俺はエド。気がついたら、スラム街のラニエルダに住んでいた。

「エドぉ、むにゃむにゃ、好きぃ」

「ミーニャおはよう」

「あっ、エドちゃん、おはよう」

 こちらは同居している女の子ミーニャ。いつも一緒だ。


 ある日、前世を思い出した。それで鑑定魔法が使えることがわかった。

 食事が豆だけ生活だった俺は、せっせと草原の草を鑑定して、見分けがつきやすい食べられる草を採って食べた。

 それからおさなじみのラニアも連れて森へ入った。そこにはサトイモ、リンゴ、山ブドウなどがなっていた。

 しかしゴブリンなどの魔物も出る。俺たちは戦った。

 そうしているうちにアイテムボックスが使えるようになった。

 ラニエルダはトライエ市というじょうさい都市の城門の外にある。

 俺たちスラム街の住人は昼間はトライエ市内に入ってもいいのだけど、街の中に家を借りていない人は旅人以外、夜には城門の中にいてはいけない決まりになっていた。

 これはラニエルダの成立に関係している。

 八年前、隣の都市エルダニアが、恐ろしい魔物の大群が襲ってくるモンスター・スタンピードという現象の被害に遭って壊滅した。

 その避難民が寄り集まってできたのがスラム街で、そこを今はラニエルダと呼ぶようになったそうだ。


 黒髪黒眼の俺は魔素占いという子供の遊びによると忌み子であり、呪われているらしい。

 でも大人のほとんどは気にせず接してくれる。

 ミーニャやラニアも気にしていないようだった。

 そんなミーニャは金髪、青緑の目をしていて耳が長い『エルフに連なるもの』だ。

 もちろん彼女の両親もそうだ。ミーニャ一家とは一緒に住んでいる。

 住んでいるというか俺が以前、彼女たちを拾って家に住まわせているといったほうが正しい。

 家主は現在、俺なのだった。俺には母親がいたのだけど、あるときどこかへと消えた。

 一応スラム街で雑貨屋をしているドリドンさんに一声かけたようなので、事件に巻き込まれて死んでしまったとかいうわけではないようだ。

 何かしらの問題があり、一時的にラニエルダを離れているらしい。

 その辺の事情もまったく知らなかった当初は母親も死んでしまったのかもしれないと思っていたのだけど、それは勘違いだったみたいだ。

 それからラニアについて。ラニアは青髪青眼の女の子で、魔法が得意なマギ族だ。

 マギ族というだけで遠巻きにする人が多いのだけど、俺は何とも思っていなかった。

 ハブられた者同士、妙に息が合って友達になった。特に森に行くときには百人力だ。

 ちなみに怒るとファイアボールを飛ばしてくるので、とても怖い。


 そんな俺たちは河川敷にも行ってノイチゴを採って、前に森で採ったリンゴ、ブドウと同様にジャムを作り、ドリドン雑貨店で販売して利益を得ている。

 それより前にはスーッとするミントのハーブティーと犬麦茶を販売していたんだけど、こちらはガキ大将のハリスに権利を譲って、俺たちは中間マージンをもらうことにした。

 それはこの仕事の利益率があまり高くないからで、他の子供たちでも十分できる仕事だと判断したからだった。

 そうしてゴブリン、一角ウサギを狩ったりして過ごし、武器、胸当てと装備を強化した。それからしばらくしたある日、森でヌシ級である大イノシシとご対面になる。

 必死に戦い、なんとか勝利して、冒険者ギルドに持ち込んだのだった。

 一部の肉は自分の手元に残してあるので、料理にも使った。

 あのサイコロステーキはとてもしかった。

 それから忘れちゃいけないのが、キノコだ。俺は鑑定でキノコを判別できる。

 中には似た毒キノコも生えているため、注意が必要だから助かっている。

 そして食べられるキノコはとても美味しい。食卓を豊かにしてくれた。

 小麦粉や油を買って、料理の幅も広がっていい感じになってきた。

 俺たちは採取や猟をすることで、少しずつお金や現物を得て豊かなスローライフを過ごすんだという意気込みで、毎日生活をしている。


 そんなところに、今度は新しい猫耳の女の子と出会う事件が発生する。

 スローライフもなかなかままならない──。

 これはそんな俺たちの成り上がり生活の一端のお話。




 木曜日。曜日は数えているが何月何日か実は知らない。

 ちゃんとしたカレンダーなんかないし、いやまあ、街に行けばあると思うけど。

 そろそろ春も終わりだ。朝食も終わり、そわそわしているミーニャに今日の予定を告げる。

「今日は森へ行こう」

「ちょっと久しぶりだね」

「あぁ、最近、戦争とかあったしな」

「う、うんっ」

 戦争といってもガキンチョの衝突だが、俺たちにも影響するので困る。

 どうしても欲しい食材があるのだ。街に行けば売っているには売っている。しかし高いのは確実だった。前に値段を見たことがあるが、金貨を持ってても貧乏性の俺には買うのはためらわれる。

 そこで自生していそうな森を探索する。いつも森探索はしているけれど、見逃すことも多い。背の高い草などに隠れていると見つけにくいのだ。

 いつものようにラニアを連れてきて、森の入り口に行く。

「んじゃ、いつものように祝福お願い」

「ラファリエール様、私たちをお守りください」

 ミーニャが手で聖印を切ってお祈りをしてくれる。なんか神聖な雰囲気で、これぞ祝福だった。

「森のちょっと右のほうへ行ってみよう」

「うん」

「はいっ」

 あまり右奥──見張り山と呼ばれる向こう側のほうへは行ったことがない。

 ラニアも真剣な顔でつえを構えて応えてくれる。一口に森と言ってもその雰囲気や植生は一様ではなく、バラつきがある。今日こそは発見したい。

 少し進むと開けた場所に出た。

「あっ赤い実がなってます。しそうですね!」

「にゃぁ、すごーい」

 そう。君だよ君。俺が求めてやまないもの。──トマト。

 一応、いつもの儀式、鑑定。

【トマト 植物 食用可】

 トマトケチャップにトマトソース、BLT……ベーコンレタストマトサンド。

 トマトとタマネギのサラダ。あとは忘れてたピザ、トマトパスタなどのイタリア料理系。

 うちではケチャップ以外は生が多かったけど、その活用方法は幅広い。

 ハンバーグのソースにも入れたりする。

 あれはとんかつソースみたいな茶色いソースとケチャップを同じくらい使う、という気がする。

 俺は前世で、小学校時代まで母親が料理をするのを横で見ていることが多かった。

 だからだいたいの材料とかはなんとなく知っている。

 母親は料理が上手だったのだ。でも現代日本の入りとか合わせ調味料とか時短食材などもそこそこ使っていたので、本格派とまではいかない。

 今となっては記憶は少し曖昧だ。

 まさに素人のようだけど、からきし無知よりはマシだと思うほかない。

 分量までとなると……勘だ勘。

「やったな、トマト君、君を探していた」

「にゃは」

 俺はトマトを収穫して収納する。夏にはまだ早いだろう。早く実がなる種類なのかもしれない。

 もしくは野生なのでたねが落ちてすぐ芽が出て、早めに成長したのか。

 不思議なことに一度見つけるとその後、同じものを見つけやすい。

 トマトもほら、また実っている。

 こういう「一度突破してしまえばあとは簡単になる」という現象に名前がついていたような気がする。ブレイクスルーかな、学術用語だと。他の言い方を考えてみたけど思いつかない。

 百メートル走でも十秒の壁というのがあると聞くからな。


 さて森の探索は続く。またゴブリンだ。今日は四匹。

「ラニア、ほどほどに」

「なんですか。ファイアボールなんて使わないわよ」

「そうしてくれ」

 俺とミーニャで殴りかかる。ミーニャは杖だ。メイスではないが似たような機能はある。

 ラニアの魔法攻撃も合わせて、なんとかゴブリン四匹を倒すことができた。

 ささっと簡易解体をして魔石だけ持ち帰る。あとは放置だ。オオカミさんが食べるだろう。

 実を言えばそのオオカミのほうがゴブリンより怖い。

 さて少し移動して、またトマトを収穫した。幸先は悪くない。

「お、この倒木、ええぞええぞ」

「エド、それなに? へんな黒いのついてるぅ」

「うん、これがね、食べられるんだ。キクラゲっていうキノコだよ」

「ふーん。美味しいの?」

「えっと、普通かな。でも料理の味に変化があると楽しいでしょ」

「なるほどぉ」

 鑑定。

【キクラゲ キノコ 食用可】

 キクラゲは日本でも目にしたことがある。木の多い公園の枯れた木などによく群生している。

「どんどん採ろう」

「うん」

 ぐふふ。キクラゲをゲットした。これといった用途を思いつかないが、何があるだろうか。ラーメンのトッピングに入っていたりしたか。

 多いのは冷やし中華と、八宝菜などの中華料理だ。あとはキクラゲと野菜のいため物とかもありかな、あんまり食べたことはないが。

 もう一本、近くの倒木にもキクラゲが生えていたので収穫する。種とか菌とか、おそらく近くに落ちるから群生するという自然の法則なのだろう。

 合間合間に、過去に見つけたホレン草、タンポポ草、フキなども採って歩く。それからサトイモもあった。その辺に生えまくっているものとして他にも、ヨモギ、ドクダミがあった。

 どちらも健康茶などに入れたりする。


 俺はホクホク顔で帰っていく。いろいろな食材が自生している世界でよかった。

 この街で流通してるなら世界のどこかで採取されているわけだから、生えてて当然ともいえるけれど、それが自分たちの住む場所の近くとは限らない。

 特にトマトは地球世界であれば新大陸由来なので、前世であれば「ジャガイモ警察」に突っ込まれてそうな気がする。

 それは中世ヨーロッパに新大陸発見後に持ち込まれたジャガイモはないから、中世ヨーロッパ風ファンタジーにもジャガイモはないはずだ、おかしい、という突っ込みだけど、この世界ではやはりその理屈は通じないということだろう。


 お昼を過ぎて、午後もいろいろしていると夕方になる。待ちに待った夕ご飯の準備をしよう。

 今日のお昼過ぎ、トマトをつぶして鍋にぶち込んだ。

 そこに塩、すり潰したタマネギなどを投入して、かなり煮込んだ。

 もうおわかりだろう。──トマトケチャップ。

 地球の偉大な発明の一つだ。

 そして我々はすでにエッグバードの卵の節約により、鶏卵もどきを手に入れている。

 いくつかはミーニャの「かきたまにしたいよぉ」という請願のもと、スープに何回か入れてしまった。それでも卵はまだ残っている。

 卵を溶いて塩で味付けし、オリーブオイルを使ってフライパンで焼いたそれは、プレーンオムレツだ。オムライスは米がないので当分作れない。

「黄色い塊になった!」

「ああ、これがオムレツ」

「オムレツ!」

 人数分のオムレツを作る。

 かきたま妖精となったミーニャの頼みを何回か断って、卵を温存してきたがあった。

 そして先ほど作ったトマトケチャップ。実を言えばトマトソースにしか見えない、んだけど素人作成なのでそこは目をつぶって。このトマトソースをオムレツにかける。

「すごい! 黄色に赤で美味しそう!」

「素敵ですね」

 まだうちに残っているラニアも感心してくれる。


 さてこうしてオムレツは完成した。でもこれだけではない。味は多少似てしまうかもしれない。でも食べたかった。

 夕方、トマトケチャップを煮ている間に、ちまちまと作業をした。

 小麦粉をぜいたくに使い水で練ったものを、三センチぐらいずつに小さくちぎって簡単に丸める。

 パスタマシーンなどという文明の利器はないので、ショートパスタにしよう。

 ショートパスタにはシェル型や筒状のものなどがある。

 今回は筒状の穴のない形のものにした。えっと一番近いのはニョッキかな。

 トマトケチャップにイノシシ肉を小さく切ったもの、あと干し肉も入れて、さらにタマネギとキクラゲを追加して、こちらは本当にトマトソースにする。

 食事前の時間になったら、ニョッキもどきをでる。

 茹でたニョッキにイノシシ肉入りトマトソースをかけて完成。それと先ほどのトマトケチャップのプレーンオムレツ。

 以上、なんちゃってイタリアンが完成した。

「エド君。今日はまた、ずいぶんと凝っているね」

「そうね。私もなんだかうれしくなっちゃうわ」

 ギードさんとメルンさんもその鮮やかな見た目に舌を巻く。

「食べていい? 食べていいよね?」

 腹ペコエルフのミーニャちゃんが耳をぴくぴくさせながらお腹をさすっている。かわいい。

「ああ、完成だ。熱いうちに召し上がれ」

「ラファリエール様に感謝して、いただきます」

「「いただきまーす」」

 スプーンとフォークを両手につかんで、ぎこちないながら口に運ぶ。

「んんっ、おいしいぃいい」

「はい。美味しいです」

 うむ。トマトって日本にいるとあんまり気にしないかもしれないけど「うま」が出る。

 トマトラーメンとかもあるくらいだし。ある種の出汁みたいな濃厚な味は、美味しい。

 豆の味しか知らない民に、このトマトの旨味はかなり凶暴だ。

「うまい、うまい。エド君、おいしいよ」

「おいしい」

 ギードさんとメルンさんも満足、満足。

 こうしてトマト料理がうちの味に仲間入りをして、また一つ食材が豊かになった。

 トマトは森よりは太陽がよく当たる乾燥した土地が適しているらしい。

 思い出してみれば、トマトが生えていた辺りはたまたま高い木が少なく、低木もまばらだったから、よくが差したのだろう。なるほど、うまいこと自分に合った土地を見つけるものだ。

 トマトの種を切り株の平原に植えまくったら、大量に繁殖しておおもうけできそう。

 さて、どうしようか。実際にやるとなると種がないな、うん。

 今日使ったトマトの種の部分は、前世と同じようにゴミつぼ行きにしてしまった。

 ちなみにこの有機物しか入ってないゴミ壺は、定期的にスライムトイレに投げ入れられて捨てられる。

 プラスチックゴミとかがない中世風世界だからできる芸当である。

 そのぶんビニール袋とかなくて不便だけど、まあ何事も慣れてくる。

 そんなことを考えつつ、ミーニャとラニアの一張羅のワンピースにトマトケチャップが飛び散っていないか、注意深く観察する。

「うん、ケチャップは飛んでないみたい。これからも気をつけてね」

「あ、え、うん。わかった」

 さてラニアを送っていこう。

「そういえばラニアさ、トマト持ってく?」

「あ、いいの?」

「うん」

 トマトはたまにちらっと見る市場でも流通量は少ないんじゃないかな。というかあまり街の市場を見ないので確信はないけど、高級野菜だと思う。

 トマトを注意深くかごに入れてラニアに持たせる。背負いバッグに突っ込むと潰れないか心配だからね。大丈夫だとは思っても、油断は禁物だ。

 ケチャップも量を少し多めに作ったので残りをビン詰めにして籠の隅に入れておいた。

「お邪魔しました」

 ラニアをおうちまで送る。トマト籠と杖をなんとか片手に持って、反対側の手で俺の手を掴んでくる。そうすると俺の反対側の手はもちろんミーニャが握ってくる。

 普段はそれほど手をつないだりしないのに、こういうときは別だ。

「ふふふ、今日はトマトもらっちゃいました」

「ああ、でもどうやって料理したらいいか、わからんかもしれないね」

「そうですね。薄切りにして塩とオリーブオイルのドレッシングで食べても美味しいんですよね?」

「うん。タマネギスライスなんかも一緒にしてもいい」

「わかりました」

 トマトのサラダも悪くない。ミニトマトなら丸のまま、生で食べてもいいし。今日のトマトはそれより少し大きいけど。

 森の中で育った割には、イメージと違ってちゃんと赤い。立派なトマトだ。

 ナメクジとかにやられていなくてよかった。というかナメクジいるのかな。よくわからないが、この世界では害虫などと言われる虫が全体的に少ない。地球だとカラスノエンドウにはアブラムシがよくつくが、この世界で同様の状態を見たことがない。

 ああいうのは見るのもダメという人が結構いるので、ありがたい。


 ある日、ギードさんが話を持ちかけてきた。

「なあエド君。スプーンの売上金もまってきたし、エルダニアに行きたいのだけど、一緒に来てくれるかい」

「え、俺とギードさんだけですか?」

「いや、メルンも行く。ミーニャだけ置いていくわけにはいかないので、もちろん連れていく。そうなるとエド君としてはラニアちゃんも連れていきたいだろう?」

「そうですね」

「旅行というわけではないんだ。そうだな、視察かな」

「視察ですか」

「そう。僕たちの元の職業に関係しているといえば関係している。僕たちは見に行く義務があるんだ。責任としてね」

「そうなんですか、理由とかその職業は教えてくれないんですか?」

「万が一、何かあったときに僕たちの正体を知っていて敵側に捕まると、それ相応の罰を受けるかもしれない。今はまだ知らないほうがいいと思う」

「そうですか。わかりました。今はそれで納得します」

「すまない。あと旅行資金なんだけど、少し出してくれ、重ねてすまない」

「いえ、金貨何枚かなら余裕ですよ」

「そうか、助かる」

 ぶっちゃけ元からギードさんの家に資金を入れることは考えていたし、物入りの際にはさらに資金を出すつもりでいた。

 ただちょっとタイミングがなかっただけで。あとは干し肉や小麦粉を買ってあげたりは前からしている。

 あれから二回目のノイチゴジャムの売り上げも回収した。

 ラニアとは資金の端数について調整をすることになった。

 今まで俺がいわゆる雇用者的な立場で端数があるときは賃金を多めに渡すようにしていたのだけど、ラニアはうれしいけれど申し訳ないし、できるだけ俺との差が少ないほうがいいと言うので、きっちり半分ずつということになったのだ。ということで資金は余っている。

 美味しい食材とか買い込んでもいいけど、ゆっくりやろう。

 まず馬車の手配をお願いすることになって、これはギードさんと俺が直接、商業ギルドへ行って貸し出し馬車を手配してきた。馬車のレンタル料はそこまで高くない。しかし保証金というのが痛かった。金貨十枚くらいは普通に取られた。これだとギードさんの資金だけでは無理っぽいので、もちろん俺が出した。

 保証金は馬車が戻ってくれば返却される。

 なんやかんや準備をして数日経過、出発の前日になった。



 朝、起きて外に出ると家の外にうずくまっている小さい女の子がいた。

 髪の色は銀、頭の上に猫耳らしきものが生えていた。

 ピンクの服はかなりボロが目立つ。着たきりなのだろうと思われる。

 俺たちは地味な茶色の服を着まわしているが、こういう明るい色の服を買ったのに着替えがなくてボロボロにしている子もスラム街では珍しくない。

 猫耳かと思ったが、いや、タヌキか? イヌかな?

 もしかしてライオン? オオカミという線も。

「あの……大丈夫?」

「みゃうぅぅぅ」

 みゃうと鳴くのは子猫だ。

 ということはやはり原点に戻って猫獣人なのだろう。

「どうしたの?」

「みゃぅぅう、あの……お腹すいたみゃう」

 体育座りの状態から顔だけ上げると、目にいっぱい涙を浮かべている。

「お、おう。どれくらい食べてないの?」

「三日くらい、もうわかんない、だって。みゃうぅ」

「わかった。うちで朝ご飯あげるから。立てる?」

「はいみゃう」

 手に掴まらせて立たせる。俺より少し小さい。ミーニャとどっこいくらい。

 年齢も五歳か六歳、俺たちと同じくらいだろう。

 そのまま待ってもらって、すぐに俺は本来の用事のトイレに行ってくる。

 ご飯の支度はすでにメルンさんにお願いしてある。

 トイレから戻ってきてまずは名前を聞くことから始めてみよう。

「それで名前は?」

「シエル。シエル・モールライト」

「ふむ」

 信用していないわけではないが鑑定。

【シエル・モールライト

  5歳 メス A型 猫耳族 Eランク

  HP69/135 MP32/152

  健康状態:C(衰弱)】

 自己申告の通りだ。数値がかなり減っていて、手当てが必要そうだ。

 さて朝はスープを作ってもらった。それに溶き卵と小麦粉を入れてある。

 スープはゆるめのホワイトソースみたいなものだ。

 小麦粉はおかゆがないのでその代わりとする。

 麦が粒のままのオートミールがあればよかったが、小麦粉しかなかったのだ。

 ホレン草とタンポポ草とニンニクのスタミナソテーなどのオカズもある。

「いただきます」

「「いただきます」」

「ささ、シエルちゃんもどうぞ」

「あ、はい。いただきます、みゃう」

 みんなで食べ始める。

 こう言ってはなんだけど、この辺の家の中ではうちの料理が一番美味しいだろう。

「美味しい!」

「そっか」

 バクバク食べるシエルちゃん。

 スープを飲み干したかと思えば、オカズにも手を出して、いろいろな種類を食べている。

 フキやサトイモの煮物などもある。

 もっともしょう味じゃないんで、俺的にはあと一歩なんだけど。

「すごく、すごく、美味しかったですみゃう」

「よかったね」

「はいっ」

 シエルちゃんの顔はとてもれいでかわいかった。

「にゃ、にゃう」

 隣でそれをじっと見ていたミーニャがぽつりと鳴いた。

 ふむ。猫獣人VSエルフ獣人もどき。さてどちらが真の猫獣人の座を射止めるか。

 どっちもかわいいから、両方というのはどうだろうか。仲良くしてね、仲良く。

 多少しっするくらいならいいけど、バトルはだめよ、だめだめよ。

「葉っぱついてる」

「えっ」

 シエルちゃんの口元に緑の葉っぱの欠片かけらがついていた。

 それをミーニャが手を出してシュッと取る。

「あ、ありがとう」

「いいんだよ! にゃはは」

「みゃうぅぅ」

 よかった。なんだかんだ仲良くできそうだ。

 シエルちゃんは朝ご飯を食べた後もうちにいた。

「あの……どこにも行くところがないみゃう」

「そ、そうか」

「エド君と一緒にいたいみゃう」

「そうだよなぁ」

 俺がご飯を与えて家に入れた。純然たる事実だ。

 拾ってきたペットではないが人間だからこそ責任は俺にある。

 午前中は様子を見ることになって、ミーニャと一緒に籠を編んでいた。

 最初は難しそうにしていたが、コツを掴んだのかだんだん上手になってきた。

 俺は、子供を拾ってきたのは初めてではない。

 そうだ。ミーニャだって雨の日に拾ってきたのは俺らしいし。

「うんしょ、うんしょ」

 一所懸命作業をしているシエルちゃんを今更、追い出すわけにもいくまい。


 この家には元々、エルダニアで身分が高かった老夫婦が住んでいた。

 エルダニアが崩壊した八年くらい前からのことだろう。

 そして数年前、俺エドと母親のトマリアがスラム街ラニエルダにやってきて、老夫婦に拾われた。

 スラム街の中では二人で住むにしては広めの家だった。もちろん一般的な家よりはずっと狭いが。

 普通の気のいいおじいちゃんとおばあちゃんだ。俺も少しだけ記憶にある。

 しかし一年ちょっとでおじいちゃんの具合が悪くなり他界して、後を追うようにおばあちゃんも亡くなった。

 このあばら家はトマリアと俺がそのまま引き継ぐことになり、それからミーニャ一家を今度は俺が拾ったのだ。

 そうして、また少女を拾ってしまった。

「ミーニャちゃんどうかみゃ」

「うん、大丈夫」

「よかったみゃあ」

 籠を編む作業の確認をしているらしい。うむ。こうしているとなかなか仲がいい。どちらも猫だけに。

 結構毛だらけ猫灰だらけ、という言葉もあったな。

 シエルちゃんの頭の上では相変わらず、かわええ猫耳がぴこぴこ動いている。

 頭をなでなでしたいが、親しいわけでもないのに、触っていいか迷う。

 ミーニャの頭は容赦なくでる俺だが、それは兄妹きょうだいみたいなものだからだ。

 見ず知らずの子の頭までは、俺だって撫でたりしない。

 しかし触りたい。かわいい。ぴくぴくしてる。たまらん。

「エド君、どうしたの?」

 シエルちゃんはこくんと小首をかしげて、目を真ん丸にして興味深そうに俺を見つめてくる。

 反則級にかわいい。

 不正はなかった、いいね、不正はないんだ。ラファリエール様に誓って。

 今日この瞬間はシエルちゃんの勝ち。俺は手を伸ばして頭と猫耳を撫でる。

「ふっ、ふわぁ、あはあ」

 シエルちゃんはなんだか心地よさそうな声を出して目を細めた。

 嫌がってはいないから大丈夫だろう。頭を触ろうとすると必死に手でかばう子もいる。

 そういう子の多くは普段から頭を殴られている。

 どうやらシエルちゃんはそういう暴力を振るう家庭から逃げ出してきた、というわけではなさそうだ。

 懸念の一つは消えたけど、まだこの家の外にうずくまっていた理由は話してもらえていない。

 そのうち話してくれるだろうか。

 俺の知り合いはよそからスラム街に流れてきた人が多いので、出自が不明な人が何人かいる。


 ミーニャ一家もそうだ。ラニエルダでは出自の話がタブーとまではいかないけど、悲惨な過去を持つ人が多いので、そういう話はあまりしない。今を生きるのに精一杯だからでもある。

 前を向いて再出発できる機会があるだけでも、儲けものだと思うほかない。

 ラニア一家はエルダニア出身で、元々は商業系の護衛の仕事をしていて、そっちに顔が広いと聞いたことがある。

 ラニエルダができて八年なので、ラニアはスラム街に来てから生まれた子なのだろう。

 家こそうちよりボロいスラム街仕様だけど商業ギルドとのつながりが今も残っていて、トライエ市内の商店で護衛関連の仕事をしているらしい。

 取引先とかが他都市にあったからできることだ。元貴族もしくは今も他国の貴族とか、そんな家系らしいとも聞くが詳細は不明だ。

 きっと若いころもトライエとエルダニアの間を護衛しながら往復とかしていたのだろう。

「ミーニャ、ミーニャ、この取っ手のとこは?」

「あ、うん。ここはこうしてクルッと回してこうだよ」

「ありがとうみゃう」

「ううん。最初は難しいから、どんどん聞いて」

「うんっ」

 シエルちゃんとミーニャはとっくに仲良しさんだ。

 あの俺の後ろをついて歩いていたミーニャがすっかりお姉さん気取りで教えている。いい傾向だ。

 金髪ロングのミーニャと肩までの銀髪セミロングのシエルちゃん(猫耳付き)が並んでいると、天使の姉妹みたいに見える。

 めちゃくちゃかわいい。

 シエルちゃんはちょっと汚れているが、午後になったら水浴びしに行こう。

 あとピンクのおボロはミーニャの予備の茶色い服を貸してもらうか。

 やっぱり服も正副予備の三系統欲しい。ちなみにスラム街もトライエ市にも電気は通っていない。そもそもこの世界では電気がまだ発明されてないっぽい。

 手が小さいからか、逆に小さく細かいことが得意みたいで、ミーニャもシエルちゃんも大人顔負けに籠を編んでいる。

 シエルちゃんはまだ始めたばかりなのを考慮しても、そこそこできるようだ。

「シエルちゃんは籠編みが結構得意そうだね」

「あ、うん。おうちで似た仕事をしたことがあるから。あっ」

 家のことを言ってしまったという顔をして、少し悲しそうな表情をする。

 さすがにミーニャもおうちのことを聞き返したりしない。

 ミーニャがシエルちゃんの頭を撫でて励ましていた。

 言葉がなくても応援はできる。

「シエルちゃんはお手伝いとかしてて偉いね。私、最近まで遊び歩いていて」

 ミーニャが自分のことを語りだす。

「エドが春先にいつだったか、派手に転んだの。その後から様子がちょっとおかしくてね」

「おかしいって」

「ううん、悪い意味じゃなくて、頼りになるようになったの。食べられる野草も採ってくるし、あとキノコが美味しいの。私も手伝うようになって、ただのお荷物から卒業したんだ」

「ふぅん」

 シエルちゃんは、半分くらいしか理解していない顔で、生返事をした。

 そりゃあこの異世界に転生したことを思い出して、鑑定とアイテムボックスに目覚めて、なんでもできるようになったとか、信じられまい。

 もっとも転生も鑑定も隠しているから、変な人にしか見えなくてもおかしくはない。




 俺はひと足先にスプーン作りを終えて、今日のお昼を作ろうと思う。

 メルンさんも治療のお客さんが一段落したので、手伝ってくれる。

 以前、俺は遊び歩いているか城内でアルバイトをしているかだし、ギードさんは日雇い労働だったので、家を空けがちだった。

 ミーニャは俺の後ろをついて歩いてお手伝いだった。

 それで家にはメルンさんしかいなかったのだけど、今は俺たちもいる。

 治療をしている横で何か作業をしていると気にならないのだろうか、とは思うけど部屋の仕切りとかもないのでこれはしょうがないのだった。

 最近好評のトマト料理。トマトがわりと高級品なこともあって、食べたことがある人は少ない。

 先に小麦粉を水で練って大きな団子を作る。その団子を適当な棒で延ばして平らにしていく。

 何回も延ばしては折り畳みナイフで細く切ったら、ご存じ「麺」の出来上がりだ。

 うどんのような何かができた。

 一応、イメージとしてはスパゲッティーミートソースだ。

 麺の断面は円ではなく四角形なので、フェットチーネのような形になった。

 トマトをつぶしたスープに、イノシシ肉、ニンニク、塩、ホレン草、サニーレタス、タンポポ草、固形のトマトを入れていく。

 今日はシエルちゃんもいるので、この前、草原を通ったら見つけた秘蔵のエルダタケも入れよう。

 ここでキノコ知識のおさらい。

 草原の切り株に生えるエルダタケはそこそこしいキノコだが、毒キノコに似ているのであまり食用にされない。

 同様に草原に生える通称ムラサキキノコ、ムラサキメルリアタケはすごく美味しいけど、たまにしか見つからない。金貨に値するかもしれないキノコちゃんの筆頭格だ。

 エクシス森林の倒木で見つかるウスベニタケもかなり美味しい。こちらも金貨候補だ。この前採ったのを提出し忘れたままなのでアイテムボックスに一株ある。

 あとやはり倒木に多いキクラゲ。好きな人はわりと好きだろう。

 今採れるキノコのシーズンもそろそろ終わりそうな気配なので、早めに採取したい。

 ウスベニタケは早くギルドに卸しに行かないと。

 最近、キノコ探索はあまりやっていないので、力を入れたいところだけど、先にエルダニアへ出かけないといけなくなった。

 やることは無限にあるな。

 いや待てよ。一人増えたので四人で草原探索というのもいいかもしれない。

 森探索のほうが新しい植物を見つけやすいが、草原もまだいだしていない種類の草はかなりある。

「あのスラム街でトマトなんて!? あっごめんなさい。口出しなんてして。食べさせてもらってるのに」

「いや、いいんだ。トマト知ってるんだ?」

「はい。……あの、村の特産品なんみゃだけど、高級品なので村ではほとんど食べられないの」

「そっか、そうだよな」

 高級品を作る生産者は、自分では口にできないというのはたまにある話だ。

 特にトマトなんかは傷んだものも潰してトマトソースにすれば売れるんだから、余り物が出ない。

 地球ではカカオ豆などが筆頭だろうか。

「(ごくり)トマトだけじゃなくて、お肉に野菜まで」

「あぁ、うちはなるべく健康的に、具だくさんにしたいんだ」

「すごいみゃう」

「まぁ自分で採ってきたものがほとんどだから、お金はかかってないんだけどね」

「へぇ、それはそれで違う意味で、すごいみゃうね」

 べた褒めされるのも、これはこれで結構恥ずかしいな。

 ミーニャは半分、「エドはこういうもの」と思ってるし、素直な賞賛はむずむずする。

「ミーニャ、それからシエルちゃんも、少しいい?」

「なぁに? エド」

「はいっ」

 命令待ちのこの子たちは、素直でわんこみたいでかわいい。

 それはさておき。

「ラニアを迎えに行ってきて。たぶん料理食べたいでしょ」

「うんっ」

「あ、それから本来は俺が行くべきなんだけど、シエルちゃんの紹介もよろしく」

「わかった」

 今はソースを作ってて、これからパスタもどきうどんをでなければならない。

 茹ですぎはよくないし、さすがにすべてメルンさんの勘にお任せはちょっと怖いし無責任だ。

「行ってきます」

「行ってきますみゃう」

「二人とも、気をつけて行きなさい」

「二人とも、行ってらっしゃい」

 メルンさんと俺に見送られ、手を振って、二人は手をつないで出ていった。

 やっぱり仲良しさんになってて俺はうれしい。

 さすがにこの子たちに限って、二人きりになった瞬間から演技をやめてツンツン攻撃的になる裏の顔があるとか、ないよね。

 ないといいな。こんな小さな子が裏では敵同士とか怖い。

 まだ六歳ぐらいだもんな。ありえないか。よかったぁ。心配しすぎだよな。


 ちょうどパスタが茹で上がったころに三人になって戻ってきた。

「おう、三人ともおかえり」

「「ただいま」」

「その、ただいま、みゃう」

 ラニアはだいぶうちの子化している。

 その点、シエルちゃんはまだよそよそしく顔を赤くして返事をした。

「いい匂い。ミーニャ、トマトすきぃ」

「私も、この前から好きになりました」

「私もトマトは好きみゃう」

 みんな好きそうでよかった。

「ラファリエール様に感謝して、いただきます」

「「「いただきます」」」

 スプーンとフォークで食べる。

 麺をくるくる巻くのにみんな苦労しているものの、なんとか食べていた。

「んっ」

「「「美味しい」」」

 異口同音という通り、みんな同じ台詞せりふだった。

 一言だけ感想を言うのが義務だとでも思っているのか、また麺を食べる作業に戻る。

 もちろんメルンさんとギードさんも舌鼓を打っていた。

「お肉もうれしいみゃう……」

「だよねぇ」

「そうですね」

 パスタはあっという間にみんなのお腹に消えた。多めに作ったのにおかわりですぐに鍋は空になった。幼女三人が膨らんだお腹をさすったり、ぽんぽんたたいたりしていた。

 なんだかすごくかわいい。これを見てるだけでもいやされる。

 ところで、さすがに二人も増えると家が少し狭い。引っ越しの時期だろうか。かといって引っ越す先がない。トライエ市周辺を離れるのはまずい。母親は行方不明だが戻ってくるらしいし。ラニエルダからトライエ市内に移り住むのはありだろう。

 ただ収入が安定して、そこそこの額がないと賃貸料がネックになる。

 スラム街の家は一応、違法建築物であって、家賃がは発生していない。領主が自分の土地ということで黙認しているため、誰も賃料を取ろうとしないのだ。勝手に賃料をせしめたらそいつが犯罪者になる。スラム街住人にはありがたい状況だ。

 黙認という形ではあるが、領主の誠実さにみんな感謝はしている。ただし初期に避難民を城壁内に入れない政策を取ったことは、エルダニアの元住人はあまりよく思っていない。いくら治安維持のためとはいえ「領主は非情」とスラム街では言われている。

 俺は後から流れ着いた人なので、初期のいざこざは見ていないというか生まれる前だからわからないけど、領主の肩もエルダニア市民の肩も持ちにくい。

 その後、ラニエルダの治安が良くなるのに数年かかったことを考えれば、領主の方針は正しかったのだろう。

 しかし避難民からしたら、城壁内に入れないのは死の危険と隣り合わせなのだ。

 笑って許せるほど能天気な者はいない。



 午後は予定の通り、四人で切り株の平原探索をしよう。

 特に狙いはキノコだ。指導は目が笑っていないラニアだ。装備は、念には念を入れて剣もつえも持ってきている。

 それでも、万が一、ゴブリンやウルフが群れで出てきたら困る。

 ないとは思うが城壁の外である以上、絶対はない。

「シエルちゃん、切り株や地面にキノコが生えていることがあるの」

「うん」

「サルノコシカケって知ってる?」

「わかるみゃう」

「そう、そのサルノコシカケ以外のキノコを探してほしいのです。あったらエド君に言えば種類を教えてくれるから」

「エド君は詳しいみゃう?」

 おっと、視線がこっちを向いている。

「えっ、ああ。母ちゃんに昔少し仕込まれたから、これくらいなら」

「ふぅん」

 あまり信用していない視線を向けてくるシエルちゃん。

 最初はラニアも何だろうって顔してたな。

「シエルちゃんはキノコ詳しいの?」

「ううん。知ってるキノコはあるけど、判定までは無理で。似てるキノコがあるって知ってるからみゃう」

「だいぶ詳しいみたいだね。こりゃ頼りにできる」

「そんな、ちょっと知ってるだけ、みゃう」

 シエルちゃんは褒められると顔を赤くしてブンブンと横に振った。こういうのもかわいい。

 食べられるキノコは素人でも知っている。

 大事なのは似た毒キノコがあることも知ってるってことだ。そうなると逆に慎重になる。

 素人のほうが、食べられるだろうって安易に思って食べてしまうのだ。だから怖い。

 俺は詳しいんじゃなくて鑑定だから、これはチートと呼んで差し支えないだろう。

『ラファリエール様、転生神さま、鑑定とアイテムボックスをありがとうございます。それから仲間も』

 俺は一人ではない。みんながいて、それで異世界での生活が成り立っている。

 前世では寂しい奴だったが、今はこうして女の子に囲まれている。

 また増えてしまった、いや増やしてしまったけど。

「キノコ見つけた! でもこれ、紫色で」

 そう声をあげたのは、シエルちゃんだった。急いでシエルちゃんのところへ向かう。

 この辺は平地で木が低いので全員がほぼ見える。助かる。

「知らないキノコ?」

「見たことはあるけど、こんな色でたぶん食べられないみゃうね?」

「これすごく美味しいんだ。めちゃくちゃうまい」

「うっそっ」

うそついてどうするよ。嘘なら俺が死んじゃってるだろ」

「そうみゃう。ってことは、これ美味しいんだ」

 ごくりと喉を鳴らす。わかるよ。とりあえず、これは鑑定必須だ。

【ムラサキメルリアタケ キノコ 食用可(美味)】

 本物だ。

「さて、ミーニャ、ラニア! ムラサキキノコ、本物」

 大きな声で呼ぶ。

「えー、ほんとー?」

「今、今、行きます」

 二人も飛んでくる。正確には走ってくる。もちろん空を飛んできたりはしない。

「わぁ、すごい、久しぶり」

「これ、金貨、ですよね。何枚くらいですかね」

「さぁ、俺も知らない」

「えっ、金貨みゃ?」

 どこかで見たような光景だが。再現だ。

 シエルちゃんはキノコと金貨のイメージが結びつかないらしい。

「これ、知ってる人なら金貨で買い取ってくれそうなんだ」

「そうなんだ。知らなかったみゃう! 知ってたら村の周りの草原で採ったのに!」

「村の周り?」

「うん。何回も、何回も、見たことあるみゃう……」

 急にしょんぼりしてしまう。もう泣きそうだ。

「これ……こんなキノコが売れるわけないみゃう。売れるなら私だって売られないよ」

「えっ」

「「んっ」」

 一瞬口走っただけだけど、なんとなく想像する。

 キノコではなく、私だって売られないって。

 人身売買は基本違法だが、奴隷として売買する分には合法なのだ。

 つまり彼女は親に奴隷として売られてしまったのか、されそうになって逃げてきたということなのかな。

「あっ、ちが、ちがくて、その……」

 さすがにシエルちゃんが言いよどんで、口をパクパクさせる。

 俺たちは状況を理解して黙って見守った。

「──私、脱走奴隷なんかじゃ」

「いや、別に気にしてないから。俺たちには関係のないことだ。奴隷商に突き出したりしないし」

「そっ、そっか。ごめん、ありがとう」

「それに首輪がないから脱走奴隷ではないよ。まさか引きちぎったりしてないよね」

「そんな馬鹿力、あるわけないみゃう」

「だよね」

「信じてくれるみゃう?」

「当たり前だろ。こんな小さい子が『獣人だから怪力で首輪をちぎったんだ』とか、ホラを吹くならもっとましなホラを……」

「それが、それを信じてる人がいて……ひどい目に遭ったみゃう」

「そうか、なんだか、ごめん」

「ううん。エド君たちは優しくしてくれたから……好きみゃうよ」

「お、おう」

 半泣き、半笑いだ。なんだか少しだけ気を許してくれた気がしてうれしくなってくる。

 奴隷はそういう身分なので脱走すればそれなりに問題になる。脱走兵が銃殺刑なように、脱走奴隷は重罪だ。ただし正式な奴隷なら首輪をしているはずだ。その辺の事情は少し気になる。

 可能性としては、奴隷化前だった、ってことかな。よくあるやつだ。直前で気がついて、必死に逃げてきたパターン。奴隷化前であればセーフである。一応、法律上は。金銭の受け渡しは奴隷化と同時にすることが多いので、お金は渡されていない。両親は貧乏生活が続くかもしれない。

 もう一つは、あまり考えたくはないが違法奴隷のたぐい。可能性は低そうだけど、たまにある。正式な奴隷商には免許が交付されるが、免許がない違法奴隷商が存在する。決して関わり合いになりたくない種類の人間であるのは間違いない。そして奴隷狩りが行われるのは後者のパターンだ。

 脱走した違法奴隷は当たり前だけど罪にはならない。保護されるはずなのだけど、それは世の中が性善説で回っていればの話だ。怖い世界はある。

「さ、キノコ。残念だけどムラサキメルリアタケは冒険者ギルドに出すって決めてたんだ」

「そうなんだ、残念みゃう」

 シエルちゃんはまだ半笑いだ。とぼけたように残念と口にする。きっと、いや、かなり、いい子なのだろう。親思いで、上にも下にも兄弟が間違いなくいるんだろう。

「ご飯用に他のキノコも探そう。次に見つけたムラサキメルリアタケは食事用にしてもいいし」

「そうだね。次のムラサキは食事用。言質とった。にゃ!」

 キノコ探しが一斉に再開される。戦果は上々だった。

 エルダタケが四株見つかった。そして、ムラサキメルリアタケも一株、追加で見つかった。

 毒キノコのドクエルダタケモドキも二株発見した。

 鑑定がないとエルダタケを食べるのは怖い。ミーニャはもうヨダレが垂れそうになっている。

「では、冒険者ギルドに向かいます」

「「「おぉ!」」」

 みんなでこぶしを振り上げて、キノコパレードをして冒険者ギルドに向かう。



 夢にまで見た、やっとこのシーンが現実のものとなった。キノコ売却だ。

 それも今、ムラサキメルリアタケもウスベニタケもある。

 どちらかがハズレでも、片方売れれば万々歳だ。ハズレならハズレで自分たちだけで美味しく食べちゃうもんね。

 領主様とかが知らなくて悔しい思いをしても俺は知らない。自分たちの無知を呪ってくれ。

 門を通るときには、女の子ばかり三人も連れているので、

「おい、エド。両手じゃ余っちまうな。まさか三本目の腕があるのか!」

「あるわけないだろ、べぇー」

「どこだ。見せてみろ、ちくしょう。うらやましいぞ」

 とかバカにされた。いや逆か羨ましがられたけど、いいんだ。俺に隠し腕なんかないよ。悪魔じゃあるまいし。門番とは顔見知りなので、これくらいのじゃれ合いはある。確かに手が二本だと不便だな、とは思った。

 右手にシエルちゃんがくっつくと、すかさず左腕を確保したミーニャ。それを余裕の表情で見ながら両手を大きく振り上げて後ろをついてくるラニア。さて優位なのは誰でしょう。俺にもわからない。

 実益を得ているのは前の二人だけど、精神面ではラニアの一本勝ちだ。あとでくっついてくるかもしれないけど。

 ハーレムなら明確な上下は決めないほうがいいと思うので、ドローということでひとつ。

 輪になって遊ぶのが一番だ、うんうん。

 俺は「お兄ちゃん」扱いで、将来白馬に乗った王子様が迎えに来るかもしれないし。そんなことになったらお兄ちゃんは泣いちゃうけどね。いないけど視聴者のみなさんもお怒りになると思うよ、それは。

 シエルちゃんは結局、本人には言ってないけど水浴びのご予定がキャンセルになってまだボロいピンクのワンピースのままだ。スラム街があるのでみっともないと言う人は皆無だけど、思ってる人はいる。他人の内心の自由までは、俺らにはどうにもできない。

 たまにそういう顔をするおばさんが通りかかるので、その度にシエルちゃんのつないでる手がビクッと反応する。ちょっと可哀かわいそうだったか。

 やっぱり先に茶色いミーニャの着替えを出してくるんだったかな。

 でももう半分以上の距離を進んだ。今からだと冒険者ギルドのほうが近い。

 そのままギルドに到着した。いつものカウベルの音になんだか安心する。やっと着いた。

 いつものように受付のエルフのお姉さんのところに行く。エルフは高慢といううわさのせいで列は短い。

 普通だと思うんだ。いやミーニャには異常に気を使ってるから、ミーニャのほうは純粋なエルフか何かだとは推測できるんだけど。

 血統書とかないのでよくはわからない。猫じゃあるまいし……猫だけど。

「こんにちは」

「こんにちは、エルフ様」

「そのエルフ様っていうのやめてほしい」

「わかりました。ではお名前をお借りしてミーニャ様でよろしいですか?」

「まぁいいや」

「ではミーニャ様とお連れ様。本日はどのようなご用件で?」

「キノコを買い取ってほしいんですけど」

「キノコですか。まぁいいです。見せてください」

 謎のため息をつかれたけど、見せるのはタダだし見せてみよう。

 俺が背負いバッグに偽装したアイテムボックスからムラサキメルリアタケとウスベニタケを出す。

「こっ、これは!」

 珍しくエルフのお姉さんが表情を崩す。

「「「おおっ」」」

「俺はムラサキメルリアタケとウスベニタケだと思います」

「私にもそう見えますが、珍しいですね。人間はあまりキノコを食べませんので」

 お姉さんがじっくり観察する。ここでいう人間はヒューマン種のことだろう。

 エルフさんは自分たちを人間と同じ枠に入れていない物言いをよくする。

 だからこの受付に人が並ばないんだけど。

「あの、このまま引き取ることもできます。各金貨一枚で金貨二枚となります」

「そっか、金貨二枚か」

「それか両方合わせて金貨一枚で鑑定をしてもらい、証明書つきで本物であればですがムラサキメルリアタケが金貨四枚、ウスベニタケは金貨三枚になりますね。賭けではありますが、偽物を持ってくるような人ではないですよね」

 キラッとお姉さんの目が光る。なるほど俺たちを品定めする気だな。

 でも俺はエルフとドワーフの親愛のあかしのナイフ持ちだし、ミーニャはそのエルフ様なんでしょう。

 種族そのものの信頼と当人の信頼は別という考えかもしれないけど。

 俺だって鑑定持ちなので、当然後者だ。

「鑑定で」

「じゃあ鑑定してもらいますね。先に鑑定料として金貨一枚、これは先払いでして」

「わかった」

 持っててよかった金貨ちゃん。残り少ないけど大丈夫。

「はい、金貨」

「ぽんっと出しますね」

「俺は自分を信じてるんで」

 鑑定持ちだってことはバラせない雰囲気だしね。

 だいたい鑑定内容を他人に見せられないので、俺が鑑定持ちなんだ! と主張したところで他人のプライバシーをペラペラしゃべって当ててみせる以外に証明できない。そんな趣味もないんで、ここは秘密ということで。

 おぉおおお、ギルドの奥の部屋から出てきた人がつけてるアレ、本物は初めて見る。モノクルってやつ。かた眼鏡めがねともいう。それをつけた、偉そうな男性エルフさんが出てきた。シルクハットはかぶってないが雰囲気的には紳士っぽい。

 クイッとモノクルを持ち上げるような仕草をして、じっとキノコを見つめる。

「確かにこちらはムラサキメルリアタケ良品。ウスベニタケ良品ですね。鮮度も落ちていません」

「でしょうね。わかりました。ではお約束通り、金貨にして四枚と三枚、合計七枚お支払いします」

 男性エルフは俺たちをいちべつしてから「ふんっ」と鼻で笑った後、隣でボーッと鑑定の様子を見ていたミーニャを見て目を見張る。

「あっ、あなた様は、もしや」

「クマイラス殿、むやみに鑑定するのはマナー違反ですよ」

「わかっている。しかし、このとんがり耳。この金髪。このオーラ、鑑定せずとも間違いなく」

「そうなのでしょうけど……私たちはひらのギルド職員にすぎないのですから」

「わかっていると言っている」

 カウンター越しにミーニャをじっと見つめる中年のエルフさん。

 中年といってもエルフだから顔は若いけど、それはそれでちょっとキモい。

 もしかしてあまりよろしくない趣味の人だろうか。

「お美しい。ミーニャ様でしたか」

「そうです、にゃっ」

「……ハイエルフ様に連なるもの」

 ミーニャが、猫だったら全身の毛を立たせて震えるような状態なっている。

「ほら、怖がってます」

「私をか? そ、そうか。すまない。そのようなつもりではなかった。失礼いたします」

 優雅に挨拶をして去っていった。ハーフエルフ? ってみんなこうなのだろうか。なんだかイメージがおかしくなりそうだ。

 キノコの売り上げもホクホクだし、みんなで割り勘だ。七枚のうち一枚が経費なので六枚を四人で分ける。

 一人一枚半だ。銀貨はあるのでラニアに分ける。

「はい、ラニア」

「ありがとう、ございます」

 クルッと向きを変える。

「それからはい、シエルちゃん」

「えっ私?」

「うん。自分たちで見つけたキノコだから、均等割り」

「均等割り?」

「あぁ同じ金額で分けるって意味ね」

「いいの?」

「うん」

「ありがとう!」

 そそくさとピンクのワンピースの隠しポケットに金貨と銀貨をしまう。

 大切そうにポケットを上からでていた。

「あぁ、そうそう、これからもしばらくうちにいるつもりなら俺が代理で預かってもいいよ。必要なら俺から引き出してくれればいいから」

「うん! じゃあそうするみゃう」

「ああ」

「では、はいお金、お願いします。──それから私も、しばらくお世話になりますみゃう」

 そう言って頭を下げた。ボロい服であっても、少し上品に見えたのは俺だけの秘密だ。

 こうして結局、シエルちゃんはしばらくうちの子ということで話はまとまった。

 ギードさんとメルンさんには説明しないと。

 それからエルダニアに明日行かないといけない。連れていくしかないか。

 食料とかは十分持っていくので大丈夫だけど、大所帯だな。そうしてせわしなく準備を進めた。




 午後、冒険者ギルドでキノコの売却を完了した。

「んじゃあお金も入ったし、シエルちゃんは服を買おうか」

「え、私みゃう?」

「うん」

 以前、ミーニャが買ったギルドの売店のリユース服ゾーンに行く。

「あのね……私、でも」

「さすがにその服はちょっと目立つから」

「そっか。どれにしようかな、みゃぅみゃぅ……

 探してきたのはピンクのほとんど同じ服だった。

「あのね、このピンクの服。お母さんが取り寄せてくれた、みゃう。お金なくて私を売るのにせめて服くらいはって言って、みゃぅ」

「なるほど、優しいお母さんだったんだ」

「うん。それから最後の日の夕食はトマト煮のスープを食べさせてくれたの。いつもはトマトは絶対ダメって言うみゃうのに」

「よかったね」

「うん。でも次の日に怖い人が来て首輪をつけようとしてきて、私は逃げてきちゃったみゃう」

「そっか」

 奴隷商っておっかないイメージだからなんとなく気持ちはわかる。

 なるほど、そういう理由だったのか。それでトライエ市から三日以上離れた村なのかな、家から逃げてきて途中で脱走奴隷だと思われて捕まりそうになってまた逃げてきて、スラム街まで来て俺の家の前で力尽きていたということか。

 新しいワンピースは前のワンピースの面影がある。さすがに金貨は必要ないので、所持金の銀貨を渡して支払いをした。シエルちゃんは終始ご機嫌で、ワンピースをたまに眺めたりしていた。

 そんなこんなで準備は進んで夜だ。俺はミーニャとシエルちゃんに挟まれて眠ることになった。

 少女二人のサンドイッチは温かいけれど、これはこれで青年思考の俺にはドキドキする。

 一部屋に三人で寝るから、かなり狭くてどうしてもくっついてしまうのだ。

 これは不可抗力なの。両手に花、両手に花、と思って寝る。



 さて朝だ。うちの子になったので今度からシエルもミーニャ同様、基本呼び捨てとする。

 お隣さんのルドルフさん、クエスさん夫婦に挨拶をする。

 シエルを見かけて少し気にしている様子だった。お互い猫獣人なので気になることがあるのかもしれない。

 しばらく留守にすることと、エッグバードの卵のお世話をお願いしてきた。

 卵は食べてしまってもいいし、ギルドに売ってもいい。

 もちろん売れるならドリドン雑貨店でも自分の露店でもいいけど。

 たぶん一個銀貨一枚くらいにはなる。

 実際にはもっと高いかもしれないけど知らない。俺の常識ではこれだけでも一人なら数日は生きていけるかなりいい値段だ。

 普段は俺が紹介したかご作りを毎日しているはずだ。

 販売ルートはあるので、作れるなら何個でも大丈夫みたい。

 すっかり安定収入になって顔色も前よりだいぶいい。

「はい、では留守はお任せください」

「んじゃ頼みました」

 今日のギードさんとメルンさんはラニエルダに来たときに着ていた一張羅だ。

 貴族のお忍びの衣装くらいの豪華さの、そこそこ立派な服装だった。

 俺とギードさんだけで先に城内に行き、商業ギルドで馬車を借りてくる。

 当たり前だけど馬車だけではなく二頭の馬も一緒についてくる。

 馬車のほかに、アースドラゴンりゅうが引っ張る竜車、ランバードという走鳥が引っ張る鳥車がある。馬車は二頭、土竜は一頭、走鳥は四羽で引く。

 俺たちは普通の馬車を借りた。土竜が一番力持ちで、走鳥が一番速い。

 馬は平均的で一番安い。一応、ほろ馬車だ。ただし幌はかなり年季の入ったボロボロのものだ。

 ギードさんは御者の経験があるそうなので心配ない。

 そしてエルダニアに運ぶ荷物を荷台に積む。

 これはトライエ市からエルダニアに輸送する予定だったもので、俺たちが馬車をレンタルしたのを知った商業ギルドの人からの依頼で代わりに輸送する。

 これで実質、馬車のレンタル料が割引になってほとんど無料だった。

 しかし料金と保証金は先払いで、依頼料は後払いなので、先立つものが必要というね。

「では、出発」

 御者席でギードさんが馬車を動かす。俺は補助席に座ってそれを眺める。

 馬はギードさんの指示に従ってゆっくりと動きだす。

 二頭引きの馬車は最初はすごく遅いが、少しずつ速くなっていく。馬力が小さいというか、そういうものらしい。車ならアクセルを踏めばビューンと進んでいくけど、あれとは全然違った。

 大通りを通って東門に向かった。そして門の前で徐々にスピードを落とす。

 馬車は車以上にすぐに止まれない。原始的なブレーキは一応ついているけれど、そう簡単にはいかないらしい。操縦には先を読む力が必要みたいだった。

 ただ他に通行している馬車の数が多くないので、その辺は楽だ。

 ドリドン雑貨店のちょっと先に一度馬車を止める。

 そこにはミーニャとメルンさん、ラニア、シエルが待機していた。それ以外にも馬車が四台、停車している。

「エドぉ」

「ミーニャ、ラニア、シエル」

 俺が補助席から手を振る。

「みんなは後ろね」

「はーい」

 後部座席にみんなが乗り込んでいく。荷物は俺のアイテムボックスにほとんど入っている。

 万が一のため、イルク豆、着火装置、鍋、水筒などいくつかはそのまま積み込んでいる。

 俺が死んだり行方不明になったときに、飢え死にしない最低限の食料などだ。

 ギードさんが前の馬車の列に挨拶に行った。

「どうも、エルフに連なる者のギードです。冒険者ランクは確かBだったかな」

「「おぉぉ」」

「こりゃ心強い」

「ブランクがありまして。今日から三日間、途中のエルダニアまでですがよろしくお願いします」

「はいよ。じゃあ隊商、出発」

 待っていたのは一緒に行動してくれる隊商だった。

 複数の商人が護衛の冒険者を出し合い行動を共にすることで、安全を確保するのだ。

 馬車は再び動きだして街道を進む。うちの馬車は最後尾だ。

 えっと、まず向かうのはエクシス森林とエルトリア街道だったと思う。

 エルトリア街道はトライエ市とエルダニアをつなぐ道だ。

 間には小さな町が一つあるだけで、その前後に野宿を一回ずつする。

 見張り山からはるか遠くにエルダニアが見えているといっても、その距離はかなりある。

 馬車はトコトコ進んだ。

 エクシス森林を左手にメルリア川を右手にしてエルトリア街道をひたすら進む。

 街道は途中から細くなって馬車一台分の幅しかない。

 これではすれ違いができないと思うかもしれないけど、五百メートル間隔くらいで待避所みたいな広くなっている場所がある。

 中には広い待避所もあって、近くに沢が流れていて小さな橋があり、煮炊きをした形跡があった。

 隊商の馬車は街道を進んでいく。


 トライエ市を出発して数時間が経過したあたり。橋がある。石造りの立派な橋だ。

 エルトリア街道に交差するように川が流れている。

「エクシス川だな。メルリア川の支流だよ。あれはエクシス橋」

「へぇ」

「上流に行くと水がれいで、そうそう、滝があるんだ。エクシスの滝だよ」

「なるほど」

「エクシスの滝という名前が先で、森がその名前を貰ったそうだ」

「さすがギードさん、物知り」

「まあね」

 橋には小屋が立っていて兵士が五人ほど駐留していた。

 トライエ市から進むこと半日。手頃な退避所があったので、そこでお昼にする。

 野営のお昼は初めてだ。でも魔道コンロを持ち込んでいるので、やることは同じだという。

 野菜を適当に切ってこの前採ったエルダタケを一つ入れ、スープを作る。

 キノコを入れると抜群にうまが出るので、あるなら入れたい。

 ブタ肉っぽいイノシシ肉を少量入れる。まだ在庫はそこそこあるので、大量に入れてもいいが、昼だし軽めでいいかな、と。あとは持ち込みの卵を二つだけ使い、目玉焼きに。味付けは塩。

「なにこれ、卵がそのまま焼かれてて面白い!」

「ほんとう。これが卵って感じですね」

「へぇ面白い、みゃう」

 みんな目玉焼きを見て目を輝かせている。いろいろ作ってみると思わぬ反応が返ってくるから、俺も作りがある。

 ナイフを使って目玉焼きを三分割して、六人分に分ける。

「「いただきます」」

「黄色いところと白いところで味も違う!」

「はい、白いところは少し柔らかくて、黄色いところはほくほくしてます」

「こんなの食べたことない、みゃう」

 ワイワイ騒いで目玉焼きを食べた。スープもかなりしい。

「いい匂いさせてるねぇ」

「ちょっとスープ分けてくれよ」

 他の馬車の人が声をかけてくる。

「はいどうぞ」

 そうくると予想していたのでスープは多めに作ってある。目玉焼きはないぞ。

 ずずず。

「うっまっ、なんだこのスープ。めっちゃうまい」

「おい、俺にも少しくれ」

「俺も俺も」

 ぞろぞろと人が集まりだした。

 おわんがそんなにないので、他の馬車の人には悪いけれど椀を使いまわしさせてもらう。

「うまい」

「すげーうまい」

「これなら毎日食いたい」

「ありがとう坊主」

「じゃあな、またな」

 うちのスープはよっぽど美味しいらしい。ささっと片づけをして出発だ。


 またゴロゴロ、トコトコと馬車に揺られていく。道は未舗装路で土がむき出しになっている。

 しかし土自体はかなり硬く押し固められていて、わだちもそこまでできていない。

 街道のメンテナンスはしっかりされているようだ。トライエ領主の采配なのだろう。

 街道の反対側のエルダニアは現在領主が不在だ。揺れるには揺れるけど許容範囲だと思う。

 三人娘は荷台の中でわいわい楽しくやっているようだ。女の子は仲がいいとすごく明るくて華やかだからいいね。

 そうして夕方、馬車を待避所に停車させる。

「到着」

「ここ?」

「うん、今日はここに野営だ」

 ギードさんの宣言で準備を進める。夜ご飯は、ぜいたくにイノシシ肉の焼肉となった。

 肉を焼いていると、次々に人が来て持っていってしまう。

「うまうま」

「美味しい」

「いい肉、いい人、今日もお疲れさん」

 なんだかよくわからないが他の馬車の人たちまで集まって焼肉パーティーだった。

 そうしてそのまま寝る。俺たちはうまい飯によって夜警が免除になったので、みんなで寝てしまう。テントなどはない。馬車の荷台で頑張って並んで寝る。

 なーに、いつも狭いスラム街の家で寝てるから余裕余裕。

 うっ、半ば予想していたけど、女の子三人がくっついてきて非常に寝にくかった。

 くっそ、いつもと違う女の子のいい匂いがする。ということはラニアだろう。気分は悪くないがドキドキして寝つけない。


 朝になった。いつの間にか寝てしまった。むしろいつもより気持ちよくて、ぐっすりだった。

 教会の鐘の音が聞こえてこない朝というのは、これはこれでいいね。また飯の準備だ。

 贅沢ばかりしていると後で困るので、今日はイルク豆の水煮にしよう。

 といってもホレン草、サトイモを入れてアレンジしてある。

 豆だけだからきついんだ。具材が数種類あれば、まだ食べられる。

「なんだ、今日は貧民のイルク豆か。そういえばスラム街在住なんだっけか」

「まあ毎日贅沢ってわけにもいかないかぁ」

「食えるだけでももうけもんだぜ。前なんかずっと乾燥携帯食料だったぜ」

「うわぁああ」

「そりゃひどい」

 乾燥携帯食料というのは乾パンみたいなやつでボソボソして食べるのがきつい。

 だいたいは水と一緒に無理やり飲み込むのがお作法となっている。

 野営で料理するだけでも上級の部類だからこれでも贅沢なんだ。

 魔道コンロだって、持っていない人は煮炊きが面倒だし。


 こうして二日目。街道を順調に進む。

 途中で昼食をとって、夕方には今日の目標のトライエ市とエルダニアの中間地点、バレル町に到着した。

 高さ数メートルある土の壁が町を囲っている。町の大きさは思ったより小さい。

 その壁の間の門のようなところを通って町の中に入る。入町税のようなものはない。

 門には兵士さんが十人以上いたのでどうしたんだろうと思ったけど、いつもこうらしい。

 トライエ市よりもモンスターが出やすいのだろう。

 表通りにある宿屋に泊まる。馬車は街道に路駐だった。

 確かに馬車五台も駐車できる馬車小屋なんてないもんね。

 宿屋のおかみさんに案内されて食堂でみんなで夕ご飯だ。

「いただきます」

「うんとお食べ」

 出てきたのは黒パンと野菜スープだった。干し肉を戻したものが少し浮かんでいる。

 ずずずず。

 スープを飲む。まぁまぁ美味しい。だけどみんな微妙な顔をしている。

 黒パンをスープに浸して食べていた。俺も真似して食べる。

 そうだな、が弱いな。塩味は感じるけど味も薄い。

 野菜はダイコンとネギとサトイモかな。あとは少量の干し肉以外には何も入ってない。

 なんか俺のほうを見てる人が数人。

「ほら、坊主の飯のほうがうまい」

「違いねぇわ、あははは」

「あはははは」

 一斉に笑いだして、なんだと思った。こわっ。いやいやいや、俺はここでは料理しないよ。

 大人たちはエールをあおってる。

 ギードさんとメルンさんは遠慮してレモン水をちびちびやっていた。

 俺もレモン水をぐびぐび飲んだ。

 このレモン水、地下倉庫で冷やした水に少しレモン汁を垂らしただけらしいんだが、結構うまい。

 女の子たちも同じものを注文している。どの店にも得意なものがあるようで、この店は飲み物ということで。

 部屋は男女別だった。

「なんだかさみしいな」

「そうかい、いつもミーニャと一緒だもんなあ」

「はい。男だけで寝るのって初めてかも」

「あはは、おやすみ」

 ギードさんと相部屋で寝る。女子部屋はどんなことになっているだろうか。

 俺にとっては一人で広く感じられるシングルベッドで眠りについた。


 翌朝、今日も宿の微妙なスープを味わって食べて英気を養う。

 腹に入ってしまえば似たようなものだ。黒パンは普通だったからまだよかった。

 黒パンにも当たりはずれがあって、古くてクソ硬いパンがあるらしい。

 旅をしていると激マズ飯に当たることがある、と同じ隊商の人が冗談交じりに教えてくれた。

 俺のスープのけつを聞かれたが、流通していないキノコの出汁がうまいんだと説明したら微妙な表情をされてしまった。

「そのキノコ、売ってくれたりは?」

「いや在庫もほとんどなくて」

「どうやって入手したんだ?」

「その辺に生えてるのを採りました。子供四人で半日で四つくらいですね、採れるのは」

「そ、そうか。ちなみに採取地は?」

「え、スラム街のすぐ外の草原ですよ」

「あんな場所か、ふむ。確かに誰も手を出してない土地だな」

「そうそう、すごく似てる毒キノコがあるんです。ご注意を」

「そ、それは。ありがとう」

 さすがにここまで説明すると引き下がっていく。商人だから目がマジになっててヤバかった。

 あれはタカだかトンビだかのもうきんるいが獲物を狙っている目だった。

 あれだけうまいんだから商機だと思うのもわかるが、自家用なんだごめんな。

 これが少しコショウ入れるだけでとかなら、買ってくればいいから簡単なんだけどね。

 あ、そうそう、コショウも入れると美味しいだろうね。まだ砂糖とコショウは買っていないんだ。

 意外に思われるかもしれないけど、売買額が金貨になると、さすがにおいそれと買ってしまおうという勇気が出なかった。うん、でも今度買ってこよう。


 今日も街道を進んでいく。お昼休憩をしてご飯を食べた。

 またうちのスープを食べに来るみなさん。料金取るぞこの野郎。

 冗談はともかく、みんなすっかりお気に入りだ。またひたすら街道を行く。

 そうして夜は少し遅くなってしまったので簡単に適当な料理で済ませる。

 また慣れない女の子たちの甘い匂いに包まれながら眠った。



 翌朝、三日目。今日の朝ご飯はイルク豆の水煮でさっと済ませた。

 隊商の他の人たちには、豆だけだったのでぶぅぶぅ言われてしまった。

 美味しいスープが飲みたいんだって。知らんがな。

 俺たちは夜警できる人員がいなくて、おまけに料理で免除してもらっている身なので、一応、持ちつ持たれつではある。

 スープも他の人たちの分は、がっつり分けているわけじゃなくて、小さなお椀に軽く一杯程度だ。

 馬車の旅を再開する。昼過ぎぐらいにはエルダニアに到着する予定だ。

 トコトコ進んでいく。

 馬車は揺れにくいものの、たまに小石を踏んだりするとガタンと音がする。

 ガタン。

「うにゃっ」

「あう」

「みゃう」

 そうすると荷台から女の子たちのかわいい声が聞こえてくる。

 なんだかちょっとイケない声に似ていて、俺だけ一人もんもんと過ごしていた。

 美少女奴隷を三人、輸送する悪い奴隷商であります。

 毎日栄養のある餌は食べさせております。夜も無理やりぐっすりと眠れるようにさせております。適度な会話や運動もたまに行っております。健康的ですべすべお肌でしっかり肉付きのいい美少女に育てるでありますよ。ぐへへ。

 などと奴隷商ごっこを脳内妄想しつつ先へ進む。

 マジで奴隷になりかかったシエルからしたら、ヤメテってビンタされちゃいそうな妄想だけど、表には出さないようにしよう、うん。

 そうして道を進んでいくと道の先のほう、森の上空に細い白い煙が昇っているのが見えた。

「エド君、煙だ」

「おう、なんだろう」

「大丈夫、ご飯を作ってるんだ」

「あぁ炊事ね」

 狼煙のろしではなくて、炊事の煙だ。俺たちは魔道コンロを使っているので電磁調理器みたいに煙は出ないが、まきを使った炊事なら当たり前だけど煙が出る。

 ちゃんとした炭なら煙も少ないが、そんな高級品を使っているわけはなかった。それなら魔道コンロのほうがコスパはよさそうだし。

 煙の方向に進むことしばし。ついに城門が見えてきた。

 門戸は破壊されたままで、機能していない。兵士がいる。ちゃんと人はいるらしい。全部で八人。剣ややり、あと弓兵もいた。

 馬車の列は速度を落として城門も素通りして、中に入ってまった。

「お疲れ様、今日はここで一泊だ。それからエルフさんちはここでお別れなんだよね?」

「はい」

「じゃあまた明日出発するときに挨拶していくから」

 門の中はひどい有様だった。木造の家という家はほとんど全壊していて、木片が山になっていた。

 中心地近くには簡易小屋がいくつもあり、そこで人々が生活している。

 中央の噴水は生きていて、水がめるのだ。住民は四十人くらいかな。

 俺たちはドリドン雑貨店のような、ここの中では立派な小屋の販売店へ食材などの物資を納品した。

「ご注文の品、お届けに来ました。僕はギードといいます」

「やっと来てくれましたか」

「すみません。なんだか遅れたみたいで」

「いや、あんたたち代理だろ。よくこんなところまで来てくれたよ」

「はい、そう言っていただけるとありがたいです」

 ギードさんが店主に話しかけて駄賃をもらっていた。

「ねぇねぇ、あれ、あのストリート沿い」

「なに?」

 ミーニャが目ざとく何か見つけたようだ。

「サクランボだよね? 甘いんだよね?」

「あぁ、確かに」

 北大通りの街路樹は一度倒れた跡があったが、新芽がこの八年で成長してちょうどいい高さの木になっていた。

 その木がサクラなのだ。

 正確にはサクランボの木で、春にはさぞ白い綺麗な花を咲かせたのだろう。

「あぁサクラ通りのことかい」

 販売店の店主が説明してくれる。

「あのサクランボの木は領主のものだったんだけど、領主も逃げちまったからねぇ」

「あぁ、あの悪徳領主ですか」

「知ってるんだ」

「俺たちラニエルダに住んでるんで」

「それなら知ってるだろうなぁ」

 エルダニア領主、ベーベン・ドリアンドン伯爵はモンスターが暴走したのを知った直後、馬車で真っ先に逃走していたのだ。

 ここまではラニエルダでも有名な話だ。この話にはもちろん続きがある。

 モンスター防衛戦の際、領軍は独自の判断で城壁内に市民とともに立てこもり、どうしようもなくなっていた。

 そこへ北のヘルホルン山の向こう側、隣のエルフ国のサルバトリア公爵がエルフ騎士団を早急に派遣してくれたのだ。

 領軍およびエルフ騎士団の挟み撃ちにより奮戦し、なんとか市民を外へ逃がすルートを確保した。

 しかし兵士たち自身は盾となりほとんど全滅した。

 支援に来た精鋭のエルフ騎士団も壊滅したらしい。

「エルフには感謝しているよ」

「あぁ、いえ、はい」

「エルフ騎士団が来なければ領軍だけでは逃げることすら難しかったからね」

「そうみたいですね」

「その後のサルバトリアには悪いことをした。みんな悔しがっている。北に足を向けて寝られないよ」

「どうも、どうも」

 鑑定を使って、ギードさんの名前を確認してみる。

 ギード・ラトミニ・ネトカンネン・サルバキアとある。サルバキアとサルバトリアね。

 つまり結構なご関係みたいですね。店主はまだ情報を持っているらしく、ちょっと渋い顔をしているギードさんをよそに話を続けようとする。

「どういうこと? 感謝してるのに悪いことをしたって」

 おっちゃんの話はこうだ。サルバトリア公爵は独自の判断で精鋭の騎士団をほぼすべて出した。国や他の領地の意見を無視したのだ。他領は猛反対をしたがすでに遅く、騎士団が出発した後だった。そのため他領の不満は非常に大きく、これが後々まで尾を引くことになる。結果、エルダニアの民はほとんどが脱出できたが騎士団は壊滅した。

 それから内政が荒れに荒れ、数年後、周辺の諸侯が合同で「サルバトリア公爵は反逆者である」と宣戦を布告、あっという間にサルバトリア公爵領は占領されてしまった。

 防衛に当たる騎士団はみんなエルダニアに派遣されて失っていたので、あっけなかったそうだ。

 サルバトリア公爵と夫人、それからまだ幼い一人娘は行方不明となった。

 こちらはどっかの領主と違い、領主を思う家臣たちに説得されて逃げさせられたのだという。

「サルバトリア公爵の名前ってわかる?」

「あーんー、確かギード様じゃなかったかなぁ」

 ビンゴ。つまりギードさんじゃないですか。領主様だったんですね。それで責任があると。

「あれ、そういえばあんたもさっきギードって」

「いやいや、エルフではよくある名前なんで」

「そうかいそうかい」

 いやぁ、名前だけじゃなくて名字もそっくりじゃないですかね。

「それでな、サルバトリア公爵家って裏王家の家系なんだよ」

「裏王家?」

「そう。国を治めているのが表王家っていうんだけど、その血筋にはもう一家あってそれが裏王家なんだ。この二つの家は血が濃い、要するにハイエルフ様直系の家系でな」

「あぁ純血のエルフっていう」

「いや、ちょっと違うんだ」

「そうなの?」

「ああ」

 純血のエルフは現在、俗にハイエルフと呼ばれているらしい。

 今も生存が確認されているのはエスターシアおばあ様、おんとし一二六四歳だけなのだそうだ。

 うわさでは他に四人くらい、世捨て人がいるというが定かではない。

 このエスターシア様の直系が現王家、表王家シメアジー家と裏王家サルバトリア家なのだという。

「ギード様と奥様は八分の七くらいエルフだよ。ほとんどエルフだけど、王家でさえ純血じゃないんだそうだよ」

「へぇ」

 つまり純血のエルフに一番近いエルフなんだ。

 そんでもってここで、鼻くそほじってボォーッとしてつまらなそうに聞いてるミーニャも。

 おいミーニャよ、お前さんちの話なんやで。あと鼻くそは食べないように。

「よく見れば、ギードさんも奥さんもお嬢さんも、エルフの中ではとびきりの金髪だねぇ。そんな綺麗な金髪のエルフ、めったにいないよ。実はいいところのご出身なんじゃないの?」

「いえ、まあ」

「いいよいいよ、ほれ、リンゴ。あげる」

「ありがとう」

 リンゴを貰った。人数分。ムシャムシャ食べる。おいちい。

「それでおじさん、サクランボなんだけど全部採ってもいいかな?」

「いいよ。ここにはもうあれを採る元気な人なんていないしね。領主はどっか行っちまったし」

「わかった。ありがとう」

 ということで緊急ミッション。サクランボを採ろう。

「みんな、サクランボ狩りだ」

「「「おぉ」」」

 サクランボは手に届くちょうどいい高さに枝を垂らしている。それを採って歩く。

「ちょっと甘くて、なんだかいい匂い」

 食べてみると、サクラのほのかな匂いと甘味が美味しい。

 よし採りまくろう。そして新しいジャムですよ、ジャム。

「みんなジャムにするからな、金貨だぜ」

「「「おおおぉ」」」

 やる気を出させるのはやっぱり報酬だよな。金貨で干し肉が買えるとよろこんだのも、そんなに昔ではない。サクランボ、おいち。時々口に入れながらもどんどん採っていく。

 籠いっぱいになるくらい。これでジャムが何ビンできるかな。

 夜ご飯を適当に食べて、馬車の中で寝る。ここにはまだ宿屋すらない。



 朝になった。さてご飯を食べたら隊商が出発する予定だ。

 俺たちはもう少し滞在するか、逆方向なので単独で帰ることになりそうだ。

 俺はこんしんの力作、トマトスープを作った。トマトにお肉、他の野菜も。

 それからエルダタケを少しだけ入れる。具だくさんスープだ。

「おい坊主」

「エド君、エド君」

 朝からいい匂いをさせていたので隊商の別の馬車の人が集まってくる。

「はいはい、みなさんこれ食べたらお別れなので、特別にトマトスープをごそうしますね」

「「「うおおおおぉおおおおお」」」

 男たちの野太い声がこだまする。

 隊商の中には女性も何人かいるけど、その声はかき消されていた。

「うま、うま」

「美味しい、信じられないほどうまい」

「旨味なんだよ、これが重要なんだよ、なぁ」

「うっま、なんだこれ。トマト? トマトが重要なのか?」

 みんなバクバク食べる食べる。そのうち住民まで集まってきてしまった。

 あと門の兵士さんたちも遠巻きに様子を見ている。ちょっと恥ずかしい。

 なけなしの今あるトマトを使って、追加でもうひと鍋作ることになって、急いで煮る。

 時短で煮てもまあなんとか。そうして配給のようになってきて、トマトスープを配る。

「すっげーうまい。これがトマトスープなんだな」

「こんなの食ったことねえよ」

「すまん。門の兵にまで」

「ごちそうさまです」

「辺境勤務にされたときはアレだと思ったが、今はよかったと思ってる。これはうまい」

 もうトマトはないことを説明しつつトマトスープは完売となった。あ、お金は取っていない。

 ぎりぎりの生活をしてる住民の足元を見るような、そこまで俺は落ちぶれちゃいないやい。

 エルダニアではこの後「伝説のトマトスープ」と呼ばれるようになったとか、ならなかったとか。

 まあ俺たちのあずかり知らぬことだ。

 そうそう、煮炊きの薪なのだが、街の廃材を使っているらしく、家だったものを薪にくべているそうだ。

 無限とは言わないが、大量にあるため重宝しているらしい。

 なんだかそれはそれで少し悲しい気持ちになった。


 みんなに別れを告げて、俺たちも帰路に就く。エルダニアに駐留している騎士団のうち、一人が報告に戻るということでご一緒することになった。ご一緒というか一緒に乗せていけということだ。

 帰りはこれといってイベントもなく、途中でスープを欲しがるおじさんも出てきたりしない。

 あぁ訂正。スープを欲しがる騎士様は一人いたわ。

「スープおかわり」

「はいよ」

 俺たちはアイテムボックスをマジックバッグに偽装して装備している。

 それで食材はそこそこ持っているが、あまり容量が大きいと怪しまれるので、その辺は全力でしている。

 容量が大きいマジックバッグは金貨数枚ではとても買えない高級品なので、さもありなん。

「トマトスープではないが、塩と野菜の出汁が出てる。あと少量だがキノコがうまいな」

 帰りのキノコは節約だ。四分の一株だけ入れても旨味はぐんと増す。

 騎士様はかわいい少女たちに囲まれてチヤホヤされてまんざらでもなさそうだ。まだ小さいが女性は女性だった。みんな俺にべたれだと勝手に思っているが、騎士様への態度も悪くない。

 そのおかげで終始和やかに会話をしていた。普通の倍はある巨大な土竜の竜車の話。走鳥でもなく竜の一種、珍しい走竜の竜車に乗る商人の話。体重が二百キログラムくらいありそうな、超でかい商人の話。

 逆にパーティー全員が俺たちくらい小さい小人族の話。山脈にいるワイバーンが接近してきて九死に一生を得た話。全員が巨体のジャイアント冒険者パーティーの話。警備の仕事ではいろいろな人がいると教えてくれた。

 話もうまい。そしてヒューマンでは珍しく金髪で、ハンサムのイケメンである。

「すごーい」

「かっこいー」

「えへへ、ぐへへ」

 男でも惚れてしまいそうなお兄さんだが、女の子に褒められ慣れていないらしく、うちの女の子に右のような台詞せりふを言われると顔がだらしなくなる。

 チョロインの男版なのだろうか。変な女性に引っかからないかちょっと心配だ。

 それからこれが重要なんだけど、休憩時間に剣の指導をしてくれた。

 俺はドリドンのおっちゃんに少しだけ剣を習っただけで、ここまで自己流だった。

 彼、ビーエストさんはエクスプローラー流剣術という技を持っていて、その型を教えてくれた。

 あとかっこいい演武も見せてくれた。しっかり目に焼き付けておく。

 ここでチート主人公なら一度見ただけで再現可能! とか言うところだが、俺には無理そうだ。

 何回か見てなんとかイメージだけはできるようになった。

「ていやぁ」

「おりゃぁ」

「うりゃ」

 剣を振るう。俺が素振りをしている間に、横で女の子たちがじょうじゅつの練習をしていた。

 ビーエストさんは護身用の杖術の入門編くらいなら知っているとのことで、ミーニャとラニアが参加したのだ。

 あぁシエルちゃんは忘れていた。獣人なので格闘家なのかと思ってたのだけど、どうやらエンチャンター付与術師の系統のようでいくつか補助魔法も使えるらしい。

 もちろん痴漢の撃退用に拳くらいは使えるので、それの練習をしていた。

 そうそうシエルちゃんにも名字がある。どうやら実家は村長さんの家みたいで名誉準男爵を叙爵している。名誉貴族は一代貴族といって継承されない。

 これは村長などの役人に与えられる最下位の貴族位で、一応だけど貴族扱いされるので、偉いといえば偉い家らしい。

 ビーエストさんはもちろん騎士爵だけど、騎士の位は正確には貴族ではなくて、ナイトという独立したものなので、同時に男爵だったりする人もいる。

 ビーエストさんの実家は男爵家らしい。本人は男爵家の長男なので准男爵相当になる。

 楽しい三日間を過ごして、馬車を返却してラニエルダの家に戻ってきた。

 なぜかまだビーエストさんがいる。エッグバードにびっくりして家の中を見ていた。

「それで、すまないが、領主館に来てほしい」

「え、俺たちが?」

「そうです。領主様から感謝状をお渡ししたいと」

「それってもう連絡したんですか?」

「さっき門番を通じて」

 そういえば馬車を置いてくる間に少しいなかったわ。

「内容は?」

「トマトスープを領民および兵に振る舞った件です」

「あぁぁ」

 それなら思い当たる件がある。ってそのままやんけ。ニヤッとイケメンスマイルを決めるビーエストさん。しばらくすると外から声が聞こえた。

「ビーエスト、いるかビーエスト」

「は、ここです」

 俺たちが出ていく。ちょうど時間は夕刻、ご飯前だった。

「迎えの馬車だ」

「わかりました。ではみなさん、行きましょう」

 俺たちはなかば強制的に馬車に収容されて、街へ入っていく。

 馬車は大型で装飾の多い、いわゆる貴族馬車といわれるスタイルのものだった。幌ではなくてしっかりした硬質の屋根がついている。窓に透明な、つまりガラスが使われている。ガラスは一部のドワーフが量産化していて輸入され、貴族家などでは使われているらしい。

「領主様は比較的温和な方なので、大丈夫です。失礼な発言さえしなければ楽しく過ごせます」

「その失言が怖いですが」

「まあ常識の範囲内だと思いますし、みんなこのとしにしては賢い子なので大丈夫でしょう」

「まぁ、そうですね」

 ビーエストさんの評価によれば俺たちは賢いらしい。確かに同年代でもはなれ小僧もいる。

 小僧、坊主と子供のことを言うが、日本語的には仏教用語だろう。この世界でもラファリエ教の司祭などは坊主にしている人がいるので、仏教がなくても概念的にはほとんど同じだったりする。

 ただしよっぽどのけいけんな信者でなければ坊主にはしない。

 モテモテになりたいイケメン神官はもちろんフサフサらしい。それ以外だと、年齢を重ねると不純異性交遊をしない証明として坊主にする年配の教徒はそこそこいる。




 ここはメルリア王国ゼッケンバウアー伯爵領、領都トライエ市。

 今日もトライエ領主ゼッケンバウアー伯爵のばんさんの時間になった。

 まずサラダとパンが出された。パンにはこの間のノイチゴのジャムが添えられている。

「なんとか心当たりを回って確保したノイチゴのジャムです。数が非常に少なく、探すのに苦労しました。冒険者ギルド職員が隠し持っていたのを徴収してきました。もちろん善意の協力で報奨金として金貨を提示したそうですよ」

 執事があきれたような声で状況を説明する。

 探すほうも探すほうだが、命令した領主もちょっとせこい。

「次の入荷はいつなのだ?」

「店主の話ではもうすぐ三回目がある予定だそうですよ」

「だが、それまで待っていられない」

「さようですか」

 とにかくこうしてギルド職員の売店のお姉さんはジャムを泣く泣く手放して、金貨五枚を手に入れたらしい。

 領主は、次こそはもっと買ってやろうと心に決めて、今日も仕事をしている。

 領主一家はジャムをパンに塗りつける。赤いジャムがパンにのっていて、見た目にもとてもおいしそうだった。この世界ではこれはかなりの高級品なのだろう。もしくは値段とかよりも希少性のほうが問題かもしれない。

 パクッと一口。

「おいしぃ」

しいわ」

 また一口。

「ジャム、美味しい。でもこれで最後かもしれないんですね」

「そうね。次の入荷もあるって言ってはいたわ。希望を持ちましょう」

「うふふ」

「おいちい、です」

 姉妹はうれしそうにパンとジャムを堪能した。

「まだパンはあるのに、ジャムがないの」

「そう思いまして、実はノイチゴジャムのほかにブドウジャムとリンゴジャムが販売されていたという情報を聞きまして、方々、探しました」

「おぉ、それで?」

「ブドウジャムがひとビンのみ、ありました、ありましたよ」

「やったわ」

「偉い、よく探した」

 こうしてブドウジャムを順番に塗っていく。

 ただしひとビンだけであり、みんな薄くしっかりと塗りこんでいく。

「いただきます、んっ、これも美味しい」

「美味しいわ、ブドウってこんなに甘くなるのね」

 紫色のそのジャムは、赤いジャムほど美味しそうには見えないかもしれない。しかしその完熟ブドウを使用したしょうなものは、とても風味がよく、美味しい出来だった。エドたちもうなったほどだったので、その味は保証済みだ。こうしてブドウジャムにも領主一家はなんとかありつけた。


 そしてスープになる。

「本日のスープでございます。冒険者ギルドに持ち込まれた珍しいキノコを使用しております」

「ほう、キノコかね。名前は?」

「ムラサキメルリアタケという名前でございます。色は紫なのですがとても美味なのだそうで、エルフのクマイラス・ホップヘルム男爵の鑑定書付きとなっています」

「ああ、クマイラスか。知っている名だな。鑑定スキル持ちだ。この領では数少ない上級鑑定人だな」

「そうです」

「それならさぞ美味しいのだろうな」

 スープが配膳された。

「お父様、はやく食べたいです」

「私もです。このスープ、いい匂いがして」

 マリエール、エレノアが鼻をすんすんする。もちろん下品に匂いを嗅いだりしない。

 紅茶の匂いを嗅ぐようにそっと、そっと美味しそうな匂いに鼻を近づける。

 色は飴色をしていて野菜と塩、それからコショウが使われているのがわかる。

 スプーンでそっとすくって飲み込んだ。

「美味しいです」

「こんなうま、初めてですわ」

「あらあなた、これ本当に美味しい」

「そうか、そうか。我が領は料理も上手とな」

 みんなスプーンで必死に掬う。

 キノコの旨味が野菜の旨味と増幅しあい、絶妙なハーモニーの濃い旨味を引き出していた。

「キノコって変なものだと思っていたけど、こんなに美味しいキノコもあるのね」

「お姉ちゃん、私もキノコ採りとかしてみたいですわ」

「まあ本気? おてんなのねエレノアは」

 ムラサキメルリアタケのスープはあっという間にみんな完食してしまった。

「次もキノコなのですが、キノコのうまでございます」

「ほう」

 次に出てきたのはキノコとネギとイノシシ肉の煮込みであった。

「こちらはウスベニタケという種類です。同様にクマイラス・ホップヘルム男爵の鑑定書付きとなっています」

「なるほど」

 色はウスベニというだけあって、赤と白の中間くらい、ピンクより濃いめの赤色だけれど白っぽい。美味しそうではあるが、毒キノコですと言われれば、信じてしまいそうでもある。それは紫のキノコも同じだった。

 形を残してあるキノコとネギとイノシシ肉に半透明のスープがかかっていた。

 ナイフでキノコを一口サイズに切り分けて、口へ運ぶ。

「おいしぃ」

「美味しいです、お姉ちゃん」

 思わずエレノアはナイフを持ったまま、手をっぺたに持っていく。

「まあエレノアったら」

「あら、失礼」

 再びナイフとフォークで一口。

「うぅぅん、美味しいっ」

「美味しいわ」

「うむ。すごい旨味だ。これはさっきのキノコとは違う旨味だが、それがいい。なんだ、この世にはまだこんなに美味しいものがあったのだな。長生きはするものだ」

「まぁあなたったら、うふふ」

 キノコは抜群に美味しい。そして一緒に煮込まれている、この前も食べたイノシシ肉がホロホロと崩れるほど柔らかくて絶品だった。キノコの料理はこうして領主様のお腹に入ることになった。

 そのジャムもキノコもこの前のイノシシ肉もすべてエドたちによるものという情報は残念ながら領主たちの耳まで届いていなかった。まさかすべてエドのせい、いやおかげだなんて思わないのが普通なのだろう。

 領主一家はドリドン雑貨店に美味しいジャムが入れば、今度は買いたいと思っているだけであった。あとはほとんど冒険者ギルド頼みだ。

 珍しく美味しいものが入手できたときは領主にも話が当然回ってくる。