「ねえ、あの塔っていつからあそこにあるの?」
「『ずっと昔から』って父様たちは言ってたけど、父様たちもいつからあの塔がここにあるのかは知らないみたいだった」
「あれでございますか」
白い髪の少年と、灰色の髪の少年。そして二人に付き従う一人の侍女がいた。
「れきしてきけんぞうぶつ? ──だから壊すに壊せないって」
「あと、ずっと昔から、父様の父様の父様のころから、あれは大切なものだから壊しちゃだめだって言われてたんだって。壁にいろんな石盤が埋め込まれてて、そこに文章が書いてあるんだよね」
「ええ、いわゆる碑文というものですね」
白い髪の少年が駆け出し、広場の中央に建てられた塔に近づいた。
「あ、待ってよ、先に行くなんてずるい」
「先もなにもあったもんか。変なところで負けず嫌いなんだな、お前」
白い髪の少年に遅れて、灰色の髪の少年も走り出す。
「お二人とも、そんなに急がずとも塔は逃げませんよ」
侍女が小走りで二人を追った。
「王様をやってる父様たちにもわからないって、なんか不思議」
白い髪の少年が言った。
「そうですね。たしかにこの塔に関しては、謎な部分が多いかもしれません」
「石盤にはなんて書いてあるの?」
白い髪の少年が続けて言うと、侍女がおもむろに
「お二人には少し難しい内容かもしれません。それでも聞きますか?」
ふと、侍女が少し
「あっ、馬鹿にしたな! ぼくは読んでもらわなくても知ってるし!」
灰色の髪の少年がムッとする。
「気になるから聞かせて!」
白い髪の少年は好奇心に目を輝かせて小さく跳ねた。
「そうですね。では、復習も兼ねて読んでみましょう」
侍女が塔の壁に埋め込まれた石碑に手を触れて、そこに刻まれた文字を読みはじめる。
「まずは一番はじめにある文章から。──『天暦一〇二二年、白国最後の血統はザイナスの地にて黒国の王子と
「いきなり難しい……。白国ってどこの国のこと?」
白い髪の少年が首をかしげながら訊ねた。
「昔のこの国のことですよ。今では名称が変わっていますが、ずっと昔はこのあたりにあった国が白国と呼ばれていたのです」
「ふーん」
「ぼくは知ってたぞ!」
灰色の髪の少年が得意げに横から言った。
「お前、がり勉だもんな」
白い髪の少年が目を細めて言う。
「がり勉って言うな! 運動もできるし!」
「はいはい、
侍女が間に手を入れて二人を制する。
「ちなみにお二人はこの石碑が間違っていることに気づいていますか?」
「間違ってるの?」
「そんなこともわからないのか、お前!」
灰色の髪の少年が鼻高々に白い髪の少年に言った。
「〈ザイナス戦役〉だぞ。有名じゃないか。黒国っていうすごく強かった国と、白国って滅亡間近だった国が戦った戦争だ」
「なんだそれ。強い国と弱い国が戦ったら強い方が勝つに決まってるじゃん」
「違うぞ。ザイナス戦役では〈魔王〉って呼ばれる人たちが白国に加勢して、白国が勝ったんだ」
「え? じゃあその白国さいごのけっとう? ──って人は死ななかったの?」
「そうだぞ」
「ふーん」
白い髪の少年は石碑の文字をぼうっと眺める。
「次に行きますね。──『同年、黒国は東大陸を併合し、その地に仮初の平穏を築く』」
「ねえ、やっぱりこれも間違ってるの?」
「そうだぞ!」
白い髪の少年の問いに、灰色の髪の少年がはきはきと答えた。
侍女はそんな二人の様子を微笑ましげに見ながら、さらに石碑を読み上げていく。
『天暦一〇二四年、黒国の支配は全大陸域に及び、世界から〈魔王〉の名は消えた』
『同年、黒国の王が退位を表明し、同国第一王子が王の座へ』
『強権的な政治により、急速に世界は黒国の色に染まった』
『天暦一〇二五年、再び〈魔王〉の名が
『天暦一〇二六年、黒国内部のクーデターにより、〈黒神〉は倒れた。全世界を恐怖に陥れた史上最悪の魔王〈セリアス・ブラッド・ムーゼッグ〉は、〈魔王〉という言葉に積み重なったすべての悪感とともに〈魂の天海〉へと昇る。同年次月、一度は退位を表明した前黒国王〈シャイール・グラ・ムーゼッグ〉が再度王として君臨。ここから黒国の本当の独裁政権がはじまる』
「うへえ、耳が痛くなる言葉ばっかりだ」
「お前、少しは勉強しろよ!」
灰色の髪の少年が指摘すると、白い髪の少年が嫌そうに首を振る。
「でも、やっぱりこれも全部間違ってるんだよね?」
「そうですね。最初の碑文から間違っているので、そのあとに続くものはすべて本来の歴史とは異なっています」
「ふーん。じゃあ誰かが妄想で書いたんだ」
「さて、どうなのでしょうね」
侍女が優しく笑う。
「でもおれ、知ってるよ。この後ろ側の石盤に書いてあるやつが、本当の歴史だって」
ふと、白い髪の少年が今まで読んでいた石碑の裏側にある石碑を指差した。
「そういう肝心なことだけ覚えてるんだな」
「うるさいなぁ、おれはお前みたいになんでもできるわけじゃないんだよー」
白い髪の少年がむすっとして言う。
「ねえ、こっちも読んでよ」
「いいですよ」
白い髪の少年が塔の裏側に回り込みながら侍女を手招きした。
「こちらの碑文は天暦一〇二三年からはじまっておりますね」
「どんなの?」
「『天暦一〇二三年、〈白王〉と呼ばれた白国最後の血統は、サイサリスの地にて黒国の王子と再び対峙する』──」
と、侍女が読みはじめたところで、不意に遠くから声が聞こえた。
「あっ、父様の声だ!」
白い髪の少年が落ち着きなさげに走り出す。
「あっ! どこ行くんだよ! まだ途中だぞ!」
「またあとで読んでもらうよ! それより父様たちが帰ってきた! 早く行こう!」
「落ち着きがないなぁ……せっかく読んでもらってたのに」
「お気になさらず。さあ、私たちも参りましょう」
侍女がそう言うと、それまでぶすりとしていた灰色の髪の少年も、実は喜びを抑えきれないという様子で足早にその場から歩み出した。
侍女はそんな二人の背中を見守る。
すると、しばらくしてから白い髪の少年がまた急ぎ足で戻ってきて、侍女にこんなことを
「ねえ、さっきの石盤にいっぱい書いてあった〈魔王〉って、最後はどうなったの?」
侍女は白い髪の少年の言葉に少し驚いたように目を丸め、それから優しく微笑んで答えた。
「〈魔王〉はですね──」
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