おそらくカフェに入るほどでもないときに利用する、憩いの場なのだろう。けれど利用者は、数メートル先の井戸で足を洗っている青年だけだ。

彼に目を向けると、その足はざっくりと切れているのが離れた距離からでもわかった。付着した血は洗っても洗っても拭える気配がない。

段取りが、よくない気がする。

多めに水をんで洗い流し、一気に止血してしまえばいいのに。さっと水を汲んでかけて血が出て、さっと水を汲んでかけて血が出てを繰り返している。その行動を注意深く観察すると、無理もなかった。彼の腕は赤く腫れており、多めに水を汲むことができないのだ。

「あのさ、メロ」

「……なりません」

「でも怪我してる」

「……手当てが終わり次第、私は御嬢様をお運びしますからね」

メロは「なにかあれば怪我人であろうと制圧します」と付け足した。その言葉に頷いて、私は青年のもとへと向かう。

「大丈夫ですか?」

声をかけると、彼は「えっ」と狼狽うろたえたような声を発した。逆光で顔はよく見えないが、その顔も驚いているに違いない。完全に失念していた。傍から見れば今の状況は自分より年が離れている子供に大丈夫かと声をかけられる地獄の図だ。

でも今は怪我の処置が先決。現代の医療技術ならまだしも感染症にでもなれば、最近写真が出てきたような世界では切断の可能性すらある。

多めに水を汲み、驚いて固まる青年の足を洗う。自前のハンカチで拭いつつ、素人の手当てを施した。

「これでよし」

言ったと同時にメロが私の服の裾を引っ張った。撤収の合図だ。

「素人の応急処置でしかないので、絶対にこの後医者に見てもらってください。お願いします」

青年に言うだけ言って、その場を後にする。メロは私の手を取って、一刻も早くその場から立ち去りたい気持ちを隠さずにぐいぐいと引っ張った。

「メロ、ちょっと足が速くない?」

「この先の事象は予見できます。捨て犬ならまだしも、御嬢様はすぐに人間を拾います。可能性の芽は迅速に潰します」

「いや人間は拾えないよ」

「そうです。それなのに御嬢様は人間を拾います。ですからこうして繋ぎとめておかなければなりません」

「はは……そうだね」

メロの様子がなんだか嬉しくて笑っていると、彼女は「私は怒っているのですよ」とこちらを睨み、すぐに視線を私の後ろに向けた。

「ミスティア嬢」

聞き覚えのある声が背後からかけられた。振り向くと私たちの少し後ろにレイド・ノクターと彼の護衛が立っている。メロは私の耳にそっと顔を近づけてきた。

「実は、先ほどミスティア様が青年の手当てをしたあたりから見ていたようなのです。こちらが認識しなければ声をかけては来ないと思って黙っていたのですが……」

苦々しそうに話す彼女の声を聞いていると、レイド・ノクターは笑みを浮かべてこちらに向かって歩いてきた。

「また会えて嬉しい。といってもさっき君が怪我人に手当てをしているところを見かけて、ちょっと見ていたんだけど……すごく手馴れていて驚いたよ」

「そんなたいそうなことでは……」

「アーレン家は薬や医療に出資していることは知っていたけど、君自身もよく勉強をしているんだね」

レイド・ノクターは感心しているようだった。人の興味関心を操作しようとすることは良くないことだけど、でも彼に私の家に対して興味を持たれても困る。私は曖昧に頷きながら、視線を彷徨さまよわせる。

「ミスティア様、そろそろお時間でございます」

困っていると、メロが比較的通る声で私に声をかけてきた。その声を聞いてレイド・ノクターははっとした顔をする。

「ごめん。引き留めてしまったかな」

「いえ、……あの私はこれで失礼いたします。では」

彼に礼をして、その場を足早に立ち去る。メロが声をかけてきてくれて良かった。感謝を伝えるために顔を向けると、彼女はずっと背後を気にしていて、私はなにも言えず彼女についていったのだった。


メロと共に、夕焼けが広がる道を辿り屋敷へと帰っていく。

沈もうとする夕日が私たちの背に力強く差し込んでいて、レンガ造りの道も、彼女の光を流すような銀髪も、温かみのあるオレンジをまとって輝いている。花の名前のクイズを出し合いながら歩いていると、彼女は突然足を止めた。

「メロ?」

あまりに突然なことで繋いでいた手が離れてしまう。振り返って彼女の顔を見ても、逆光でその様子はうかがえない。一歩近づこうとすると、自分の足元に違和感を感じた。靴紐が解けている。紐へと手を伸ばす前に、さっと私の足元にメロがひざまずいた。

「メロ」

声をかけても、彼女は私の靴紐を丁寧に結んでいく。なんとなく次の言葉を紡げずにいると、彼女は「……一つ、お願いがあるのですが」と、儚さを感じさせる声で呟いた。

「メロのお願いならなんでも叶えるよ」

「……ならば、私の知らない場所で、殺されないでください」

聞こえた言葉があまりに衝撃的で、ふと時間が止まったような感覚に陥る。それまで俯き、視線を私の靴紐に落としていたメロは、まっすぐこちらを見上げるようにしていた。

「私は、貴女が健やかなるときも、病めるときも傍にいたい。同じお墓に入りたいです。ミスティア様と」

夕日が動いてメロへの光の当たりが変わり、彼女は滲むような瞳をこちらに向けていたことがわかる。その瞳を見つめ返していると、ふいにあることを思い出した。

メロが、私を守ってくれた日……、まだ私もメロも幼いころ、孤児院の慰問中に煮立った鍋の湯がかかりそうになったことがあった。

私を庇ったことでメロはその背に火傷を負い、傷跡が残るかもしれないと医者に伝えられると、鏡で自分の背中を見た彼女は「ミスティアが無事で良かった。守れた勲章みたいだ」と屈託なく、嬉しそうに笑ったのだ。

どうして笑うのか、全然喜ばしいことじゃないと言う私に、彼女は産まれてから一人だったと言った。一人で生き、自分のためにしか生きられないと思っていたのに、人のために生きられて嬉しい。その人のために生きられると思う人が、自分の前に現れて嬉しいと。

だから私は、その想いをきちんと返したいと思っていた。

孤児だったメロは今まで一人で生きてきた。だからこれからは、彼女を一人にさせないと決めた。

なのに、甥が夫人を襲撃した事件によって、私はメロに自分が一人ぼっちになるという想像をさせてしまった。彼女に心配させまいと、これから自分がどういう行動をとるか伝えなかったことで、私は彼女を傷つけたのだ。

「ごめんねメロ。危ないことして」

メロの頬にそっと触れる。黙ったままでいると、彼女は「約束はしてくれないのですか」と私を見た。

「いいよ。一緒に入ろう」

メロにはいつもお世話になっている。一緒にお墓に入ることなんて容易い。私は彼女に向かって手を伸ばした。跪いていた彼女は私の手をしばらく見つめ、その手を取って立ち上がった。

私はメロの手を引いて、ゆっくりと帰路へ歩き出していく。