第七幕 【いずれ来たる再会のために】



「じゃあ、サイサリスの方は任せた」

 メレアたちがサイサリス遠征への協議を終えたのは騒動のあった日の深夜だった。

 月が丸く空に浮かんでいる。

 満月の光が星樹城の城門でローブを羽織っていたメレアの白い髪を綺き麗れいに照らした。

「もう行くのね」

「うん、どうやらあまり時間がないようだから」

 つい先ほど、あてずっぽうのような白い光の砲撃が西からレミューゼに降りそそいだ。狙いはめちゃくちゃで、白い光の先端はレミューゼの領内ぎりぎりの地点に落ちたが、その衝撃はすさまじく、街全体を大きく揺るがした。

「あれもたぶん『彼』の術式だ。そろそろ〈死神〉の死霊術式ネクロ・フアンタズムに抗あらがうのが難しくなってきたんだろう」

「東大陸の各地から謎の霊体の出現報告がいくつもあったみたい。たぶん簡易的に〈魂の天海〉から降ろされた英霊たちね」

 リリウムが紅の炎の鳥と、もう一羽、瑠る璃り色いろの水の鳥を肩に留まらせながら言う。

「そっか。……そういえば、リリウムのその瑠璃色の鳥って──」

「セリアスに殺された魔王の術式よ。〈水帝〉ミール・ミュール。さっきの騒動で、あたしの前に現れたの。あたしが、救えなかった魔王」

 リリウムは自嘲気味に笑って言った。その顔には悲しみが滲にじんでいる。

「ホントは、あんたに会いたかったみたいなんだけど、血が近いからあたしの方に来た。自分の代わりにあんたを守ってって。もしかしたら霊山で会えるかもしれないから、そのときはよろしくね。血縁上、あたしの妹みたいなものだから」

「そっか」

 メレアはリリウムを励ますように優しく肩を撫なでる。

「俺も、彼女の名前を覚えておくよ。俺が救えなかった魔王でもあるんだから」

 メレアの中にも悔しさが募る。

「ちなみに、リリウムのところに来たのは彼女だけ?」

「ううん、それと、初代〈炎帝〉も。初代の〈炎帝〉と〈水帝〉はもともと姉弟きようだいで、どちらも命力術素を使う術式を開発した。あたしは彼女たちからこの〈真紅の命炎〉の使い方と、ミールからは彼女がどうにかしてセリアスの膝ひざ元もとから逃がした自分の命力術素をもらった。今のあたしは〈真紅の命炎〉と〈琉璃の命水〉を使える。最終的には、二つをまとめてある生物を召喚したんだけど──」

 そこまで言って、リリウムは「いや、今はいいわね」と途中で言葉を切った。

「とにかく、あたしたちの方は心配しないで。あたしたちも戦える。あんたほどじゃないけど、あたしたちもほかの魔王たちのために戦いたい。その気持ちはみんな同じ」

「うん」

 メレアがうなずく。

「サイサリス教国の〈教皇〉とは、私が話してみましょう」

 すると、そこでリリウムの後ろにいたシャウが口を開いた。

「いろいろと因縁のある相手でもありますからね」

「もともとシャウの目的はその教皇にあるんだろう?」

 メレアが笑ってなにげなく言うと、シャウは驚いたように目をぱちくりとさせた。

「知っていたのですか?」

「いや、確信はしていなかったけど、今かまを掛けてみただけだよ」

「……これはしてやられました」

「たくさんのことを一度に考えすぎて少し勘が鈍ってるみたいだね、シャウ」

 シャウは珍しくメレアに一本取られ、いっそう目を大きく開く。

 対するメレアは楽しげに笑っていた。

「まあ、シャウのことだからここまできたら隠すつもりもなかったんだろう。だから引っかかったんだ」

 そうでなければいかに勘が鈍っていようとなにも吐かなかっただろう。メレアはシャウの力を信用しているからこそ、そんな考えを浮かべる。

「シーザーにもよろしく言っておいてくれ」

「ええ。その言い草だと私たち三人がどういう関係にあるのかもわかっていたりします?」

 シャウの問いにメレアは首を振る。

「そこまではわからないよ。いかに俺が〈白神の魔眼〉を持っているとは言っても、誰かの過去をすべて解き明かせるわけじゃない。シャウの考えていることだってくわしくはわからないし、俺には人の心を好きなように読み解く力はない。安心してくれ」

「あなたならたとえ人の心を読めたとしてもそれを悪用する気はしませんが、見えた方も気が気ではないかもしれませんね。……まったく、少しは〈教皇〉にもあなたのことを見習ってほしいです」

 シャウが芝居ぶった身振りでため息をついた。

「それだけで十分だよ、シャウ。あとは実際に現地にお供するサルマーンたちに教えてやってくれ。シャウが教皇とどういう関係なのか、シャウは教皇に会ってなにをしようとしているのか。もしシャウが現状を経てなおも〈魔王連合〉の一員として動くつもりがあるのなら、そろそろ彼らにも教えてあげた方がいいかもしれない。命が懸かるからね」

「……そうですね、そうかもしれません。一から説明しようとすると長くなりそうなので、多少考えてからにはなると思いますが、私の過去についてはそろそろ話しておこうと思います。むしろ、今までよくみなさん深入りしてこなかったと感嘆してしまうくらいですが」

「それはみんなが〈魔王〉だからだよ。みんな、普通ではないなにかを背負っているから」

 言いながら、メレアが城門を外側に歩きはじめた。メレアの進む方向には〈空帝〉エーテルが待っていて、術式を展開する準備をしている。

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 そう言って二歩目を踏んだところで、不意に城内からいくつもの影が飛びだしてきた。

「メレア!」

「メレア様!」

 ほかの魔王たちだ。

 先頭にはエルマとマリーザがいた。

 ほかの魔王たちがリリウムとシャウの後ろで止まるなか、二人はそのままメレアの傍にまでやってくる。

「なんだ、来ちゃったのか。心配させるのもなんだから、ひっそり行こうと思ってたのに」

 メレアは照れたように苦笑を浮かべて、エルマとマリーザを迎える。

「お前の考えることなどお見通しだ」

「そうです。あなたは戦い以外のことでは基本的にずぼらですからね」

 いつになくマリーザの指摘が厳しい。少し怒ってるな、とメレアは内心で苦笑を濃くした。

「でも、止めないんだね」

「止めて止まってくださるのならとっくにそうしています。ですが、そうでないとわかっているから、あえて言わないのです」

 マリーザがメレアの手を取った。力がこもっている。その手の熱に、癒いやされるようでもあった。

「必ずや、無事で帰ってきてください。必ずです」

「大丈夫、すぐに戻るから」

「お前の大丈夫は信用ならないんだ。目的を達成することは疑っていないが、お前が大丈夫と言ったときはたいていお前自身が無理をする」

 エルマがメレアの上腕をつかんだ。まるで逃がすまいとするかのように。エルマの内心が、その行動に現れていた。

「でも、私がこれだけお前の腕をしっかりとつかんでいても、お前は行くんだろう」

「──うん。いつも心配かけてばかりでごめんね。でも、俺は行かなきゃ。──いや」

 メレアはマリーザの手を握り返し、もう一方の手でエルマの肩に優しく触れながら言った。

「俺が、行きたいんだ。だから、二人には悪いけど、行ってくるよ」

 そう言って、メレアが二人の方を向いたまま一歩下がる。するりとマリーザの手の中から手指を引き抜き、エルマの手を優しく突き放す。

 エルマとマリーザは、メレアが一歩下がるのに合わせさらに一歩前へ進もうとした。

 けれど、二人の足は前に進まなかった。

 理性と、衝動。

 送り出す者としての──否、送り出す女としての矜きよう持じが、二人の足を留とどまらせた。

「ご無事で」

 マリーザは何度もその言葉を重ねる。

「私は待っている。いつまでも」

 エルマが力強く、それでいて少し寂しそうに、言った。

「必ず帰るよ、みんなのところに」

 そしてメレアが踵きびすを返す。

 エーテルの開いた〈空帝門〉が、メレアの身体を吞のみこむその瞬間まで、すべての魔王たちが、メレアの背を見送っていた。

 いつまでも、どこまでも、大いなる主の背中を、眼に焼き付けるために。