領主が興味を示さなければ市井に回るだけのことだ。

 または誰かが指名依頼などで先に確保していなければ、一般の貴族などに回ってくることもあるだろう。

 領主にいつも優先権があるというわけではないが、金貨をポンポン出せる家というのは限られているのも一応は事実だった。

 領主一家の美味しい晩餐はまたいずれ開催されることもあるだろう。




 南側の川沿いの貴族街を通ってその一番奥、領主館へと到着した。俺たちは緊張しているが、現実味がないのもまた事実だった。領主館の正面ロータリーの車寄せで馬車が止まる。

 馬車のドアが外から開けられ、ドアマンが頭を下げる。

「では行きましょうか」

 さわやかなイケメンに先導され馬車を降りる。エルダニアとの往復に乗っていたオンボロのほろ馬車と違い、貴族馬車はサイドドアだ。一気に緊張してくる。順番にタラップを降りて地面に立つ。ちょっと足を踏み外しそうになるが、頑張った。中世風馬車は現代の車よりだいたい車高が高いのだ。


 正面玄関のホールを通る。ここには魔道具のシャンデリアがこうこうと光を放っている。

 まだ夕方で太陽は沈み切っていないが、すでに点灯していた。

 奥に通されて、第二えっけん室という少し格下の者との謁見で使われる部屋に通された。

「ようこそ諸君。なんでもエルダニアにてトマトスープを振る舞ったそうだな。それも絶品の」

「はっ」

 絶品の、などと言われて自分たちで「はっ」とか同意するのもどうかとは思う。

 隣のギードさんは元貴族だけあって余裕の表情だ。少し悔しい。

「兵にも住人たちにも無償で提供し士気を上げたそうだな。彼らの娯楽は少ない。それはそれは感謝されたと聞く」

「えぇえ」

「よって、金貨二十枚を我が領主、トーマス・ゼッケンバウアーの名のもと、報奨金として出そう」

「あっ、ありがとうございます」

「ところで、代表してそこの子供が答えているが、これは?」

「はい。トマトスープを作ったのは彼なので」

「ほぅ」

 ギードさんがさらりと矛先を俺に向けてくる。ヤメテ。

「金貨は約束しよう。ところでそのトマトスープを我が家族にも食べさせてはくれないだろうか」

「それは……」

「だめなのか。そんなっ、いつもいつも似たような鳥料理で飽きてしまったのだ」

「はい」

「トマトスープも飲んだことはあるが、感動するほどではないと思っていた」

 熱烈に料理へのこだわりを語る領主様。

「ということで、作ってほしい」

「──わかりました」

「ビーエスト君は任務の途中だったにもかかわらず戻ってきた件、この報告により不問とする、そのように」

「はっ」

 ビーエストさんが頭を下げて騎士の礼をした。


 ちゅうぼうを借りる。さすが領主館、魔道コンロが何口もある立派な複合コンロがある。

 それを使ってトマトと各種野菜を入れていく。材料はこの前と同じだ。

 しかし違いはある。トマトは使い切ってしまったので、厨房の市販品の在庫を使わせてもらった。

 味はあまり変わらないが、うまが若干少ないように思う。

 トマトは水分の少ない塩気がある土地で作るといいというが、もしかしたらこの世界ではたっぷりの肥料と水分でぜいたくにトマトを作っていて、旨味の凝縮が弱いのではないだろうか。

 一方で自然に生えているものは、そういうコントロールをしていない分、環境に耐えてしいトマトになっているものと思われる。

 これは再現が難しいかもしれない。しかし始めてしまったものはしょうがない。

 そしてキノコ、エルダタケをやはり少量入れる。トマトとエルダタケの相乗効果で旨味は何倍にもなる。これがよくわからないが、化学反応というやつで、人間にはそう感じられるから不思議だ。

 厨房から使用人とともにトマトスープを持って領主の食堂へ行くと、そこにはかわいらしい姫様がお二人いた。

「マリエールです。十歳です」

「エレノアです。六歳になります」

 マリエール様は茶色いストレートヘアでお姉さんだ。

 エレノア様はピンク髪でツインテールにしており、これはこれでとてもチャーミングだった。

 二人ともそろって俺に向かってカーテシーを披露する。かわいい。

 ドレスはマリエール様は水色のワンピース。エレノア様は白いワンピースだ。黄色い小さなリボンがアクセントになっている。フリフリの装飾がついており、よけいかわいい。奥様も横に控えていた。

「キャシーです。伯爵夫人です。夫が無理を言ったそうですね。すみません」

「いえ」

「しかし子供たちも楽しみにしていて、私も断れなかったのです。許してちょうだい」

「大丈夫です。はい」

 俺は恐縮して縮こまる。味のチェックはした。まったく同じにはならなかったが十分美味しかった。ついでにコショウを少し入れて、より俺好みにしてみた。たぶんこちらのほうが味が締まって美味しくなると思う。

「どうぞ」

「では、失礼して。ラファリエール様へ、日々の感謝をささげます」

「「「毎日、見守ってくださり、ありがとうございます。メルエシール・ラ・ブラエル」」」

 正式な挨拶をして食べ始める領主さん一家。

「美味しいですわ」

「なにこれ、すごく、美味しい」

「トマトスープも化けたものだわ」

「うむ、これはうまい。上々だな」

 みんな感想を言ってくれる。その後は、もくもくとスプーンを動かしている。動作パターンはうちの子と似ている。そんなに美味しいのだろうか。確かに美味しいには美味しかった。

 ハンバーグとか出したら延々と食べてそう。

「これをあなたが作ったのね! えっと確かエド! エド君」

「まあ、そうです」

「決めた。エド君は私のお婿さん。毎日美味しい料理を作ってちょうだい」

「こら、エレノア!」

「なんでですの、お母様。美味しい料理は重要ですよ」

「そうですけど、お婿さんだなんて。相手の気持ちを考えなさい」

「でも」

「ほら、あちらを」

「えっ……」

 そうなのだ。意識されていなかったけど、部屋の隅に使用人と一緒にみんな並んで見ていたのだ。

「ご家族のみなさんがいるのよ」

「女の子ばっかり! みんなお嫁さんなの? エドくーん」

「ま、まあ、みんな僕のうちの女の子です。はい」

「きゃっきゃ」

 エレノア様を静かにさせるのに、このあと少し時間がかかった。

 あとミーニャたちも領主の娘に取られそうで気が気ではなかっただろう。ごめん。


 謁見を終えて、再び馬車に乗せられて家に戻ってきた。

 馬車は道の都合でラニエルダには入れないので、街道のすぐ脇に停車する。

「それじゃあ、ビーエストさん、さようなら」

「はい、さようなら。また会う機会がありましたら、よろしくお願いします」

 送り迎えをしてくれたビーエストさんに挨拶をして、スラム街の家に戻る。

 領主館で自分たちのトマトスープもちゃっかり頂いて食べてきたので夕飯の心配はない。

 この日はこのままおやすみとなった。



 翌日。馬車の返却によって保証金の金貨十枚が戻ってきた。そして金貨二十枚をいただいたので、合計で金貨三十枚ほど余裕ができた。

 引っ越しをしよう。この前から考えていたことだ。ラニエルダには愛着もあるものの、是が非でも住み続けたいというほど執着心はない。

 なんやかんやドリドン雑貨店には引き続きお世話になる予定だけど、家についてはいいだろう。

 不動産屋さんという職種はなく、経緯は知らないけれど冒険者ギルドの管轄となっている。商業ギルドではないかと思うんだけど、冒険者ギルドが扱うのがこの世界の標準らしい。

 今日もギードさんは一張羅のお忍び衣装を着ている。いや変装というかこっちが正装なのかな。

 フードをかぶればとんがり耳も隠せるので、この格好がいいのだろう。

 いつもはもっと作業着みたいな茶色い服を着ている。茶色い服はスラム街の標準服とでもいうべき地味なやつで、春秋や冬に着るようなお洒落しゃれな茶系カラーの服のことではない。

 ギルドの受付、クエストカウンターに並んで用件を言った。

「スラム街に住んでいたんですけど、トライエ市内に家を借りたいです」

「ミーニャ様たちも城内にお引っ越しなのですね。おめでとうございます」

「あの、予算は金貨二十枚くらいなんですけど。それでなるべく長く住めるところを」

「そうですね、私が特別に案内します」

 そう言うなりエルフの受付嬢さんはカウンターから出てくる。

 カウンターの席には「離席中です。他をご利用ください」という札が出されている。

 この札は以前にも見たことがあり、意味を教えてもらった。

「そういえばお姉さんって名前は?」

「私はミクラシア・アウフヘーベン・トラスティアです。よろしくお願いします」

 くっそ。相変わらずエルフの名前は長い。ハーフエルフでもこうなのか。

 鑑定しようと思って、そういえば無断で鑑定は失礼だって言っていたことを思い出した。

 なぜか視線を一瞬さっと俺に移してウィンクしてくるミクラシアさん。

 鑑定が使えることは隠しているけれど、すでにバレているかもしれない。

 さらに今、鑑定しようとしたこともバレたかもと焦る。する前でよかった。セーフ。

 一緒に資料を見に行って、いくつか見繕ってもらった。そうして内覧をした。

 結果は東門から少し北に行った、ちょうどスラム街の背面に位置する家に決まった。

 表通りから離れており普段は静かだ。家の裏側すぐのところには狭いながらも畑が広がっていて、市内の農家さんが作業をしている。

 狭いトライエ市内であれば全部住宅地かというとそんなことはなく、最低限の農地があるのだ。

 これはろうじょうしたりするときを考えてのことだが、もちろん市民全員を食べさせるには足りない。

 ないよりはマシという程度のものだ。

「ここが新しいおうち!」

「わわ、私も一緒に住んでいいんですみゃう?」

「いいんだよ、シエル」

「やったぁ、みゃう」

 さて家の構造だけど、キッチンとダイニングが並んでいて、別にリビングがある。夫婦の寝室と子供部屋だ。それから近場の井戸と専用スライムトイレ完備。

 俺もついに一人部屋かと思っていたが、ミーニャがくっついて離れないので、一緒の部屋になった。もっと広い家もあったのだけど家賃は高いし、子供部屋が個室だとイヤだ、と主張したのだ。

 ということで子供部屋は一部屋にして、手頃な賃料の家に決まったのだった。

 幸いなことに大型家具は前の住人が残していっており、テーブルと椅子は人数分があった。

 ベッドはないので、当分は床に毛布を敷いて寝るとしよう。

 スラム街の家は「メルン診療所」として独立することが決まった。手放すのもアレだし、母親トマリアが戻ってくるなら、そのままのほうがよい。

 あとエッグバードちゃんは診療所住まいとなることが決まった。一緒に住むより、ここのほうが落ち着きそうだったので。

 家賃はひと月金貨一枚。二十枚で二十か月は住める。

 この世界には敷金や礼金という制度はなくて代わりに家賃がちょっと高い。あと基本的に冒険者ギルドでの信用度で借りられる家が異なる。冒険者ギルドで直接世話になっていない人は、身辺調査や商業ギルドなどへの問い合わせで決まるそうだ。

 新しい家が決まり、スラム街の家を離れる時が来た。

「はい、荷物」

「ありがとう~エドぉ」

 アイテムボックスは家族には知られている。さっさと荷物を収納して引っ越す。

 大型家具などはスラム街の家にはないので、楽ではあった。

「じゃあな、スラム街の家……」

 家に声をかける。別にそういう宗教ではないが、メルン診療所で使うもの以外はみんな持っていってしまったので、布団もお客さん用のみ、たくさんあったかごなどの収納品もない。

 ずいぶんガランとしてさみしい感じがした。相変わらず何を考えているのかわからないエッグバードだけは部屋が広くなったと楽しそうに家の中を歩きまわっている。

「コケ、ココココ」

「お前は元気でいいな。また卵を産んでくれ」

「ココ」

 そうして古い家と一応、お別れをした。

 ラニアは、引っ越しをすると言ったらだいぶグズッたけど、最終的には同意してくれた。

「ラニア、今までと同じように一緒に遊びに行くから」

「エド君、私を置いて、他の女と一緒に行ってしまうのですね」

「そんな言い方しないでくれぇ」

「あはは、冗談ですよ。また遊んでくださいな。うちもそろそろ引っ越しするんです」

「え、そうなのか! よかったじゃん」

「はいっ」

 ラニアも引っ越しか。うちよりボロい家だったもんな。

 明らかに稼いでいる割には家はそんなんでアンバランスだったから、不思議だったんだ。



 春の終わりの月曜日。

「エドぉ、すきぃ」

「あぁ、ミーニャおはよう」

「おはよう、エド」

 ちゅっちゅとミーニャがほっぺにキスをしてくる。まだキスがなんたるかを理解していないのか。

 それとも理解しているからこその女の子の愛情表現なのか。

 それを見ているシエルは顔を赤くしているが、まだ眠たくてそれどころではない。

 シエルは朝が弱く、ぐずぐず俺に抱き着いて寝ようとするので、ちょっと困る。

 ミーニャの両親とは部屋が別になったので、俺とミーニャと新入りのシエルで川の字で寝ている。

 まだ床に転がって毛布だけ使っている。ベッドは欲しいような、別になくてもいいような。

 宿に泊まったときにはベッドもいいかな、とは思ったけど快適度で言えばミーニャとシエルの抱き心地のほうがいい。

 部屋は前と同じで土足禁止だ。キッチンとダイニングは土足で、部屋の前で脱ぐことにしている。

「エド君、今日は狼煙のろしの日だよ」

「わかった」

 ギードさんが教えてくれる。──『狼煙の日』。なんということはない。

 国中の公的機関の狼煙台が一斉に火をつけて、その訓練をする日だ。

 イザというときにやり方がわからなかったり、狼煙が見えなかったりではお話にならない。

 そのためこの国では年に二回、春の終わりと秋の終わりの月曜日に狼煙を上げる。

 俺たちには特に意味はないが祝祭日というやつだ。

 暦の上では、それぞれの狼煙の日の翌日からを夏、冬と呼んでいる。実際にはまだ寒い日がたまにあったりするんだけど、そういうことになっている。いわゆる「暦の上では夏」とかいうやつだ。

 朝ご飯を食べて、スプーン作りをして早めにイルク豆でお昼を済ませてしまう。

 そして正午になる前に、スラム街までみんなで行く。

 前の家、今は「メルン診療所」へ向かった。

 この辺りからは森の上に「見張り山」が見えるのだ。

 スラム街の家はどの家も平屋建てという不文律があり、しかもだいたい屋根が低い。

 メルン診療所はスラム街の中では立派な土の壁と木の屋根だ。ただしすきは空いていて、相応にボロい。

 それ未満のテントみたいな家が多いので、当然屋根はあってないようなものだ。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 お忘れだと思うが、正午十二時は「六の刻」といい「六の鐘」が鳴る。

 時間を支配している立派な教会様は魔道機械式という魔道具と機械のハイブリッドの大型時計を設置していて、時刻はかなり正確であるという。

「おおぉ、煙、出てきた」

「すごいすごい。これが狼煙なんだねぇ」

 ミーニャも半年前に見たことがあるはずだが、初見のようによろこんでいる。

 子供はなんでも覚えているとは限らないので、まあそんなもんだ。

「狼煙ですね」

「わわ、狼煙みゃう」

 三者三様の反応をして、みんなで同じように右手を目の上にやって、遠くを眺めるポーズでそれを見つめる。

「反対側見てみ」

 西側を見るとトライエ市の城門つまり東門があり、その城門の上からも狼煙が出ている。

 それから少し南側の領主館の辺りからも狼煙が上がっているのが見える。

 領主館そのものは城壁で完全に見えない。さらに北門、西門からも煙が出ていた。

「あっち、あっち、遠くみゃう!」

 シエルが指を差すのはエルダニアの方向だ。

 確かに遠くにかすんでいるが、狼煙の白い煙が見える。

 狼煙はまきなどに水分の多いものを投入して、たくさん煙を出すので、ほとんどが水蒸気だ。だからだいたいは白い。たまに違う意味を持たせるために、黒い煙と白い煙を使い分けることもあるらしいが、詳しくは知らない。

 周りをぐるっと見渡してみると、途中のバレル町がある東方向からも煙が上がっている。それからその少し手前、エクシス橋からの煙も見える。

「ヘルホルン山のほうも! 二つある!」

「おう」

 北のほうへ目を移すとヘルホルン山の左右からの狼煙も確認できる。

 西側の登山道のふもとにあるヘルホルン西とりで、エルフ騎士団が通ったはずのヘルホルン東砦の二つだ。

 砦といっても規模は小さく、一応エルフ国との国境の関所なのだけど、まあ石造りの立派な山小屋並みと言ってもいい。標高が高いので、冬季には少し雪も降る。

 このトライエ市は雪はほとんど降らないけど、北のほうは山の影響なのか積雪があるのだ。

 エルダニアへもその雪が風に乗って飛んでくるらしく、年に何回かは降雪があるそうだ。

 だからエルダニアからの避難民は雪を避けて南側のトライエ市に多く滞在している。

 生粋の『エルダニアン』は冬になるとみな同じ冗談を言う。

 ドリドンさんとかね。

『今日は寒いな。エルダニアの雪が恋しいぜ』

 腕をさすりながら鼻で笑い飛ばす。寒いくせに、よく言うよ。

 ドリドンさんも元エルダニア民で、大型商店を営んでいた。

 持てるだけの財産を持って逃げてきたが、財産のほとんどが物資だったので、そのほとんどを失った。残ったのは人脈くらいだったそうだ。

 あの人は利益が出るようになってもトライエ市内に移転するのをしぶってスラム街でドリドン雑貨店を続けている。

 一つはスラム民のため、もう一つはエルダニアンだからだ。

 彼の目標はエルダニアの再興であって、トライエ市民になりたいわけではないのだそうだ。

 まあドリドン雑貨店が閉店になったらスラム民が困るのは目に見えているので、大変ありがたい。

 俺はひと足先にトライエ市民になってしまったが、恨まないでくれ。

 そうそう、市民になるとはいうが、家賃には市民税が含まれているので、個別に税金を負担する必要はない。

 正確に言えば「人頭税」という税で、人間にかかっている。

 これは借家の入居可能人数より多くの人が住んでも問題ないことになっている。どんぶり勘定らしい。いちいち事務処理なんてやってられないので、その経費を考えたら家賃から天引きしたほうが安く済むという合理的な考え方によるものらしい。情報処理システムとかあるわけないので、それでいいのだ。

 この政策はトライエ市で子供を産んでもその分の人頭税を負担する必要がないという意味でもあるため、近年出生率が上がっていて、子供が多いらしい。

 景気が上向きであるのと合わせて、市内の活気はこうして作られている。

 なお他の都市がどのような税徴収システムであるかは知らない。

 とにかく、こうして狼煙の日を無事に過ごすことができた。




 さてギードさんはスプーン作りを主にやっていたが、そろそろ俺も困っているので、協力してもらうことになった。

 それは端的に言って、文字が読み書きできないと不便だという問題だ。

 冒険者ギルドのクエストボードでさえ、いくつかの単語と数字くらいしか読めない。

 英語みたいな表音文字なので、勘で読むこともできなくはないのだけど、全部のアルファベットと読み方の組み合わせをまだ覚えていない。

「ということで、ギードさんにはスラム街で青空教室をお願いします」

「あ、ああ」

「給料はラニエルダの自治会から出るから。ドリドン雑貨店とミランダ雑貨店の後援なんだ」

「ほう、もうそこまで話を取り付けたか」

「おうよ」

 ということでギード先生にお願いして、この世界の大陸共通語を習う。

 ほとんどはアルファベットもどきなので、俺はそれをアルファベットと呼んでいる。

 数字は十進数で記号が十種類。これは奇跡的に、まんま算用数字と酷似している。

 ちょっと覚えてしまえば転生者なら余裕だろう。


 場所は北地区と東地区の中間地点の空き地に、掘っ立て小屋が建ったのでその横になった。

 以前の『エドのうんち一週間戦争』の舞台のすぐ脇だ。

 参加者は両地区のガキンチョたち、以下生徒と呼ぶ。

 下は五歳くらいから上は十歳くらいまで。俺にとっては当たり前のことだけど男女共学だ。

 一部で「女子にはぜいたくだ」という差別主義過激派がいたが、ドリドンさんが一喝して黙らせた。

 ドリドンさんは当たり前だけど、お店に買い物に来る子は女子が多いって知っている。

 買い物で文字の読み書きは必須ではないが、大きなアドバンテージになると説明して納得させた。

 残念ながら文字や数字が読めなくてお店にぼったくられる人は多い。

 ドリドンさんが誠実じゃなかったら、スラム街の住人なんて商人の格好の標的だ。

 十歳以上の子はなんとなく字を読める。

 正確なスペルでつづるのは難しいけど書けなくもない。

 ということがアンケートでわかったので小学生くらいが対象だ。

「「ギード先生、お願いします」」

 子供たちが茶色い服を着て集まってくる。中にはお洒落しゃれをして色付きの服の子もいる。

 俺はもちろん茶色。

 ミーニャは緑のワンピース、ラニアは青と白のワンピース、シエルはピンクのワンピース。

 みんな一張羅だ。予備の服も欲しい、とずっと思っているがなかなか実現しない。

 お金が自腹だとなると言い出しにくいし。

 服をたくさん買って毎日洗濯して着替えるとか、どこの貴族だよ、という世界で、そういう価値観の押し付けはよくないという理由もある。

 ギード先生は文字を全種類並べて簡単なABCの歌みたいなものを披露する。

 お歌とかバカにしてはいけない。こういう基礎からやるのが重要なのだ。

 青空教室と呼んでいるが、正式には「ラニエルダ青空小学校」とドリドンさんに命名された。

 ドリドン雑貨店とミランダ雑貨店の出資比率はドリドンさんが六割だ。

 スラム街に住んでいない子も通っていいことになっている。

 一応月謝がある。月に一人銀貨一枚。あってないようなものだが費用がかかるので徴収することになった。これは滞納しても罰則はない。

 授業時間は週五日の午前中のみで、ドリドンさんの提供、計らいにより給食が出る。といってもイルク豆の塩ゆで、俺が以前食べていたアレだけど。月謝があっても、給食を食べるだけでもおつりがくるから通わせるだろう。まともな損得勘定ができるなら。

 こうして学校事業は軌道に乗り、本日ABCの歌を歌っているわけだ。

 集まってみると中には知らない子もいる。学年が上のほうの子は結構知らない。俺たちが一番小さい。

 それからミーニャ、ラニア、シエルへの視線がすごい。

 普段あまり一緒に遊べない子も椅子を並べて勉強しているから、うれしそうにしている。

 シエルちゃんは特に獣人のお子さんに人気だ。ミーニャのファンはヒューマンに多い。

 というかスラム街に他にエルフなんていない。エルフは普通の階級とは別に、種族自体が上級市民以上の扱いらしい。そんな身分で、好きこのんでスラム街に住むエルフなんていないのだそうだ。


 それからドリドンさんは最近誰のおかげか知らないけど、結構もうける機会があったらしい。

 本当に、誰のおかげなんだろうな、ちらちら。

「これがドリドン中央トイレです。ぱちぱちぱち」

「「おぉおおお」」

 ラニエルダ青空小学校の横にいつの間にか、ドリドン中央トイレが完成していた。スラム街のトイレは東門前、北門前に公共トイレがあるだけだった。

 公共トイレの運営はトライエの貴族の人がしていて、スライムの繁殖による収入がある。これが結構儲かるらしい。

 スライムが増えてその魔石を考えただけでも……そうか、結構金になるな。スライムのゼリー部分の本体も錬金素材なので、トイレはスライム養殖場というのが正しい。

「もうかりまっか?」

「ぼちぼちでんな。あははは」

あんこくしょう

「失礼な。営業スマイルですよ」

 ドリドンさんと落成式をしてちょっと会話をした。

「それでぶっちゃけ儲かるの?」

「あぁそれがな。清掃とかをボランティアがやってくれるなら、めっちゃ儲かるらしい」

「あぁ清掃ね」

「ああ」

 メンテナンス費用をケチれば儲かると。

 頻繁にれいにしたりリフォームしたり、何かとお金がかかるらしい。

 ちなみにトイレットペーパーはなくて、空き地に生えている大きな葉っぱを使っている。

 これにはルールがあって、使った枚数以上の葉っぱを取ってきて補充するのが義務となっている。

 ただし通常は罰則とかないので、たまに補充しない不届き者がいる。

 だいたいの人は先に葉っぱを取ってきて自分で使って残りを在庫にしてくれる。

 そういった葉っぱの管理もある。

 こうして北東の空き地に新しい公共トイレとラニエルダ青空小学校が開かれた。


 少し前、ノイチゴの三回目の収穫をシーズンぎりぎりに終わらせた。

 引っ越し先の家には、備え付けで移動できない魔道コンロがある。

 それと普段使っている魔道コンロの二口でジャムを作ったので、いつもの作業の半分の時間で済んだ。

 ノイチゴとサクランボのジャムは納品してすぐに売れてしまい、料金を回収するところである。

「はいエド、ジャムの売上金。まいどあり」

「ありがとうございます」

 金貨が俺たちに支払われた。

 これまでは分けると端数が出たけど、シエルが加わって四分の一になったので割り切れるようになり、銀貨などで支払いが可能だ。

 精算時は銅貨以下の細かい単位はオマケしたりはする。

 これはどこの商店でもだいたい同じだったりする。

 両替するには両替商という人がいるんだけど、商売なので当たり前だが手数料がかかるのだ。

 手数料を払ってきっちり均等割りにするよりオマケしたほうが安いのだ。バカみたいな話である。

 そもそも一円単位で精算しようとする人なんか初めからいないんじゃないか。


 そうそうラニアちゃんなんだけど、引っ越しのときにちょっとたくらんでるような顔をしていたのだ。

 その微妙な笑顔が気になっていたが、なんと。俺の家の隣に引っ越してきた。

 これで名実とともに隣の家のおさなじみである。

 確かこの間まで獣人一家が住んでいたような気がしたんだけど、気のせいではないはず。

 どうもラニアちゃんが「泣き脅し」で近くの家に引っ越してもらい、あの家を勝ち取ったらしい。

「ということで隣に引っ越してきたラニアです。よろしくねエド君。幼馴染だね」

「あ、ああ、そうだなラニア」

「ちゅ」

 ラニアがほっぺにキスしてきた。びっくりした。いつもちょっとオマセさんだけど、普段はこんな大胆なことはしない。

 マジで俺を狙っているらしい。解せぬ。ということで毎日一緒に学校へ向かう。

 ラニアちゃんは文字も数字も本当は読めるらしいのだが、今まで黙っていたらしい。

 そして今も黙って学校に通っている。謎い。まずい豆を俺の目の前で食うのが日課なのだ。

「エド君のご飯のほうがしい。指導してよ」

「面倒くさい」

「ぶぅぶぅ」

 とまあこんな感じの毎日だった。確かに豆以外も食いたい。

 費用をかけずに、ランクアップさせるにはどうしたらいいか、考えないといけない。

 一つはこの空き地を野菜畑にしてしまう方法。誰の土地でもない──正確には領主の土地でスラム民に無償貸与が黙認されている。だからトマト畑とかにしても問題ないだろう。今から夏だから頑張ればそのうち収穫できる。

 もう一つは栽培じゃなくて俺がやってるように採取で済ませる方法。タンポポ草やサニーレタスくらいならなんとかなる。あとはショウガとかか。キノコは同定が必要だが、それだけ俺がやるっていう手もある。さてどうしたものか。

「なんか策はないかな」

「野菜畑は名案だと思いますよ。たねだけいて放っておくってことでしょ?」

「うん」

「それでいいなら、種だけ買ってくればいいわ」

「そうするか。野菜買うよりは安い。日持ちもするし」

 日持ちというか種の使用期限とかあるんかな。とりあえずドリドンさんに相談だな。

 相談した。種を買ってきた。あと芋類などはその種芋を買う。

 種芋という種類の商品はなくて普通に芋だった。サトイモ、ジャガイモ、サツマイモ。

 ネギ、タマネギ、ピーマン、トマト、ナス、カボチャ、キュウリ。

 今入手できるのはこんな感じだった。レタス系などの葉野菜は自生しているから除外した。

 生徒たちにも協力してもらうことにして、お昼ご飯の後、残れる子に種播きをお願いした。

 よし、平原を念願のトマト畑にするぞ。

「いえやぁ、ほいさぁ、種蒔くべぇ~♪ ほぃさの、さっささ」

 なんだかよくわからないけど農家の伝統の歌みたいなのを歌っている人もいた。

 最初は一人で歌っていて目立ってたんだけど、気がついたらみんな面白がって一緒に歌っている。

「「「いえやぁ、ほいさぁ、種蒔くべぇ~♪ ほぃさの、さっささ」」」

 君たち何なんだい?

 楽しそうにやっているからいいか。

 無事種薪きも終わった。

 本当は種類ごとに畑を分けたり、うねを作ったほうがいいのは百も承知している。

 でもコストをかけたくなかった。最低限のコストでそこそこ食べられればいい。

 全力で何でもするものではないという結論になったので、これでいいんだ、うん。

「みゃう」

 農業に詳しいみゃうことシエルちゃんはちょっと不満そうだ。

「もっとしっかり畑作ったほうがいいみゃう」

「これじゃあ収穫も、わかんないみゃう」

「あうあう、こんなのないみゃう」

 まあ言いたいことはわかるが、今回は実験も兼ねてるしこれでいいの。ごめんね、意見をんであげられなくて。

 さてこれで、うまくいけばだけど、夏の終わりには収穫できるだろう。

 また時期をずらして他の種類の野菜の種も蒔こう。

 そうすれば秋の収穫と冬の収穫もできそうだ。イモ類だけは隅のほうに並べて植えてある。これは種とは少し違うので、専用の場所を作った。

 秋になったら枯れ葉を集めて、サツマイモを焼くのがいいな。空の下で秋の焼き芋大会とか、憧れの一つだ。

 前世では小さいころは近所でもやっていたような気がするが、いつの間にか誰もそんなことはしなくなった。ダイオキシンとか小型焼却炉問題とかが言われるようになったのも原因の一つだろう。

 異世界でどれくらい影響があるかは不明だけど、煮炊きでも薪を燃やしてる世界でとやかく言われないだろうとは思う。

 それから学校の周りには、ぐるっとサクランボの木を植えた。

 春には桜まつりをして、春の終わりにサクランボを採ればいい。

 一年で二度おいしい。今から数年後が楽しみだ。

 そのころはどこで何しているかな。みんなはどうしているだろうか。

 あ、別にこれで話は終わりではない。ちょっと先のこと考えただけだよ。俺たちの生活は続く。



 平日の午前中は学校へ行く。それで、午後なんだけど。

「喫茶店をしてみたい」

「エド、喫茶店、にゃあ?」

「喫茶店みゃう?」

 少し考えがあって喫茶店をしてみようと思い立った。

 俺も茶色い服を卒業して、冒険者ギルドで小綺麗な服を買ってきた。

 店で出すのは、以前自分たちで作っていたハーブティーだ。

 ハーブティーも犬麦茶も買ってきて自分でれるのは、特にスラム街の住民にとっては面倒くさい。

「そこで喫茶店だよ。お茶を出す専門店でさ、最低限のものだけ出してそのかわり料金はうんと安く設定するの」

「なるほどぉ、エドすごい」

 ミーニャはよくわかっていないので「エドすごい」と言っているのだろう。

 まあ別にいい。メルン診療所は兼喫茶店支店ということにした。

 スラム街在住の人はメルンさんのお店でお茶を楽しめる。

 そしてお茶だけだとさみしいのでクッキーを出す。

 クッキーなら日持ちがするので、余りを翌日に繰り越しても大丈夫だ。

 そうそう、この際なので、砂糖とコショウを冒険者ギルドの売店で、手に汗握りながら注文した。

「さささ、砂糖と、コショウ……ください」

「ええ、もちろんあるわ。大袋よね? 全部で金貨二枚だけどいい?」

「はいっ」

 俺も緊張する。武器とかのほうが高かったりするが、砂糖とコショウといえば高級品の筆頭だ。

 これを買うのは俺の中で夢でもあって、その緊張感は半端なかった。

 小袋もあるけれど分かれているぶん単価が高いので、量を使うことがわかっているなら、よけい高くつくのだ。銀貨一枚の小袋と金貨一枚の大袋があるってわけ。銀貨の袋を十個買っても容量は金貨の袋一つ分より少ない。

 とにかくこうして砂糖とコショウを買ってきた。

 その砂糖を控えめに入れて小麦粉と水で作るシンプルクッキーだ。

 魔道コンロにフライパンをのせて焼いている。薄切りのアーモンドも買ってきて入れておいた。

 アーモンドなしのも用意してみた。薄焼きにしてパリッとなるようにしてある。

 間違って厚焼きにするとボソボソの携帯食料みたいになってしまう。

 本当はジャムをつけて食べると抜群にうまい。しかしジャムは高いので別料金が必要になる。

 とりあえずサクランボとノイチゴのジャムは数ビンだけ在庫があったので、これを有料オプションとすることにした。

 お茶はミントティーと犬麦茶なんだけど、ここからがうちの売りだ。

 ホットだけでなく、あらかじめ作っておいて、それを氷魔法で冷やしたアイスティーがあるのだ。

 飲み物を低温で冷やす概念もこの世界にあることは宿屋で知った。あのときに飲んだ冷たいレモン水は忘れもしない。ということで俺の独断でレモン水もラインナップに入れておく。

 レモンは市内の朝市で調達してきた。ちょっと勝手がよくわからないので相場より高いかもしれない。ここは要改善だろう。

 通常、冷やすのは地下倉庫でなんだけど、俺たちは氷魔法を使う。そしてその氷をコップに入れて提供する。

「わわ、冷たい。氷すごい」

 ミーニャはいつも好奇心旺盛でかわいい。氷魔法は、メルンさんは普通に使えた。すごい。

 ラニアも普通に使えた。というか以前、攻撃魔法で使っていたと思う。すごい。

 そして俺も根性で氷魔法を覚えた。適性自体はあったらしい。すごい。自画自賛。あばば。

 支店はメルンさんに頼み、そして本店としてうちのリビングを一般客に開放することになった。

 俺たちはもともと狭い家に住んでいたのでキッチン、ダイニングだけでも十分で、リビングの活用を持て余していたのだ。それで喫茶店を思いついた。

 金貨が飛んでしまったが、木製の椅子とテーブルを四組ほど購入した。

 それから冒険者ギルドのエルフのお姉さんので、簡易的な木製看板を作ってもらった。

『喫茶店「エルフィール」』

 エルフィールってのは「エルフはラファリエール様のけんぞく」という意味の言葉で、古代語から受け継がれた単語の一つらしい。

 メルンさんとギードさんは「それはちょっと……」って遠慮したんだけど、俺が押し通した。

 つけちゃいけないという遠慮ではなく、恥ずかしいかららしいので。

 エルフの店とかかっこいいじゃん。本店は平日昼過ぎからの営業だ。

 だが本店の裏メニューとしてで豆のランチは食べられる。

 イルク豆、サトイモ、ホレン草でさんしょう風味が利いている。

 俺たちとギードさんが学校から戻ってきて店を開けると、かわいい女の子の接客が楽しめる。

 あぁ、俺を指名することもできる。そんな奇特な方もたまにいるかもしれない。

 金髪イケメンエルフをご所望ならギードさんをどうぞ。

 夕方には閉店だ。それから俺たちは以前よりちょっとだけ遅い夕食を食べる予定となっている。

 土日は休みとする。食材を採りに行ったり、森へ行ったりしたいので。

 開店前日は日曜日だったので、森へ行きトマトを採取して俺特製トマトスープを作った。

 パンと干し肉の日なので、もちろんお祈りもしたよ。



 開店初日。こういうのは月曜日と相場が決まっている。

 午後の営業開始時間になったら「クローズド」の札をひっくり返して「オープン」にする。

「喫茶店『エルフィール』、本日より開店いたします」

 ぱちぱちぱち。

 冒険者ギルドのエルフの受付嬢、ミクラシアさん。

 いつもの雑貨店のドリドンさん。奥さんは店番だそうです。

 それからたまたま帰ってきたらしい騎士のビーエストさん。

 生徒関連はガキ大将ハリス。ハーブの提供元だ。ハリスの彼女らしいメアリー。

 スラム街でのお隣さんだったルドルフさんとクエスさん。

 あぁ、お懐かしい。犬獣人のパトリシアおばさん。ハーブはこの人から始まった。

 現お隣さんのラニアの母親ヘレンさん。ジャム騒動ではお騒がせした。

 それから俺の知らない人や近所の人がいる。住宅街の奥だというのに初日は関係者で席はすぐにいっぱいになった。

 値段は最低値だ。俺たちの物価感覚はスラム街とドリドン雑貨店が基準なので、城内の物価よりはるかに安いらしい。その感覚で安い値段設定にしたからそりゃあ安いわ。

 利益は少ないが十倍売ればいいんだ、十倍な。

 ハーブは格安で直接仕入れているので、めちゃくちゃ安い。水は井戸から汲み放題。井戸の使用料とかもかからない。

 氷は業者に頼むと目ん玉飛び出るくらい高いらしいが、自分の魔法で出す分にはタダ同然というね。

 こうして初日の営業をなんとかこなした。売り上げはまぁまぁだったが、それ以上にいろんな人と交流ができて意外と満足した。



 新居の据え付けの魔道コンロは、よく見たら下にオーブンがあることを発見した。

「オーブン、あるじゃん!」

「そうねぇ」

 メルンさんもおっとり答える。これは重要だ。パンも焼ける。

 よく白パンを作ってちやほやされるという話を見聞きするが、この世界では高級パンといえば白パンだ。

 白パンってなんか白いパンツみたいだよね。

 じゃあ黒パンって黒いパンツかって、そりゃそうだ。

 前にも話題になったが、この世界では女の子は白いひもパンだ。男子はトランクス。

 それはともかく。

 パンもクロワッサンもクッキーも、それからピザも作れるじゃないですか。

 ちなみに喫茶店のクッキーはフライパンで焼いている。

 ピザ食べたい。ピッツァ、食べたい。あ、チーズがない。そそくさと冒険者ギルドへ。

 なぜか野菜以外ほとんどがそろう冒険者ギルドで聞いてみる。

「ありますよ、チーズ。ただギルドで扱っているのは業務用なので、ホール売りで一つ金貨一枚です」

 ホールってあの巨大なチーズな。現物を見せてもらったら、ああでかいわ。

「金貨一枚か。しょうがない買います」

「買うんですか。すごいですね。ではちょうど、いただきます」

 どうでもいい話といえば、渡すお金が値段ちょうどだったときに「ちょうどからお預かりします」という応対に違和感があるって話があったと思う。

 預かるという表現はお釣りを返すからそう言うんであって、ちょうどだとおかしい、という主張だ。

 俺? 正直どっちでもいいや。気持ちがこもっていて丁寧な返事であれば。

 日本とは違い大陸共通語だけどやってることは同じなので、同じ問題にも直面する。

「あ、ごめん。もう一ついい? お酢が欲しい」

「あ、はい。お酢ですね。ございますよ」

 お酢は銀貨だった。食品の中ではちょっと高い。お酒に準ずる扱いを受けているらしい。

 お酢、要はビネガーだけど結構使うんだよね。酢の物はもちろんだけど、まずマヨネーズでしょ、それからしっかりしたケチャップ。

 以前、自家製ケチャップをトマトソースにしか見えないと表現したと思う。そうなのだ。ケチャップにはお酢も入れないと味がなんか違うんだ。それからこの前買った砂糖も少し入れると味が良くなる。

 買い物から帰ってさっそく作った今度のものは、砂糖とコショウも使ってある。

「じゃじゃーん。ということで改良ケチャップです」

「「「おおぉ」」」

「味見! 味見!」

 しつこく要求するので、俺が指先で取ったケチャップをミーニャに差し出す。

 ぱくっ。俺の人差し指をしゃぶるミーニャ。ちゅぱちゅぱ。ぺろぺろぺろ。

 んっ、なんか指しゃぶりしてるの見てると何かに目覚めそう。

「わわ、私も欲しい、みゃ」

 シエルまでぴょんぴょん跳ねて主張してくる。

「おかわり! もうちょっと!」

 と言うので、右手と左手の人差し指にケチャップをつけてダブル指しゃぶりにしてみた。

 なんだか牧場主になって子牛を飼っているような気分になってきた。

 俺の左右の指を少女たちがちゅぱちゅぱしゃぶっている。

 やはりなんかイケない気分になってくる。

 指をちょっと上から垂らす感じにするとなお、それっぽい。

 上を向いて必死にしゃぶっている。っておい。

 なぜかもうケチャップをめ切ったのにまだぺろぺろ、ぺろぺろ、ちゅぱちゅぱしている。

「俺の指、そんなにおいしい?」

「うんっ、なんか癖になりそう」

「なんか、やめられなくてみゃう」

「お、おう」

 二人は自分の行動を思い出したのか顔を赤くした。なんだかかわいい。

 ラニア? ラニアちゃんならあっちで先に顔赤くして目を背けてるよ。

 手を洗って仕切り直ししよう。ケチャップができたので、今度はピザ生地だ。

 小麦粉と水を合わせて団子にして、それを広げていく。

 俺はプロではないので空中浮遊みたいなことはしない。

 地道に麺棒もどきの拾ってきた枝でのばしていく。

「わ、わ、すごい、大きくなった!」

 ピザ生地がどんどん丸く大きくなっていった。

 直径三十センチくらいになったので、まずはトマトケチャップを薄く塗る。

 それにブタ肉に似たイノシシ肉の薄切り、トマト、ホレン草、タンポポ草、バジルをのせる。野菜は採取品だ。

 そして高級チーズをもったいないけど泣く泣く切って、スライスしてのせる。

「ほい、これでピザの準備完了」

「すごい。美味しそう」

「美味しそうですみゃう」

「まだ、このまま食べるんじゃないぞ」

「そうなの?」

「うん」

「オーブンで焼くんだ」

 あ、予熱とか忘れていた。魔道オーブンなのであまり必要ないけど数分くらいは予熱しよう。

 スイッチを入れて少し待つ。よし、予熱完了。

 ピザをオーブンに入れる。鉄製のトレイにのせて中へ。このオーブンの扉はガラス張りではないので、中が見えない。左右に火が並んでいて、奥に排気口がある。

 あとは時間の調整だ。どれくらいで焼けるだろうか。数分経過。どうかな。一度取り出してみる。

「もうちょっとかな」

 まだ焦げてはいない。チーズは半分溶けたくらい。さらに追加で数分。

「よーしよしよし」

「わわ、いい匂い、美味しそうっ」

 うん。チーズが溶け、生地のふちも焦げる直前くらいになっていて非常にいい匂いがする。

「よし、できた」

 今日はミーニャ、ラニア、シエル、みんないる。

「「「ラファリエール様に感謝して、いただきます」」」

「あちっ、あちち」

「うまうま、おいち」

「美味しい、です」

「うまいみゃう」

 熱いピザをはふはふしながら食べた。うん、これだよこれ。

 塩気や旨味があるトマト。クリーミーで濃厚でそしてトロトロのチーズ。少し焦げ目がついていて、芳ばしい香り。

 アクセントとしてバジルなどの香草のいい匂いがする。

 ピザはそのハーモニーが絶妙で何枚でも食べられそうだ。

 思った以上にうまくいって、俺もほくほくだ。うまいピザが食べられてうれしい。

 店で出したいのだけど、トマトは採取品だ。

 出すとなると量が必要だから市販のトマトにならざるを得ないが、そうするとチーズの値段と合わせて高級品になってしまう。

 うちの低価格ティーショップとのコンセプト違いが痛い。今回は保留となった。

 とりあえず家ではたまに食べよう。




 土曜日。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。鐘の大きな音が鳴る。

 あぁ、この辺はラファリエ教会に近くて、鐘の音が大きくはっきり聞こえる。

「むにゃぁ、エド、あさぁ? エドすきぃ」

「みゃぅぅ、私もエド君、好きぃ、むにゃむにゃ」

 ミーニャが半分起きて甘えてくると、それを察知したシエルも何だか言っている。

 ミーニャの好き好きアタックは今日も調子がいい。

「おし、ミーニャ、シエル、朝だぞ」

「うん、救世主様ぁ」

「はい、エド君、もうちょっと寝たいみゃう」

 なんとか起こして、さっと簡単な朝ご飯を済ます。

 簡単といっても、豆とサトイモ、タンポポ草などを一緒にいためたものを作る。

 あとはサトイモ煮、フキの煮物、酢ショウガなど作り置きの一品料理がある。

 犬麦茶に氷を入れて、アイス犬麦茶にする。

 今日も朝から気温がぐんぐん上がって、もう暑いくらいだ。

「さて朝ご飯を食べたのでラニアを連れて、エクシスの滝まで行こう」

「え、エクシスの滝って、あの橋があった?」

「そそ」

「わかった。私はどこまでもエドちゃんについていくから」

「わわわっ、私もエド君についてくみゃう」

 二人の忠誠度は結構高い。

 そういうゲームがあったら攻略対象のフラグがすでに立ってるんだろうな、とは思う。

「ラーニーアーちゃーんー」

「はーい」

「今日は森だ。装備よろしく」

「はいはーい。すぐしたくします」

 今日はいつもよりちょっと時間が早い。子供の足で行くには、滝はすこしばかり遠いのだ。一所懸命に歩かないと。

 四人パーティーでスラム街をRPGのマップチップに乗っていくように進む。

 切り株の平原で、少しだけ採取をしながら進む。今日もエルダタケを発見。幸先はいい。

 森との境界線に到着した。

 人間が木を切ったので、ここまでは切り株と低木しかない。いきなり森になる。

 ここが伐採の最前線だけど、スラム街の住民はあらかたテントやあばら家を建て終わったので、現在はほぼ伐採していない。

「んじゃ祝福よろしく」

「はーい」

 ミーニャが左手につえを構えて、右手を右側へ向けて、準備する。

 いつからか俺たちはそれに倣って、よく兵士とかがやっている右手を胸につける兵士の敬礼をするようになった。

 右手をグーにしてぴったり胸の前で横向きにして、数秒間静止して、ミーニャを見守る。

 ミーニャが聖印を切る。

「ラファリエール様、私たちをお守りください」

 ──祝福が降ってくる。

 これはもう天から「降ってくる」以外に形容しようがない。

 これがこの世界のことわりであって、魔法の一種なのだ。

「さて今日は探索じゃないので、目の前の草だけ、いいものがないかチェックして。あとは無視で」

「「「はいっ」」」

「今日はまっすぐどんどん進むから」

「「「はいっ」」」

 三人分、いい返事が返ってくる。宣言した通り左右をあまり見ず、前へと進んでいく。

 歩くことに集中すると結構速い。森を進むと一言で言っても、違いがあるんだな。

 木漏れ日。木々の葉が擦れる音。鳥のさえずり。森の様子がわかる。

 今日は平和そうだ。ありがたい。これが異様に静かだったり、逆にざわついていたりすると、何か危険がある。

 歩く。とにかく歩く。目標地点はエクシスの滝だ。

 道沿いを歩いたほうが近いと思うかもしれない。

 エルトリア街道を進んで、エクシス橋でエクシス川沿いに曲がって進むとL字に進むことになる。

 それなら最初から森の中を斜めに進んだほうが近い。

 それに川沿いの崖の下を進むのは、崖だけで河原がほとんどない場所があるため危険だ。

 川の崖上を歩いても、崖が左右に曲がっている箇所があり、落ちる可能性がある。

 一番距離が短くて安全なのが、実はエクシス森林を斜めに横断することなのだ。

 ただ、方向がわからなくなると詰むという欠点はある。

 なるべく直線的に進む。太陽の向きには注意する。

「ゴブゴブ」

 ゴブリンだ。数はイチ。ソロだった。

「ファイア」

 ラニアの短縮詠唱のファイアの餌食になって、すぐに倒した。

 俺は見てるだけ、あと解体。魔石を取り出す。相変わらずれいな魔石だ。

「キィー。キィー」

 聞きなれない声だけど、これはシカだ。何頭かいて、俺たちを見て警戒音で鳴く。

 目の前を二頭、通過していく。俺たちより少し大きい。角が生えている。

 オスの角は大きく、メスのは少し小さいなどの違いがある。

 茶色に斑点があるシカ模様でお腹側とお尻が白い。

 反対側からも「キィー、キィー」と鳴くのが聞こえる。

 俺たちを挟むように左側から右側へ、シカの群れが鳴きながら通過していく。

「シカのお肉……」

 ミーニャが残念そうにぽつりと言った。

「まぁ今回はエクシスの滝が目的だから」

「そうだけど、お肉ぅ、食べたかったな」

「帰りに見かけたら、狩りも試してみよう。そもそも弓矢とかも持ってないし」

「そっか」

 剣で突っ込んでいって鹿狩りとか難しそうだよ、ミーニャ。

 魔法か弓矢とかないと、ちょっとね。



 ざぁぁあああああ。音がする。水が落ちる音だ。

「近いね。この辺かな」

「滝に着いたの?」

「うん」

 俺の言葉にミーニャが質問して俺が答える。歩くスピードを落として、滝へ近づいていく。

 右手方向が下流なので、右側から回り込む。この辺の土地はほぼへいたんで北側のほうが少しずつ高くなっている。

 厳密に言えば平地ではなく、南側のエルトリア街道の付近まで北にそびえるヘルホルン山の裾野が緩く広がっている。

 その裾野がエクシス森林になっていて、その途中にエクシスの滝がある。

 少しきつめの斜面を下りると、下が川になっていた。

 川の部分だけ土が削られて、細い谷を作っている。

 ヘルホルン山は大昔ではなく、有史時代の初期に大噴火をしてこの辺り一帯を作ったらしい。

 だから新しい地形なのだそうだ。古い地形のままの川ならもっと幅の広い谷ができてがんだんきゅうみたいになっているはずだ。そうではなく谷は川幅に少し足された程度しかない。

「わっ、川だぁ」

「ああ、滝だから当然、川あるよね」

「そうですね」

 ミーニャが驚いて俺が説明、ラニアが同意する。

「みゃう」

 遅れてシエルが鳴いた。会話に参加できなくて悔しかったらしい。

 川岸に下りるとそこは谷底で、目の前にはだいばくエクシスの滝があった。


「綺麗にゃ、あ、妖精さん」

「この辺りは滝の水の粒子が飛んでるから涼しいんですね」

「お花畑みゃう」

 幅の広い大きな滝だ。水が白いカーテンのように左右に広がっている。

 中央やや左には、上流から流れてくる川の部分の水量が多いメインの滝がある。

 そのメインの滝の下にはたきつぼがあって、水深が数メートルあるのだろう、透明な青い水がたっぷりと泉のようにたたえられていた。

「え、今、妖精って」

「うん、ちらっと見えたにゃ」

 妖精さんはミーニャにだけ見えるのか、俺たちが見逃したのかは謎だ。

 静かに目を皿のようにして探してみるが、見つからない。

 川底には川や水草がところどころに生えている。

 そして魚、イワナのような十五センチくらいのサイズのものが何匹も泳いでいる。

 幅の広い滝の下側には崩落した土が堆積していて、ここだけ川岸が広い。

 その部分は、春のお花畑の様相だった。霧のような水の粒子で気温がずいぶん低く感じられる。

 だからまだここだけ季節が春のままだ。

「これは菜の花畑だね!」

 菜の花はミーニャでも知っているらしい。春の早い時期に黄色い花をいっぱいつける。

 実はアブラナなので、たねを搾ればナタネ油になるんだけど、有効活用されていないという。

 この世界では中世顔負けに油といえばオリーブ油だ。

 都市の周辺に大量に植樹されてオリーブの大農園になっているところもある。

 アブラナも栽培自体はされているけれど、小規模なんだとか。

 だからなのか、あんまりナタネ油は流通していない。

 アブラナ、ダイコン、ブロッコリーなんかが菜の花のお仲間だ。ハクサイ、カブ、チンゲンサイ、コマツナとかも。だから根っこを掘れば小さいダイコンもついてくる。

 何種類ものチョウチョウが飛んでいて、妖精と見間違えそうだ。

 黄色いチョウチョウ、白いチョウチョウ、アゲハチョウ。あと青いチョウチョウ。

「こりゃぁ、地上の楽園だな」

「そうですねぇ」

 俺とラニアでまったりする。ミーニャと妹分のシエルはお花畑に突入していった。

「お、これは?」

「あ、はい。これは私、知ってます。メリクリウスです」

「へぇ」

 俺たちの足元には、一株の青い花をつけた珍しい花があった。鑑定。

【メリクリウス 薬草 良品】

 しかも良品だ。

「あ、これ、薬草なのか」

「はい。えっと、金貨ですね、これ」

「うっ、どうしよう」

 見渡してみる。ぽつぽつ、あ、向こう岸に群生してる。一つ二つじゃない。

「ちょ、ちょっと待って、群生してるんだけど」

「そうですね。全部採ったら白金貨ですね」

「はあ、白金貨?」

「はい。でも全部採ったららいえいごう、恨まれますよ」

「だろうな」

 群生地を荒らすとか完全に犯罪者だ。

「冒険者は知ってるのかな」

「知ってるんじゃないですか。でも大切な薬草だから」

「ああ」

「それに輸送が難しいと聞いたことがあります」

「ほほぅ」

 つまり時間経過がないアイテムボックスが必要だということだ。一般にアイテムボックスのスキル持ちはほとんどいない。マジックバッグなら金貨でギルドでも買えるが時間経過そのものはある。

「五株くらい持って帰りましょうか」

「そうする」

 俺とラニアで慎重にメリクリウスを採取する。採取方法はラニアに聞いた。

 根っこと茎の間をレタスみたいに切ればいいらしい。

「やばい。これだけでも金貨何枚だろう」

あんこくしょうですか」

「そそ、暗黒微笑」

 ラニアがニッと笑う。ラニアも暗黒微笑のつもりなのだろうが、元の顔がかわいいので、めっちゃかわいくなる。恥ずかしいので視線を遠くに移す。

 お花畑では金髪サラサラのエルフちゃんと銀髪サラサラの猫耳ちゃんが遊んでいる。

 なんだこれ……。

 お花に囲まれたミーニャとシエルの周りをチョウチョウがひらひら舞っていた。

 柔らかい日差しが滝の水分の粒子に反射してキラキラしている。

 絵になるというか天国に見える。やばい。づらが完全にシャングリラやユートピアのそれだ。

 俺、ここに定住したい。ずっとコレ眺めてニヤニヤして生活したい。

「ふふふ、かわいいですね」

「あぁ、めっちゃかわいい」

 ラニアが俺の視線の先を見てコメントする。おまかわ。どっちもかわいい。


 川で水を飲む。すごく透明でめちゃくちゃ冷たくてしい。大丈夫、だろう、たぶん。この辺の水はみんな飲料水にしているし。毒があるとか聞いたことがないし。

「ミーニャ、シエル。そろそろ行くぞ」

「あ、うん。わかったぁ」

「はーいみゃう」

 呼び戻して崖を登る。

 非常食、干し肉をかじる。今日のお昼はこれだけだ。干し肉を崖上でももぐもぐして移動しはじめてすぐだった。まだ滝の音も聞こえるくらい近い。

「あれ、なんかここ、ちょっと小高いです」

 気がついたのはラニアだ。そこは標高プラス十メートルくらいの小山になっている。

 ちょっと興味が出たので登ってみる。ちょうどいい感じに直線的な登山道みたいに開けた場所がある。まっすぐ登っていく。頂上に着いた。

「あ、これ」

「そうですね」

 俺とラニアはさすがに気がついて、目を合わせる。

「え、なに?」

「なんでしょうみゃう」

 ミーニャとシエルは頭にハテナが飛んでいた。

「あぁこの石、よく見るとかどがあるでしょう。遺跡なんだと思う」

「あぁ、ほんとだ!」

「なるほどみゃう」

 二人も納得顔で周りを見渡す。よく見ると石が積まれていて角がある。

 完全に角ばっているわけではなく多少丸みがあるが、長年の雨風で削れたりしたのだろう。

 コケが生えていて自然みたいに見えるものの、よく見ると違う。さっきの登山道、どちらかというと参道から見て頂上の左右に、とうろうのような明らかな人工物があった。

「これなんか彫刻だね」

「そうですね」

 灯籠のような石の柱だ。四角い。そして奥には石畳があり今も木が生えていなくて向こうが見える。石畳の中央には高さ二メートルくらいのピラミッド状の石組みがあった。これも明らかに人工物だ。

 正面の奥にはヘルホルン山の山頂がばっちり見える。日本で言えば御神体は山そのもの、ヘルホルン山というところだろう。日本にもこれに似たようなものはある。

 東日本なんかの各地にある浅間神社には富士山を模した数メートルの小山がちょくちょくある。

「古代の山岳信仰の跡なんだろうね」

「この地にも人が住んでいたのでしょうか」

「さぁ、神社だけなのか周りに住んでいたかはわからないね」

「そうですね」

 俺とラニアが考察をする。ふむ。こういう話ができる教養があるとちょっとうれしい。

「ミーニャ、これ古い教会の一種なんだよ」

「へぇ」

「もしかしたらエルフのほこらとかかもしれない」

「なるほどぉ」

 ミーニャたちの故郷はこの山の向こう側だが、故郷をしのんでお参りをする、こちら側に住んでいたエルフもいたかもしれない。

 ちょっとロマンがあっていいと思う。そうして俺たちは、エクシス森林を戻って家に帰った。

 今回も無事に戻ってきた。もう夕方になってしまったので、急いで冒険者ギルドへ行こう。


 夕暮れに染まる街を眺めながら、冒険者ギルドへ直行する。

 ギルドの建物に着くと、ドアを開けて入る。カウベルが鳴る。

 やはりこの音を聞くとなんか戻ってきた感じがして好きだ。

 そういえばカウベルだと思っているけど、厳密に言えば「ドアベル」かもしれない。

 ドアベルなんだけどギルドのは音が低くて、どう聞いてもカウベルに聞こえる。

 ちなみにカウベルっていうのは、家畜のウシが首から下げてるベルのことね。

 夕方だから比較的混んでいる。その中でも列がすいている例のエルフさんのところへ並ぶ。

「本日はどのようなご用件ですか、ミーニャ様」

「あ、えっとメリクリウスを取ってきたんですけど、買い取ってくれますか?」

 ミーニャに聞いてくるが、もちろん無視して俺が答える。

「えっ? メリクリウス? そんな貴重なものを? どこからです?」

「エクシスの滝からですけど」

「あっ、はい。一度にたくさん採ってきちゃだめですからね。一応、保護されてるんです。四人だと週に一回六株までですよ」

「そうなんですか。知らなかったです」

 一人あたり一株でパーティー単位でプラスで二株らしい。

 アイテムボックスから五株のメリクリウスを出す。

「おい、あれ、青い花。メリクリウスだぜ」

「あれがメリクリウスかぁ。綺麗なんだな」

「花は思ったより小さいんだな」

「あんな貴重なものをガキどもがか」

 なにやら後ろのほうから声が聞こえる。

「た、確かに。クマイラス殿、クマイラス殿」

 エルフ受付嬢のミクラシアさんが、鑑定スキル持ちのクマイラスさんを呼び出した。

「これ、見てもらえます?」

「鑑定しなくてもメリクリウスだな。本物だ。まだ新しい。良品だろう」

「そうですか。鑑定いりませんか?」

「これくらいなら見ればわかる。鑑定は不要だ。よかったな」

「あ、え、はい。ありがとうございました」

「代金なんですけど。一つ金貨四枚でして。金貨二十枚になります」

「はい。ありがとうございます」

 そそくさとカウンターの列を離れて精算しよう。

「みんな、金貨二十枚だから、一人五枚だね」

「うん」

「やりました」

「みゃぅ」

「ラニアは個人分、受け取るよね? はい金貨五枚」

「ありがとう」

 ほいほいと金貨を渡す。五枚となるとちょっと重い。

「そうだ。シエル。あのさ、服は買ったから、防具と武器見てかない?」

「私の武器ですかみゃう……うーん。見るだけならみゃう」

 まず武器コーナーに向かう。いろいろある。何がいいかな、何がいいかな。

 まだ、後ろのほうではメリクリウスがどうとか騒いでいるけど、知らんぷりをしよう。

「あっ、このメイス、メイスがいいですみゃう!」

 メイスがいいのか。ちょっと変わっている。

「どうやって使うか知ってるよね?」

「うん。殴りつけるみゃうっ!」

 元気のいいことで。これなら大丈夫そうだ。メイスは刃とかもないし魔石もないので、他の武器に比べて安い。値段を気にしてこれにしたとしたら、いい子だなぁとは思う。

「別に高い武器でもいいんだよ。お金あるし」

「いいの。メイスで」

「そっか」

 ということで武器はメイスに決定。革の防具、胸当ては俺たちと同じやつでいいだろう。また新しく入荷していたので、それを購入した。

 これで俺たちのパーティーはそこそこのメンバーがそろった。格好もみんなそれっぽくなった。

 うん、すばらしぃ。

 ところでまだお代を払っていない。それから気になっていることがあった。

 シエルがチラッチラッと、見ているものがあったのだ。

 それは「ベル」と言われる武器に準ずる楽器だった。

 エンチャンター付与術師、バッファーなどの支援職、補助魔法使いなどが使うと、魔道具の楽器演奏という手段でバフの性能アップ、持続時間延長などの効果をもたらす。

 ただバフを掛けるだけではあまり効果は高くないと聞く。

 うちのマッマは知識持ちなので、内容は浅いがいろいろ教えてくれていた。

「なぁシエル、メイスで本当にいいの?」

「うん……」

 一応笑顔だけど、ちょっと作り笑顔っぽい。未練はあるようだ。

「ベルって知ってる?」

「ひゃいっ、バレちゃったかみゃぅ」

 えへっと舌を出した。まあ、こういうのもかわいい。

「本当はベル、装備してみたいんでしょ?」

「うん、でもあれ」

 言いよどむ。言わんとすることは誰でもわかるだろう。

 ベルは魔道具なのだ。魔道具は概して高い。ベルのような楽器を装備してバフをするのは、本当は騎士団とか五十人の大規模パーティーとかを想定しているらしく、置いてあるベルは貴族用の装備だけだった。それも全金属製で装飾があって魔石もついてる。

「すみません。一応、お尋ねしたいんだけど、このベル、いくら?」

「これですか? すみません。中古品でして人気もないので今は金貨三枚ですね」

「そうですか」

 よかった。これなら買える。金貨十枚以上は確実にするのは見ただけでわかる。中古だったのか。

 この辺のコーナーは新品と新古品が混ざってるのでよくわからん。

 ラッキーと思うよこれ。こういうレア武器の中古があるのが、さすが冒険者ギルドだ。

「んじゃ、ください」

「いいのみゃう?」

「ああ、メイン武器は俺からのプレゼントだから。あ、ごめん金貨一枚だけ出してください」

「はい、いいですよ。契約成立ですみゃう」

 こうしてお代を払って胸当てとベルを買う。右手のベルと左手のベルで音の高さが違う。本来は片手に三つずつ装備して、最大で六音まで出せるらしい。これは中古で二つだけみたい。

「ちょっとやってみていいですか?」

「え、あ、はい」

 ギルドのお姉さんに了承を得たので鳴らしてみる。緊張した顔でシエルが構える。

「ラファリエール様のご加護の下に……」

 キン、コン。キン、コン。キンキンコン。

 二音だけだけど、確かに曲っぽい。みんな、なんだという顔をしてシエルのほうを見ている。

 とても澄んだ綺麗な音色だった。なんだかいやされる。

 教会の鐘の音もこれにしてくれ。そうしたら全員にバフが掛かって大変か。

「おぉぉ、これバフなんだな。俺、攻撃力の変化には敏感なんだ。わかるよ。力が湧いてくる」

「なんだか、いい音」

「元気になってきた」

 その辺の冒険者が感想を教えてくれる。ギルド内はなんだかいい雰囲気だ。

 顔を赤くしたシエルが演奏を止める。

「よし、これ買って正解だったみたいだな」

「そうにゃ」

「そうですね」

「はいみゃう、うれしいみゃぅ」

 ぴょんぴょん跳ねてうれしがっていた。かわいい。

 そうそう。メイスも安かったので買っておいた。予備にちょうどいい。

 ピンチのときはメイスで加勢してクレメイス。なんちって。




 ははは。日曜日。朝からすがすがしい陽気となった。天気予報とかないので、天気はその日になってみないとほぼわからない。季節的な晴れやすさはある。

 朝ご飯を食べて、遊びに行こう。ラニアを連れてくる。今日は武器は持っていない。

「近所を散歩します。あとうちの庭」

「庭!」

「はい」

 この家は住宅街のほぼ一番外側で、後ろには畑があって城壁がある。

 家には狭いながら庭があって、モモの木と夏ミカンの木が植わっている。

 モモはもう花が散って、小さい青いモモがなってる。

 夏ミカンは実がなっているがまだ熟していないと思う。シーズン前なので。

「そっか、ミカンまだ食べれないんだ」

「うん。もうしばらくかかる」

「ふぅん」

 食いしん坊妖精のミーニャが残念がる。庭にはいろいろな植物が混生している。

「これなんかどう? ピンクカタバミ」

【ハナカタバミ 植物 普通】

 普通!? いや、普通か。良品ではないけど普通と。食用ではないみたいだけど。

 これと非常に似たものは転生前でも見たことがある。

 まずカタバミはクローバーみたいな三つ葉だ。花はピンクや黄色でそれから食べると酸っぱい。食べたことがある。カタバミには他に全体的に小さいタイプで白い花のものなどがある。葉が紫のものはアカカタバミと呼ぶらしい。

 それでカタバミは抜いても抜いても生えてくる繁殖性があることから、戦国時代ごろに子孫繁栄の象徴としてありがたがられて、家紋などにもなっている、と。

「へぇ」

「よくわかんにゃい」

 ミーニャには難しかったか。ラニアはふんふん聞いてくれてたのに。

 シエルはカタバミにとまったチョウチョウを見てる。

 まあいいんだ。花を摘んで食べさせてみる。

「ちょっと、ちゅっぱい」

「ほんとだ、酸っぱいです」

「すっぱ、面白いみゃう」

 そりゃどうも。思いのほかよろこんでくれて、ちょっとうれしい。サラダに散らすといいかもしれない。少し歩く。

 家の裏側の畑はオリーブ畑だ。そして間の地面にはタマネギが植えられている。

 土地を有効活用するつもりらしい。なかなか面白い。

 近くに池があった。水深は浅め。中央だけ少し深くて透明のまま青っぽくなっている。ここは湧き水が出てきてまっているらしく水はれいだ。小魚がその辺を泳いでいる。それ以上にたくさんいるのがオタマジャクシだった。

「オタマジャクシいっぱい」

「だね」

 みんなで水の中をのぞく。黒い頭に尻尾が生えている。中にはもう後ろ足があるやつがいる。

「これがカエルになるんだね」

「そうだよ」

 ミーニャもご存じだ。カエルの卵は子供の基礎教養だもんな。スラム街の裏にも小さい池があるのだ。そちらは水がよどんでいるけれど、いろいろな虫などがいる。

「カエルは食べないの? オタマジャクシは?」

「うーん。あんまり大きくないから食べないね」

「そうなんだ」

 ミーニャの質問は続いた。ラニアは微笑ほほえましそうに見ている。

 シエルはオタマジャクシを面白そうに観察していた。

 ちなみにもっと大きいモンスターのカエルなら食べるらしいよ。

 水面にはアメンボがいて、波紋を作りながらたまに移動する。

 アメンボも食べないね。池を離れてその辺を散策する。よく見ていると、たまにキノコが生えている。しかし食用にするほど大きいものとなると、スラム街の向こう側と違いなかなかない。

【ホタルブクロ 植物 普通】

 花びらをるした袋みたいな白い花を咲かせる。これが群生していた。なかなか見ごたえがある。

 まあ食い物ではないので、ミーニャやシエルはあまり興味がないようだ。

 市内は家ばっかりで自然も何もないと思っていたが、裏のほうは違うらしい。

 以前仕事をしたのは主に中心地だったし、イメージなんてそんなもんか。


 夕食後。もう日が沈んでいて、空に残った明るさだけの時間だ。

「ほら、これがツキミソウ」

 漢字で書くと月見草だ。昼間明るいときは花が閉じていて、夕方開くらしい。

 明るい蛍光色に近い黄色で数センチくらいの花が咲く。

【マツヨイグサ 植物 普通】

 あれ、正式には月見草とは違う花らしい。

 こういうのも民間薬になったりするのは知っているが、あまり普通の人にまで民間医療の草花は知られていない。

 ということで俺も知らない。メルンさんは詳しそうだが、どうだろうか。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。

 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ。

「すごくうるさい」

「なに、エド。よく聞こえない」

「みゃぅ」

 さてマツヨイグサは綺麗なのだが、辺りがすごくうるさい。こういうのを『カエルの大合唱』というが。

 ──雨がくる。

 家に戻ってくる。戸締まりをした。窓にガラスはないが突き出し窓がある。正確には何と呼ぶのかよくわかんないんだけど。スラム街にはなかったし。

 窓の外に地面と平行についている戸を、上からフタをするように下ろす。これで強い風が吹いても安心だ。

「じゃあおやすみ」

「おやすみぃ、エド、ちゅっちゅっ」

「おやすみなさい。エド君。……ちゅっ」

 ミーニャは相変わらず朝晩とちゅっちゅ攻撃してくる。最近は影響を受けたシエルまでちゅってしてくる。ただし顔を赤くして一回だけだ。

 それはそれで、なんだか恥ずかしそうでかわいい。

「エドぉ」

「みゃ、みゃぅ」

 ガタガタと戸の音がする。

 三人で抱き合って寝ていると、外で風と雨のすごい音がする。暴風雨なのだろう。

 スラム街のみんなは大丈夫だろうか。

 いつもより気温は下がったものの、俺は逆にミーニャが強くくっついてくるので温かかった。

 天然暖房器具はこういうとき非常に効果が高い。

 カエルの鳴いた通りの天気だった。カエルさまさまだ。

 暑いからといって窓を開けっぱなしで寝たらヤバいことになっていた。

 雨風は一晩中続いたようだ。しかし、朝にはすっかり晴れて、いわゆる台風一過だろうか。

 この世界に台風のような被害を及ぼすモンスーンが吹くかは知らない。

「すごい! 太陽! まぶしい! 空気綺麗!」

 ミーニャが両手を広げて庭を走り回る。まるで犬だな。猫だけど。

 雨で空気中のチリが一掃されたようで、空が青い。

 カエルがたまに鳴く。ハトやスズメが飛んでいく。

 トンボが群れて飛んでいく。草花が風で揺れてサワサワ音がする。

 木漏れ日も揺れてきらめいていた。トンボは風で流されてきたのだろうか。

 今日もトライエは一見平和です。

 しかし大雨の影響はあるようで、地面がぐちゃぐちゃになっているところもある。

 被害なんかもあるかもしれない。まずは朝ご飯を食べて学校へ行こう。



 台風一過。月曜日。正確には気象衛星とかないので、台風であるかはわからない。

 地面に住んでて空の渦巻きを確認するのは難しい。ともかく朝から学校だ。

「みなさん、おはようございます」

「「「おはようございます」」」

 ギード先生が一張羅のかっこいい服を着て教壇に立つ。

 ちなみに初日からずっとフードをかぶっていて長い耳をさらしたことはない。

 俺の友達はミーニャの父親がエルフだと知っているが、他の人にまで知らせる必要はないだろう。

 一応、まだ隠れ住んでいることになっているので。

 エルダニアへ視察に行って少し落ち着いているのを確認したからか、最近ではそこまで隠れ住むことを重要だとは思っていないようだ。

 状況が改善されてきているなら俺もうれしい。

 子供たちのほうを見ると、中には眠れなかったのか疲れた顔の子もいる。

 みんな挨拶は返すが、ぼーっとしてる子もいる。

「家の屋根が飛んだ」

「雨漏りがしてさぁ」

 被害の報告も何件かあった。ただし深刻なものは少ないようだ。

 屋根が飛んだ家も、テントだったようなので張り直してすでに修復済みらしい。

 市内も少し被害があった。表通りの老木が二本、根本からぽっきり折れて倒れていた。

 朝から領主館で人を出して、今撤去をしているそうだ。

 あとはラファリエ教会の看板が飛んだ。拾ってきて仮設置してあるらしい。教会も大変だ。

「今日はアルファベットの歌を歌って数字の復習を簡単にしたら、終わりにしたいと思います。というのも大雨の次の日だからです。マイマイを取って給食に入れましょう」

「「おおぉぉお」」

 みんなやる気になった。勉強ははかどった。士気がいつもと違う。

 定期的に復習して覚えていくことは重要だ。さて復習が終わった。

「では班ごとに分かれてください。森へ行ってはいけません。切り株の平原でマイマイを探しましょう。スライムも集めるとドリドンさんが引き取ってくれるそうです」

「おぉぉ」

 いつの間にか来ていたドリドンさんが優雅に挨拶してみせる。

 右腕をL字にして左腕を伸ばし、足を膝下でクロスさせるアレだ。

 これでえん服を着てシルクハットにステッキだったら完璧だった。

 ちなみにスライムはトイレに入れると繁殖するので、そのたねにするのだ。

 うんちの量で繁殖量は決まるものの、元が少ないとあまり増えない。

「一班点呼。エドでーす」

「はーい。ミーニャです」

「はいっ。ラニアです」

「はいみゃう。シエルです」

「はい。一班出発します」

 こうして我々も草原に繰り出す。

 雨の後には、森からマイマイが出てきてよく歩いているのだ。

 マイマイ。要するにカタツムリである。

「いたあぁああ」

 ミーニャが叫ぶ。みんな反応する。当のマイマイは我関せず、ゆっくり移動するのみ。

 ミーニャが両手で抱えて持ってくる。

 うん。そうなのだ。こいつ、三十センチくらいある。

 この世界のマイマイは巨大カタツムリなのだ。鑑定。

【(名前無し)

  4歳 雌雄同体 A型 マイマイ Eランク

  HP95/102 MP205/215

  健康状態:A(健康)】

 きました。雌雄同体。男の子かなぁ女の子かなぁわかんないなぁ。

 いっちょ前に健康だ。葉っぱは食べ放題。さぞかししかったでしょう。

 だが今度は食べられてしまう番なのだよ。

 貝の仲間であるからして、かなり美味しい。が出る。

 アワビに似た味だと言っても間違いではない。

 美味しいため平原に出てきたものは狩りつくされてしまっている。

 しかし雨が降ると森から新しく移動してくる。そこが狙い目なのだ。

「スライムちゃんみっけ」

 はい、今度はスライムちゃん。そういえばスライムをわざわざ鑑定したことがない気がする。鑑定。

【(名前無し)

  3か月 雌雄同体 D型 スライム Eランク

  HP55/55 MP85/85

  健康状態:A(健康)】

 あぁスライムも雌雄同体なんだ。へぇ。男の子か女の子かわかんないなぁ。天丼。

 スライムは新鮮なうちにすぐ、ドリドン中央トイレの前にドナドナされていく。

 一匹、銀貨二枚。参考価格として一角ウサギの魔石が銀貨二枚相当だ。

 一角ウサギの魔石はスライムの魔石より大きいので本来はスライムはそれより安い。結構奮発しているなドリドンのおっちゃんよ。各班、見つけた班も見つけられなかった班もある。

 スライム狩りをして報酬をもらうことに集中した班もあったみたい。


 料理ができる子、つまりナイフが使える子が集まってマイマイを解体した。

 魔石もあるがすごく小さい。

 解体してしまえば、単に貝の切り身にしか見えない。実際そういう味だし。

 魔石は隅のほうに置いておく。これは先生が回収する。

 魔石は売って、共用の費用プールに追加される予定。

 そうそう俺たち一班は、他にエルダタケを二株、ムラサキメルリアタケを二株発見した。

 ぶつ切りにされたマイマイがイルク豆と一緒に煮られていく。

 俺はひっそりと料理班に交ざってエルダタケを二株とも投入しておく。

 味のアクセントにコショウと砂糖も少しだけ提供する。

 この少しだけでも全然違うのだ。もちろん塩も使ってある。

「「「いただきます」」」

 みんなで一人一つのおわんにマイマイとイルク豆の煮物を入れて食べる。

「おいちぃ」

「うまい」

「マイマイ初めて食べたけど、うまいじゃん」

「マイマイうまいまい!」

 はい、美味しい。貝の仲間なんだから美味しいに決まっている。

 出汁がなんとも言えないうまが出てて、こりゃうまい。

 貝の出汁とエルダタケの出汁でめちゃうま料理に大変身。

 まだ生存しているマイマイもいるだろうけど、こいつらだけはスラム街民も食べられるものにカウントしているので、スラム街のイヌ、ネコと同じようにさっさと捕獲されて居なくなる。

 実際のところは知らないけど。ということで皆さんご一緒に。

 ──『マイマイうまいまい』。



 月曜日の午後。平日の昼だから喫茶店エルフィールの営業日だ。

 平日昼間の店に、ギードさんプラス俺たち四人もいてもしょうがないので、交代でお休みを取ることになった。

 氷はラニアと俺しか出せないが、一度昼に帰ってきたときにたるに出しておく。

 これでめちゃくちゃ混まなければ夕方まではもつ。

 開店したあの日から、安い、そして喫茶店という文化そのものがなかったため、お店は大繁盛している。

 特に長時間休憩していくという文化がないので、一杯飲んでさっと帰っていく人が多い。

 文庫本もテレビもスマホもパソコンもないから時間をつぶす要素があまりないのだ。

 マダムたちも数人で来て、冷茶を飲み終わると、おしゃべりをするでもなく次の目的地へ行ってしまう。

 メルンさんとギードさんによればお茶会という文化は上流階級の貴族のみのものらしい。

 そもそも意味もなくお店でおしゃべりしたりしない。ただし酒場は除く。

 うちは酒場じゃないし、女の子もいない。

 ここでいう女の子とは夜のお仕事をしている子のことね。いわゆる水商売のことだ。

「それじゃあ、今日は俺とシエルからお休みいただきます」

「行ってらっしゃい。にゃあ」

「はい。行ってらっしゃい」

 ミーニャとラニアが平気な顔で、普通に送り出してくれる。なんだか変な気分だ。

 ミーニャは以前なら俺にべったりで絶対離れないはずなのに、以前の『エドのうんち一週間戦争』の初日のときもラニアと遊びに行っていた。

 ラニアと頻繁に遊ぶようになるような、心境の変化があったのかもしれない。

 成長したと言えるだろう。いいことだ。

「さてどこに行きたい?」

「みゃう……教会。ラファリエ教会。エド君や、みんなに会えたこと、神様に報告して感謝したい」

「そっか」

 シエルもラファリエ教会の信者だったか。

 いや、この国の国民ならほとんど信者だと思うけど、農村でもそうだとは限らない。

 実際に村では特殊な宗教や土着の精霊様をあがめていることもあるのだ。

 都市では信仰の自由なんてないが、街の外で好きにする分には問題ない。

 要はバレなきゃいいのだ。

 俺も一度、教会へは行こうと思っていた。ちょうどいい。

「みゃぅ、みゃぅみゃみゃ、みゃぅみゃぅ♪」

 なぜか言葉ではなく、鳴き声の歌を歌っている。

 聞いたことがない。女の子は俺の知らない歌を知ってるという法則でもあるのか。

 結構物知りだと自覚しているので悔しい。女の子には女の子のネットワークがあるんだろう。

 そこで自分たちだけの歌とか共有しているんだ。ちなみに今はもちろん俺と手をつないで、楽しそうにぶんぶん振り回している。子供か。子供だったわ。

 今日は反対側にミーニャがくっついていないところが珍しい。

「こっちかな」

 道を進んでいく。教会は家から近いところにある。

 いつも鐘の音がうるさいくらいなので、近所なのは確かだ。

 裏通りを進んでいくと、表通りに出た。もう見えている。

 大きな鐘楼があるので一発で教会だとわかる。あれはかねつきどうともいう。

「大きな建物みゃう」

「おう」

 二人で見上げる。ここから見ても、かなり高さがある。結構な建築技術だ。

 石造りでこれだけ水平に建築するにはそれなりの技術力を有するのだろう。その権力も想像がつく。白亜の巨塔、というイメージだろうか。王都やどこぞにある聖都の鐘楼はさぞ高かろう。

「私、街に憧れてて、うれしいみゃう」

「そ、そうか。よかったな」

「はいっ」

 シエルの笑顔がまぶしい。でもちょっとだけ実家のことも考えていたみたいで、目に涙が浮かんでいる。それを隠すように目をこすってした。

「逃げてきちゃったけど……」

「うん」

「お母さんたち、ご飯食べられてるかな」

 トマト農家なのでトマトが売れればもうかるのだろうが。

 問題は自分たちが食べる分を栽培していないと、トマトが全滅したときに詰むんだよな。

 農家の多くは自給自足前提で回っている。食料費を相殺して、なんとか食べている場合が多い。

 しかし聞いた限り、トマトの売り上げに依存しているみたいだし。

「送金してみたら?」

「送金?」

「うん。お金を実家に送るんだ。手紙の配達と同じでお金を送れる」

「そうなんだみゃう!」

 あれ、送金って一般的じゃないのかな。そもそも手紙も貴族や商人ばかりで平民には一般的じゃなかったわ。前世知識のせいで俺の常識は間違っていたり、ゆがんでいることがある。

 確か母トマリアが言うには冒険者ギルドでやってるはず。マイナーサービスっぽいけど。

 教会があるなら、教会間でも同様のサービスがある。でも村に教会はあるのかな。

「なあ、村に冒険者ギルドかラファリエ教会はあった?」

「ギルドはないよ。教会はあったみゃう」

「そっか、じゃあ教会からお金を送ろう」

「わかった!」

 さて、やっとくだんの教会に到着だ。白い石を選んで建ててある。ただ大理石とは違う感じ。なんだろう。この地域で採れた色々な石の中で白いものを選んだように見える。

 そのわずかな石材の違いがモザイク画のように組み合わさって独特の模様を作っている。

 表札にはラファリエ教会トライエ支部、と書かれていた。字が読めるようになって、俺氏うれしい。これが例の台風もどきで飛ばされた看板だ。

 中に入ると窓から光が注いでいて神秘的だ。ちょっとミーニャの祝福を思わせる。

 左右にミサの長椅子。中央に通路。通路の突き当たりには教卓。

 神父様が聖書を広げて、説教するための台だ。奥に祭壇。その上にステンドグラスの窓。

 祭壇にはラファリエール様の白い像。

 左右には謎の飾りと木があり、果物がお供えしてある。

 祭壇の前には「さいせん箱」がでーんと置かれている。

 その箱の装飾にお金がかかっていそうで、ちょっと俗物的で笑いそうになった。

 俺たちは通路を通って教卓を避けて賽銭箱の前に立つ。

「えっと、いくらにしようか」

「教会では半銀貨以上と決まってますみゃう」

「そうなの?」

「はいみゃ」

 シエルに半銀貨を渡す。俺より詳しそうなシエルがそっと賽銭箱に半銀貨を入れる。

 ということで俺も五円玉みたいに縁起が良さそうな半銀貨を同じようにそっと入れる。

 日本だと投げ入れる人もいるが、ここでは作法が異なるらしい。

「ラファリエール様のご加護がありますように」

 シエルが聖印を切る。

 右手を開いて右から左、左から右へ動かすミーニャと同じやつだ。

 俺もぎこちないながら真似をする。こうして礼拝を終えた。賽銭箱の前で向きを変える。

「終わりです。教会でお祈りしたことないんですみゃう?」

「え、ないと思うよ。物心ついてからは。でも教会の構造は知ってるから、小さいころの記憶だけあるんだ」

「そうですか」

 シエルが神妙な目をして、俺を見上げてくる。その顔は、俺にもつらいことがあったのだろう、という表情だ。実際のところ、俺にもわからない。

 俺がスラム街で遊びほうける前は、どこで何をしていたか記憶が定かではない。

 これは俺がちっちゃかったからで、転生のせいではない。

 まあ親の動きからすると苦労はしていたのだろう。

 少なくともトマリアは貴族に通じているらしいし。

 エルフとも信頼を交わすほど交流があったことだけは置いていったナイフからわかる。

 なんだかしんみりしてしまった。

「俺はなにも覚えてないし、スラム街でも貧乏だったけど楽しくやっていたさ」

「そうですみゃう? でもお父さんは」

「ああ、父親の記憶はないね」

「そうですか」

 シエルがそうですか妖精になってしまった。顔はちょっと悲しそうだ。

「大丈夫、大丈夫。みんながいるから寂しくないよ」

「ありがとう」

「ううん」

 俺が大丈夫だと言うとなぜかシエルがお礼を言う。

 さて入り口の横に受付があってさんがいるので、声をかける。

「すみません。他の村のラファリエ教会まで送金したいんですけど」

「はい。すみません。送金事業は隣のセブンセブン商会でやっていまして」

「そうですか。失礼しました。そちらで伺います」

「はい、お願いします」

 ふむ。一度外に出る。そして隣ってどっちだろう。あ、一発でわかったわ。

 立派なほうがセブンセブン商会だ。こちらも白い石でできているし。

「すみません。セブンセブン商会さん」

「はーい」

 奥からメイドさんが飛んでくる。冒険者ギルドの酒場同様、ここでもメイドさんだ。定番なのかおっぱいが大きい。

 まさかメイドさんっておっぱい採用枠があって、おっぱいの大きさで合否が決まるとかないよな。

 そりゃ、ないわぁ。

「どうしました?」

「げほ、げほげほ」

 俺たちは背が低いので、目の前におっぱいがあって笑うところだった。ごめんねメイドさん。

 まるでおっぱい妖精がしゃべってるみたいだったので。

「あの、送金したくて」

「はい。こちらで取り扱っております。セブンセブン商会の名に恥じないよう、精一杯やらせていただきます」

「ストゥルミル村なんですけど」

「はい。ゼッケンバウアー伯爵領内ですね。金額は?」

「金貨十枚、です」

 はぁ? 金貨十枚。彼女の貯金額は俺が記憶している。端数を除いて全額だ。

 ジャムとかを売った金額も入っていたので結構持っているのだ。

「なぁシエル。シエルが悪いわけじゃない。そんなに出さなくても」

「いえ。私が売られる予定だった金額が金貨十枚だったんですみゃう。話が聞こえてたから」

「そ、そうか……そっか」

 こう言ってはなんだが、金貨十枚で娘を売る。親もよっぽど苦しかったのだろう。

 しかし五歳の女の子がたったの金貨十枚で親から引き離されて、辛い労働をするために奴隷として売られていくとは。

 売却額とは別に口減らしという理由もあるのだろう。でももう少し、なんとか、なんとか……ならないのだろうか。俺まで泣いちゃいそう。

「私は売られちゃったけど、しょうがなかったみゃう。年々トマトの収穫は減って、弟たちにも食べさせてあげないといけなくて。村は貧困にあえいでいて。でも両親は最後まで私に優しくしてくれたみゃう。最後まで」

「そっか」

「親に背いたみゃう。少しでも報いたいから」

「ああ、わかった」

「すみません。金貨十枚ですね? あの、手数料として銀貨三枚かかるんですけど」

「わかりました」

 貯金額から引くつもりだったが手数料は俺が出そう。これくらいならバチは当たるまい。

 シエルに金貨十枚、銀貨三枚を渡す。金貨を握るシエルの手が見るからに震えている。

 その重さは本当なら彼女の命の重さだったのだ。

「確かに受け取りました。世界中の都市七十七をまたにかける大商会、セブンセブン商会トライエ支部、サラ・バルトロスが神に誓い、このお金をお預かりいたします」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 俺とシエルが頭を下げる。メイドさんも同じように頭を下げて中に入っていく。

 あぁそれでセブンセブン商会なのか。というかどう見ても教会の付属組織だよね。

 教会の権力を振り回して商売しているとか、結構裏側は黒そうだ。

 あんまりお近づきにはなりたくないが、味方であればめちゃくちゃ心強いのも確かだ。

 どうお付き合いするか考える必要があるな。

 白とも黒とも言えないので、とりあえずは様子見だ。できれば敵にはしたくない。