「なにが起こった!!」
轟音と悲鳴が響いた直後、ハーシムとメレアは急いで蔵書室の外へ出た。
廊下に出ると、同じく部屋から飛び出してきていた城内勤務者たちが
「アイシャ!」
ハーシムは廊下の奥にまで聞こえるような強い声を発した。すると、
「はっ、ここに!」
十数歩離れた場所にあった階段を、五段飛ばしで跳ぶように下りてきた侍女が姿を現す。
「今の轟音はなんだ!」
「原因はわかりません。ただ商業区の展望塔が一棟崩れております」
「すぐに現場に斥候を向かわせろ! 敵襲の可能性がある!」
ハーシムの命令にアイシャがうなずき、答えの声をあげる間もなく再び走り出す。近場の窓を開けて何のためらいもなく階下へ飛び降りた彼女の背を見ながら、メレアも同時に動き出した。
「ハーシム、俺も行く」
「頼んでもいいか」
「任せろ」
うなずきを返し、メレアもアイシャが出て行った窓へ駆け寄った。
「メレア! 星樹城へは寄るか!?」
すると、窓から飛び降りる寸前で後ろから再びハーシムの声が来た。
「いや、直接行く」
「ならおれはいったん星樹城へ寄ってから向かう! ほかの魔王たちにも警戒するよう伝えておこう」
任せた、と答える代わりにうなずきを一つ入れて、メレアは夜のレミューゼへ飛び降りた。
メレアが騒動の現場へ向かうまでの間に、さらに二つの建物が倒壊した。
石が崩れる音に混じって、なにかが弾ける音がする。その音はまるで雷が落ちたときのような音だった。
──なにが起こってる。
さまざまな可能性がメレアの脳裏に浮かんでは消え、そのたびにメレアの心臓を嫌に高鳴らせた。
胸騒ぎがする。
背筋を悪寒がなぞっていた。
「メレアッ!」
すると、逃げ惑う人々を避けながら進んでいたメレアに、声が掛かる。
振り向くとそこにはリリウムの姿があった。
「リリウム!」
「いったいなにが起こったの!」
「わからない! それを確かめに行く!」
リリウムはすでに肩に炎の鳥を召喚している。
「わかった! あたしもすぐ行くからあんたは先に行って! さっきサルマーンが向こうの方へ双子と一緒に歩いていったから、あいつはもう渦中にいるかもしれない!」
そう言いながら、リリウムが炎馬を召喚して軽い身のこなしでその背にまたがる。メレアは彼女の言葉を耳に入れながら、〈
メレアが倒壊した展望塔の眼の前にたどり着いたとき、そこはもうもうと暗夜にのぼる土煙で満たされていた。
──なにも見えない……!
レミューゼの街を巡回していた警務のレミューゼ兵たちが瓦礫の前で立ちすくんでいた。
メレアはその中に見なれた後ろ姿を見つけて、すぐに駆け寄る。
「サルマーン!」
「メレアか」
サルマーンはメレアの到着を確認すると、しかしすぐに土煙の中へ視線を戻す。
「目ぇ離すな。たぶんこれをやった犯人はまだ近くにいる」
サルマーンの言わんとすることをメレアはすぐに察し、身体に臨戦態勢を敷いた。
「雷だ。おそらく術式によるものだろう。空から異様にでかい雷の大剣が降ってきたところを見た」
メレアの心臓がまた大きく跳ねた。
「術士の姿は」
「見てねえ。だがたいして術式に親しんでない俺がヤバいと思うくらいにはとんでもねえ術素の波動だった。他人の術素の波動をこんなに肌で感じたのはお前がザイナスで〈暴神化〉したとき以来だ」
サルマーンの口ぶりは決して大仰ではなさそうだった。
「しかも、たぶん一人じゃねえな。二棟目の建物が壊れたとき、あきらかに異質な風が吹いた。自然発生した風じゃあねえだろう」
「まさか……」
メレアは自分の保有する術素量が常人と比べてはるかに多いことを自覚している。それは英霊たちからそれぞれの術素の素質を
しかし一方で、そんな自分とほぼ同じくらいの術素を持つ人間を一人知っている。
その男はとある聖人の血を引く、でたらめな強さの男だった。
「っ、来るぞ!」
サルマーンに言われなくてもメレアにはそれがわかった。今、土煙の向こうで莫大な量の術素が解放された。気配でわかる。──大術式を使ってくる。
次の瞬間、メレアの全身の毛が逆立った。
「伏せろ! サルマーン!」
一瞬のうちにメレアの髪は黒く染まる。
「双式、〈
メレアは両方の手を使って〈氷魔の双盾〉を二重展開する。
計四枚の巨大な氷の盾が二人の前に現出し──
「っ!」
そして土煙の向こう側から
「止めろ! 〈
最も手前の盾が食い破られる瞬間、メレアは次の術式を発動させていた。〈神石〉で出来た〈土神の三尾〉を生成し、自分とサルマーンを守るように前面に展開する。
「メレア! そのまま押さえてろ!!」
術式龍は大きな
「吹っ飛ばせ、〈
黒い術式龍を、その光り輝く魔拳で下から殴り上げた。
「〈
サルマーンの一撃によって黒龍がわずかに上を向く。その瞬間メレアは三尾で黒龍の
黒い風の術式龍は雷の風にまかれて空中で身もだえしながら霧散する。
「おーおー、おもしれえ技使うようになったな」
そして、声が来た。
「なあ、セレスター」
「まだ術式が粗雑だ。無理やりに力で私とお前の術式を合成させたにすぎん」
土煙は今の一撃ですべて吹き飛んでいた。
メレアはあらんかぎりの速度で正面を向く。
そこには──
「よう、メレア。できればこんな形で再会したくはなかったぜ」
「少しはやるようになったか、メレア」
忘れるはずもない二人の英霊の姿が、あった。
◆◆◆
──なんで。
メレアは困惑する。答えはわかっているはずなのに、目の前の光景を信じられなかった。
「どうして……」
「そんな顔するなよ、メレア。俺だって好きでこんなことやってるんじゃないんだぜ?」
銀緑の髪。
「……ヴァン」
〈
かつてリンドホルム霊山でメレアを育てた英霊の一人は、あのときとなにも変わらぬ姿で、むしろ前よりもずっとはっきりとした姿で、メレアの前に立っていた。
「〈
「セレスター……」
白金の長髪にすらりとした
〈
メレアの戦い方の基礎を作り上げた英雄の姿は、やはりメレアの記憶どおりの姿だった。
「どうして、こんなことに……」
「嘆くなよ、メレア。嘆いたってなにもはじまらねえぞ。昔に教えただろう。どんなにヤバい状況に陥ってもとりあえず前を向いとけって」
そうは言われてもメレアはすぐに前を向けない。簡単に割り切れるほどこの状況は軽くなかった。
「俺は、ヴァンほど強くはない……」
「いいや、お前は強い。あの霊山での修業をやり遂げたんだからな。ぶっちゃけ俺なら一年で音を上げてる」