デッキブラシの竜騎士爆誕
新しい移動用ワイバーンを二頭ご所望という宮廷魔導師様の依頼を請け、初めて師匠とパーティーを組めることに喜び勇んで準備に取りかかった三日後。
「師匠どうです? この格好似合ってますか?」
「馬子にも衣装って言いたいところだけど、悪くないわよ。流石は竜騎士専用の騎乗服ね。いつもの野暮ったい格好よりもだいぶ垢抜けて見えるわ。まぁあたしの見立てもあるでしょうけど」
まだ外に薄暗さの残る早朝のギルドホールで、新しい服……今日の〝仕事〟に耐え得る頑丈な服に袖を通して師匠に向き直ると、師匠から思いのほか好評価をもらってしまった。まぁ服を選んでくれたのは師匠なのだからそれも当然なんだけど。
通常のトラウザーズと違い布ではなくてコーヒー豆色の革でできたそれは、ぴったりと下半身に吸い付くみたいだし、薄手なのに耐刃性。足許はかっちり目のベージュのブーツ。
上半身の一角ウサギの革でできた耐貫通性のあるポケットいっぱいのジャケットは、この季節に着るには少し暑いけどクリーム色で可愛らしい。その下は薄い緑色のコットンシャツ。これらの総額がいくらなのか怖くて聞けないけど、好きな人に褒められるのは嬉しい。
「えっへっへっへっへ」
「ただ欲を言えばあんたのその変な笑い方と、気の抜ける武器さえなければもっと良いんだけど」
「くっ……そうやって褒めたあとにすぐ水を差す。だって師匠が言ったんじゃないですか。クオーツの背中に乗ったまま魔術を構築する時は、平地に立ってる時より魔力の指向性の感覚を掴むのが難しいから、指向性を持たせやすい杖か何か棒状のものがあると良いって」
「言ったわよ。でもだからって何でよりによってデッキブラシなの。刃引きした細剣でも良かったでしょう?」
「扱い慣れてない得物より、身体の一部かっていうくらい手に馴染んだ得物の方が良いかな~と思いまして」
口にしながら身体を軸にしてグルッと勢いをつけて振り回せば、デッキブラシでもちょっと格好良く見えると思うんだけど、師匠は額を押さえて「そう……そうよね、間違ってはいないわ。間違っては……」と渋い表情を浮かべる。
確かに魔物を捕まえに行くのに爪を綺麗に真っ赤なマニキュアで塗って、お化粧もバッチリ、爪とお揃いの色を
けれどこのまま言いくるめてしまおうと意気込んだ矢先に、この場に同席するもう一人から邪魔が入った。
「いや大間違いだろ。アリア、悪いことは言わんから、今からでもうちのギルドの倉庫にある予備の剣から何か見繕え。レッドドラゴンの背中にその格好で乗られた日には、ドラゴンに憧れる世のガキ共に顔向けできねぇ」
眉間に深い皺を刻んで腕組みをするジークさんの発言に、せっかく納得しかけていた師匠が「やっぱりそうよね?」とどこかホッとした表情を浮かべている。何だかこれだと私の美的感覚がジークさんよりも下みたいで非常にいただけない。
「乗せてくれるクオーツが気にしてないんですから問題ありません。それにギルドの倉庫にある予備なんて、本職でも使いにくいから死蔵してるやつじゃないですか。もう依頼人が到着する時間だし、今日はこのまま出発します」
きっぱりと言い切った私の言葉に、足許で立ち上がったクオーツが頷いてくれている。大事なのは本ドラゴンの意思。まだ納得のいっていない師匠とジークさんが反論したそうにしていたものの、ちょうどそのときホール玄関のドアが開いて、本日の依頼人が登場したんだけど──。
「言われた通りワイバーン用の鞍を改良して用意したが……まさか君はそのデッキブラシを持ってレッドドラゴンに乗るつもりか?」
男性陣はレッドドラゴンにどこまで憧れを抱いているのだろうか。珍しく感情の起伏が分かりづらいオルフェウス様までもが、私の手にしたデッキブラシを見て表情を硬くする。勿論それ以上同じ会話をくり返すつもりもないので、クオーツの鞍を入れてきたらしい魔道具の鞄を取り上げて一足先に外に出た。
ギルド前から師匠の空間転移の魔法陣で街の外れまで一気に飛び、そこで彼の新顔ワイバーンを召喚後、鞍を装着したクオーツの背に師匠と相乗りして、彼のワイバーンと並んで飛ぶこと四十分ほど。
秋口の空を飛んでいるのに寒くないのは、師匠が周囲に張ってくれている結界のおかげだ。徐々に明るくなってきていた空も、もうすっかり朝の爽やかな光に満たされている。
隣を飛んでいたワイバーンの背に跨がる彼が、一気に速度をあげてクオーツの前を先行し始めた。訝かしむ私の耳許で師匠が「見えてきたわ。あそこが目的地のセヴェルの谷よ」と声をかけて指さした先は、まるで巨人が大鉈を振るって切り崩したような深い谷。
谷の上部はほぼ岩肌剥き出しなのに対して、谷の下部はこれ以上ないほど濃い緑に覆われている。ミスティカの森とはまた違った近寄りがたさに興味を惹かれていた私の耳許で、今度は「そろそろ来るわよ」と師匠が言った直後、谷の方から黒い靄のようなものが湧き上がって。
「ワイバーンは自分達の縄張に入ってくる侵入者にとっても厳しいの。単独を好むドラゴンと違って群れをつくる習性があるから、あんなふうに大群で襲ってくるのよ」
どこか愉悦を感じさせる師匠の声音に酔うように、知らずクオーツの手綱をしごいてこちらに向かってくる靄の正体──……ワイバーンの先遣隊に狙いを定め。右手で騎士の槍に見立てたデッキブラシの柄を力一杯握り込んで突っ込んだ。
「アリア、次、上に向かって。術式を展開するわよ」
「はい、師匠! 行くよクオーツ!」
「ギャウウ!!」
捻りを入れた急上昇でワイバーンの群れ……ワイバーン玉から飛び出し、下に群れを見下ろしながら、デッキブラシを媒介に伝って師匠が流し込んでくれる魔力補助を受け取り、不出来な術式を乱発していく。
生け捕り……もとい、優れたワイバーンのテイム補助が今回の私達の仕事だから、クオーツの吐く火炎は封印。まぁ、凄く至近距離にきたら普通に強化魔法をかけられたデッキブラシで殴るけど。そりゃもうゴンゴン。
柄の部分を使っての突きも、ブラシがついてる先端での殴打もできるので意外と使える。練度を上げれば結構良い武器になるのでは……と思わなくもない。実際師匠の手を借りてぶん殴る際には、結構な腕の重みと一緒に痺れが走るけど、ワイバーンは吹っ飛んでいく。
でもそんな使い方をするからだろう。デッキブラシを握っている掌はもう汗でドロドロだ。こんなにドロドロになったのは師匠が城の床にダロイオの内臓をぶちまけて、一部屋丸ごとゼラチン質の海を泣きそうになりながら片付けをして以来かもしれない。
「こーれーでーもー……食らえっ!」
私の構築した魔力の籠は編み目は多少粗いものの、上空から一気にワイバーン玉を一網打尽にできるという利点がある。籠だから下のくくりはないけれど、上空に向かって飛んでいた群れは上から押さえつけられるごとに冷静さを失って、そのことに気付かずに籠の中で暴れまわって高度を落としていく。
時々若干魔力を持った個体がいるのか、微かに師匠の流してくれるものとは違った波動を感じる。どうやら私は魔力供給に関して言えば
普段は練習程度でここまで一気に魔力の構築をすることはないから、すでに肩で息をする私の背後では、師匠が「なかなか様になってきたわねぇ」と言いながら、籠の編み目から飛び出してきた強者を氷の矢で牽制している。
そのうちの一発がクオーツに飛びかかろうとしていたワイバーンの翼に直撃。皮膜状の薄い翼を撃ち抜かれたワイバーンは錐揉みしながら墜ちていくけど──!
「そこ、間に合えっ!!」
添えられた師匠の手からデッキブラシを引ったくるようにそちらに向けて、魔力を構築。
間一髪。地上に墜ちていくワイバーンの下に編み目の細かい籠……というか、ただの網を構築して受け止めた。
「あんたねぇ、今のでもう何度目? 優しいのは結構だけど、墜ちていくワイバーンをいちいち全部助けてたら、あんたのお粗末な魔力なんてあっという間に空っぽになるし、あたしの補填してあげてる魔力で明日酷い魔力酔いを起こすわよ?」
「だってそうは言っても師匠、本来あの宮廷魔導師様が新しいワイバーンをテイムしたいっていうだけで、まだここのワイバーン達に非はありませんもん」
「この数よ。そのうちに人里に降りて人間を襲うかもしれないじゃない」
「予定は未定ですよ。第一この谷のワイバーン討伐依頼は、まだジークさんのギルドで一回も見てません」
いきなり穏やかな日常に乗り込んでこられたら人間だって抵抗する。ワイバーン達は魔物だからより正直に暴力衝動のままに生きているけど。野生だから仕方がない。自然現象と同じでそこに歯止めなんてないのだ。
「へぇ……意外にちゃんと情報を見てるじゃない。あんたは世間知らずだとばかり思ってたけど、偉いわ」
「えへへへ。もっと褒めても良いですよ師匠」
「はいはい。あんまり調子に乗らないの馬鹿弟子。次よ次。クオーツ、あんたの活躍も期待してるわよ?」
「ギャウウウウー!」
ご機嫌な声をあげて横に並ぼうとする大きなワイバーンの横っ面を、容赦なく尻尾の一撃で吹き飛ばすクオーツ。ただでさえレッドドラゴンの脅威に若干及び腰な年若いワイバーン達は、徐々に集団包囲の玉を解いて谷の方へと帰っていく。
いつの間にか私達の周囲を飛ぶのは、顔や身体のどこかに傷のある大きなワイバーン達だけになった。たぶんあの谷に棲まう古参の強者達なんだろう。
──と、それまで一人で先行していたオルフェウス様の乗ったワイバーンが、速度を落として淡く虹色に輝く膜のようなものに覆われた。
そうしてそのままゆっくりとこちらに向かって浮上してくる。
「あれ……何だろ。師匠、野生のワイバーン達があの人の乗ってるワイバーンに近寄れないみたいです。並びかけられない速度でもないのに。あと、こっちに来ます」
その様子が分かるようにデッキブラシで彼の飛んでいる方向を指し示すと、背後で師匠が「ふぅん……そういうこと。あの坊や、宮廷魔導師らしく思いきったことを考えるのね」とおかしそうに言った。
「何か分かったんですか師匠?」
「あいつがやろうとしていることと、あんたに今回の仕事を依頼した理由よ。クオーツ、あたしの声が聞こえてるわね?」
尋ねられたクオーツが首をこちらに傾けて瞬きと共に「ギュルルル」と鳴いた。どうやらクオーツの方も何かを理解している様子で、分かっていなさそうなのは私だけみたいだ。悔しい。その間にも近付いてくるオルフェウス様のワイバーン。
「それじゃ、今からあたしが強く手綱を三度引いたら思いきり咆哮をあげて頂戴」
「師匠、師匠、待ってください! そんなことしちゃってあの人と契約してるあのワイバーン、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。たぶんね。あんたはあたしが結界張ってあげるから心配しないで良いわよ。その代わりクオーツが咆哮を使った直後、ワイバーンの群れに向けてあの術式が構築できるようにしておきなさい。ほら、三、二、一!!」
虹色の膜が私と師匠を覆った直後、世界は無音になって。ビリビリと身体を内側から震わせるクオーツの〝咆哮〟を直に聞いたワイバーン達が、バラバラと地上に降り注ぐ。そしてその中でまだ飛んでいるワイバーン達に、彼の魔法陣から黒い蔓植物のように歪にうねるそれが伸ばされる瞬間が見えた。
ひとまず上空から開けた場所を探して、私の魔力で構築した気絶ワイバーン入りの籠と網を下ろす。籠と網の移動は師匠が手を貸してくれるけど、魔力で構築した籠の概念の維持は私が自分でやらないといけないので、思った以上に残りの魔力と気力を奪われた。
疲労困憊で一足先に地上に降りたオルフェウス様のワイバーンの隣に、クオーツを降り立たせる。他のワイバーンを入れた籠は師匠が少し離れた場所に置いて、眠りが深くなるよう催眠魔法をかけてくれた。
デッキブラシを杖代わりにした私、元気な師匠、もっと元気なクオーツでオルフェウス様の元へ合流すると、そこにはテイムをする素振りもなく、何やら思案顔をしている彼がいた。
その視線の先には雁字搦めに搦め捕られた一際立派な二頭のワイバーン。何となくだけど体格差から雄と雌っぽい。以上。状況の把握終わり──とはならない。
眺めていたって依頼は完了にならないので「どうしたんですか? 早くその子達と契約しないと起きちゃいますよ」と声をかけると、無表情なりに困惑した気配の彼がこちらを見て口を開いた。
「いや、それが……このワイバーン達にテイムが効かない」
「というと?」
「何かが精神の繋ぎ目に潜ろうとする僕の術式を弾いている」
術にかかりにくいワイバーンについての説明をオルフェウス様がしたところで、魔力のない私によく分からない感覚なので首を傾げてしまったけど、それを聞いた師匠はそのままワイバーンの傍らに立って、サッと全身を眺めた上で口を開いた。
「妙ね……このワイバーン達、どちらの個体も足の指が一本多いわ」
ここで言うところの足は後ろ足というか、ワイバーンは前足に当たる部分が翼と一体化しているので実質脚の本数は二本と数えるけど、ドラゴンは翼が背中にあるので前足と後ろ足は別々に一対ずつついている。
──と、そんなことは今はどうでも良いか。
師匠にそう言われたので横たわるワイバーンの足を見て、次いで猫の大きさになったクオーツを抱き上げて何気なく観察すると、確かに全体的には全然似ていない両者だけれど、所々に似た箇所が見受けられた。
普通生活の中でドラゴンが身近にいる人はまずいないだろうから、パッと見ただけでは分からないだろうけれど、翼の付け根が肩甲骨のやや下にある。あと顎が以前見たワイバーンよりも四角い。全身も一般的な流線形のワイバーンとは趣が異なっているように思う。
「あ~……確かに。指の数もですけど、他にも蹴爪のつき方とか、翼のつき方とか、顎の形とか、何だかちょっとクオーツに似てますね」
そんなふんわりとした私の発言に、二人が一斉にこちらを振り向いた。その勢いの良さにちょっとたじろいでしまう。何かおかしなことを言ってしまったのかと焦る私をよそに、師匠とオルフェウス様は神妙な顔だ。
「うちの森に二回乗り付けて来たワイバーンはここでテイムした個体なの?」
「いいえ。この谷に大きな営巣地帯があることは知っていたのですが、以前一人で来た時はとても。あの通り数が多くてテイムどころではありませんでした」
何のことかさっぱりなまま進む会話に、クオーツと〝つまんないね~〟という視線を交わし合っていたら、そんな気配がバレたのか、師匠が「そこ。部外者面しない」とこちらに向き直った。
「今から話す内容は仮説だけれど……もしかするとこの谷にいるワイバーンの中に、かつてドラゴンと交配した個体がいたのかもしれないわ。そしてそれが一部で定着しているのかも」
「え、そんなことってありえるんですか?」
「普通はありえないわ。というより、ありえないとされているわ。ドラゴンとワイバーンの知能の差は、人間と猿くらいあると言われているから」
自身の仮説に半信半疑の様子な師匠に「だったらその始まりの二頭は、もの凄い大恋愛をしたんですね」と答えたら、心底馬鹿を見る目でオルフェウス様から「君は本気でこの事の重大さを理解していないのか?」と言われた。腹立つな……。
「この谷の生態系が狂っているということだ。それもドラゴンと違ってワイバーンは繁殖しやすい。先祖返りでドラゴンの血を強く引く個体の数が増えれば、人間の生活が脅かされる」
「ああ、まぁ確かに。人間だって魔物を襲って殺すんですからそうでしょうね。でもそういうことだったら、直接お願いしてみたらどうでしょう」
「は?」
「少なくともドラゴンのクオーツは話せば分かってくれました。無益な争いも好まない良い子です。ドラゴンの血を引くなら頭は良いはずですから、こっちが有益な条件を持ち出せば案外応じてくれるかもしれませんよ」
抱き上げたクオーツの手をプラプラさせながらそう提案すれば、それまで私達のやりとりを見守っていた師匠も、顎に手を当てて「一理あるわね」と肯定してくれた。クオーツも褒められたことが分かっているのか妙にドヤ顔をしている。
きっとあと少しおだてて夕飯のデザートを譲れば、ワイバーンとの橋渡し役を務めてくれることだろう。
「魔物と取引なんて……まさか本気で言っているのか?」
「本気ですよ。例えばこの中にいる誰かが貴男について来てくれるなら、他にこの谷からテイムするワイバーンは出さない。そして他の人間が谷に近付けないよう結界を張る、とか。最年少の天才宮廷魔導師様ならできるでしょう?」
わざと煽るような言い方をすれば、一瞬だけ無表情なオルフェウス様が面白そうに目を細めて「良いだろう」と頷いた。その答えに思わずにんまりとしてしまう。クオーツがワイバーンとの取引に成功したら、これで彼もこちら側。
国の所有地不法占拠仲間として口を利いてもらえるように、クオーツの耳許でこっそり〝頼んだよ〟と囁いた。
***
「──で、お前さんのドラゴンの口添えで変異種ワイバーンの長との条約を結んだわけか。あの宮廷魔導師の坊っちゃんは」
「そういうことになりますね。国の中枢に国有地を占拠する仲間ができて心強いです。これで多少は国との緩衝材になってくれるんじゃないでしょうか」
変異種ワイバーン捕獲劇から四日後。
目覚めた二頭のワイバーンにクオーツが説得を試みてくれた結果、言語に多少の差があったようだったけど、人間で言うところの訛りの問題程度だったらしく、話は纏まった……ぽい。
あくまで会話が成立するのがクオーツだけだから仕方がないものの、私の籠や網で拘束されていたワイバーン達を自由にしても襲ってくる気配もなかったし、勿論長達にしてもそうだった。
というか、あの瞬間はクオーツが一番偉そうで。本来の大きさに戻ってワイバーン達を
もしかすると人間の世界と同じで、種族や生き物としての格の違いを超越した大恋愛として言い伝えられているのかもしれない。
オルフェウス様は話し合いが終わった後、すぐにも契約の条件である結界の展開に着手した。二回目の結界の展開はうちの森でやらかした一度目の失敗を反省してか、かなりじっくりと魔力の糸を
その辺は師匠とオルフェウス様にしか分からない。でも師匠が突っ込まなかったから大丈夫だったのだろう。あとは彼がもぎ取ってきてくれる国の許可申請待ち。
「そりゃまぁ逞しいというか、図太いというか……何かお前さん達の身辺がどんどんややこしいことになってんなー」
「別にあたし達が進んで首を突っ込みに行ってるわけじゃないわよ。そもそもあたし達にとって一番ややこしい知り合い代表はあんたじゃないの」
「いやいやいや、今回の件はお前が首を突っ込んだようなもんだろうが」
「師匠のやる気なんて滅多にないことですから、つい。新しい発見や興味って、研究する人にとっては養分みたいなものでしょう?」
「あー……な。そりゃ確かにそうだ」
私の仕事のついでに報告に訪れた師匠に言いくるめられたジークさんは、頭を掻きながらそう言って苦笑した。この人は何だかんだ悪い人じゃないのだろう。顔はこういう場所のギルドマスターらしく悪人顔だけどね。
「それよりも、ジークからもアリアに言ってやって頂戴。魔力に指向性持たせるのにデッキブラシを本採用するのはやめろって」
「それは……おう。やめた方が良いんじゃないか?」
真顔だった。もう正直今後一生見ることはないんじゃなかろうかというくらいの真顔。服装に何のこだわりもなさそうなジークさんにそこまでさせるほど、私のこの格好は世間から乖離しているらしい。急に不安になってきた。
「でもあの日以来お城での訓練にも使ってましたから、すっかり馴染んじゃったんですよね。そんなに駄目ですか?」
「まず壊滅的に見た目が駄目ね。何を着てもまるきり掃除婦じゃない」
「別に日中の明るい時間にどこかにお出かけするでもなし。今回のが予定外のお出かけだっただけで、今後はこれまでと変わらず城とここの行き来くらいですから。別に問題ありませんよ」
「あのねぇ……別にお洒落は人に見せるためだけのものじゃないの。今まであんまり口煩く言わなかったあたしも悪かったのかもしれないけど、あんたはもう少し自分のことに興味を持ちなさい」
「え、ええ……でもいきなりそんなこと言われても……何を着たら良いのか……」
チラリと助けを求めてジークさんを見たけど、彼は眉間を揉んで首を横に振る。そんな……ここは私と一緒になって〝どうせ着飾っても似合わない〟という言葉が欲しかったのに──!
「悪いがな、アリア。今回のは全面的にルーカスに賛成だ。こんなオッサンのオレでもお前さんの格好はどうかと思うんだわ。若い娘なんだ、一回くらい着飾ってみろ。残念ながらオレも服にこだわりはねぇから分からんが、ルーカスに任せりゃ何とかなる。今日の給金分に色付けてやるから。な?」
オジサンとオネエさんによる怒濤のたたみかけにあって、ようやく普段の自分の格好が余程駄目なのだと悟る。お給金の賃上げは大賛成だけど、こんな磨いてもどうにもならない私を磨きあげるべく、師匠はジークさんに路地裏でお店を構えている人の情報を尋ねて。
今更ながら一人で仕事に来ておけば良かったと後悔する私に、ジークさんが「諦めてこいつに身を任せてこい」と笑い、凄絶に美しい微笑みを浮かべた師匠に「逆らおうとは思わないことね」と釘を刺され、ギルドの執務室を後にした。
***
「あいつの言ってた店名だとするならここだわ」
「ですね。意外と普通のお店って感じがします。ジークさんの紹介だからもっとおかしい感じのところだとばかり思ってました」
まずい。ジークさんの紹介だからもっと古着とかのお店を予想してたのに、新品の服を扱っているお店だ。落ち着きのある色合いの店の前にデッキブラシを持ってきた私の方がおかしい。
「ん? なーにー、お客?」
──……でもなかった。
落ち着いたお店の中から現れたのは、上半分を長髪に、下半分髪を五分刈りにした女性。短いズボンから惜しげもなく伸びる生足。ギリギリお腹が隠れる丈のトップス。両手に三個ずつ大きな宝石のついた指輪をはめている。でも中でも一際目を引いたのは、彼女の顔の左側を覆う銀貨みたいな飾りのついた眼帯だった。
「ここらじゃ見ない顔だね。うちの店はちょっと特殊だから、紹介がないとダメなんだけど。どこの紹介?」
見た目ほど怖い人ではなさそうだけど、お洒落上級者過ぎる。
あとお洒落な人への偏見かもしれないけど押しが強そう。
そんな気持ちから思わず師匠の背後に隠れてしまった。が──。
「良かったじゃない。あれくらいの軽い接客なら緊張しないでいけるでしょう?」
「どこをどう捉えたらそうなるんですか。無理寄りの無理です。帰りましょう」
「ここまで来て何言ってるの。あたし達ジークの紹介で来たんだけど、ちょっとこの子の服を見繕いたいのよ」
お洒落圏外のヘタレな弟子の懇願なんて丸っと無視した師匠は、派手な店員さんに声をかけた。店員さんはジークさんの紹介と聞くと満面の笑みになって「あ、なーる。そういうことなら店内へどーぞ」と言ってくれる。
必死で師匠の服の裾を引っ張るも、やっぱりこれもしっかり無視された。通された店内は広くはないけどところ狭しと色んな服がかけられていて、そのどれもが不思議な形や色をしている。
「この子が自主的に着たがるものがあったら出してやって頂戴。それから貴女がしているような顔の半分を覆う装具があればそれも。アリア、あたしはこれからその冴えないデッキブラシをどうにかしてくるわ」
「どうにかって師匠、デッキブラシはデッキブラシが完成形ですよ?」
「知ってるわよ。良いからあんたは服を選んで待ってなさい」
そう言うなり師匠は服を掴んでいた私の手をペイッとはたくと店を出て、表通りに向かって歩いていってしまった。人見知りな弟子に対してあまりにも無慈悲すぎる仕打ちだ。
一瞬ついていこうか留まろうかと逡巡していたら、急に後ろから「お客さん、あんま普段服装とか気にしない質?」と声をかけられ、慌てて振り返った。
「は、はい。服屋さんにきてるのに、すみません」
「ハハッ、別に謝ることないよー。わたしも昔は服とか着れれば何でもいーって口だったから」
「えっと、でも今は凄く、その、個性的な格好でお洒落ですよ?」
「ンフフ、お客さん……あんた嘘つくの下手だね。でもまぁ、良いや。さっきの彼が褒めてくれるような装いにしようじゃないか。歳上の恋人なんだろう?」
「ち、ちがっ! あれは師匠で、そういう関係じゃ……!」
店員さんの口から出てきた〝歳上の恋人〟という言葉に心臓が跳ね、顔面に血の気が集中するのを感じて両手で顔を覆った。もしかして師匠と私が並んでたらそう見えたってこと? まさかそんな……そんなまさかでしょうが。冷静に考えてこれってよくある売り子さんの手口に似てるよね。というか絶対そうだ。
からかわれたのだと気付いて徐々に顔から熱が引いていく。火照りが消えたところで顔を覆っていた手を離せば、そこには生暖かい目をした店員さんの顔があった。辛い。
「ンフフフ、照れちゃって素直だねぇ。冗談だってば。でもわたしの勘だとそう遠くもなさそうなんだけどね? さ、もっと奥に入ってきなよ」
面白そうに眼帯を弄る彼女に渋々ついていったものの、奥に通されたところで全然自分の好みが分からない私に呆れることもなく、色々と棚から持ってきては姿見の前で身体に当ててくれる。
彼女は聞き上手で、会話の端々からこちらの要望を引っ張り出しつつ、次々に没となった服の山を築いていく。そのうちに段々と自分が好きっぽい色と形が掴めてきて、最終的に候補を三着まで絞り込めた。彼女からも「うんうん、どれもいーね。似合ってる」と合格点をいただけた。
一着目はざっくりとした若草色のオーバーオール。普段着にも着られるし、耐久性も高い。下に合わせるのはクリーム色のコットンシャツ。
二着目は淡い青色のワンピース。一見しただけだとストンと落ちる形に見えるのに、カッティングの妙というか、しまわれた生地面積が多くてクルッと回ると真円に広がる。共布のリボンベルトが可愛くて、こんなに女の子っぽい服は初めてだ。
三着目は紺と白の縦縞模様のリネンシャツに、スカートとズボンの中間みたいな不思議なつりズボンっぽいやつ。色は鮮やかな赤。これなら何とかクオーツの背中にも乗れそうくらいの感じで、これが一番好き……なのかもしれない。
師匠に顔を隠すものと言われて範囲を知りたがった彼女に恐る恐る傷痕を見せたら、彼女も眼帯を外して「お揃いみたいなもんさ」と笑われた。
その言葉通り眼帯の下に隠れていた彼女の目は、完全に潰れていて。その傷痕を指して「ギルドにいる時に無茶な仕事の仕方をして、へまをしてね。だからここの店にある商品は、身体の一部が欠けてる客に合わせたものが多いんだ。元はジークさんのギルドにいたんだよ」と言った。
──で、二時間後。
「あら、良いじゃない。あんたはそういう格好が似合うのね」
「へへ、ありがとうございます師匠……って、言うと思ったんですか? いや、それを持ってなかったら言いましたけど、何ですかそれ?」
戻ってくるなり開口一番そう褒めてくれた師匠の手には、奪われたデッキブラシと似ても似つかないものが握られていて、私を大いに混乱させた。
「魔装具師に無理を言って超特急仕上げにしてもらったのよ。あんたがどうしてもこれが良いってきかないからじゃない。心配しないでも素になってるのはあのデッキブラシよ。嘘だと思うなら握ってみなさい」
「だからってデッキブラシを装飾するとか、金銭感覚がおかしいのは知ってましたけど……馬鹿なんですか師匠?」
「良いからとっととそれ持って姿見の前に立てって言ってんだろが、馬鹿弟子」
「…………師匠?」
「良いからそれ持って早く姿見の前に立ってみなさいよ」
言い直しても駄目なものは駄目だと言いたいけど、いつもと違う口調の師匠にときめいて咄嗟に言い返せなかった。大人しくデッキブラシ(?)を持って姿見の前に立つと、そこにはややデッキブラシ感の薄れた、パッと見だと新手の魔装具に見えなくもないものを手に佇む自分の姿。
柄の部分は綺麗な黒塗り。持ち手の先端には真鍮製のフック。ブラシの本体部分も真鍮製の覆いが被せられて、見事なレリーフが描かれている。ブラシの毛は柄を含めた本体の大部分の色と真逆の白銀色。
「うん、やっぱりここまでテコ入れすれば何とかなるわね。ねぇこの三着全部もらうわ。一着は着て帰るから二着は包んで。着てきたものは処分して頂戴」
「え!? 三着も買えるほどお給金は……」
「あんたが初めて服を選んだんだもの。その記念よイモ娘。次は化粧に興味を持たせなくちゃね」
師匠に後ろから肩を掴まれたままデッキブラシを手に鏡の前に立ち、顔を真っ赤にした私をニコニコしながら見つめる店員の彼女という謎空間。居たたまれないのに嬉しい乙女心が憎い昼下がり。
***
昔から褒められた癖ではないことくらい分かっているけれど、部屋のドアをノックしないで開けるのは、私の気配に師匠が気付いてくれているか、ついでにノックしないでも許される関係性かを知りたいからだったりするのだけど──。
果たして今朝も唐突に開けたはずのドアの向こうでは、長い脚を組んでこちらに「おはよう、アリア」と微笑む師匠の姿があった。
本当に中身を知らなかったら未だに見惚れるくらいに綺麗である。生活のヤバさを知ってるからすぐに正気に返れるけど。
足許にいるクオーツに視線を落とせば、稀少種のレッドドラゴン様は床に散らばっているシャツを部屋の隅に寄せているところだった。何て言うか……切ない背中だ。
「ありがと、クオーツ。アリアは何か余計なこと考えてる顔してるっぽいけどまぁ良いわ。それと今日はオレンジ系統で纏めたのね? 顔布も刺繍糸に同系色が入ってるのは良い感じよ。似合ってるわ」
「おはようございます、師匠。朝から疑心暗鬼にならないでくださいよ。この服の組み合わせはクオーツが選んでくれたんです。ちょっとまだ派手すぎる気がして落ち着きませんけど、師匠が次々買い足しちゃうから全部着ないと勿体ないですし」
「やるじゃないクオーツ。まだまだあんな数じゃ足りないわ。あんたの場合今までが年頃の娘のクローゼットとは思えないくらいだったの。もっと買い足すわよ。ほら、それよりもさっさとこっちにいらっしゃい。準備しちゃうわよ」
本日は定休日。
七年間続いた朝に師匠の部屋に行く日課はここ数日ですっかり様変わりして、すでにきっちりと身支度を整えた師匠に勧められるまま鏡台の前に座るよう促される。師匠と私の両方に褒められたクオーツは胸を張ったままついてくるや、当然のように私の膝の上に陣取った。
「服が増えた分も片付けるのは私なんですから、節度を持ってお手柔らかにお願いします。あと何度も言ってますけど、自分の服くらい自分のお金で買いますから」
「あら駄目よ。あんたのことだから値段にばっかり気がいって、最終的に着られたら良いみたいなことになって、じゃあ古着で良いとかいう結論に至って酷い趣味の服を買ってきそうだもの」
的確すぎる突っ込みに咄嗟に言い返せずにいると、それを察した師匠に「ほら図星じゃない」と鏡越しに笑われた。手入れの行き届いた師匠の指が素っ気なく一本に縛った私の髪を解いて、優しく手櫛でほぐしたあとにブラッシングを開始する。