掃除婦、魔術師の弟子っぽいことに挑戦する

師匠と一緒にドラゴンの鱗を採りに行ったあの日のあの後。城に戻ってしばらくすると、師匠は工房の魔法陣から一人でギルドに直行。依頼通りに鱗を一枚と、もう一枚をジークさんに売り払い、夕食用に上等なお肉とお酒とケーキを買って戻ってきてくれて、非常に贅沢な夜だった。

残りの二十八枚は市場価値が混乱しないように小分けにして売るそうだ。出回る数が一気に増えると値崩れするらしいけど……ギルドに登録しているような人種は皆あの戦闘が繰り広げられる猛者もさなのだろうか?

私からしてみれば当分市場には二十八枚しか並ばないような気がするんだけど。

たった二枚売っただけでも当面の生活費が余裕でできてしまったので、私はまたも四日に一度の割合でギルドの掃除に行くことになってしまった。なかなか勤務形態が安定しないのは目下の悩みである。

でも休み中もやることは基本同じだから、掃除の腕が落ちるという心配はまったくない。それに今は暇な方が季節的にも助かる。幸い師匠は生ゴミを溜め込む人ではないけど、もしもこの中にうっかり食べこぼしが交じっていたら、黒いヤツが発生する可能性もあるからだ──が。

「うわ……何これ……」

洗濯物を籠に放り込んでいたら、山の底からくしゃくしゃになったシャツを発掘してしまった。しかも乾いているのにヌルッとしたド紫色の何かがこびりついていたやつを。ド紫色のそれからはふんわりと仄かにシャリマの花の香りがしたものの、謎を深める要因にしかなっていない。

「うん、まぁ……当然のように下の洗濯物も侵食してるよね」

シャリマは水色の小花が房状に咲く可愛い植物で、お貴族様が使用する高級な香水にも使われる。もう片やド紫色の何か。色移りしそうだから別洗いは決定事項だけど、師匠の服はどれもシルクの高級品なので、シミが抜けるなら抜いてしまわないと勿体ない。今日は他の部屋の掃除もしたかったのに、これで確実に半日は洗濯に消えるだろう。

若干やるせない思いを胸に抱きつつも被害にあった服をすべて籠の中に納め、当初の目標通り師匠が起きてくるまでの残り時間を腐海の浄化に努めた。

──そして朝食尋問の時間。

食事の準備中に手を止めて機嫌を損なわれてしまうと私の胃袋が可哀想なので、全部のお皿がテーブルに並んで向かい合わせに座ったところで、足許の籠から例の服達を引っ張り出し、ティーカップに手を伸ばす師匠の視界に晒した。

「師匠~、これ下の作業室①で発掘したんですけど、何のシミだか覚えてませんか? ものによっては洗濯する時に手法を変えなきゃならないんですけど」

「…………ああ、それね。たぶん新しい保湿パックを研究しようと思って、スライムで培養液を作ろうとして失敗した時のやつだわ」

「また私が近くにいない時に限ってそういうことをする~。しかも思い出すのに結構間がありましたね? その日のうちに言ってくれてたらもっと落ちやすい間にどうにかできたのに」

「だって仕方がないじゃない。その後すぐに良い方法を思いついて試していたら忘れてしまったんだもの」

「それ、それですよ。研究中に気分が乗らないとすぐに違う服に着替えるその癖、以前却下されちゃいましたけど、やっぱり一日の回数制限を作りましょうよ」

「だから前も言ったでしょう。却下よ」

「はいはい、知ってましたよも~。その悩む素振りすらないの格好良い。でもシミの原因はスライムですか、了解しました。だったら……うん、弱めの溶解液を作って、ぬるま湯に溶いて……」

駄目元の提案なのでそれ以上の説得は諦めて、もっちり白パンを頬張りながら食後の洗濯について段取りをしていると、窓の外で何かが反射した。

この城の周辺に光を反射するようなものは少ないのに──と、師匠がティーカップを置いて「朝から面倒なのが入り込んで来たわねぇ」と呟き、窓の方へと視線を向ける。その動きにつられて窓の方を見やると一面の赤が視界に飛び込んできた。

驚いて一瞬言葉を失ったものの、すぐにその正体に気付いて椅子から立ち上がり、食堂の窓辺に近寄るけれど──……まぁ、見違えようもない姿で。窓を開けて身を乗り出し、同じく立ち上がってこちらに首を伸ばしてくるそれに手を伸ばす。

「お前あの時のドラゴンだよね? どうしてこんなところにいるの?」

別に特にドラゴンの見分けがつくわけではない。ただそうそういなさそうな生き物だからという発言だ。するといつの間にか背後に立っていた師匠がドラゴンに向かって、

「勝手に侵入するなら流儀があるでしょう、爬虫類。あんたが馬鹿デカイ図体で無理矢理入り込んで来たから、結界が歪んだじゃない。余計な手間増やしてるんじゃないわよ」

──と、やや腹の底から出すドスの利いた声で言った。美人の口から出る重低音の威力はドラゴンにも有効なのか、ドラゴンは「ヒューン……」と子犬のように小さく鳴くと、ブルッと震えて。赤い鱗の表面が僅かに発光したかと思うと、次の瞬間にはいなくなっていた……わけではなく。

師匠が「下よ、下」と言うので視線を下げれば、地面に赤い鱗を持った生き物がいて。両側の翼を広げたかと思うや否や、再び食堂の窓の高さまで飛んできた。体長は大型の猫ほどにまで小さくなっている。