「お前は辛抱ができないからな」

「あっ! ここぞとばかりに言いやがるな、てめえ」

「本当のことを言ったまでだ」

 こんなやりとりをいったい幾度見ただろうか。いつも皮肉を言い合ってばかりの二人。見間違うはずもない。すべてが本物で、すべてが夢のようだった。

「ああ、そろそろやべえ。また一発行くぞ。メレア、やることはわかってるな?」

 ヴァンがメレアを指差しながら言う。

「お前の顔を見てればわかる。あれからうまくやってるみたいじゃねえか。なら、やることは一つだ。お前は俺たちを倒せ。そうでないと──」

 メレアを差している指先に、風が収束した。徐々に凝縮されていくそれは乱回転をはじめ、最後には異様な高音を発しはじめる。

「お前も、お前の仲間も、ここで死ぬことになる」

 そしてヴァンの指先から風の弾丸が打ち出される。

 同時。

「メレア、私たちを殺せ。もとより私たちは時代の部外者なのだから」

 セレスターが白い雷を纏まとってその身を弾く。

 弾丸と白雷。

 二つはまったく同じスピードでメレアに襲い掛かった。


◆◆◆


 ネクロア・ベルゼルートの使う〈死霊術式〉のおそろしさを、見誤っていた。

 ──いや、俺は信じたくなかったんだ。

 メレアはヴァンの射出した風の弾丸をぎりぎりのところで首をひねって避けながら、回想する。

 芸術都市ヴァージリアで見たヴァンの幻影。あれが本当にヴァンだったのか、メレアにはあの時点で判断がつかなかった。しかし──

「右だ、避けろメレア」

「くっ!」

 メレアは白雷を纏ったまま一瞬で近接してきたセレスターの、異様に鋭い突きを片手でどうにかいなす。狙いは首。当たればおそらく胴体と頭を切り離されるだろう。

「まだだ、気を抜くなよ」

 いなした途端に今度は目の前からセレスターの姿が消え去った。

 改めて相手をして思う。

 セレスターが人類最速の近接格闘者だということを。

「〈三尾〉で弾け」

 メレアは振り向くより先に〈土神の三尾〉を展開して背中全体を守った。ざり、と硬い音がして、三尾のうち二本の尾がセレスターの突きに貫かれたことを察知する。

「あっちの男はお前の仲間か?」

 今度は左からセレスターの声。メレアも白雷を身体に装そう塡てんしながら振り向きざまにサルマーンの姿を確認する。

「もしそうならすぐにこの場から逃がせ」

 理由を問いたいがメレアにはセレスターの言葉に応こたえる余裕がない。その超高速の攻撃に対処するだけで精いっぱいだ。

「ヴァンが〈オネイロス大聖堂の鐘〉を発動させようとしている。あの鐘が鳴ればこのあたり一帯は更地と化すだろう。三度目の鐘が鳴る前に遠くへ避難させろ」

「そうは、言っても……っ、だな!」

 セレスターが連打を止めてくれないかぎりはなんの合図も出せそうにない。

 と、攻防の合間にメレアの顔がちょうどサルマーンの方を向いた。

 その一瞬でメレアはサルマーンの姿を捉とらえる。

 ──あれは……

 そこには、妙な圧力を身体から発する小柄な少年と相対するサルマーンの姿があった。

「あの子ども、見たことがある。たしかルーサー家の当主だ」

 ルーサー。サルマーンの家名と同じだ。

 現状を鑑かんがみるに疑う余地はない。

 サルマーンもまた、みずからの血の過去と相対していた。

「この死霊術式の術士は、いったいどれほどの遺い骸がいを収集していたのだろうな」

 セレスターのおそろしく鋭い突きを紙一重で避けながら、メレアはもう一度サルマーンの方を見る。その腕に刻まれた術式紋様から、これまでとは比較にならないほどの光子が噴き上がっているのが見えた。

 しかし、サルマーンの正面に立つ少年の腕からは、それ以上の光子がとめどなく溢あふれている。

「サルマーン!!」

 メレアがセレスターに牽けん制せいの蹴けりを叩たたき込みながらなんとか声をあげるが、サルマーンは振り向かない。

「行ったか。結果的にヴァンの術式の餌え食じきにはならなくて済んだな」

 サルマーンは一度だけ片手をあげて、まるで別れを告げるように少年とともに路地の向こう側へと消えた。

「くそっ!!」

 この様子だとほかにもかつての英雄たちがレミューゼの街に潜伏している可能性がある。もし、戦闘力のない魔王たちの前にその先祖たる全盛期の英雄たちが現れていたら。そう考えたときメレアの中で焦燥がピークに達し、頭の中でなにかが弾けた。

「──セレスター、俺は行く」

「そうか、ならばさっさと私とヴァンを倒せ。今のお前にできることはそれだけだ」

 メレアは前を向く。いつの間にか空に黒い鐘が浮いていた。

「すべては夢だった、目覚めの鐘を鳴らせ、〈オネイロス大聖堂の鐘〉」

 遠くでヴァンが術式の起動言語を紡ぐ。

 ゴウン、と重苦しい鐘の音が鳴って──

 空から黒い風の壁が落ちてきた。


◆◆◆


「悪くない。──けど、やっぱり私の子孫ね」

 エルマは袈け裟さがけに振り下ろされた魔剣を避けながら、そんな言葉を聞いた。

「なに、をっ──」

「子孫を前にしてこんなことを言うのもなんだけど、私はあまり剣技が優秀な方じゃないの」

 冗談だろう。エルマは内心で思った。

「私には剣の才能がさしてなかった。無論、それを補おうとして血のにじむような鍛練は重ねたけど、剣を極めるのに私の生は短すぎた」

 避けた直後に今度は流れるような連係で逆側から水平に魔剣がすべり込んでくる。それを自分の魔剣で受け止めながら、エルマは大きく一歩後退した。

「才能というものは存在する。時間という概念を無視すればそれは絶対的な壁ではないけれど、人間の生はおもいのほか短い。時間をかければ誰だってなにかを極めることができるけど、才能がなければそれには莫ばく大だいな時間が掛かる。いわば才能とは会得の早さのこと。そういう意味で、やっぱり私は凡才だった」

 エルマは目の前の女剣士──初代〈剣帝〉イース・エルイーザを観察する。年のころは自分と同じくらいだろう。背丈も、身体についた筋肉の量もさほど自分と変わらない。戦いを生業なりわいとはしない一般的な女からはかけ離れた膂りよ力りよくを持つものの、決して想像できないほどのものではない。

「だとしたら私はなんだっ……! その凡才であるあなたに私はこれでもかと押されている……!」

「それはあなたがまだ若いからよ。見た目はこれでも私はあなたよりずっと年上だわ。この身体は私を呼んだ死霊術士によって全盛期のものに差し替えられているから」

 下がったところへさらに上段からの一撃。その重さに身体を支える膝ひざが軋きしむ。なんとか魔剣で受け止めて横にいなすが、連撃は止まらない。

「まあでも、私よりはあなたの方が少し剣の才能があるかも。なんとなく、あなたの剣はあの人に似ているから」

 あの人とは誰のことだろうか。そう考えて一瞬の後、エルマは答えを見出した。

「〈剣けん魔ま〉シン=ムのことか!」

「あら、知ってるのね」

 三回目の上段振りおろしをいなした直後、エルマは攻勢に転ずる。イースの腹目がけて思いきり前蹴りを繰り出した。

「あと、こういう体術も私にはなかったもの」

「私は足癖が悪くて──なっ!」

 蹴りはイースの魔剣に防がれたが、距離を取ることには成功した。エルマはすぐさま魔剣を下段に構えて、〈地じ擦ずり猛もう火か〉の構えを取る。

 距離は十分。加速は取れる。

「いい加減に倒れてくれ」

 二歩で最速へ加速し、三歩目の踏み込みで剣を下段から打ち上げた。

 が──

「〈無む想そう天てん水すい〉」

 おそろしく速いモーションから振り下ろされたイースの魔剣が、エルマの振り上げた魔剣を上段から叩き伏せ、そのまま剣ごとエルマの身体をなぎ倒した。

「よく魔剣を離さなかったわね。離してたら死んでたわよ」

 魔剣がこれほど丈夫でなかったら、おそらく剣ごと身体を真っ二つに割断されていただろう。

 エルマは尻しりもちをつきながら目を瞬しばたたかせる。

 一瞬置いて体中からぶわりと汗が噴き出た。

「でも、やっぱりうまくいかないわね。あの人なら相手が魔剣だろうがなんだろうが、きっと叩き斬ってた」

 エルマは今自分が生と死の境界線に立たされていることをようやく自覚する。

 唐突な出会いからの交戦。それは夢のような出来事だったが──

 ──ここは、死地だ。

 そんなひょっとした出会いから放り込まれた場所は、自分の命が刃やいばに晒さらされる戦場であった。


 エルマは今のイースの一撃を受けて痺しびれる手を内心で叱しつ咤たしつつ、立ちあがった。

「あなたのほかに、かつての英雄たちは何人この国に入り込んでいる」

「さあ、そこまではわからない。私は私を操る死霊術士に会ったこともないし、気づいたときにはこの街にいた。なにも情報らしい情報は伝えられていないけど、自分の身体が同じ血族に引かれていることはわかる。そしてその血族に対して敵意を持って攻撃を行うように頭の中に術式が刻まれていることもわかる」

「でも、理性は失わず会話をすることができるんだな」

「意志のすべてまではコントロールできなかったんじゃないかしら。人の意志に対して命令を加えるというのは並の術士ではできないことだわ。こうして血族に対して敵意を持つように仕組んだことだけでも驚くべきことだけど、心そのものを完全に操るのは〈心神〉くらいにしかできないわよ」

 聞いたことのない号。心を操る魔王については耳にしたことはあるが、ほとんどが空想的なうわさ話だ。

「〈心魔〉なら最近も聞いたことがあるが、〈心神〉というのは聞いたことがないな」

「〈心魔〉は〈心神〉の娘よ。あの子はその魔眼で人の心を読むことしかできなかった。そこから相手の心に干渉してなんらかの効果を及ぼすということはできなかったの。魔眼を持っていたからといって、必ずしもその事象に干渉できるってわけじゃないみたいね」

 最近、その魔眼関係で大事な人が苦しんだ。今の話を聞くとイースは魔眼について多少知識を持ち合わせているらしい。聞き出せるなら聞きたいところだが、そのためにはこの女を叩き伏せなければならない。

「いいわ、エルマ。その勝ち気は褒めてあげる。やっぱりあなたは私の子孫ね。私もかつてあの人に会ったとき、最初は絶望したけれども次の日にはあの人に勝つ方法を考えていたわ」

「そして〈魔剣クリシューラ〉を作り出した。あなたは今でもそれを悔いているか」

「……ええ、少しね」

 イースは手に持っていたクリシューラをまじまじと見つめながら言う。その表情はどこか悲しげだ。

「この剣は人の命を奪いすぎた。だから、本当は作らなかった方が良かったんじゃないかって、そう思ったときもある」

「なら、ちょうどいい機会だから教えておく」

 エルマは、窮地に追い込まれているというのになぜ自分がこんなことを言おうと思ったのか自分自身でわからなかった。

 ただ、せっかくこの魔剣の産みの親を前にしているのだから、言わなければならないという思いにも駆りたてられていた。

「あなたの作った魔剣のおかげで、私たちは救われた。あなたがこの魔剣を作らなければ、今ごろ私と私の仲間たちはあなたたちと同じ場所へ行っていたかもしれない」

 つまり、〈魂の天海〉へと。

 イースはエルマの言葉を聞いて驚いたように目を丸くしたあと、今度は少し嬉うれしそうに笑った。

「そう。そうなの。なら、私がクリシューラを作ったことはなにもかもが間違いだったというわけではないのね」

「ああ、たしかにあなたの魔剣は多くの人の命を奪った。だが、一方でこの剣が人を助けたこともある。どれが正しいのかはわからないが、少なくとも私はムーゼッグとの戦争であなたの魔剣が手元にあることに感謝をした」

 エルマは魔剣クリシューラを正眼に構え直し、続ける。

「残念ながら私はこの魔剣の力を使いこなせないが、私の仲間がたった一人でクリシューラの真の力を解放した」

「一人で? ……どの時代にもとんだ怪物がいるのね」

「フランダー・クロウと、そのほか九十九人の英霊たちの遺児だ」

「ああ、フランダー。……聞いたことがあるわ。暗黒戦争時代が終わる間近に、黒国ムーゼッグで史上稀まれに見る天才が生まれたって」

 フランダー・クロウ・ムーゼッグのことで間違いないだろう。

「それにしてもあなた、自分の術素は使えないの?」

 イースに問いかけられて、エルマは思わず押し黙った。

「そうなの、なるほどねえ」

 しかしイースはエルマの沈黙を見て答えを察したらしい。

「まあ、考えられた帰結かしら。魔剣を発動させないために、のちの一族がことごとく術素を捨てようとするだろうって、心のどこかでは思っていたこと。でも、おかしいわね」

 すると、エルマの眼の前からイースの姿が消えた。

 ──速いっ。

 エルマは足音のみでイースの動きを感知して、即座に身体を後ろに回した。振り向いたときには今にも胴体部を切り抜けようとするイースがいて、

「あなた、術素持ってるじゃない」

 エルマはイースの魔剣を受け止めた直後、イースの剣から力が弱まったことに気づく。すぐに押し返そうとしたが、不意に思わぬ箇所に感触があって、むしろ身体から力が抜けた。

 イースは片手で魔剣を支えながら、もう片方の手でエルマの左胸に触れていた。

「もしかしてあなた、自分の術素の解放の仕方がわからないの?」

 エルマは自分に術素があることなど知らない。

 自分だけ術素を持っていたところで、基本的に術素を持たない家族たちには、教わりようがない。だからエルマは自分の術素の存在も、それを解放する術すべも知らなかった。

「なるほどね。だからあなた、クリシューラをそういう普通の剣としてしか使わないのね」

 次の瞬間、イースがみずから剣を引いて後ろに下がる。

 そしてすぐさま片手の指でクリシューラの刀身を撫なでた。

「〈魔剣クリシューラ〉、部分開放──〈事象割断〉」

 イースが刀身を撫でた直後、魔剣クリシューラが光り輝いて刀身に炎のような膜を纏まとう。

「あなたに本当の魔剣の使い方を教えてあげる。あなたが使っている常時発動型の〈術式割断〉とは違って、本当の事象割断というのがどういうものなのか」

 そう言ってイースはなにげなく魔剣を目の前に振るった。

 エルマの身体は、その次の瞬間に見えないなにかに引っ張られ、気づいたときにはイースの眼の前に這はいつくばっていた。


◆◆◆


 ──なにが、起こった。

 エルマは自分の身に起こった異変に理解が追い付かない。

 まるで見えない手で身体を引っ張られたような感覚だった。しかも、その手は人間の力でどうこうできるようなものではない。

「今、私とあなたの間にあった空間を割断した」

 イースが言った。

「空間を……割断……?」

 エルマは手をついて必死に身体を起こす。強烈な力に引っ張られた身体は、その勢いで内臓がぐるぐると回ってしまったかのようだ。嫌な気持ち悪さと腹部に残る痛みが力を奪っていく。

「そう、あなたと私の間の空間は割断され、あなたと私の距離が強制的に詰められた。世界の補完機能とでも言うべきかしら。どうしてそうなるのか厳密にはわからないけれど、空間を割断したときどういう現象が起きるかは経験として知ってる。割断された空間に近ければ近いほど、物体はその補完の力を強く受ける」

 エルマ以外の物体はさして影響を受けていないようだった。あえて言うなら地面がわずかに盛り上がった程度だ。

「この剣は事象を──ひいてはその事象を構成する〈世界式〉を切り裂く。むしろ、クリシューラの最も特徴的な能力は、多量の術素を使用して光の斬ざん撃げきを繰り出すあの戦略兵器としての力ではなく、この事象割断の方にこそあるのよ」

 そんな話、聞いたことも見たこともない。暗黒戦争時代を経たことで失われた七帝器の情報は、どうやらあの巨大な光の剣についてだけではなかったようだ。

「立ちなさい、エルマ。今、あなたは一度死んだわ」

「くっ……」

 イースの言うことはもっともだ。今の一瞬でイースは自分に止とどめを刺せた。敵の目の前でうつ伏せに這いつくばっていたというのは、ほとんど負けに等しい。

 ──待て。ならなんでイースは私を殺さなかった。

 敵意は示している。攻撃もしてきた。だがなぜか、イースは自分を殺さない。

 そんな疑問を抱いたとき、エルマの視界が妙に開けた。

 そしてエルマは見る。

 イースのローブの内側、その足のあたりから、赤い血がぽたりぽたりと垂れているのを。

「お前、まさか──」

「常に状況を注意深く観察なさい、エルマ。そして戦場では一時も気を抜いてはいけない」

 イースがふっと優しげな笑みを浮かべて言った。

「二度目はないわよ」

 イースは、自分を縛り付けている〈死神〉の死霊術式に抵抗している。

 おそらくあの垂れている血がその証明だ。

「私以外にもたくさんの英霊を縛っているから、一人一人への束縛力は弱まっているのね」

 イースがつぶやくように小さな声で言った。

「──わかった」

 エルマはそんなイースを見て、再び意気を持ち直す。

「私は、あなたの末孫であることを誇りに思う。だからこそ、あなたの思いに恥じぬ力を見せよう。私が──私こそが、今の時代の〈剣帝〉だ」

 エルマは魔剣クリシューラを構えた。

 そんなエルマを、イースは愛いとおしそうに見ていた。

 二振りの魔剣が、再び刀身を打ち付けあった。