私はシエル・モールライト、五歳。

 特徴といえば猫耳族なところだろうか。

 銀髪に猫耳が生えていて、同じ色の尻尾もある。あとは普通のヒューマンとだいたい同じだ。

「エド君、ごちそうさまみゃう」

「おう、ごちそうさま」

 今日も野草やキノコたっぷりのご飯をいただいた。

 エド君に拾われ、こうしてお世話になっている。

 このような関係になったのは私が奴隷として売られそうになったことが始まりだった。

 ストゥルミル村の村長の長女だったのだけど、奴隷として売られていくことが決まっていた。

 近年、主要作物のトマトは不作が続いていた。麦畑をつぶして広くトマト栽培に転用していたことがあだとなり、食べるものも購入しなければならず、資金は底を突いていたのだ。

 私が我慢すれば弟たちは助かる、ということだったのだけど、奴隷契約直前、怖くなってしまったのだ。

 家族と別れどこの誰だかわからないご主人様にこき使われる生活を想像して寒気がしたのだ。

 正式な契約直前、私は家を飛び出していた。

 そこからはひたすらにただ逃げてきた。

 途中、親切なおじさんの荷馬車に出会った。しかし彼は私を首輪を無理やり外した脱走奴隷だと決めつけ売り飛ばそうとしたのだ。

 私は命からがら再び走って逃げた。

 方向はよくわからなかったのだけど、運良くトライエ市に向かっていた。

 しかし市内に入るには門を通らなければならない。門には検問をしている兵士がいる。怖いと思ったのだ。

 そうして城壁の外を回り込んだ。

 城壁の外の東側にはスラム街のラニエルダが広がっていて、当てもなくその中を歩いた。

 しかし体力が限界にきていて、座りこんでしまった。


 そこがたまたまエド君の家の前だった、ということだ。

 人のいいエド君は私に声をかけ、家に入れてくれた。

 ご飯を食べさせてくれた。歩き続けた私には三日ぶりの食事だった。

 それがどれだけしく感じられたか。

 貧しいスラム街だというのに、私にご飯を分けてくれた。

 すごく、心から感謝した。

 エド君はミーニャ一家も家の前で拾ったと言って笑っていた。

 私はなんだかんだ救われたのだ、エド君に。

 エド君はヒーローというか、ご主人様のイメージだった。

 もう一生エド君についていこう。すでにお嫁さん候補の女の子、ミーニャちゃんとラニアちゃんがいるけれど、私は三番目でもいいからお嫁さんにしてほしい。

 私だって農家の娘だもん。いろいろな仕事の手伝いはずっとしてきたのだ。

 自分にもできることがきっとある。

 まずエルダニアに行くことになった。くっついていったけれど、私は存在感を出すことができなかった。

 できたことといったらトマトを切ることくらいだろうか。

 エド君はキノコとトマトのとても美味しいスープを作ったのでびっくりした。


 私もだんだん一員としてんでいった。

 しかしずっと心のどこかで気がかりだったことがあった。

 両親が私を売る代金として受け取るはずだった金貨だ。

 これっぽっちと思うかもしれない。しかし麦やイルク豆ならかなりの量を買える。

 今年の冬を越せるだけの食べ物を買うお金だった。

 エド君は様々な活動で得たお金を、私にも公平に分配してくれた。

 その金額はついに私を売るはずだった金額に達していたのだ。

「ありがとうございますみゃう」

 私はエド君に頭を下げ感謝した。働けば働くほどお金がもらえる。

 それは充実していて、とても素敵な毎日で、かけがえのないものだ。

 全てはエド君のおかげなのだ。

 そうしてついに両親へ金貨を送金することができた。

 両親には今まで愛情をこめて育ててもらった恩があった。

 最後は売られてしまったけれど、それはしょうがなかったのだ。

 これは「自分を買い戻す」代金であり、事実上の借金から私たちを解放する重要なものだ。

 私は青空の下をもろを上げて歩ける自由を得たのだ。

「エド君、ありがとみゃう」

 どうしても生まれつき猫語になってしまう。

 そんな私を見てエド君は笑顔を向けてくれる。

 まるで素敵なご主人様のようだった。




「すまん、少し遅くなった」

「あ、いや、別にいいよ」

 いきなり俺に謝ってきたのはハリスだ。

「売り上げの二割だったか。はい金貨三枚」

「あっ、ああ」

 学校でこんな大金ほいほい渡すなよ。とは思ったものの、もう遅い。

 放課後だけどまだり中のお子様が何人か残っている。

 周りの子はちらちら金貨を見ているが、だんまりを決め込むか。というかなぜ金貨に両替してきたんだ。普通に銀貨で売上金をもらってたら金貨にならないはずだろ。

 見栄か。何かの見栄なのか。他人の考えていることまでは俺の能力ではわからない。

「すげえよな。あの俺らが金貨をやりとりするんだぜ」

「そうだな。しかし銀貨でもよかったんだぜ」

「えぇ?」

「なにその不思議そうな顔」

「いや、エドは金貨のほうがよろこぶかと思って」

「いや、どっちでもいいから、次は適当にしてくれ」

「わかった」

 なにやら考え方にすれ違いがあったもよう。特に話し合ってなければ、そんなもんか。

 ドリドンさんはどっちがいいか聞いてきたっけな。

 金貨も銀貨もたっぷり持っているからできる芸当だ。その余裕はうらやましい。

 ハリスも一丁前の顔して俺と握手した。

 ちなみにこれはドリドン雑貨店でのハーブの売り上げの二割だ。

 他の仕入れは俺が支払う側なのでその都度払っている。

 貰ったり払ったりややこしいがご勘弁願いたい。

 どうでもいいと思っていたので不干渉でいたんだけど、本当に二割貰えると、金額はともかくうれしいな。

 そして実際に金貨三枚とか。これはプール金に突っ込んでおこう。

 四人で割りにくいし、かといって初期の三人で割るというのも、みんないい顔をしないと思う。

「そうだハリス。あのな、ドクダミとヨモギってわかるか?」

「いや、全然。草なんて今まで興味なかったし」

「だろうな」

 ガキ大将が草に詳しかったら逆にびっくりだわ。どんな人生送ってきたんだってなる。

 俺たちは草原に移動して、ドクダミとヨモギ、それからマツヨイグサを教える。

「これをブレンド。ブレンドってわかるか。混ぜるんだ。分量は同じくらいにしてくれ。あと犬麦茶も混ぜる」

「それで?」

「健康茶ってやつだよ。健康にいいとされてる。民間療法だよ」

「あぁメルンさんの」

「ああ」

 正確には違うが、似たようなものなのでうなずいておく。

 メルンさんの薬草、薬草茶は魔法のヒールと同じように「マジ」で効くタイプなので、民間療法より強力なんだけど、説明するのがだるい。

 あとあれはたいてい本来は高い。もしくは「くそ高い」のだ本当は、たぶん。

 どこから調達してるのか、平気な顔して処方したりしていたが、なんなんだあれ。

 実はマジックバッグとか持ってるのかな。

 それに乾燥薬草みたいのを詰めてあるとかか。それならわかる。

「わかった。知り合いには俺が教えておく。サンキュー」

「ほいほい」


 こうしてドクダミ、ヨモギ、マツヨイグサ、イヌムギの健康茶ができた。

 店で出すメニューのお種類は絞りたいとは思っているんだけど、健康茶は入れたかったので増やした。

 ドリドン雑貨店、それからトライエ市内の例の商店でも取り扱ってくれているらしい。

 すでにハーブティーと犬麦茶を出荷していて、そっちの料金の二割も利益に含まれているそうだ。

 さて本当はタンポポコーヒーをどうしようかな、と思っている。作り方は知っている。

 根っこを掘り返して細かくして干してるんだけど、根っこを取ってしまうとタンポポ草がなくなってしまう。

 採りつくしたりしないとは思うけど、少しだけ心配だ。

 あと自分でその工程をやるのはだるすぎるため、やはりハリスにアウトソーシングするのがいいと思う。

 面倒な作業は任せるに限る。

「ということでタンポポの根を炒ったのがタンポポコーヒーになる」

「お、おう。よく知ってるな」

 試しに一緒に作って試飲してみた。

「うまいなエド。香ばしいというか、いい匂いがして」

「そうだな。思ったよりもしいな」

 俺とハリスでコーヒーを楽しむ。

「数量限定になるが、店で出す分は俺たちで作るか」

「すまん、たのむ。ハリス」

「ああ。ドリドンさんちまでは回らないからエルフィールの専売だな、当分は」

「そうなるね」

 これで喫茶店の飲み物メニューはハーブティー、犬麦茶、レモン水、健康茶、タンポポコーヒーの五種類になった。

 当初はなるべく少ない手間、メニューでと考えていたが、やっぱり欲しいものを追加していくとどうしてもこうなってしまうな。

「んじゃ、今後もごひいに。ハリス」

「ああ、まかせておけ。エド」

 俺とハリスがあんこくしょうで握手を交わす。

 ハリスは手間の割にはあまりもうからないが、ハーブティーだけでは売り上げが頭打ちで、増産してもそれほど売れそうになかったようだ。

 そこに新しい仕事として健康茶とタンポポコーヒーが入ってきたという状態だった。

 だからホクホク顔で仕事をしてくれるらしい。

 比較的安い仕事だが、トライエ市内の雑用の倍以上稼げるとあって、やる気は十分だった。

 ハリスの舎弟というか友達も一緒に仕事をするので、分け前が増えることになり大歓迎ということだった。

 今までは少ない仕事を交代で休みを入れて回していたので、ワークシェアリング状態だったのだ。

 毎日働きたいというわけではないだろうが、貰える額が増えるならやるだろう。

「エド、お前いい奴だな」

「今更かよ。俺は前からいい奴だぞ」

「くぉっ。なにが黒髪黒眼は呪いの子だ。うそっぱちじゃねえか」

「まったくだ。魔素占いだっけ?」

「そうだぞ。伝統の魔素占いな。なにが伝統だよ。信じるだけ損だったな。前は、その、つっかかってごめん」

「いいって。もう過ぎたことだ」

 なんだかんだ、俺たちはいい商売相手になりそうだ。

 子供の仕事だとか思ってアウトソーシングしているけど事業は安定しているし、ひっそり儲かっているから十分だったな。

 さらにお茶の種類を増やして、販路をもっと広げて、あとは他のお店や町にまで輸出できるようになればもっと売れる。

 俺の仕事ではないがハリスがやる気になれば、一生この仕事でも大丈夫だな。

 まあハリス、なんやかんやお茶屋もいい仕事になりそうだ。がんばってくれ。



 学校というのはスラム街と市内の貧しい家の子がみんな集まる。

 そのためうわさ話を集めるのにちょうどいい。

「なあ、防壁の話、聞いたか?」

「ああ、もう昨日から工事始まってるぞ」

「ラニエルダ防壁だっけ」

「そうそう」

 今日の話題はラニエルダ防壁という壁の話だった。情報の断片をつなぎ合わせるとこうだ。

 領主主導でラニエルダの防壁を作ってくれるらしい。工期は昨日から一か月ぐらいの予定。

 ご予算は領主から全額出る。ラニエルダ民の負担はゼロ。

「ふーん、で?」

「あのエド君。ラニエルダは領主が黙認してるだけなので本来は統治圏外なんですよ」

「あぁそんな話もあったっけ」

 ラニエルダの家々は一応、法律上は違法建築物だ。この辺の土地は全部領主の土地となっている。

 所有権のない土地に勝手に建物を建ててはいけない。しかし領主は黙認してくれているのでグレーということになっている。家賃もなく市民なら必須の人頭税もない。

 その代わり市内で通用する各種条例のたぐいや保護策も適用されない。

 衛兵も守ってるのは門までで、基本的にはラニエルダに不干渉ということになっているのだ。

 『エドのうんち一週間戦争』が黙認されたのもその影響だった。

 これが城内で暴れていれば衛兵が飛んでくるに決まっている。

 ラニアがファイアボールをぶっ放しても厳重注意処分だけで済んだのも、これのおかげだ。

『なんだ今の火の玉!』

『どうした、どうした』

『すげえデカかったぞ』

 ちょっとした騒ぎになって門番の衛兵がさすがに飛んできたのだ。

 ラニアは説教されてしまったけど、それだけで終わった。

 ラニエルダ自治会が昼間の警備と夜警を自分たちでしているのも、この不干渉の暗黙のルールによるものだ。

 昼間の警備は自治会で専門の人間を雇っている。

 夜警は以前の通り、手当は出るけど住民の持ち回りで回している。

 一年以上前、一度ゴブリンがラニエルダに侵入してきて大混乱になったことがある。

 そのときは衛兵と冒険者が出動して事なきを得た。

 しかし自治会にとっては苦い思い出となった。

 ラニエルダ自治会は外側に第二城壁をずっと欲しがっていた。

 領主に陳情書を出したこともあるが、今までは門前払いだった。

 理由はわからないが、今になって工事をしてくれるらしい。

 ラニエルダの存在を事実上認めるという意味でもある。

 今まで行政はラニエルダを存在していないものとして一切が認められていなかった。

 ないものとして扱われていたから義務や税金も何もなかったのだ。

「さて裏の事情は?」

「そんなの知りません」

「にゃーん」

「みゃぅみゃぅ」

 みんな知らないらしい。俺も知らない。

 ラニエルダはテントが多い。一応、簡易小屋が建ててあっても、今でも難民キャンプ状態だ。

 それが固定化されるのかもしれない。

 もしくは新しい地区として正式に市内に取り込もうという算段の可能性もある。

 市内の住宅は空き家が少なくて、手狭になっているのは家探しのときに感じた。

 ラニエルダの家を立派な住宅に建て直しすれば、新しい地区の完成だ。

 そうやって順々に広げてきた街はいっぱいあるらしい。

 地球の中世の街でも外壁、内壁、第二防壁などに分かれてるのはそういう理由が多いとかなんとか。


 学校が終わり実際に現場を見に行ってみた。

 この工区はエルトリア街道から北側へ街を囲っていくようだ。

 土魔法を行使して外側の土を掘り内側へ盛り土して二メートルほどの高さに積む。

 堀と合わせると四メートルぐらいだけど、堀には水が染み出していて、水面からは三メートルくらいの高さの土壁になっていた。こういうのを日本語では土塁という。

 石壁よりは丈夫じゃないけど、多くの城で使われている手法だ。ゴブリンくらいなら大丈夫だ。

 ワイバーンとかになると無力だけど、そもそも空を飛んでくるのは壁では防げないのでノーカンなのだ。

 オーガクラスだと危険かもしれないが、そのときは元からピンチだ。急いで逃げよう。

 なるほど土木建築といっても土魔法なんだな。作業者は休憩をはさみつつ、魔法を行使していた。

「土の精霊よ、ここに土壁を──アースウォール」

 土がみるみる山になって、横にはいつの間にか堀ができている。

 こういうふうに勝手に動くのは魔法の神秘だ。

「石壁にはしないんですか?」

「なんだ坊主、見学か? あぁ、石壁魔法はコストが高いんでな。俺たちじゃすぐ魔力が枯渇しちまうんだよ。土は元からあるからコストがずっと低いんだ」

「なるほどぉ、元々そこにある物を使うのと一から物を錬成するのとじゃ全然違いますもんね」

「そういうこった」

 なるほどそれっぽい魔法だ。一応、戦闘用でも同じ魔法だったりする。

 魔法で作った土壁は、ただ土を盛ったものよりずっと頑丈なので、大丈夫だろう。

 でも石壁魔法も見てみたい。立派な石壁がトライエ市の外側にはあるんだから、昔誰かが魔法で作ったことは間違いないのだ。今も傷むこともなく城壁の役割を全うしている。

「お疲れ様です。レモン水どうぞ!」

「あぁ坊主、助かる」

「そちらのかたもレモン水どうぞ。冷えてます」

「ありがてぇ」

「普段は市内東地区の喫茶店エルフィールってお店で出してます。冷えてるので美味しいですよ」

「そうかい、覚えておくよ」

 俺は作業員たちに冷やしたレモン水を配る。アイテムボックスから出してるのは秘密だ。

 ちゃっかりエルフィールの宣伝もしておく。土魔法か。俺も覚えておこうかな。

 適性あるだろうか。課題として心のメモ帳に書きつけておこう。



 土曜日。植物開拓をもう少し進める。

 ミーニャたちとしては美味しい料理の話題のほうがうれしそうだが、もう少しだけ付き合ってもらおう。

 そそくさと草原に移動した。

「これがイタドリ」

「ふぅん」

「これは知ってます」

「みゃう?」

 木みたいな太めの茎。草としては大きな、初心者マークに似た形の葉が生えている。鑑定。

【イタドリ 薬草 食用可】

 食用可なのでおそらくお茶みたいに煎じて飲むタイプの薬草なのだろう。

 違う名前でもわりあい有名だ。有名といっても若い子は知らないかもしれない。

 俺? 俺はだな、田舎の子だから知ってたの。

 都会ではもうその辺の草を採って食べる習慣とかなさそうだ。

 ──スカンポ。そう呼ばれている。

 昔ちょっと調べたのだが「痛みを取る」でイタドリなのだそうだ。

 子供がよく春の新芽に塩をつけて食べていた。酸っぱくて美味しい。

 今は日本でいうところの六月くらいなので、だいぶ背の高い草になっている。

 先ほど見たように薬草らしい。

「ラニアちゃん、どれくらい知ってる?」

「はい。あの、イタドリは痛み止めとかで使う薬草ですね」

「そうなんだ。ギルドで売れるかな」

「買い取りしてくれそうですよ。その辺に生えているものの、薬になった状態で使う人が多いので、草そのものはあまり知られていないんですよ」

「ああ、なるほどね」

 イタドリはこの時期、草原と河川敷、どちらにも猛繁殖している。

 河川敷にはほかにつるせいくず、あとノイチゴが多い。

「ねえねえ、このイチゴはみんな食べないよね。真っ赤で美味しそうにゃ」

 ミーニャが指差す先は確かにイチゴなのだが、これは残念なものなのだ。鑑定。

【ヘビイチゴ 植物 普通】

 説明にも食用とは書かれていない。

 有毒ではないので砂糖を入れて無理やりジャムにすることはできると何かで読んだことがあるが、あまり食べたいとも思わない。

 ヘビイチゴは甘味がなく、味がしない。残念イチゴちゃん。

「あと、これ。スイバ」

 ほうれん草みたいな草。イタドリほど大きくはないが、他と比べれば大型の草だ。これも鑑定。

【スイバ 薬草 食用可】

「これも薬草の一種ですね。イタドリとは近い仲間だそうです」

「へぇ」

「へぇ、にゃ」

「へぇ、みゃう」

 俺も詳しくはないが、ヨーロッパではソレルという名称の野草で、酸味のあるハーブとして使うらしい。

 というか「酸い葉」でスイバなのでしょ。まんまやんけ。

 これもその辺にいくらでも生えている。そしてこれも薬草なのだという。

「ということでイタドリとスイバをたくさん採ってギルドで売ってみよう」

 俺は全員の顔を眺めて。

「えいえいおー」

「「「えいえいおー」」」

 かけ声をかけた。よし、やってみよう。おそらく金貨まではいかないだろう。どこにでも生えているし。

 しかし薬草は薬草だ。需要は確かにある。メルンさんも確か使っていたような気がする。

 こうしてイタドリとスイバを分けて採って歩く。二種類持つと不便なので、俺とミーニャがイタドリ、ラニアとシエルがスイバを担当している。バッグがパンパンになるまで採った。

「よし、そろそろ切り上げよう」

「「「はーい」」」

 俺の号令で集合だ。いそいそと東門を通って、冒険者ギルドへ。さていつものようにカウンターへ行く。すぐに向こうのエルフのミクラシアさんが暇そうにこっちを見ているので、そこへ向かう。

「冒険者ギルドへようこそ」

「お姉さん、あの今日はイタドリとスイバを採ってきました」

「あ、そうですね。今、ぐんぐん伸びる時期ですからねえ」

「そうですよね」

 このお姉さんもだいぶ当たりが柔らかくなった。

 みんなで背中のバッグを下ろして、草を取り出してカウンターに置く。

「今、軽く検品と計量して査定してきますのでお待ちください」

 そう言って草を抱えて奥に行った。待たされることしばし。

 そうそう、俺はこのギルドで待たされる時間が苦手だ。なんだかじろじろした視線も感じられて、いたたまれない。またあのガキどもが何かやってると思われているのも心外だし。

 初心者を見る温かい視線は甘んじて受けるしかないが。

「はい、お待たせしました。そうですね、計量と目視の簡易査定の結果、全部で金貨一枚になります」

「え、そんなもらえんの?」

「はい。量もかなりありましたし、品質も悪くないですね。そりゃあ近くで採ってきてすぐ納品ですから当たり前なんですけど」

「そうですか。ありがとうございます」

 一人当たり銀貨二枚と半銀貨だな。

「はい、ラニア」

「いつもありがとうございます」

 さっと支払ってしまう。

 ミーニャとシエルはエド信託銀行のご利用なので、俺の帳簿メモにちょちょっと書いておく。

 よし、これで精算は終わりだ。

 四人で金貨一枚なら、変なクエストよりずっと儲かる。みんなやってないのは薬草の知識がないのか。別に採集クエストとか指導の紙とか手引き書とかもないもんな。

 知ってる奴だけが得して儲かる。なんだか悪い気がするが、こればかりは知識量の問題だな。

 ただ草なので、伸びる時期が限定されていて、シーズンを過ぎたら収穫できなくなる。

 これ専業という人が皆無なのはそのへんの問題もあるか。

「んじゃぁ、今日も唐揚げ、食ってくか」

「やったにゃあ」

「賛成です」

「んみゃう?」

 シエルはまだ唐揚げ食ったことないのか。

 ちょうど四人席が空いているので座る。

 メイド服の──げふんげふん。おっぱいが大きいお姉さんに注文をした。

 ほんの少し待つとアツアツでいい匂いの唐揚げのご登場だ。

 今日はメイドさんが二人で持ってきてくれた。

「はい、唐揚げ。一つ五百ダリル、四つで銀貨二枚ね」

「はい、銀貨二枚」

「ありがとうございました」

 料理と料金は交換制だ。

「「「いただきます」」」

 みんなすぐ食べるかと思えば、シエルを見ていた。

 シエルは気がつかず、ぱくっと唐揚げを食べる。

「おいしぃいいいいみゃあ」

 みんな頷いてから唐揚げを食べて、美味しそうな顔をした。

「やっぱり唐揚げすき」

「唐揚げは美味しいです」

「シエルも唐揚げ好きになったみゃう」

 ギルドの唐揚げはうまい。こんなに安くてうまいのに、あまり注文している人を見ない。

 男の子と女の子の初心者パーティーっぽい二人連れがばくばく唐揚げを食べている。

 それ以外には食べてる人がいないのだ。

 同じ唐揚げでもウサギの唐揚げを注文している人は多い。

 こちらのほうが付け合わせにサラダがついていて値段も高い。だからだろうか。

 初心者パーティーや俺たちを見る大人たちの視線が「生温かい」ので、何か理由あるのかもしれない。

 まあ、いいか。唐揚げ美味しいし。




 あくる日。俺とラニアが休日だったので、見張り山へペア探索に出かけた。

「二人で探検なんて珍しいですね」

「そうだね」

 いつもより上機嫌のラニアと山を少し登る。

「キュピキュピ」

 一角ウサギだ。

「おりゃあ」

 俺が剣で斬りかかる。

 前に一発で逃げられてしまったが、今回は当てることに成功、見事にウサギちゃんをゲットした。

 それからもその辺を巡回して合計五羽の一角ウサギを持ち帰った。

 家に帰ると解体に取りかかる。

 本来ならその場ですぐに解体したほうがいいけど、俺のアイテムボックスは万能だ。

 ミーニャが目を丸くして注目してくる中で解体していく。

 魔石、骨、肉、皮などに分解された。内臓はそっとアイテムボックスにしまう。


 さてそれでは、ついに、ついにですよ。マヨネーズづくりをしたいと思います。

 もっと早くできたのだけど、泡立て器がなくて面倒くさいなと思っていたところ、最近、朝市を見ていたら泡立て器を発見したのだ。

 金物屋とかに普通に売ってるのかもしれないけど、お店はよく知らない。

 卵黄だけのマヨネーズにしようかとも思ったのだけど、白身がもったいないので全卵を入れる。

 卵、塩、そしてこの前買ったお酢を入れる。

 塩はよく使っているけど、この国の南東部は海に面していて塩田での塩づくりが盛んだ。

 最後に煮つめるときも魔道コンロが使われているのでコストはそれほどかからない。

 また北側のベリダリタル山脈の中腹でも岩塩が採取できる。

 ベリダリタル山脈はヘルホルン山の西隣でうちからもほど近いので、塩は安価だ。

「はい、これを混ぜる」

 さらにオリーブオイルを入れて、泡立て器で混ぜていく。白っぽくなるまで根気よく混ぜる。

「はい、完成!」

「おぉぉなんだこれにゃ」

「変わっていますね」

「知らないみゃう」

 そうですね。

「これが『マヨネーズ』というソースです」

「「「マヨネーズ」」」

 どやぁ。転生知識をゲットしたら一度はやってみたい定番ランキングベストテンに入る、マヨネーズづくりだ。

 卵の菌の問題があるらしいが、この世界ではあまりそういうのが問題になったことはないので、大丈夫らしい。鑑定君もこの卵は良品だと教えてくれている。

 鶏卵ではなくエッグバード卵だが、似たようなものだ。

 適当にホレン草、タンポポ草、サニーレタスを摘んできたものをちぎって皿に盛った。

「はい。サラダに塩じゃなくてマヨネーズをかける」

「ほーおぉ」

「みゃぅ」

「ささ、食べてごらん」

「「「いただきます」」」

 マヨネーズのサラダを食べる。

しい」

「美味しいです」

「美味しいみゃう」

 どうだ、参ったか。こうしてうちの調味料についにマヨネーズを追加した。

 もっと早くやればよかった。


 さてウサギを狩ってきたのはほかでもない。

「今日の晩ご飯はウサギの唐揚げです」

「「「おぉぉ」」」

 ラニアも今日は食べていくそうです。最近は食べていく頻度が下がってきていた。家でも野菜やいろいろな工夫を実践しているらしいと聞く。

「今日はタルタルソースに挑戦しよう」

「「「タルタルソース」」」

「うん。タルタルソース」

 なんでも東方のタルタル族の料理で、肉を細かくつぶした料理があったそうな。

 生肉のタルタルステーキのことだと思う。

 それで卵を同じように潰してマヨネーズをえたのがタルタルソースなんだよね、たぶん。

 エッグバードので卵を作ったら一センチ角くらいに切って粗く潰す。

 キュウリのピクルス、これはこの前ひそかに作った。酢漬けだからお酢に調味料を加えてある。

 さらにみじん切りにしたタマネギを投入。そして塩、コショウで味付けをする。

 それらをマヨネーズとまぜまぜしてはい、完成。

「これがタルタルソース」

「うん」

「はい。美味しそう」

「みゃう」

「味見してもいいけど、唐揚げにつけて食べると美味しいので、唐揚げを作ろう」

「「「やった」」」

 前もってお肉に塩、コショウ、ニンニクとショウガのみじん切りをみこんでおいた。

 さてお時間になりましたので、これを料理していくぞ。

 小麦粉と水を混ぜた衣をつけて、油へ投入。とまあ作り方は以前とだいたい同じだ。

 コショウが増えたのは違うね。アツアツの唐揚げが完成した。

「マヨネーズでもいいし、そのままでもいいし、タルタルでもいい。みんなはどうする?」

「ミーニャは、一個はそのまま。あとはタルタル!」

「私はタルタルで、お願いしますっ」

「わわ、私は一つマヨネーズ、あとはタルタルで、お願いしみゃう」

「はいはーい」

 お皿に盛って、タルタルとマヨネーズを注文通りに添える。

「「「いただきます」」」

「もぐもぐ、おいちぃ」

「これ、これ美味しいです!」

「美味しいみゃう!」

 こうしてタルタルソースもうちのレパートリーになった。

 どんどん心の料理手帳に追加していくぞ。

 料理ゲームをしていてレシピの解放をしているようだ。

 さて少し時間ができた。たまには夜にせこせこスプーン作りの続きをやろう。

 ギードさんも、喫茶店が始まってしまったのでスプーンは夕食後しか作る時間がない。

 喫茶店とスプーン作り、どちらが時給がいいかはちょっとわからない。

 ちゃんと統計を取ってないので、なんとも言えなかった。

 喫茶店の売り上げも悪くはない。

 一応、喫茶店だけやっていても、ご飯そのものは食べていける。

 あとはどれだけぜいたくするかだな。

 というか領主だったんだから、何か今後の動きも考えがあるのかもしれないし。

 ミーニャが大きくなるまでは平和に過ごしたいとか。

 エルダニアを見に行ったということは、もしかしたら領主として立つ可能性もある。

 再興するのだ、エルダニアを。

 支援に出たエルフ騎士団は敗北してしまったけれど、今度こそは。

 なんてね。実際のところはギードさん次第だ。



 平日のうちミーニャとの非番の日。

「今日はちょっとトライエ市の中で探し物を」

「探し物?」

「乳牛、もしくは牛乳」

「牛乳、ミルクだね!」

「そそ」

 ということでトライエ市内のうち表通りではなくて裏のほうを探す。

 もしかしたら朝市で普通に売っているのかもしれないが。

 朝市をそれほど利用していないので、見当がつかないものも多い。

 平日だと朝から学校があるし。朝早く起きるのもだるい。

 土日は朝市をやっていない。

 チーズは前に買ったので、どこかに牛乳がある可能性が。

 家の周り、東地区を探してみたものの、ここにはなかった。

 西地区、正確に言えば北西側を探してみたら。

「モーウ、モーウ」

 いるいる。この声、間違いない。

 近づいてみると数は少ないものの、乳牛らしいものがいた。

 白と黒の例のウシ模様だった。

「すみませーん。牛乳分けてほしいんですけども」

「あーはい、ちょっと待ってね」

 話を聞いたところ、ここの酪農家では全量のうち半分はチーズに、もう半分はバターにしており、生のミルクは卸していないらしい。

「ミルクは傷みやすいからねぇ。苦情とかも困るし」

「わかりました。ノークレームでいいので、売ってください」

「直接来てくれる人なんて珍しいし、いいよ」

 ということで売ってもらえることになった。

 全体から見たら大した量ではないので、欲しいだけ買える。ありがたい。

 この日は小ビンに十本買って帰ることになった。値段は思ったより高くはない。

 さすがに日本よりは高いと思うけど、それは食品全体に言える。

 イルク豆と小麦と塩くらいか、安さを実感できるのは。

 帰り際、ミーニャがウシを見ていう。

「ウシ! 牛肉!!

「まぁそうだけど、ウシの数も少なかったし」

「そっか」

 ミーニャはお肉に興味津々だもんな。牛肉は手に入れたいものの一つだけど、なかなか難易度が高い。

 たまたま飼っているのを解体したとかでないと。あとはバッファローみたいな野生種か。

 西の森の奥のほうに集団で生活しているんだったかな。とぼとぼと歩いて戻る。

「みるくぅ、みるくぅ♪ もぅもぅもぅ♪」

 ミーニャが変な節をつけてミルクの歌を歌う。

 そうして家に戻ってくると、さてここからが本番だ。

 ミルクと卵に砂糖を入れてよく混ぜておく。

 先に、小鍋に砂糖と水を少し入れて火にかけてカラメルソースを作る。

 作り方は知っていても、気をつけないと完全に焦げてしまうので、目が離せない。

「わ、わ、甘い匂い」

「これがカラメルソース」

「ふぅん」

 コップのような容器をいくつも用意して、その底に流し込んでおく。ソースが冷え固まったら、ミルクと卵の液体を容器にそっと注ぎ入れる。

 それをフライパンに並べて、熱湯を張って蒸す。

 容器に入れる前に温めて温度を上げすぎるとその時点で卵が固まってしまう。

 これはちゃわん蒸し、目玉焼き、茹で卵と同じだ。ゼラチンなら逆で温めると溶けて冷やすと固まる。

 これはプリンなので、卵のタンパク質が熱で固まるのだ。

「「「ふんふんふん」」」

 みんなで鼻歌なんか歌って、楽しそうに蒸しているのを眺めている。

 かわいい。また知らない歌だ。解せぬ。とにかくこうして蒸し上がった。

「はい、完成」

「よしぃ、食べていい?」

「冷やしたほうが美味しいよ?」

「ぐぬぬ」

 さてミーニャたちが悔しがっているうちに魔法を使って出した氷で冷やしていく。

 腹ペコ妖精が今にも襲いかかってきそうだ。

「よし、そろそろいいと思う」

「「「いただきます」」」

 一斉にスプーンを手に取って、プリンとの戦闘を開始する。

 戦場は激戦であった。

「おいちぃ」

「おぃしぃぃいぃ」

「おいしいみゃう」

 プリン、結構な数を作ったんだけどな。二個、三個と消えていった。

 卵の数に制限があるため、あまり大量には作れなかった。

 メルンさんギードさんの分をよけてあるので大丈夫だが、あっという間にプリンたちは腹ペコ妖精に食べられてしまいました。

 俺は隅っこで一つだけいただいた。

「やっぱプリンもうまいな」

 タンポポコーヒーにミルクと砂糖を入れてカフェオレと洒落しゃれこむ。

 うん。プリンとコーヒーは合うなぁ。

 プリン格闘戦を眺めながら、俺はエルダニアのことをまた考えてみる。

 エルダニア再興といっても、まず何から始めたらいいのだろうか。

 領民の募集かな。ラニエルダで募集すればついてくる人は一定数いると思う。

 でもその人たちを食べさせなければならない。

 今エルダニアに残っている人は、領軍の門兵のお世話の人がほとんどで、ほかには例の販売店の店主がいるが、あとはほぼいない。

 なにか仕事があればご飯の輸送も可能だけど、あの土地で再び仕事というとなかなか難しい。

 まずは宿屋かな。テントの宿はあるけれど旅人は野宿をするので基本的にテントは持っている。もしくは馬車で寝起きする。しっかりした宿は欲しいかもしれない。

 ほとんど見るものはなかったけど一通り見た感じ、領主館は健在でほとんど傷みがない。

 領軍はモンスターに街の中へ侵入された後、領主館だけは死守したらしい。

 涙を誘う話だけど、その領主は真っ先に逃げたことがのちに執事により証言された。

 だから領主館の傷みは少ないんだけど、今は使われていない。

 領主館を宿屋にしてしまうというのは一つの答えかもしれない。

 どこかの誰かに怒られなければだけど。



 俺とラニアが喫茶店エルフィールの当番の日。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませー」

 女の子の挨拶はなんだかそれだけで、かわいくて好きだ。

「どうじゃ」

 立派な服を着たおじいさんが従者と思われる女の子を三人連れてやってきた。

「ふむ。アイス健康茶というのを、四ついただけるかな」

「はーい」

 ラニアが明るく返事をする。今日も快晴でおひさまは元気いっぱいだ。

 アイスティーは作り置きなので、俺がささっと準備をする。配膳はラニアにお願いする。

「ふむ。風味は悪くないな」

「そうですね、司祭様」

「若い子としてはどうだ」

「これくらいの苦みなら逆にいかにも健康になれそうで、ちょうどいいですね」

「ふむ」

 なにやら健康茶に興味があるらしい。うおぉいいいいい。

 ──司祭様。

 誰かと思ったらラファリエ教会の司祭様ですか。確かに比較的ご近所さんだけど、表通りからわざわざここまで来たんですかね。

「もし」

 げ。司祭様がこっちを向いた。

「もし」

「あっ、すみません。俺、いえ私ですか?」

「あぁかしこまらなくてよいよい。俺でいいぞ」

「あ、ありがとうございます」

 司祭様は相好を崩して、返事をした。

 めっちゃ怖い人なのかと思ってたけど、イメージと全然違うわ。

「この健康茶、おぬしが発案者なのであろう?」

「まぁそうなんですけど」

「スラム街のガキ大将とも話したのだが『俺は難しいことはわかんねぇからエドに聞いてくれ。あいつの発案なんだ』と言うばかりで話にならなくてな」

「あぁそういう」

「どうだ。セブンセブン商会と取引してみないかい。市内はビエルシーラ商店で売っているから手は出さないが、他の町で売ってみるというのは」

 あのスプーンとかごとお茶類を買ってもらっている商店。

 じつは結構大型の店らしくて、ビエルシーラ商店っていう名前なのか。

 知らなかった。いまだに行ったことがない。ちょっと反省。

 だって表通りの貴族街側にあって入りにくいんだ、あそこ。

 ドリドンさんちとエルダニア時代から付き合いのある商店だそうで、まあ大手同士仲が良かったのでしょう。

 それで市外との取引か。そういう妄想をしたことはあったけど。

 まさか司祭様直々に出てくるとは思わないじゃん。一応、別組織なんでしょ。対外的には。

「どうだ? なにか不満か?」

「いえ、前向きに検討したいんですけど、司祭様直々でいいんですか?」

「なに、行政の都合で別組織なのだけど兼業でね。司祭が商会の支部長を務めている。問題はない」

 問題はないってはっきり言われるとさすがに「強い」な。

 司祭様だけはある。歴戦の勇士なのだろう。商売の。

 本当に問題ないかは知らねぇ。オラおっかねえことに手は出さないんだ。

 俺のアンテナ感度的には、濃い黄色が点灯している。

「値段などは、実務担当を呼んで相場の話をしてから決めよう。まずは国内の流通に乗せる。どの都市にも届けてみせるよ。都市の数セブンセブンに懸けてね」

「そう言われてしまうと、はい、それじゃあお願いしてみようかな」

 量はものすごく多いと困るという話をして、それは了承を得た。

 できるだけ多くという注文だけど、無理は通さないという約束になった。

「売り上げのうち二割をエド君へ。そういう取り決めだそうだから。残りの売り上げがガキ大将のほうでいいね」

「あ、はい。それは」

 なんか逆に俺がもらっていいのか、悪い気がしてくるが。発案者ということになっているんだっけ。

 交渉とかも丸投げされてるから、その手間賃だと思っておくか。

 今後も間に入ることになりそうだし。


 話はとんとん拍子で進んだ。

 作業初日。知り合いや上の年齢の子に声をかけたりして、暇人をつかまえる。

 市内で雑用をしていた人の中には、こちらのほうがいいと言ってくれる人もいた。

 みんなで草を採って歩く。本当にみんなで。

 さすがに採りつくしてしまうほどではないけど、かなりの量になった。

 各自、いくつかの拠点の家に持ち帰って干して乾燥ハーブにしていく。

 朝に声をかけて夕方には納品だ。このスピード感はすごい。

 日本でもこんなことはなかなかしないと思う。

 乾燥させてかさが減った草をリュックに詰めて、セブンセブン商会へ持っていく。

「納品に来ました」

「はーい。あらあら、みんなで偉いわね」

「「ありがとうございます」」

 ガキンチョ一同がメイドさんに褒められて鼻の下を伸ばす。

 れいなメイドさんに言われたらうれしいよな、わかるよ、うん。

 女の子も交ざっているが一緒によろこんでいた。

 普段の雑用とかだと怒鳴られたりすることもあるし、やっぱり褒められたらうれしいよ。

 さすがに司祭様は出てこなかったが、偉い人が出てきて中に通してくれ、代金をすぐに支払ってくれた。

 基本的にはこういう商売は商品と代金の直接交換が多い。

 売り掛け、買い掛けは信頼がない人同士ではしないそうだ。

 俺とハリスがそれぞれ分け前を貰う。

 そしてハリスが参加者に分配していくという流れだ。

 外に出るとみんなが待っていた。

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「ありがとうハリス」

「ありがとうございます」

 みんなうれしそうにお金を受け取っていく。なんだか俺までうれしくなった。

「では、また次回もお願いしますよ。きっと売れます」

 セブンセブンの偉い人が直々に出てきて、ねぎらってくれた。

「次があるのか!?

「みんなでまたやろうな」

 なんだかおおごとになってしまったけど、こうして夏の初め、ハーブの大収穫祭みたいになったのだった。


 教会、セブンセブン商会に納品した翌日。

「エド君、ひどいじゃないか」

 俺は非番だったのだけど、お昼の時間に商店のビエルシーラさんが家にやってきたのだ。

「な、なんのことですか?」

「健康茶の街の外での売買、セブンセブンに委託したんだって?」

「ええ、まあ。耳に挟むのが早いですね」

「昨日、商会の前へみんなで行って騒いでいたと報告がね」

「あぁね」

 ビエルシーラさんはそれから少し渋い顔をして言う。

「僕の店だって他の都市との売買をしていてね。健康茶には目をつけていたんだ」

「つまり?」

「僕の店で王都方面へ売り出そうと思っていた矢先だったんだ」

「そうだったんですか。それは悪いことをしました」

「まあ、セブンセブンもそこまであくどいわけではないからいいけど」

「そうなんです?」

「やりすぎると教会の顔に泥を塗ってしまうから、表向きは清い商売だよ」

「よかったです」

 そっか。裏では本当は何をしてるかわからないものの、表に近い場所では教会の顔があるせいで、いい顔をしていると。

 教会の力を見せつけて圧力かけまくってるのかと思ってたわ。

 確かにあの司祭様もそんなに権力をかさに着て悪いことをする人には見えない。

 どちらかというとこうこうに見える。

「教会側と相談してみますか?」

「うーん。そうだね」

 ということで教会へ歩いていって話し合いをお願いしたら、司祭様が暇だというので、その場でセブンセブン商会へ通された。

「では、わしはラファリエ教会の司祭兼、セブンセブン商会支部長のバイエルンじゃ」

「僕はビエルシーラ商店の店主、ビエルシーラです」

「俺は喫茶店エルフィールの仮店長のエドです。元ラニエルダ民です」

「ふむ。それでお話というのは?」

「ビエルシーラ商店も健康茶の市外への流通を検討していまして。その権利の確認と、流通範囲の相談です」

「なるほど」

 こうして話し合いは始まった。

 まずセブンセブン商会の健康茶の流通は別に専売の権利があるわけではないので、ビエルシーラ商店が参入するのは何も問題がないと確認された。

 次に販売先なのだが、セブンセブン商会では国内主要都市への販売を計画している。

 すでに納品したものは今朝のランバード便のマジックバッグ輸送で王都へ送られた。

 そこでビエルシーラ商店ではトライエ周辺の農村など、小さな町村をターゲットに販路を広げてみてはどうかという提案がバイエルンさんから出た。

 ビエルシーラさんは国内の都市での販売もしたいと交渉して、この提案は受け入れられ、ビエルシーラ商店としては国内に限り幅広く大都市から農村まで販売するということになった。

 都市部では両商店から販売されるが販売量は多いため、人口を考えれば特にお互いへの悪影響は出ないだろうという結論になった。

「以上でよろしいかな」

「僕は問題ないです。流通の許可がいただけて、感謝しています。司祭様」

「俺? 俺は、あっはい。大丈夫です」

 正直、俺は大人たちの会話にあまりついていけなかった。

 こういうとき、人生経験の浅さが露呈するらしい。

 ただ、二人とも終始和やかに話しているのに、どことなく緊張感が漂っていて、見えない火花が飛んでいたのはわかった。

 先にビエルシーラ商店が販売していたのに、相談なく勝手に流通を始めたセブンセブン商会にも落ち度があった。

 専売や市外への流通について、最初に俺と話し合わなかったビエルシーラ商店にも落ち度があった。

 両方、探られたくない腹を見せるわけにはいかないのだった。

「なにより『健康茶』という名前が素晴らしいな。いままでこんな商品はなかった」

「そうですね。僕もそう思います。健康に気を使う人は多いので、売れるでしょう」

「な、なるほど」

 そっか。この世界にはいわゆる「健康食品」という概念がないんだ。

 ○○が健康にいい、という話はあるけど、あの夜中に通販番組でやってる健康食品というカテゴリーが今まで存在していなかったのだ。

 健康を直接訴えるお茶は、なるほどブームになる要素がある。


 ということでハリスに相談して、ビエルシーラさんの商店に納品する薬草をみんなで採取した。

「葉っぱ採って、お金持ち!」

「みんなで草採るべぇ」

「お仕事! お仕事!」

「こんなどこでも生えてる草が売れるんだから、オラは不思議だわ」

 子供を中心に人が集まって、健康茶の材料を収穫していく。

 セブンセブンの分から数えて二回目だから一回目ほどは盛り上がらなかったけど、そこそこにぎやかだ。

 また家々に分かれて乾燥させ、リュックに詰めて納品に行く。

 ビエルシーラ商店はメイン通りの南側、貴族街側にある。

 メイン通りから南側は貴族御用達の高級店などが並んでいる。

 ビエルシーラ商店自体は高級店ではないが大商店なので、この場所なのだ。

 もちろん一般の人が入ってもいいけれど、あまりボロい服装だと白い目で見られるのはしょうがない。

 俺はお店に出るときに着てる白シャツと青のズボンだ。

 大きな看板が出ていて、正面には一級小麦粉、砂糖、コショウなど高級食材。

 スプーン、籠、あっこれ俺たちが作ったやつ。

 フォーク、ナイフなどのカトラリーや、お皿なんかも並んでいる。

 いい品ばかり。さすが大商店だ。そこの側面に荷物搬入口があり、そちら側へ回る。

 みんなで中の作業部屋に通してもらい、リュックの中身を木箱に詰め替えていく。

 木箱が何箱かな、これでだいたいの重さを量って、本日のお賃金となるのだ。

「エド君、ありがとう。助かるよ」

「いえ、俺は監督だけなので」

 実際には様子見を兼ねて採取にも参加したけど。まあ細かいことはいいんだ。

 本日のお供はシエルちゃんだ。

「いっぱいとった、みゃう」

「シエルちゃん、頑張ったもんね」

「うんっ」

 シエルにもスラム街のお友達ができたようで、よかった。俺たちだけだと寂しいことになる。

 こうして代金を貰う。俺は二割の権利の料金を金貨でいただいた。

 プール金がまた増えて、俺のほっぺたもハムスターみたいに膨らむというものだ。




 土曜日。みんなでエクシス森林に行こうと思う。

 森探索もだいぶ慣れてきた。いろいろな植物を採って歩く。

 ブドウの木を発見したけど、もうシーズンが終わりなのか果実は残念な感じになっていたので、採れなかった。

「むぅ、ブドウジャム食べたかったにゃ」

「まぁまぁ、季節には勝てないからな」

 ご機嫌斜めのミーニャをでる。

「ふわぁ、にゃうにゃう」

 撫でると途端に目を細めてご機嫌に戻るという。ちょろいやつめ、うりうり。

「ゴブゴブ」

 お、ゴブリンだ。数は四。みんなで攻撃する。ミーニャもつえで殴ってくれる。

 シエルも今はメイス装備になっているので、参戦してみんな一対一でこちらが優勢。

 すぐにラニアがファイアで一匹仕留めると、すぐに形勢がはっきりして、順次撃破した。

「ゴブリンでしたみゃう」

「おう、そういえば実戦は初めてだっけ」

「はいみゃう」

 みゃうみゃうことシエルちゃんも思ったよりは平気そうだ。

 最初、俺なんか、ゴブリンの恐怖におびえる引きつった顔が頭から離れなくてな。

 あいつら、怖いと思ったものだ。だいぶ俺たちも成長した。

 そうしてやや北側の奥のほうへ進んでいく。こちらのほうへはあまり来たことがない。

「わ、わわああ」

れいですね」

「みゃう!」

 みんなが感激しているのは大木だ。

【メタセコイア 植物 良品】

 メタセコイアという木で、てっぺんが、すげぇ、ずっと上のほうにある。

 こんだけ高ければ遠くからでも見えそうだ。

 大木の陰になる範囲には木が生えておらず、知らないキノコなどが群生している。

「見て見て、これ、フェアリーリング!」

「お、おう」

「不思議ですね」

「みゃぅぅ」

 俺も見るのは初めてだ。

 現代の理論で言うところのキノコの菌糸が輪状に広がって、キノコが輪になって生えている。

 伝承ではこのリングを通ると妖精に異世界へ連れていかれてしまうと言われている。

 しかし、往々にして異世界では違う理由とかがあったりするのだ。

 よくよく見ると、フェアリーリングの中心にピカッと光る紫の石がある。

 拾ってみる。鑑定。

【ブラッディーベアの魔結石 魔石 良品】

 おう。これ金貨になるよな、たぶん。大きな魔物の魔石といえば金貨の価値があると思う。

 値段は珍しさと強さによって倍々に増える。

 比例とかじゃないんだよね。だから値段が一桁ずつ増えたりするんだ。鑑定。

【ブラッディータケ キノコ 食用不可(毒)】

 お、おう。このフェアリーリングに生えているかさが赤いキノコ。は白い。

 血を吸いそうな名前だけど、ひさびさに頂きました「毒」。

 はい、食べるな危険。危険がいっぱい。

 めっちゃしそうな見た目しているんだよな。タマゴタケにそっくりだ。

 まぁそういうとベニテングタケにも似ているわけだけども。

 ベニテングタケは毒成分が強烈なうま成分でもある、罪なキノコちゃん。

 一度食べてみたいがおすすめはしない。絶対うまいよ、死にかけるだろうけど。


 さてここをランドマークとして覚えておいて、もう少し進む。

「わわ、綺麗。すごーい」

「綺麗ですね」

「みゃうみゃう」

 今度は木がない空き地に出たのだ。一面、お花畑。すげえ。

 薄青い花が辺り一帯に咲き乱れているのだ。一応、鑑定。

【アオヒナゲシ 薬草 良品】

 こういうへきに生えてる薬草は良品が多い。

「あぁアオヒナゲシですかぁ。微妙ですね。確か麻酔薬に使うんでしたっけ。あまり扱える薬師が多くなくて、でも高い薬草ですね」

「ありがとう、ラニア」

「いえいえ」

 とりあえず十本くらい採取しておくか。買い取ってもらえるかは微妙そうだけど。

 もしくはうちのメルンさんに見てもらうか。

「わーい、にゃああ」

「みゃぅぅうう」

 またミーニャとシエルが走っていく。というかうまい具合に花を踏まないで走ってる。

 よく考えると結構難しいのでは。

「かわいいですね」

「そうだな」

 またいつかの再現のようだ。あのときは黄色い花だったけど。

 今度は青いお花畑だ。天国みたいだな。金髪少女と銀髪猫耳幼女がお花畑で戯れている。

「あっ妖精さん」

「えっどこ」

「ん?」

 俺たちも一斉にミーニャが指差す方向を見てみるが誰もいない。というかサイズもわからない。

 もしかして二センチとか言わないよな。ちょっと距離があり人間の視力はそこまでよくない。

 ミーニャならエルフの血で見えるのか。獣人のほうが目そのものはいいと聞いたことがある。

 エルフも負けないくらい鋭いんだっけ。でも気配察知だったような。

 エルフは魔力視といって、魔力が見えるという話もあるし。うむむ。

 ここもチェックポイントにして、さてルートを変えつつ戻るか。みんなに集合をかけて戻る。

「わわ。こっち、こっち変な感じするにゃ」

 気がついたのはやはりミーニャだった。ミーニャの案内で着いた先は、くぼみ。そう、くぼみとしか言いようがないところ。中にはコケ類がびっしり生えていて、小さなキノコもぽつぽつ生えている。

 なぜか紫の小さい石がいくつも落ちている。拾って鑑定してみる。

【スライムの魔結石 魔石 良品】

 ふむ。これも良品か。いくつもあるので集めたら二十個近くある。全部良品。

 もしかしてここで繁殖したのか? なんで死んだのかはわからないけど、もしかしてスライムのお墓なのだろうか。

「確信しました。ここは魔力だまりですね」

 ぽつりとひらめいたのかラニアが教えてくれる。ラニアは結構物知りだ。

 親が護衛専門の冒険者のたぐいなので、そういう知識については詳しい。

 しかも貴族の端くれなのか、一般知識もわりあい知っている。

「あぁ、魔力だまりね」

「エド君、知ってたの?」

「いや、名前だけ」

 魔力だまりといえば、ファンタジー小説ではわりと出てくる。これが大きくなるとダンジョンになったりする。あまりいいうわさは聞かない。

「健康に悪いとかないの?」

「さぁ、そこまでは私も」

「そっか」

 知らないということはそこまで問題はないのだろう。

「ミーニャ、祝福一応、お願い」

「わかったにゃ」

「ラファリエール様、私たちをお守りください」

 ミーニャが聖印を切る。あっ、なんか空気感が変わっていく。

 色で言うと紫っぽい感じがどんどん薄くなって黄色くなってきた。

 こういうのは魔力視の一種というか、魔力感知なのだろうけど俺にも本当になんとなくわかる。

 人間誰しも、少しでも感じるものはあるだろう。

 教会でもこの黄色い感じがあるので、これが祝福の色、聖属性っぽい。

 気がつくと黄色いチョウチョウもヒラヒラと飛んでいる。ただのくぼ地に、だ。

 現代風に言うならマイナスイオンを感じる。なんかそう言うと俗物的っぽくて、そうじゃないんだけど、これは表現しがたい。

 そして帰り道。


 ここからが問題だった。エンカウントする。ゴブリンと。その数六回。数は一匹から四匹まで。

 その都度戦闘になり魔石は回収したものの、なんだか疲れた。

 このメンバーではもはや苦戦はしないものの、精神的疲労はまる。

 冒険者ギルドに魔石の換金に行ったのだが、ゴブリンとの戦闘の回数を驚かれた。

 あとブラッディーベアの魔石は素直に拾ったと申告した。

 お値段は金貨十五枚。ひゃっほい。

 これで話が終わればいいんだけど、このゴブリンとの戦闘、前哨戦にすぎなかったのだ。



 俺たちがゴブリンと戦闘して数日後。

「なぁ、聞いたか? ゴブリンの話」

「ああ、ゴブリン警報だっけ」

「そうそう、ゴブリン警報だな」

 学校ではこの話で持ちきりだ。こういう噂話を集めるには学校はちょうどいい。

 最近、ゴブリンが頻繁に森で目撃されるようになった。

 前の倍以上の数がはいかいしていることが確認されている。

 皮肉なことに、第一報は俺たちのパーティーだったのだ。

 ゴブリンは一度増えだすと、急激に増殖することがある。

 トライエ市はついに昨日のお昼にれを出した。

『領主ゼッケンバウアー伯爵の名においてトライエ市にゴブリン警報を発令する』

 ラニエルダでも当然、問題になった。というかラニエルダ民はバリバリの当事者なのだ。

 領主が作っているラニエルダ防壁はまだ半分もできていない。

「防壁、間に合わなかったな」

「ああ」

「間抜け領主だな」

 領主の判断があと一年でも一か月でも早ければ、よかったのに。

 たられば、とはわかっていても、愚痴を言ってしまう。

 さすがに領主がハーピー連絡員を飛ばして、王都や各都市へ第一報と支援要請を出した。

 すでに一番近い西の町ドラクシアからようへいが十人程度駆けつけてくれていた。

 広義の領軍には正規軍である騎士団と平民からなる一般兵団、そして傭兵団がある。

 傭兵団は通常時はかなり人数が少ない。

 やばい空気を感じ取った人が集まってきて集団をつくる。

 騎士団は正社員。傭兵団は派遣社員、もしくはバイトだ。

 騎士団の装備は支給品だけど、傭兵は自前などいろいろと違うそうだ。

 学校は警報が出てから休校になっている。

 子供たちは相変わらずハーブの収穫をしているけれど、乾燥作業は担当の数人だけが行って、他の子供はエドのうんち戦争さながら模擬戦を始めた。

「うりゃぁ」

「ていやぁ」

「おっと、すきあり!」

 まあチャンバラごっこから始めたにしてはできるほうだ。

 あれからずっと練習をして、そこそこ上達した子も何人かいる。

 そういう子が集まって、俺たちみたいな冒険者もどきパーティーを結成している。

 ただし女の子はスラム街に少ないので、ほとんどが男所帯となっていた。

 彼らの装備だってつい最近、鉄の剣になったばかりだった。

 年齢は俺たちよりいくつか上だった。

 防壁工事は急ピッチで作業しているものの、人数を増やさないとなかなか進まない。

 でも予算の関係もあり数人しか増えていない。

 その代わりラニエルダ防壁の新東門、新北門、北東門の三か所に仮の見張り台ができた。

 台の上から見ると、切り株の草原が一望できる。

 これならゴブリンが森から出てきたら、第一報を素早く伝えられる。

 鉄の板とかなづちを設置して、警鐘を鳴らせるようにできている。

 あぁ本来の警鐘ってこれのことなんだな、とか場違いなことを考えたりして。

 あの火事のときに鳴らす鐘のことだ。

 こうして門には傭兵団も配置され、冒険者もギルドに詰めるようになった。

 準備は進んでいる。

 しかし、一日、二日と過ぎてもゴブリンはあふれてこなかった。

 ベテラン冒険者が森での偵察をしているが、通常の倍くらいのエンカウントは続いているものの、それ以上は増えていない。



 そして一週間。ゴブリン警報はゴブリン注意報に格下げになった。

 緊急で手配した冒険者も、一週間なにもないことにしびれを切らして何人かが去っていった。

 そうしてまた今日も通常の仕事に戻る人が増えている。

「俺は今からでも兵を増強したほうがいいと思うんだけどな」

「エドもそう思うか、俺もだ」

「そう言ってくれるの、もうハリスくらいしかいないんだが」

 注意報になると、学校も再開されることが決まった。

 相変わらずアルファベットの歌を歌ったり、簡単な掛け算の練習をしたり、一見平和な学習が続く。

 しかし俺は知っている。ギード先生が、ゴブリン警報になってから腰に剣を差したままなのだ。

 エルダニアへ視察に行ったとき以来だと思う。注意報になっても剣は相変わらず装備している。

 ギード先生も不穏な空気を感じ取っているのだ。

 もしかしたら高貴なエルフには遠くに集まっているゴブリンの気配を実際に感じられるのかもしれない。ギードさんは何も言わない。言わないけど、態度は「赤信号」に限りなく近い黄色だ。

 実際、冒険者ギルドでも警戒態勢はまだ解いていない。

 注意報が発令されたままなのも、十分脅威だ。ただし待機している冒険者は日に日に減っている。

 ラニエルダ青空小学校では、ゴブリン警報解除のお祝いと称してウサギ肉が振る舞われた。

 実際には警備で見張り山へ行った帰りのパーティーがごそうしてくれたのだ。

 警備というのはもちろんゴブリン注意報のためなので、何も安全にはなっていないのだ。

 集まった大人たちはウサギ肉を焼いたものを食べながら会話している。

「お肉おいしぃ」

「肉だよ、肉」

「安全になった証拠だな」

「今日も一日平和だったし」

「もうゴブリンとか来ないんじゃないの」

 大人たちも、子供たちと同じで楽観視していた。

 数日後、傭兵団も半分が帰ることになったらしい。

 西のほうが少しきな臭いからという理由で。西のほうは人間同士の戦争のようだ。

 大きな戦争はないけど、たまに勢力争いの小競り合いみたいなことをしている国がまだある。

 北のエルフ国、ティターニア聖国でも数年前にサルバトリア公爵領を占領した後、誰がその地を新しく治めるかでめている。

 ただし表立っての戦闘行為はほぼない。

 政治の舞台でバチバチやっているらしいので、俺たちの知らぬことだ。

 ただギードさんたちには関係ありそうなので、要注意だった。

 という感じに警戒が緩んできた水曜日。それは学校が終わる直前だった。


 カンカンカンカンカン……。

 ラニエルダの警鐘が新北門から鳴りだした。それを受けて、今度は北東門、新東門からも同じように鐘の音が鳴り響く。俺たちの間に緊張が走る。

 ついにゴブリンが大群で押し寄せてきたのだろう。これを俗にこう呼ぶ。

 ──ゴブリン・スタンピード。

 モンスターのうちゴブリンによる暴走スタンピードだ。

 俺たちは学校が終わる直前だったため、急いで準備する。

 といっても戦闘職はみんな装備を持って学校に来ているので、すぐだ。

「おら、ガキンチョパーティーいるか。お前らは新東門へ」

「東門? 北門じゃないの?」

「ばーか。敵は北から攻めてきてるが、広がっている。最後尾は東門側になりそうだ」

「わかりました」

 先輩冒険者だ。というか、いつだったか俺たちの世話をしてくれたあのおじさんだった。

 つまり俺たちは後方待機ということなのだろう。新人に先頭をまかせるバカはいない。

「傭兵どもは半分もう帰っちまったぞ」

「くそ、戦力は少ないが、俺たちがやるしかない」

 なんだか不安な声も聞こえてくる。

 俺たちと他のガキンチョパーティーがとぼとぼと新東門の下に集まる。防壁の完成率は五十パーセントといったところ。壁としては少しだけ機能しているが、隙間から入り放題だ。

 特に北側と東側から中央へ向けて工事しているので、この学校付近は丸坊主なのだ。そこを避けてあえて東門へ俺たちを配置する。まあ前線から遠ざけるという当たり前の判断だった。

 防壁に登って遠くを見ると、いるいるゴブリンだ。その数、ちょっとわからない。めちゃくちゃ多いというほどではない。しかし普段の何倍もいる。

 俺たちのパーティーだけでは無理だ。冒険者が城内から走ってきて参加してくれる。ありがたい。

 騎士団と傭兵団は北門側のほうへ行ったようだ。先頭集団が衝突するのが遠くからでも見えた。

「よし、作戦通りで行こう。ラニア、ファイアボール」

 カンカンカン。カンカンカン。カンカンカン。

 警鐘の打ち方を変更する。警告だ。ファイアボールの。

 以前、『エドのうんち一週間戦争』で全員の戦意を刈り取った『悪魔の所業』、ファイアボール。

 実戦で使うわけにもいかず、宝の持ち腐れなどと噂されていたが、使い道があった。

 同じように全体へのかく攻撃にぴったりだと判断されたのだ。

れんの炎よ我が手の前に集いたまえ──ファイアボール」

 いつかの再現だ。なんか前のより大きい。

「あちぃ」

 それが新東門の上から新北門の少し北側、全体の上を通過していく。

 もちろん地面に落としたりはしない。誰かが死んじゃうので。

 前は子供がちびったけど、知らないとこれはマジでびびる。今度は俺たち全員の味方だ。

「すげぇ」

「ファイアボールいけぇえええ」

「うおぉぉおぉぉぉ」

「かっけええええ」

 子供たちは歓声をあげて見送った。騎士団も手を上げて応えている。

 傭兵たちはおっかなびっくりだが、それでも両手を振り上げたりして、応答した。

 ゴブリンの集団が明らかに混乱状態になった。

「やったな、ラニア」

「ラニアちゃん……」

「ラニアちゃん、みゃう」

 それじゃ次のターン。もちろん俺たちのターンだ。

「ミーニャ、祝福を」

「はいにゃ!」

 ミーニャが祝福を掛ける。その範囲、新東門から新北門までの全体。

 そんな全体入るのかよ、と思うじゃん? 入るんだ。そういうふうに思考さえできれば。

 ミーニャの負担はかなり大きいが、レベルアップもしているし、なによりエルフの血の濃さは折り紙付きだ。

 本人ができるって言うんだから信じるしかない。俺が信じなくてどうする。

「ラファリエール様、私たちをお守りください」

 ミーニャが聖印を切る。俺たちトライエ市軍に祝福の金色の粒が舞い散った。まるで神の体現だ。

「うぉおおおおお」

「わわ、うおうぉぉ」

「ラファリエール様のご加護の下に……」

 キン、コン。キン、コン。キンキンコン。キンカンコン。

 今度はシエルの『祝福のベル』が鳴る。最初演奏したときより曲が複雑かつ精密になっていた。

 ミーニャとシエルの祝福はいわゆる掛け算の関係らしくて、ブーストが掛かる。

 ゲームだったら効果が掛け算でバフとかかなりヤバいが、ここは異世界で文句を言うプレイヤーはいない。

「おぉおおおおお」

「きた、きたきたきた、祝福だぁ」

「ラファリエール様のご加護が我々の味方だ、続け!」

「「「「うぉおおおおおおおおお」」」」

 東門側だけでなく、祝福のベルも北門近くまで届いたらしい。雄たけびが聞こえる。

 貴族御用達の魔道具だけはある。前に五十人規模に使うと言った。それを愚直に適用したに過ぎない。過ぎないのだが、そんな場面はめったにないわけで。

 さて俺たちも出動しよう。俺だけ支援の出番がない。

 まあいいんだ。勇者は最後に現れると相場が決まっている。

 演劇の演出で言うところの、デウス・エクス・マキナというやつなので。

 ゴブリンの小集団が東側のほうへも流れてくるのが見える。

「目標視認! 行くぞ」

「「「おおぉおお」」」

 俺たちも剣を構える。文字通りゴブリンを剣で倒していく。

 騎士のビーエストさんを覚えているだろうか。配置転換なのかトライエ市内勤務になったらしく、ちょくちょく喫茶店に遊びに来て、その度にアイスティーを飲むついでに俺を鍛えていく。

 そんなこんなを繰り返していたので、俺もだいぶさまになってきた。

 自画自賛だけど、俺も強くなったのだ。

「エクスプローラー流剣術! 二の型」

 シュパパパンと剣を振るう。

「エクスプローラー流剣術! 三の型」

 シュピーンと剣を突く。剣筋が明らかに前と違う。

 型を再現しているだけだ。それだけなのに、思ったように剣を振るえる。

 そうしてあらかた戦い終わって敵が減ってきて、もう少しというところでボスが登場した。

「なんだあいつ」

「おい、弱い自覚があるやつは逃げろ。いいから、逃げろ!」

「やべーなあれ」

 何人もの冒険者を負傷させたゴブリン中のゴブリンがいた。

 少し離れていても鑑定は使える。よかった。

【ベルケ・ドメンドル

  25歳 オス C型 ゴブリンキング Bランク

  HP505/505 MP223/257

  健康状態:A(健康)】

 一丁前に健康だぜ。さすがボス。あとゴブリンなのに名前がある。へぇ。

 こういうのをネームドモンスターというらしいが、この世界で見るのは初めてだ。

「グワアアアア」

 ゴブリンキングのほうこうだ。幾人かの冒険者が恐慌状態になって、動けなくなってしまった。

 くそっ、状態異常デバフだ。効果が及ばなかった人が恐慌状態になった人を引っ張って逃げていく。

 まさか東門にボスが出るとはな。主力が北側だったから、こっちは手薄だし騎士団なども北側だ。ビーエストさんも北門側で戦っているはず。

 こちらは後方という認識だった。ボスには完全に裏をかかれている。

 この辺でこいつの相手をするのは……あれ、俺たちのパーティーしかいなくね?

 他のパーティーはもう完全にやられたか撤退してる。

 現状、一番近くて勝てそうなのは唯一、俺たちだけ。

 俺たちのすぐ後ろにはガキンチョパーティーが生存しているが、あいつらには無理だ。

「──やるしかないのか」

「え、エドがやるの!? ミーニャも応戦する」

 ミーニャが近づいてきてちゅっとキスをしていく。

 するとすぐにラニア、それからシエルもキスをしていく。

 あっ、もしかしてこれ「天使のキス」とかいうバフじゃないですかね。ありそう。

 確認しなくても、頭がいつもよりクリアだ。今まで剣術の稽古もした。強くなった自信はある。うぬれるつもりはない。ぎりぎりかもしれないけど、勝てるはずだ。

「うりゃあああ」

 俺はゴブリンキングに突っ込んでいく。まずはフェイント。続けてフェイント。さっと攻撃をけて一撃を入れる。

「ぐわぁああ」

 ちょっと痛かったらしく軽くえるものの、まだ健在だ。HPはかなり多い。

 大イノシシより少しHPが多いくらいでなんだってんだ。しかしこいつ、Bランクなんだよな。

「強いが、まだまだだ」

 フェイント、剣、剣、フェイント。織り交ぜて攻撃と防御をこなす。こういう戦闘は初めてだ。一瞬、間ができる。

「ファイア!」

 ラニアのファイアの合いの手が入る。また剣、フェイント、剣と攻撃する。訓練ではしたことがあっても、真剣でやりあったことはない。よし、このタイミングだ。

「エクスプローラー流剣術、サンダーブレード」

 雷が宙を舞う。その名の通り、雷をまとった俺の愛剣「クイックカッター」。

 カッターナイフみたいな名前だが、めてはいけない。

 効果「魔法付与:切断」はこういうとき、正しく当てられれば効果は絶大だ。

「ぐおぉおおおおおおおお」

 俺の剣が二回り以上大きいゴブリンキングを切断していく。

「おりゃああああ」

 俺は剣を上から下まで、振り切った。ゴブリンキングが縦真っ二つになって倒れていく。

 ドスン。

 巨体のゴブリンキングが大地に倒れた。

「やった! にゃぁあ」

「やりましたね。エド君」

「みゃう、やったやった、みゃう」

 みんなが俺に飛びついてもみくちゃにしてくる。

「ちょっと、みんな、くるしい、くるしいから」

「「「エド~~」」」

 どさくさに紛れてちゅってしたり抱きしめたり、愛情表現がいつもより強めだ。

 こうしてボス、ゴブリンキングをなんとか打ち倒した。

 冒険者や傭兵はゴブリン相手に死者を出さずに済んだようだ。たかがゴブリンされどゴブリン、を負った者は多い。ラニエルダの被害は軽微に終わった。

 トライエ市内に被害はない。

 こうして、また俺たちは日常へ戻っていくのでした。




 あれだけいたゴブリンが全滅した。ゴブリン・スタンピードを制圧したのだ。

 ゴブリンキングがほぼ最後だったのか、その後は残党を散発的に倒して勝利を収めた。

 敵の掃討を確認した騎士団が笛を吹く。するとあちこちから勝利の雄たけびが聞こえた。

「うぉおおおお」

「われらの勝利だああ」

「女神様、ありがとうございます」

「ラファリエール様、ありがとうございました」

 モンスターの中ではゴブリンは弱い。

 スタンピードの中でも弱い魔物ではあるが、小さな町であれば全滅することもある。

 以前エルダニアを襲ったのはモンスター・スタンピードといって、一番恐ろしいタイプのスタンピードだ。

 特定の魔物ではなくあらゆる魔物の混成部隊が襲ってくる。

 ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、トロール、ハーピー、などが確認されていた。

 すわ魔王軍の襲来かと思う人もいたが、魔王領はずっと遠いので、違うとされる。


 今回は実質的な被害は軽微だ。人は多いが、大怪我の人は少ない。

 たかがゴブリンされどゴブリンとはいえ、重傷者が少ないのは幸いだった。

 あと死者も確認はされていない。

 これは領主令で「命は大切に。怪我したらさっさとひっこめ」と忠告されていたことも大きい。

 あの領主、ちょっと抜けているが頭は切れるほうだ。

 ただタイミングに関しては、あまりよろしくない。防壁も間に合わなかったし。

 警報は解除して注意報にしちゃうし。ようへいも半分は帰っちゃうし。

 その後は戦後処理をすることになった。まずまだ元気がある下っ端は、片っ端からゴブリンの死体を剥いで皮と魔石を回収していく。こういう近場で出たゴブリンの皮はなめして干した後、俺たち御用達の安い靴やかばんなどの材料にされる。

 スラム街のテントの半数もゴブリンの革製だと思う。

 ゴブリン肉はめちゃくちゃくて少なくとも人間は食べない。ゴブリンキングからなら肉も多く取れそうだが、不味いものは仕方がない。スラム民でも避けて歩く。

 オオカミとかイヌはバクバク食べるので、ペットフードにされることが決まった。

 ちょっと量が多いので乾燥させて、いわゆる「ジャーキー」に加工されるそうだ。

 領内の農家や商店がてんてこ舞いになって今、人員を集めている。

「おい、キングの魔石だ」

「でけぇな、おい」

 俺たちも残存しているぺーぺーにカウントされているのと、キングを倒した当事者なので、ゴブリンキングの解体をさせられている。

 本当はギルド職員が派遣されてくるはずだったのだが、忙しすぎて連絡がつかず、どっかで何かしているらしい。

 俺はそっとゴブリンキングの魔石をアイテムボックスに収納する。

 スられたらたまったもんじゃないので。金貨二十枚は堅い。もっとするかも。

 俺たちが倒したので俺たちに所有権があるのは確認してある。

 さてキングの処理が終わったので、俺たちはささっと解体の前線を離脱する。

 俺たちにはあらかじめ領主から直々に命令書が出されていた、秘められた仕事がある。

 いわゆる『飯の冒険者』。

 普段は『剣の冒険者』だが、今回は飯炊き係に特任されている。

 今回ぽっきりという名目だが、わかったもんではない。

 トマトや各種野菜はすでに領主館から送られてきたのを収納してある。

 あと鍋。デカいのをいくつか領主館が貸し出してくれた。

 それから魔道コンロ。こちらも業務用の移動コンロを四つばかり。

 ということでラニエルダ青空小学校の前に陣取って、学校のコンロと合わせて「トマトスープ」を作っていく。

 最近ひそかにめていたエルダタケを涙を流す勢いで入れる。

 くそっ、まあみんながしく食べてくれるのはうれしいが、自家用にしようと思っていたのにこの命令ですよ。

 キノコは自家用だ! と主張したが、それなら兵士を貸してやると言って、エルダタケ大捜索になったのだ。

 まだゴブリン警報発令中で警戒態勢の中、兵士が警備を兼ねて草原を歩き回ったのだった。

 結果、数はそろったがぎりぎりで、俺の自家用分も投入するしかなかった。

 その代わり大量のトマトとキノコのうまスープができた。

 他にも何軒かテントが出ていて、調理作業をしている。

 当たり前だが、これだけの人数相手に俺たちだけに料理をすべて丸投げしてくるほど領主は出来ない人ではない。

 テント群の前には、ゴブリンの襲撃で少しだけど壊れた家とか外の折れた木などが集められ山にされていて、それに火がついている。

 いわゆるキャンプファイアになっている。地球では昔よくあったと聞く。この雰囲気は後夜祭だ。


「はーい、みなさーん。領主公認、トマトスープですよぉ」

「「「うおおお」」」

「「おおぉぉお」」

 男たちの野太い声がスラム街の外の平野に広がった。お皿も領主館持ちだ。

 洗うのは俺たちなのだが、何人かお手伝いさんが来ているので、なんとか回す。

「おぉなんだこれ、うま」

「うまうま」

「トマトうめぇな」

「これがトマトスープってか。前食ったのと全然違うんだが」

「これが領主様のトマトスープかあ、すげえうまい」

「領主の野郎、こんなうまいもん、普段一人でくってんのか」

「あいつっ……」

「くそ領主め」

「うまい、うまい。おかわり? え、おかわりないの? 一巡してから? わかった。並ぶ並ぶ」

 行列ができる。スープをみんなばくばく平らげていく。

 野菜は小さめにしてある。スプーンすら使わないで、じか飲みの人も多数いる。

「おいしー」

「すごいわ」

「うちの旦那もこれくらい作れればねぇ」

「きゃはは」

 女の子も結構交ざっている。なんか愚痴も聞こえるが、聞かなかったことにしよう。

 このトマトスープ。

 偶然の産物なのだが、トマトとエルダタケの旨味成分は合わさると、万倍うまい。

 問題はエルダタケの鑑定料が高いのと、素人が未鑑定で食うと死ぬってことだな。

 自分で鑑定できれば問題ないのだが。

 俺はひっそりひそひそ使っているから大丈夫だが、バレたら領主にさ、

『エド、お前は一生キノコでも採ってろ。キノコ男爵に特任してやる』

 って言われそうな件だな。値段が高いから悪くはないが、専売できればの話だ。

 同業者が出てくると、稼ぎが一気に減る恐れがある。

 さて、こうしてトマトスープを関係者一同に振る舞って、『飯の冒険者』の任務を遂行した。

 指名依頼扱いなので、冒険者ギルドからの評価も上がったことでしょう。

 他のテントではパン、干し肉、ドライフルーツなどを配給していた。

 スープも何種類かあった。それから西の森のオオカミ肉が振る舞われていた。

 あとビエルシーラ商店が健康茶の無料露店を出していたのは確認した。

 あのビエルシーラさんもちゃっかり仕事している。無料配布なのも憎いところだ。

 茶葉の購入にはお金がかかっているだろうに、これはいい宣伝になる。

 今、健康茶は知る人ぞ知る密かなブームだ。

 本格的なブームになれば一気に黒字確定、あとはボーナス倍ドンが約束されていると。

 こうしてお披露目できる機会はめったにないだろう。しっかり押さえるところは押さえるのだ。

 そして余裕の表情で従者の少女連れで視察に来て、ちゃっかり健康茶を飲んでいく司祭様にも目ん玉飛び出るかと思った。

 門の外へほいほい来ていい身分ではないだろうに。



 家を借りるとき身辺調査があると前に触れたと思う。うちの家主は俺になっている。

 ギードさんは俺が身元保証人で、うちの居候という扱いになっている。

 これでギードさんは詳しい身辺調査を免れている。

 ミーニャとその母親メルンさんはギードさんが身元保証人だ。で俺はというと、元々は母のトマリアが身元保証人。

 でもいなくなってしまったので、今はドリドンさんが身元保証人なのだ。

 あのおっちゃんには実はお世話になっている。だからこれくらいの家が借りられる。

 俺本人のギルドでの取引記録も悪くないし、素行調査も問題ない。というふうになっているのだ。

 ギードさん一家がエルフでちょっと訳アリなのは、ギルド長などは知っているはずだ。さすがにバレていないとは思っていない。

 前は何とも思っていなかったが、ティターニア聖国のサルバトリア公爵その人だと判明したので、線が一本につながった。

 少し前、それは教会組織についての授業だった。

 ギードさんは当事者の一人だが第三者視点で的確に状況を生徒に説明した。ギードさんがエルフなのは一応秘密でフードをかぶっている。人族でも金髪はいるので、別におかしくはない。

 あとフードを取らない人も多い。特に年配者のハゲてる人とか。

「エルフ国の教会にはラファリエ教会とティターニア正教会があるんだ」

「そうなの?」

「うん」

 ミーニャが不思議そうに聞いている。

 ラファリエ教会ができたのははるか昔のことだった。そしてティターニア正教会ができたのも同じくらい古いとされる。今となってはどちらが古いか判別は難しい。

 エルフ国にさえよくわからないのだから、ヒューマンごときにわかるわけなかった。

 ティターニア正教会はエルフ国のティターニア聖国に本部があり、ずっと昔はティターニアの王家も信仰していた。

 ティターニア正教会ではエルフは人間よりも上の立場で、人類を導く存在とされる。

 ラファリエ教会はエルデベリム教国に本部があり、こちらは人間が多く信奉している。人類はみな平等がモットーだ。ただし実際には獣人は下に見られる。

 我がメルリア王国も当然ラファリエ教だ。そこで「元祖」「本家」戦争がぼっぱつして、何度も戦闘行為をしてきた。エルフ対人間の戦争、紛争は長く続いた。

 しかし八百年前、ティターニア王家が「戦争は不毛である」と決断を下し、ラファリエ教に改宗したのだ。裏王家ももちろんこれに合わせた。

 これが世にいう「教会宗派不毛宣言」なのだそうだ。

 しかしパンピーのハーフエルフは自分たちが人類より格上で導く存在なのだと今も信じている。

 というか信じて疑わないし、そうでないと自尊心が満たされない。

 そのためティターニア聖国の諸侯の多くは今でもティターニア正教会からの改宗を拒んでいる。

 かれこれ八百年。ずっとエルフ国はこの国内問題を解決できていない。

 サルバトリア公爵領の教会派と諸侯の正教会派は仲が悪いということだ。

 それでもってトライエ市はもちろん教会派なので、当たり前だがサルバトリア公爵領ゆかりのエルフたちを情報いんぺいして保護してるのだ。

 だから領主も、エルフ国の諸侯からサルバトリア公爵領から逃げてきた貴族を逮捕しろと逮捕状一覧をもらっているが、全無視して知らん顔をしている。どうせ山向こうだ。

 サルバトリア公爵領の精鋭エルフ騎士団と違って山を越えてまで攻めてこないだろう。と街ではうわさされている。だからトライエ市にはエルフさんも思ったより多くいるのだが、中にはサルバトリアから逃げてきた訳アリが何人もいるらしい。

 このことは市民外にはタブーである。ここまで一般常識なのだそうだ。

 なるほどスラム街にいると知らないことも多い。

 ギード先生の歴史、地理、政治の話は当事者だけあって詳しくて面白い。

 面白いとか言ったら悪いかもしれないが、興味がないよりはましだ。

 ミーニャはあまり関心がない様子。鼻くそは今日はほじっていない。

 ラニアは前傾姿勢で興味津々で目を丸くして耳を立てている。

 シエルもふんふんと一応聞いてはいるが、かわいい右耳から左耳へ抜けていってそうだ。

 つまり領主、ギルド長など少数の偉い人には、ギードさんたちがいることは黙認されているのだ。

 せんさくしないようにしているのだろう。知らなければなんということもない。

 それなら近所さんは、知ってても「俺らは知らない、わかんない」で通せる。

 けんを売っているようだが、トライエ市から見たら隣のエルダニアを支援してくれた人らを保護するのは当たり前だし、逆にそれを反逆罪と言って攻めてくる人たちと仲良くする理由がない。

 敵に塩を送る理由は何もなかった。

 そこで街にいるエルフが教会派なのか正教会派なのかが問題になってくるというわけだ。



 後夜祭の終盤。

「君がゴブリンキングを倒したっていう、黒髪黒眼のエド君か」

「え、あ、はい」

「若いけど、なかなかやるようだね」

「あ、どうも、ありがとうございます。死に物狂いでしたけど、なんとか」

「謙遜もちゃんとしている。こりゃ大物になりそうだな。頑張って」

 お兄さんがいきなり話しかけてきた。この人、珍しく俺と同じ黒髪黒眼だ。

「僕はマーク・エリンドン。名誉男爵」

「あ、あの、エドです」

 俺に握手を求めてきたので、応じる。その手は確かに戦闘をしてきた人の手だった。硬い。

「あの、ひょっとして転生者じゃ」

「転生者かい? 聞いたことがないね」

「そうですか」

 黒髪黒眼だから転生者かと思った。どうやら違うらしい。


 ただこのお兄さん、ちょっと騎士団みたいなよろいが目立つうえに、後ろの連れの女の子三人が……うーん。

 めっちゃ美しいエルフの三人──おそらく姉妹──を従えている。

 ポンチョコートで衣装を隠している上からでも、おっぱいが大きい。

 首から上は出ていて、腰まである長い金髪がれいだ。

 それから腰は細くてお尻が大きいのがシルエットでもはっきりわかる。

 エルフってみんなおっぱい小さいのかと思ってたけど、そうでもないな。

 ポンチョコートは短く膝上丈で、ミニスカートのワンピースみたいになっている。

 顔は間違いなく美少女だろう。耳ははっきりとがっていて長い。

「あの……」

 聞くに聞けない感じだったのだけど、俺が言葉を濁すと理解してくれたようだ。

「ああ、彼女たちはラプンツェル・シスターズだよ」

「ラプンツェル・シスターズですか?」

「そう。知らない? 美しいエルフの三姉妹さ」

「いえ、スラム街に住んでると周りのことはあまり情報が入ってこなくて。すみません」

「そっか、そうだよな。こんなところで。すまない」

「いえ、別にいいんです」

 ラプンツェルといえば、塔の上に幽閉されていて長い髪を下ろして王子を登らせておうを楽しんだという話だけど。

 この世界でも似たような話があって、便宜上ラプンツェルと呼ぶ。

 それでエルフの三姉妹だ。

「君を一人前として認めよう。三人ともエド君に正式な挨拶をしてくれ、特別だからね」

「わかりました」

「「はい……」」

 三人とも、うなずき合うとそっとポンチョコートの合わせを開いて脱ぎ、マジックバッグへと収納する。

 ポンチョの下は軽装のドレスアーマー姿だった。金属製のブレストプレートとミニスカートだ。

 エルフ特有の白く透けるような美しい素肌が少し見えている。

 全体的には金属は白金、服は薄緑、薄いあさいろだ。緑がエルフっぽい。

 胸の上には小さいリボン飾りがある。

 長女が赤いリボン、次女がピンク、三女がオレンジ以外は共通だ。リボンは色がはっきりしていて結構目立つ。足は薄緑色のニーソックスと絶対領域がまぶしい。

 ありていに言えば、高そう。

 貴族が使うような本気の金属装飾とエンチャントなどで防御力を高めてありそうな、あれだ。

「高貴なエルフの女性はみな、髪を伸ばすものなのだそうだ。山向こうでは」

「へぇ」

「では、挨拶を」

 カーテシーを三人が揃ってする。ミニスカートの裾をつまんで広げかわいらしく首をかしげる。