プロローグ 【四王会談】



「では、ここに第二回〈四王会談〉の開会を宣言する」

 通称〈鉄鋼の国〉、フィラルフィア王国王城。鈍い金属光沢がところどころに目立つ壁を背に、フィラルフィア王〈ファサリス・フィラルフィア〉が宣言した。

「おいおい、いきなり堅いな、ファサリス。もっと気楽にいこうぜ」

 と、ファサリスの宣言にすぐさまちゃちゃを入れる者が一人。色素の薄い金色の長髪を部分部分で三つ編みにしている優男──クシャナ王〈ムーラン・キール・クシャナ〉である。

「そういうお前はいつも軽すぎるのだ、ムーラン。だから『うつけ者』などと揶や揄ゆされる。革新的なことを率先して行う者は、たいてい天才かうつけ者に二分されるものだが、えてしてその二分するところは日々の態度によって判断されるものだ」

「なんだよぉ、オレだって王になってから結構真面目にやってるんだぞ? 術機の開発につぎ込む時間は前の半分くらいに減らしたし、一応女遊びだってほどほどにしてる。〈術機王〉なんて呼ばれるようになってからは、それなりに体裁ってのも気にしてるんだぞ」

「黙ってろムーラン。貴様が口を挟むと話が横道に逸それる」

 芝居ぶって肩をすくめたムーランに、鋭く差し込まれる声があった。

「うわっ、いつになく辛しん辣らつだな、キリシカ。──おおう、そんなおっかない目でにらみ付けるなよ。皺しわが寄ってる、皺が。横でハーシムが見てるぞ」

 声の主は優に腰まで届く深い紺色の髪を持った麗女である。

「貴様をその腰にぶら下げたたいそうな術機の錆さびにしてやろうか」

 かつて人類史上最強の個人戦力と呼ばれた魔王──〈炎えん神じん〉フラム・ブランドを産んだ紺こん碧ぺきの国、〈ズーリア王国〉の現女王〈キリシカ・ルカ・ズーリア〉だった。

「マジでおっかねえな……」

 キリシカは鋭い切れ長の目の中に物騒な光を灯ともしながら、されどムーランを一いち瞥べつすらせずに今度は別の人物に声を掛ける。

「で、緊急の用件とはなんだ、クード。……いや、もう私たちはそう呼びあえる立場ではなくなったな」

 キリシカはほんの一瞬悲しげな表情で視線を下げたが、すぐさま居住まいを正した。

「言い直そう。──〈白はく王おう〉ハーシム・クード・レミューゼ。〈三ツ国〉の王を無理やりに招集しただけの意味がある話なんだろうな」

 キリシカの視線の先にいたのは以前よりも幾分か髪の伸びたハーシムだった。どこにでもいそうな明るい茶髪。されどその海青色の瞳ひとみに宿る光はそこにいる王たちの誰よりも苛か烈れつである。

「ああ、もちろんだ」

 ハーシムはキリシカの問いを受けて軽くうなずく。そして大きめに息を吸ったあと、言葉を続けた。

「黒国ムーゼッグがサイサリス教国に宣戦を布告した」

 そのとき鉄鋼に覆われた大広間の空気がぴしりと音を立てて凍りついた。

「じきにお前たちの密偵たちも同じ情報を持ち帰ってくるだろう。ムーゼッグ王が宣戦を表す黒旗をサイサリスの領地に突き立てた、と」

「笑えない冗談だな」

 そう言いながらも、キリシカはすでに片手で額を押さえていた。

「布告があったのはいつだ」

「昨日の昼だ」

「いったい貴様の情報網はどうなってる。昨日と言えば貴様はこのフィラルフィア王国への道中にいたはずだ」

「情報の重要さについては前のムーゼッグとの遭遇戦で散々学ばされたからな。二度も後れは取らん。──まあ、情報を届けてくれた密偵はさすがに数日の間立てないだろうが」

「人使いが荒いな、おい」

 ムーランが引きつった笑みを浮かべて言った。

「民が死ぬよりはマシだ。──で、だ。お前たちはこのムーゼッグ対サイサリスの戦が、我ら〈四王同盟〉にとってどういう意味を持つかはわかるだろうな」

「……当然だ」

 ハーシムの問いに答えたのは今までじっと考え込むように目を閉じていた熊のような巨きよ軀くの男──〈鉄てつ鋼こう王おう〉ファサリスだった。

「ムーゼッグが仮にサイサリスを落としたとすると、東大陸は滅びる」

 そこに至るまでの過程をすべて吹き飛ばせば、結論としてそうなる。ムーゼッグ王国は東大陸の最北部にある大国だが、現状ではそこから南への侵攻を隣国である〈三ツ国〉が牽けん制せいしている。先日のムーゼッグ対レミューゼの遭遇戦の影響が多分にありはするが、旧〈三王同盟〉に伴う三国の防衛力も捨てたものではない。だが──

「東大陸の南部に位置するサイサリスにムーゼッグの遠征拠点を置かれると、挟み撃ちになる。さすがに二方面からの包囲を跳ね除けるほどの力は〈三ツ国〉のみならず東大陸のどの都市国家にもない。……やつらは東の海を船で迂う回かいするつもりか」

「つもり、ではないな。すでに迂回した、が正しい。ムーゼッグはレミューゼとの遭遇戦と同時進行で、北大陸およびその狭はざ間まにあった〈海賊都市〉を手中に収めた。航路を利用した鉱石の輸出産業が活発な北大陸の諸国には、非常によく発達した造船技術がある。同じく遠洋の技術もだ。セリアス・ブラッド・ムーゼッグが思いもかけない手傷を負っていたときには、その父であるムーゼッグ王はとっくにサイサリスへの侵攻の準備をしていたというわけだ」

「抜かりがねえ。血も涙もねえ。度を越した合理主義者に豊富な手段を与えると、嫌になるくらい効果的な手を打ってきやがる好例だ。てかセリアスが手傷を負ったってのにまったくそれを顧みるつもりもねえのかね」

「ないだろうな。たとえセリアスの腕が治らずとも、ムーゼッグ王はまるで意に介さずいつもどおり侵略の手て筈はずを整えただろう」

「やっぱそうなのか。……ん? ちょっと待て、今の言い回しおかしくねえか?」

 ムーランはハーシムの『たとえ』という言い回しに引っかかりを覚えた。ハーシムの言い方は、まるでセリアスの腕がすでに治ったとも取れるようなものだ。

「とっくに治ってる。しかも別の力を付与されて。ムーゼッグには〈原型万癒術式パレオ・ラフタエール〉があるからな」

「悪夢だ。……てか待て、別の力ってなんだ」

「ムーゼッグは〈悪神〉の身体を集めているらしい。史上最悪の魔王と呼ばれたあの怪物の身体を」

 かつて〈悪徳の魔王〉と呼ばれた最古の魔王たちのうち、もっとも悪あく辣らつで、なおかつ世界を呪いたくなるほど強力な力を持った魔王がいた。〈悪神〉と呼ばれたその魔王は、幾人かの〈英雄〉たちによって討たれたが、その身体はどんな手段をもってしても消滅させることができなかったという。

「おとぎ話じゃなかったのかよ……」

「残念ながらな。セリアスは〈悪神の左腕〉を自分の腕に憑ひよう依いさせ、例によって的確に振るうらしい。まるで実験台だとでも言わんばかりに、北大陸西端の都市国家が三つほど滅ぼされた」

「いよいよあいつも人間じゃなくなってきたな」

 そうムーランが口にしたとき、その場にいた者たちの脳裏に同じく次元の違う強さを持った男の顔と名が浮かび上がった。個人で化物じみた戦力を有する人間が、もう一人いる。

「ハーシム、メレアはどうしてる。ヴァージリアでずいぶん派手にやったらしいじゃねえか。〈ヴァージリアの動く芸術〉なんて結構な名前で噂になってるぞ」

 ハーシムは三人の視線を受け、わずかの間押し黙る。

 そして三人の目をひととおり眺めたあと、重そうな口をようやく動かした。

「あいつはヴァージリアからの帰路の途中、倒れたらしい」

 ハーシム自身、そのメレアの状態は予想だにしなかった。

「眼から『金色の涙』を流してな」


◆◆◆


 メレアが倒れたのはヴァージリアからの帰路の途中にあった都市国家、〈製菓都市タルト〉を発たってから一日も経たぬうちだった。

〈魔王の財布メアーネ・リスタール〉の長として〈魔王連合メア・ネサイア〉の財さい布ふの紐ひもを任されているシャウの提案によって、製菓都市で交易品の収集に当たったあと、彼らは足早に街を出た。特に大きな問題もなく、シャウの巧妙な口八丁手八丁によって十分な交易品を得、都市から離れた林の中でノエルに積み込み再び走り出す。

 川を飛び越え、荒れ地を一足飛びに過ぎ去り、魔王たちがそれぞれに会話をしていたころ、メレアは自分の身体の変調に気づいた。

 ──なんだ?

 ノエルの頭の上にあぐらをかいて、はじめて見る景色に心を躍らせていたメレアは、ふと、視界に映る景色に違和感を覚えた。

 ──今、式が見えたような……

 高速で流れていく景色の隅に、まるで〈術じゆつ神しんの魔眼〉で術式を見るときのような『式の断片』が映った気がした。

 ──あ。

 直後、メレアは嫌な胸の高鳴りを覚える。四肢が指先から痺しびれ、脳髄が焼けるように熱くなった。そして、その次の瞬間には、

「っ」

 見ていた景色いっぱいにおぞましいほど膨大な式が見えていた。

「メレア様?」

 メレアはとっさにノエルの頭の上から飛び降り、後ろでメレアの姿をじっと見ていたマリーザの足元に着地する。ノエルが急なメレアの跳躍に驚いていたようだったが、当のメレアはそれどころではなかった。

 ──なんだ、これは。

 目に映るものすべてにぞわぞわと流動する式が見える。膨大な情報の流入に脳が悲鳴をあげ、腹の底から吐き気が込み上げる。

 ──目が、熱い。

 目元に違和感があって、なにげなく手の甲でこすったとき、なにか液体のようなものがその手に付着した。

「っ、メレア様!」

 手の甲には星ほし屑くずのように細やかな輝きを放つ金色の涙が付着していた。メレアの異常に気づいたマリーザが悲鳴をあげ、魔王たちが一斉に視線を向ける。メレアは彼らの顔を見て──

 そして、我慢しきれず嘔おう吐とした。

「やめろッ!!」

 誰に対して言ったのかはメレアにもわからない。だが仲間たちの顔に映った『式』を見たとき、メレアの中に漠然とした不安感と恐怖と、それを見てしまった自分に対する嫌悪感が沸き起こった。

「ああ……っ!」

 それはきっと見てはいけないもの。

 メレアにはそれがわかった。

 だからとっさに目を閉じようとして──

「押さえろ! マリーザッ!!」

 メレアの意識は目ま蓋ぶたが閉じるのに同調するように、ゆっくりと、されど深く、暗闇の中へ落ちていった。ノエルの背から落ちないように自分を支えろとマリーザに叫ぶサルマーンの声が、最後にメレアの耳に届いた。