──……で。


「鱗って言うからもっとヌメヌメしてるのかと思ってましたけど、意外と綺麗ですね。傷もないですし」

「ヌメヌメはしないでしょ。爬虫類であって魚類じゃないんだから。それに多勢に無勢で寄ってたかって攻撃したら、どんなに強くて綺麗な生き物だって傷だらけにもなるわよ。そもそも一発で力量差を分からせてやれば、ドラゴンは高等生物だもの。余計な抵抗はしないわ」

「それって要はさっきみたいに、一発の威力がえげつない攻撃でもないと駄目ってことですよね?」

「馬鹿ね、ドラゴンを狩りに来るならあれくらいできて普通なの。第一このドラゴンはまだ子供よ」

「そうなんですか? もうこんなに大きいですけど……」

「まだまだ大きくなるわよ。子供って言っても鱗の感じからして百歳は超えてるでしょうけど。棲みかの選び方が下手だからギルドなんかに目をつけられるの」

師匠と二人並んで他愛のない会話をしながら、横たわったまま微妙に震えているドラゴンの鱗を吟味する。艶々つやつやしていて微妙に温かい鱗は、一枚が私の胸からお腹までを隠せるくらい大きい。

ただ流石にぴっちりくっついている鱗を剥ぐのは生爪を剥くような感じで痛そうなので、触ってみてちょっとぐらつくくらいのものを選んで剥ぐ。それでも逆剥けを無理矢理剥かれる程度には痛いようだ。

「……選んで剥ぐのも面倒ね。もう丸々剥いてしまわない?」

「剥いてしまわないですね~。どんな鬼畜の所業ですかそれ」

「ドラゴンなんて素材じゃない」

「残念、生き物なんですよね~」

物騒な提案をした師匠の言葉にドラゴンがビクリと震える。どうやら知能が高いのは本当みたいだ。言葉の全部を理解しているのかは分からないけれど、一応「大丈夫だよ~。そんなことさせないからね~」と声をかけておく。

結果、何故か寝転んでいたドラゴンが起き上がり、自発的に鱗を選んで剥がしてくれた。人間と同じで自分で剥いた方が痛くないみたいだ。カチャカチャと硬質な音を立てて美しい緋色の鱗が床の上に落ちる。その数全部で三十枚。大盤振る舞いだ。

思わず「こんなにくれるの?」と尋ねたら、すっかり従順になったドラゴンはグルルと喉を鳴らして応えてくれて、ついでに物理的に舐められた。魔法陣の膜がなかったら今頃よだれでベタベタになっているところだ。

「くれるっていうのなら受け取っておいたら良いんじゃない? 丸裸にすることを考えれば大譲歩よ。あたしは全部剥いだって良いと思うけど」

「まだ言う。駄目ですよ師匠。今日は私の我儘を聞いてここまで連れて来てくれたんでしょう? だったら、もう充分ですよ。ギルドのお仕事を体験できましたし、師匠の格好良いところも間近でいっぱい見られましたから」

「別にあんたの我儘を聞いた気はないわ。単にあんたが師を敬う心が最近減ってきてるみたいだったからよ。依頼では一枚で良いみたいだし、これだけあれば充分でしょう。残りはジークにでも高値で売り付けるわ」

そんなふうにひねくれた物言いをするくせに、頭を撫でてくれる手は優しくて。自分も猫の子みたいに喉を鳴らすドラゴンと、変わらない気分になるのだ。

***

ルーカスの弟子のアリアが掃除婦としてギルドに働きに出るようになってから一ヶ月半。ギルドの連中が仕事がしにくいとぼやく夏にまた一歩近付いた六月中旬。

例に漏れず山積みになった書類仕事から逃げ出して、年中適温を保っているルーカスの店に油を売りに来ちまうのは仕方ない。

「いやー、オレは自分の慧眼が怖いぜ。アリアのおかげで前よりも格段に依頼者に品が良いのが交じるようになった。ギルドメンバーも新しく腕の良い掃除人を雇ったオレを敬うしなー」

「そりゃあんなに汚いギルドに金持ちがわざわざ依頼に来るはずがないでしょう」

カウンターに片肘をついて話しかけるオレに向かって、さっきから五分おきに溜息を吐くルーカスがわずらわしげに正論を突きつけてくる。それでも帰れと言わず律儀に話に付き合うのは、昔からこいつの長所だ。

「そうは言うがな、暗殺の依頼は綺麗なギルドじゃ受け付けてないだろ? その点見るからに汚れ仕事を受け付けてそうなうちは、ある意味見た目でそれなりに分かりやすい親切なギルドなんだよ」

「あ、そう。じゃあもうあの子が掃除に行く必要はないわね?」

「なーんでそうなるんだよ。お前さんはアリアを構いすぎるぞ。母親かっての。昔の血気盛んな戦闘狂ぶりはどこに行ったってんだ。大体この間お前が急にやる気を出してドラゴンの鱗を採ってきてから、うちに無茶な依頼が増えてんだぞ」

「そんなのあたしの知ったことじゃないわ。暗殺以外の普通の依頼が増えて良かったじゃない」

図星を指しちまったのかこっちの発言にルーカスの片眉が跳ねた。これでも古い付き合いだ。こいつとの会話の引き時は心得ている。これ以上からかったところで出てくるのは、伏せ字になりそうな悪態だけだろう。

勝手に弟子に仕事の斡旋あっせんをしたから腹を立ててるんだろうとは思っていたが、まさかここまで根に持っているとは思わなんだ。三年前にアリアの情報が何かないか探るよう依頼してきた時も感じたが、こいつはあの娘に対してやけに肩入れしている。こっちとしてはからかいネタとサボり場所が増えて都合が良いけどな。

「ともかく、経験上あんたが手放しに人を褒める時はろくなことがないって断言できるわ。だからこの話の続きも聞かないわよ。客じゃないならうちの店でサボってないで、とっととギルドに帰りなさい。あんたの見た目は営業妨害よ」

チッ……勘が良い奴だ。せっかくここからアリアをギルド外部へ貸出したいって切り出す魂胆だったのによ。ルーカスがシッシッと追い払うように手を振って見せたところで、折よく店のドアが開いて身なりの良い客が入ってきた。

客は一瞬この店にいるには不釣合なオレに驚いた様子を見せたものの、すぐにこっちをいないものとしてルーカスに向かって微笑みかける。意味深な女の笑みにほんの微かにルーカスから嫌悪感を感じ取ったが、おめでたい頭の客は気付かない。

瞬時に不穏さを拭い去ったルーカスが応じるように無言で微笑めば、女はいとも容易くその頬を染めた。既婚者の証しである指輪が左手に輝いてるってのになぁ。誰もが羨むお綺麗な顔が本人にとってもそうだとは限らない。そう知ったのはこいつの存在のせいだろう。

この世で唯一この気難しい男の顔を褒めて許されるのは、あの暢気な小娘アリアだけだ。互いに正反対のコンプレックスがあるから、それともあいつが本心から褒めちぎるからかは分からんとはいえ、面倒くさいが似た者同士で釣り合いの取れた師弟ではある。

「へいへい、そんじゃあ今日はもう帰るとしますかね。話の続きはまた次にな」

「ご冗談。来なくて結構よ。そんなに仕事をサボってたらいつか刺されるわよ」

「ハッハッ、馬鹿言え。流石にオレもまだそこまで腕は鈍ってねぇっての」

「あぁもう、分かったからうちの店内で粗暴な物言いは止めて頂戴。ほら、さっさと帰る」

今度こそ本気の声音で追い出しにかかられたので素直に店の外に出たものの、ドア越しに振り返れば、買い物に来たわりには店内の商品棚には目もくれずに秋波しゅうはを送る客と、その視線に対し一分の隙もない接客用の微笑みを向ける店主ルーカス

「けっ……いつか刺されるならお前さんの方だろうよ」

思わず口走った独り言は決して女と長続きしない中年の負け惜しみじゃない。たぶん。

***

一日で一番好きな時間かもしれない夕方……の、食堂。

理由は至極単純に師匠が夕飯の材料を買い込んで店から帰って来るからだ。毎日この時間までに汚城での仕事を粗方片付け、余暇で新しい仕分け用の籠を編む。今編んでいる分が完成したら、これまでの記録を上回る大きさになる予定だ。

編み目は手っ取り早くざっくりしたものにしようか悩んだものの、大きいものだとあんまりざっくりしてたら間が抜けて見えるかもしれないので、諦めてちょっと凝ったものにする。たとえ汚城への来客がなかろうが、掃除という文明的な生活を忘れていようが、美的感覚だけはずば抜けている家主のために。

編み目の部分が星形に見える編み方はコツは勿論のこと、指に力がいる。如何にナキタの蔓が籠編みに適しているとはいっても自然物。節くれだった硬い部分は編みやすくなるようにナイフで削ぐのだけど、削いだ分そこがささくれ立つ。

そうしてそんなものを素手で編んでいると、どうしても棘が刺さるのは仕方なかったりする。これも名誉の負傷ってやつだ。でも指の腹や丸い瓶底でしっかり扱きながら編めば、仕上がる頃には多少の艶も出て、衣類を入れた時に引っかかる危険性も減る。

ほとんどが絹製の師匠の服は洗濯時だけでなく、こういうところにも気を使う。ふふふ、できる掃除婦の私でなきゃ見逃しちゃうね──……などと自画自賛しつつ、鼻歌を口ずさみながら黙々と編み進めていく。籠を編むのは好きだ。

まぁ昔師匠が『魔力がなくても何かを形作れるというのは、後々あんたの自信にも繋がるわ。手仕事っていうのは数をこなせば上達もするし、やってみて損はないんじゃないかしら』と言ってくれたのが一番大きな理由ではあるけど。

考えごとをしているような、していないような。世界と自分を透明な膜が隔てるみたいな曖昧な感覚。鼻歌も歌詞を忘れた辺りから、どんどん適当になっていく割に籠の編み目は狂わない。そういえば編める模様って何種類くらいになったんだろう。数えたことないや。

──ザク、シュッ、シュッ、ギュッ。

──ザク、シュッ、ギュッ、ギリッ。

──シュッ、シュッ、ギュギューッ。

何段目かの折り返し地点に差しかかった時、ふと部屋のドアが微かに軋む音に気付いて、手許の籠から視線を上げ、そこにたたずむ待ち人に向かって駆け寄った。

「師匠! お帰りなさい」

「ただいま。良い子にしていたかしら?」

仕事終わりの師匠の気怠い声は、普段より低くやや掠れていてドキドキする。店での接客用笑顔で疲れた表情筋が生み出す微笑みも、絶妙な甘さを醸し出していて素晴らしい。

「勿論ですよ。ほら、これ見てください! 次に作る新しい籠は、今までで一番大きくしようと思ってるんですよ。これなら師匠の脱ぎ散らかした服も一網打尽です」

一日でこの声と表情からしか得られない栄養分を浴びつつ、師匠の手から夕飯と朝食の材料が入った買い物袋を奪い取り、ドヤ顔で本日の成果を見せびらかした。

──が。

いつもみたいにすぐに心のこもっていない褒め言葉をもらえると思っていたのに、何故か師匠はこっちを見下ろしたまま微動だにしない。気恥ずかしくなって「師匠?」と呼べば、ハッと正気に戻った師匠が、私の鼻先を摘まんで「すぐに夕飯にするから、テーブルの上を空けといて頂戴」と言ったけど、その指先から店の商品とは違う化粧品の香りがする。

出かける時に着ていた服から用意しておいた服に着替えているところからしても、またお客さんに商品の説明をしてほしいと称してくっつかれでもしたんだろう。お疲れの原因はこれで間違いなさそうだ。ということは──。

「まぁまぁ師匠、それより先にお風呂に入ったらどうです? もう浴槽も洗ってありますから、魔法でお湯を張ればすぐに入れちゃいますよ」

「馬鹿ね、そんなことしたら夕飯が遅くなっちゃうでしょう。全身胃袋な食欲娘のくせに変な気を回さないの」

「おやおやおや? 聞き捨てならない言い草ですけど、別にちょっと夕飯が遅くなったくらいで餓死しませんってば。第一そんな香水臭い手でご飯を作られたら、どんなに腹ペコでも食欲が失せちゃいます」

「……そんなに臭う?」

「ええ、まぁ。うちの商品じゃないのが分かるくらいには下品な臭いですね。今度は香水をオススメした方が良いと思いますよ。さ、分かったらお風呂に行ってください。その間にこの籠も完成させちゃいますから」

フフンと鼻を鳴らしてそう言うと、やっと師匠も納得してくれたようだ。

「そこまで言うなら入ってくるわ。でもそうね、湯上がりのあたしからどんな香りがすればあんたの気は済むのかしら?」

「やった、今夜の入浴剤は私が選んで良いんですね! だったらあれが良いです! 前に師匠が調合してた柑橘系かんきつけいのやつで──って、ほら師匠、早く早く!」

最近ダロイオ成分の入った入浴剤の試作品ばかりで嫌気がさしていた私は、さっさと買い物袋をテーブルに置いて。気が変わらないうちに善は急げと、気まぐれ師匠の手を掴んで浴室に向かうのだった。