第一幕 【金色の涙】



「リリウムにはもう伝えてあるんだよな、シャウ」

「ええ、風鳥リルスを飛ばしました。まだ返事は来ていませんが、リリウム嬢のことです、すでに情報収集に動いてくれているでしょう」

 芸術都市ヴァージリアで三人の仲間を加えた〈魔王連合〉の魔王たちは、レミューゼまではあと半日というところまでの旅路を進んでいた。

「いったいどうしたってんだ。いきなり倒れやがった」

 揺れる視界の中、〈拳けん帝てい〉サルマーンががりがりと頭を搔かく。黒の〈地竜レイルノート〉ノエルの背の上は快適とは言えない環境だが、それ以上にサルマーンの胸中は別のことで搔き乱されていた。

「メレア様……メレア様……ああ……」

 サルマーンがふと後ろを振り向くと、最も揺れの小さいノエルの背中の真ん中で、メイド衣装の麗女に膝ひざ枕まくらされている白髪の男が見える。

「落ち着け、マリーザ。今の私たちにできることはすべてやった。お前が嘆いても状況は好転しない」

 メイド衣装の麗女──〈暴ぼう帝てい〉マリーザ・カタストロフの膝に大事そうに抱えられていたのは、ぐったりとして目をつむっている〈魔王連合〉の長おさ、メレア・メアだった。

「わかっています。けれど……」

「だい、じょうぶ、だよ。メレアくんは、強いから」

 メレアを抱えたまま普段は決して見せることのない弱気な表情を浮かべるマリーザへ、エルマとアイズが声を掛けている。二人とも決して動揺がないわけではなさそうだったが、いつも最も毅き然ぜんとしているマリーザが誰よりもあたふたしているのを見て、かえって冷静さを保てているようだった。

「さして疲れもなさそうだったところで倒れた。目から得体の知れない金色の涙も流れてる。ってことはやっぱ〈魔眼〉関係の症状か」

 サルマーンがメレアのもとへ歩み寄って、冷静に分析する。

「──さすがにわからねえな。どんなに腕の良い医者だってわからねえだろう。〈術神の魔眼〉なんて希少な能力の変調についてわかるのは、同じ目を持っていた〈術神〉ぐらいだ」

「そうですね……、私わたくしも同じ魔眼持ちですが、原因についてはまるで見当がつきません……」

 マリーザの肩に手を乗せて、同じく心配そうにメレアを見ているもう一人の美女が言った。芸術都市ヴァージリアでメレアに救われた魔王──〈魅み魔ま〉ジュリアナ・ヴェ・ローナである。彼女はマリーザの肩に優しく触れている手とは逆の手で、風になびく水色の髪を押さえながら困惑を露わにしていた。

「とにかく下手に動かさねえ方がいい。呼吸はそこまで荒くねえし、眼から金色の涙が出ている以外は特にまずい症状もなさそうだ」

「レミューゼに到着次第すぐにハーシム陛下に謁見を申し入れましょう。なにか知っているかもしれません」

「そうだな……」

 シャウの提案にサルマーンがうなずく。

 魔王たちはただならぬ気配を背に感じながら、一刻も早く自分たちの拠点へ帰り着くことを祈った。


◆◆◆


 魔王たちがレミューゼの関所を越え、凱がい旋せん歌もなく足早に〈星樹城〉の門をくぐったのは、その日の深夜のことだった。

「リリウムはいるか!」

 城の中へ入ってすぐにサルマーンが声を張り上げた。遠征に出ていた魔王たちの帰りを待っていたほかの仲間たちは、どうやらすでにメレアの状態を知っていたらしい。サルマーンたちを出迎えるや否や、すぐさまメレアを自室へと運んでいく。

「いるわ。そんな大声をあげなくても聞こえるくらい近くにはね」

 そんな中、星樹城の大広間から伸びる螺ら旋せん階段の上の方に、リリウムの姿があった。

「なにかわかったか」

「わかったらとっくに処置してるわよ。わからないから今必死で考えてるの」

 リリウムは少しやつれた様子で階段を下りてくる。紅の長髪はところどころ外跳ねしていて、目の下には隈くまもあった。

「でも、今メレアの様子を見たけどすぐに命に係かかわるって感じではなさそうね。金色の涙も止まってるし、呼吸も整ってる。得体の知れない眼の異常さえ除けば、疲れて寝てるのとそう大差ないわ」

「やっぱり魔眼の異常か」

「そうとしか考えられない状態なのは確かね」

「ちなみにハーシムは?」

「今はレミューゼにはいない」

「どういうことだ?」

「〈三ツ国〉の王たちとの会談に出席してるのよ。金の亡者からの風鳥が届いてすぐにあいつの密偵団を使って文を飛ばしたから、メレアが倒れたことはそろそろ伝わってると思うけど」

「あいつならなにか知ってるかもって思ったんだがな……」

「とにかく、今はあたしたちでなんとかするしかないわ。まずは無難に医者に見せることね」

「医者なんて俺たちの中にいたか? レミューゼの街にはいるかもしれねえが、そこいらの医者でたしかなことがわかるかは怪しいところだ」

「腕の良いのが一人いるのよ。──正確には最近加わった、なんだけど」

 リリウムが頭痛を抑えるようにこめかみをぐりぐりと指で押しながらなにげなく言った。

「あんたたちがヴァージリアに行っている間に、こっちにも何人かの〈魔王〉が訪ねて来たの。もちろんメレアがいないから正式に〈魔王連合〉に加入とはさせなかったけど、一応この城には置いている」

 言われてみれば、最初に星樹城の大広間へ足を踏み入れたとき、そこにいた魔王の中に見慣れぬ顔があった。あるいはレミューゼから出向してきたハーシムの家臣なのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

「〈医い王おう〉、〈盗とう王おう〉、〈樹じゆ神しん〉、〈空くう帝てい〉、〈幻げん王おう〉、〈刀とう王おう〉、〈血けつ神しん〉、〈時じ魔ま〉、あとその魔王が自衛のために配下にしていた盗賊団と傭よう兵へい団も一緒くたについてきたわ。部屋が足りなくなりそうで難儀してたところよ」

「そりゃあありがてえのか迷惑なのかわからねえ状態だな。そいつらは信用できるのか?」

「あたしが見たところではね。でも一番はメレアに見てもらうことよ。いつもはちょっと抜けてるけど、ここぞというときのメレアの判断は誰よりも鋭い。だから、一刻も早く目を覚ましてもらわなきゃね」

 そう言いながらリリウムが再び階段を登りはじめる。

「行きましょ。〈医王〉にはすでにメレアの部屋で待ってもらってるわ。例によって少しばかり変だけど、腕は確かなのよ」


◆◆◆


 サルマーンたちがメレアの自室へ向かうと、すでに部屋の周りには人だかりが出来ていた。リンドホルム霊山でメレアについていくことを決めた『最初の二十一人』を含め、見たことのない顔もそこにはある。

 サルマーンとリリウムはその人だかりをするすると抜けて、ようやくメレアの寝ているベッドへとたどり着いた。メレアのベッドの周囲には、エルマ、マリーザ、アイズをはじめとして、ヴァージリアに同行した魔王たちの姿がある。そしてその中に一人、身の丈よりもずいぶんと長い真っ白な白衣を着た少女がいた。

「うっひゃはー! なにこの人すっごいね! なにがすごいって言われるとうまく言えないけどすっごいよ! ぴかぴかどしゃーんって感じ!」

 肩のあたりまで伸ばしたまっすぐな黒い髪。顔の三分の一を占めるのではないかと思えるほどの大きな黒縁の眼鏡。声音は少女のものだがどことなく剽ひよう軽きんさも混じっている。

「なにこれ、この人の心臓どこにあるの? あれ? 内臓の位置ちょっと違くない? ていうか筋肉の密度すご。うわ、免疫系発達しすぎなんだけど。これ病気とか絶対かからないじゃん!」

 だぼだぼの白衣をきた少女はテンション高めにメレアの身体をぺたぺたと触っている。合間合間に「うっひゃはー!」という独特な笑い声を挟みつつ、しかし彼女は妙に慣れた手つきでメレアの身体を撫なでていった。そして──

「うん! なにも問題なし!」

「ダメじゃねえか!! 原因わからずじまいかよッ!」

 サルマーンはついに我慢しきれずにツッコみを入れる。

「うわお、いつの間にこんなに人が。つい夢中になっちゃって気づかなかった!」

 白衣の少女はやたらに長い前髪を両手でかき分けながら、サルマーンの方を見てわざとらしく驚いてみせる。