しかし公爵はそれを通すつもりなのだろう。私の腰に回した手に力を籠め、放してくれそうもない。見上げた先にある公爵の顔は笑顔を浮かべてはいるものの、こめかみには青筋が浮かんでいる。これは相当に怒っているらしい。

 そりゃそうだ。大事な妹の婚約者が、白昼堂々、自分もいる庭園で浮気に及ぼうとしていたのだから。これを下手に否定したら、私自身の雇用契約も切られかねない。

 私は大急ぎで、まるで首振り人形のように高速で頷いた。この際、嘘でも方便でもなんでも乗ろう。その後のことはまた今度考えよう。

「は、ハイ本当です、そうなんですっ。実はこの度、公爵様とっ、えっとご縁がありましてっ!」

「殿下には正式に決まってからお話しようと思っていたんですがね。ご厚意とは存じますが、これ以上このような席を設けていただくのも心苦しいですし、他のご令嬢に妙な期待をされても申し訳ないと反省したんですよ」

 な、と公爵は私に微笑んで見せる。冷静を装っているけれど、わずかに口元が引き攣っているのが怖い。王子はふうんと鼻を鳴らした。

「それはおめでたい話だ。国中のご令嬢たちの涙で海があふれてしまわないかな。でもまだ正式な婚約には至ってないんだろう。だとすれば──」

 意味深に言葉を切る王子の目が、私の方をちらりと向いた。青い色の中に、ほんのわずかだったけれど別の色が混じって妖しい光を放っているように見える。さっき感じた悪寒がまた蘇り、私は思わず隣に立つ公爵の服を掴んでしまった。

 小さな動きだったけれど何か気が付いたのかもしれない。公爵はさっと私の手に自分の手をかぶせた。

「近々国王陛下にもお話をする予定ですよ。さて、ヅィックラー嬢の顔色が少し優れないようだ。そろそろお暇させていただきたい。大丈夫か、エルネスタ」

 は、と私は耳を疑った。いくら公爵という高い身分の人であっても、いくら雇い主とはいっても、名前で呼ぶことなど許した覚えがない。

 けれど低い声で気遣うように名を呼ばれ、心地よさを感じてしまうとともに不覚にも胸が高鳴ってしまった。それに気が付くとだめだ。一気に頭に血が上り、頬や耳まで熱くなってくる。まともに公爵の顔も見ることができず、私は顔を伏せてしまった。

「それはいけない。公爵の屋敷で会った時もそうだったね。今度滋養によいものを差し入れるよ。良い医者を紹介してもいい」

「お気遣いありがとうございます……」

 王子が気遣う風の言葉を寄こしても、公爵への気恥ずかしさが勝って顔があげられない。申し訳程度に頭を下げるのが精いっぱいだ。

「ご配慮、痛み入ります。では」

 そう言って頭を下げた公爵は、王子をその場に残したまま私を引き摺るようにして東屋を後にしたのだった。