前傾姿勢のまま脇から水平に振り抜かれたイースの魔剣。

 エルマはその剣を上から迎撃する。

 見る。ただ見る。

 その剣を割断すべく、全生命力を剣に込めて振り下ろす。

 そのときエルマの眼に──

 術式紋様が浮かんでいた。


 魔剣同士の衝突時に音はなかった。

 一拍をおいて、はじめて、からんと音が鳴った。

「──そういう方向に進化したのね」

 イースは刀身半ばで綺き麗れいに折れた魔剣を地に落としながら、ふと笑みを浮かべていた。

 対するエルマは、傷だらけでありながらもなお原型を保っている魔剣を地面に突き立てながら時を止めている。

「見せて、エルマ。私でもあの人でも為なし得なかった奇跡の証明を」

 言われ、ようやくエルマがイースの方を振り向く。

「──綺麗な眼」

 エルマの眼には銀色に光る術式紋様が浮かんでいる。メレアや、アイズや、ジュリアナのものとも違う、まったく別の魔眼。

「私は……」

「落ち着いて、エルマ。大丈夫、ゆっくりと、今自分に起こったことを思い出すのよ」

「み、見えたんだ。どこを斬れば、あなたの魔剣が斬れるのか」

 エルマは自分自身に起こったことに戸惑うように、少し震えた声で言った。

「それ、『斬ざん線せん』って言うのよ。昔あの人が言ってた。『あらゆる物体には斬線が存在する。その線を正確に斬れば、万物はみな等しく斬ることができる』。でもあの人は、斬線を見ることはできなかったみたいだけど」

 いまだに戸惑っているエルマに、イースは優しく言った。

「あの人は感覚で斬線を正確に斬り抜いていた。それもまた驚異的なことだけど、今のあなたほど正確には斬れないでしょうね」

「私は、どうなってしまったのだ」

「あなた、クリシューラの部分開放を使わないで事象割断をしていたんでしょう。普通ならそれ、ありえないことなのよ。たしかに人の生み出した術式は斬れるけど、それ以外のものを素のクリシューラで簡単に斬るなんてこと、私にもできないもの」

 エルマは無意識に斬線を捉とらえていた。血のにじむような努力の果てに、知らぬ間に身に着けた力がある。

「あなた、もうちょっと自分の才能を誇りなさい。そしてその才能に気づいてあげなさい。さっきあなたに言った言葉は噓。あなた、私の子だけど、私やあの人に比べたらずっと剣の才能がある」

 あの人──〈剣魔〉シン=ムには剣の才能がなかった。イースの言はまるでそう言っているようにも聞こえる。

「不思議? でも事実よ。あの人も努力の人なの。常軌を逸した努力の人。あの人は才能という言葉で自分の価値を無意味に下げなかった。でも、あるときあの人は言っていたわ」

 イースは光の粒になって消えていく自分の魔剣をじっと見つめながら言う。

「『才能とは、ある分野の頂に至るまでの早さの差だ。人間が悠久の時を生きるのなら、なにかを極めるのに才能は関係ない。しかし、事実、人の生は短い。ゆえに才能がなければ頂に至る前に死ぬこともある』──普段無口なあの人が、そのときだけはひどく饒じよう舌ぜつだったわね」

 イースが昔を懐かしむように、それでいて楽しそうに、笑った。

「でも、こうも言っていたわ。『才能の差というものは存在する。──だが、そんなものは気が狂うほどに修練してから言え。もしくは死んでから言え』って。まったくひどい話よね。死んでから言えって。ホントに笑えちゃう」

 ふと、そのあたりでイースの身体が光の粒になって分解されはじめた。

「ふう、少し疲れたわ。どうやら私の魂を降ろした素体は遺い骸がいじゃなくて魔剣の欠片かけらの方だったみたい。いったいどこで見つけてきたんだか」

 そう言いながら、イースがエルマに近づいた。

 そしておもむろにエルマの身体を抱きしめる。

「あなた、まだ子どもはいないわよね」

「えっ?」

「ふふ、その様子だといないみたいね」

 イースは楽しげに笑った。

「それに、せっかく女として良いものを持ってるのに、男も知らないようね。あなた、強い男を捕まえなさい。近くにあなたより強い男はいる?」

 エルマは唐突に訊たずねられて、とっさにメレアの姿を思い浮かべた。

「いるようね。白い髪の男の子?」

「な、なんでっ」

「さあ? 私にもわからないけど、あなたを通して彼の姿が見えたわ。なんだかあの人の面影がある子ね。目元がよく似てる」

 イースはエルマの背中を優しく撫なでながら言った。

「いい? エルマ。この子を離さないようになさい。私もあの人を追ったけど、あの人はとんと色恋に疎かったから空振りしたわ。だからと言って私の旦だん那なのことが嫌いなわけじゃないし、むしろ世界で一番愛してるけど、初恋の相手っていうのもなかなか趣のあるものよ」

「い、いや、その、む、むう……」

 イースの温もりを感じながら、エルマは頰を染める。

「剣の道を究めるのも悪いことじゃないけど、母になるのも悪くないわよ。私も戦えなくなることを嫌ってなかなか子どもを産まなかったけど、今思うともっと早くに産んでおけばよかったと思う。子を育てるのは剣を育てるのと同じくらい、楽しいことよ。おかげでこうしてあなたに出会えた」

 もうほとんど実体はなかったが、イースが自分の頭を撫でているのを、エルマは感じ取った。

「だから、あなたもその白髪の子を捕まえてその子を産みなさい。まあ、いろいろ言っちゃったけど、私の与える言葉は時代性に影響を受けている気もするわね。こうでもしないとあの暗黒戦争時代を生き抜けなかったから。強い子を残さないと、一族が滅びるからね。ともかく、大おばあちゃんのうるさいお小言だと思って、頭の隅にでも置いておいて」

 最後に、エルマはイースが消えかけの身体で自分のクリシューラの刀身に触れたのを感じた。

「クリシューラ、どうかこの子を守って。そしていつか、あなたにも平穏が訪れることを」

 傷だらけだったクリシューラの刀身が、みるみるうちに癒いえていく。ついにそれは傷一つない完全な状態に戻った。

「じゃあ、行くわね。いつかあなたが良い意味で〈剣神〉と呼ばれることを祈ってる」

 そしてイース・エルイーザは光になって空に昇った。

 いずれ〈剣神〉と呼ばれることになる女は、その光を新たな魔眼で追う。

「必ず届けるよ、おばあちゃん」

 エルマは潤んだ目元を袖そでで拭ぬぐって、すぐに踵きびすを返した。

 仲間のもとへ、彼女は向かう。


◆◆◆


「そこまで言うのなら、私とヴァンを超えてみせろ、メレア」

「ああ」

〈オネイロス大聖堂の鐘〉が鳴った直後、メレアは一瞬の隙をついてセレスターを〈土神クリア・リリスの三尾〉で吹き飛ばした。その一撃はセレスターが一瞬で展開した雷の盾によって防がれるが、十分な距離が空く。メレアは上から落ちてきた黒風の壁を見上げた。

 ──解析しろ。

〈術神の魔眼〉を意識的に発動させ、黒風に内包された術式を解読する。その間も周囲数キロに渡ってすべてを圧あつ潰かいさせながら落ちてくる風は止まらない。徐々に渦を巻きはじめたそれは、まるで黒い台風のようだった。

 ──もっと。

 莫ばく大だいな量の術式が内包されている。いっそ美しさすら感じるほどに整った術式だ。きっとそれは、世界の構成術式よりも美しいだろう。

「ああ──」

 規則正しく回転しながら流動する術式。段階的に術式が攻撃形態へ変わっていく。メレアはその術式を瞬まばたき一つせず目視しながら、眼が熱くなっていく感覚を覚えた。

「ああああ──」

 熱は痛みに変わり、眼を通して流入してくる情報が頭の中で目まぐるしく乱反射した。次第にヴァンの作り出した術式のみならず、空間に散在するまったく別の式までも見えてくる。

 そしてメレアの眼から、『金色の涙』が零こぼれた。

「ああああああああ!!」

 言葉にはならない。ただメレアは、その術式を分解しようとした。両手を天に掲げ、まるで黒風の壁を受け止めるように、開く。

 ──直接。ダメだ。その前に、街が壊れる。空間を、通して、力を、あの場所に。右の、あれを、動かして、■■、■■■、上。■、■■■。

 見える術式の、どこをどう動かせばそれが分解できるのか。

 あの術式に遠くから触れるために、世界の式のどこを動かせばいいのか。

 メレアにはなぜか、それがわかった。

 そして、〈魔神〉はその日、世界の一部を──

 みずからの手で動かした。


◆◆◆


「不発……?」

 そんな馬鹿な。セレスターはヴァンの生み出した黒風の壁が一瞬で霧散したのを見て内心に驚きよう愕がくを覚えた。

「鐘が──」

 見上げると、ヴァンの作り出した〈オネイロス大聖堂の鐘〉そのものが消えている。不吉を知らせる黒い鐘。とある神話の中で人類の滅亡を知らせた黒い鐘は、どこかへ消えてしまった。

 見れば、ヴァン自身もこの事態にひどく困惑しているようだった。

「メレア……?」

 ふと、セレスターは離れた位置にいるメレアの異変に気づいた。

 メレアの身体から金色に光る術素があふれ出している。

「あれは──」

 メレアの中には術士であった英霊たちの術素が、その肉体の許容量限界までつぎ込まれている。術素の量で言えばメレアは人類の中でもっとも高みに位置するだろう。術式を扱う素体としては、人類の到達点にいる。

 が、セレスターは今のメレアの身体からあふれ出している金色の術素を知らなかった。メレアの身体に宿るのは英霊たちの術素だ。長年の付き合いもあって、どの術素が誰のものだかはだいたいわかる。

「あれは、メレア自身の術素か」

 ふと、気づいた。

 と同時、セレスターの中でさまざまな要素が繫つながり、一つの答えを生む。

「フランダーとレイラスが希望を見出したのはあれかっ……!」

 そこで、メレアがこちらを見た。

 目から術素と同じきらきらと輝く金色の涙が流れている。

「──」

 メレアがなにげなく右手を振るった。そよ風を送るかのようなゆったりとした仕草。そんな離れた位置からなにをするのかと思ったが、結果はすぐに現れた。

「っ!」

 暴風。術式を展開した様子はなかった。セレスターはとっさに手元に生成した雷の剣で地面に楔くさびを打つが、遠くでメレアがなにかを握り込むように手を動かすと、ふっと雷の剣が消えてしまった。

「なにをした、メレア!」

 メレアは瞬き一つせずにセレスターを見ている。そこに表情はない。

 なぜか、セレスターはこの世界そのものに睨にらまれているような気がした。

「セレスター!」

 上からヴァンの声がした。ヴァンはあの天使を模した六枚翼を展開し、こちらへ飛んできている。ヴァンが伸ばした手。それをつかもうとしたとき、メレアの視線がヴァンに移動したのが見えた。

「避けろ! ヴァン!」

「あっ!?」

 ヴァンがメレアの方を見たときには遅い。

 メレアはまたゆったりとした動作で物を押し出すように手を振っていた。

「がっ──」

 ヴァンの身体が見えない力で押し出されるように吹き飛ぶ。

 メレアがそんなヴァンの身体を引き戻すように腕を引いた。

 錐きりもみ状に飛んでいたヴァンの身体が今度は異様な速度で逆方向へ引っ張られる。

 そのままヴァンはメレアの眼の前まで引き寄せられ、

「ッ」

 直接その手で地面に叩たたきつけられた。


 叩き付けられたヴァンの身体は、その半分ほどが地面にめり込んでいる。ぴくりとも動いていない。

「〈世界式〉を直接動かしているな、メレア!」

 セレスターには今の一連の出来事で気づいたことがあった。フランダーとレイラスから、世界式について聞いていなければ想像だにしなかったことだ。

 そしてあの二人が〈異界草〉を使ってメレアの魂を異界から呼んだことの意味について考えなければ、生まれようもない答えだった。

「未来を、変える力」

 世界を、変革する力。

 セレスターはメレアが再び自分に視線を向けたことに気づく。

 同時、メレアの顔にさきほどと違ってわずかな表情が現れていることにも気づいた。

「──」

 ごめん、セレスター。

 たしかにメレアの口がそう動いた。

「……なぜお前が謝る、メレア」

 セレスターは金色の涙を流しながら悲しげな表情を浮かべるメレアを見て、ふっと笑った。

「謝るのは私の方だ」

 メレアが手を握り込む。

 セレスターは周囲の空間に身体を圧迫されるのを感じた。

「手間をかけたな。あとは任せた」

 そしてセレスターの身体は潰つぶされるのと同時に光の粒になって消えた。

 からんと音を鳴らして、誰かの骨が、レミューゼの石床に落ちた。


◆◆◆


「おお……いってぇ……」

 セレスターが光の粒になって空に昇った直後、メレアの足元でヴァンがうめき声をあげながら起きあがった。

「……ヴァン」

「おお、メレアか。お前、ずいぶんすげえことになってんな」

 身体からあふれる金色の術素と、眼からこぼれる金色の涙。メレアは悲しげな表情を浮かべている。

「そんな顔すんなよ。ぶっちゃけお前に起こった変化は俺にもよくわからねえが、完全に俺たちを超えたじゃねえか。喜べよ、お前は今この大天才な俺に褒められてるんだぞ」

「うん……」

 それでもメレアの表情は晴れない。

「ちなみにそれ、お前の身体に負担はねえのか?」

「身体中がすごく痛い。世界に殴られてるみたいだ」

「ああ、やっぱそうなのか」

 ヴァンは起き上がると服についた埃ほこりを払いながら言う。

「自分がなにをしたのかはわかってるか?」

「なんとなくは」

 メレアが力のない笑みを浮かべた。

「頭は痛くねえか?」

「すごく痛いけど、みんなに散々鍛えられたせいか、まだ正気は保ってられる」

「今のお前にはなにが見えてる?」

「世界の構成術式。──〈世界式〉」

「レイラスと同じだな」

 ヴァンがうなずいた。

「でも、たぶんレイラスよりも多くのものが見えてるんだろう。お前はフランダーから人の生み出した式を見る眼をもらってる。レイラスは〈世界式〉を見たが、逆に人の生み出した式を見ることはできなかった」

 ヴァンがひととおり埃を払ったあと、どっと地面に座り込む。

「〈白帝の魔眼〉って言うんだ。俺たちがお前にその眼のことを教えなかったのにも理由があってな。世界式が見えなければ見えないで構わなかったんだ。レイラスによると、あれが見えることで人は絶望するらしいからな」

「レイラスはそれでも明るかったみたいだけど」

「あいつは特別だ。俺はあそこまで気丈な女を見たことがない。それにあいつは弁わきまえてたからな。人間としての本分を。だから狂わずにいられたんだ」

 ヴァンが身体を反らして空を見上げる。

「人の式。世界の式。そういうものが見えると、いわく、決定的とすら思えてしまうような未来が見えちまうらしい。そんでその未来はこのうえなく悲劇的なんだとよ。……まあ人の式が見えちまうってのはたしかに気持ち悪ぃな」

「そうかもしれないね」

 メレアが小さくうなずく。

「そいつがなに考えてんのか、すぐにわかっちまうんだろ。そいつがあとどれだけ生きて、いつ死ぬのか、そういうのも。そりゃあなんか、嫌だよな」

「うん」

「未来はあくまで可能性であって欲しい」

 メレアはそんなヴァンの言葉に心の中で強く賛同した。

「でもよ、レイラスは自分が見るのはあくまで可能性だって、ずっと言ってた。断定的な未来なんてなに一つないって」

 そこでヴァンが再びメレアの眼を真正面から見据える。

「だからお前も、これからいろいろなものを見るかもしれねえが、そのレイラスの言葉だけは忘れんな」

「わかった」

「よし、ならいい。あとはそうだな──」

 ぽりぽりと頭の後ろの方を搔かいて、ヴァンが今度は少し力を抜いて言う。

「あんま無理はすんな。お前、世界式をいじったろ。そりゃあたぶん神の領分だ。レイラスも言ってたが、それをこの世界の人間がやろうとすると反動で簡単に壊れちまうらしい。いじられた部分を補完しようとする世界の圧力に殺される、ってな。当然世界の構成術式を直すために存在する精霊もえらい数発生するらしいが、そんな精霊たちでも修正しきれない齟そ齬ごは、世界の式をいじったやつに直接返ってくる」

 この世界の人間もまた、世界の一部だから。

「レイラスは俺に、なにをしてほしかったのかな」

「なにも特別なことは求めてねえよ。お前が望むように生きてくれればいいと思っていた」

「でも、この力は──」

「メレア」

 ヴァンが急にメレアの服を引っ張り、同じ眼の高さになるように座らせる。

「勘違いするな。たしかにレイラスはお前に可能性を遺のこしたが、だからと言って義務まで遺しちゃいねえ。あくまでその力は、お前が自分の意志で使うために遺したものだ。だから、気負うな。それは数ある力のうちの一つ、ただの手段に過ぎねえ。お前がその力を使ってなにを為なそうと勝手だ」

 ヴァンは一息でそこまで言って、銀緑の髪をかき上げながら大きくため息をついた。

「てか、いつの間にかお前に対する攻撃衝動が消えてるな。お前、なにかしたか?」

「うん。ヴァンに掛かっていた術式を一部改変した」

「そうか。セレスターは──もう行っちまったな」

 ヴァンが後ろを振り向くと、そこにはもうセレスターの姿はなかった。

「セレスターはこのまま空に戻してくれていいって。──直接聞いたわけじゃないけど、式を通して触れたときにそんな願いを受けた」

「ハハ、あいつらしい。改まって話すのが恥ずかしいんだろ。あいつむっつりな上に不器用だからな」

 快活に笑うヴァンの姿が、メレアにはとても懐かしく感じられる。

「さて、俺もそろそろ行くか。痛くねえようにやれる?」

「もちろん。まあ、あんまり余裕はないけど」

 メレアの身体からあふれる金色の術素は、いつの間にか少なくなってきていた。

「ああ、お前自身の術素を使ってるから、いつもみたいに無尽蔵ってわけじゃねえのか。〈暴神化〉の反動も来てるな。今思うとその術式も人間の式をいじってるからそうやって自壊の反動が来るのかもしれねえな」

 ともかく、と再びヴァンが立ちあがる。

「何度も言うが、無理はすんな。お前が〈異界の魂〉を持つからこそ世界式の改変を行っても反動が小せぇのかもしれねえが、それでもいつか神様にとばっちりを受けるかもしれねえ。俺は一応聖ベルセウスなんて聖人の末孫だから言うが、神はたぶんいるぞ。それが人の形をしているかどうかは定かじゃねえがな」

 最後に冗談っぽく言ってヴァンは笑った。

「まあ、そんなとこだ。あとはあれ、お前にはこれから大仕事が待ってる」

 大きく伸びをするヴァンを見ながら、メレアはうなずいた。言わんとすることはもうわかっていた。

「たぶんあいつはリンドホルム霊山にいる。レイラスもそこだろう。今んとこどうにか死霊術式による束縛を押さえ込んでるみたいだが、さすがのあいつも分が悪い。ぶっちゃけ今ここにいないでリンドホルム霊山で大人しくしてられるのがおかしいくらいだ。自分の魂自体が術式で呼び出されて縛られてるってのに、それを反転術式で中和し続けて正気を保つってマジで年下ながらビビるぜ」

 そしてついに、ヴァンは手を差し出した。

「ま、それとなくがんばれよ、メレア」

 メレアはヴァンから差し出された手を、少し悲しさを残した笑みで握り返す。

「そうだ、最後にお前の新しい力に名前をつけてやる。たしかお前、〈白神〉と〈魔神〉って呼ばれてるんだろ?」

「知ってたの?」

「もちろん。どいつもこいつもお前のことが気になって仕方ねえんだよ。タイラントなんか、『ついに固有の号を得たか!』って狂喜乱舞してた。だから、今回お前の中に芽生えた新しい力には、その号にふさわしい名前をやろう」

 ふと、ヴァンの身体が光の粒になって溶けていく。

「──〈白神の魔眼〉と、〈魔神の神威〉。レイラス以上に世界の式を見る眼と、その式に触れ、神にも等しい威を発揮する力。どうだ、我ながらかっけえと思うわ」

「ちょっとキザかもね」

「そんくらいの方がいいんだよ。下手な見栄は張るな。男ならかっこよくてなんぼだ」

 そして、ヴァンの魂は光になって天に昇った。

「じゃあな。今度こそ、別れだ」

 でも、忘れるな。

 俺たちはずっとお前を見守ってる。

 ヴァンの言葉と思いは、世界の式に紛れて消えたが、メレアの眼にはしっかりと、それが見えていた。