第六幕 【メレア・メア】



「商国は今どうなってる。もちろん南大陸の覇権を握ってるんだろうな、ええ?」

「残念ながら、商国は滅びました」

〈錬金王〉シャウ・ジュール・シャーウッドは同じ金糸の髪を持つ男と商業区の一角で相対していた。

「あ? 笑えねえ冗談だな、末まつ裔えい。てめえ、どうやったらあの商国が滅びんだよ。俺様の作った莫大な富があるだろ。あれさえありゃ世の中のすべてが買える。資源でも、労働力でも、国でも」

「ええ、あなたのその考えには一部同意です。金さえあれば、国すら買える。──しかしながら、例外があったのです。それは時代背景やそのときその場にあった流れに強く影響を受けるものですが、あなたの理論に風穴を開けるひどく非合理的なものでして」

 シャウは下ろしきった髪をレミューゼの風に揺らして、妖あやしげな笑みを浮かべた。

「どうやら人の心は、金では買えなかったようです」

「馬鹿が。人の心が一番買いやすいじゃねえか」

「私もあの時まではそう思っていました。しかし、事実、我ら〈錬金王〉の一族は惑いやすい人の心に屈した」

 シャウは懐から金貨を一枚取り出すと、慣れた仕草で指先にころころと転がしてみせた。

「あなたも知っているでしょう。サイサリス教というものを」

「っ、あの忌いま々いましい貧乏宗教か」

「あなたが死んだあと、ウィンザー商国はサイサリス教の教えを取り入れました。理由はさまざまありましたが、主にあなたの生み出したツケを清算するためです」

「あ? ツケ?」

 シャウに良く似た金髪の男は、体のいたるところに着けた金の装身具をじゃらじゃらと揺らして、イラついた様子で首をかしげる。

「あなたは錬金術式を無作法に使いすぎた。あなたのせいで、ウィンザーはあらゆる方面からの恨みを買った」

「ははぁ、なるほどな。──なんだよ、あれか、俺様の錬金術にまんまと騙だまされた愚図どもが、俺様が死んだあとに徒党でも組んで攻め入って来たか?」

「ええ、もちろん」

 金髪の男はシャウの答えを聞いて大きく笑う。両耳につけた金のイヤリングがきらきらと月光を反射した。

「カハハ、馬鹿だな、あいつら。自分の無能を棚に上げて復ふく讐しゆうかよ。取引の時点で気づかねえからわりぃんだ。金に目がくらんだあいつらの自業自得だろ。まったく笑えるぜ」

「残された方としては、さほど笑える事態ではありませんがね」

 前髪を手で押さえながらシャウがため息交じりに言う。

「だが当然返り討ちにしたんだろうな? いったいどれだけの傭よう兵へいを俺様が雇ってたと思ってる。商国は傭兵の国だろ? 金と傭兵は最高に相性が良い」

「ええ、仰おつしやるとおりです。無論、最初は勝ちました。ですが、継続して戦争を行っていくうちに、徐々に商国は劣勢に立たされました。理由がわかりますか? 初代〈錬金王〉、ガルド・リム・ウィンザー」

 金髪の男──ガルドはシャウの問いにわざとらしく思案してみせる。金の指輪がすべての指に装着された手を顎あごにやり、足先をとんとんと上下させて金の靴を鳴らした。

「さぁな。わかんねえ。少なくとも俺様が率いてたならそうはならなかった」

「ハハ──」

 シャウは額に手をやって軽く身を屈かがめる。まるで笑いをこらえるかのようだった。ガルドはそんなシャウの仕草に苛いら立だちを覚えたようで、眉み間けんに皺しわを寄せる。しかし──

「まったくおめでたい。これだから戦場を知らない愚図は使えないのです」

 ふとシャウが顔をあげたとき、そこには軽けい蔑べつと怒りの入り混じった険しい表情があった。ガルドは思わずそのシャウの表情に気け圧おされる。

「あなたは戦が人の心に与える影響を知らない。だからこそ金さえあれば戦は勝てると思っている」

「ちげえって言うのかよ」

「違います。所詮金は人の心を動かす一つの手段でしかない。そして人は、極限状態に陥ると往々にして金以外のものによって身の振り方を決める」

 シャウは金の通じない戦場をいくつも経験してきている。ここ最近の、魔王連合が遭遇した戦いの数々もそのうちに入るだろう。

「連勝を重ねたウィンザー商国でしたが、その連戦のおかげで次第に傭兵たちの疲労は溜たまっていきました。当然他国を本拠地にする傭兵にまで声をかけ、あなたのいう金の力で雇い、防衛戦力を整えましたが、それにも限界があった。殺し殺されの戦場で心を病んだ兵士が数多く生まれ、そうなった彼らはすでに金の力による影響を受けなくなっていました。彼らは金よりも休息を求めたのです。それこそありふれた日常と、少しばかりの愛を」

「愛? 愛だと?」

 ガルドは信じられないとばかりに目をぱちくりさせる。

「自分で言っていて我ながら少しおかしいとも思うのですが、どうやら人というのはそういう目に見えない感情によって動けるものらしいのです」

 シャウは大仰に肩をすくめる。

「いずれにせよ、金の力には限界があった。そもそも、金は最初から持つ者に対して力を発揮しにくい。持たざる者にとっては魅力的かもしれませんが、持つ者にとっては数あるうちの一つでしかない。当然あなたのようにあればあるほどいいとする欲の枯れない人間もいますが、同じくらい、逆の人間もいる」

「……待てよ。てことはなんだ、戦争が繰り返された結果、傭兵どもは精根尽きて金への愛想をつかし、そんなわけもわからねえ愛なんてもんにうつつを抜かしたのか」

「そのとおりです」

「どうかしてるな」

 ガルドのその言葉が、彼の性根のすべてを表していた。

「そのとき彼らの逃避場所になったのがさきほども言ったサイサリス教です。我ら金の亡者の考えとは真逆に位置するあの宗教が、人々の心を救った。──まあ、今度はそれ関係でいろいろと錯さく綜そうしていますが」

 シャウは親指で金貨を上にはじき、落ちてきたそれを手の内に握り込む。

「ウィンザーはそうして防衛力を失い、金の力も尽き、花国ドリアドに吸収されました。今はそのドリアドもサイサリス教国に吸収され、滅亡してしまいましたが」

 いやはや、宗教の力というものはおそろしい。シャウは空を見上げて楽しげに言う。

「……じゃあ、てめえはなんだ。てめえはウィンザーの王じゃねえのか」

「ええ、私はただのしがない商人です。王でもなければ、王子でもなく、はたまた〈錬金王〉でもない。私はただの商人。……そう、在りたかったのですがね」

 シャウはため息をついてから続けた。

「いろいろと面倒なしがらみがあって、そうもいかなかった。誰のせいかはさておき、私は〈錬金王〉にならざるを得なかった。ひどいものですよ、あなたが人々の中に作った悪感は今の私にさえも影響を与えている。おかげで商売がしづらい。名を変えやり方を変え、ようやく最近軌道に乗ってきたところです」

「やり方を変えただと?」

「簡単なことです」

 シャウがガルドを指差した。

「誠心誠意、商売をすることにした。あなたの生み出した秘術を使わず、己が力のみで取引をすることにした。私には交渉をするこの口と、言葉、そして品を見極める眼と、金貨を数える指がある。金を集めるのにはこれだけで十分なのです。もともと商国とはそういうふうにして発展してきた。あなたの錬金術式はたしかに商国を爆発的に成長させましたが、それはもろ刃の剣。ウィンザーの民を惑わす悪手でもあった」

 シャウが告げる。

「〈錬金王〉ガルド。あなたは失敗したのだ。この錬金術式を生み出した才覚は見事というほかありませんが──」

 ただのしがない商人は言う。

「あなたに商人としての才能はなかった」

 シャウの言葉を受けたガルドは、わなわなと震えながら目の前の商人を睨にらむ。

「ふざけるな……ふざけるなよ! 俺様は天下の〈錬金王〉だぞ! たかが一商人ごときがこの俺様に意見するのか! 貴様はこの場で打ち首にする!」

「どうぞ、ご自由に」

 シャウは手の中の金貨をガルドに投げ渡した。

「今のあなたにそれができるのならば」

 ガルドはシャウから投げ渡された金貨を受け取り、とっさに周りを見た。

「誰か、誰でもいい、この金貨をくれてやるから、こいつを殺せ!」

 そこは商業区。さきほど起こったいくつかの轟ごう音おんは聞こえていたが、商魂たくましい商人たちの中にはいまだにそこで露店を開いている者もいる。彼らはガルドの大きな声に反応して視線を向けるが、

「なぜ誰も手をあげない! 金だぞ! 金をやるというのだぞ!」

「我が先祖ながら、なかなか哀れですね。少しは自分でどうにかしようとは思わないのですか」

 シャウは懐からもう一枚金貨を取り出し、それを錬金術式で剣に変形させて軽く構えた。

「身銭を切るのも時には必要なことです。──さあ、あなたもどうぞ。今、ここにはあなたを助ける者は誰もいません。あなたが懇意にしている傭兵も、あなたに金で従っている臣下も、金を撒まくがゆえにしかたなくあなたの世話をしている侍女も──誰も」

「く、くそっ!!」

 ガルドは同じく錬金術式を使ってシャウから受け取った金貨を剣に変えた。構えを取るがその形は無様だ。

「そう、最初からそうしていればよかった。金ではなく、その者の心意気だとか覚悟だとかに惹ひかれて命を捧ささげる馬鹿もいる。私はそういう者たちを知っているし、私も少し、彼らの領域に足を踏み入れている」

 シャウは脳裏にメレアの姿を思い浮かべた。

「我ながら、不思議なことに」

 金の価値は変わる。人もまた変わる。シャウは己の中で言葉を重ね、こちらへ向かってくるガルドへ戦意を向けた。

「──」

 一いつ閃せん。

 シャウが整ったモーションで振り抜いた斬ざん撃げきは、ガルドの金の剣を真っ二つに切り裂き、そしてそのまま彼の首を捉とらえた。

「まあまあでしょう? 私だってそれなりに自衛はできます。エルマ嬢とか、嫌々言いながらもこういう剣の使い方とか教えてくれますしね」

 シャウは地面に倒れたガルドを見下ろしながら続けた。

「ああ、それと、忘れてました」

 その顔に、妖しくも美しい笑みが乗る。

「あなたに渡した金貨、実はただの石です。あなたの生み出した〈錬金術式〉で、細工をさせてもらいました」

「く……そ……が……」

「まったく足元がお留守だ。そんな油断だらけではとてもではないが過酷な商人の世界は生きていけませんよ。だから大人しく、〈魂の天海〉に帰ってください」

 シャウはそこでふと思い出したように言った。

「ああ、ご心配なく。ウィンザーは私が建て直しますので」

 シャウは手元の金の剣を再び金貨に戻して、懐にしまいながらそっけなく踵きびすを返した。

「シャウ! 無事か!」

 するとそのあたりで聞き慣れた声を捉える。

「ええ、このとおり」

 騒動につられてやってきたのはメレアだった。

 髪は白いが、顔に涙の痕あとがある。金色の線だ。

「あなたの方こそ、無事ですか?」

「ああ、俺は大丈夫。こっちにも英霊が?」

 メレアはシャウの背後で光の粒になっていく人影を見つけ、緊張した面持ちで訊たずねた。

「いえ、英霊ではなく、〈魔王〉でした。いわゆる〈悪徳の魔王〉というやつです」

 シャウは「困ったものだ」と苦笑を浮かべながら言う。

「一人で倒したの?」

「そりゃあ、倒せる相手でしたからね。私、別にまったく戦えないわけではないですし、わざわざあなた方〈剣エメリー〉の手を煩わせるまでもない相手であれば、みずから手を下してしまいます。その方が効率的ですから」

「ま、まあそれはそうかもしれないけど」

 メレアは少し驚いた表情を浮かべながら答える。

「心配してくれたんですか?」

 シャウは少し悪戯いたずら気つけを起こしてメレアに訊ねた。

 するとメレアは、今度は少し怒ったふうに眉まゆをあげる。

「当たり前だ!」

 そのまっすぐな答えにシャウは逆に面食らった。

 それから目をぱちくりとさせて、ふっと笑う。

「あっはは、さすがはメレア、あなたはいつだってブレないですねぇ」

「んん?」

「ああ、こちらの話です。──さて、例によって悠長にしている暇はなさそうですから、ほかのみなさんを探しましょう。この様子だとだいぶ多くの英霊たちがかの〈死神〉の術式によって〈魂の天海〉から降りてきているようですからね」

「ああ、サルマーンとエルマが別行動でそれぞれ〈知識ラズラス〉や〈財布リスタール〉の仲間たちを助けに行ってる。もうほとんど救出した」

「さすが、〈剣〉の面々は頼りになりますね。助けられた者たちはどこへ?」

「〈星樹城〉に。あとはシャウと、何人かだけど──」

 すると、不意に星樹城の方から花火があがった。空に昇った光の珠たまは、大星樹の天辺のあたりまで飛んで大きく弾ける。光の花がレミューゼの空を彩った。

「あ、あれってもしかして私が交易で買い集めていた花火の一つでは──」

「合図だ。シャウ以外の全員が揃そろったらあれを打ち上げるようにマリーザに伝えてある。──みんな無事だ」

 そう言っている間にもう一つ花火が上がる。どーん、と、低音が街に響いた。

「メ、メレア、メレア、二発目はどういう合図なんです?」

 シャウは額からたらたらと冷や汗を流しながらメレアに訊ねた。

「えっ? ……じ、実は俺もよくわからない……」

「あっ! あの奇き天て烈れつメイド!! ここぞとばかりに私の商品を食い散らかそうとしてますね!? あっ! もう一個飛ばしましたよあの女っ……!! えっ、ちょっ、いやいや、あなたそれ一個いくらすると思って──!!」

 シャウが血相を変えて星樹城に向かって駆け出す。メレアはそんなシャウの後ろ姿を苦笑とともに見つめてから、同じく城へ向けて駆け出した。


◆◆◆


 メレアとシャウが星樹城へと戻ると、大星樹の根元へ続く中庭に〈魔王連合〉の魔王たちが揃っていた。周囲を〈剣〉の班員たちが囲み、いまだに警戒態勢だ。

「以前と比べるとずいぶん陣形に厚みが増しましたね」

 メレアとシャウが星樹城の廊下から中庭へ出て、魔王たちのもとへ歩いて行く途中、外側から彼らの防御態勢を見たシャウが感嘆の声をあげる。

「それに、統率も取れている」

〈剣〉の面々が外側を守り、内側には〈財布〉、〈知識〉の層。そしてその中心部には〈魔王連合〉の指揮の核である〈天魔〉アイズと、その護衛である〈獣神〉シラディスがいた。

「アイズ嬢の眼、また一段と輝きが増している気がするのですが」

 仲間たちに守られながら、中心で〈天魔の魔眼〉を発動させるアイズを見てシャウが言った。

「〈英霊〉との接触がアイズの力を誘発した。そのうえ、アイズは術式を使うようになったよ」

 メレアが嬉うれしげな、それでいて少し悲しさを含んだ複雑な笑みで答える。

「〈天神〉に会ったらしい」

「〈天神〉?」

「アイズの先祖だ。大体二百五十年ぐらい前の。俺を育てた英霊の一人と顔見知りだったよ」

「メレアもその〈天神〉と接触したのですか?」

「うん、俺が最初にアイズのところについたからね。俺の中に〈戦神〉の気が混じっているって、〈天神〉にはそう言われた」

 事実である。大きさこそ違えど、メレアの身体にはタイラントから継いだ因子が色濃く受け継がれている。だがそれを一目で見極める〈天神〉もやはり尋常ではない。

「〈天神〉は自分の子孫がこうして今を力強く生きていることを知って、『私の見た未来は変わった』って言った。そのあと、アイズに掛けられた制約術式を解術して、また魂の天海に戻っていった」

「自死したんですか?」

「いや、アイズが〈天神〉に教えられた術式で〈天神〉自身を送ったんだ」

 それを聞いたシャウは再びアイズを見る。最初、アイズが自分の先祖を攻撃したことで精神的に参ってしまっているのではないかと思った。しかし、

「……あのお嬢さんは本当に健気ですね。いっそのこと豪気ですらある」

 前以上に芯しんの通った立ち姿で、精神的な動揺など微み塵じんも見せずに〈天魔の魔眼〉を発動させているアイズを見たシャウは、思わず賞賛の声をあげた。

「しかも、もう内面だけに留とどまらないよ。さっきも言ったとおりアイズは制約術式で術式的な能力を封印されていた。たぶん、生まれたときに一族によってそうされたんだろうね」

 アイズたち〈天魔〉の一族がどういう生き方をしてきたのかを思えば、想像に難くない。

「それを解術されたアイズは、たぶんこの〈魔王連合〉の中で二番目の術素保有者になった。はるか古代に存在した〈ラクカの民〉と呼ばれる一族の血を引くアイズは、もともと〈天力術素〉に親和する能力があったんだ」

「あの、高空に存在する自然術素ですか?」

「うん。〈天鳥パラミア〉が使うって話は知ってたけど、まさかアイズの一族がその能力を持つとは思わなかったよ。まあ、まだ使い慣れてはいないみたいだから、今のところは今までどおりの索敵をやってもらってるけど」

 それからシャウはアイズの隣にいる〈獣神〉シラディスを見た。シャウはなにげなくそれがシラディスだと判断したが、

「メレア、一応訊ききますが、あれ、シラディス嬢ですよね?」

 そこにいたのは桃色の毛を持った見たこともない四足の獣だった。外観は狼に近い。体たい軀くは大型の犬よりもさらに一回り大きく、尻しつ尾ぽはやや長め。なによりも特徴的なのは額に生えた一本の光る角だった。

「幻獣種でしょうか」

「シラディスが形態変化できるもののうちの一つだって。ほかにもいくつか形態があって、場合によってはそれらの合成体にもなれるみたい」

「ちなみに、私があの腕でじゃれられたらどうなりますかね」