第二幕 【青い眼の見据える先】



 セリアス・ブラッド・ムーゼッグは玉座に深く座ったまま眼下で潰れた肉塊をぼうっと眺めていた。

 半ばで身体のちぎれた瑠璃色の蛇が肉塊の傍で虚むなしくもがいているのが見える。

 健気なものだと、他人ごとのように思った。

「殿下、〈水帝〉の秘術の方は──」

「見た。やはり〈炎帝〉の〈真しん紅くの命めい炎えん〉とよく似たものだ。理論は使えないこともないが、固有術素コート=ミノスを必要とする。おそらく〈命力術素〉だろう。……〈炎帝〉と〈水帝〉は姉弟きようだいであったという説があるが、あながち間違いではなかったのかもしれんな」

「では、〈琉る璃りの命めい水すい〉は外れですか」

「命力術素の生成方法が不明だ。おそらくこの娘もそれに関しては死んでも口を割らなかっただろう。秘術式を奪われるところまでは覚悟していたようだが、肝心なところは守った。──無駄にできた女だ」

 セリアスは玉座の上でフードを剝はいだ。灰色の髪がさらりと舞う。

「まあいい。〈悪神アニムスの左腕〉はよく動いた。それをひとまずの収穫としよう」

 セリアスは左上の『空間の穴』から伸びている巨大な赤黒い腕を一いち瞥べつして言った。

 直後、その禍まが々まがしい腕は再び空間の穴に引っ込んでいく。まるでそれ自体が意志を持って動いているかのようだった。

 さらにセリアスは、ローブに隠れていた自分の左腕を掲げ、まじまじと見る。

「我ながら気味の悪い腕だな」

 セリアスのその左腕は、これでもかというほどに真っ黒だった。

 おびただしい量の術式言語が刻まれ、それが淡く明滅している。

 それは少なくとも人の腕には見えなかった。

「右腕の所在はわかったか?」

 同じくその腕を見て訝いぶかしげな表情を浮かべていたミハイに、セリアスが訊たずねる。

「いえ、まだ情報はありません。その左腕の方も、奇跡的に黒い競売にかけられていたのを見つけただけなので……」

「探せ。できるかぎり多くの部位を。〈悪神〉の身体は武器になる。史上最悪の怪物になったと言われている最古の悪徳の魔王の力は、戦乱の時代にこそ輝く」

「……殿下、私は〈悪神〉の方もですが、眼の方も気になります」

 するとミハイが、珍しくセリアスの言葉に即答せず、話題を変えた。

 ミハイは青く染まったセリアスの眼を見ていた。

「これか。……案ずるな、ミハイ。この眼は私によく馴な染じむ。これは奪ったものではないからな」

 セリアスは両のまぶたを右手で軽く撫なでた。

 再びセリアスが目を開いたとき、その青い瞳には術式紋様が浮かんでいた。

「もう〈術神〉の眼に焦がれる必要はなくなった」

 その術式紋様は、メレアの持つ〈術神の魔眼〉の紋様とよく似ていた。

「それは片づけておけ。もう必要ない」

「御意のままに」

 ミハイがセリアスの問いに答え、階段を下りていく。

「それと、私はネクロアに話がある。お前は外せ」

「……御意に」

 ミハイはわずかに間を置いてから答え、階段を下りる途中に銀髪の男に鋭い一瞥をくれながら、肉塊の処理のために招き入れた別の部下とともにその場を去った。その間、銀髪の男──〈死神〉ネクロア・ベルゼルートはとらえどころのない不敵な笑みを浮かべ続けていた。


「言いわけを聞こう、ネクロア・ベルゼルート」

 ミハイたちが去り、玉座の広間に残ったセリアスとネクロアは、改めて視線を交わした。先に声をあげたのはセリアスである。

「言いわけ。なるほど、言いわけですか。アナタらしくもなく回りくどい言い方ですね。そもそもアナタはワタシが本当にムーゼッグ勢力に属したのかどうかに懐疑的だったではありませんか。いや、懐疑的ですらない。アナタはワタシが自分の欲望のままに動くのを知っていて、傘下に加えた。いまさら無理に同志面はしなくていいですよ?」

「一応、お前のことを思ってそう発言したのだがな」